ペルソナ物語4~ポケットが真実でいっぱいいっぱい~   作:琥珀兎

9 / 27
遅くなりました第九話です。
思っていた以上に長くなりましたが、多分後二話ぐらいで序章は終わります。


第九話:男らしく自分らしく

 ―――御伽噺をしよう。

 

 ―――嘘と虚飾にまみれた噺を。

 

 ―――語るまでもない既出の噺を。

 

 ―――これより起こるは偽りの真実。

 

 ―――さあ、御伽噺を始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死が目の前に迫っていた。

 ゆらゆらと水蒸気が立ち込める密室で、逃れようのない死が、圧倒的な終わりがすぐそこまで差し迫っていた。

 絶望的な窮地の最中、助けてくれるものなど誰も居ない。

 躰は既に言う事を聞かず、どんなに力を込めても動きはしない。

 守るべき、助けるべき人もまた同じ状況下に晒されている。

 

「ぜ~んぜん大した事ないんだね~……笑っちゃうよぉ!」

 

 打ち砕くべき敵は余裕な態度で見下し、非力なモノに向かって高笑いを上げる。

 およそ人間とは思えないサイズの人型。恐ろしく威圧的な灰色と黒のツートーンカラーの肉体は、筋骨隆々という言葉が相応しく。その境目には数多のバラが咲いており、中央にはよく似た人物が上半身裸で腰から下が大きな肉体に埋まっている。

 瞳は異様な輝きを放ち、狂気に染まっているとしか考えつかない色をしていた。

 異形の化物は両腕に抱えた♂マークの武器を振り上げ、再び先ほどと同じ鉄槌を下そうとしていた。

 逃れる術はもう存在しない。

 

 “―――ここで問題です”

 

 絶体絶命のこの状況下―――助かるためには何を犠牲にする?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――数時間前――――

 

 悪夢のようなマヨナカテレビの放映から数日。

 いつもと変わらぬ日々を過ごすフリをしていると、鳴上達の動きが活発になっていくを悟った俺は、絶賛尾行中だったりする。

 分かっていた事とはいえ、なかなかにドギツイ映像を魅せられた俺としては、若干だが巽を助けるのはやめた方が良いんじゃないかなんて思ってたりした。だってあれ気色悪いし。強制的にアレの情報を見せられるコッチの身にもなって欲しいってもんだ。

 サイズは勿論、その他口にするのはとてもじゃないが勘弁願いたい事ばかりが頭の中を蹂躙していった。ああやって人間ってのは廃人になっていくんだろうな、なんて思ったりもした。

 読み取った情報を忘れたい一身で布団に入って眠ったが、それも叶わず。俺の頭が高性能だということをまざまざとかみ締める羽目になってしまった。……ああ、不幸だ。

 

 はてさて、それでもって時は流れ日にちが過ぎた頃、鳴上達は攫われた巽完二を救出すべく動き出していた。

 マヨナカテレビが放送された翌日。あいつらは早速、ジュネスの家電コーナーにある大型テレビから中の異界へと飛び込んだ。当たり前のことだが、どうして周りの人間は気がつかないんだ? それに、もし気がつかなくても監視カメラとかそういう物が……考えるだけ野暮ってもんか。

 あいつらがテレビに入って数分、人の数も少ないし、そろそろクマ之介がいるあの広場からも移動しただろうと思い、様子を伺いながら同じテレビに入ろうとした。

 が、その考えはすぐに改める事となった。

 

「ったく~クマの奴、肝心の完二の居場所が分かんないんじゃ俺らも助けようがないじゃんか」

「完二君がテレビの中に“入れられてる”のはわかったんだけどね。……何か完二君の事がわかる何かを探さなきゃ見つからないなんて」

 

 花村と里中が参ったって顔をしながら頭を掻いている。

 どうやら巽がテレビの中に居るのはわかったが、肝心の居場所がわからなかったらしい。肝心の完二……ぷくく。なかなか面白い事を言うじゃないか花村の奴。今度あいつにがんもを奢ってやろう。

 困り顔をする一同の中、一人鳴上だけはこれっぽっちも諦めた様子のない澄ました表情でいた。

 

「とにかく、完二の事について町の人に聞き込みをして回ろう」

「それしかなさそうだな。よしそれじゃあ各自、完二の聞き込み調査を始めようぜ」

「う~ん、聞き込みかぁ……なんかそれっぽくていい響きじゃん。ね、雪子」

 

 満更でもない様子の里中が同意を求めて天城の方を向く。

 

「ぷ、ぷくく……あは、あはははは! か、肝心の完二君……かんじ(・・・)んの完二君。だ、駄目……ツボ、ツボに……ふふふっ」

「……でたよ雪子。ったく、そんなに面白くないでしょうがっ」

「いい感じだな……」

 

 花村の発言がどうやら天城の笑いのツボを刺激したようで、いつもの大笑いが始まってしまった。というか、俺も心の中で笑ってしまった。何、もしかして俺の笑いの沸点天城並みなの?

 こうなってはしばらくはこのままなのを知っている里中は、諦めたように吐き捨てる。

 

「……っ! いい、感じ……いい……完二。あはははは!」

「ちょっと鳴上君! 燃料投下はやめてよ。雪子止まんなくなっちゃうじゃん」

「すまん、つい」

 

 反して鳴上は微笑ましい顔をし、さらに追い討ちをかけてきた。いい感じ(・・)って……もうお前らお笑いでも目指せよ。ついじゃねえよ、お前にはコメディアンの血でも流れてんのかよ。 天城の沸点の低さを笑えない俺としては、鳴上の追い討ちを心の中で責めるしかないじゃん。

 かくして天城の笑い声が店内に響き渡るのが収まるまで、尾行をしている俺までジュネスで足止めを食らってしまった。

 なんかもう、めんどくさいから正体明かしちゃおうかな……。

 

 

 

 それから四人は一端バラバラに解散して、情報が集まったらもう一度ジュネスに集合するという事になった。

 せっかく一つに集まっていたのが、これで四つに分かれてしまった。最早何の為に尾行をしているのかわからなくなってきた俺は、どうするべきか誰について行くか悩んでいた。

 花村の後をつけてもお笑いしか起きないだろうし、いや嫌いなわけじゃないんだけどシリアスにやってるのに水を差されちゃたまらん。

 だからといって鳴上を付けまわっても無難な事しかなさそうだ。ギャグ程ではないが、見てて面白いほうが俺としては良いしな。うん、却下。

 後は天城と里中なワケだが……これも却下だろう。女子の後を付ける男って構図はどう見てもストーカーのそれだ。ただでさえ傷害罪とかの立件されてない余罪の貯蓄があるのだ、これが原因で警察のご厄介になるのは勘弁願いたい。

 一つ一つの可能性を消去法に則って考えては見たが―――あれ、どの選択肢も駄目な感じ?

 

 これはどれを選んでも駄目そうだ。と言うかそこまでガッチリ尾行をしてもしょうがない。どうせここに何時かは戻って来るんだし、それならこの場所で張り込みしてた方が効率も体力消費もしなくて良い。体力はほぼ無尽蔵だけど。

 結論も出たところで、遠くで四人が町民に声をかけているのを見届けて、俺はさっき鳴上達が出てきた大型テレビに飛び込んだ。

 心配の種を一つ取り除いておかなくてはならないからな。

 下へ落下する浮遊感が全身に染み渡っていくのを感じながら、未だその場に居るであろう着ぐるみの生物の元に向かって俺は現実から乖離していった。

 

 体操選手並みの華麗な着地をしまたも俺はこの場所に戻ってきた。

 アートと言えば何とかなるだろって感じにいい加減に組まれたセットみたいなのに、先を見通すことも出来ずに遮る厄介な霧。俺の視力でもよく見えない、ってことはそう言った概念とは違う霧って事なのかもしれない。

 闇雲に動き回っても、この状態じゃまともに歩けない。出来るには出来るが、なんの問題もなくやり通す方法があるなら俺は迷わずそれを選ぶ。

 誠に遺憾だが仕方ない。前もって準備していた鼻眼鏡を装着する。きっと傍から見た俺はとっても滑稽に映っていることだろう。ほんともう早くクマ之介の奴新しいメガネ作ってくれないかな。

 

「およよ~? 誰かと思えば、ヤマトじゃないクマか」

 

 声のする方へ振り向くと、鮮明になった視界に以前会った時と一切変わらぬ姿でクマ之介が現れた。

 もしかして、今お前俺の事メガネを見て判断しなかったか? なあ、お兄ちゃん怒らないから言ってみ?

