人が倒れようが、怪我しようが、何が起ころうと時は進む。
三面記事にもならないような、そんな出来事があった一週間後のこと。
IS学園のとある一室に五人の少女が集まっていた。
「私は思うのだ。嫁の鈍感っぷりは目に余るものがあると」
沈黙を打ち破って銀髪の小柄な軍人が口を開く。
「確かに・・・そうですわね」と金髪の淑女が同意する。
「ほんっとうに、そうよね!」と茶髪ツインテールの少女が力強く言い放つ。
「もうちょっと鈍くなかったら、ねぇ・・・」と中性的な娘が困ったように蜜色の髪を揺らす。
「うむ」とポニーテールの黒髪の剣士が竹刀を握り締める。
少女たちは、IS学園の有名人である。各国の要人であるのだ。その彼女たちは銀の乙女、ラウラが言った『嫁』を愛してやまない。
『嫁』の名を織斑一夏。
ISを使うことの出来る男性の一人であり、心優しく時には無鉄砲なほど他人の為に必死になれる少年。
そんな彼を愛している彼女たちでも苛々して手さえあげてしまうのは、彼があまりに恋愛に疎いからだ。おまけに最近ではさらに拍車をかけるような存在が現れた。
「しかも、あの、男のせいで、嫁が、『恋愛』からますます遠ざかっているような気が、するのだ・・・・・・」
ラウラが区切りながら噛み締めるように言った途端、全員の顔が歪んだ。
「ああ、あの男性として何か履き違えている先生ですわね」
「ああ、あの銀髪赤目の某厨二先生ね」
「ああ、あの余計なことを一夏に吹き込む先生だね」
「ああ、口に出すのも腹が立つ軟派教師か」
名前を彼女たちは決して出さないし、別々の表現で表したが、全て同じ男性を指している。
その名を三浦ケイト。
神様が丹精込めて作ったかのような面立ちで、男なのに『綺麗』と言う言葉が適切と思われる美貌。そこに透けるような銀髪と真紅の目がさらに人間を越えた神秘的な印象を与える。世界で初めて男性のIS操縦に成功したという名声も加わり、存在が知られてから今日まで継続して各国からの注目を浴び続けている。
そんな彼は今月から教師としてIS学園に入ってきた。世界2番目のIS操縦可能となった男である織班一夏が現れたのを皮切りにして。
束博士以上の驚異的なIS知識と技術を持っている見目麗しい彼は女学生たちを大いに騒がせたが、今は話しかけられるとその女子は可哀想な目で見られる。何故ならば、この教師、・・・・・・面倒な男なのだ。
何が面倒かといえば、たとえば、赴任当初より女子を呼び捨てで、スキンシップも当然のようにする。いくら見た目が良くても当たり前のような顔をして手を引いたり髪の毛をわしゃわしゃと撫で回されたりハグされたり腰に手を回されたりすると、嬉しいを通り越して引く。しかも、デリカシーがない。かの織斑千冬教諭には初日に「千冬って普段はだらしないんだな」と言う。「弟くんに掃除してもらってるんだろ?」などお前はどこでその秘密を知ったストーカーか、と思われるほど人の秘密を知っており、簡単にそれを言い放つ。気味が悪いことこの上ない。そして、話を聞かない。「呼び捨ては少々・・・知り合ったばかりですから。それに生徒とは節度をもって接していただければ」とやんわり山田教諭が諭そうが、「馴れ馴れしいから止めてくれる?」と鈴がキレて言おうとも、呼び捨てを続ける。これから仲良くなればだの嫉妬しないでくださいだの照れ隠しだの何ともプラス思考かつナルシストな回答を連発する。
いくら顔面が良くてもこれはいただけない。
それだけなら彼女たちも定期的に絡んでくるウザ男というだけの認識だが、一夏にまで絡む節があるのだ。一夏も自分の先輩だけあって無下には出来ない。
このままアイツの傍にいては影響されて一夏までもナルシストの勘違い野郎になってしまう可能性がある。
というか、その可能性大。特大。
この前だって、食事に誘いに来たセシリアたちを自らエスコートし、学食のお代を全て出して「一緒に食べてもらえるなんて男冥利に尽きる」とか言っていたのだ。エスコートを喜んでいた彼女たちも、それを誰にでもしている彼を見ると、そんな悠長にしている場合ではないと思うようになった。
ただでさえ、鈍感をこじらせ、世界で最大の唐変木。愛する男がさらに女性への接し方を履き違えるだなんて、許せない。ライバルが続々と増えてしまうではないか。
