ペルソナ物語4~ポケットが真実でいっぱいいっぱい~   作:琥珀兎

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今回は全体的に次の話のための、いわゆる前座と言ってもいいくらいの話しです。


第七話:そして彼は現れる

 五月九日 月曜日(曇/晴)

 

 ついに到来した中間テスト期間。

 普段の授業を凝縮した用紙に、勉学の奴隷へと身を落とした生徒たちが血(赤点)を流さぬよう、鬼気迫る表情で解答欄を埋める儀式。性格のねじ曲がった教師などが製作する問題などの、所々に罠が張り巡らされたその迷宮を踏破せんと、大和達も前もって学習をしていた。

 この中間テストですべてが決まってしまうという訳ではないが、皆赤点は避けたい。よって、このテストに不真面目な生徒はあまり居なかった。

 

 この町に来て早々に『呪い』を頂戴した大和も、このテストは自分の体に影響を及ぼすのかのテストとして利用していた。これで『呪い』が発動すれば、彼の点数は全教科零点と言う逆の快挙を成し遂げることになってしまう。

 あれだけ皆の前で、自分は勉強出来ると豪語しておきながら、そんな体たらくを晒してはもう生きてはいけない。

 内心おっかなびっくりに震えながらも、解答用紙を埋める手は、体は問題なく正常に動いている。これが示すのは、『呪い』の不発を意味する。この程度の『答え』は【真実】には遠く及ばない、と判断したのだろう。

 現状にとりあえずはホッと安堵した大和であったが、本質は変わっていない。依然として大和の身は呪詛に、呪言に蝕まれたこの身は解放されていない。一刻も早く、彼は彼自身の目的を達成せねばならない。

 目的に到達するための手段は得たが、その目的への道筋が見えてこない。

 噂として流れるマヨナカテレビは、雨の夜しか映らない。大和がこの町に来てからというもの、雨の夜は一度も無いのだ。

 焦燥感だけが募っていく。思わずペンを握る手に力がこもる。ミシミシと音を立てて壊れそうになるシャーペンに気づき、咄嗟に手を離す。

 シャーペンは大和の手を離れ、机から落下していく。まるで掴んだ【真実】が己の手からこぼれ落ちるように思え、逃さぬよう、手放さぬようにしっかりと受け止める。

 

 これまで鳴上達の置かれた状態を、まるで対岸の火事のように傍観していたがそれももう、そうは言ってられないのかもしれない。

 自分が思っていた以上に大和は焦っていた。極まって冷静であれと言い聞かせ、行動してきた彼ではあるが、ペルソナを発現させてからの日々は激変とはいかなかった。彼自身、顔見知りの鳴上達に打ち明けないのもその一端を担ってはいるが、それでももう少し早く転機は来るものだと思っていた。

 ハッキリ言って、彼は持て余しているのだ。与えられた力は強大で計り知れない、しかしそれを発揮する事の出来る明確な敵と環境が襲ってこないのだ。それが彼の心を徐々に、浴槽に潜む黒カビの如くじわじわと侵食し、結果欲求不満につながる。

 その欲求の結果が、この前の暴走族との一件に繋がっていたのだ。

 完璧な己の御し方など存在しない、人は潜在的に失敗をしたがる生き物なのだ。それは普遍的無意識に帰結する破滅の権化。

 

 チラリと隣で紙切れ一枚に苦戦している千枝を見つめる。

 悩ましく揺れるペンが、答えに窮しているのを物語っており苦戦してると見た。

 以前行った合同勉強会は結果に結びつかず、徒労に終わってしまったのだろう。これが千枝にとっての失敗なのかは彼女にしかわからない。

 

 その後方に着く陽介は、もはや諦めた様子で逆に清々しい顔をしていた。

 表情に迷いはなく、問題を見てから答えを書き込むタイムラグもあまりない。選択問題は当てずっぽうってことだろう。

 

 雪子に関しては言わずもがな、成績優秀者の彼女は陽介とは違った意味で迷っている様子はなく、スラスラと淀みなくペンを走らせている。

 旅館の一人娘として将来を約束された彼女。優秀であろうと努める彼女は、人の期待を裏切らない。その勇気が無いからだ。

 だがそれも、過去になりつつある。鬱屈した日々から飛び出す覚悟をし、鳥かごから飛び立つ決心をしたのだ。

 親友の存在が彼女を堕落させたが、同時に飛躍させる要因にもなったのだ。

 