 

「よお久しぶりだなクマ之介。前にも言った通り、鳴上達には俺の事は言ってないな?」

「と~ぜんクマ! クマは約束を守るクマクマよ。ちゃんとセンセイやユキチャン達には内緒にしてたクマ」

 

 ふんすっとありもしない鼻息を出すように腰を反ってやり遂げたって顔をしている。

 ―――そう、俺は始めてマヨナカテレビを見た深夜に、一回この中に侵入していたのだ。目的はこの目の前で偉そうにしているクマ之介。要件としてはいい加減鼻メガネとは違うメガネを欲したのと、これから数日以内に来るであろう鳴上達に俺の事を黙ってて貰う為だ。

 見るからのお調子者で口の軽そうなコイツの事だから、どうせアイツ等がここに来たら直ぐにでも俺の事を話し始めてしまうだろう。

 正体を晒すまではある程度の疑心が生まれることをなるべく避けたい俺は、いい加減な理由をでっち上げクマ之介には俺の事を黙ってもらうように説得した。ついでに、俺自身がおふざけで花村なんかをおちょくるのは良いのだ。まずいのは第三者の口から出る不明瞭な言葉だ。

 

「そうか、そりゃよかった。俺については、今日か明日中には解消できる問題だから大丈夫だ。……それより」

 

 褒めて褒めてー、と言わんばかりの輝く眼差しを向けてくるクマ之介を軽くあしらい、もうもう一つの要件を聞き出す。

 

「俺の新しいメガネは、出来てるか?」

 

 頼むから完成していてくれ。

 これに限っては神に祈っちゃうね俺。だってこの鼻メガネで「颯爽登場! 銀河○○○!」とか言ったらギャグにしかならない、なんというシリアスブレイカー。俺のこの手が手汗で湿る! てなってしまうし、多分天城なんか笑いすぎて死ぬかもしれない。そんな下らない事で里中にも恨まれたくないし。

 緊張と激しい動悸が冷や汗を額に生成する。何もないところから水分を生み出しちゃったよ俺。正確には俺の肉体が対価だけど。

 俺の質問にクマ之介はそういえばって顔をして太くて短いファンシーな腕を背中にやる。正面から見てる俺としては、後ろで何が起きてるか非常に気になるところである。

 そして目的のブツを俺に差し出す。

 

「これの事クマね、クマちゃ~んとヤマト専用のメガネを作ったクマ。おかげでちょっと睡眠不足クマ」

「おお、ついに鼻メガネ卒業か! これでやっとまともになれる、ありがとよクマ之介」

 

 感謝を込めてクマ之介の頭部をわしゃわしゃと動物をあやすように撫でてやる。

 気持ちよさそうにどういう構造になっているか不明なクマ之介の目が細くなり、目尻が下がって堪能している一方で、俺は受け取ったメガネをしげしげと視つめる。

 全体的に彩度が高く赤に近いオレンジを基調としたカラーで、幅の広いツルの所に所々明るいオレンジでフレイムポイントが描かれている。文句なしにいい出来だ。

              フレーム形状/スクエア フレーム材質/セルロイド レンズ/製作者の瞳と同材質――――

 

「それじゃあ、これは返さなくちゃな」

 

 俺はこれっぽちも別れを惜しまずに鼻メガネを取り外し、元の所有者であるクマ之介に差し出した。

 なのに、一向に鼻メガネを持った手は空かない。クマ之介は俺のを受け取らずにただニコニコとした表情をしている

 

「ヤマトが持っててもいいクマよ。クマにはどうせ必要無いクマ」

「いや、いらねえからこんなの」

「ひっ、酷いクマ!」

 

 ショックを受けたようなにのけぞるクマ之介を無視し、その手元に鼻メガネを押し付ける。等価交換だ。

 改めて新しくなった新デザインのメガネをかける。うむ、問題なく見えるし、これなら笑われない。

 目的の物も入手したしこれ以上クマ之介に用は無い。

 自分の作品をこんなもの扱いされたのが堪えたのか、当のクマ之介は俺の前で横になってゴロゴロと転がっている。まるで母におもちゃを買って欲しくて駄々をコネる小学生の様だ。

 こういった時の対処法をまだ獲得していないので、どうすればいいか対応に困ってしまう。まだ《俺》よいう人間は不十分なのだ。

 しかしこのまま此処に留まっていてもいずれ鳴上達が巽の情報を入手して再び戻ってきてしまうかもしれない。

 不本意だが俺が戻るためにはこの毛ダルマのご機嫌を取らなくては。

 

「いいクマ……どうせクマなんて自分が誰なのかもわからない駄目なクマクマ……」

「……はぁ、なあクマ、そんなことはないぞ。お前の作ったメガネは凄く助かるし……お前が誰なのかも、いつかきっと分かる時がくるさ」

 

 ピタリとクマの動きが止まる。

 駄々を止め、俺に背を向けたままムクリとどうにか頑張って起き上がろうとする。が、一人で起き上がることが出来ないのか達磨のように揺れるだけで全然進展が無い。……一人で立てないなら転がるなよな。

 異様な霧の立ち込める世界で滑稽な姿を晒し続けるクマ之介の姿に、見かねた俺は仕方なく手を貸すことにする。べっ、別に可哀想って思ったわけじゃないんだからね! か、勘違いしないでよ!?

 なんて最近読んだ漫画のキャラの真似を心の中でしながらクマ之介を起こす。

 

「ほら、自分で立てないのに転がるからこうなるんだぞ」

「ふぬぬ、ありがとクマ。クマ、このまま一生を過ごすかもしれなかったクマ」

 

 大げさ過ぎるだろそれはあまりにも。

 というか、コイツに睡眠とか食事って概念は存在するのか?

 この世界を見る限り食料なんて見つからないし、一度横になったら起きることも出来ない奴が眠るなんて事も……、いや考えるのはよそう。世の中知らない方がいいことだって存在するんだ。わざわざそれを掘り返して暴く真似をしてもしょうがない。

 助けてもらった事が嬉しかったのかどうか知らないが、クマ之介は俺をキラキラと感謝の念がひしひしと伝わる眼差しで俺を見ている。

 

「ヤマトは優しいクマね~。ヤマトとセンセイは優しいから好きクマ」

「あーはいはいそりゃありがとさん。それじゃあ、そろそろ帰るからテレビ出してくれ」

「了解クマ~!」

 

 いつもの調子を取り戻したクマ之介が、トントンと地面を踏み鳴らし外に繋がるテレビを出現させた。

 きっと外では未だ鳴上達が聞き込みをしているだろう。目的を果たすために手助けをしてもいいが、きっと花村あたりが俺を疑うだろう。本当の意味で信頼を獲得していない俺では、まだあいつらと行動を共にすることは出来ないから。

 あの四人がいつも一緒にいるのは同じ秘密を共有しているから。だからそれ以外の部類に属している、と思っている連中は俺をこのマヨナカテレビの一件から遠ざけようと、触れないようにしている。それ自体を責めるつもりもないし、疎外感を感じているわけでもない。ただ、○○とは違うから、危ないから危険だから巻き込みたくないから君のため自分のため傷つけたくないつきたくない……そういった迫害にも似た敬遠は時として人を人たらしめなくする一方的なレッテル貼りだ。

