ペルソナ物語4~ポケットが真実でいっぱいいっぱい~   作:琥珀兎

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結局、二分割となってしまったゴールデンウィーク後半です。


第四話:誰もが皆、寄り添ってる

 知らない振りをしていた。

 

 目を背けていた。

 

 【真実】なんて、別に欲しいわけじゃない。

 

 でももう……そろそろ目を開けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ペルソナ』――それは己の仮面。

 

「むっほぉぉ! 君もペルソナ使いだったクマね?!」

「君じゃない、霧城大和だ……。そして、だった……じゃない――なったんだ!」

 

 興奮しているクマに、冷静に対応する大和。

 攻めあぐねて静止しているシャドウに向かって、水平に跳躍する。同じように、ペルソナが自分と同じ動きをする。

 イメージフィードバックとでも言おうか――これは大和の思うがままに動く。

 シャドウが、攻撃しようとする大和を阻むように呪文を唱えた。

 

   《ガル》

 

 超常のオカルトが完成し、眼前に突如として指向性を持った竜巻が起きた。

 ――が、今の彼にはそんなものそよ風も同然。

 

 右手を突き出し、もう一人の自分を呼ぶ――名は。

 

「――トコタチ!」

 

 もう一人の自分、トコタチが竜巻をものともせずに、最初から無かったかのように消し去る。

 間髪いれずに、魔法を使った直後ということもあり、相手には次の手段に移行する為に僅かなタイムラグが生まれる。

 その隙を、冷酷無比な逆縦一回転蹴り(サマーソルト)がシャドウの存在を刈り取った。

 大和一人の時とは段違いの手際の良さだった。トコタチを召び出す前は、一人で二つの役割を担当しなくてはならなかった。それが原因で、シャドウ達に付け入る隙を与えてしまった。

 十二ものシャドウを一人で相手取る、言わばオフェンスと、戦えないクマを守るディフェンスの両方を担当していた。これでは無理に決まっている。

 攻めながら守る、なら出来ただろうが、攻めながら護るだと訳が違う。単純に手が――人が足りない。

 無事穏便に行うなら、クマを抱えて一目散に逃げれば良かった。それが知識で補えない経験の差であった。

 

「ヤマト! 残ったシャドウが一つに集まってるクマ!」

「落ち着けクマ之介。……こういうのは、ビビった奴が負けるんだ」

 

 数刻前までの焦っていた男とは、まるで印象が違って見える大和は、不敵に笑いながら呟く。

 悪魔のような笑みで、冷酷な現実を叩きつけるような言葉。

 影が、挑発に乗ってやると言わんばかりにその質量を膨張させる。肥大した影は次第に、大和を消し去るために形どっていく。

 

 ――――殺してやる。

 シャドウ達の思念はそのだた一つだった。

 殺意を形に、シャドウは馬に跨る騎士を模した姿に変貌した。

 

「アレは、かなりの強敵クマよ! 気をつけるクマ!」

 

 全長四メートルほどの体が、城を背に、守るようにして居るシャドウを視やる。

                      解析/征服の騎士 耐性/物理 無効/光 闇 弱点/無し

 

 “―――なるほど、これは面倒だな”

 大和は敵の情報を読視とって、その無難な性能に愚痴を零す。

 

「はっ、得意なモノがなければ駄目なものもない。……そんなもので俺に勝てると思ってるのか?」

 

 鼻で笑い、臨戦態勢に望む大和。彼の中ではもう、目の前のシャドウなど敵にすらなり得ない。本来、敵とは己を脅かし、死を想起させ、邪魔になる存在をさす。しかし、今現在に置いて、大和にとっての敵は存在しない。

 立ちふさがるモノなど比類なき力の下《詐欺(ペテン)》にかけて消し去ってみせよう。

 シャドウが棒立ちになっている大和にランスを振るために構えた。

 

   《チャージ》

 

 距離はおよそ十メートル。

 そう、たった十メートル。

 突進して1.5秒。ランスを振るうのに0.5秒。

 相手に当たるまでに合計2秒で事足りるのだ。

 ぐおお、と怨嗟の唸り声を上げ、それを合図にシャドウが大和の方へと弾け飛ぶ。

 

