ペルソナ物語4~ポケットが真実でいっぱいいっぱい~ 作:琥珀兎
一章は後一話と番外ぐらいで終わります。
七月十七日 日曜日(雨/曇)
高校生という身分は社会人からして見れば、半数が戻りたい過去でありまたやり直したい悔恨の象徴であろう。
あの頃は楽しかったと振り返りながら、あの頃ああしていればと叶わぬ願望をその身に抱いたり、戻らぬ時間の輪に縛られながら夢抱き夜を過ごす大人達。
そんな大人達からして見れば俺達高校生は確かに楽であろう。ああ、確かにそうだ。大きなミスをしてもクビにはならないし、まだ子供という免罪符を盾に色々な無茶をする事だって可能だ。
でも、だからこそ、大人と子供の狭間に生きる俺達には乗り越えなくてはならない試練が存在する。
定期的に、正確には年に六度ほど訪れる中間期末テスト。
大人からすればどうってことの無い定期テストだが、先を、未来を未だ知らない俺達にとってそれは高くそびえ建つ壁のようなものなのだ。
現に今目の前ではそのテスト対策の為に開かれた勉強会に苦しむ若人が一人……いや、今回は三人居る。
「こうやって教科書とノートを開くたびに思うんだけどよ。この勉強って、マジで将来には必要ないんじゃないか?」
「花村……アンタのその台詞前にも聞いたような気がすんのはあたしだけかな」
言った所でどうにもならないのが分かっているのに、それを言わずにはいられなかったのだろう花村に呆れ嘆息した千枝は、今回のテストの重要性を感じているのかノートに書き込む手を休めなかった。
繰り返し吐かれるこの主張に他の奴らはどう思っているんだろうと見回してみれば、大きく頷いている完二と控えめながらも首肯し笑顔で誤魔化すりせが目に映った。どうやらこの二人は成績が芳しくないようだ。
見た目からして完二は分かるが、りせもとは……いやそういえば彼女はずっとジュニアアイドルをしていたのだ、勉強をする暇などあまり無かったのだろう。俺はそれを良く知っていた。
だからこそ、こうして来るテストで泣きを見ないように皆集まって勉強をしているのだが、
「なんでこんな雨がパラついてる空の下、ジュネスの屋上に集まってるんだ俺達?」
原因を振り返りながら呟く。
事の始まりは花村の他力本願な一言が原因だった。
※
七月十四日 木曜日(晴)
――――八十神高校――――
「来週には期末テストが待っている。気分は中間という中ボスをやり過ごしたっていうのに、薬草で回復する暇もなく連戦って感じで最悪だ」
「文句言ってもしょうがないだろ。囚われの姫様を助けたければ悪いドラゴンを倒さなきゃいけないってのは、お話の決まりごとだ」
なんてことはない。マヨナカテレビの一件がまた一つ終わり、穏やかな高校生活が戻ってきたかと思いきや花村がまたも不満を漏らしただけだ。
期末テストが近くなった今時頃、成績の悪い花村は勉強の必要性を説くように語りだした。
「だってよぉ霧城。姫を助けるなら別に正面切ってドラゴンと戦わなくてもいいと思わないか? 別の道から進入するのだってありだし、ないなら壁を壊せばいい」
「それはテストの点数の為ならカンニングをしてもいいって事を言いたいのか?」
「そうは言ってねえよ。ただ、遊びたい盛りの高校生にとってはテストよりも大事なものがあるんじゃないかってことだよ」
要するにこいつはテスト勉強なんかしないで、諦めて遊びに行こうぜって誘いをしているんだな。
「馬鹿言え、俺はテストなんか余裕だから良いけどよ、お前は今回のテストでせめて赤は逃れないと夏休みが戦地にまで吹っ飛ぶぜ。義務を真っ当しないうちから権利を主張するのはマヌケのすることだ、手伝ってやるから勉強しようぜ」
「げぇ、お前の“勉強を教える”はクイズ大会の間違いじゃないのか? まぁ、それでもヤマは的中するから俺としてはありがたいけど……」
「あんまり大和君に迷惑かけるんじゃないよ花村」
