ペルソナ物語4~ポケットが真実でいっぱいいっぱい~   作:琥珀兎

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遅れて誠に申し訳ない。

それより、ペルソナ5がついに発表されましたね!
今から楽しみです。


第八話:始まりの前夜

「んなっ! お、お前……なんでこんな所に!?」

 

 巽から逃げながら、器用に後ろに居る俺を見て驚く花村のその姿は結構笑えた。

 怒りの表情で四人を追いかける巽と、それから逃れようと走っている四人。状況から察するに、こいつらは巽の怒りに触れたのだろう。無神経な奴ばっかだし。

 自業自得と言ってしまえばそこまでなんだが、せっかくいいタイミングで来たのだ。ちょっとぐらい手を貸してやるのも良いだろう。

 

「ほら、ヒーローは遅れてやってくるってよく言うだろ?」

 

 不敵な笑みを一つ、精一杯のカッコつけをしてみた。

 ヒーローと言ってもダークヒーローかもしれないけどな。ヒーローが正義の味方なら、ダークヒーローは悪の味方なのだろうか。全くもって曖昧である。味方とは文字通り、主観の見方によって変わるのだろう。だがそんな事今はどうでもいい。

 右手に握るアクセルを開き、股を開いて跨っている鉄の馬が唸りを上げる。

 回転数が上がり、スピードが上がり、あっという間に巽を追い抜く。

 すれ違いざま俺の存在に気づき、驚愕の表情を浮かべる巽。

 

「なっ、オメェは……土方!?」

「久しぶりだなぁ、巽。今はこいつらの加勢をさせてもらうぜ。……それと土方じゃねえって言ったろ、俺は霧城大和だ」

 

 前に向き直り四人の背後に迫る。

 鳴上が気づき、それに次いで里中と天城の二人が俺に気がついた。

 特に里中は何やらこみ上げてくるのを耐えるように、嬉しさと悲しさが入り混じった複雑な顔をしていた。

 

「霧城君!? え……な、なんで?」

「どこに行ってたんだ? 皆心配してたぞ」

「それも気になるけど……そのバイクどうしたの?」

「話は後だ……乗れ」

「乗れってお前、そのバイクじゃあ全員は乗れねぇじゃんか」

 

 自分らは四人。彼の乗るバイクは二人乗りが限界。

 これじゃあ、明らかに定員オーバーだと花村は主張した。

 花村の心配を他所に、俺はバイクの横に付いているサイドカーを指差した。

 

「ほら、サイドカーついてんじゃん、だから…………」

 

 だから大丈夫。と説明しながら天城のうなじ……正確にはうなじ辺りの服の襟を掴み上げる。

 人間一人、持ち上げることぐらいなんてことのない俺は、そのまま勢いよく持ち上げる。

 突然の行動に、一瞬の事に理解が追いつかない天城はきょとん、とした表情のまま呆けていた。

 

「ちょっと霧城君?! 雪子に何してんのさ!」

「えっ、えっ何? 何が起きてるの?」

 

 何故だか当事者の天城よりも、里中の方が怒り顔で俺に噛み付いてくる。別に突拍子もない変態行為を行うわけじゃないし、男二人へのサービスって訳でもない。が、そんなことは露知らず、里中は親友に対する扱いにご立腹なようだ。

 いちいち何をするかなんて理路整然とこいつらに教える時間なんて有りはしないので、これ以降何を言ってきても無視をしよう。そうしよう。

 俺は幼い子猫を持ち上げる親猫のように天城を釣り上げ、そのまま後ろの後部座席に座らせる。タンデムってやつだな。

 

「天城はそのまま、落ちないようにしっかりと掴まってろ。いいな?」

「あ……うん、わかった。しっかり掴まっていればいいのね」

 