 小さなグループを形成し、それを維持するというのは他を跳ね除けるのと同義だ。それが原因で生まれる軋轢もある。

 そうなった時、あいつらはどう思うだろうか。どう対処するだろうか。

 大義ある悪意に晒された時、人の理性は解かれる。その本心は――――。

 

「……ヤマトどうしたクマ? さっきからボーッとして」

「…………んっ? あ、ああちょっと考え事をしてたんだ」

 

 随分と長考していたらしい。いかんいかん、少し浸ってしまった。

 客観的視点で見て考えるのが俺なのに、最近はどうも自分の考えを混ぜてしまう。

 俺の言っている事がわからないといった感じのクマ之介に背を向ける。

 

「それじゃあ、また今度な……多分すぐに会うことになるだろうけどな」

「帰っちゃうのは少し寂しいクマ。でも、待ってるクマ~」

「ああ、じゃあまたここらで」

 

 短い手を振って別れを告げるクマ之介を最後に見てからテレビの中に飛び込む。あの無邪気な態度の内にも、なかなか大きな問題(コンプレックス)を抱えてるんだな。

 クマ之介の抱える問題が黒い影として背後に立ち込めているのを視てしまった。きっとあれは俺にしか視認できないモノなんだろう。

 もう一人の自分を浮き彫りにしてしまうあの世界は、決して良い面だけを見せるわけではないんだ。

 俺のペルソナ『トコタチ』はどっちだろう。シャドウという負が存在するなら、きっとペルソナは正なのだろう。そうなると、人間からもその人そのものを表したシャドウが生まれるのだろうか。

 あと数秒もしないうちに到着する現実を前にしながら、俺は思う。

 自分にシャドウがいるとしたら……果たしてそれはどんな『自分』なんだろうと。

 

 

 

 

 巽完二に関する情報を得るのには、思いのほかそこまでの時間を要することはなかった。

 現実世界へと戻ってきてから一時間ぐらい経過した時、手分けして聞き込みをしていた鳴上と花村、そして里中や天城はまたもジュネスの家電コーナー、非日常に繋がるテレビの前に集合していた。

 人の数も少なくなっている家電コーナーは閑散としており、その開けた景色と店内に流れるテーマソングだけが虚しさをさらに増長させている。おかげで店員までやる気がなく、おかげで四人がテレビに入るには絶好のタイミングだ。

 

「人の目も今は少ない。それじゃあ、行こう!」

 

 実質的なリーダーであろう鳴上の号令を合図に、四人は一気にテレビの中に潜っていった。

 被害者を助けるために行動するあいつらを漫画の登場人物にしたら、きっと正義の味方と思われるんだろう。当然だ、あいつらは善意で動いている。

 すると俺はどのポジションになるんだろうか。

 悪役? いや、俺被害者だし。

 だからって被害者ヅラするのも違う気がする。

 主人公である正義の味方と交友関係があって、転校生……あれ、俺ってもしかしてモブ?

 鳴上達から見た俺がどんな人間なのかは知らないが、何一つ教えていない彼等からすれば俺って存在はモブなんじゃないだろうか。

 いや認めたくない。

 俺は暗躍を好み困った時に登場するお助けキャラなんだ。

 物語中盤から参加する便利なキャラなんだ。

 そういうことにしておこう、時間つぶしの思考も、程々にしておかないとな。

 

 ……さて、そろそろ良いだろう。

 今から入ればアッチで鉢合わせなんて事は無いと思う。あくまでわからないように暗躍するんだ。努力は見えない所でやるからカッコイイんだ。

 人の姿がないのを確認し、後を追うように俺もまたテレビの中へ飛び込んだ。

 

 一日もしないうちに戻ってきた広場は、思った通り鳴上達は疎かクマ之介の姿も無かった。どうやら順調に巽のいる場所がわかったのだろう。

 さて、それじゃあ俺も後を…………おっとぉ?

 ちょっと待てよ?

 鳴上達は此処に居ない。クマ之介も居ない。

 あれ? それじゃあ俺は一体どうやって巽のいる場所に行けば良いんだ?

 …………ヤバい。とんでもないマヌケをしでかしたかもしれない。

 いや、落ち着こう。そうだ、まだ慌てるような時間じゃない! そもそも時間の概念が存在するのかこの世界。

 一旦情報を整理してみよう。

 巽が誘拐された。

 それを知ってテレビに鳴上達が来た。

 でもクマ之介はどこにいるのかまではわからなかった。

 鳴上達、巽の情報を集める。

 戻ってクマ之介とその場へ向かう。

 ―――俺は?

 隠れるように監視&尾行。

 クマ之介からメガネを押収。

 また尾行。

 テレビに入れば俺一人。いまここ。

 

「…………oh」

 

 これ詰んでるんじゃね。

 今まで俺がやってたことってストーカー行為と恐喝じゃん。お助けキャラどころか悪役じゃん。やべぇ、あいつらに滅ぼされる。

 これまで難なくこなして来ただけにこの失敗は俺に相当堪えた。

 思わず頭を抱えて下にうつむいてしまう。……私は今、貝になりたい。殻にこもって一生を海底で過ごしたい。割とマジで。

 床には相変わらず死体を囲ったような白いラインが描いてあるし、悪趣味すぎるだろこの広場。どんな殺人鬼の部屋だっていうんだよ、お前の犯罪指数を視てやろうか。

                解析/毛 所持者/天城雪子 解析/足跡 所持者/里中千枝 etc……

 

 ―――ん?

 視界が捉えた情報を確認する。

 それと、床に落ちている黒い髪の毛を拾って視る。

                            解析/毛 所持者/天城雪子…………。

 やっぱりそうだ。ヒントは此処にあった。

 髪の毛はともかく足跡、これは向かった先を示している。これは偽りようのない事実で証拠だ。

 確認するようにその足跡が続いているかどうかを視てみる―――よし、ちゃんと先まで続いている。これで追いかけることが出来る。

 そうと決まれば急ごう。

 俺は下半身に力を込めてロケットのように発射した。速度が上がって、景色がブレて一体化しようとも、足跡を俺は見逃さない。

 俺の目が視逃すなんてことは無いのだ。

 足跡を目印に進んでいくと、段々と足跡が付いてから経過した時間が縮まっていく。と言う事はもう直ぐ合流してしまうって事だ。

 見失わぬように。見つからぬように。面倒くさい縛りを自分に架している身としては、ここで見つかってしまうのはマズイ。

 

「……トコタチ!」

 

 見つからないように距離を取ってペルソナ『トコタチ』を召び出す。

 背後に現れた無貌なる者は、肩の辺りにいくつもの種類の仮面を掛けており、それを被る事によって対応した能力を発揮する。自分を持たないもう一人の自分。

 心のトリガーを指にかけ、俺は―――言霊を口にする。

 

「“《大言創語》我を認識すること叶わず……!”」

 

 世界をペテンにかける術が発動する。

 根拠無き言葉も、堂々と自信満々に言えばそれは時として【真実】に勝る【狂言】となる。

 この力によって、俺を、トコタチを認識する事の出来る存在はこの場にいなくなる。

 真のぼっちになった瞬間である。

 どんなにアピールしようとも、たとえ全裸になって奇声をあげても誰も気がつかない。うむ、最高じゃないか。

 服を脱ぎたくなる衝動と戦いながら、俺はやっとのこと鳴上達に合流することを果たした。

 見れば目の前には銭湯のような施設が雄々しく建っており、それを包むように霧ではなく湯気が立ち込めている。……うわぁ男くせえ。

 

「……ここに完二が?」

「なんかここの霧、今までのと違くない?」

「……メガネ、曇っちゃった」

「にしても、あっちーなぁ、これじゃあまるで……」

 

 花村のその言葉は、突如として施設から流れる音楽に遮られた。

 田舎の安いスナックやら、ゲイバーで流れるような胡散臭い淫靡な音楽。

 それに気がつき、音の発生源がどこなのか四人と一匹が周囲を見渡す。

 

“ぁぁ……ボクの子猫ちゃん……っ!”