 正しく1.5秒。

 鎧を纏い馬に跨った騎士は、恐ろしい速度で敵に肉迫する。

 

 相対する彼は、だた一つ……右手を目線に上げるだけだった。

 

 残り0.5秒。

 すぐそばに死が迫っているこの状況で、大和は騎士の今にも残像を残して振るわれようとしているランスを避ける素振りもしない。

 二歩目。シャドウの二歩目は、大地が裂けよと言わんばかりの威力で踏み込まれた。そして、勢いはそのまま手に持った武器に付与される。

 彼はこの窮地において、ただ―――嗤っていた。

 

 そして一言、竜巻を消し去った力を告げる―――。

 

「“―――《大言創語》貴様は決して攻撃できない”」

 

 それは言霊だった。

 言葉に宿った力。言葉そのものに強制力を持たせた汎用性の高い能力。

 証拠に、シャドウは動けなかった。自慢の馬力を持っても、命を串刺しにする剛力も、大和には決して発揮することは叶わない。

 まるで見えない鎖に絡め取られたように、動きたくても動けない。無防備に晒されている命を前に、虚しくも空回りを続ける。壊れたマリオネットのように歪に。

 

「―――《ゴッドハンド》」

 

 無慈悲な言葉が周囲に響き渡る。

 シャドウを討つ力が、その頭上に現れた。

 それは大きな拳たっだ。聖を是とし邪を非と成す神なる鉄槌。

 回避する隙など、あるはずもなかった。

 

 瞬きの内に、圧倒的な力を以てして影を圧殺した。

 

 地形の荒れ果てた城前で一人、影を滅した大和は大きく息を吐いた。

 異様な世界、ここは何故生まれたのか。そして人を襲うシャドウの存在。不透明な答えしか浮かばないが、町にきた初めての日に彼らが話し合っていたのはこの事なのか、と合点がいった大和。

 通常では説明のつかない証拠無き殺人事件。その裏にはこんな舞台があって、何者かが暗躍していたのだ。

 額から流れる汗を拭う。鳴上悠達がひた隠しにしていたこの世界と力。偶然にも掴むことの出来たこの力が、今後彼らの仲間になるためには必要不可欠な存在となる。

 

 

 

 

 

 

「ヤマトのおかげで助かったクマ。お礼にそのメガネは上げるクマ」

「メガネってこれか、そういえば咄嗟だったからどんなメガネだったかわから…………おいクマ之介」

 

 掛けていたメガネを外して、どんなデザインなのかを見てみる。

 くれるのであれば貰う主義である大和は、どうせ貰うのであればカッコイイデザインが良いな、と思っていたが……。

 実際のデザインは、

 

「―――鼻眼鏡じゃねえかこれっ! 俺こんなの顔にかけてあんなにカッコつけてたのかよ! 痛い、自分が恥かしくて死にそうだ!」

「大丈夫クマ、これをかけてればスベリ知らずになれるクマ」

「芸人じゃねえんだ、笑われても嬉しくねえよ! とにかく、何か違うデザインのメガネは無いのか? 流石にこのメガネは……俺、こんなメガネであんな……ビビった奴が負けるんだ、とか。うわぁ、うわぁ……」

 

 ガクッと膝から崩れる大和。

 余裕たっぷりの表情も、不遜な言動も自信満々な態度も、鼻眼鏡の存在によって滑稽さが極まってしまった。

 記憶に留めていても仕方ないので、即刻忘れることにする。

 

「困ったクマ、それ以外は今は無いクマ。他のを作るには時間がかかっちゃうクマ。だから他のが出来るまではそれで我慢して欲しいクマ」

「なん……だと……っ!?」

 

 大和の表情が凍りつく。他のが完成するのに時間がかかる事についてじゃない。その間、このパーティ鼻メガネを使わなければ、霧を見通せないことにショックを受けた。

 よろよろと後ずさむ。

 “―――これであいつらの前に現れたら、絶対に笑いものにされる”

 それだけは避けたい。

 