 そして未知数の力を秘めている鳴上悠。

 測定できないが故、可能性を秘めた彼は可もなく不可もなく、まずまずといった具合にテスト問題に挑んでいた。

 従姉妹にあたる堂島菜々子を溺愛する彼は、日々の生活から着実に成長を遂げている。

 初回から能力面で成長しきっている大和とは真逆の人間。

 都会での生活から田舎に降りてきた彼に、都会の友人から連絡はない。その点は大和と同じと言えよう。日々を無難に過ごしてきた彼等は、出発点こそ同じではあるが、その先に待ち受ける運命は違っている。

 

 すべての解答を終えた大和は、瞼を閉じ軽く息を吐いた。

 解答用紙は全て正しい答えが書かれている。始め大和はワザと何問か間違えようかとも思ったが、逡巡の後に意味がないことを悟り却下した。それに、全問を解答して後日校内に張り出される順位表で、学年一位を取れば今後の交友関係を気づくのに有利だろうと悟ったからだ。

 彼自身、未だに友人の定義は変わっていないが、それでもないよりはマシだ。あると無いとでは雲泥の差があることを大和は知っている。

 利用できるものはなんでも利用する。

 一番大事なのはいつだって自分なのだから……。

 

 校内中にチャイムが鳴り響き、この日のテストが終了した。

 

 

 

 

 

 

 五月十二日 木曜日(曇)

 

 花村曰く、魔の四日間が無事に終わったこの日、俺こと霧城大和は他四人と一緒にテスト終了を喜んでいた。

 

「やーっと終わったな、地獄のような日々が」

 

 グッと両腕を上に上げ、伸びをしながら解放された喜びに花村は浸っていた。

 この集団の中で一番喜んでいるのは、まず間違いなくこの男だろう。

 

「うあー、この開放感っ! これだけは全国共通だな! ホント肩の荷が下りた感じだぜ!」

「ちょっと、うっさい!」

 

 完全に有頂天の花村が俺や鳴上に、その歓喜具合を知ってもらおうと言わんばかりにアピールしていたら、正面に座る天城と何か質問し合っていた里中がその騒々しさを一喝してきた。

 これって八つ当たりじゃね? と、何事かと思った俺は里中と天城の方を振り向く。

 

「ね、じゃあ問7は何にした? 《初撃が《衝撃のファーストブリット》だった場合の二擊目の名前を答えよ》って問題」

「えっと……確か《撃滅のセカンドブリット》にした」

「うっわ、間違えた! あたし《抹殺の》にしちゃったよ……」

「千枝それ、最後のだよ……」

「わかった、もう倫理は諦める。地学に賭ける」

 

 天城と自分の回答が一致しなかったのを、間違いとみなした里中はやってしまった、といった顔で頭を抱えたが、ポジティブな性格がすぐに次の問題に移行させた。

 と言うか、倫理の問題おかしすぎるだろ。なんだよ、ス○ライドが好きなのかモロキンは……。

 気を取り直して里中が、こっちを向く。

 

「《太陽系で最も高い山》って、何にした?」

「うげ……その問題振っちゃう?」

「……? どうして? はっは~ん、もしかして花村わからなかったの?」

 

 太陽系で最も高い山はもちろんオリンポス山だが、花村はその質問を聞いて苦い顔をした。

 里中は空白だったのでは、と予想したが、そうではないのを俺は知っている。思わずニヤリと下卑た笑みが浮かんでしまう。

 言い逃れできないように、俺が切り返す。

 

「いや……花村は“ちゃんと”わかったさ。なあ、花村君……? そうだよな?」

「う……、あーそうだよ! わかったさ、だってその問題って勉強会の時に霧城から散々“テストに出るぞ”って言われてたからな。そりゃあ、わかったさ!」

「素直で大変よろしい、それじゃあ肉丼一杯な」

「わかってるよ、賭けは賭けだからな。俺だってそれくらいは守るさ」

 

 “問題一つに肉丼一杯って、ぜってー釣り合わねぇだろ”と、ブツブツ言いながらしょげてる花村。

 

「ねえ、それで答えは何なわけ?」

 

 肉丼と聞いて里中が反応したが、それよりは問題の答えの方が優先されたらしく、答えを催促してくる。

 未だ後悔をしている花村は役に立たないので、継いで鳴上が答えた。

 

「答えは《オリンポス山》にした。花村も言ってたが、霧城がこの問題は出ると事前に教えてくれたからな」

「ギャー! マジで!? 違うのにしちゃったよー……」

「あ、私もそれ、同じのにした……」

「天城もそれにしたんなら確実……、だけど賭けには負けたんだよな」

 