 言う通りに、天城の両腕が俺の腰辺りに回される。ギュッとしっかり落ちないようにと掴まえる天城に、これはモテるわけだとなんだか納得がいってしまった。

 花村が羨ましそうに、鳴上は我関せずといった感じだったが、里中が人でも殺さんばかりに強い眼差しを向けてくる。そんなにひどいことしたか俺? あれじゃあもう獣だろ、剥き出しの本能が隠せてないぞ。

 言い出すのがちょっと恐ろしいくて阻まれるが、そうしなきゃ始まらないので半ば自棄糞になって、野生に戻った獣に呼びかける。

 

「……里中!」

「…………なに?」

 

 底冷えするような、絶対零度の声。聞いただけで体が硬直してしまいそうな恐ろしさだ。コキュートスって、あったんだな。

 軽蔑するように睨めつけてくる里中は、シャドウより怖かった。がしかし、俺も怯んでいる場合じゃない。

 天城を後ろに乗せたバイクを里中の隣に寄せ、キッと、真っ向から里中に視線を向る。……ちょっと頬が朱に染まった。

 

「サイドカーに飛び乗れ里中! お前なら出来るだろ?」

「……もう、後で絶対に説明してもらうかんね!」

 

 走る速度をそのままに、勢いよく地を蹴り里中はこちら側に飛び上がった。

 万が一にも失敗して大怪我を負わないよう、細心の注意を払ってバイクの位置を調整する。

 事故に発展することはなく、問題なく里中の体はサイドカーに収まっていた。これで、準備は完了したな。後は……。

 

「ん、なあ霧城? ちょっと聞いても良いか?」

 

 花村が不安そうな顔をしている。なかなか察しのいい奴だ、なのになんでたまに空気の読めない事を言ってしまうんだろうなコイツは。

 

「ん? どうした?」

「この展開って……もしかしなくても、いや十中八九俺達の席って……」

 

 言葉はそこで途切れた。

 定員は既に埋まっていた。そう、後ろに天城が乗り、サイドカーは里中が占領している。これが何を示すかというと、自ずと答えは一つになってしまうだろう。

 花村の懸念は現実になってしまうのだ。

 せめて禍根を残さぬように、俺は諦めた様子の花村と鳴上に向かって最上の爽やかスマイルを浮かべた。

 

「君達は男だろ? 男なら何をされても大体は大丈夫だ。男同士の喧嘩に女を巻き込む趣味のない俺は、よって女だけは助ける。……だから後は各自頑張ってくれ! 合流場所は追って連絡する、それじゃ!」

「お、おい……マジで!? このまま置いてくつもりですか霧城さん? そりゃ無いだろ!」

「諦めろ花村。霧城の目は本気だ」

 

 冗談だと信じたい花村は懇願するが、俺の様子を一目見て悟った鳴上は肩を叩き、どうにかしようとした花村を制した。

 鳴上はわかったようだな。相変わらず底の見えない男だ。

 勢いの削がれた花村に、追い討ちをかけるよに俺は、

 

「悪いな花村、鳴上、これ……三人用なんだ」

「あはは、ごめんね……それじゃあたしらは先に行ってるから」

「……幸運を祈ってるね」

 

 ニヤッと某すねかじりの小学生みたいな事を言い、里中が申し訳なさそうな顔をし、天城が真面目に言い放った。

 ちょっとかわいそうとは思う。が、残念だけどこれって法律(ルール)なのよね……。

 アクセルを捻り、排気煙を上げながら上がった速度。

 そして、男二人を横目に、俺を含めた三人を乗せたバイクが横を通り過ぎゆく。この時の二人の表情はとても印象深く、なかなか忘れられることのない思い出になった。

 

「う……嘘だろー!?」

 

 追いかけるのを諦めかけてきた巽の先で、悲壮な雄叫びを花村は上げていた。

 運の低い人間ってのは、何をやってもついてないんだろうか。ふと、そんな事を思ったりした。

 風を一身に受けながら空の天気を伺う。

 今朝までは晴れ晴れとしていたのに、雲が掛かり始め、この先の雲行きを怪しくしていた。

 視る限り、高確率で雨が降るだろう。そうなったら、また(・・)マヨナカテレビが始まる。

 そうなったら、巽完二は間違いなく誘拐されるだろう。早くて今夜。遅くとも明日には実行されるだろう。

 瞬間瞬間に変わっていく景色を見過ごしながら、俺は未然に事件を防ぐべきか、それとも何もせずにテレビに入る切っ掛けを作るか悩んでいた。

 

