ペルソナ物語4~ポケットが真実でいっぱいいっぱい~   作:琥珀兎

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こうやって書いてはいるものの、一向に話が進む気がしない。
もうちょっとペースを上げるべきだろうか。
いつまでたってもりせちーが出せない!


第六話:男の持つ手は何の為か

 ――――通学路――――

 

 図書室での一波乱からおよそ三十分が経過した頃。図書委員長から開放された大和を除く四名は帰路についていた。

 千枝の暴走、そして大和の逃走。原因を一端を担っていた三人も、帰りの足取りは重く、疲れ果ててげっそりとした表情になっていた。

 

「ったく、霧城の奴……彼女置いて逃げるとは酷い奴だ」

「だっから! 彼女じゃないっつーに! 何度言えば分かんのよ!」

「わ、わかったわかった。もう言わない! 言わないからアレだけは……!」

 

 千枝にとって思い出したくもない話しを蒸し返され、陽介を諌める。

 あの陽介の断末魔が上がった後、巻き込まれるのを良しとしなかった大和は隙を見ていち早く、迅速に逃走をした。その事実に、四人は説教を受けている時になってようやく分かった。

 陽介は“あの野郎、逃げやがった”と恨み言を零してなんかしていた。

 

「それにしても霧城の奴、ばいばいも言わないで帰りやがって。くそう、今度あったら文句言ってやる」

「いつの間にか居なくなってたよね。私、全然わからなかった……。鳴上君は見なかった?」

「いや、俺も気がついたときには……、里中はどうだ?」

「うっ、そこであたしに振るか……。わかんないよ、あたしは花村を蹴るのに忙しかったし…」

「俺への暴行をそんなに軽く言うなよな。マジで死ぬかと思ったんだからな、あんなのシャドウだって逃げ出すわ」

 

 小さくため息を吐く陽介。

 大和の逃走に誰もが視認出来なかったのには理由がある。

 四人が知りえない、大和にとっての秘中の秘。その身体能力を駆使しただけの事である。

 それに、説教を受けるのが嫌だったわけでもない。他にも、あの時はバイトの刻限が迫っていたのも原因の一つであった。

 バイクを購入する為、その資金を稼ぐ為に給料のいいバイトをしている大和は職種を問わず掛け持ちしていたので、時間が不定期なのだ。

 

「でも霧城君って、ホントなんでもできるんだよね。自分で言うだけあって勉強は出来るし、後、あたしよりも強いし」

 

 ポツリと、千枝が極力避けていた大和の話題を出す。

 思い出すのは土手での出来事。

 今でも少し、あの時の痴態を思い出すと恥ずかしくなる。

 

「勉強は分かるけど、強いってなんだ? どういう意味だよ里中?」

 

 頬を染める千枝を見て“やっぱり”と思いながら、陽介がその真意を問いかける。

 雪子も悠も、気になっているようで千枝の返答を待っている。

 

「いやその……ね、青龍伝説を見てたら、それに影響受けて外で特訓してたら霧城君が通りがかってさ、特訓の悪いところとか教えてもらったり、組手みたいな事してたんだけど……一回も勝てなかったし、一回もコッチの攻撃が当たんなかったんだよね」

 

 自分の事情の部分をぼかして話す。

 嘘をつきたくてついているわけじゃなくて、なんとなくあの出来事は千枝の中では他の人には話したくなかった。自分だけの思い出としたかったのだ。

 

「この際里中の動機は無視して、……っていうかそんなに強いのかよアイツ。何もんだよ本当、完璧超人って居るもんなんだな」

「長身で美形、それに加えて勉強が出来て運動も出来る。後、豆腐が美味い。言うこと無しな人物像だな」

「そういえば、旅館にお豆腐を届けに来てくれた時も、自転車でリアカーを引いてたみたいだけど……疲れた顔なんて一切してなかった」

「なんか、聞けば聞くほど正体不明になってくるな」

 

 それぞれが知っている大和の事を話す。

 陽介は考えをまとめるように、後頭部を手で掻く仕草をする。

 