 まだ言うか花村、往生際が悪いぞ。男だったら冷静に事を受け止めて豪快に振舞うべきだ。

 諦めた様子の花村は、憂鬱な表情をする。

 

「あーあー、廊下に張り出されるのが楽しみだよ、ったく……」

「今更、悔やんでも仕方ないだろ。諦めて結果を待とうぜ」

 

 俺は心にもない慰めを言って宥めた。

 大体、テストなんて物は普段から勉強をしているかを試す物だ。一夜漬けやその場しのぎの一時的な勉強なんて、一週間もすれば忘れてしまう。何事も反復と継続あるのみなのだ。

 そのテストってシステムも、教師が成績を付けるのに楽するために始めたに決まってる。人が人を順位付けるなんて、おこがましいにも程がある。まぁ、俺は当然上位だろうけどな。発言したら反感食らいそうだから言わないけど。

 反テスト派な思案をしていると、ふと他の男子生徒の雑談が耳に入ってきた。

 

「なぁ聞いたか? テレビ局が来てたんだってよ」

 

 テレビ局……、その単語に敏感に反応したのは俺含めここに集まってる全員だった。

 テレビ局って……あの時のテレビ局だよな、多分。

 

「どうせ、例の“死体がぶら下がってた”事件のだろ?」

「や、違くってさ、幹線道路あんだろ? あそこ走ってる暴走族の取材だってよ。俺のダチで族に顔出してる奴いてさ、そいつからきいたんだよね」

 

 うわー、コイツ恥ずかしい奴だな。居たな~、ああやって自分意外と悪ですよって暗に自慢してる人。前の学校にも居たな。なんでああいった手合いの人間って、他人の事を自分の事のように置き換えて話すんだろうな、情けないと思わんのかね?

 名前も知らない男子生徒がしたり顔で話していると、その話し相手がおどけたように言い返す。

 

「おま、友達に族いるとか、作んなよ?」

 

 嘘つけっ。お前絶対それ嘘だろ! 『族』って単語を口に出して、さりげなく下に見てるように言って優越感に浸りたいだけだろ? 微妙に声大きくしてんじゃねーよバーカ!

 皆聞いてたところで教室出たらもう忘れてるよ“今日愛家で肉丼食わねー?”、とか話して記憶からこぼれ落ちてるよ。

 心の内で呪詛を吐いていると、当然聞こえていない男子生徒は続けて喋っている。

 

「いや、なんでも、その取材に来た日にさ、現れたんだよ……」

「何がよ? マッポでも来て皆パクられでもしたのか? だとしたら笑える」

 

 男は神妙な顔つきで話を続ける。まるで都市伝説とか、怪談話でも始めるように恐ろしそうに。

 

「違う違う……なんでも真っ赤な髪の土方服を着た悪魔のような男が来て、もう一人の男と二人でその族潰しちゃったらしいんだよ……」

「マジかよ、それって伝説の某って感じになんじゃね?」

 

 俺は咳き込んだ。

 話し広まってるし、ヤバいバレないよな。散々心の中でひどいこと言ったけど、俺が人のこと言えた義理じゃなかった。反省します、だからもう黙って。

 テレパシーを飛ばしてみたが、どんなに頑張っても届かなかった。

 

「いやマジ、伝説になってもおかしくない位の残虐非道っぷりだったらしいぜ。……なんでも一つ五十キロはくだらないマンホールの蓋を片手に一つづつ持って、並み居る族をそれで殴っては飛ばして回って、挙句片方の腕が粉砕骨折した人もいたらしいぜ……マジで鬼だよ」

「うっわ、それは引くわー俺でも引くわ。どうしたらそんなに出来るんだ? 赤髪の鬼だから、赤鬼だな」

 

 ホントもう黙ってくれないかな。そんなに情報出されたらバレるのも時間の問題じゃん。

 聞き耳を立てるのを中断し、四人に向き直る。別に俺を疑っている様子もなく、普通だった。どうやら、あれだけじゃ俺ってバレる要素になりえないらしい。

 俺の苦悩など露知らず、天城が不思議そうな顔をし、小首を傾げた。

 

「……暴走族?」

「あー……たまに五月蝿いんだよね。雪子んちまでは流石に聞こえないか」

 

 天城の疑問に次いで里中がそういえばって顔で話す。おい男子生徒。お前のせいで話題が伝染しちゃったじゃないか、どうしてくれる。

 うかつに発言するとなんか危なそうなんで、大人しくしてると、うんざりとした花村が暴走族の話しをさらに広める。

 