 

 ……絶句とはこの事を言うのだろう。

 侮っていた。

 まさかここまでのものだったとは。

 男×男の絡み音声は続く。鳴上達ももしかしてこれはって顔をしている。

 

「ちょ、まさかこれって……っ!」

「……ああ、嫌な予感がする」

 

 花村が嫌そうな表情で施設の実態を懸念し始めた。それに、同じく予感を感じ取った鳴上が同意する。そうだろう、俺も君たちの気持ちがよくわかるよ。……出来ることならここから逃げ出したい。

 マヨナカテレビに映った巽の姿と、この音声。考えるまでもない、これはクロだ。

 黙って感慨深く考えていると、中に入るのを渋っている花村を里中が、見て見ぬふりをしてやり過ごそうとしていた鳴上を天城が、それぞれ連行していった。

 …………そっとしておきたいな。

 

 

 

 

――――熱気立つ大浴場――――

 

 鳴上悠率いる四名と一匹。そしてそれの後、をつけるまでもなく、堂々と横に並んで歩いている大和は施設内を進んでいた。

 霧とは違った湯気が時折視界を阻んだりするが、基本的に問題なく先に進むことが出来ていた。

 進路を阻むように現れるシャドウも、何故だかそこまでの強さを感じなかった。

 

 ―――例えば数分前。

 

「いっけぇー、ジライヤ!」

 

 陽介のペルソナ『ジライヤ』がシャドウに向かっていく。

 千枝のシャドウ、雪子のシャドウを相手に戦ってきた経験と自信が、彼の戦闘能力を成長させていた。

 相手のシャドウの攻撃も、ジライヤの回避行動には追いつかず全く当たらない。

 持ち前の俊敏さを生かし、瞬く間に敵へと肉薄した。

 

「ヤッちまえジライヤ!」

 

  《ガル》

 

 シャドウの存在を否定する竜巻が、標的の下から発生した。

 指向性を持ち、圧縮された空気はシャドウをいともたやすく打ち抜き消滅させた。

 

「っしゃあ、やったぜ!」

「油断するな花村! 後ろからも来てるぞ!」

 

 自分でシャドウを討ち取った事を喜んでいた陽介に、弛緩した思考を引き締めるために悠が一喝する。

 ―――気がつけば背後に迫っていたシャドウの姿が。

 距離にして一メートル。

 それは一瞬をさらに細かくした刹那の刻。

 

「――ジライヤッ!」

「――イザナギッ!」

 

 無我夢中でジライヤを操る。

 悠もまたイザナギで迎撃すまいと特攻させる。

 しかし、いかんせんシャドウと悠の距離が開きすぎている。魔法での攻撃も今からでは間に合わない。

 こうなってしまうと陽介自身がどうにかするしか手は無かった。

 千枝や天城は他のシャドウの相手に精一杯で、陽介の助けまではすることが出来ない。

 

 ―――間に合わない。

 

 生物的本能がそう陽介に告げていた。

 迫り来る凶刃に――死の恐怖を感じた陽介の瞼が閉じられそうになる。

 

 

 ――――トコタチッ!

 

 

 その時、花村達には決して聞こえることのない声が鳴り響いた。

 死の烙印を焼き付ける刃を持ったシャドウは、陽介の眼前で忽ち悉くの存在が黒い影となって消滅した。

 慮外な出来事に陽介はポカンとした表情で一瞬だけ硬直していた。

 何が起きたのかわからないといった顔だ。確かにあの時、自分を殺すシャドウは回避不能の所まで迫っていた。にも拘らず、矢庭(やにわ)にシャドウは消え去ったのだ。

 とすれば、考えられるのは悠が間に合ったのか……それとも自分がどうにかしたのか。その二つしか考えられない。

 だって、この場には四人と戦えない一匹しか居ないのだから―――。

 

 複数のシャドウが四人を襲った時、彼―――霧城大和は不自然にならないようさりげなく手助けをしていたのだ。

 いくらペルソナという超常の力を持っていたとしても、それを操るのはただの高校生に過ぎない。一朝一夕でこなせる程、命のやり取りは安くない。

 未だ四人の弱点を補うコンビネーションを獲得していない為、それは必然、危機として襲いかかってくる。それが今回の陽介の一件に繋がった。

 ここで倒れられても困ってしまう大和としては、救う他に選択肢は無かった。

 

「すまなかった花村。俺がもっとちゃんと見ていれば」

 

 シャドウの全滅を確認すると、安心したようにホッと安堵し肩を降ろした陽介に、バツの悪い表情の悠が謝罪した。

 見捨てたのならともかく、助けようとしてくれた友人に怒る訳もなく、当然陽介の言葉は決まっていた。

 

「なぁ~に、気にすんなよ鳴上。……それにしても、今のは結構危なかったな、股間の辺りがキュンと縮まったぜ」

 

 額に掻いた冷や汗を拭いながらおどける陽介だったが、その言動が言動だった為女性陣からは顰蹙をかってしまう。

 

「あんた……せっかく心配してやろうかと思ったのに、今ので台無しだよ」

「……オヤジギャグ……最低」

 

 安否を確認しようと駆け寄ってきた千枝と雪子が、ちょうど悠とのやり取りを聞いてしまいジト目で睨む。

 顔は悪くないのに口を開けば『がっかり王子』の忌名は伊達ではなかった。

 

「んなっ、こっちは命の危機だったんだぜ? ちょっとは心配してくれても良いじゃねえか」

「何言ってんの、今のはあんたが油断したのがそもそもの原因でしょ? そうやって文句が言えるほど元気なんだから、別にそんなの要らないでしょ? それより、早く先に進んで完二君を助けないと」

 

 あまりの扱いの悪さに抗議の声を上げる陽介だったが、千枝の前にはそんな言い分も意味をなさない。

 はっきりとした声色で正論を言い先を促す千枝に、少なからず図星を突かれて言い返すことも出来ない陽介は真剣な表情で考え事をしている悠に助け舟を求める。

 

「鳴上もなんとか言ってやってくれよ、この肉女に」

「誰が肉女よっ!」

「…………花村」

 

 『肉女』と揶揄されて激昂する千枝を他所に、表情を崩さない悠が感情の硬い声を発した。

 その瞳は大和とはまた違った、謎を見通す澄んだ瞳をしていた。

 真面目な雰囲気をまとっている事に気がついた陽介の態度が引き締まる。彼がこんな表情をする原因を考えてみたが、そんなの陽介には一つしか思いつかなかった。

 

「どうしたんだ……? もしかして、さっきの事で怒ってたりする?」

 

 調子に乗った末の失態。 

 このグループでの捜査でのリーダーを担う鳴上悠。彼にとっては冗談じゃ済まされないのかも。

 思わずゴクリと生唾を飲む音を立ててしまう。が、陽介の懸念は杞憂だった。

 

「さっきのシャドウ……花村が倒したんだよな?」

「なんだ、そんなことか。鳴上が倒したんじゃなかったらそりゃ俺が土壇場で倒したって事になるんじゃねえの? 里中と天城は別のシャドウで手一杯だったし、それしか考えられないだろ」

「…………そうだよな」

 

 当然と言わんばかりに言葉を並べる陽介。

 だのに未だ疑問を持ったままで思案顔の悠に、とぼけた表情でクマがトコトコと擬音が聞こえそうな足取りで近づいてくる。

 

「センセイ、何かあったクマ? なんか顔が怖いクマよ?」

「……いや、俺の気のせいだろう大丈夫だ……。先を急ごう、完二が心配だ」

「うん、早く完二君を助けてあげないとね。私の時みたいに」

 

 あの時、確かに自分の目で見た感じでは陽介の危機は避けようが無かった。それは誰の目にも明らかだった。

 回避不可能のあの瞬間、悠はひとりでにシャドウが消えるのを見たような気がした。陽介の動きは止まっていたし、ジライヤもギリギリ間に合わなかった。だけど間に合った。

 それが、悠が気になっている案件だった。

 今までのダメージが蓄積して消えたのなら理解できる。元々シャドウのことについて殆ど知らない自分らには、何が起きても受け入れるしかない。

 だがその何も知らないのが致命的だったら?