 花村陽介にとって霧城大和とは、同類であり、友人だと思っていた。友人の部分を否定する気は一切ないが、同類と問われると返答に答えあぐねてしまう。

 同じ都会出身でこの田舎町にやってきた男。鳴上の時と同じように親近感を覚えた陽介は、すぐに彼と仲良くなった。冗談を言い合える間柄だし、今日だってそれで盛り上がっていた。

 本人は気がついていないが、女子にモテている所とかを羨んだり多少妬んだりするが、それでもいい友人関係を気づいていたつもりだった。―――そう、つもりだったのだ。

 実際の所、自分が知っている大和の為人はほんの一部で、これだけの一面があったのだ。それを責めるような事なんかしないし、考えもしない。女々しいだけのその行為には、なんの意味も持たないのだから。

 何故言わなかった、と陽介が問えば大和は必ず“聞かれなかったから”と答えるだろう。

 その突き放したような、自分には何も頼ってこない―――何でも一人でこなしてしてしまいそうな言動。

 他人の悪意や敵意に晒され続けた陽介だから分かる。ジュネスの御曹司であるが故に商店街の人間から嫌われ、同じ高校のバイト連中に見くびられていた彼だから分かることがある。

 大和は意図的に距離を取っているのだと。これ以上は侵入を許さないという、絶対的なテリトリーの範囲が広いのだと。陽介にはそう思えた。

 とどのつまり、大和と自分の間には絶対的な距離があるのだ。同類なんかじゃない。

 間接的に、陽介が大和に対しての印象が変わった日だった。

 

 

 

 

 

 

 面倒事に巻き込まれるのなんて真っ平御免だった俺は、颯爽と華麗に霧のように図書室をあとにし、今はもう日も暮れ、夜になった。引越しのバイトが終わり、次のバイト……道路工事のバイトをしている。

 工事の過程や段取りを一瞬で理解した俺だったが、ほかの人間にしてみれば俺はただの素人。トーシロ。出来ると言っても信じてなんかくれないので、下っ端の役職……つまりはガラ拾いをしている。

 ガラとはアスファルトの欠片で、掘り返した時に散るものである。それを他の作業員の邪魔にならないよう、作業を円滑に進めるためにかき集めるのが俺の仕事。

 スコップを使って拾い、それを現場の人間が言う所の『ずた袋』と言われる『麻袋』に入れる。―――なんでずた袋と呼ぶんだろうかは謎である。

 とにかく拾う、ひたすら拾う。

 

 ―――ォォォォォオオオオオ!!!!

 

 給料のためだ。バイクの為だ、と自分に言い聞かせてせっせと仕事をこなす。

 力は有り余っているからぶっちゃけ超余裕である。

 

 ―――ヴォン……ォンバババババッ!!

 

 あー、煩い! 人がせっかく無視して仕事してるっていうのになんだこのバイクの騒音は! ひき殺すぞ、手前のバイクの下敷きにしてマフラーで炙るぞ。

 我慢の限界がきそうになっている俺は、音のする方へと顔を向け睨む。

 暴走族だったら潰してやる、と思って見てみるが、どうやら結構ここから距離がある。

 ああそうか、身体能力が上がってるから聴力も上がっているんだ。通りで他の人たちが気にした様子もないわけだ。

 “自分にしか”というのは優越感の塊だと思っていたが、裏返せば疎外感に繋がるわけだ。今現在俺は裏返ってるわけだし。

 最後のずた袋を所定の場所に置き終わったとき、現場監督が休憩を告げる号令をかける。

 

 近くでポツンと一つだけ、寂しそうに商品を照らす小さな明かりの灯る自販機で缶珈琲を買い、横に腰掛ける。

 休憩は三十分。時間は十分にあるな。―――よし。

 缶コーヒーを一気に飲み干し、立ち上がって騒音の位置を見る。これ以上アイツ等をのさばらせておくと、俺のストレスが雪だるま式に溜まってしょうがない。

 原因の芽は摘み取らなければならない。

 人のためじゃなく俺の為に、人間他人より自分だ。俺の為にもまだ見ぬ暴走族よ、消えてもらおう。

 ―――煩いのは重機の音だけで十分だ。

 