「うちなんか、道路沿いだからスゲーよ」

「ウチの生徒にもいるらしいじゃん?」

 

 本格的に話題が固定されてしまった。と言うか学校にいるんだ、族。それ、俺が襲った族の人じゃないのを祈るしかないな。

 

「あー確か、去年まで凄かったって奴がウチの一年に居るとか、たまに聞くな。中学ん時に伝説作ったって、ウチの店員が言ってたっけな。……けど、暴走族だっけな」

「で、伝説って……?」

 

 やけに輝いた顔で興味深そうに花村に聞いてくる天城。そういうの、好きなのか?

 他の三人が呆れたような表情を浮かべ、代表して里中が答える。

 

「あー、多分雪子が考えてるようなのとは違うと思うけど……」

「と言うか、さっきあそこの連中が言ってたじゃん。残虐非道の伝説の赤鬼って」

 

 余計なことを言い始めた花村が、余計なことに里中の補足をしやがった。

 勘弁してもらいたい……鳴上なんか俺のことさっきから熱視線で見てるし。

 

「さっきのって、マンホールの蓋を持って……とかいう話? どうせ噂に尾ひれでもついたんでしょ?」

「いやでもよ、万が一ってのもあるかもしれないじゃん?」

「私も、それ気になるな……」

 

 アカン、もう限界だ。冷や汗かいてきた。バレたら軽蔑されるかも、怖がられるかも。

 それ自体はどうでもいいが、それが原因で目的に遠のいたら面倒だ。テレビに入れる人間は、俺が知ってるのはこの四人しか知らないんだし。

 俺は意を決してガタっと、わざとらしくない様に注意を払って席を立ち上がった。

 

「あー俺、今日もバイトだからこれで帰るわ。じゃあなー……」

 

 返事も待たずにそそくさと教室を後にする。この際、怪しまれようがシラを切り通そう。それか、別人をでっち上げるとかな。

 若干後ろ髪を引かれる感じがするが、仕方ないバイトに急ごう。

 こうして、俺は学校を後にした。

 

 

 

 

 大和が去った後の教室ではなんだか訝しげな表情を浮かべている四人の顔があった。

 

「なんか……最近の霧城君って、すぐに帰っちゃうね。そんなにお仕事、忙しいのかな?」

 

 心配そうな面持ちでポツリと、周囲に答えを求めるように言ったのは天城だった。

 

「だな…、アイツそんなにバイトして……何か欲しいもんでもあんのかな?」

 

 既に去った後の教室の扉を眺めながら、陽介の言葉は誰にも届かず中空で霧散した。

 

 

 

 

 

 

 

 五月十四日 土曜日(雨)

 

 この日、霧城は学校に来なかった。正確には昨日も、来てはいなかった。

 テスト終了の放課後から二日、四人は大和の姿を一度も見ていないのだ。初めはただの風邪だろう、と思い携帯にメールを送り安否を確認したが、返事は無かった。

 それならお見舞いに行こう、と言う千枝の提案でマル久を訪れたが、店主しか居なかった。

 事情を聞いてみると。“やらなくちゃいけない事があるから、二、三日帰らない”と言い残して去ってしまったらしい。

 そして今日、四人は心配そうに雨が振り続ける外を眺めていた。

 

「雨……降ってきてる。天気予報あたってるけど、霧城君……一体どこで何してるんだろう?」

 

 大和の行方がわからず、連絡もつかない。そんな状況に一番打ちのめされていたのは、外の天気を眺めていた他でもない千枝だった。

 この中でも恐らく一番大和と過ごしている千枝にとって、なんの連絡も無しに居なくなったのは結構なダメージだったらしい。

 一方、千枝とは違った意味で深刻そうな表情の陽介や鳴上。

 何かを推理するような名探偵のような仕草で、握った拳を口元に当てる陽介があまり言いたくなさそうな事を話し始める。

 

「もしかして、霧城が次の標的になっちまったんじゃ…………」

 

 それは皆が考えついた不安であった。

 

「でも、マヨナカテレビには映ってないし。霧城君は男の子よ、今までの推理では『山野アナに関係してる女性』でしょ?」

「確かに、天城の意見も最もだ……これで霧城が本当に誘拐されていたら、マヨナカテレビとの関係と法則が崩れてしまう」

 

