ペルソナ物語4~ポケットが真実でいっぱいいっぱい~   作:琥珀兎

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結局、当初のプロット通りでは長すぎるので削りました。
それでも、結構長くなってしまったので反省。

早く千枝ちゃんとイチャイチャしたい。
早くりせちー出したい。


第三話:未熟者の仮面

 初めての授業を終えた大和は、その日鳴上悠達と一緒に放課後の散策に出ていた。

 きっかけは千枝の誘いから始まったのだが、時間の経過とともに話が広がり人数も増えていったのだった。

 放課後は愛家の肉丼を食べよう。と千枝の提案で、現在愛家に向かっている最中である。

 他愛もない雑談をしながら歩いていると、大和の下宿先である丸久豆腐店が見えてくる。

 

 その時になって、やっと大和は今朝の会話を思い出した。

 

『じゃあ、行ってきます。帰りは夕方になると思うから、その後店の事とか手伝うよ』

『はい、気をつけて行くんだよ。車に気をつけてね、お店は急がなくても大丈夫だから』

 

 まずい、と大和は冷や汗を垂らす。

 今朝の久慈川の婆さんとの会話では、学校終わりに店の手伝いをする約束をしていた。

 このまま約束を反故にするわけにはいかない、仮にも下宿させてもらっている身、自分でやると言い出したことも守れないようでは男が廃る。それが今現在の大和の持論でもあり矜持である。

 せっかく申し出てくれた千枝達には申し訳ないが、ここは断ろう。

 仕方なしに、大和は少し先を歩く四人に声をかける。

 

「……悪い、里中。俺、下宿先の店の手伝いがあったんだ…すっかり忘れてて」

「そうなの? いやいやいいんだよ別に、そんなに気にしなくても。愛家にはいつだって行けるんだし」

「あー、店の手伝いじゃ仕方ないよな…俺もジュネスで親父にこき使われてるし。気持ち、分かるぜ」

「私も、よく旅館の手伝いがあったりするから、気にしないで」

「…約束は手伝いが先だしな、行ってこい」

 

 大和の謝罪に、四人は快く受け入れてくれた。

 

「ていうか、霧城君って下宿なんだ。初めて知ったよ」

「そりゃあ、初めて言ったからな」

「いや、まあそうだけど……それで、どこに下宿してるの?」

 

 千枝が興味深そうに聞いてくる。

 店の名前を言うより、直接見せたほうが早いだろうと踏んだ大和は、丸久豆腐店の前に立ち止まり看板を指差す。

 

「……この店だ」

 

 クルリと翻って店に背を向け千枝たちを見やる。それぞれがここだったのかという驚きや、愛家から近いじゃんなど言いながら店を見ている。

 あっ、と雪子が小さく声を漏らす。何かあったのだろうか、もしかして雪子も旅館の手伝いがあったのだろうか、と内心で思案している大和を他所に、雪子が口を開く。

 

「ここのお店、ウチの旅館でも仕入れてるの」

「旅館? 天城の家は旅館なのか? 俺は聞いたことなかったな」

「あれ? 霧城君知らなかったんだ。雪子の家は有名な老舗旅館で天城屋旅館って言うんだよ」

 

 この前店の豆腐を視たとき、大和は天城屋旅館の名を視てなかった。

 それなのに仕入れているっていうのはおかしな話だ、と疑問に思った大和だが、そこまで深く気にすることでもないので軽く流す事にする。

 

「まあ、一介の高校生の下宿人に仕入先なんか教えないか」

 

 それじゃあそろそろ、と二の句を告げる大和の背後から古い引き戸の開く音がして声がかかる。

 

「あらまあ、大和君……早かったのねえ。……そちらの子達は、お友達かしら?」

 

 声のする方へ振り返ると、そこにはマル久の店主が立っていた。

 久慈川の婆さんに友達かと聞かれ、若干言い惑っている大和が答える前に、

 

「はい! 霧城君とは今日知り合ったばっかりですけど、友達です」

 

 と、千枝が率先して答え、それに次いで陽介や雪子、悠も同意する。

 自分が友達と呼べるに値するハードルが高く、自分には友達がいないと、特に気にするまでもなく豪語出来る大和だが、こうまで迷いなく……しかも出会ったばかりの人間を友達として呼べる千枝が、みんながなんだか眩しく見えた。自分はただ弄れていただけなのかも、と。

 

「そうかいそうかい、もう友達が出来たのね大和君は。それでこれから出かけるの?」

「いや、そう言う約束だったけど、店を手伝うって言ったからな……これから手伝うよ」

 

 言いながらに、大和は婆さんの方へと歩を進める。

 これから夕方になってくると、夕飯の食材を買うために豆腐も売れてくるだろう。既に日は傾きつつあるのだから。高層ビルなどが一切ないこの町では。空を見上げてすぐに夕日の位置などもわかる。そう言った利点を少しずつ大切にして行くのがこの町のいいところと言えるのかもしれない。

 これから沢山豆腐を売って、この店を切り盛りしなくてはとやる気を見せ始めた大和を婆さんが右手を水平に突き出して静止する。

 