 俺は現場を後にし、騒音駆除に出た。

 

 着いてみると、案の定だった。

 数十人の暴走族が、徒党を組んで屯していた。バイクのエンジンは掛かっているが、進まずにアクセルを回し噴かして遊んでいる。

 うーむ、この人数を時間をかけないで駆逐するのはなかなか面倒だな。なにかこう、状況にピッタリあったエモノは無いだろうか。

 族の連中に気づかれないように辺りを物色してみる。

 ―――と、アイドリングの音に混じって何やら他の音が聞こえる。

 一体なんだ? と俺は聞き耳を立ててしばらく静止する。

 

「―――なんだテメェ!」

「ヴォンヴォンヴォンヴォン喧しいんだよゴラァ! シメんぞ! キュッとシメんぞ!」

 

 ―――なんて聞こえる。

 なかなかセンスを感じる口上だな、うむ俺も何か考えてみようかな。

 どうやらこの珍走団の集会に俺と同じ動機で行動を起こした奴がいたらしく、有無を言わさず殴り込んでいるらしい。

 見れば、バイクのヘッドライトに照らされシルエットだけは見える。でもそれで十分だ。

                               名前/巽完二 性別/♂ ―――

 巽完二という男は結構場数を踏んできたのだろう、相手を殴ることに迷いがなく、何より多対一の喧嘩になれている。

 取っ組み合いなどは絶対にせず、殴って飛ばし、蹴っては飛ばす。常にその場に留まらず、移動をしつつの攻防で背後からの強襲を未然に防ぐ。

 鮮やかの一言に尽きる。が、このままでは体力が持たないだろう、見るからにそう視える。

 

 丁度良い感じの《武器》を拾い上げ、俺も騒ぎに乗じて集団に乗り込む。

 

「深夜の騒音にはご注意パンチ―――!」

「いきなり出て来てなんっ――ゴハァッ!!」

 

 バゴンッと鈍く重い金属音を立てて横殴りに叩き、相手は何の抵抗もなく昏倒した。

 囲まれつつある巽の周囲に形成された大きな和を突破し、得物を手に持ったまま巽の後ろを取る。

 

「―――んだテメェ?!」

「仕方ないから加勢してやる。というか元々こいつらは俺の敵だ」

「はぁ? オメェ、こいつらとは違う族のヤツか?」

 

 警戒心MAXの巽がドスの効いた声と、学ランを肩に掛けているくせして高校生に見えない老けた容姿で俺に威嚇してくる。

 いやこれ、小学生が見たらトラウマもんだよ? マジで。

 暴走族に所属していないことをアピールすべく、俺は自分の服装を巽にわかるよう指差す。

 

「よく見ろ、そこらにいるただの土方職人だ。近くで作業してんだけど、五月蝿くて迷惑だから潰しに来た」

「はっ、そういう事かよ……巽完二だ。サッサと終わらせて寝たいんだ後ろは頼んだぜ土方」

「土方じゃねえ、霧城大和だ……任せろ巽」

 

 行動の意図を理解した巽の警戒が解ける。

 背中合わせに互いの死角を潰し、駆除対象を見る。

 自体を把握したらしく、相手も俺相手にやる気をみせる。が、俺が手に持っているものを見て攻めるのを躊躇している。

 

「霧城って言ったか? お前、その手に持ってるもんは何だよ?」

 

 俺の両手に持っている武器に疑問を投げかける巽。

 わかりやすく、両手を胸の位置辺りまで上げる。

 

「見ればわかるだろ―――マンホールの蓋だよ」

「んなことはわかってるんだよ、俺が聞きたいのは何の為にあるんだ? って事だ!」

「こいつらを引っぱたく為だ。あと、緊急用かな」

「はっ……? 緊急ってなんのた―――」

「来るぞ!」

 