 

 

 

 

 

 鳴上達を見捨てて十分程時間が経った頃、女子を乗せたバイクはとあるトンネルの下に停まっていた。

 巽完二をまいた後、鳴上達と合流すべくどこかで待とうと言う大和の提案でそうなった。

 閑散とした人通りの少ないそのトンネルは、トンネルとしては距離が短く頭上に位置する森林から垂れ落ちる雫がジメジメと湿っぽい雰囲気を醸し出していた。

 音で悟られないようバイクのエンジンを止め、大和はその場から降り少し歩いたところの地面に腰掛けた。

 

「さて……どこから説明したほうが良いかな?」

 

 不敵な笑みを浮かべ、保護した彼女達を見やる。

 大和と同様、バイクの停車と共に降車した彼女らは二人揃って並び立ち、深刻そうな顔色を浮かべている。

 質問は、聞きたいことは山ほどある。が、その全てに大和は答えてくれるのだろうか。その疑念が、彼の人間性への不明瞭さが二人を阻んでいるのだ。転校してきてから数日、これまで仲良く過ごしてきたつもりであった彼女らにしてみれば、今回の大和が起こしたこの小規模な事件。連絡も無く、突如霧の様に消え去った事に、少なからず裏切りにも似た落胆を抱いた二人。否、雪子は確かに大和に対して抱いていた印象を改めていた。

 

“―――千枝を泣かせた彼を……私は、心のどこかで憎んでいる”

 

 初めこそ良き印象を抱いていた雪子。

 彼女が普段目にする男子とはどこか違った、不敵で不遜。にも拘らず人が自然と集まる、どこか超然とした大和に雪子もまた集まった一人だった。鳴上悠とどこか似ている彼は、千枝に見たこともない笑顔を与え、恋する気持ちを与えてくれた。

 そう、雪子の親友である里中千枝は、間違いなく彼、霧城大和に恋している。人の機微に疎く、また恋愛などにも詳しくない雪子にもわかる。千枝にいろんな事を与えてくれた優しき彼には、感謝の念もある。

“―――本人は気づいてないのかもしれないけど……千枝は、今恋をしているのだ。”

 だからこそ赦せない。

 感謝しているからこそ赦す事の出来ない罪科。

 隣に立つ千枝より、一歩前に進んで事の張本人。雪子にとっての罪人、大和に詰寄る。

 なんでも見通しているような大和の瞳が、雪子の心情を視取っているのに、変わらず彼は不敵に微笑む。口の端が軽く釣り上がっているその表情は、一見すれば小馬鹿にしているようにも見えなくもない。

 それが燃料となり、雪子の情念の炎を燃え上がらせた。

 

「私が聞きたいのは……たった一つよ霧城君」

「なんだ? ここで答えることが出来る項目なら答えるよ」

 

 大和から見て、雪子の表情は伺えなかった。

 彼女の立ち位置にちょうど影が差し、また軽く顎を引いて俯いていた為よく見えなかった。

 しかし、瞳の輝きは見逃さなかった。

 一歩、また一歩と着実に近寄る雪子に、千枝が訝しげな表情で見ている。

 

「ゆ、雪子……どうしたの? まさか、怒ってる……?」

「大丈夫よ、千枝。心配しなくても大丈夫」

 

 漏れ出た不安の言葉を、言葉では言う程の安心を千枝は感じられなかった。

 冷たいのだ。凍てついた氷のように、なのに燃えるように熱い。そんな矛盾を孕んだ声色とその雰囲気に、千枝は呑まれてしまった。

 

「一つ、貴方が居なかったこの数日……ずっと聞きたかった事があったの」

「……なんだ?」

 

