俺は必死だった。キーボードに向かって指を叩きつけるようにしながら自分の状況を書き込む。数人のレスを頼りに画面の向こうの彼ら、彼女らに訴えた。
■
28 名前:恋するスレ主 さん
デートの手順はなんとなくわかった!
でも、この機会をもっと確実にものにしたい!服買いに行くのはI区の大型ショッピングモールだけど、そこからディナーなんかに誘うときは何て言えばいいの食事はどこ行けばいいの?教えてエロい人!(´;ω;`)
29 名前:スレ主にアドバイスするオオトリリンネ さん
エロいといえば英国淑女!答えなさいよ!
30 名前:スレ主にアドバイスする英国淑女 さん
なッ!?エロくありません!
・・・・・・食事に誘うのならば「自分の気がまだ晴れないので、せめて夕食をご馳走させてはいただけませんか。良い店も知っているので」などと言ってはいかがでしょうか?きっかけがきっかけですから、こちらがアクションを起こさなければ進展は見込めません。
また、誘う店は女性の年齢や好み、雰囲気に合わせるのが一番かと。
相手女性のスペックをお書き下さい。
31 名前:恋するスレ主
・・・・・・何も言わない?(´・ω・`)
32 名前:スレ主にアドバイスする黒うさぎ さん
言わんからさっさと書き込め
お前が何と言おうとこちらは援護する
33 名前:恋するスレ主
身長は150せんちくらい?
きょぬーで可愛いひたすら可愛い
で、JCか、JK く ら い です !!
34 名前:スレ主にアドバイスする黒うさぎ さん
ロリコン乙wwwwwwwwwwwwwwwwwww
35 名前:スレ主にアドバイスするオオトリリンネ さん
やっぱり男ってそこなの?!乳なの?!
36 名前:恋するスレ主 さん
おまいらは次に、『ロリコン乙wwwwwwwwwwwwwwwwww』と言う・・・・・・ハッ?
・・・・・・オオトリさんこそ、そこなの?俺は、うーん、巨乳の方がいいのか?いや貧乳でもいいし・・・・・・
37 名前:スレ主にアドバイスするワンサマー さん
今北産業
38 名前:スレ主にアドバイスするブロンド貴公子 さん
このタイミングでワンサマーさんwww
迷うなぁ~!
巨乳派なの?貧乳派なの?
どっちが タイプよ?
39 名前:スレ主にアドバイスするワンサマー さん
えっ
40 名前:恋するスレ主 さん
ワンサマーさん困ってるw 若い子だと知らないか
(´・ω・)つ『ね~え?』[松浦亜弥]
まぁ、彼女ならどっちでもいいです『好きだから』ですドヤッ
>30 英国淑女さん
誘い文句はそれを採用させていただきますエロい人!
しかし困ったことに『どうしましょう!あの人の好みを知らないわ』状態な訳で。
雰囲気は和って感じじゃなくて、こう、外国な・・・イタリアン系好きそうなオシャレ女子?
イタリアンって色々調べたんだけど、サイゼリアでいい?
41 名前:スレ主にアドバイスするワンサマー さん
いいんじゃないか?
42 名前:スレ主にアドバイスするオオトリリンネ さん
(゚Д゚
あんたバカぁ?駄目に決まってるじゃない!
43 名前:スレ主にアドバイスするワンサマー さん
何でだよ?
44 名前:スレ主にアドバイスするブロンド貴公子 さん
・・・ワンサマーさん、初デートで、進展したい女性なんだよ?
アピールしたいなら、ファミレス系は避けて、きちんとしたお店に誘うってことでFA
ファミレスじゃ、スレ主さんは学生じゃないから年齢層が合わないし、うるさいからゆっくりお話も出来ないよ。それにあちこちにある店に行っても特別感がないからね。
45 名前:スレ主にアドバイスするワンサマー さん
なるほど!