 呑気に会話を続ける俺達に、痺れを切らした連中が一斉に襲いかかってくる。

 円を描いて囲まれているため、ちょうど半円分が俺持ちだ。

 すかさず正面切って飛び出し、両手に持った一つの重量が約五十キロの、二つ合わせて百キロの鉄塊を横薙ぎに振り回す。

 重量に比類なき剛力で振るった速度、それに遠心力が加算された威力は凄まじく。鈍い音をしながら3メートルはゆうに越して吹き飛ぶ。

 勢いそのままに、追撃を重ねる。右でなぎ払い、左で相手の長モノを防ぐ。そうやって着々と数を減らしていく。

 数に余裕が出始めた頃、後ろの様子が気になった俺は振り向き巽がどうしているか見てみる。

 

「オラァーーッ! かかってこいや! テメェらそれでも族かよ!?」

 

 好調に、確実に一人一人潰していた。

 

 ―――その時。

 

 どこから来たのか、テレビカメラを持ったテレビ局の人間が紛れ込んできた。

 カメラマンはひたすらにこの光景を映し続けている。

 あーあ、なんか面倒なのが来ちゃったな。とりあえず報道されないようにタオルでも顔に巻いて隠すか。

 無謀とも言えるテレビ局の介入に、巽が気づいてしかめっ面で近づく。

 

「てめーら、何しに木やがった!」

「○○カメラです、今度の特集番組で放送される企画の取材に来ました!」

「見世モンじゃねーぞ! コラァ!!」

 

 カメラマン相手に喧嘩を売っている巽。

 おいおい、これじゃあアイツ捕まっちまうぞ。このカメラに映った状態で乱闘が繰り広げられたら、それが動かぬ証拠になっちまう。

 警察の介入を危惧していると、巽の背後に昏倒していた者が起き上がり、その手に持った鉄パイプで頭を狙って振りかぶる。

 

「……っ! しゃがめぇええええ! 巽ぃぃいいい!」

「―――っと!」

 

 危機を知らせる咆哮に、経験で培ったのだろう本能で反射的に従う巽。

 俺は今まさに振り下ろそうとしている男めがけて、右手に持ったマンホールの蓋をフリスビーみたいに投げた。

 腰や背中は後遺症になるかもしれない。なので―――得物を持った腕だけ犠牲になってもらおう。

 

「ぎゃぁああっぁぁ! う、腕が……お、俺の…………うでぇ。……けひゅっ」

 

 メキメキっと壊れる音がして、腕の持ち主はショックで膝から崩れ落ち痛みに耐えられず涙を流す。あっちゃー……手加減の加減をミスった。

 それを皮切りに、他の者達にも腕が歪に曲がった男の恐怖が伝播し騒ぎが収まっていく。

 カメラマンが元凶の俺を映す。が、残ったマンホールで顔を隠す。バレて傷害罪とかなっても困るからな。これで俺だってことはわからないだろう。

 

「あ、あなたは一体誰ですかっ? もしかしてこの暴走族を襲う別の暴走族ですか?」

「………………」

 

 俺は答えない。

 何をしても不利なこの状況、何もしないというのが一番だ。 

 族の連中はテレビ局の介入と、犠牲になった男が原因にやる気をなくし始めた。

 根性無しで助かった。これは、思っている以上に早く済みそうだ。そろそろバイトの休憩時間も終わるしな。

 

「あ……あいつ、やりやがった……」

「ていうか何だよ……なんでマンホールの蓋なんか持ってんだよ。あれ五十キロはあんだぞ? 化物かよ……」

「―――に、逃げろ! 解散ッ!」

 

 後は簡単。蜘蛛の子を散らすように、わらわらとバイクに乗り込んだり、壊れてしまった者は他の奴の後ろに乗ったりする。

 ―――場が混乱している今、今ならいける。

 手のひらに握り込むと、ちょうどの大きさの石を指弾する。

 ―――標的はカメラ。

 レンズの割れる音がバイクのアイドリング音にまぎれ、見事に命中した。

 テレビ局の奴らは何が起きたかわからない、といった様子で狼狽えこの場を去った。ざまぁみろってんだこの野郎。

 

「手前らぁ! 次走ってるのを見たらこれ以上に痛い目見るぞ! 覚悟しとけ! 一言だろうと俺の事漏らしても同じだ! その時は、病院のベッドで一生を過ごすことになるからな!」

 