 雪子が、鳴上が反対意見を述べる。

 まるでそれに縋る様に、自分に言い聞かせて不安の種を取り去るように。

 だとしたら一体どこに……、と陽介が呟く。

 もしかしたら本当に、なんでもないような用事で出かけているだけかもしれない。

 拭いきれないのなら、上書きをしようといった感じに陽介は別の可能性を模索し始める。

 

「千枝……大丈夫?」

 

 いつまでも外を眺め続ける千枝を、心配そうな顔をして呼びかける天城。

 付き合いの長い雪子は、今の千枝の心情がよくわかっていた。

 労わるように、優しく肩に手をかける。―――その肩は小さく震えていた。

 

「…………千枝」

「……わかってる、わかってるんだけど……なんだろう、ねぇ雪子、あたし……どうすればいのかな?」

 

 無力な自分が悔しい。千枝の言葉の端々には悲しみの念が詰まっていた。

 本当は何でもないのかもしれない、ちょっと実家にでも帰っているのか、携帯は充電でもし忘れたのだろう。

 そうやって想像を働かせて、自分に言い聞かせる。

 

「千枝……きっと大丈夫だよ、明日にでもフラッと帰ってくるかもしれないよ?」

「うん、そうだよね……悩んでも仕方ないよね。ありがと、雪子」

 

 迷いを、不安を振り切って明るく努める千枝に、雪子は優しく、母のように微笑んだ。

 瞳が若干涙で充血しているが、もう気にしない。

 

“―――戻ってきたら、いっぱい文句を言って肉丼奢ってもらわなくちゃ!”

 

 この場に居ない大和を想い、千枝は肉丼をたかることを決めた。

 

「とにかく、予報では明日まで降るらしいからマヨナカテレビを忘れずにチェックしよう。それからでも遅くないはずだ」

「鳴上の言う通り、ここで俺らがジタバタしてもしょうがない」

「もし、マヨナカテレビに映っても私達がテレビの中に迎に行けばいいしね」

 

 大和の無事を祈りつつ、四人はそれぞれの思いを胸に抱き、夜の訪れを待った。

 

 

 

 ――――深夜十二時――――

 

 夜の十二時になる一分前。外では雨が衰えることなく降り続け、木々を打ちつけ地面に水たまりを形成している。

 

 この時、鳴上悠は自室の窓から外の様子を眺めていた。

 時刻はまもなく十二時。いつも通りなら、もう直ぐ窓とは反対側にあるブラウン管のテレビがマヨナカテレビを映すだろう。

 残り十秒程になった頃、悠は窓から離れカーテンを締め、テレビの正面に向き直る。

 

 ―――2……1……0

 

 十二時になった。

 その時、誰も触れていないテレビがひとりでに画面に映像を映し始めた。

 初めは、若干黄ばんだ砂嵐が流れた。ラジオのチューニングをした時のような電波音が不協和音を呼び、その不気味さを演出している。

 映像は徐々に鮮明になっていき、その中央に、一つの黒い影が映り始めた。

 鳴上はそれが何なのか―――誰が映っているのかを見極めんと、真剣な眼差しで見る。

 少しづつ、霧が晴れるように砂嵐と(もや)が消えてきた。

 よく見ると、それは人影に変わり、段々とその姿容が鮮明になっていった。

 

「―――ッ!?」

 

 それは体格からして、間違いなく男性のそれだった。

 人相まではわからないが、体格やその他を見る限りそれは男であった。

 鳴上は戦慄した。懸念が、嫌な予感が実際、現実のものとなってしまったのでは、と思ってしまう。

 霧城大和は姿を消した。マヨナカテレビに映ったのは今までの推理とは違った、女性では無く男性であった。これだけでも、もう濃厚な線である。

 それ以降、映像は鮮明になることはなく、静かに下のブラウン管の画面に戻っていった。

 

「―――だけど……」

 

 一言そう言って胸に巣食う疑惧(ぎく)を振りはらう。

 まだ大和が誘拐されたとは結論が出たわけではない。まだ、判断材料が圧倒的に足りない。それに、悠にはひとつだけ自身を持って反対出来る要素を持っていた。

 それは、少なくとも大和は自分からここから消えたという事だ。

 悠達が心配して見舞いに行った時、店主の老婆は確かに大和本人からの言葉を聞いたのだ。もう誘拐されたのなら、こんなことは言えない。その後、誘拐されたというならその線も薄い。

 雪子が映った時は、まだ彼女はこの世界から旅立ってはいなかった。

 だから、きっと大丈夫かもしれない。

 

 ~~♪♬♫~~

 