「ど……どれくらいで完成するんだ?」

「それはわからないクマ。時間がかかる時もあるクマ、だから答えられないクマ」

「oh………」

 

 大和は めのまえ が まっくら に なった。

 

 

 

 

 

 その後の事を話そう。

 謎生命体のクマをシャドウの魔の手から助けだした俺は、それが原因? でクマになつかれてしまった。

 でもって、時間的にそろそろ帰ろうとしたんだが……。

 

「なに? 帰りもテレビに入らなきゃならんのか」

「そ~クマよ~、ヤマトはクマが居なかったら帰れなかったんだクマ」

 

 なぜだかこいつに偉そうに言われると、とてつもなく苛立つわけで……。

 しかし、これ以上ここにいても収穫はなさそうだ。

 

 ひと悶着した後、大人しくクマについて歩いていくと、開けた場所に出た。

 正方形の広場につき、ここはどこだろうと俺は見渡す。 

 広場の中央には死体のようなシルエットが、やけにアートっぽく描かれている。全体的にテレビスタジオのような感じの広場だ。

 中央に向かって歩いていたクマが立ち止まり、地面を二回ほど足で叩いた。

 すると突然目の前に三段重ねのブラウン管テレビが現れた。

 

「さあさあ、これに入るクマよ~」

 

 グイグイと背中を押してくるクマ之介。特に逆らう必要もないし、大人しく従ってテレビの中に入っていく。

 来た時と同じく、俺の体が何の障害もなく徐々に現実世界に向かって沈んでいく。

 最後に、クマ之介のに向かって、

 

「いろいろとありがとうな、なんだかんだで助かったよ……メガネ以外でな。それじゃあ、またここらで会おう」

「クマもまたヤマトと会えるのを楽しみにしてるクマ、あんまりほっとくとクマいじけるクマよ」

「わかったわかった、じゃあなクマ之介」

 

 その言葉を最後に、俺はもとの世界へと帰っていく。おそらくきっと、いや、必ずこの場所に俺は来ることになるだろう。それは予感めいたモノではなく、自分の意思がそう思っているのだ。

 『呪い』を受けたこの身を正常に正すには、俺以外の人間が【真実】へとたどり着かなくてはいけない。そのためにも、俺はそのサポートをしなければ。まず間違いなく、この事件の当事者であろう鳴上達を手助けをするだろう。

 どこまで助言と手助けができるか、『呪い』の有効範囲外でできることを全力でやろう。

 ふと、クマ之介の正体を直接教えようとして、『呪い』が発動したのを思い出す。あの時もやっぱり、体が蝕まれるのを確かに感じた。思考が霧に包まれ、体が重く鉛のようになったあの時、でもそれは長く続かなかった。もしかするとアイツへの関連性が薄いからかも、という推論が浮上する。多分、ネタバレをするなって事なのだろう。うん。

 

 意識が思考の旅に出ていると、いつまにか俺の体は現実世界に帰還していた。

 あたりは暗くなっている。当たり前だろう、俺が行動を起こしたのも深夜の事。現実とテレビの世界が同じ速度で時間を刻んでいるのなら、今は深夜二時を回ったところだろう。

 それにしても、俺がいる場所が広く感じる。記憶を失っていたり、操作されてでもない限り、俺は確かにマル久から入ったはず。なのにここは……。

 ――どう見てもジュネスだ。

 

「どうなってんだ……これは?」

 

 疑念がポツリと声となる。

 入口と出口が食い違っている。

 これは条件が違うのか? 否、これは場所が違うんだ。

 マル久から入った時、俺はまっさらな空き地にでた。で、帰りに使った場所はよくわからないテレビスタジオみたいな所だった。これが食い違っているから、出てきた場所が違うんだ。そう考えると自然な、ごく普通で当たり前のことだ。

 学校で考えてみよう。正門から入り、校舎へ入るとする、これをA地点とする。そして校舎内をテレビの中とすると、昇降口とは違う、例えば焼却炉につながる場所から外に出る。これをB地点とした時、出る場所と入る場所が違う。だからきっと、同じ場所からテレビに入れば、同じ場所に出られるはず。