 口止めの啖呵を言ったりしてみる。いや、俺この年で前科持ちにはなりたくないし。多分あいつらもメンツがあるから警察には駆け込まないだろうけどな。

 

 立つ鳥跡を濁さず、とはいかなかったがそれでもなかなかの手際の良さだった。

 一通りの騒ぎが収まったと思ったら、巽が寄ってきた。

 

「さっきは……助かった、その、よ……サンキューな」

「気にすんな、預かった背中を守っただけだ。それに、ちょっとやり過ぎちまったからな」

「あ? ああ、さっきのか。あんなのいつもの事だ、なんの覚悟もしてねえアイツ等が悪い」

 

 あらやだ男前。感謝するときは頬を染めて、照れくさそうなその顔がちょっと恐ろしかったのに。

 まぁ、俺のやったことって乱入して、暴行、傷害、器物破損、の即刻逮捕コースだけどなあ。今更ながらに恐ろしい。向こう見ずのままに行動してしまった自分がアホ過ぎて情けない。

 そろそろバイトの休憩時間が終わるな。

 

「それじゃあ、俺バイトに戻るわじゃあな」

「おう、それじゃあな」

 

 腕を上げて挨拶をし、別れる。

 男同士ってのはこういう、サッパリした対応が気軽に許されているから楽でいい。

 お互いに背を向け合い、巽は家に、俺は現場に帰っていった。

 

 戻ってみると、俺の姿が見つからなかった為、逃げられたと思い怒られた。

 

 

 

 

 

 

 五月八日 日曜日(曇)

 

 テスト前日の日曜日。俺は大してすることもなかったので、店で婆さんの手伝いを終え自室でだらだらしながら漫画を読んでいた。

 勉強なんかしなくても別に余裕だし、時間の無駄なのでやらない。予期せずハイスペックならぬ廃スペックになってしまったおかげで、努力なんて代物とは無縁になってしまった。元々努力とか大嫌いだけどな。

 蒼○の拳を読んでいると、ふと携帯が鳴っていた。

 なんだろう、俺に電話なんていったい誰が? と思いながら電話に出てみる。

 

「はい、もしもし」

「あっ、出た。もしもーし」

 

 出たって何だよ出たって、俺は幽霊か何かかよ。流石に心霊現象は引き起こせないぞ。

 

「誰ですか……?」

「里中です……って、携帯見れば分かるでしょ!?」

「ああ分かってる、ただ聞いてみただけだ」

「ったくもう、君ってたまに意地悪だよねホント」

 

 だって里中って弄ると面白いし。とは当然言わない。電話越しじゃ反応が半減して楽しめないからな。

 

「それで、どうしたんだ? 勉強でなんかわからないことでもあったのか?」

「いやー、実は勉強は飽きたから気分転換しようかと」

 

 あはは、なんて取り繕うような乾いた笑い声が機械越しに聞こえてくる。

 なんとなく予想のついた展開だったが、本当になるとは。大丈夫なのかテスト?

 

「それでね、これからこの前の場所でまた特訓しよかと思ってるんだけど……付き合ってくれない?」

「……良いぞ、今から行く」

 

 別に勘違いとかしてないからな。付き合ってって特訓に付き合ってって事に決まってるだろ。俺くらいになるとそんな事、考えるまでもなく反射的にわかっちゃうんだよねー。

 

「うん! それじゃあ、また後でねっ!」

 

 ピッと通話を終了する。俺が返事する前に切られ、返そうとしていた言葉が行き場を失い俺の中で燻っていた。

 まあ俺の都合は良いとして……とにかく外用の服に着替えなくてはならない。今現在している服装では俺は警察のご厄介になってしまうからな。

 わかりやすく説明するとTシャツにパンツである。

 もそもそといつもの動きやすい服装に着替え、外に出る旨を婆さんに伝える。

 

「ちょっと出かけてくるわ、今日はバイトじゃないからそんなに遅くならないよ」

「あら、この前のお友達と遊びに行くのかい?」

「んー、近いような遠いような、半々だな」

「…………?」

「じゃー行ってくる」

 