 ゆっくりと口を開く。

 慎重に、丁寧に―――告訴するような口調で。

 

「―――どうして、誰にも言わず……連絡も取らずに居なくなったの?」

「………………」

「…………雪子」

 

 雪子の吐いたその質問は、千枝にとっても一番聞きたかった事だった。できるなら真っ先に聞きたかった。

 まるで検察官のような彼女の言葉は『誰にも』と言う言葉は、本当の意味を包み隠すオブラートに過ぎなかった。

 本当は『千枝にも』と言いたかった。誰より、何より心配していた千枝にこそ、連絡する義務があった筈。それを彼は放棄したのだ。それが赦せない。

 いつだったか、ゴールデンウィークの時に旅館であったあの日。自分は確かに彼に頼んだのだ。それに彼は応えた、千枝が望む限りは応え続けると。

 ―――それなのに。

 

「必要なかったからな、コッチも立て込んでたんだ。それについては済まないと思っている……本当だ」

「立て込んでたって……もしかしてこのバイクを買うために?」

 

 ふいっと顔をバイクに向ける。

 転校してきた当初は無かったバイク。最初は元々持っていたのかもしれない、とも思ったが、それはゴールデンウィークの時に旅館に豆腐を届けに使用した自転車を見れば考えつく。

 最初からバイクを持っていたのなら、バイクを使って届けに来ていただろう。彼の性格上そうすると思った。自分の感情より、合理的な判断を優先しがちな大和は、自転車よりも早く配達出来るバイクを選ぶはずだと。

 雪子の質問は、核心の一つを突いており。図星を突かれ、大和の眉が若干ながらひそむ。

 が、これほどで窮する大和では無い。地に着いた腰を上げ、既に雪子の歩数からして四歩分距離が縮まっている雪子を視る。

 

「それも一つの【真実】だな、否定はしない俺はこの数日の内にバイクを購入している。必要だったからな」

 

 もったいぶった大和の口振りに、雪子の足が呼応した。

 サワサワと静かな木々のせせらぎが支配するこの空間で、また一歩大和に肉迫する。

 森林から伝わる雫が雪子の頬に落ちる、がそんなことは気にしない。

 踏み込んだ左足を軸に、大和から見て正面の体を隠すように腰を時計回りに捻る。

 自然と右腕が後方に行き、瞬刻のタメを作り一気に憎き相手に射出した。

 ―――もう、この腕は止まらない。

 

“―――千枝に怒られるかも……でも、ごめんね。どうしても赦せなかったの”

 

 パシンと、乾いた音がトンネル内で反響する。

 頬を張られた大和は、赤くなったそれを悼むように撫でる。

 彼女は叫んだ。

 

 涙ながらに、その茶色いショートカットが揺れていた。

 

「―――じゃあ、なんで連絡してくれなかったの!?」

 

 大和を罰したのは雪子ではなく―――千枝だった。

 雪子の右手は直前で千枝の左手で止められ、代わりに彼女の右手が大和を打ちつけた。

 それは自分の役割だと、そう態度が言っていた。

 

「あたし達、友達でしょ? 心配したんだよ!? なにか事故にあったんじゃないかって、連絡しても繋がらないし、メールも返ってこない……これじゃあ何かあったのかもって思って……」

「千枝……」

 

 雪子の気遣う言葉に、思わず涙が溢れそうになる。今ここで涙を流せば大和はまた自分を慰めるだろう、これまでの彼の行動からそれは予想できた。

 でもそれでは対等ではない。それでは自分は同情で流されてしまう。それだけは絶対に出来ない。

 『女の武器は涙』とは言うが、千枝はそれを許容できる人間ではなかった。涙に頼り、一時のその場しのぎは必ず後でまた訪れる。時間がそれを歪めた時には、もう解決出来ない所まで到達してしまうかもしれないから。

 だから涙は見せない。あふれる感情の雫を引っ込め、彼を見つめる。

 