 これに関しては、また考えよう。今は、ここから出て家に帰らなくては。

 

 深夜といえど、流石はジュネス。防犯装置にも念がかかっていて、出るだけでも結構苦労がいった。監視カメラの死角を探し、時にはカメラには捉えられない速さで通り過ぎてやり過ごした。

 家に帰る頃には疲れて、部屋に帰るなり俺はすぐに眠ってしまった。『ペルソナ』という能力、結構な精神力と体力を使うな。

 

 

 寝たと思ったら起きてた。何を言っているのかわからねーと思うが、俺は何が起きたかわかっている。

 どうやらベルベットルームにまた招かれたようだ。陰気臭いここは、イゴールとマーガレットの世界。夢と現実、精神と物質の狭間にある世界。

 しかるべき時が来たら、と行っていたがその時とやらが来たらしい。

 イゴールが特徴的な大きな瞳で俺を捉え、口を開く。

 

「ようこそ我がベルベットルームへ、お待ちしておりましたぞ」

「ここは、何らかの形で契約をされた方のみが訪れる場所。あなたは見事、力を覚醒されたのです」

 

 続くようにしてマーガレットが厳粛に告げる。

 力の覚醒。ペルソナ能力をこの二人は知っているらしい。

 何の反応も見せない俺に構わず、語りは続く。

 

「これをお持ちなさい」

 

 イゴールの目の前、円形のテーブルに一つの鍵が現れた。

 今更、なにが起きたってもう驚きはしない。

 

「これは『契約者の鍵』、今宵からあなたは、正式にベルベットルームの客人です。あなたのペルソナ能力は『ワイルド』……と言いたいのですが……」

 

 イゴールの補佐と説明役というポジションが、俺の中で確立しつつあるマーガレットが途中で言葉を詰まらせる。

 なにか言いたげな、と言うかなんだか確信が持てない、そういった考えがマーガレットの表情から見て取れる。

 

「……なんだ? なにか不都合があったのか?」

「いえ、申し訳ありません。……お客様のペルソナ能力は『ワイルド』だけ、というわけではなく……何やら他にも《混じって》いるのです。それがなんなのかは、私にも、ご主人にも分かりかねます」

「《混じって》いる……?」

「はい、本来『ワイルド』は他社とは異なる特別なもの、それは数字の零のように……無限の可能性を秘めていますが。お客様のこれは、なにやら少し違うのです……これは―――」

「―――マーガレット……そこまでです、この方は『嘯く者』。理由はどうであれ、契約をなされたお客人。それ以上は失礼にあたります」

「……申し訳ありませんでした。とんだご無礼を働きまして、失礼しました」

 

 俺を差し置いてなんだかわからない会話を広げていたマーガレットとイゴール。

 『ワイルド』と言うペルソナ能力。でもそれ以外にも何かがあると言いかけたマーガレットを遮るイゴール。両者の中で交わされた、何かに触れてしまったのだろうか。マーガレットは自らを罰するように、俺に謝罪をしてきた。

 

「別に何を言おうと俺は気にしないが、ようするに何が言いたいんだ? お前らは」

「貴方が覚醒した『ワイルド』の力が、何処に行くのか、私はそれをご一緒に、旅をしてまいりたいのです」

 

 ―――それでは、またお会いしましょう。

 

 ニイと、子供が見たら泣きそうな笑顔でそう言うイゴールは心底楽しそうで、意味もない反論を言おうとしたが削がれてしまった。

 イゴールの別れの挨拶を最後に、またも俺の意識が暗くなっていく。

 旅とはいったい何を指すのか、この部屋がリムジンの中にあるからこれで仲良くピクニック……なんて事はないだろうし。またもなんかの比喩なんだろうか。ここの住人も、俺に負けず劣らず言動で煙に巻くのが好きらしい。

 薄れいく意識の中、これは睡眠に入っているのだろうか、と思った。寝ているのに起きている、これは本体の俺はちゃんと睡眠をとっているのだろうか。仮に、俺がベルベットルームにいる間、体が目覚めていたら、これが毎晩続くと俺は不眠症になって毎日眠れNightを過ごすことになってしまう。