 言ってる意味がわからないといった感じに小首を傾げていた婆さんを後に、俺は鮫川目指して家を出た。

 天気は決して良くはないが、あの時始めて里中の特訓に付き合ったときと似たような曇り空だ。つくづく俺は曇りに恵まれてたりするのだろうか。

 

 

 

 ――――鮫川――――

 

 走って行ったところで何の得もないので、のんびり景色を楽しみながら歩いていたら、里中の方が早く着いていた。

 いつもの服装で、トレードマークになっている緑のジャージを着こなし俺を待っている。いつの時代も、男を待つ女子というのは見ていて良いものだ。一度だってそんなことはなかったけどな。

 

「よう、待たせたな」

「遅ーい、遅刻だよ。何やってたのさ?」

「いや、普通にあの後、着替えて家を出たけど。……里中が早く来すぎなんじゃないのか?」

 

 別にどこにも寄り道はしていないのだから、考えられるのはそれくらいだ。

 俺の指摘に、里中の顔がハッとなって、その後またぶわっと湯が沸いたように赤くなる。最近のコイツ、赤くなりすぎじゃね? 電気ケトルだってそんなすぐに沸かないぞ。

 

「あははは、特訓だからちょっと来るまでも訓練って事で走ってきたんだった、そうだった忘れてた」

「随分と熱心だな」

「そうそう、よ、よぉぉっし! 今日も頑張るぞー!」

 

 誤魔化すようにして笑いながら言う里中。なんか嘘くさいけど、これ以上追求したらこの前みたいになりそうだし……やめとこう。

 気合を入れるように一声上げ、里中の訓練は始まる。

 今日の所は、とりあえず静観しつつどこかおかしな所があったら指摘をするという事でいいだろう。しょっちゅう俺が口出ししても本人の為にならない。あくまでも、俺は手助け。里中の成長を手助けする役割に徹する。

 その前にとりあえず一言。

 

「里中、始める前に言っておきたいことがあるんだがいいか?」

「ん? 何、どうしたの?」

「まず、お前は体力と筋力をつけろ。これはまぁ、うさぎ跳びでもなんでも良いんだ……重要なのは継続してやることだからな。それともう一つ……今から新たに型を覚えてもしょうがない、と言うか時間がかかる。なので、今のところ覚えている型の反復と応用、そしてあとは臨機応変に対応できるような動きを学ぼう。後半は俺が相手になってやる」

「なるほど、確かに体力も力も重要だよね。うん、わかったよ霧城君が言うんだし、あたしも頑張る!」

 

 納得いったようで、まずはうさぎ跳びから始めよう―――ってところで、

 

「…………あれ? がんもさんだ」

 

 鳴上が溺愛している妹―――堂島菜々子の登場である。

 どうやら一人らしく、他にそれらしい人は居ない。鳴上あたりは何処に居てもおかしくない。きっと菜々子が泣いたら出てくる、二秒で出てくる。

 それと菜々子……がんもさんは君の中では定着してるんだね。

 

「あ、菜々子ちゃんこんにちわ。……がんもさん?」

 

 菜々子の姿に気がついた里中が挨拶する。がんもさんについては流石に知られていないらしく、怪訝な表情で首を傾げている。気にしなくて良いぞ、むしろ聞くな。

 

「里中、がんもさんってのは俺の事だ。ほら、俺の下宿先って豆腐屋だろ? ゴールデンウィークの時、鳴上と花村、それと一条長瀬と一緒に菜々子ちゃんが来たんだ。その時にな」

「あ~なるほどね、それでがんもさんか~。あははっ、なんか可愛いねそれ。それに、霧城君って一条君とかと知り合いだったんだね」

 

 お前の笑顔も可愛いよ……、とは死んでも言わない。むしろ死ぬ。死人に口無しってぐらいだ、死んだほうがその時の秘匿性は最大の信頼を置けるだろう。

 なんか、最近の俺って変だな。なんだろう、頭は良いけど阿呆になった気がする。これは由々しき問題だ。

 一人、将来に不安を抱えていると、菜々子がその無垢な瞳で千枝を見つめている。―――いいなぁ。

 