 己を御する反論を組立てた頃、ちょうど携帯が鳴りだした。

 鳴り止まないうちに手に取り応答する。

 

「もしもし……」

「今の見たか鳴上!?」

 

 電話の主は陽介だった。

 雪子の時と同じく、マヨナカテレビが終わると彼はまずは鳴上に連絡をするのだ。

 慌てたような声から悠が察するに、陽介もまたマヨナカテレビに映ったのが男だと分かったのだ。

 

「落ち着け……!」

「あ、ああそうだな、すまん……ちょっと取り乱しちまった。なあ、どう思う? あれって、どう見ても男だったよな?」

「ああ、けど……人相まではわからなかった」

「だよな、でももしかしたらって事も」

「いや、それはまだわからない―――」

 

 悠はさっき考えていた反論を陽介に伝えた。

 

「成程な、確かにそれなら……。とにかく、明日みんなで集まって詳しく話そうぜ!」

「わかった。それじゃあ、また」

 

 電話を切る。ツーツーと終話を告げる電子音が耳に届き、携帯をポケットにしまう。

 

“―――とにかく、明日を待とう”

 

 これ以上考えても、何も成果を得ることは出来ないだろう。それならば体力を無駄に消費せずに、今夜は早く眠ったほうが良いだろう。

 部屋の中央に置かれたテーブルを退かし、そこに敷布団を広げる。

 あとは明日を待つばかり。はやる気持ちを抑え、悠の意識は暗く闇に落ちていった。

 

 

 

 

 五月十五日 日曜日(雨/曇)

 

 ――――ジュネスフードコート――――

 

「えー、それでは稲羽市連続誘拐殺人事件、特別捜査会議を始めます」

 

 翌日、雨も上がったお昼時に四人はお決まりの、ジュネスフードコートに集まっていた。

 この日もやはり大和からの連絡は誰にも、何も無かった。

 円形のテーブルを中心に輪を描くように席に着き、揃ったところで陽介が先の宣言をした。

 

「ながっ!」

 

 肩書きのあまりの長さに千枝が苦言を暗に呈する。

 こんなに長い肩書きを考えるぐらいなら、大和のことについてもっと考えろ、と内心穏やかじゃない千枝だったがここで反抗しても話が進まなくなる。それでは本末転倒なので、渋々おとなしめな発言にとどめたのだ。

 そんな事は知らず、千枝のおよそ対面に位置するところに座っている雪子が口を開く。

 

「あ、じゃあここは、特別捜査本部?」

「おー、それそれ! 天城うまいこと言うな」

「もー、響きは確かに惹かれるけど、今はそんな事を言ってる場合じゃないでしょ?」

 

 危うく脱線しかけたところを、千枝が引き戻した。

 こういう場においてはツッコミ役は務めるものの、自らが率先して皆を引っ張る事はあまりやらない千枝が、今日は違う。

 それほどに、大和の安否が、そしてマヨナカテレビに映った人物が誰なのかを知りたかったのだ。

 

「そうだな、そろそろ始めよう」

 

 場を引き締めるため、陽介は真面目な声色で言い放った。

 そして、議論を重ねる会議が開かれた。

 

「つーわけで、まずはマヨナカテレビは当然、見たよな?」

「見た見た! 顔はわかんなかったけど、あれ絶対男だよね? ていうか、霧城君じゃないよね?」

「落ち着け里中……それについては昨日、花村と話した事を話そう」

 

 まずは千枝を落ち着かせて、まともに会話を成立できるようにしなくては。と悠は思い、昨晩陽介と話し合った事について、そっくりそのままを伝える。

 すると、同じように聞いていた雪子も考えるような仕草で思案する。

 “私も、あんな風に映ったんだ……”

 雪子は今回始めてマヨナカテレビを見た為、自分の場合に当てはめて考えてみる。すると、一つの疑問が浮上した。

 

「あれ? ちょっと待って。被害者の共通点って『一件目の事件に関係する女性』……じゃなかったっけ?」

「だと思ったんだけどな。でもまだ、映ってたのが誰なのかはハッキリ映ってない。ってことは、霧城じゃない可能性だってある」

 

 ここで雪子はあることを思い出した。

 自分の時には合って、今は無いこと。それは―――。

 

「確か私の時は、事件にあった夜から、マヨナカテレビの内容、変わったんだよね? それなら……!」

「ああ、急にハッキリ映って、なんかバラエティ番組みたいになった。……今思えば、クマの言ってた通り、中の天城が“見えちまってた”