 これは、次に来た時の宿題だな。

 

 

 

 

 ――――ゴールデンウィーク二日目――――

 

 いつもの朝がやってきた。俺がこの町に来てから四日目の朝。

 この日も昨日と同じく、婆さんの手伝いを真心込めて行っていた俺こと品行方正聖人君子天才無敵の霧城大和は、暇な時は暇な店番をしていた。

 “俺が店番をやっていると女性客の客足が増える”とは婆さん談で、なんか納得がいかないが店のためだ仕方ない、と大人しく店番をしていた今日この頃。

 昼も過ぎて、そろそろ休憩でもしようかなー、なんて考えているとまたも来客を告げる古い店の扉が開いた。

 

「はい、いらっしゃ……ってあれ?」

「おーっす、ちゃんと店手伝ってるか~? 豆腐を買いがてらに遊びに来たぜ」

 

 来客は、花村に鳴上……そしてあのゴールデンウィーク初日にジュネスで見た童女。それと鼻にバンソーコーをつけた男と、イケメン風味な男二人だった。

 童女は人見知りなのか、鳴上の足に隠れている。

 

「やってるに決まってるだろ。俺が店番してると女性客が多いらしいから、開店からずっと俺はここでちゃんと働いてるぞ。見てみろこの豆腐の売れ筋」

「んなっ、お前……モテるんだな羨ましい奴め。ちくしょー! 俺にも春がこねーかなー!?」

「まあ、花村はほっといて、鳴上お前」

「んっ? 木綿一丁とがんも六つ」

「はい、まいどありー……じゃなくて! いや豆腐は売るけど、どうしたんだその女の子は? どこから攫ってきた?」

 

 童女を指差して豪語する。

 あ、童女……もとい堂島菜々子が怖がって隠れてしまった。……結構ショック。

 鳴上は動じずに、冷静な顔で答える。

 

「俺がお世話になってる叔父さんの娘で、俺の妹の堂島菜々子だ。……ほら菜々子、この人がさっき話してたお豆腐屋さんの大和だ」

「……堂島菜々子です。……初めまして」

「―――可愛いだろ?」

「ああ……、めちゃくちゃ可愛いな」

「もう……な、菜々子かわいくないよ……」

 

 菜々子は頬を赤く染めながら、恥ずかしそうにそう言ってまた鳴上の後ろに引っ込んでしまった。可愛すぎる……っ!

 おっと、思わず本音が出てしまった。今の俺、社会的に大丈夫だったか?

 鳴上に隠れながらこちらを見ている菜々子に、怖がられないように俺は目線を合わせてこれまでにないぐらい優しくてかっこいい声色で話しかける。

 

「ごめんな、それとよろしく菜々子ちゃん。俺は霧城大和だ……大和でもなんでも好きなように呼んでいいよ」

「んと……よろしくおねがいします、やまとさん……」

「…………よし、菜々子ちゃん、がんもどき好きか?」

「……? うん、菜々子すききらいしないよ」

「そうか、それじゃあこのがんもおうちで食べるといい。あげるよ」

「こんなに、いいの?」

「ああ、サービスだ!」

 

 木綿を一丁とがんもを十個ぐらい入れて、菜々子に渡す。

 最初は戸惑っていたが、俺が良いと言い、鳴上を見て静かに頷くと嬉しそうな表情で、

 

「ありがとうっ! がんもさんっ!」

 

 やまとさん、だったのが『がんもさん』に呼び名が変わってしまった。

 おいおい、これじゃあ何処かのご当地ヒーローみたいになってしまったじゃないか。

 しかし、菜々子が嬉しそうにしているのに、それに態々水を差すような事はしたくない。仕方ない、ここは『がんもさん』の名前を襲名するか。

 

「ああ、がんもが欲しくなったらウチの店に来るといい。がんもさんはいつも菜々子ちゃんを待っているぞ!」

「うんっ!」

 

 よっし、結果オーライだ。

 

 >菜々子 と 打ち解けた。

 

 これがRPGだったら、そんなアナウンスが表示されたはずだ。

 喜んでいる菜々子を横目に、鳴上が話す。

 