「何やってるの?」

「ん? 修行だよ、修行!」

 

 俺そっちのけで話しが始まる。

 里中は軽くステップをしながら菜々子に教えてあげる。

 

「千枝おねえちゃん、何とたたかってるの?」

 

 何と戦ってると来たか。まあそうだろう、菜々子ぐらいの年の子からしたらそういう思考につながるだろう。

 魔法少女しかり、修行とは誰かと戦い倒す為にするんだからな。最近は魔法少女ラブリーンが面白いな。あのブラック感が、なんとも大きい男も惹かれる要素になっている。っと、考えが逸れたな。

 菜々子の疑問は最もだ、それに対して果たして里中はどういった答えを出すのだろうか。

 ん~、と人差し指を艶やかな唇に当てタメを作っているカンフー少女。シャドウの事は言えないから、ほかの答えを探っているようだ。

 

「う~ん、……自分と……かな……へへ、なんてね!」

 

 恥ずかしそうに、自分の言動に照れながら里中は答えた。

 あながち間違っていないので笑えない。ペルソナとはもう一人の自分だ。こうでありたい、という願望が自分を型取り、それがペルソナの姿になる。召喚して視た時、俺のなかには確かにそんな情報が入っていた。

 それっぽい事を言った彼女に、菜々子は感激したように花が咲くような笑顔で瞳を輝かせる。

 

「わー、カッコイイ!」

 

 その言葉には、ひと匙たりとも嫌味が混じっておらず、心からの感想なんだと分かる表情。総じて、堂島菜々子とは―――天使なのだ。

 鳴上が溺愛するのも少し分かる、でも俺は道を踏み外したりはしないぞ……絶対に。

 里中にもそれは真っ直ぐに伝わったらしく、照れくさそうに頬を染めてニコニコしている。

 

「……そ、そう? あはは……なんだか照れるなぁ~」

 

 痒くもないのに後頭部を手で掻いたりする。いや、痒いのかもしれない、中身が。

 傍から見ている俺ですらくすぐったい気持ちになってくる。無垢というのはむき出しで防御力が低そうだが、だからこそ出来る攻撃があるということなんだろう。

 はたと、デヘヘってなってる里中から菜々子の視線が外れ足元の草むらに行った。

 

「あ……バッタ」

 

 その告発にも似た宣告を聞き、惚けていた里中がげぇ! って感じに上体を逸した。

 

「ええっ!? う、うそ! どっ、どこっ?! どこにいるの!?」

 

 その驚き方は、もう(おのの)くと言ってもいいぐらいの反応だった。どうやら、バッタが苦手らしい。これは良い事を知った、覚えておけばいつか役に立つ日が来るかもしれない。知識は、それだけで財産だからな。

 それにしても里中、顔面が青くなっている。赤くなったり青くなったり、忙しい奴だ。黄色にはいつなるのだろうか、肉丼食べればなるか?

 虫に警戒をしていると、菜々子の視線が足元の草むらから里中の背中にシフトした。要するにそういうことだ、ご愁傷様。

 

「あ、バッタとんだ。せなかにいるよ」

「ウギャーッ! やだやだやだやだ!」

 

 ジタバタとそこらを駆け回り背中の天敵から逃れようとするが、そんな事をしても無駄だ。奴らの足は返しがついてるから、それじゃあバッタと仲良く野原をかけているだけだ。 

 

「やだやだ! と、取ってー! 霧城君早く取ってー! ―――きゃ!」

「―――おっと」

 

 錯乱状態の里中が俺に救いを求めて戻ってくる。が、よほどバッタが苦手なんだろう、足元が覚束なくなり地面につまづいてしまったのだ。

 当然、重力に従った里中の体は野原へ―――とは行かず、すんでの所で抱きとめる。ついでにちょっとギュッとしてみたりする。救い料ってやつだ。

 最終的に向かい合うようにして抱き合う俺達、里中の熱い吐息が時折首元にかかってくすぐったい。心臓の鼓動が、ドクンドクンとお互いに伝わり合って共鳴する。出来の悪い二重奏をしばらく俺たちは体で鑑賞していた。