 もしかしたらあの現象が罠だったら。そう言った不安要素も生まれてくる。

 リーダーとしては、ここはこの階層から早く先に進んでしまったほうが得策なのかもしれない。

 多くのIFを想定して、鳴上悠は仲間を率いて先を急ぐ。

 天城雪子が囚われた時のように。決して手遅れなんて赦されない。

 

 

 

 

 陽介の危機を救うべく、多少目に付くのは諦めてした行動は悠に疑念を生んでしまった。

 なるべくそういった懐疑心を作りたくなかった大和としては、感の鋭い彼のそういった(さが)を発生させたくなかった。

 

(―――悩んだところで、それももう今更なんだけどな)

 

 一応の工夫として、サポートをする上で大和は気まぐれから魔法を使わなかった。

 《大言創語》の言霊は世界を欺瞞で満たす万能の力だが、間接的な現象についてはその旨では無い。

 例えるなら、さっきのシャドウをトコタチが《アギ》などを使った場合。その炎は見えなかっただろうが、熱を感知することは出来てしまう。存在を認識させなくとも、その副現象はわかってしまう。

 火は見えなくても、触れば熱いのだ。

 だからさっきの迎撃方法に魔法を使っていたら、きっと悠はそのヒントを手がかりに大和自信の存在とまではいかないだろうが、見えない誰かが潜んでいると思われてしまう可能性もあった。

 意図せず大和の存在はその気まぐれに救われる形となっていたのだ。

 

(それにしてもこいつら、ちょっと素人過ぎないか? ペルソナの力に頼りきりじゃないか。里中なんかは肉弾戦も頑張ってはいるが……)

 

 今までの戦闘を眺めて思ったのは彼ら自信の戦闘能力の低さだった。

 一介の高校生に戦闘能力を問うのはナンセンスではあるが、この世界この環境においてはそうは言ってられない。一瞬の油断が永遠を失うのだから。

 そのためには自分の身は自分で守らなくてはならない。

 

(アッチの世界に帰ったら武器の使い方でも覚えてもらわないとな)

 

 丸腰で施設の迷宮を進む四人の背中を見ながら、大和はそんなことを考えながら後を追いかける。

 

 

――――そして時は戻って現在――――

 

「およ? この気配……これはカンジクンか……?」

 

 通路と部屋を隔たる扉の前に立ち止まり、自慢の鼻をくんくんとヒクつかせるクマが言った。

 

「やっとか、よっしゃサッサと中に入ろうぜ!」

 

 クマの意見を聞いて真っ先に行動したのは陽介だった。

 先ほどの失敗を取り戻すといった意味でも、彼が先陣を切ってその汚名を返上したかったのだろう。

 止める者も居らず、その扉が開かれる。

 

(……いや、これは完二のじゃない)

 

 だが、客観的視点にいる大和だけは、意見が違った。

 扉を開いて中に入ると、そこは変わらず熱気の篭ったサウナのような内装のフロアだった。

 ごうごうと焚き上がる湯気は熱を持っており、制服姿のみんなには少々キツいところである。

 いつまでもこんな場所には居たくはない。そんな感情もあってか、大和を除く四人はフロアの中央に背を向けて立つ人影を見つけて足早に駆け寄った。

 徐々に近づいていく後ろ姿に千枝と陽介が声をかける。

 

「やっと見つけた!」

「完二!!」

 

 強めの声で名前を呼ばれ、気がついた人影がこちらを向いてくる。

 現わになったその姿はほぼ全裸と言っても良かった。身につけているのはまるで心を表してるんだと、主張せんがばかりの純白の褌一丁。完全に不審者だった。

 見たくもない肉体美を見て嫌そうに顔をしかめる一同だが、その視線に気がつき完二モドキが頬を赤らめ、ニヤリといやらしく笑った。

 

「ウッホッホ、これはこれは、ご注目ありがとうございまぁす!」

「………………」

 

 沈黙。

 あまりのキャラの濃さに、脳がついて行かない。

 静まり返る空気なんてなんのその。気にした様子もなく、笑顔の完二モドキは話を続ける。

 

「さぁ、ついに潜入してしちゃった、ボク完二。あ・や・し・い・熱帯天国からお送りしておりまぁす。……まだぁ、素敵な出会いはありませぇん。このアツい霧のせいなんでしょうか?」

 

 キラッと腐った星が目から弾けるのを幻視した悠と陽介が反射的に動いた。

 

「――はぁっ!」

「――ふっ……!」

 

 パリィンとカードの弾ける音と共に、それそれの背後にペルソナが出現した。

 二人の本能が身の危険を感じてそうさせたのだろう。大和もこのコンビネーションには納得のいく完成度だった。

 今この瞬間にも完二モドキを一瞬で消し去ってしまおうとしている二人に、慌てて千枝が止めようと前に乗り出す。

 

「ちょ、ちょっと二人共! いくらなんでも早すぎるって!」

「うっせー、早く何とかしないとコッチが持たねーんだよ! 精神的に……!」

 

 頭を抱えて泣き叫ぶような声を陽介が上げる。

 この褌姿にある種のトラウマを抱えている大和は全力で目をそらしていた。

 今見てしまったら、きっと助けるべき完二を見殺しにしてしまうかも、いや、むしろ己の手で息の根を止めてしまうかもしれない。

 完全な逆恨みとはいえ、それほどに、肯定してしまうほどに大和はこの完二モドキを毛嫌いしていた。

 

「汗から立ち上がる湯気みたいで、ん~、ムネがビンビンしちゃいます」

 

 大和が視ても知っての通り、完二シャドウはご丁寧に『ムネがビンビン』のフレーズの時に同じように、自分の胸筋をビクビクと力を入れて震わせていた。

 その光景を見た直後、止める立場に会った千枝が動き出す。

 

「――ふんっ……!」

 

 健康的な脚線美が中空より舞い降りたカードを後ろ回し蹴りで蹴り砕く。

 好戦的な意思が形となり、ペルソナ『トモエ』が召び出された。

 フルフェイスのヘルメットを被り、黄色いジャージで全身を身にまとうその姿は、千枝の憧れたカンフー映画の体現であった。

 

「クマー! チエチャンまで!?」

 

 先ほどとは打って変わった変わり身に、流石にクマも突っ込まずにはいられなかった。

 

「ごめん、なんかムカついて」

「だよな」

 

 顔を歪めてそう言う千枝に、隣に立っていた悠がそっちを向いて賛同した。

 皆の目には見えていないが、大和は今まさにシャドウ完二に向かって《ゴッドハンド》を放とうとしていた。

 

(くそっ……! 巽の奴にあったら一回は殴っておかないと気がすまない)

 

 メラメラと見えない炎で身を焼き、今完二に対する折檻が決まった。

 

「んふふ~ん、皆も熱くなってきたところで、このコーナーいっちゃいまぁす」

 

 ニュースのVTRを告げるように、フロア全体に行き渡るシャドウ完二の声をトリガーに、奴の目の前に突然テレビ番組なんかでよく見るタイトル文字が現れた。

 タイトルは『女人禁制! 突☆入!? 愛の汗だく熱帯天国!』と書かれていた。

 このタイトルコールにはさすがの悠もポーカーフェイスを崩して「ヤバい……これはヤバいぞ……いろんな意味で」と口ずさんでいる。

 その時、フロア全体から観客の歓声らしき声が何処からか聞こえてくる。

 

「たしか、雪子ん時も同じノリだったよね」

 

 はぁ、とため息をついて背を低く呆れた様な口ぶりで千枝が話す。

 話題の本人である雪子は、

 

「う、うそ……こんなんじゃないよ~」

 

 と不満げに、眉を下げて懇願するように千枝に抗議した。

 

(こんなんだったって……天城はほぼ全裸だったのか? 里中、そこんとこ詳しく教えてくれ!)