「すまないありがとうな、こんなに貰ってしまって。大丈夫なのか?」

「な~に、気にすんなよ。ちょっとした初回サービスってやつだ」

 

 カラカラと笑いながら、目配せをし合う俺達。

 そういえば残りの二人は一体誰なんだ? と思っていたところに、嫉妬から放って置かれてた花村が再起動する。

 

「そういえば、霧城はこの二人とは初めてだよな。紹介するぜ、こっちの男が一条康で、この万年ジャージ男が長瀬大輔な。コイツがさっき話してた、転校生の霧城大和な」

「よろしくな霧城。改めて、一条康だ。おれの事は好きに呼んでくれていいぜ」

「誰が万年ジャージ男だ花村。これは楽だから着てるんだ、変なキャラにするな。……と、俺が長瀬だ。よろしくな霧城」

「ああ、よろしく。一条に長瀬……霧城大和だ」

「そうだ、霧城ってバスケは出来るか? ウチのバスケ部、幽霊部員ばっかで潰れかけでさ、鳴上はサッカー部に入っちゃたから今も部員募集中でさー。どう?」

 

 両手を握って、お願いをしてくる一条。

 そうか、鳴上はサッカーをやるのか。それじゃあ入ってもいいかな、ここまで頼まれたら断れない。なんだか断れないクセが付きそうだがまあいいや。

 真摯な願いをする一条に、俺は一息してから答える。

 

「わかったよ。俺も、そろそろ部活にでも入ろうかと思ってたし」

「マジ!? 助かるよ霧城! 本当ありがとう。そうだ、今度愛家で飯奢る―――」

「―――ただし!」

 

 一条の猛攻を一括して遮断する。

 何が起こったのか、急過ぎて状況が把握できない他のメンツを置いて、俺は話を続ける。

 

「見ての通り、俺は店を手伝っている身だ。店主の婆さんも、話せば分かる人だから部活をやっても何も咎めないと思う。―――だけど、極力店の手伝いを続けたいから、普段から大丈夫な日、それと大事な試合の日ぐらいしか出られないが良いか?」

「もちろんだ……色々事情は人それぞれあるんだ、そこは仕方ないさ。あらためてよろしく頼むぜバスケ部霧城!」

 

 堅く握手を交わす二人を、長瀬が微笑ましく見ていた。

 二人から、何とも言えない【絆】を感じた気がした。

 

 その後、菜々子を含めた六人で他愛のない話をした。

 主に、ゴールデンウィーク明けのテストの事などだ。花村はテストの話をすると嫌そうに顔をしかめていたが、逆に鳴上は余裕そうな印象を覚えた。

 俺はどうなんだろうか。『呪い』の所為でテストの解答が出来ない、なんて理不尽が発動したりするのだろうか? 少し心配だ。

 三十分もした頃に、これ以上は迷惑になるから、と言う事で鳴上たちは帰っていった。

 

 

 

 

「大和君、ちょっと頼みたいんだけど、これを天城屋旅館さんまで届けてもらっても良いかい?」

「あいよー」

 

 てなわけでやってきましたお使いコーナー。

 なんかこれ、度々起きそうなんだよね。このイベント。

 さて、気を取り直して。今回のお荷物はお豆腐沢山! 目的地は天城屋旅館! ちょっと距離がありますねー。これは確かに老婆には年齢的に無理でしょう。

 自転車の後ろに装着されたリアカーにまたがります。自転車はこの前私がメンテナンスをしたので、サビもなく快適なサイクリングを約束してくれることでしょう。

 それでは、スピードを出し過ぎないように気をつけて……スピードが出るとお豆腐が大変な惨状になってしまいますからね。

 それでは気を取り直して、スタート!