苦い顔を浮かべる花村と会話を机を挟んで会話していると、それを聞きつけた千枝が出来の悪い息子を見るような目をして花村に注意してきた。
さっきまで千枝は天城と一緒にいたのか、横には艶やかな黒髪の彼女も一緒に苦笑いをしながら立っている。その瞳が何を語っているかは俺には皆目検討もつかないが、どうせ俺にとっては碌な話ではなかったのだろう。証拠に、俺を見る天城の目は何やら逸物抱えているような眼光を発していたからだ。
正直生きた心地がしないのは気のせいだろうか。勘のいいこの体が、今に限っては余計に思えてしまう。
「でも、勉強会をするって言うならあたしと雪子も一緒に良いかな? ちょっと今回の英語と歴史が自身無くって」
「皆で夏休みを迎えられるように、私も協力するよ」
「天城も来るってなったら決定だな。それじゃあ今度の休みにまた勉強会をしようぜ。場所は……そうだっ、ジュネスのフードコートで良いか? あそこなら飯も食えるし広い席もあるからな」
「なーんか一々花村の言い方は裏がありそうに聞こえんのよね、まさかサボるつもりじゃ無いでしょうね?」
どうせ勉強するなら花が欲しいとかそう思ってるんだろこの男は。
鳴上が所要でどこかに行ってこの場にいないってのに、話はどんどんと膨れ上がりまたも勉強会が開かれるのがここに決まった。
以前行われた勉強会を俺は思い出し、少し身震いするのを感じた。
あの時はうやむやなまま勉強会は終わった。千枝のわけのわからない暴走の末、その猛威が花村を襲い図書室が無茶苦茶になってしまったからだ。転校間もない事もあってあの頃は完二もりせも居なかった。
思えば俺も結構社交的な人間になったもんだ。ここに越してくる前の自分からはおよそ予想だにしなかった結果だ。
「で、鳴上はどこ行ったんだ?」
「野暮用とか言ってどこかに行っちゃったわ。午後の授業が始まるまでには戻ってくるんじゃない」
肩を竦めた千枝はそう言って窓の外に視線をやった。
釣られて同じ方向に目を向けるが、先にあるのは澄み渡った青空だけで普段となんら変わり無い景色だけだった。
テレビの中にある空とは違う正常な色彩。見上げればいつもそこにある当たり前の光景を、どこか違う世界のように感じるこの感情はなんだろう。
「じゃあ詳しい話は鳴上が戻ってきてからでいいか」
「ま、相棒なら反対はしないだろ」
相棒? 花村はいつの頃かは知らないが、どういうわけか鳴上のことを相棒を呼称することがたまにあった。
何で相棒というのか、初めて聞いたころの俺はそれが気になって本人に問いただしたことがある。友人を相棒だなんて愛称で呼ぶのなんて、漫画の世界でしか聞いたことがない。ハッキリ言ってしまうと恥ずかしい。
なのに、花村は俺の問いに、
「だってさ、俺達はテレビに入れられた人達を助けて犯人を捕まえる仲間なんだぜ。特に鳴上には何度も助けられたからな、相棒って言葉がしっくりくるんだよ」
なんて頭の悪そうな理由にならない理由を述べられた。
呆れてしまい、それからは特にツッコむこともなく聞き流している。
千枝や天城もそれを聞いてもなんの反応も示さないので、特に気にならないんだろう。俺が神経質なだけなんだろうか。今度りせ辺りにこの話をしてみよう、彼女ならきっと俺の言いたい事が分かる筈だ。
そういえば今回はあの一年生組も参加するんだろうか。完二なんかは見るからに勉強が出来ませんってのを全面に押し出した風貌をしているが、厄介なのはどっちかというとりせの方だ。彼女はこれまでジュニアアイドルとしての仕事が多く、学校の勉強に割く時間があまり無かった。これはマネージャーをやっていた頃に知った。あいつはなんだかんだ言って、出来ない問題があると言い訳をしてしまう癖がある。それが原因の一端を担い、意欲を削ぎ、結果が今のりせというわけだ。どっかの誰かの彼女のマネージャーが甘やかしたのが原因だろう。
別に俺は馬鹿を容認できない程狭量じゃない。ただ、常識の無い馬鹿が嫌いなだけだ。なんて言うとお前が言うなとか反論をくらいそうなんだが、とにかく俺は嫌いだ。