46 名前:スレ主にアドバイスする黒うさぎ さん
貴公子の発言をもとに探してみた
ttp://www.rubby-dining.com/atcafe/index.html
こことか
ttp://www.hermes-diningcafe/atrestaurant.html
こことか
どうよ
47 名前:スレ主にアドバイスするブロンド貴公子 さん
黒うさぎさんイイネ( ・∀・) !
どっちかというと、下のほうが値段も高すぎず安すぎず、気張りすぎず抜けすぎず、
個室じゃないから相手も安心出来るんじゃないかな
48 名前:恋するスレ主 さん
おまいらに感謝!にしても、ブロンド貴公子さんはあややといい、的確なデート場所の指示といい、恋愛経験豊富な美青年な希ガス
誘い文句も店も決まったし、あとは・・・俺だ
着ていく服がないの・・・・・・(´・ω:;.:...
49 名前:スレ主にアドバイスするオオトリリンネ さん
普段どんなかっこしてんのよ?
50 名前:恋するスレ主 さん
作業着・・・仕事でときどきスーツ、寝巻にジャージすみません申し訳ありません見捨てないでください(´;ω;`)
51 名前:スレ主にアドバイスする英国淑女 さん
わたくし共はスレ主様のお顔や好み、ふいんき(←なぜか変換できない)を知りませんので、ここはお店に行って店員の方に似合うものをお聞きくださいませ
せっかくなので相手女性と会う場所近辺まで足を伸ばしてレストランの下見もなさればよろしいかと
52 名前:スレ主にアドバイスするオオトリリンネ さん
靴まで綺麗にしときなさいよ?服だけ良くても靴がボロかったら駄目だからね?
53 名前:スレ主にアドバイスするブロンド貴公子 さん
髪型も気をつけてね。慣れていないなら当日セットしてきてもらえばいいと思われ
54 名前:恋するスレ主 さん
床屋のおっちゃんに頼んでみる!
55 名前:スレ主にアドバイスする黒うさぎ さん
床屋じゃなくて美容院に池
床屋じゃなくて美容院に池
床屋じゃなくて美容院に池
床屋じゃなくて美容院に池
床屋じゃなくて美容院に池
56 名前:スレ主にアドバイスするワンサマー さん
俺アドバイスすることないような・・・・・・
せめてしっかり応援する!
フレー、フレー、ス レ 主 !!(,,゚Д゚)
57 名前:恋するスレ主 さん
ありがとう!
びよういんって、びよういんって!!!・・・・・・行ったことない(´・ω・`)
58 名前:スレ主にアドバイスする黒うさぎ さん
がんばれー!あ、マイシャンプー忘れるなよ
59 名前:スレ主にアドバイスするオオトリリンネ さん
・・・・・・あんた、マイシャンプーも知らないの?
普段使っているシャンプー使ったほうが上手くカットしやすいから持って行きなさいよ
60 名前:恋するスレ主 さん
わかった!シャンプーもって、行ってみる!!では明日に備えてそろそろおやすみおまいら!!ノシ
61 名前:スレ主にアドバイスするワンサマー さん
えっ
62 名前:スレ主にアドバイスするモッピー さん
今北産業
63 名前:スレ主にアドバイスする黒うさぎ さん
モッピー来るの遅ぇwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
■
「ふう・・・・・・」
伸びをすると背骨が鳴る音が聞こえた。随分と長く同じ姿勢でパソコンと向き合っていたのだから当たり前か。心地よい疲れと大仕事をした後のような充足感に赤石は浸った。
スレの住人もそろそろ明日のために就寝するようである。
椅子に背中を押し付けるようにして思いっきりそると視界の端に真新しい紙が映った。彼ら、もしくは彼女らの言ったことをつないで作ったデートまでのフローチャートだった。
『デートまでの予定表
明日のうちにすること
美容院に行く ※マイシャンプーは忘れない
食事するところの下見
前日
当日着る物をハンガーにかけておきましょう。皺があってはだらしないですわ。 靴もきちんと磨いておくことをオヌヌメ致します。
↓
ティッシュとハンカチは持った?