「手伝いなら、今日はもう良いよ。お店の商品もみんな売れちゃったし、今日はもう閉店します」

「そんな、それでも片付けとか、仕入れとか何かあるだろ?」

 

 商品が売れたのは本当の事なんだろう。しかし、それ以外に無理しているような雰囲気を視た大和は、食い下がる。

 出来ることなら手伝いたい。調子が特に悪いわけではないが、それでも結構な年の老婆だ。

 だが、婆さんは下がらない。

 

「――――若者が……若者でいられる時間というのはね、とても一瞬の事なの。だから、今の君達若者は…精一杯楽しんで、学んで、失敗して、笑うのよ。それが出来るのは今の内だけなんだから」

「……婆さん」

「わかったら行って来なさい。明日は店について学んでもらうから、今日は楽しんできなさい」

 

 いつもの笑みが、全てを許す温和な笑みを浮かべて大和を見送る。

 彼は気づかない内に、この笑顔に懐柔されているのだった。

 これ以上口論を続けても、話は平行線のままだろう。それじゃあ千枝達の気分も悪くしてしまうだろうと思ったので大和は仕方なしに頭を掻きながら了解する。

 

「わかったよ、明日は精々こき使ってくれ。それじゃあ……行ってくる」

「はい、行ってらっしゃい」

 

 笑顔で見送る婆さんに背を向け、大和を待つ四人と合流する。

 

「悪かった、なんか気を使わせてしまったみたいで」

「気にするな……、良いお婆さんだな」

 

 鳴上がそう大和に語りかける。

 

「そうそう、いやーなんかすっげえ理解ある婆ちゃんだったな。俺なんかちょっと感動しちまったぜ」

「確かに、アタシらこうやって遊んでられるのって今の内だけだしね」

「私たちも、いつかはこうしていられる事が懐かしく思う時が来るんだね…」

 

 若者でいられる時は限られている。

 友人と楽しい時を過ごすには、それはあまりにも短くて、あまりにもあっけなく終わってしまうかもしれない。

 でも、だからこそ尊い物になるのだろう。

 笑顔の浮かぶ面々を見て大和はそう思った。が、一人浮かない顔をする者がいた。

 

 ……それに、気づかない振りをしてしまったのが、間違いだと気づいた時にはもう遅かった。

 いくら超常の力を得た大和でも、先の未来を読むことは叶わない。精々、思考(ロジック)を綿密に組んだ先読み程度だ。

 だから気づけない、対応出来ない。

 

 コレより先に待ち受ける最大のピンチに。

 

 

 

 

 なんやかんやと紆余曲折はあったが、俺たちは愛家で里中おすすめの肉丼を食していた。

 おすすめの品なだけあって、かなり美味い。里中がああやって幸せそうに食べている理由もわからなくもない。

 

「はあ~、なんかもう……ほかほか」

「よかったね、千枝」

「肉丼一つでここまで幸せになれる里中も、すごいよな。なあ鳴上」

「なんだか、寛容になれた気がする」

「寛容って……、そうそうに俺はお前って奴がわからなくなってきたよ」

 

 くだらない言葉を交わしつつ、しばらく食事に集中する。

 店内には俺たち以外にも数人の客が居り、カウンターを挟んだ向こう側で胡散臭い中華被れの店主がフライパンを振るっている。

 

「ふう~食った食った。やっぱ肉はアタシを裏切らないね」

 

 満足げな表情でお腹をさすって満腹をアピールする里中。

 肉はアタシを裏切らない、と言う言葉に花村がツッコム。

 

「それ、名言のつもりか里中? だとしたら女としてどうかと思うぜ、その発言」

「なにおー! アンタにだけは言われたかないわよ!」

 

 花村の心無い冗談発言に、ムッとした里中が言い返し、二人は口論を始める。

 話題に混じっても目に見えない怪我をしそうな気がしたので、俺は暇そうにしている天城に話しかける。鳴上は店主と何やら話していた。

 

「なあ天城、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

「何? 私に分かることだったらなんでも聞いて」

 

 大和撫子を彷彿させる天城の仕草は、見る人によっては魅了しかねない儚い妖艶さをまとっていた。

 と言うか、普通に美人だなコイツ。俺の趣味じゃないけど、クラスの男が放って置かないだろこんな良い女。若干、正確に多少の何がありそうだけど。

 

「俺の部屋ってテレビがないからさ、テレビを買いたいんだけど、どっかいい店知らないかな? 天城ならこの町に住んで長いだろうし、知ってたら教えて欲しい」

「うーん……テレビだったら今はジュネスが一番品揃えがいいと思うよ、そうよね花村君?」

 

 里中と口論の最中だった花村に質問する天城。

 まだ言い合ってたのかよこいつらは、飽きないな全く。

 

「え? なになに天城呼んだ?」

 

 どうやら天城の声は聞こえども、言葉は届かなかったようだ。それほど、里中との戦いが白熱していたのだろう。

 

「えっとね、霧城君がテレビがないらしいから欲しいんだけど、品揃えなら花村君の所が一番だよね?」

「なんだ霧城、テレビ無いのか? それなら俺に任せろ! ジュネスなら大抵の物はなんでも揃ってるからよ」

 

 ドンと胸を叩いて自信満々に答える花村。

 花村君の所? ジュネス?