例えばさっきのように日常会話を交わしている時に、俺が言った言葉の意味を問うて話の腰を折る女が嫌いだ。千枝とりせもたまーにそういう所があるけど、まぁ、彼女達は例外って事で。
考えがそれたが、とりあえずあの一年生組も誘おう。テストの点数が悪くて夏休みが潰れるなんてこと、学生には拷問のようなもんだ。知り合いとしてはそれを助けてやるのもやぶさかではない。見返りに多少飯を驕ってもらうぐらいだ。
「失礼しまーす。……あっ、大和先輩ー」
「よぉりせ……っと、いちいち抱き着くな暑いんだから」
「お前ェ先輩に迷惑かけんなよな」
「完二はいちいち口うるさいんだから、先輩のコレは照れ隠しなんだから。ねっ大和先輩?」
「そんなもん一度だってしたこと無いだろうが、ねつ造すんな」
噂をすれば何とやら。
教室に入るなり俺に飛びついてきたりせと、それを窘める完二が現れたことによって教室内のざわめきが更に肥大化したような気がした。勘違いではないだろう。
一方はジュニアアイドルとして最近人気急上昇だった久慈川りせ。
もう一方はりせの話題とは正反対の意味で人気な、学校一の不良生徒として有名な巽完二。
そんな二人がいっぺんに来たんだ。それもりせは未だ俺に抱き着いたまま。最近のコイツのスキンシップの多さは、少々身の危険を感じるからもう少し抑え目になってくれても良いんだが。
「ちょうど良い、お前たちに訊きたいことがあったんだ。とりあえずりせはどいてくれ頼むから」
「えぇー、しょうがないなーわかりましたよ。で、訊きたいことって何? もしかして意中の人が訊きたいとかじゃ……もう、こんな所でそれを言わせるなんて、先輩も案外鬼畜?」
こんな所でそんな事を言う君の方が鬼畜なんじゃないかと俺は思うよ。
だってほら、なんかもう千枝と天城が凄い目で俺の事見てるもん。千枝のリアクションは可愛いらしい一面があるからまだましだけど、天城の目なんかあわよくば俺を消そうと計画してるかもしれない目つきをしてる。
早くこのダッコちゃんから解放されないと痛い目を見る。絶対俺にとって良くない事が起きる。
「馬鹿言ってないで離れてくれ、余計な注目を浴びて話が進まないだろ」
「もう、分かってるよ冗談だって」
冗談にしても性質が悪い。りせの冗談にいちいち相手してては精神的にもたない。
嫉妬する千枝は可愛いけど、それも行き過ぎたら単純に嫌悪されて愛想を尽くしてしまう可能性があるんだから。
なのにりせの願いをはっきりと拒絶出来ない俺は、どうやら結構自分で思うよりも優柔不断な人間らしい。こういうのは鳴上が適任な筈なのに、肝心のあいつが居ないんじゃスケープゴートにも出来ない。後で会ったら文句言ってやる。
「それで、大和先輩は私にどんな事を訊きたいの?」
「お前限定じゃないだろうが、先輩はお前“たち”って言ってんだ。勝手に俺をハブんじゃねえよ」
「まあ落ち着け完二。りせも悪気があっての事じゃないんだ、許してやってくれ」
「先輩がそう言うんなら、別にいっスけど……」
自分と同年代だけあってりせの遠慮が無い言動に不満気だった完二を宥めると、以外にもあっさりと引っ込んでくれた。不良じゃないけど、それに近い価値観を持ち合わせているから先輩のいう事には基本的に従うんだなこいつは。
「大和先輩が庇ってくれたー! もうこれは―――」
「―――お前たち、今度の休日は暇か? 暇だよな、よし暇ならジュネスのフードコートでテスト対策として勉強会をするからな。絶対来いよ、それじゃあ俺は用事があるから。じゃっ」
「あっ、おい霧城!」
「ちょっと大和君っ! 訊きたい事がっ」
「ふーん、逃げるんだ霧城君」
「あー、大和先輩どこに行くんですか? 私というものがありながら」
「ちょっ先輩、勉強会って何するんスかっ」
また余計な発言をしそうになったりせを遮って逃亡を図ったが、その結果、背を向けた場所から一部俺を批難する声がしたりするのを無視した。あれ以上留まってたら飽和した何かが決壊するに決まってる。