・・・・・・ということは乙女の矜持として、はっきりは言わないが、全員共通の認識だ。
一夏がこれに味をしめ、女の子をはべらすような人間になってしまうのではないかというのも不安だ。
「でも、どうするつもり?」
「そうだね・・・・・・これ以上一夏を洗脳してほしくないよ」
そう、彼女たちは何も解決策を見つけ出せずにいた。
「私も分からなかった。だから、クラリッサに相談したのだ」
クラリッサとは。
衝撃の『嫁』発言の起因となり彼女に数多く日本についての誤った情報を教えた人物だ。この状況を改善できるだけの策があるとは思えない。不安をありありと滲ませる同胞に、ラウラは持っていたノートパソコンを広げる。そこにあったのは。
「「「恋愛板???」」」」
ドイツ軍人たる彼女が持っているには不自然な程ポップなホームページにはそう書かれてあった。ラウラ以外の四名はいぶかしげに声を揃える。
かまわず彼女は話を続けた。
「そうだ。次にこれを見てくれ」
「「「「『【緊急】でーとにしてくれ たのむ【I区在住民集合】』???」」」」
カチッと音がすると、投稿者名とその内容が飛び込んだ。
「先ほど立ったばかりのスレだ。簡単に話す。このスレ主なのだが、好意を持っている女性がいるそうだ。きっかけは、先日その女性にゲロを吐きかけたこと。ゲロをかけてしまったにも関わらず、女性は責めるどころか安静に出来るところまで運んでくれたことだ」
語り始めたラウラに一同は戸惑いながらも反応をする。
「それは・・・優しい人だね」
「殿方を差別する方が多い中でそんな・・・方にも親切に出来る女性ともなれば、好意を持たれたのも頷けますわね」
戸惑っている表情の彼女たちを無視し、眼帯をつけた少女は手元のマウスを動かしながら、概要を続けた。
「このスレ主、奥手でDT・低収入・コミュ障・年齢=彼女いない歴・魔法使い間近。普段あまりに女性との交流がない中で優しくされたやら、その女性が非常に可愛かったやらで、女性に好感を持った。ただ、経緯が経緯だけに謝罪品を送った段階でもう縁はなくなったと考えていた。
しかし、今日その女性から連絡が来た」
「「「「・・・・・・」」」」
一夏の話に戻らないのか。全員が頭の中でツッコミは入れたが、ラウラは止まりそうにない。
現に四人を気にせず、優雅にテーブルの上にあったホットドリンクを飲んでいる。ちなみにそれはシャルロット特製のミルクたっぷりココアであるが、彼女が飲むとまるでブラックコーヒーにしか見えない。
「謝罪品があまりに高額だということで彼女は慌てて伝票に載っていた電話番号を見て連絡したのだ。結局押し切られてしまい、汚してしまった服の代わりを一緒に買い直しに行く、謝罪品はスレ主に返すということになった。だが、理由はどうあれ、一緒にショッピングを気になる女性とするから、何とかして食事などにつなげてデートにしたい←今ここ、だ」
「・・・・・・それと、私たちと一夏にどういう関係があるのだ」
何とか箒が重い口を開いた。どこまで元々の話題から脱線するのか分からないからだ。
だが、ラウラはにやりと笑った。まるでそう言われるのを待ってましたと言わんばかりだ。
「この恋愛相談のスレに嫁を誘う。
恋愛相談をしているうちに嫁に女性の正しい扱い方、心情を学ばせるというのが本作戦の狙いである!」
「「「「!!!!」」」」
衝撃が走った。
全員の目が輝いた。頬が高揚し、雰囲気が変わった。
言葉はなかったがそれだけで十分であった。
参謀は頷き、作戦の概要を伝える。
「とはいえ、嫁だけだととんでもないアドバイスをするかもしれない。スレ主も女性経験がないのでおかしなアドバイスをされても受け入れてしまう可能性がある。そこで!私たちも名前を変え、世の一般女性として、適切なアドバイスを書き込み、嫁の考えを是正する!我々も嫁の恋愛観を聞く良い機会になるはずだ!!」
数十分後。
ネット用語と、本作戦での最低限の決まりを頭に入れ、すっかりやる気になった五人の少女の姿があった。
「嫁はすでに現場に誘導済である!では、総員持ち場につけ!!」
「「「「はっ!!」」」」
全てはここから始まった。