 

「花村はジュネスに住んでるのか?」

「ちげーよ! なんで住んでるって思うよ、普通ないだろそんなこと! 住んでるんじゃなくて…俺ジュネスの店長の息子なんだよ」

「冗談だ、そうかジュネスの……ん? 確かジュネスって最近できたんだよな、それじゃあお前も転校してきたのか?」

 

 言ったあとに、しまったと思った。

 俺が稲羽市に来たのは昨日。ジュネスの建物情報を視たから時期を知っているが、普通そんな事を一介の来たばかりの高校生が知るはずがない。

 懸念通り、花村は不思議そうな顔をしていた。

 

「……? よく知ってるな、誰かから聞いたのか?」

「ああ、まあマル久の婆さんに昨日聞いたんだよ、それで昨日見物がてらに見に行ったんだ」

「へえ~、確かにそうだよな。当たり前か……って昨日?」

 

 昨日という言葉が引っかかった花村の表情が僅かながら陰る。

 この空気はマズイな……、屋上でもそうだったが、どうもこいつらは他の奴らを巻き込みたくないようだ。

 他者を寄せ付けない拒絶ではなく、巻き込みたくないって気持ちなんだろうな。見た感じではそう視える。

 仕方ない、ここはフォローしておくか。

 

「そうそう、そういえば昨日お前らフードコートに居たよな。仲良さそうに内容は聞こえなかったがなんか話してたから、すぐに立ち去ったけど」

「ま、まああそこはたまり場みたいなもんだからな。確かに、俺もお前を見たの覚えてるよ。鳴上がお前の事美形だって言ってたし」

 

 よし、これでいいだろう、フォロー完了だ。

 にしてもお前らわかり易すぎ、これで俺が刑事だったら完全にアウトだぞ。里中とかは特にそうだ。今だってなんか隠してますよー、って顔してるし。汗を拭け冷や汗を。

 まあこの中だと、鳴上と天城は大丈夫そうだな。……なんで俺がんなこと心配しなきゃならないんだ。

 それに、

 

「俺が、美形……だって?」

「うん、確かに霧城君って美形だよね。なんつーかカッコイイじゃなくて美形。今思えば鳴上君もぴったしの表現してくれたね」

「だから言ったろ、美形だって」

 

 いやいや、なんでそんな話になるかな。

 嫌だってわけじゃないけど、まあ確かに容姿を褒められて気分を悪くするほど、自分の容姿が原因でのトラウマなんか作ってないけど。

 それにしたって他に何か話すことあるだろもっと。

 里中も鳴上も乗らないで、というか鳴上……いつ戻った。

 

「そんなことは、どうでもいいから。とにかく花村、テレビ。あるのか? ないのか?」

「そんな事とは……コイツは無自覚系って奴か畜生羨ましい。まあいい、テレビならあるぞ。そうだな、ウチで買ってくれるなら五日にジュネスで買ってくれないか?」

「五日? なんでまたその日なんだ?」

 

 なんか企んでるなコイツ。そんな顔をしてる。

 花村ににひひ、と笑い楽しそうに話し出す。

 愛家での客はもう俺たちだけになっていた。

 

「俺その日、ジュネスでバイトがあるんだけどさ、親父の奴がこき使うんだよ、時給400円で! 400円だぜ400円。ありえないだろ? だから、その日俺も家電売り場でバイトするから俺の営業で買ってくれよ」

「なんだ、俺にサクラをやれってことか?」

「頼む! これで時給上がったらビフテキおごるから! な、このとーり!」

 

 ペコペコと必死になって拝み倒す花村。さすがにここまで頼まれたら断るのもなんだかマズイだろう。何より、俺に損はないしな。

 にしても、人に懇願する姿がつくづく似合う男だな花村は。なんだか彼のこの先の人生が垣間見えそうで、かわいそうなのでもうやめてもらう。

 

「わかったから、もう頭を上げてくれ。なんか……哀れに見える」

「本当か?! サンキュー! 持つべきものは友達だな、助かるぜマジで」

「……金の切れ目が縁の切れ目とも言うけどな」

 

 花村の中じゃ、そんな言葉は外国語なんだろうなー。

 ゴールデンウィーク三日目の五月五日、こどもの日をジュネスでテレビを買う日と約束し、話は丸く収まった。

 

 

 

「ごめんみんな、私、そろそろ帰らなきゃ」

 

 食後のお茶を飲んでゆったりしていると、天城が家の手伝いがあるから帰ると席を立った。

 ガラスをはめ込んだ入口の引き戸から外を見てみると、日も落ちてきて夕方を少し過ぎた頃になっていた。

 時間もちょうど良いので、ここいらで解散するかという流れになって、その日は解散した。

 

「それじゃあな」

「ああ、五日の件頼んだぜ。さっきはああ言ったけど、ダメだったら別にいいからな?」

「今度、豆腐を買いに寄らせてもらう。それじゃあ」

「またね~霧城君~、今度また肉丼食べに行こうね!」

「千枝、私きつねうどんがいいな。それじゃあね…………楽しかったよ」

 