 さりげなく、背中に付いている元凶を軽く払い落とす。すると、役目はもう終わったと言わんばかりに彼方へと飛び去っていった。

 里中は大人しく、されるがままになっていた。なんだか、今だったらなんでも出来ちゃうかもしれない。と言うか、単に固まっているだけかもしれない。

 確認しようと俺の胸に押し付けている顔を離そうとして、

 

「わー、千枝おねえちゃんとがんもさんってなかよしさんだね!」

 

 菜々子がいることを思い出した里中が、電光石火の如く俺から離れる。

 情操教育に悪いと思ったが、菜々子はただ単に見たままを感じたらしいので問題なかった。やっぱり純真無垢って最高だな。

 

「あ、ありがとね霧城君! なんだかつまづいちゃって、それで……あはは」

 

 上気した頬と、僅かに額にかいた汗を拭いながら笑う。今日の里中は誤魔化しによく笑うんだな。

 これ関連ではもう慣れたので、俺は話題を変えてあげることにする。俺が悪いわけだしな。

 

「なんでバッタ嫌いなんだ?」

「バッタと言うか、足が細くて筋っぽいのは全部駄目! 細長くてウネウネしたのも無理! ……うあー想像しちゃった! ホント無理!」

「……かわいいのに」

 

 菜々子が若干寂しそうな表情で小さな反論を唱える。

 が、本当に苦手なモノの前には無垢な心も通用しない。

 

「やだ、菜々子ちゃん、雪子みたい」

「天城みたい?」

「……あ、雪子って虫とか得意なんだよ。……あたしの方が苦手で、雪子が得意って……なんかあべこべ。笑っちゃうよね……」

 

 またコイツは誰も得しない自虐なんぞを。意外と根が深いのかもな、里中のコンプレックスってのは。

 でも、俺と居る前では許さん。

 

「何言ってんだよ、この前も言ったろうに。里中は十分に可愛いじゃないか、元気で快活、男子にとってとっつきやすい里中は実は虫が駄目。……これほどのギャップがあるか? これはあべこべなんかじゃない、男にとっては……俺にとってはご褒美みたいなもんだ!」

「えっ、ちょっ! 何言ってんの?!」

「何ってそりゃあ―――」

「あー、分かった! わかったもういいからぁー!」

 

 慌てて俺の口をその両手で塞ぐ里中。当然距離が近くなる。

 続いて菜々子が、

 

「むしきらいな子、クラスにもいるよ。千枝おねえちゃんだけじゃないよ。だいじょうぶ!」

 

 と何とも心優しい言葉を投げかける。

 

「な、菜々子ちゃん……。やさしいなぁ、もう……ありがと!」

 

 すっかり毒気が抜かれた里中が嬉しそうな顔をしている。

 その後、俺の方を見て、

 

「今日はもう、その、変なこと禁止だからねっ!」

 

 とか言ってきた。変なことってどんなことだろう? どこまでが変な事なんだろうか、今までの里中に対しての行いを思い出してちょっと死にたくなった。

 捕まらないのが不思議だ。いや、まだ大丈夫なのかもしれない。

 このまま限界まで……、なんて邪念を頭を振って振りはらう。

 

「わかったよ、でも俺は嘘は言ってないぞ。だから自信は持っていい」

「う……、もう…………ばか」

 

 囁くように、それは清流のせせらぎの囁きに等しく、俺の耳から全身を侵食した。

 それっきり、里中は菜々子を混ぜた二人で一緒に修行を始めた。

 

 ……この破壊力を持っているのに、なんで卑屈になれるんだよ……。

 朝日を求めて空を仰ぐが、そんな都合のいいことは起きず相変わらずの曇り空。

 ご都合主義はご都合により欠席中。よって当たり前の空が俺を迎え、里中と菜々子を僅かに照らす。これが物語の中なら、一筋の光なんか差したりするんだろうけど―――。

 

 

 ―――でも、これぐらいが俺にはちょうどいいのかもしれない。




少しづつ、話が進むにつれ大和も人間性を成長させていきます。
不変なんて事はないですからね。成功すれば成長するし、失敗すれば立ち止まります。

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