「たった一言……一言連絡があったら、あたしはそれで良かったんだよ」

「……里中…………すま」

「―――だから!」

 

 大和の謝罪の言葉を遮るように声を上げる。

 そして一度だけ、彼から顔が見えないよう下を向き、ジャージの袖で顔を拭う。

 向き直った時には、笑顔でいられるように。

 

「だから……肉丼。みんなを心配させた罰として、肉丼奢りだからね! それで許したげる!」

「肉丼か、本当に肉が好きだな里中は。……わかったよ、悪いのは俺だったし、ついでだ心配かけた詫びに全員で愛家に今度行こう」

「うんっ、じゃあ許す!」

 

 パッと花が咲いたような笑顔を浮かべ、そう言った。

 もとよりそのつもりだったから。ただ少し、ほんの少々感情的になってしまったが、それは愛嬌として許して欲しい。

 こちらが歩み寄って贖いのチャンスをあげたのだから、それぐらいは赦して欲しい。

 

 いつも守ってくれた千枝を、今度は自分が救いたい一心で行動した雪子だったが。千枝のに止められ、その後のやり取りを見てその毒気は完全に抜けていた。

 間違っていたと、自分が代わって大和を非難しても事は解決しなかったと。今更ながらに雪子は己を恥じていた。

 千枝の為と思っていた行動は、その実全くの逆走に過ぎなかったと。それに、自分が彼をそこまで責める資格すらない。思えばちょっと数日休んでいただけで、ここまで非難するほどの事を彼はしていない。よく考えれば分かる事だったが、千枝の存在が雪子の考えを曲解させ、今回の行動に及ばせた。自分のシャドウと対峙した時に、もう依存はしないと誓ったのに、千枝の為という免罪符に自分は守るべきモノを見失っていた。

 これでは彼も自分を嫌うだろう。

 築き上げた絆が揺らぎそうだった―――が、

 

「お前もだぞ天城、脂身が苦手だろうが、あそこは中華屋だ。他の料理なら食べられるだろ?」

「……え? 私?」

「何言ってんの雪子? 天城なんてここには雪子しかいないじゃん。それで、行くでしょ愛家? 霧城君の奢りで」

「いいの……? 私、さっき酷いことを……」

 

 既に千枝によって止められた右手は解放され、手持ち無沙汰になった両手を合わせ、揉むような仕草をする。

 大和はそんな雪子に、特に気にした様子もなくニッと笑顔を作った。

 

「なんの事だ? お前はただ俺を叱っただけだろうが、言い出せなかった里中に代わって。何も酷くないだろ、むしろ酷いのは俺だ」

「……それは言えてる……さっきの貴方、本当に酷い人に見えたもの」

「そうそう、酷い男だよね~、雪子を怒らせるなんて相当だよ? 君は」

「あー、なんかいかん流れになってきたな……アイツら早く来いよ」

 

 すっかり調子を取り戻した二人に、ため息を一つ吐き大和は鳴上達の来訪を願った。

 困った時の神頼みとは言うが、この地に住まう神にいい印象を持っていない彼は……とりあえず、八百万の神にでも祈ることにした。

 トンネル内の殺伐とした雰囲気は霧散し、後に残るは、女子二人が会話に花咲かす桃色空間だけだった。

 

 

 

 

 

 悠と陽介が合流したのは、その直ぐ後の事だった。

 ヘトヘトになり、満身創痍といった感じの二人は着くなり肩で息をして呼吸を整えていた。

 

「はぁ……はぁ、ったく……酷いじゃねぇか、ふ、普通……っ……置いてくかぁ!?」

「死ぬかと……っはぁ、思った…………」

 

 息も切れ切れ、言葉も途切れながら、大和に恨み言を零す二人。

 見捨てられたあの後、必死になって完二の魔の手から逃げおおせた二人は、自分らの携帯に届いていた大和からのメールを見てここに辿りついた。

 霧城大和という横槍が入ったおかげで、完二も追いかける気を無くしたのか後半はそれほどの危機感を陽介と悠は感じなかったのだ。

 深呼吸をし息を整え、両手を膝について中腰になっていた上体を起こして陽介が口を開いた。

 