 別れの挨拶をしてそれぞれが自分の家の方へ向かって歩き出す。

 帰り道、一人になった俺は、ふと足を止めて空を見てみた。さわさわと五月の暖かい風が俺に吹いて、通り過ぎる。

 この何気ない日常が、俺の過去になって未来になるのだろうか。

 春の空の下、アスファルトに伸びる影とともに今の家へと進みだす。どうか、この人生に実りがありますように。

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「おかえりなさい、ご飯はどうする?」

 

 家に帰るといつも通り……まだ二日目なのにいつも通りと思ってしまう程自然に帰ってきた俺は、婆さんに迎えられる。

 服装が割烹着を着ていることから今ちょうど作り始めるのか、それとも作っているかなのだろう。

 俺は軽く右手を上げて、説明する。

 

「いや、さっき愛家で肉丼を食べてきたから大丈夫」

「そうかい、愛家さんとこの肉丼をねえ。私みたいな年寄りにはもう、油濃くて食べられないねえ」

「肉はいつまでも、人間にとっての力になるそ。少しでもいいから豚でも食べたほうがいい」

 

 肉に含まれるタンパク質は体を作る上で重要だからな。年だから食えないじゃなくて、年だからこそ食べなくては。

 

「あと、今日は気を使わせて悪かった」

「何言ってるの、家族なんだから、そんなことでいちいち謝らないの。もちろん、悪いことをしたら謝らなきゃダメよ?」

 

 家族……か。

 どうにもこの町の人間はすぐに人を信用しすぎだ。俺みたいなのを迷いなく友達と呼んだり、家族って言ったり。

 …………勝手すぎる、でも。

 体が、心が熱くなる。達観したり、斜に構えてみたりして冷静ぶって。確かに間違いなくそれも俺だ。なまじっか知識と認識、そして身体能力が大幅に向上したことによって俺は今まで以上に堅牢な檻を心に作り上げた。

 だけど、前にも言ったが、人間なんて設定通りにいかないのが定石。強い奴は弱くない、なんてのは有り得ないんだ。

 この町に来てからの俺は少し変わった気がする。

 ここで俺が《出来上がっていく》、パズルのピースが一つ、また一つ出来上がってくるような。そんな気分。

 

 今の俺は、気分的に誰にも見られたくないので、

 

「わかった、それじゃあもう寝る。お休み……明日は手伝う」

「はい、おや――――」

 

 婆さんの目に映らぬよう、常人の速さでそうそうに部屋へと退散する。

 

 

 部屋に戻って自分を落ち着かせる。

 深呼吸して、床に寝転ぶ。

 

 

 明日は店の手伝いを頑張ろう。

 密かに心に芽生えた、今はまだ小さな、けれど確かに感じる【絆】を抱き決心する。

 

 必要以上の物が置いてないこの部屋を見て、そういえばと思い出す。

 花村とテレビを買うと約束した日まで、あと三日。それまでにテレビを買えるほどの金を稼がなくては。

 一応、この貯金はあるがそれだけでは足りないだろう。

 そうなるとやはりバイトしか手は無いわけだが、この田舎町で給料のいいバイトなんかあるんだろうか。

 明日、手伝いが終わったらダメ元で探してみるか。いざとなったらこの力を惜しみなく使って稼ぐしかあるまい。

 

 今日はこれで明日に備えて寝よう。

 

 敷布団を敷いて長かった一日に別れを告げるように、俺はあっという間に眠りについた。

 

 

 

 

 ――――ようこそ、ベルベットルームへ――――

 

 目が覚めるとまたもや異様な場所に、俺は居た。

 どうやら正確には、目が覚めたわけではないようだ。だが、夢と言い切るにはなにやらおかしい。

 妙に現実味がある。

 周りを見るかぎり、まるで高級リムジンの中といった感じで、全体的に青を基調とした家具家財か設置してある。

 そして……、何やら怪しい雰囲気を醸し出してる異様に長い鼻の爺さんが、俺の正面にあるL字型のソファーに座っている。

 両腕を肘立てて、両手を組んで鼻より下を手で隠している。こんな感じのポーズを取るグラサンをなんかのアニメで見た気がする。

 

 そして、もう一人。

 L字のもう一辺に座っている妖艶な女性。

 何やら只者ではないきがする。

 二人共、いや、この部屋そのものがどれを視ても、俺に情報が入ってこない。

 それだけで十分にここは異界と言ってもいいと言える。

 

 長鼻の爺さんが俺に気づき、待ってましたとばかりにニイと笑顔を浮かべる。

 

「……ほう…これはこれは、お待ちしておりましたぞ。――――『(うそぶ)く者』よ」

 

 爺さんがしゃがれた高音域の声で話し始める。

 今、コイツは俺を『嘯く者』と言ったか? どういうことだ?