昔の人は言いました。三十六計逃げるに如かずってな。
※
大和達が教室で一悶着起こしていた頃、鳴上悠は学校の屋上に佇んでいた。
考え事があると彼はいつも空が良く見えるこの場所で思考を重ねては時間を消費している。時折仲間の前から姿を消しているのは大抵がこの場所に居るからである。
思慮深い彼は今回、ある一人の仲間について考えを巡らせていた。
―――霧城大和。
五月にこの町へと突然現れた彼を、悠は自分と状況が色々と符合する所があり始めから親しみを感じていた。
初めて大和を見た印象は、少し影のある男だった。
自分も被害を受けた、今は亡き担任教師のイビリをなんの反応も示さず淡々と自己紹介をしていた。
その後、千枝が積極的に話しかけたのが縁となって友人になったが、悠はどこか大和から壁があるのを感じていた。
他愛ない会話をして笑っても、相槌を打っている時も、大和の笑顔はどこか作り物のような気がして、悠はそれがとても気になった。
どうしてそんな笑顔を作るのだろうか。
一度湧いた疑問はその場で解消してしまうのが性質の悠ではあったが、その時に限りどうしてだかその気にはなれなかった。
いまにして思えば、多分あの場で疑問を口にしてしまったら大和はこの町から去っていたかもしれないから。考え過ぎだとは思ったが、最悪でも彼との接点を失う事になるかもしれないとは思っていた。自分の事を殆ど話そうとしない彼の事だから、必要以上に深入りすると名にある通り霧のように消えてしまう気がしていたのだ。
どういうわけだか、その後はどんどん感情を露わにすることが多くなり、人見知りをするのかとも思っていた。
そして、巽完二を救出する時、悠は非常に驚いた。
自分らだけだと思ったペルソナ能力を大和は有していたのだ。しかも、その力は仲間の中で誰よりも優れていた。
青の部屋に棲むイゴールは自分の事を“特別”だと言っていたが、大和の力を見た瞬間、特別にふさわしいのはこの男の方に違いないだろうと思った。それ程に圧倒的な力で完二のシャドウを圧倒していたのだ。
陽介や千枝、雪子はあの時、自分らも貢献しての結果だと思っていたが、悠はそうは思わなかった。なぜなら大和は力を出し切っていないと分かったから。
無貌の神々しい大和のペルソナは、絆によって複数のペルソナを持つ悠をしても異様の一言に尽きる。これまで召喚したどのペルソナにも似つかず、全く別のような存在に思えた。
そのペルソナの正体が気になり、トコタチという名前を調べてはみたが、しっくりこなかった。大和のペルソナは、まるで名を借りているような気がした。
より一層深まった疑問は、最近になって解けつつあった。久慈川りせを救出する際に彼が発した言葉によって。
“ワイルド”
悠と同じアルカナを持っていると、大和はあの時言っていた。
それを嘘だとは、悠の直観は言っていなかった。何より、ワイルドという単語をあの場で出せる者が嘘を言っているとは思えなかったのだ。
一つは、悠をワイルドだと断定していた事。
これは悠以外にはイゴールとマーガレットしか知りえない事であり、大和や他の仲間達が知っているわけがないのだ。
二つは、ワイルドの特性を知っていた事。
りせのシャドウとの戦いで、大和は悠に複数のペルソナを活用して活路を見いだせと言っていた。一つ目の理由だけなら、鎌をかけていた可能性がわずかに存在していたが、特性を知っていることで確証へと変わった。
「ふぅ、参った。りせの奴ホント最近はテンションが高すぎて参るわ」
屋上の扉が開くのと同時に、営業に疲れ切ったサラリーマンのような苦労のにじみ出る聞き覚えのある声色が聞こえ悠はとっさに振り返った。
やはり、と言うべきか。屋上に足を踏み言えてきたのは、悠の中で最優先事項の渦中に立っている霧城大和だった。
「おっ……なんだ鳴上。こんな所に居たのかよ、探してなかったけど丁度良いや訊きたい事があったんだ」
