使い魔は欠陥品であった。
それは、餌である人間に『興味』を抱いてしまう重大な欠陥。
我々人間の中にも、豚や牛などの家畜に興味を抱いて食べるのを躊躇してしまう者もいる。
使い魔は、正にそれであったのだ。
だが、やはり何も食べずに生きていくことは、如何に超常的な存在とはいえ不可能である。
家畜を食べることに躊躇する人間だって、餓死するのなら家畜を食するだろう。まあ、人間には家畜以外に食べるものもあるのだが。
使い魔や魔女といった存在は、基本的に人間を食べて生活している。稀に、自身の能力で生み出したもので食事を取る個体もいるようだが。
勿論、使い魔にそんな便利な能力が無ければ、何も食べずに生きていけるなどという便利な機能もついていない。
だから、使い魔は別の使い魔を食した。幸い、使い魔は別の個体と違って強力に生まれたのだ。
お世辞にも美味いとは言えない使い魔の魂だが、人間を食すよりは精神的に楽である。
やがて、時が経った。
使い魔は魔女となり、生まれたての頃とは見違えるほど強くなっていた。使い魔はどんな個体でも、確実に魔力を保有している。
故に、元使い魔は同族狩りを続けていた所為か、そこ等の魔女とは比べ物にならない程の魔力を手に入れたのだ。といっても、長く生きた魔女の足元には及ばないが。
これだけの魔力を保有しておきながら、人間を襲わないというのだから気味が悪い。幾ら人間に友好的な考えを持っているとはいえ、人間からしたら只の魔女でしかないのだ。
自身を討伐しに来る人間は、決まって魔力を保有していた。人間でありながら稀に魔力を保有するものもいる、というのは知識として知っているが、討伐しに来る人間は毎回違う人間である。
魔力を保有している人間がこれだけ居て、何が稀なのか。人間の真似をして『苦笑』という表情を作ろうと試みる。
どうやら、それが人間の恐怖を煽ってしまったらしく、泣き叫びながら飛び掛かって来た。
いつも通り、魔法をかけて眠らせてから結界の外へ放り出す。
気絶した人間の女を男が襲う、という光景を良く目にしているため、魔女は人間に気を使っていつも適当な『警察署』という場所の前に放り出している。
前触れもなくコスプレ少女が出現した、という見出しで新聞記事になっているのを魔女は知らない。
ある日、姿を人間の者へと変える魔法を編み出した。それは至って簡単な魔法であり、他の魔女が何故使わないのか不思議なくらいのものであった。
使ってみれば直ぐに分かった。人間の姿へと変えた瞬間、殆どの魔力が失われてしまうのだ。
現に、魔女としての結界を維持できずに、人間たちの世界へ放り出された。
少しの間はこのままでも良いか、と思った矢先。通行人の目が自分に集まっていることに気が付いた。
不思議に思い、自身の身体へと目を向けてみれば――全裸である。どうやら、魔女の性別は女だったらしく、人間たちの目には全裸の少女が突然現れたように見えたのだろう。
二重の意味で注目を浴びて尚、魔女は顔を紅潮させることも無く路地裏へと駆け込んだ。残っている魔力で、最後に目に留まった人間の衣服を真似して編むと、悪戦苦闘しながら着用した。
因みに、魔女が魔力で編んだ服は平社員の来ていた黒いスーツである。魔女は、スーツを着た少女という奇抜な格好で街を歩き始めた。
先程、全裸で現れた時に魔女の顔を見た人間も交じっているようで、一瞬で衣服を着用した少女に目を丸くしていた。
人間たちの世界には魔女が見たことの無いものだらけであり、実に新鮮な感覚であった。
喋る箱を見つければ見入り、冷気を発する箱を見つければ驚いて飛び退いたり、地を這う小さな円盤を見つければ歓声を上げた。
存分に人間の世界を堪能した魔女は、自身の結界へと戻るために人気の少ない通りに出た。
少し歩いてからだろうか。背筋が凍るような悪寒と共に、頭に響く不気味な声が聞こえた。
前を歩いている人間を見ても、何ともなさそうだ。どうやら、自分にだけ聞こえているらしい。
通りから抜けようとすると、声が小さくなっていく。再び、声が聞こえた場所まで戻ってみれば、今度は激しい頭痛に襲われた。
次の瞬間、ぐにゃりと世界が歪んだかと思うと摩訶不思議な光景が目の前に広がった。子供がクレヨンで描いたような、ぐちゃぐちゃとした背景。
別の魔女の結界に誘い込まれてしまったようである。犬の様な赤い線だけで描かれた八本足の生物が魔女に襲い掛かる。が、人間に姿を変えていても魔女である。
少ない魔力で円盤を編むと、八本足の生物に投げつけた。スーツを着た少女が、八本足の未確認生物にルンバを投げつける。実に現実離れした光景であった。
八本足の犬は、悲鳴を上げて消滅した。今の生物が使い魔だったらしく、奥の方から一際大きな十六本足の生物が現れた。
魔女は、流石に人間の姿のままでは勝てないと判断したのか、魔法を解いて魔女の姿に戻ろうとした。
――刹那
「ティロ・フィナーレッ!」
居るはずの無い人間の声が結界内に響いたかと思うと、密集した黄色の魔力が十六本足の生物を消し飛ばした。
振り返ってみれば、ドリルのような形のツインテール――所謂ツインドリルの少女が銃を下して此方に近付いて来ていた。
警戒しているのを感じたのか、鼻の頭を小さく掻いてから、魔女に声をかけた。
「間に合って良かった。……怪我はない?」
「――ァ」
これは参った。人間とまともに会話することなど、これが初めてなのだ。相手の言葉は分かるのだが、自分は言葉を発することが出来なかった。
「怖かったでしょう? もう大丈夫よ」
恐怖で言葉が出ないものと勘違いしたのか、黄色い髪の毛をした少女が魔女を優しく抱きしめた。
少女のふくよかな胸に顔を押し付けられ、生体機能が人間のスペックまで落ちている魔女は、窒息して呆気なく意識を手放した。
「あれ? だ、大丈夫!?」
力なく項垂れた魔女の肩を揺さぶってみるものの、白目を向いて気絶したまま起きる気配は無かった。
――魔女と魔法少女。決して相容れることの無い二人の物語は、ここから始まった。