 

 と、声に出して聞きたい大和ではあったが、認識されないため何を言っても無駄なのである。

 気がつけばシャドウ完二の姿はなく、またもシャドウが複数襲ってくるという展開になってしまった。

 悪ふざけにしては質の悪いシャドウ完二と同列に語られてしまった雪子は、その何とも言えない苛立ちをシャドウにぶつけ存分に活躍していた。

 

(あの完二……やはりあれもシャドウ。って事は天城や里中、それから花村や鳴上にも……? そんなことだろうとは思ってはいたが、案外論理だけで組み上げても当たるもんだな)

 

 

 

 

 シャドウを片付けて巽を追いかけること数分。

 あからさまに怪しく『おいでませ熱帯天国♡』なんて殴り書きされた扉を、鳴上と花村が無理やり里中に強要されて開けると。

 ―――そこはある特定の女子にとっての天国(パラダイス)だった。

 

“―――大人しくしろテメェ!”

“―――あぁん……いや、ダメッ……あ、たくましぃ~”

 

「ほらやっぱり~」

 

 扉を開ける前に予感していた事が当たった四人が俺のとなりでうんざりした顔でその光景を見ていた。

 説明するのも嫌だから簡潔にまとめると―――二人の巽完二が絡まっていた。以上! 終わり! 完二編、完!

 

 とはやっぱり行かないわけで、現実から目をそらしている場合じゃ無い。夢中になれる物が、いつか君をスゲー奴にするんだから。

 救出に来た四人に気がついた巽がその声のする方を向いた。

 

「なっ、テメーら、なんでここに!?」

「あー、そのぉ……」

「助けに来た……」

 

 やる気の感じられない気の抜けた花村と鳴上。まぁ、わからなくもない。こんな光景もまざまざと魅せられて気合なんか入るわけがない。

 二人の態度が気に入らないのか、巽がムッとした顔をしてシャドウを組み敷いていた上体を起こし拳を握った。

 

「あぁん!? なんだそのやる気のねえ態度は!」

 

 後方に気を取られた巽の隙をついてシャドウ完二が「あ、よいしょぉ」とマウントをとっていた巽を突き飛ばす。

 

「のおわぁ!」

「邪魔はさせないよぉ~。ふぅんっ……!」

 

 見たくも無いボディビルダーみたいなポージングをして聞くだけで腰の抜けるような声を出すシャドウ完二。あああ、嫌なもんをまた見てしまったぁあああ!

 ホントもうなんか勘弁して欲しい。何が悲しくて男の裸体を眺めなくてはならないんだ。これじゃあ先々の修学旅行や海なんか行った時が恐ろしい。恐ろしくて夜眠れないよ。

 俺の苦悩なんか知らず、シャドウ完二の掛け声を合図に、両端にある湯船のお湯の量が増し、やがて溢れかえり床を水満たしにした。

                                     材質/…………

 おっ? なんかラッキースケベの予感。

 

「なにこれ? こんなんで足止めのつもり?」

 

 よっし! 早速里中が罠にかかった!

 ただのお湯だと思い込んでいる里中は、無遠慮に歩を進めそのお湯を踏みしめるが―――。

 

「……ううぇ、ってってぇ……っ!」

 

 ふっ、いつからお湯だと錯覚していた?

 お湯はお湯でも、それはお湯で溶かしたローションさ!

 ローションだとは知らず、その潤滑性に脚を滑らす里中。

 それを止めようと天城が手を伸ばす。

 

「千枝……きゃっ!」

 

 無駄無駄無駄ァ! その程度の事で、このローションに叶うわけがないだろうが! このマヌケが!

 予想通り、巻き添えをくらって一緒に地面へ倒れこんでしまった二人。さて、こんなこともあろうかと準備していた物が役に立つ時が来るとはな。

 スイッチ……オン!

 

「大丈夫か?」

「な~にやってんだよ……ぉお、おお?」

 

 女子二人を心配する鳴上と花村だが、途中からその声色が変わっていく。

 起き上がろうと必死にもがく里中が「なにこれ? ヌルヌルで、気持ち……わる、んっ……い」なんて言ったり。……多少の誇張有り。

 突っ伏した状態のまま、形のいいお尻が突き出されプルプルと震えながら「……んっ、ぉ……起き上がれなぁい……」なんて悩ましい声を漏らしたり。……まあまあ誇張有り。

 もがけばもがくほどに液体が体中に付着し、なんでもないポーズなのに段々と扇情的にそれが見えてくる。うん、ローションって素敵だね。

 もう訪れないだろう貴重な光景を目に焼き付けようと、花村が興奮気味に目を見開く。

 

「ん鳴上ィ、録画出来るモン持ってねぇか?!」

「くっ……無い……!」

 

 はい、録画してまーす、安心してください。

 マヨナカテレビを録画しようと買ったカメラを持って、心底悔しそうにしている鳴上と鼻の穴が若干広がってる花村もばっちり映す。

 人の気も知らない男の言動に、千枝がムッとする。

 

「なに言ってんだそこ……ほわっ……!」

 

 文句を言おうと立ち上がろうとしたが、それも叶わず、ローションの海に再び身を投げる事となってしまった。

 ゆらゆらと立ち込める湯気の様な霧の中、ローションにまみれた女子二人、くんずほぐれずいい日かな。

 

 ―――さて冗談と言う息抜きタイムはここまでらしいな。

 

 巽の方がどうなってんのか見てみると、疲労した様子の表情で自分のシャドウの前に跪いていた。

 

「お……オレぁ……」

「もうやめようよ嘘つくの。やりたいことやって何が悪い? 人を騙すのも、自分を騙すのも、嫌いだろ? やりたいこと、やりたいって言って何が悪い?」

 

 確実に、着実に巽の逃げ道を塞ぐような口ぶりで話すシャドウ。

 投げかける言葉が、嘘だと決して否定できない巽は、次第に意気消沈し始めてしまう。

 

「それと、これとは…………」

 

 無理もない。

 人の心まで分かる俺ではないが、感情や心情は分かるつもりだ。

 夜母が眠れないからと、その母の為に一人暴走族を相手にする心優しい暴れん坊。

 多少手段を短絡的にしてはいるが、人の為を思いやっての行動が、その風貌と間違った見解によって歪められる。

 自分を正しく理解してくれない人間に、何を言ったところで無駄なのだ。

 ―――シャドウの語りかけるような話しは続く。

 

「ボクは、君のやりたいことだよ」

 

 優しい眼差し。受け入れて欲しいが為の、自分から歩み寄る者が見せる処世術のような眼差し。

 それに激昂した巽がシャドウを見て目を見開く。

 

「違うっ!」

「よせ“言うな!” ジライ……ぬわぁー!」

 

 違うと、そう言い切った巽の反応に、何かを予感したのか花村が止めようとするが、足元のローションに脚を取られて滑ってしまう。

 

「花村っ……!」

 

 助けようとして鳴上も巻き添えを食らってしまう。

 ……男のローションまみれを撮ってもしょうがない。録画はここでおしまいだ。

 見ればクマ之介まで自爆してる。お前らもう、ジッとしてろ。

 

「……女は嫌いだ」

 

 シャドウ完二が過去を振り返るように、遠くを見つめる眼差しでそう言った。

 黙り込んでしまう巽など気にせず、しかし彼に語りかけるよう、じっくりと話しを続ける。

 

