魔女は人間が好き   作:少佐A

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トラウマ

 まどかのドジによってソウルジェムの穢れを全てグリーフシードに吸収させることの出来たマミは、再び魔力を練っていた。

 先程は焦っていたからか、魔力操作がおざなりになってしまっていたのだろう。少量の魔力をぶつけることによって出来た結界の小さな穴に魔力を通すと、両手で扉をこじ開けるようにして穴を広げた。

 

「うっわ…… 気持ち悪」

 

 魔女の結界を覗き込んださやかが顔をしかめて首をひっこめた。結界内に飛び交う文字と映像は、見ているだけで頭が痛くなってくる。映像は砂嵐か真っ黒、真っ白な画面の三種類しかない。文字に至っては日本語から英語、英語に似た良く分からない言語で埋め尽くされていた。

 

「美樹さん、鹿目さん。今日の魔法少女体験ツアーはここでお終い」

 

 変身を解除せずに掌をパン、と叩き合わせると二人に向き直った。音源であるマミの方へ振り返ろうとするも、二人同時に振り返った所為か額をぶつけて涙ぐんでいた。

 コントの様な光景に苦笑いをしながら頬を掻くと、じわじわと閉まっていく結界の穴に目を向けた。

 

「流石に、ベル一人だけを取り込むような頭の良い魔女を相手にして二人を守れるとは思えないから」

 

 キュゥべえに二人の見送りを任せると、マミは単身で魔女の結界へと侵入していった。

 

 * * *

 

「気味が悪いわね」

 

 中に浮かぶ映像全てに、マミが魔法少女となるきっかけの事故の映像が映し出されていた。あの日は家族とドライブに出かけていたのだ。何処にでも居る普通の少女だったマミの人生を変えたのが、そのドライブ中に起こった事故である。

 対向車線から飛び出してきた一台のワンボックスカーがマミの乗る乗用車に衝突した瞬間、不快な音を立てて車が大破した。運転席と助手席に乗っていた両親が助かるはずも無く、横転した乗用車に足を潰されたマミも助かるはずが無かった。

 そんなマミの前に現れたのがキュゥべえなのである。何でも一つ願いを叶えて貰える、というのは子供にとって一番憧れるシチュエーションだろう。普通の子供なら、大量の玩具を願ったり叶えられる願いを増やしてくれ、など少し捻くれた願いをして笑っている筈だった。

 勿論、死に掛けのマミはそんなことを考えられる余裕も無くただ強く助けてほしいと願ったのだ。彼女の扱う魔法もそれに由来している。生きたいという願いは命を繋ぎとめた。繋ぎとめると言うことからリボンになったのだろうか。といっても、魔法少女という存在に対するイメージもあるため、一概に願いだけが魔法少女の性質を決めるとは言いがたい。

 

「趣味が悪い、の間違いかしら」

 

 事故映像とは違う、もう一つの映像が映し出されていた。マミが機械の様な格好の魔女に敗北し、助けると誓った男児が食い殺される映像。

 この映像は、マミが一番思い出したくないことでもある。トラウマ。そう呼ばれるものは全ての人間が持ち得るものだろう。恐らく、この映像はマミのトラウマや懸念から生み出された映像である。

 結界内で死ねば死体も残らず行方不明扱いとなり、誰にも死んだことを知られないという恐怖。自分が魔女に負ければ誰かが死に、誰かが悲しむという事実。それが、マミにとってのトラウマとなったのだ。

 普通の人間ならば自分のトラウマを見せつけられれば発狂しだすものなのだが、生憎マミは普通の人間では無い。数々の修羅場を潜り抜け、心身共に鍛え上げられた魔女狩りのプロなのだ。映像を見るたびに涙が流れ、当時のことを悔やむものの発狂する程ではなかった。

 まどかとさやかを連れて来なくて良かった、と胸を撫で下ろしてから自分の周りを飛んでいる二体の使い魔を撃ち落した。

 トラウマから映像を生み出すのならば、まどかとさやかにも別々のトラウマから生み出される映像が映し出される。それが、本人以外に見えるのか見えないのかは分からないが、つい最近魔法少女の存在を知った彼女たちにとってそれは酷であろう。

 

「……攻撃してこないわね。偵察専用の使い魔なのかしら」

 