「で? 今までお前、どこに行ってたんだ? それとそのバイク、免許持ってたんだな買ったのか?」

「そういえば言ってなかったな……都会に戻ってたんだ。ちょっとした人物の補佐を頼まれてな。それとバイクは今までのバイト代を貯めて買ったんだ、カッコイイだろ」

「都会って、そりゃ見つからないわけだ。それより……、やっぱいいなあバイクは。さっきだって天城を後ろに乗せて感触を楽しんでたし、いいとこばっかり持っていってホント羨ましい奴だなお前は」

 

 ため息混じりに呆れた様子の陽介。

 雪子とのタンデム。それはクラスの男子なら誰もが夢見るシチュエーションなのだ。

 その歯に衣着せない会話でさっきの出来事を思い出した雪子は、自分のされた事が今更ながらに恥ずかしかったのか、頬を赤く染めて俯いていた。

 客観的に見て、照れているようにも見えてしまう雪子の態度は、千枝にとっては面白い訳もなく、元凶である大和をジト目で睨むことでストレス解消に及んだ。

 

「ちょっとした人物って誰? 霧城君の大事な人?」

「おいおい里中、霧城が戻ってきたからって早速嫉妬か? それじゃあまた逃げちまうぜ」

「うっさい花村!」

 

 おどけた態度で千枝に突っかかる陽介に、それを一喝する千枝。見慣れた光景が戻ってきたようで、柄にもなく、経験にも記憶にもない懐かしさがふと大和の中に蘇った。

 一体誰を補佐していたのか、という問題が陽介の横槍によって棚上げされたが、それでは納得しないのが悠だった。

 【真実】を追い求める彼は、今まで大和が何処で何をしていたのか気になっていた。

 

「で、結局その人物については言えないのか?」

「ん? ああ、アイツなぁ……俺は言っても良いと思ってるけど、あっち側の奴が許さねぇだろうな。悪いがその話は詳しく俺も言えないんだ……契約した以上、それに見合った制約は受けなくちゃダメだからな」

「そうか……それじゃあ仕方ないな、諦めよう」

「ああ、俺も言える時が来たらちゃんと言うから、今は勘弁してくれ」

「それじゃあ、霧城君はそのとある人物の補佐のお仕事を都会でしてて、それでコッチに居なかったのね」

 

 悠が質問しても、なんだか要領の得ない事を言ってはぐらかしている大和に、止むにやまれぬ事情があると見たのでここは深く追求するのを断念する。

 そして要約するように話しをまとめる雪子。

 彼はテスト終了から数日、今日に至るまで都会に居たと。

 だが、それだと腑に落ちない点が一つあるにはある―――が、それをしたが為にさっきは選択を誤った。だから雪子はそれについての思考、指摘をするのをやめた。

 なのに、雪子の苦悩も知らず大和は「ちょっとコンビニ行ってくる」みたいなノリで軽く言い放った。

 

「いんや、こっちには十五日に一回帰ってたぜ? その後また都会に戻ったけどな」

「…………え?」

 

 あっけらかんと何でもないように言った大和に、他の四人の驚愕の声がトンネルに木霊した。

 そして、案の定質問攻めである。

 

「十五日って一昨日じゃねえかよ! お前その時に顔見せるなりなんなり……ていうか学校来いよ!」

「ここにいたのは十五日の夜だけだったんだ、学校には来れなかった」

「っていうか、なんで夜だけ? そんな時間に帰ってきて、なにかコッチに用でもあったわけ?」

「俺もその日だけは、絶対に戻っておきたかった用があったんだよ」

「じゃあ、その用って何だったの? あ、待って、もしかして……エッチなことじゃないわよね?」

「天城よ……お前は俺をなんだと思ってるんだよ」

「で……本当の所は何だったんだ? 十五日の雨の夜に…………もしかして」

「……今お前が考えている事で合ってるぜ鳴上。そうだよ、俺は―――マヨナカテレビを見るために戻ってきた」

 