「偉そうで、我儘で、怒れば泣く、陰口は言う、チクる、試す、化ける、媚びる、騙す、裏切る、卑怯で意地汚い……っ!」

 

 徐々にその表情が、眉が釣り上がり、顔を歪めて怒り顔になり始める。

 それと同時に、段々と声のトーンに怒気が孕み、ゆっくりとした口調も重ねるごとにまくし立てるような速さに変わっていく。

 

「気持ち悪いモノみたいにボクを見て、変人、変人ってさ……」

 

 呪うように、禍よあれと言うように、腹のそこからの呪詛はきっと巽が過去に受けた仕打ちが原因なんだろう。

 何事も平穏に、事なかれ主義で一人で生きてきた俺には馴染みのある『変人』という言葉。

 俺はこの言葉が嫌いだ。冗談で言う分にはコッチだって言うから多少は許せるが、それでも言う相手は選んでいるつもりだ。

 

「“裁縫好きなんて、気持ち悪い…。”“絵を描くなんて、似合わない。”」

 

 自身のイメージする理想を無理やり鋳型に押し込むような暴力的な暴言。

 己の意にそぐわない生き方を、他人が否定すると言う、自分自信を蹂躙するような重圧と眼差し。

 

「“男のくせに”……“男のくせに”……“男のくせに”……!」

 

 女性から、もしくは同性からも言われる最も理不尽な言葉。

 男に生まれたからこうでなくてはならない。そんな事があってたまるものか。相手にとって都合のいい人間では、それはもう自分とは言えない。

 シャドウの言う事は何よりも辛く、苦しい時代を生きた巽自身に他ならない。

 

「男ってなんだ? 男らしいってなんなんだ? 女は……怖いよなぁ」

 

 生まれて股間を確かめられて、ついてるかついてないかで男女に別れ。以降、男らしく、女らしく、狭量な世界に組み込まれ“らしく”生きることを矯正された結果生まれた歪んだ常識。

 曰く、○○をやるのは女の仕事。○○は男だから。そんな一方的なレッテル貼りの行為が漫然と横行される世の中、巽もまた、女子に自分を否定され、影で嘲笑され傷ついた、“男らしさ”を否定された男だった。

 決定的な言葉は、しかし巽の堅牢な意思にはまだ否定するだけの元気があった。

 

「こ、怖くなんかねえ!」

「男がいい……。男のくせにって言わないしな。そうだ、男がいい……」

 

 女が怖いから、男の方がいい。

 逃げ込む先はそこしかないと、シャドウの独白は巽を激昂させるには十分だった。

 

「ざっけんな! テメェ……俺と同じ顔してデタラメ言ってんじゃねぇ!」

 

 食い殺さんばかりの獰猛な猟犬の様な眼差しに、もう力はあまり残っていない。

 さっきの怒り顔はどこへやら、ニヤニヤと笑みを当たり前の様な事のように言い返す。

 

「キミはボク、ボクはキミだよ……分かってるだろ?」

「……違う、違う違う! ふざけんなっ!」

 

 巽は否定を重ねる。

 だがそれじゃあ駄目だ。

 このシャドウは自分に他ならない。視ている俺がそう思うのだからそれは間違いない。

 今までの自分を否定するって事は、死と同義だ。積み重ねて来た十数年の時を、その生き様を無かったことにしてしまうその行為は自殺行為だ。

 

「よせ完二!! 言うなぁ!」

 

 自己の否定の末を知っているらしい鳴上が床に崩れながらも制止の声を上げる。

 きっと花村や里中、そして天城もまたこうした事があったのだろう。この世界は嫌に平等だから。

 言わせてはならないと必死になるが、その努力も虚しく、完全に《自分》と向き合っている巽には届かない。

 

「テメェみてぇのが…………俺なもんかよ!!」

 

 虚しくも彼は選択を誤った。

 あるいはこれは必然だったのかもしれない。

 《自分》を何より知っているのは、やはり《自分》に他ならない。

 楽しい事も、好きな事も、嫌いな事、苦手な事、怖い事悲しい事苦しい事泣きたくなるような事全て。

 全て《自分》だけが持っていい宝物で聖域なのだから。

 否定し巽にシャドウが歪に微笑む。待ってましたと言わんばかりにニィと、イゴールよりも邪気のある笑みを浮かべる。

 やがてシャドウの影は濃くなり、空蝉に他ならなかった存在に色がつき始める。

 

「ふふ、うふふふふふ……ボクはキミ、キミさぁぁぁ!!」

 

(そういう事かよ……畜生、予感なんてのは当たってもいいもんじゃねぇな)

 

 歓喜に身を震わせ、シャドウの存在が濃密になり周りを影が覆い出す。

 一瞬の後にそれは、新たな存在を、巽完二と言う存在に成り代わらんとする肉体を得ていた。

 常人より大きな筋骨隆々な体躯は、中央を境に黒とグレーのツートーンになっており、大胸筋の辺りに巽のシャドウが上半身だけを出して沈んでいる。

 その周りには溢れんばかりの真紅の薔薇に包まれ、異様さを放っている。

 そして、両端に守るようにして並び立つのは同じツートーンカラーの一回り小さい、とは言え大きな体の男が二人。

 この場面で考えるのは野暮ってもんだが、実にホモホモしい光景だ。こいつらがシャドウで良かった。存分に屠る事が出来るんだからな。

 

「我は影……真なる我……」

 

 なるほど、そうやってお前は《自分》を獲得するつもりか。

 自分が自分でしかないなら、自分に否定してもらい、新しい別の自分を手に入れるわけか。禅問答みたいな回りくどくてイミのない事だな。何をしたってそれは仮初なのに。

 

「ボクは自分に正直なんだよ……だから……邪魔なもんには消えてもらうよ!」

「こんなのが完二君の本音だなんて……」

 

 シャドウの抹殺宣言に天城が言葉を漏らす。

 受けて花村がシャドウを見据えながら即座に切り返す。

 

「こんなの本音でもなんでもねぇ! 性質(たち)悪く暴走しちまってるだけだ!」

「ああ……やるぞ!」

 

 鳴上がそれに同意して開戦の号令をかける。

 

「―――ペルソナ!」

 

 四人のペルソナが召び出され、ここに戦いの火蓋が落とされた。

 

 

 

 

 大和の見守る中、戦いは行われた。

 一斉に召喚されたペルソナは、先手必勝を歌うように千枝のペルソナ『トモエ』が真っ先に切り込んだ。

 今までの戦いを見ていた大和としては、肉弾戦と氷結系の技を使うトモエは部が悪いと思っていた。

 

   《ブフ》

 

 手に持った薙刀を振って発言するは氷結の魔法。

 周囲の空気を氷点下にし、狙ったポイントに冷気の塊をぶつけ凍らせる技。

 

「お願い! トモエ!」

 

 が、その願いは並び立つ一人のシャドウによって遮られた。

 

「……タフガイ、か。巫山戯たネーミングのくせしてなかなか厄介な奴だな」

 

 目で情報を視ていた大和が愚痴を零す。

 トコタチによって認識を阻害している為、誰にもその呟きは届かない。

 

「うそっ、氷が効かない!?」

「なら……私が……!」

 

 氷を無効にするタフガイに雪子のペルソナ『コノハナサクヤ』が襲う。

 氷を無効にするなら炎はどう。そういった思いで、雪子はコノハナサクヤを操る。

 完二のシャドウの左側に立つタフガイに、右側面より飛来しその左半身を狙い打つ。

 

「行きなさい……!」

   《アギ》

 

 実態あるものを焼き焦がす炎がタフガイに向かって一直線に走る。

“―――回避行動を取るまでの距離は無い。直撃コース!”