 

 

 《中略》

 

 

 馬鹿な事をやってるうちに、結構な距離を走って到着した天城屋旅館。

 自然に囲まれた中に、はっきりとした存在感を漂わせる旅館は、確かに老舗と言われても納得のいく貫禄があった。

 自転車から降り、リアカーを切り離して旅館の扉を開ける。

 

「すいませーん。マル久豆腐店でーす」

 

 一歩踏み入って声を上げる。

 すると、待たせることなく和服を身にまとった女性が静かに、でも速やかに出迎えた。

 

「お待たせしました。天城屋旅館へようこ―――あれ? 霧城君?」

 

 和服美人の正体は天城だった。

 綺麗な正座から、お辞儀をして顔を上げて初めてお互いに誰だかが分かった。

 

「天城じゃないか、そうか天城屋旅館だもんな。……そうだ豆腐を届けに来たぞ」

 

 

 

 相手が顔見知りの天城だったからか、その後の手続きはスムーズにいきちょうど休憩時間をもらった天城と一緒に、俺は旅館の外を案内してもらっていた。

 壮観な森と林の風景は、宿泊客の心を落ち着かせる作用をしており、それは俺にとっても有効だった。

 お互いに無言のまま、周辺を歩き続ける。思えば、天城と二人と言うのは初めての事で、俺自信何を話せばいいのか全然わからなった。

 十分ほど経ち、いい加減歩くのも飽きてきた頃に、天城の重い口が開いた。

 

「……あの、霧城君」

「……どうした?」

「私ね、こんなこと霧城君本人に話すのもおかしいと思うんだけど……。霧城君って千枝と仲がいいじゃない?」

「ああ、確かに傍から見れば、そうなのかもな」

「私、あんなに楽しそうに、それでいて可愛い千枝……初めて見たんだ。驚いちゃった、鳴上君達と遊んでる時や、私といるときより可愛く笑うんだ。だからね、お願いだからこれからも千枝と仲良くしてくれる? ……こんなこと、本当は私が言っちゃいけないことだってのは分かってる。でも、言わずにはいられなかった。ちょっと前まで、見たくないモノを見ちゃってその時の千枝、ちょっと無理してるように見えたから。だから、お願い」

 

 それは天城の、己の告白に近かった。

 里中を大事に思う反面、羨ましくもあり、でも……と葛藤がせめぎ合う二律背反。天城の発言は、お願いは確かにおせっかいなんだろう。でも、逆に、友達とは……親友とは互を思いやる。そんな思いやりがあってこそなのかもとも思う。

 実際、天城は自覚していた。

 だから、俺の答えは決まっていた。

 

「……それは、里中が決めることだ。俺は何もしないし、何もしてない。だけど、里中が俺を望む限りは、それに答え続けるよ」

「霧城君……ありがとう。……ごめんね、こんな事いきなり……」

「いいよ別に……背負うのもいいけど、物によっては他人と共有したい《重み》ってのもあるさ」

 

 天城に背を向け自転車の方へ歩き出す。

 

「……どこ行くの?」

「そろそろ帰らないと、婆さんに怒られるからな。それじゃあ、また学校で」

「うん、また学校で。……たまに此処でまた、聞いてもらってもいいかな?」

「好きにしな……」

 

 背中で挨拶をし、俺は天城屋旅館をあとにする。

 天城と交わした曖昧な約束。それは俺の中にほのかな【絆】の芽生えになった。

 

 

 

 

 ――――ゴールデンウィーク最終日――――

 

 昨晩家に帰ったあと、道中の掲示板で見つけた翻訳の仕事を、能力を駆使して難なくこなした俺は、その報酬を手にジュネスへと向かった。

 花村の約束通り、テレビを買いにジュネスの家電売り場へと足を進める。

 

「おーい、霧城ー、こっちこっち」

 

 花村がこっちに向かって呼びかけていた。

 ジュネスの制服を身にまとった姿は、花村によく似合っていた。

 

「本当に来てくれたんだな、助かったぜ」

「まあ、テレビが欲しかったのは本当のことだし、ちょうど良かったからな」

 

 

 

 

 俺はジュネスで花村おすすめのテレビを購入した。

 

 

 

 

「えっ?! なにこれっ、俺の出番もう終わり? 俺のすんばらしい営業トークは? ちょっとためになるジュネス講座はっ!? マジかよ~いい加減すぎるだろー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 短いようで長い、三日間の黄金週間が終わった。




手抜きじゃないよ!

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