 

「……『嘯く者』ってなんだ? と言うかここは一体、お前らは誰だ?」

「私の名は『イゴール』。お初にお目にかかれます」

 

 なるほどイゴールか、イゴールは俺の質問に無視するのか。

 イゴールは俺の考えなど知らずに、話を続ける。

 

「ここは、夢と現実、精神と物質の狭間にある場所。本来、この場所は何らかの形で“契約”を果たされた方のみ入れる場所ですが。……貴方にはそのような事は瑣末ごと。貴方の未来の為の契約を交わしに呼んだ次第です」

「……契約? 何と何を契約するんだ?」

 

 契約と一口に言っても様々な形式があるだろう。

 それに、俺の眼をもってしても見えない世界、見えない人間……と言えるかわからない奴の、そんな男の持ち出す契約が本当に信用なるのか。

 俺の思案を他所に、イゴールは続ける。

 

「今年、あなたの運命は大きな禍によって閉ざされてしまう。私の役目は、お客人がそうならぬよう、手助けをさせてもらう事でございます」

「禍によって閉じる運命……か。確かに、そうかもな」

 

 その類の話しか。

 俺の脳がスーっと冷えて冷静になっていくのが、生で感じる。

 そういうことなら、結ばせてもらう。その契約。なんであれ、アレにつながる線は大いに越したことはない。

 

「――良いだろう、契約しよう!」

 

 凛、と鳴るように声を張った。

 見ればイゴールは大変満足げに、またもニイィと笑った。

 

「それでは、契約成立でございますな。……こちらの紹介がまだでした」

 

 ツイとイゴールは左手を側面に座る女性に振り、説明する。

 

「同じくここの住人である、名を『マーガレット』と言います」

 

 紹介された妖艶な女性が俺の方を見やる。とても強い力を秘めている眼だ、やはりただものではないだろう。

 

「お客様の旅のお供をさせていただきます、マーガレットと申します。どうぞよろしく」

 

 綺麗なお辞儀をして、挨拶をするマーガレット。

 ちょうど、その時膝の上の分厚い本が目に入った。

 が、なんだか今それを聞くのも違う気がするので、聞こうかとも思ったがやっぱりやめておく。

 

「それでは……、しかるべき時が訪れましたら。またお会いいたしましょう」

 

 その言葉を最後に、俺の視界と意識は暗転した。

 

 

 

 

 目覚めは昨日と違って良かった。

 昨夜のベルベットルームでの出来事……、はたしてあれは一体何だったのだろうか。

 いま俺が置かれている状況とはまた違った、もっと大きな和の中の話しのような気がする。

 名前を考える事さえ出来ないように、厳重な『呪い』を掛けていったアイツとはまた違った、もっと違うモノ。

 そもそもの前提からして違うのかもしれない。

 せっかくの力をもってしても分からない。これ以上詮索はしない方がいいのかも。

 

 それも気になるが、もう一つ、イゴールが俺を呼んだ時の『嘯く者』とはなんなのか。

 『嘯く』と言う言葉の意味自体は分かるが、きっとそうではないのだろう。もっと本質的な事なのかも。

 

 考えてもしょうがない、起きよう。今日は婆さんを手伝う約束なんだから。

 眠気を振り払い、布団から体を起こす。

 

 ――さあ、今日からゴールデンウィークだ。

 

 

 ――――ゴールデンウィーク一日目――――

 

「大和君、ちょっとお使いしてきてちょうだい」

 

 早朝に豆腐の仕込みと製作を終え、店番をしていたとき、婆さんからそんなお願いをされた。

 正直午前中の豆腐屋ってのは暇で、店番と言っても、店内でボーッと座っているだけだった。

 だからお使いをお願いされて正直ラッキーと思った。

 

「今すぐ必要ってわけじゃないけど、包丁がもうダメになってきてね、ジュネスで買ってきて欲しいのよ。本当なら金物屋さんにしたいんだけど、商店街で残ってるのは『だいだら』さんの所だけで、その『だいだら』さんも今日はやってないのよ」

「わかった、行ってくるよ」

 

 ってなわけで出発。

 全速力で行って、浮いた移動時間でフードコートにでも行くか。

 一応、誰かに見られたらまずいので、外に出た俺は人目が無いところまで移動して…(はし)った。

 

 

 ――――ジュネス八十稲羽店――――

 

 あっという間にジュネスに到着した俺は、とりあえず目的の買い物を済ませることにした。

 

 あっさりと迷うことなく目的の商品を購入した俺は、改めてジュネスの大きさに驚く。

 田舎町にしては、と言うより、都会にだってここまでの規模が乱立してるかと思うほどの大きさと品揃え。それに加えてのテーマパークを意識したような屋上のフードコート。

 こんなのが近くにあったらそりゃ客はコッチに来るに決まっている。

 婆さんは、あまり行こうとしないが、それは婆さんが商店街の人間で商店街を守る者としてのメンツってものがあるのだろう。

 案外、連続怪奇事件を除けば、この商店街とジュネスの確執の方が根が深い問題かもしれない。

 

 頼まれてた包丁も買ったので、フードコートに出てみる。

 流石はゴールデンウィークといった感じで、人の多さが目に見えて分かる。

 どこを視ても人、人、人と視えてくる情報の多さに目が眩む。

 