「丁度良い……か。俺も、霧城に訊きたい事があったんだ。コッチから先に質問しても良いか?」
大和の事を知るなら今の機会を逃す手はない。
おあつらえ向きに屋上には二人を除いて人の姿は見当たらない。秘密の話をするにはうってつけの場である。
悠の真剣な眼差しを受けて、大和はこれからされる質問がいつものような下らない冗談ではない事を悟り、丸くなった背を真っ直ぐに伸ばす。
来るときが来た。そんなふうに大和は覚悟を決めていた。
「りせを助けた時に霧城は言ってたよな、俺もお前と同じワイルドだって。嘘をついてると疑ってる訳じゃない、ただ、どうしてもっと早くそれを言ってくれなかったんだ? 俺は、本当の事を言って欲しい」
「…………」
長い沈黙が二人の間を漂っていた。
悠が言いたい事は言った。本当の事を言って欲しい。大和はまだ自分たちに打ち明けていない重大な秘密を抱えているに違いないと、そう思ったからこそ正直に真っ向から切り出した。
絆を力の源とする二人のワイルド。
一方は全てを信じようと受け入れ、一方は全てを疑い包み隠そうと殻にこもっている。対照的なこの二人は、それでも同じ起源の力を持っているとは、これを皮肉と言わずなんと嘆こうか。
「……霧城、教えてくれ。俺はお前を信じる。これまで何度も助けてくれたからこそ、その恩に報いたいんだ」
正直な話、これまでの全ての戦闘を振り返ると、陽介、千枝、雪子の三人のシャドウとの戦いはそれほど悠にとっては苦ではなかった。
目覚めたばかりの力でまだ満足に力の振い方をしらなかったにも拘らず、上記の三人との戦いで命の危険を感じる事は無かった。それまではどこか心の隅で余裕の二文字が根付いていたのを、悠は否定できない。
自分が居ればどうにかなる。他の人とは違った力がある自分なら、きっとみんなを助ける事が出来ると、慢心していた。それを悪と断じるつもりはないが、決して許容できる感情ではないのは明白。慢心は心を腐らせる、甘い毒に近い。
だからこそ、初めて感じた命の消滅に対する恐怖にどうする事も出来なかった。完二のシャドウが振り落とそうとした雷を前に聞こえたイゴールの声にも、とっさに悠は反応出来なかった。
「あの時、俺は初めて死ぬかと思った。いや、初めてシャドウを見た時も同じように感じたけど、それ以上の“現実味”を帯びていたんだ」
「普通……高校生はそう感じるに決まってる、それはなにも悪い事じゃないだろ」
「だけど、霧城は違った」
そう、目の前に立つ彼は悠にとって正に無敵の化身のようだった。
強大な敵を前にしても身震い一つせず、泰然として不敵な笑みを常に携え、きっと彼ならどうにかしてくれると安堵させる何かがあった。
いつだったか口に漏らした『お助けキャラ』という役職が実にしっくりと違和感なく納得が出来た。
仲間のピンチになったら必ず助けてくれるお助けキャラ。ゲーム上では一番の力を有しながらも、決して表立たず、先頭に立たず、困った時にだけ助けてくれる。そんな物語でしかありえない存在。
「あんなにも圧倒的な力をどうして持っているのか、どうして俺達を助けてくれたのか」
「……仮にも友人……知り合いを見捨てる程俺は薄情もんじゃないからな」
「そんなお前が、俺と同じアルカナ……ワイルドだと知った時は驚いた。というか、どうして俺がワイルドだってことを知っているのかも驚いた」
「ま、そうだよな驚くに決まってる、疑惑を持って当然だ。あの時は緊急だったからな、お前が居なかったらヤバかった」
敵の属性、特性、弱点を丸裸にしてしまうりせのシャドウは間違いなくこれまでの戦いの中で一番の強さを誇っていた。
火力が強い完二のシャドウとは違い、戦略的な戦い方をするりせのシャドウは、これまで力押しに近い形で勝ってきた彼らにとって間違いなく、初めてのやりずらい相手だった。しかも、大和がりせにかけた言霊が発動中だったのもあって、凶悪さに拍車が掛かっていた。