のかもな」

「でも、昨日見えた男の人、ハッキリと映らなかったでしょ? もしかしたら……今はまだ“あっち”に入ってないんじゃない? それならあの男の人……」

「……まだ、さらわれていない……な」

 

 雪子の意見に、鳴上が肯定の意を示す。

 

「うん、可能性は高いと思う。それに、マル久のお婆さんが言っていた事が本当なら、多分霧城君はこの町にいないかも」

「天城が言う事も一理あるな。少なくとも、町の中で起きてる事件なら町に居ない人間は関係ない」

「それなら、誰なのかが分かれば、被害に遭う前に先回り出来るんじゃないかな?」

 

 名案だ、と言わんばかりの理路整然とした意見である。

 現状、マヨナカテレビは鮮明にその人を映していない。これはまだ本人がテレビに“入れられて”いないことを表す。

 なら、

 

「ああ、それに……うまく行けば犯人とか一気に分かるかもしれない」

 

 陽介もまた、天城の意見に賛成だった。

 でも、と話しを続ける。その表情は無力感を味わうような、間違っても楽しそうな顔では無かった。

 

「でも、誰だかわからない以上、行動の仕様がないな。……悔しいけど、もう一晩くらい様子を見るしかなさそうだな」

「これで霧城君だったら、あたしら先回り出来ないよね? どこにいるか分からないし」

「そこは……賭けに出るしかないな」

「えー、花村って確か、霧城君とテスト問題で賭けをやってた時負けなかった? なんか信用ならないなぁ」

「次っ! 次こそは負けねー!」

 

 今のところ出来る限りの推理をし尽くした。これで、あとはもう次のマヨナカテレビを待つだけだ。

 千枝が陽介のギャンブル運の無さを追求して、それに苦し紛れな反論をしていると、雪子が耐え切れずに吹き出した。

 

「んふふ……、ぷぷ、あは、あーはははは! おっかしい!」

「…………」

 

 一同、雪子の大爆笑に呆れ顔で見る。

 さっきまでの真剣な雰囲気は何処へやら、いつの間にかいつも通りな空気に戻っていた。

 

「あはははは、ど、どうしよ! ツボ、ツボにっ!」

「出たよ……」

「ごめ、ごめーん! あはははははは!」

「なるほど……天城って、実はこういう感じか」

 

 人目を憚らずに一人ドツボに嵌り笑い続ける雪子を見て、陽介が率直な感想を漏らす。

 高嶺の花、天城越えとまで言われた少女も、一人の普通の女の子なのだと実感した瞬間でもあった。

 笑い続ける雪子を横目に、いつもの事だから構ってもしょうがないと思っている千枝は、マヨナカテレビに映った人物像について意見を述べた。

 

「でも、あのマヨナカテレビに映った男の人、あたしどっかで見たような気がすんだよね。それも、つい最近に……」

「あ、里中も思うか? そーなんだよ、実は俺も昨日鳴上と話してる時から考えてたんだよな。だから、直感的に? なんか、霧城じゃないかもしれないんだよな」

 

 だから鳴上の反論を聞いたとき、妙に納得がいってしまった。これがいつも合っていた大和なら、あるいは昨日の時点でもうわかっていたかもしれない。

 

「ま、とにかく今夜もテレビチェックな。そんで、また明日考えようぜ」

 

 今夜映すマヨナカテレビで誰だか特定出来るかもしれない。

 決意新たに、四人は頷き合い、今夜を待つ。後手に回ってしまう可能性もあるが、今の彼等に出来るのはこれが精一杯なのだ。

 いくらテレビの中に入れても、いくらペルソナを使えても、現実には彼等はただの、普通の高校生でしかないのだから。

 

「ぷぷ…………」

 

 最後に、またも雪子のツボが再活性したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 時刻は現在十二時一分前。

 昨日と同じく天気は雨。止むことのない雨粒が屋根に当たってザーザーと音を立てている。

 今夜、誰が映るのかハッキリさせるべく悠は自室のテレビの前にスタンばっていた。

 

 ――――そして、今夜もマヨナカテレビが映った。

 

 昨日よりも鮮明な映像は大和ではない、という確信に変わった。

 そして、どこかで見たことあると千枝達が言っていた通り、悠もまた見たことがある人物であった。

 大柄の体格に、金髪、目つき。それらは確かに、見覚えのある人相だった。

 

 名前は『巽完二』

 以前、夜のテレビ特番に登場していた人物だった。

 マヨナカテレビが終わり、待っていたかのように電話が鳴り出す。

 