↓
携帯の充電忘れてないでしょうね?
↓
学校行事の前みたいにドキドキしている心臓を押さえ込み、就寝
当日
起きたらシャワー浴びる!ヒゲ生えてるのはちょっと・・・
↓
軽く食事を取っておく。腹が減っては戦は出来ぬってな!だが、吐かない程度に!
↓
ヘアセットして着替えよう
↓
出陣 幸運を祈る!』
口元が自然に緩むのを感じた。久しぶりの感覚だ。
津田工場長が倒れて一週間。こういうふうに笑ってなかった。
工場長。
小さい頃から彼は自分の憧れだった。他の同級生は小さな工場で働く工場長をどうとも思っていないようだった。むしろあのように従業員はほとんどおらず、油で黒ずみ、人工的な匂いが充満する狭い空間を馬鹿にしている節があった。だが、赤石は工場長の長年の経験に基づいた正確な機械の扱い、1ミリもズレを引き起こさない鋭い視線と手腕に一目見た時からついていきたいと思ったのだ。
ガサツのように見えて、金属を前にするとそれをまるで粘土のように苦もなく形成する魔法のような手を思い出すと、みるみる顔が引き攣るのを感じた。
脳梗塞。
目を覚ました工場長は、その魔法の右手を失っていた。
生きていて良かった。生きるには困らない。だけど、工場をまとめる身として動かない手を持つということは致命的だった。
『おれが、・・・かわりに、なりますからっ・・・・・・』
工場長とまではいかなくても、専門学校を出てから八年間、ただ師匠と同じ空間にいた訳ではない。自分なりに技を盗んできたつもりだ。腕の代わりでもいい。
だが、師匠は全く予想もつかないことを言ったのだ。
『じゃあ、お前、俺の代わりにお嬢さんに謝罪してくれ』
いや、確かに代わりになるとは言ったけどそういう意味じゃないんですけど。
あまりのことに赤石は珍しくノンストップで心の中で突っ込んだ。
お嬢さんというのはあの子のことだ。綺麗でかわいくて優しい、――山田さん。
脳内で緑の髪に白い肌の彼女がよぎって胸がざわつく。
そんな弟子を見て師匠は笑った。
『謝罪品送って、連絡とってくれや。・・・・・・あと、そうだなぁ。俺には女房がいるから出来ねぇが、お前、代わりにあのお嬢さんとデートでもしてこいや。お嬢さん良い子だし、可愛かったし別にいいだろ?』
師匠は笑った。にやり、と。悪役顔負けのスマイル(0円)を気前よく振る舞う師匠に病院のベッドは似合わないにもほどがあった。
『もう、あなたったら。浮気しちゃ駄目ですよ?』
工場長の胸をぽんと小突きながら奥さんが笑った。こちらは見る者も思わず笑顔にさせるような微笑みである。
美女と野獣。美しく少し拗ねたよう口をほころばせる奥さんが、どうしてこんなデレっとした顔のエロ親父と結婚したのか聞くのも恐ろしい。・・・・・・ではなく。
『ぇ、えっと、どど、どういうこと、で』
『だから、代わりになってくれんだろ?お嬢ちゃんに謝罪、お嬢ちゃんと食事してこいって言ってんの。それに、お前だってお嬢ちゃんに惚れてんだからいいだろ?』
ななんぁななんなな、なぜわかったし。
恥ずかしすぎて顔を熱くして口を開けてじっと見ていると、工場長が両目をすがめた。多分ウィンク、きっとウィンク。
あまりの映像に逆に顔が青くなるのを感じた。しかし、冷静になれて良かったのかもしれない。
『まぁ、お前にはハードル高いかもな。箔を付けるために、工場長って名乗っとけ。それに、まぁ、工場ってのも今風じゃないし、あとりえ、とかあくせさりーしょっぷってことにしてもいいだろ』
その言葉はあまりに自然に言われたもので、冷静でなければ聞き流してしまいそうなものだったから。
「ああ」
目頭が熱くなった。
もう、工場長は工場長ではないのだ。戻る気もないのだ。
絶句してしまった俺を奥さんが外に連れ出して、話してくれた。
元々工場がうまくいってないことは知っているわね?