 早く一人になりたい俺は、逃げるように人ごみから脱出し、テーブルのあるエリアに向かう。

 目を瞑り、走り抜け、気配で人の減少を感じた俺は目を開いた。

 最初に、燦々と照る太陽の光が差し込み初めは眩しくて、買い物袋を持っていない方の空いた手を翳し光を遮る。

 段々と目が慣れてきたところで、改めて瞼を開く。

 

 

 

 

 目線の先には、楽しそうに談笑する鳴上達、いつもの四人ともう一人童女が居た。

 

 

 

 五人はとても楽しそうにしていた。

 童女の前にはこの町名物のビフテキが置いてあり、とても美味しそうな匂いを醸し出していた。

 童女は…………堂島菜々子は笑っていた。里中が微笑んでいた。天城が癒されていた。花村がおちゃらけて笑っていた。鳴上が微笑んでいた。

 

 その笑顔に、その空間に怯んだ俺は、いたたまれない気持ちになって逃げるように疾った。

 それはもう走った。フードコートに風が巻き起こるぐらいの速さで。

 矮小な自分から逃げるように。

 

 

 

 

「……? どうかしたの千枝?」

 

 視線を感じた気がした千枝は振り返った。

 その瞬間起きた突風で、よく見えなかったが、あれは多分……。

 

「…………霧城君?」

 

 普段から特訓と称して自分を鍛えてきた千枝だから出来た、捉えることが出来た大和の姿。

 しかし、あまりに一瞬の事だったので声をかける暇もなかった。

 

 

 

 

 

 

 あー情けない、自分が情けない。今回の俺ダサすぎないか?

 いやね、感受性が豊かになったと思えばそれは《成長》かもしれないけど、だからってこれは《行き過ぎ》だろう。

 もう少し調整しないと……。

 

 ジュネス店内に戻ってきた俺は、このまま帰ろうかとも思ったが、テレビを買うための大体の目安を決めておきたかったので、下見を兼ねて家電コーナーに行って見ることにした。

 

 

 家電コーナーには電気屋さながらの品揃えがしてあり、それはそれでまた関心した。

 ドライヤーや電子レンジ、洗濯機や冷蔵庫を無視して、奥にあるテレビコーナーに到着する。

 大小様々なテレビが並んでおり、値段も当然それぞれ違う。

 

 どれにしようかとジロジロ見ながら悩んでいると、店員が話しかけてきたりしたが、皆一蹴して物色していた。

 あまり小さいと駄目だな。せっかくの高い買い物だ、どうせなら大きいのが欲しい。

 なんだか家電って見てるだけで面白いんだよな。

 ウロウロとテレビゾーンを歩いていると、なんの脈絡なく、声が聞こえた。

 

【――――我は汝、汝は――――】

 

「ぐぅうう!」

 

 痛い、頭が痛い。割るように痛い。実際割れてるんじゃないかこれ。

 あまりの頭痛に、その場でしゃがみこんでしまった俺は頭が大丈夫なのが確かめるために頭部に触れてみる。

 外傷は、無い。痛みは内部からか。

 

「お客様! 大丈夫ですか!?」

 

 うずくまる俺の姿を見たんだろう店員が、駆け寄ってくる。

 足音が俺のすぐ横で止まり、肩に手が触れる。

 

「大丈夫だから、ちょっと脛を打っちゃってね、痛くて。ほら、ここって一番痛いだろ? もう大丈夫」

 

 気力を振り絞り何事も無いような顔をして立ちあがる。

 目立つのは嫌いだからな。

 

「ですが……」

「大丈夫大丈夫、それよりほらアッチの家族が店員さん呼んでるよ。行ってやんな」

「でしたら、失礼します」

 

 ちょうど近くを通りがかった家族を生贄に、事を穏便にする事が出来た。

 頭痛も、もう収まってきて結構楽になってきた。

 

 あれは一体何だったんだ。

 

 ――――考えるまでもないだろ、声だ。

 

 そう、声だ。

 俺の内側から聞こえた声、それが俺を痛めつけた原因だ。

 しかし、条件が分からない、なにを、なぜ、どうして起きたのか。頭痛が起きたのはここ、テレビコーナー。テレビ……。

 もしかしてと思い、俺はテレビを見る。                                 標的/LED ACUOSU LD-40H9 [40インチ] 形状/938x610x263 mmの長方形……

 いつの間にか、視る情報が鬱陶しくて無意識の内にシャットアウトしていた力。             製造日/20○○年 8月15日 用途/電波受信映像展開情報伝達装置 ……他/出入り可能

 

 ――――/出入り可能?!