「もしもし……」

「見たか……?」

「巽完二……かもしれない」

「ああ、やっぱそーだよな。どっかで見たことあんなーって思ってたら、テレビだよ、テレビの特番! カメラに“ゴラァ”とか叫んで、超こえーの。あ、あと噂の赤鬼も映ってたな、顔はマンホールの蓋で隠れてて分からなかったけど。本当に持ってたんだなアレ」

「でもこれで、特定は出来たな」

「よっし、これで目星はついたな。明日またみんなで話そうぜ」

 

 そう言って電話は切れた。

 巽完二……相手がわかった以上、あとは彼を監視するなり尾行するなりして、探りを入れていくしかない。

 今日の所はもう眠ることにした悠だった。

 

 

 

 

 

 

 時間は飛んで、五月十七日。

 あれから、完二の実家の染物屋に行き、探って得た収穫はまたも山野アナに繋がりがあったということ。ただ、その張本人は完二の母で、なぜ息子なのか、とさらに疑問が深まるばかりだった。

 そして現在、四人は完二が他校の男子生徒に呼び出され、町を歩くらしいので四人は二手に別れることにした。

 陽介、千枝のペア。そして雪子、悠のペアである。

 鳴上悠ペアは実家の染物屋、巽屋を。花村陽介ペアは完二と男子生徒を。それぞれ担当して別れた。

 

 そして時間は進み、悠と雪子が神社の鳥居の下でアドレスを交換している頃。

 陽介と千枝は目下―――完二に追いかけられていた。

 

「ちょ、待てコラァ! そ、そんなんじゃねえぞ! マジ! ちげーかんな!」

 

 何やら痛いところを突かれた完二が、激情して、逃げ惑う二人を追いかける。

 逃避行は続き、巽屋の方まで二人は逃げた。

 先には悠と雪子の姿が―――。

 

「のわぁああああー! わりー! ピンチ連れてきちまったー!」

「雪子ごめーん!!」

 

 陽介が二人を巻き込んでしまったのを謝罪しながら、脇目もふらずに神社の前を通り過ぎる。

 それに付いて、千枝の姿が通り過ぎる。

 雪子がその姿を目で追いかける。

 

「もしかして千枝達、追われてるの!?」

「……俺たちも逃げたほうが良い」

「えっ?」

 

 ―――待てよゴラァ!

 

 陽介達が逃げた方向とは反対から、追いかけてくる男の怒号が聞こえてきた。

 悠の言葉に反応し、雪子もまた声のした方を向くと、そこには怒り心頭の完二の姿があった。

 

「待てよテメーら! シメんぞ! キュッとシメんぞ!」

 

 二人もまた、陽介達を追いかけて逃げ出した。

 遅れて飛び出したものの、案外早く先行して逃げていた二人と合流し、計四名での逃避行と相成った。

 が、それも長くは続きそうにないのを陽介は予感した。

 

「くそー、このままじゃ全員捕まっちまう! ここはアレだ! 囮になれ里中!」

「はぁ!? なんであたしぃ!?」

「よくあんだろ『ここは俺に任せて先に行け』って台詞、あれ言うチャンスだぞ!」

「……確かに」

「千枝!? 前向きに検討しないで!」

 

 逃げてる最中にも拘らず、四人は意外とまだ余裕そうだった。

 しかし、それも時間の問題。着々と完二が迫ってきているのを四人は背中で感じていた。

 

 ――――ォオオオオオオオ!

 

 しかも、バイクの音までが近づいてきた。

 バイクに早く乗りたくて最近調べていた陽介が、音から察するにおそらくは原付よりも大きい排気量のバイク。

 重低音が鳴り響き、驚いて肩がビクってなった。

 もし、完二の仲間だとしたら相当やばい。

 陽介が恐る恐る後方を確認すると、そこには―――。

 

「んなっ! お、お前……なんでこんな所に!?」

 

 

 

 

 ―――そこには俺こと、霧城大和の姿が花村の瞳に映っているはずだ。




今回の主人公、出番少ねー。
でも出すわけには行かなかったのです。なので主人公が居ない時の原作メンバーですが、正直原作時とあまり変わらないんじゃないかなーって思ってます。
そこまで仲が良いのって、千枝ぐらいだし、現実問題出会って一ヶ月もしない友人関係なんて、こんなもんでしょ。

はい、すいませんでした。
文句は甘んじて受けます。

次回、ついに大和が―――!?
なんて感じで後引けばいいかなー、なんて……。

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