だからこそ、主人はこの機会に赤石くんが得意な銀細工や鋳金を専門とした店に工場を変えてはどうかと思っているの。あなたが独立する腕は持っているし、主人がリハビリをしても右半身が前のように動く保証はないし、今のままの業務では大型の工場に負けてしまうから・・・個人に作る装飾品やオーダーメイドの方が今の時代には合っている。赤石くんが新しくショップを経営したほうがあなたの為になるし私たちの為にもなる。
だけど、経営って大変で一人じゃ出来ないから、きっとあなたの助けになる人を作って欲しいのね。主人にとっての私みたいに。主人は、赤石くんの隣に優しくてしっかりしている山田さんがいて支えてくれたら安心、と思っているのよ。それに山田さんとそういう関係にならないにしても、もっとあなたの世界を広げて欲しいの。私と、夫だけの世界では狭すぎるから。
奥さんと俺は病院の外で長々と話していた。とはいえど、俺はただ頷くだけだったんだけど。
経営が思わしくないことは知っていた。
銀細工を作る職人さんが型の鋳造を注文しに来るのでそのほかの過程を習って自分でオーダーメイドのアクセサリーを細々と作って売ってたくらいだ。むしろ本業よりももうけていた。だが、それを本業にしようと思ったことはなかった。
だって、常に俺は工場長についていくことと、あの工場で過ごすことで満足していたから。
だけど、そろそろ独り立ちしなくちゃね。
私たちはいつでも相談に乗るし出資なら可能な限りするから。
だから。
思いっきりやってきなさい!
慈愛に満ちた眼差しの奥さんと、病室の窓から外を見ているふりをしている工場長を見た。
俺は決心した。
世界を広げよう。新しく工場を作り直そう。
あの女性――山田真耶さんに勇気を出して連絡した。
さすがにゲロをかけられて食事一緒にしてもらえるとまでは思えないから、せめて彼女の役に立ちそうな物を謝罪の品として送って。だけども、彼女から慌てたように再度連絡が来て。工場長と奥さんのことを思い出し、「じゃ、じゃあ、直接会いますか?」と言って。
たくさんの人がいるのよ?あなたが頼れば、話しかければ、行動すれば、振り向いてくれるの。
ROM専だった俺がこうして相談した場所。そこが、恋愛板。
工場長が、とは書かず自分自身が吐いたことにしているが、それ以外は自分の素直な気持ちを書いたつもりだ。
ノリが良くて、ハッキリものを言ってくれるネラーの黒うさぎさん。
的確で分かりやすいアドバイスをしてくれるプレイボーイのブロンド貴公子さん。
書き慣れていなさそうなネットスラングを使いつつ応援してくれている微笑ましい英国淑女さん。
ツンケンしているが、何だかんだで細かいことまで説明してくれる今ドキの女子高生っぽいオオトリリンネさん。
物知らずな自分に落ち込む中、同じようにアドバイスを聞いたり、ちょっと抜けている発言をしたりして癒してくれるワンサマーさん。
世界が広がった。
こんなに自分のために色々考えてくれる香具師らがいる。
明日は、髪を切って、下見に行く。
アクセサリー作りも本格的にするためには知識も人脈も足りないから頑張らないと。
今日は明日のために寝よう。
パソコンの明かりが希望の光のように煌々と部屋を照らしている。俺は安心してゆっくりと目を閉じた。
「ありがとう、おまいら・・・いい夢みろよ・・・・・・」
ちなみにそのときは、次の日素直にマイシャンプーを美容院に持参して、美容院にて大爆笑され、夜に『おまいらのせいで恥をかいた』とキーボードに向かって指を叩きつけることになるとは露にも思っていなかったのだった。