 

 どういう事だ? 出入り可能って。

 どうしてこんな事に気がつかなかったんだ俺は。

 それより、出入り可能って事は……そう言う事なんだよな。

 

 俺は恐る恐ると手をテレビの液晶につき出す。

 あと少しで触れる、ってとことまで行き一気につき出す。

 

 するとどうだろう、俺の手が見事に突き刺さっていた。突き刺すじゃないな、入っているんだ。テレビの中に。

 肘から先がテレビに沈み、その境界面は、円形の、水の波紋のようなのが絶えず広がっている。

 

 

 ――――いい加減、理解したろ。

 

 理解した……。

 俺は人目につくとマズイと思い、即座に腕を引き抜く。

 ここじゃマズイ、いや今は(・・)マズイ。

 そろそろ帰らないと、婆さんも心配する。仕方なく俺はジュネスを出て、再び猛スピードでマル久まで帰宅した。

 

 

 

 

「お待たせ、包丁ってこれでいいかな?」

「あら、おかえりなさい。……ありがとう、これで良いわ。それじゃあ店番お願いね」

 

 

 ――――マル久豆腐店(深夜)――――

 

 夜も深くなった深夜、婆さんが寝付いたのを確認した俺はテレビのある居間へと向かう。

 障子の戸を音を立てないように慎重に開け、何も映さないテレビの前に立つ。

 

 覚悟を決めろ。もとより、こうでもしないといつまでたっても俺の『呪い』は解けない。

 そう、目的のために邁進することを決めたんだ。こんな事で躓いてなんかいられない。

 

 手を差し出して、テレビの中に入れる事を確認する。

 ズウゥ、と沈んでいく俺の腕。

 よし、やはりこっちも入れる。物に関係があったんじゃなくて、者にあったんだ。

 それじゃあ、行こうか。

 

 頭から一気にテレビの中へと俺は飛び込んだ。

 入ったと感じた途端、えも言えぬ浮遊感と下に落ちていく感覚がした。

 実際落ちているのだろう、途中何層にもテレビの枠のようなものを通り抜け、やっと地上に到着した。

 着地の前にあらかじめ、体制を整え足を下にしていたので、着地は難なく成功した。

 

 

 

 ――――空き地(テレビの世界)――――

 

 ここがテレビの中の世界? やけに禍々しいな。

 空は赤く、黒いヒビのようなモノが周にも広がっていて、今にも崩れてきそうだ。

 

「それにしても、わかってはいたが……本当に入れるとはな」

 

 何もない、昭和の空き地を彷彿とさせる場所に立ちつくしていた俺は、もっと他になにか無いだろうかと探索するために空き地を離れ、当て所なく歩き始めた。

 

 

 歩くこと十分弱。大体の事は分かった。情報を整理してみよう。

 まず、ここはテレビの中の世界。そして、この世界は現実の稲羽市と建物や風景が酷似している事。

 この稲羽市と似ているっていうのは多分、表と裏なんだ。あっちの世界が表で、コッチが裏。表裏一体のコインのようなもので、それを繋ぐのがテレビと言う媒体なんだ。

 連続怪奇事件も、これを犯行手口にしたんだろう。ここなら証拠も残らないしな。

 でも、まだ何かここはある。

 気配がするんだ。何か、良くないものが集まったモノが居る。

 ……とにかく進もう。いざとなったらこの拳でぶちのめせばいいだけだ。

 

 

 さらに歩くこと十分。

 勘で進んでいたらとんでもない所に来てしまった。

 大きな西洋風の城。○○キャッスルなんて名前がつきそうな仰々しい建物。

 と言うか、霧が濃くてよく見えん。ここに来てから思ってはいたが、この世界の霧はあの時の霧とそっくりだ。

 目を凝らして城を見ていると、後ろから気配がした。

 

「あー! 見つけたクマ! お前が犯人クマねー!?」

 

 声がしたので見ると……着ぐるみ? が喋っていた。

 視ると、納得がいった。コイツ、人じゃない……見ればわかるけど。

 クマクマ煩いクマは俺を犯人呼ばわりして、詰め寄ってくる。なんかプンプンって擬音が聞こえそうな起こり方だ。

 

「何言ってるんだお前は?」

「クマ、知ってるクマ! ユキちゃんを入れたりした犯人クマね! ヨウスケとかチエちゃんとかセンセイから聞いてるクマ」

 

 おいおい、随分と頭の悪いクマだな。

 それより、コイツの言っているユキちゃんって、天城雪子の事か? それに花村陽介、里中千枝、となると先生は鳴上悠?

 なんで鳴上は先生って言われてんだよ。

 でも、やっぱりあいつらはこれに関わっていたんだ。「逃がさないクマ!」とか言って俺にしがみついているコイツが動かぬ証拠だ。

 まずはこのマスコットをどうにかしよう。

 

「落ち着け……クマ。俺は犯人じゃない」

「むむ、嘘を付くなクマ。それになんでクマの名前を知っているクマ、怪しいクマ」

「いや、お前自分でクマクマ言ってるじゃないか。それに、俺は鳴上や花村達の……友…知り合いだ」

 

 鳴上と言ったところで体の拘束が解かれる。

 

「およよ? センセイを知ってるクマ?」

「ああ、同じ学校で昨日も一緒に遊んだ」

「それじゃクマ、また間違えたクマ? およよ~、やっぱりクマは駄目クマよ~。自分が誰なのか分からないし、ユキちゃんに逆ナン出来ないしダメダメクマ~」

「……逆ナン? 天城が?」

 

 なんだその魅惑ワード、すっごく気になる。今度会った時聞いてみよう……いや俺がこの世界に入れる事がバレるかも。バレるにはまだ早すぎる。

 クマは俺を話すと、今度は自己嫌悪し始めた。

 ブツブツクマクマ言っては、短い腕で大きな頭を抱えたり、横になって自慢の体で転がってみたり。悩み方がバラエティに富んでいる。

 

「まあ、気にするなよ。お前が悪いわけじゃ……っ!?――――!!」

 

 ――――突如、濃厚な負の気配が近くから現れた!