 幾ら倒しても気付いた時には自分の周りを飛び回っている二体の使い魔は、一向に攻撃する気配が無かった。だが、別段変なことでも無い。偵察専用や魔女の補助線用の使い魔など幾らでもいるのだ。マミが戦ってきた中では、カメラの様な格好の使い魔がソレであった。

 

「……これ、一つだけ映像が違う?」

 

 中に浮かぶ映像の中から、一つだけ彼女の事故映像では無いものを発見した。それは、見慣れない二人の魔法少女が口論している映像だった。思えば、この映像は無視した方が良かったのかもしれない。

 

『何であの子が魔女なんかになったの。どうしてっ!』

 

『あたしに聞くなよ!』

 

『……は、はは。まさか、魔女が魔法少女の成れの果てだったなんて。それじゃあ、私たちがやってたのってただの人殺しじゃん』

 

『お、おい!? まさか。やめろ、気をしっかり持て! 菜穂! 菜――――』

 

 電源が消されたテレビの様に、プツンと画面が暗くなった。

 

「え?」

 

 続きを見せろと言わんばかりに映像を鷲掴みにして振る。しかし、先程の続きが映し出されることは無く再びマミの事故映像を映し出した。

 マミが此処まで必死になるのには訳がある。魔法少女の口論の内容だけでは無い。映像が途切れる直前、死んだ魚のような目を浮かべて笑い出した魔法少女のソウルジェムが砕け、中からグリーフシードが現れたのだ。

 どうしてソウルジェムからグリーフシードが出て来たのか。数々の魔女と戦い抜いてきたマミの直感と洞察力が、答えを導き出していた。

 

「魔法少女が魔女になる……?」

 

 自分は魔女から人々を守るために魔女を狩っていたのだ。魔法少女にとって最大の敵とも言える存在の魔女が、ソウルジェムを濁らせた魔法少女の成れの果てと知ったらどうなるか。

 彼女が一人ならば、この時点で魔法少女で在ることを放棄していたのかもしれない。

 

「ベル……」

 

 彼女の頭に浮かぶのは、つい最近出会った可愛げのある魔女の顔だった。魔女でありながらも人間に興味を持ち、手を取り合おうとする彼女も魔女なのだ。そう考えると、多少の希望が残る。

 

「あなたは、このことを知っていたの?」

 

 恐らく、それは否だ。ベルは、恐らくその事実を最近知ったのだろう。それも、一週間以内といった漠然とした範囲では無い。昨日か、若しくは自分が学校に居る最中だ。

 思えば、ベルは朝から元気がなかったように思える。だとしたら、やはり昨日に魔女を追いかけてからだろう。

 その先で黒髪の魔法少女に出会って真実を告げられたか。はたまた、その現場を目撃したのかは分からない。どちらにせよ、彼女の元気が無かった理由は魔法少女の真実に関係することで間違いない。

 この事実を知ってまたベルも苦悩していたのかもしれない。だと言うのに、自分は叱るような口調でベルに話しかけてしまったことを思い出す。

 

「後で謝らないと」

 

 魔法少女が魔女になるという事実を知って尚、彼女は悩む素振りを見せなかった。自分には待ってくれる家族が存在する。その家族の為に自分が居場所を作ってやらねばならないのだ。

 遥か前方に、ベルが呆然と立っているのを発見した。恐らく、彼女も何らかのトラウマや見たくないものを見せつけられたのだろう。マミと違って、元々精神的に追い詰められていたであろう今のベルに、そう言った類の映像は相当堪えたに違いない。

 ベルがどんな映像を見せられたのかは分からない。だが、喋り方やその振る舞いからは考えられない程に繊細な彼女がどんな気持ちでこの結界を進んだのか想像すると胸が苦しくなる。

 自信満々という風の表情を浮かべながらマスケット銃を構えるマミのソウルジェムは、魔女を探知した時とは違う発光の仕方を見せた。日光を色付きのビニールで色を付けた様な、濁りの無い透明で綺麗な黄色い光を見せるソウルジェムは、今まで見たことが無い程に綺麗に見えた。

 

「今助けてあげるわ。帰ってきなさい、ベル」

 

 銃声が鳴り響き、ベルの身体が崩れ落ちた。


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