 一同がその単語を耳にした途端、揃ってむやみやたらと口に出さないようにキツく閉じた。

 そのわかり易さと、単純さ、高校生特有の浅慮に、滑稽で思わず笑いが大和の口から漏れてしまった。

 

「くく、あははははっ! なーに揃って黙ってんだよ、お前らわかり易すぎるだろ」

「分かりやすいって、一体何がだ? 俺にはよくわかんないな、なぁ鳴上?」

「―――まあ、今は良いや。ただ、あのテレビに映ってたのって、今日追いかけっこしてた巽完二だよな? 気をつけろよ、アイツ根は良い奴だけど、怒らすと手が付けらんないぞ?」

「そういえば霧城君って、あの巽完二君と知り合いっぽくなんか話してたけど、どういう関係なの?」

 

 核心をついてくる大和を、マヨナカテレビの話しから逸らすために話題の転換を図る千枝。

 下手な誤魔化ししか出来ない陽介では、いつかボロが出るかもしれない。ペルソナ能力のない彼を巻き込むわけにはいかない。

 

「巽か、そうだな……知り合いって言えばそうだが、精々顔見知りって所だな。俺の名前ちゃんと覚えてなかったし」

「そっかー、でも結構意外だったなー。まさか霧城君が彼を知ってたなんて」

 

 完二の事を聞く作戦は、思いのほか良いらしく、見事に話題を逸らすことに成功した。

 周囲をコンクリに囲まれているためわかりづらいが、トンネルの終わりの所から差す光は既に夕日に変わっていた。

 大和は何かに気づいたように、携帯を開き時間を確認した後、バイクに駆け寄っていった。

 

「悪い、これから俺店を手伝わなきゃならないんだ。だからそろそろ帰るわ、それじゃあな」

 

 この場を去ろうとする大和を見送る四人。

 それぞれが別れの言葉を言い見送るが、大和はそちらの方を一切見ずにバイクに跨りエンジンをかけた。

 ―――ただ一言、

 

「……気をつけろ、彼の抱える問題(コンプレックス)は―――結構深刻だぞ」

 

 そう意味深な言葉を残し、重低音を響かせ反響するトンネルを去った。

 

 大和の言う『彼』とはいったい誰のことを指すのか、それを知る者は誰もいなかった。

 ―――否、鳴上悠だけは……薄々勘づいていた。

 

「あいつ…………彼の抱えるコンプレックスって、一体全体なんの事を言ってるんだ?」

「ねえ、なんだか……霧城君って不思議な感じがしない? なんかこう、何でも知ってるような……見透かされてる気がするの。マヨナカテレビの事だって……」

「うん、もしかしたら事件とマヨナカテレビの関係にも気づいてるのかも。だからあたし達が追いかけられてる時に、あんな丁度良いタイミングで来てくれたのかも」

「……花村が以前霧城に向かって言っていた、お助けキャラって例え……あながち間違いじゃないかもな」

 

 西日が差し込むトンネル内で、四人は事件の事を考える。

 マヨナカテレビに映った巽完二は、犯人が誘拐するには一筋縄ではいかない様な男だ。あの性格と腕っ節があれば、そうそう誘拐なんてされるとは思えない。

 皆がそう思ってはいたが、大和の残した言葉だけが心に引っかかっていた。

 しかし、今日はもう時間も少ない。よって今度のマヨナカテレビが放送されるまでは、様子を見ようと言う結論に至り、四人はそれぞれの帰路に向かった。

 

 

 

 

 

 

 ――――深夜十二時一分前――――

 