 確実に取ったと思った雪子の自信はしかし―――。

 

「―――なにこれっ!?」

 

 反対側にいたもう一対のシャドウ、ナイスガイがそれを受け止めていた。

 

(氷を無効にするタフガイに、炎を無効にしてしまうナイスガイ。それに巽のシャドウは雷を吸収する。……これじゃあ実質、天城と里中、それに鳴上も封鎖されてしまう)

 

 タフガイとナイスガイ。その両名にコンビネーションで来られたら、千枝と雪子には相性が悪いだろう。

 そのうえ鳴上のイザナギは雷を得意とする。

 大和の思う限りでは使えるのは花村だけとなってしまう。相性と、経験値が足りないのだ。

 ―――だが、その思案は次の悠の行動によって打ち砕かれた。

 

「―――チェンジ!」

 

 イザナギでは相性が悪いと思うや否や、悠は右手をかざしてイザナギを元のカードに戻した。

 そして間髪いれず、新たな別のカードが彼の下へ舞い降りる。

 

「―――ラクシャーサ!」

(んな、そんなのアリなのかよ!?)

 

 紅い鋼鉄の鎧を全身に身にまとい、両手に剣を持った戦士が召び出された。

 これまで自分が思っていたペルソナの条件と合わないことに大和は驚いた。

 一人一つが原則だと思っていたペルソナだったが、現に悠は別のペルソナも使役している。これはルール違反なのではと思ったが。

 

(いや、ちょっと待て。確かベルベットルームのマーガレットは『ワイルド』について言っていたな。……だとしたら鳴上もまた『ワイルド』の属性って事か? だとしたらなぜ俺は?)

 

 一人思考の海に飛び込んでいるあいだも、苛烈な戦いは続く。

 だが、どうしても二人のガイによって完二のシャドウに攻め入るのを妨害されてしまう。

 一歩進んでは一歩下がる、そんな一進一退の攻防が続く中、だた一人、完二の影が力を溜め込んでいた。

 そしてその時は来てしまった。

 

「誰か、受け止めてくれぇ~!」

   《狂信の雷》

 

 両手に持った♂マークの金輪を中に投げ、輪の部分に自らの腕を差し込み受け止め、マッスルポーズを決める。

 完成した瞬間。弾けるような輝きを発し、恐ろしく暴れ狂う雷が四人を食い潰した。

 

「うあぁぁぁあああっ!!」

 

 完全な不意を突かれた四人は成す術なくその身に雷を受けてしまった。

 体を焼かれ、引き裂かれるような痛みがペルソナからフィードバックして伝わってくる。

 体内の水分が電気分解し、焼け焦げ、その痛みに失神しそうになる。特に花村のダメージは深刻だった。

 

「ぅ……だ、だめ……からだ、が。……うご……かない」

「ゆ、ゆきこ……だい、じょうぶ……?」

「や……べぇ、これ……は、キク…………なぁ」

「……くっ、み……んな……」

 

 たった一撃、されど一撃。

 致命的なダメージを受け、誰もが、悠さえも起き上がることが出来ない。

 せめて雪子がもう少し健在なら、癒しの魔法を使ってなんとかなったが、肝心の雪子にその気力は残っていない。

 満身創痍で絶体絶命。

 逃れようの無い死が、圧倒的な死がその身に迫っていた。

 

 

 

 ―――死が目の前に迫っていた。

 ゆらゆらと水蒸気が立ち込める密室で、逃れようのない死が、圧倒的な終わりがすぐそこまで差し迫っていた。

 絶望的な窮地の最中、助けてくれるものなど誰も居ない。

 躰は既に言う事を聞かず、どんなに力を込めても動きはしない。

 守るべき、助けるべき人もまた同じ状況下に晒されている。

 

「ぜ~んぜん大した事ないんだね~……笑っちゃうよぉ!」

 

 打ち砕くべき敵は余裕な態度で見下し、非力なモノに向かって高笑いを上げる。

 およそ人間とは思えないサイズの人型。恐ろしく威圧的な灰色と黒のツートーンカラーの肉体は、筋骨隆々という言葉が相応しく。その境目には数多のバラが咲いており、中央にはよく似た人物が上半身裸で腰から下が大きな肉体に埋まっている。

 瞳は異様な輝きを放ち、狂気に染まっているとしか考えつかない色をしていた。

 異形の化物は両腕に抱えた♂マークの武器を振り上げ、再び先ほどと同じ鉄槌を下そうとしていた。

 逃れる術はもう存在しない。

 

 “―――ここで問題です”

 

 絶体絶命のこの状況下―――助かるためには何を犠牲にする?

 

 聞こえるはずのない声が“鳴上”に、“花村”に、“里中”に、“天城”に聞こえていた。

 助かりたいなら答えてみろ、と。

 そう問いかける。

 命の選択にどう答えるか。それによって運命が変わる。

 そして―――四人は気力を振り絞る。

 

「――何かを犠牲に得るモノなら」

「――そんなもん」

「――私は」

「――あたしたちはいらないよっ!」

 

 まるで初めから打合せしていたかのように、綺麗に繋がる決意と覚悟。その絆を結んでいるのは鳴上なのだろう。

 

「何を言ってんのぉ? キミたちは、こ・こ・で・死ぬんだよぉ~!」

 

 

 

 

 

 鉄槌が迫る。

 死が訪れる。

 何かが聞こえた気がしたが、そんな気力は残ってない。

 

 

 最後に、千枝は現実に居るだろうちょっとスケベなクラスメイトを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――そうだ、お前たちの選択は正しい」

 

 死はやって来なかった。

 ただ、代わりに暖かく、とても自信気な声が耳に届いた。

 

 ――声は男だろうか、だとしたら完二君?

 

 ありえない、彼は今気絶してしまっている。

 

 ――だとしたら、一体誰なの?

 

 千枝はおそるおそる瞼を開く。

 花村は上体を起こし、雪子は顔だけ上げ、悠は精一杯膝立ちになる。

 

「―――何かを切り捨てて得たモノは、結局何かが欠けている。【真実】が欲しいのなら、諦めるな、省みるなそして存分に悩め」

 

 眼前の雷を、見えない壁でもあるかの様にして遮る人影。

 その不遜な物言いには皆聞き覚えがあった。

 

 ―――五月の頭に転校してきた不思議な男子。

 

 ―――あっという間に仲良くなり、その日のうちに一緒に食事に言った男の子。

 

 ―――マヨナカテレビに興味を持っており、意味深な言動でいつもヒヤヒヤさせられた。

 

 居るはずがないのに、影は段々と形を顕し、その風貌が明らかとなっていく。

 燃えるような紅い髪に、スラリとした長身。その整った顔立ちにはいつ手に入れたのだろうか、自分たちと同じ様なメガネを掛けていた。

 その口元が不敵な笑みを想像させ、ふと表情が緩む。

 

「―――待たせて悪かったな。また、何も言わないで悪かった。今度は怒らないでくれると助かるよ天城」

 

 なんでもないように、いつもと変わらないその声色が日常を想起させる。

“―――怒るわけがない、それは親友のあたしが保証する。だから今は……”

 いつの間にか楽になった体を起こし立ち上がる。

 そして一歩、また一歩と彼に向かって進む。近づくごとに体が癒されるのを錯覚してしまい、自分はもうこの人に…………なんて考えてしまった自分を笑う。

 目の前の彼は見たこともないペルソナを操り、あんなにも恐ろしかった雷をいとも容易く防いでいる。

 

「なんだよ……やっぱりお前、困った時のお助けキャラだったじゃねえか……」

「……アクアク三段階目だな」

「別に、怒らないよ……私、そんなに怖い人に、見えるかな?」

 

 みんながそれぞれの言葉を投げかける。

 ―――おかえり、とそう聞こえなくもない迎え方だった。

 

“―――だから私も”

 

「―――遅いよ、遅刻は肉丼だからねっ」

 

“―――自分らしく、彼を迎えよう”


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。