 

「およよー! しゃ、シャドウだクマ!」

 

 クマが怯えて、転がった体制から即座に飛び上がる。

 

「シャドウ? あれがそうなのか? だってお前m――――っ!」

 

 まただ! また呪いが発動しやがった。

 糞っ、体が重い。ビルでも背負ってるみたいだ。

 

「に、逃げるクマ! センセイ達の『ペルソナ』じゃないと太刀打ちできないクマ!」

「ぺ……、ペルソナ……?」

 

 負の気配が強くなり、そこらじゅうから染み込むように影が現れた。             解析(アナライズ)/虚言のアブルリー ファントムメイジ 冷静のペーシェ 数/各種四匹 耐性/火 物理 闇 弱点/氷 雷 風 光

 影は形となり、自分を映し出している。

 ひとつは球体に仮面と反対側に口のついた異形のモノなど、他にも様々な形の化物……シャドウが現れた。

 

 マズイ……俺たちに気がついた。

 戦うか、もう呪いは今のところなりを潜めている。しかし、この霧じゃあ。

 ……あれ?

 

「おいクマ! お前、なんでこの霧の中、シャドウたちが見えるんだ!?」

「ク、クマはシャドウの存在を感じられるクマ! それに、クマの目は霧の中でもよく見える特別性クマ! それより早く逃げるクマよ! あ、そうクマ。これがないから見えないクマね」

 

 そう言って俺に何かを放り投げてるクマ。

 もうなんでも良い、この霧さえ晴れれば存分に暴れられるんだから。受け取って形状からしてメガネだと断定。

 

 もうシャドウはすぐそこまで俺達を餌食にしようと迫っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――メガネを掛けた瞬間、世界(視界)が鮮明になりシャドウを初めて目の当たりにした。

 

 ――――瞬刻の内、俺は真正面より飛来する球体『虚言のアブルリー』を全力で殴り飛ばした。

 

 物凄い勢いで吹き飛んだアブルリーは、まるでダンプとダンプの交通事故のような轟音と共に、城の壁にぐちゃぐちゃになりながら埋まっていた。

 それだけでは終わらない。俺の背後四時の方向に居るクマに『冷静のペーシェ』が真っ直ぐに突っ込んできた。

 左を軸足に、床のレンガを踏み抜くほどの力で跳び、超スピードでクマとシャドウの間に割り込み、跳んだ勢いをそのまま力に乗せ縦の回転の回し蹴りでこれを蹴り潰す。

 血等の類は出なかったが、代わりに影が吹き出して消え去った。

 

 しかし、まだシャドウの数は多い。

 ファントムメイジが呪文を唱えている。直感的にマズイと思い迎撃しようとしたが、

 

「ひょえぇぇぇえええ!」

 とクマがまたも他のシャドウにやられそうになっていたのを助けるため、そっちを優先して迎撃した。

 

    《タルンダ》

 

 直後、俺の体がグンと一気に怠くなる。

 

「くっそ……! なんだこれ、力が」      状態/魔法、攻撃力低下

「た、大変クマ! それをくらうと力が下がっちゃうクマ!」

 

 道理で怠いわけだ、ずるいぞ魔法なんて。まだそれでも力は十分あるが、立て続けにくらったらマズイ。

 後、九回ぐらいが目安か……。こりゃあ速攻で始末しなくちゃ、クマまでは守れない。

 

 

【――――我は汝、汝は我――――】

 

 まただ、また声が聞こえてきやがった。頭が痛い。

 切羽詰っているこの時に、こんなになっちまったら俺は――――。

 

 ――――目をそらすな。

 

 分かってるっての!

 いい加減、クマを守りながら戦うのも面倒なんで、片手でクマを持ち、腰に抱える。

 ごちゃごちゃとクマは言っているが、この際無視だ。

 今ここに鳴上は居ないんだから、俺が……自分で生を勝ち取らなくてどうする!

 

 ――――いつまで道化師の真似事を続ける。

 

 

【――――双眸を見開きて汝――今こそ発せよ!――――】

 

 ああ……わかってた、初めから分かっていたさ。

 そうだな、いつだって俺は惚けた振りをしていたよ……。

 だって……そのほうが楽だし、心無い発言がその後のすべてを台無しにするってわかっていたから。

 

 ――でも、もうやめだ。

 

「……ペル……ソ…………ナ……ッ!」

 

 眼前に中空より飛来したタロットカードを最初からわかっていたように、右手で握り潰す。

 手中から蒼い炎が溢れ出し、己の背後も同じように燃え盛る。

 

 ――――ほら、やってやれ。見せつけてやるんだ俺の力を。

 

 

 

 ここに今、俺が授かった三つ目の力『ペルソナ』が……顕現した。


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