 マル久豆腐店に帰り、店主の老婆に挨拶を済ませ自室に戻って数時間。

 既に時刻は十二時を迎えようとしていた。

 一昨日と同じく、マヨナカテレビを見るために自室にあるジュネスで購入した、大和の体が簡単に入る程に大きい液晶テレビを前に座っている大和。

 前回始めて視た時に、その仕組みはおおよそ着いていた。

 『見たい』という願望を叶えるシステム、それがマヨナカテレビ。

 ならばなぜ巽完二が選ばれたのか。

 一応の確認として、都会にいた時もマヨナカテレビが見れるのかどうかの確認はした。

 その時は何も映らずに、暗い液晶を見つめるだけだった。が、それで確信した。

 このマヨナカテレビは地域限定。言わばこの町の、稲羽市でしか映らない都市伝説なのだ。

 とはいったものの、それだけでは巽完二が映った事の説明にはならない。田舎町とは言え、知名度の強弱は存在する。

 そこで大和が調べたのは、あるニュースの存在だった。暴走族に焦点を当てた、地域密着型のテレビ特集。その番組に完二が映っていたのだ。それを見て思い出されるのは、いつかの夜の出来事。

 あのテレビ番組に映った事で、人々の関心が高まり、それにマヨナカテレビが反応したのだ。

 

 論理を組み立て、結論を出そうとしていると、テレビが前触れもなく何かを映し始めた。

 時刻は十二時。

 マヨナカテレビの始まりである。

 

 映像は非常に鮮明だった。

 この前見たときは霧がかっていてわかりづらかったが、今回はよく見える。

 スーパー銭湯の更衣室みたいな場所が映っている。

 そして、下から現れたのは……褌一枚の完二の姿だった。

 

「…………うぉぇっ!」

 

 あまりの気色悪さに嘔吐く大和。

 その強烈な出で立ちは、見る男の殆どが同じ反応をしてしまうかもしれない。

 が、そんなことはお構いなしにテレビに映る完二は、うっとりとした恍惚の表情を浮かべている。

 

「皆様……こんぱんは。“ハッテン、ボクの町!”のお時間どえす。……今回は性別の壁を越え、崇高な愛を求める人々が集う、ある施設を紹介します」

「いや、アカンだろそれ……完全にハッテン場じゃねえか。サウナかよ」

 

 これ以上は見るに耐えなかった。特に、下半身が目に入った時なんかは、その情報が勝手にインストールされてしまい「あ゛ぁぁぁぁああああ! 目がー……目がー!」ってなってしまった。

 テレビの完二がスーパー銭湯っぽい所に突・入していったのを、なんとか確認した大和は消えたテレビとは反対側を向く。

 そこにはあらかじめ前もって用意されていたビデオカメラが設置されていた。電源はついており、これまでの出来事をちゃんと映していた。

 以前備え付けのレコーダーで録画を試したが、やはりと言うか、当然のことながら映像は録画されていなかった。

 よって考え出されたのが、テレビの映像を映すのではなく、テレビそのものを映せば良いじゃないかという手段だった。

 確認の為に立ち上がり、手に取ったカメラを再生してみる。―――が、映像は流れはしたが、ビデオカメラ内でのテレビは何も映していない。

 

「……なんだろう、ちょっと安心した自分が居る」

 

 ホッと安堵する大和であったが、自体はやはりこうなった。

 始めはこれを予感していた大和が、完二を助けるべく行動しようとしたのだが、大和の体はそれを決して許さなかった。

 『呪い』によって、犯行を未然に防ぐという事が出来なかったのだ。出来たはずなのに出来ない、その歯痒さが、再び『呪い』をかけた張本人への憤怒として変換される。

 内に潜む燃え盛る炎によって身を焼かれるような感覚が、それが彼を突き動かす。

 そのためにも、巽完二を救出し、鳴上悠らと秘密を共有した上で、自分の代わりになって敵を暴き出す。

 

 明日以降の四人の行動に注視しつつ、さりげなく手助けをすべく、今夜は早く眠ることにした。

 後に起こり得るペテン師の舞台を待つばかり。

 後は野となれ山となれ。




次回からやっとこさ鳴上君達もペルソナ出すんじゃないかな多分。

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