「あれは鳴上が居たからこそ勝てたんだ。俺では無理だ」
感覚的にそれは嘘だと悠は感じた。
なにかを隠している。そうしなくちゃいけない何かがある。
「話が逸れたな、いい加減教えてくれないか?」
「…………」
再び、大和の口が……真実を吐く事を許されない『呪い』を受けた大和の口が、紡がれた。
大人しく全てを白状するべきか、しかし白状を許さない呪いはどこまで自分の言葉を制限するのだろうか。これまでの経験では、直接イザナミに関わる事案を言おうとしたときに呪いは発動した。呪術を用いた口封じは、たとえ大和をもってしても打ち破ることは出来なかった。
ならばせめて話せるだけは話さなくてはならないと、そう大和は己に言いつけた。
自分からわざわざ言わなくても良い事を悠に言ったのだ、撒いた種が育んだ疑念の芽は自分が刈らなくてはならない。
「……わかった、俺が言える事を“出来る限り”教えよう」
「本当か……っ?」
「ここで嘘を吐ければいいんだが、どうやら鳴上にそれは通用しそうにないからな。それと、始めに言っておく、これはまぁガイダンスみたいなもんだと思ってくれればいい。よく聞いてくれ」
「ガイダンス? 何を言いたいのか分からないが、とにかく聞こう」
大和の真摯な言葉を受けて悠は固唾を飲んだ。
これから話されるのが、どんな荒唐無稽な話だろうと信じよう。既に自分はそんな信じられない事件の最中に居るのだから。
「まず、俺はある理由で全部をお前に話すことは出来ない、それが第一前提だ」
「わかった、でも―――」
でもいつか、それは話してくれるのだろう?
と訊こうとしたが、反論を許さぬように間髪入れずに大和は話を継ぐ。
「第二に途中で俺が気を失っても取り乱すな、十分にあり得るからな。倒れても千枝達には事情を伏せてくれ、これは今の所お前にしか話さないつもりだ」
「…………」
無言で頷く。
大和の顔つきが間違っても冗談の類ではないのだと物語り、悠も真剣に聴くべく心の準備をし始めていた。
「それと最後だ。どっちかって言うと、これは俺のお願いみたいなもんだ……。何を聞いても、自分の中にある絆を疑うな。それはお前“だけ”の力だ」
絆。それは暗に大和自信を疑うなとも聞き取れるが、彼の口ぶりとその表情から悠が察するに彼自身が勘定に入っていないように思えた。
普段ならばそれは違うと主張するが、もはや悠にはこれから打ち明けられる話へ心が向き余分な発言をする時間も、余裕も残っていなかった。
だから、ただ頷く事で、悠は大和からの信頼を勝ち取ろうとした。せめて真摯な態度で、彼の望むままに居ようと。
「まず、始まりはこの町に来てからだった―――」
こうして、霧城大和による一世一代の大博打が始まった。
※
七月十七日 日曜日(雨/曇)
――――ジュネスフードコート――――
「どうしてこんな所で勉強してるかだって? そんなの花村の無計画さが招いたに決まってるじゃん」
時は冒頭へと戻り、何故このような状況になっているのかを簡潔に、解りやすく千枝が俺に説明してくれた。
最近、りせ絡みで色々と悶着だらけだったから、ちょっと俺への態度に棘があるような気がするのは気のせいだと思いたい。いや、ホントマジで。
千枝の為なら七つの球を集める旅に出ても良い。あわよくば千枝のパンティおくれとか言ってしまう勢いだ。
好かれている内は余裕を持てるのに、いざそれが危機に瀕するとコレだ。俺含め、男って人種がいかに浅ましく馬鹿な存在なんだとよく分かる。
「おま、里中っ、俺のせいにするつもりか!」
「あんたのせいだから言ってんでしょ! なんで雨降ってんのにあたしらみんな外で勉強してんのよ、他に人居ないじゃん!」
「確かに人、居ないな」
「うん、居ないね人……人っ子一人居ない……人っ子、独り……プフフッ!」
しとしと降り続ける雨はそれ程の強さは無く、どちらかといえば小雨の部類だった。だが、それだからといってもここは野外。しかも屋上のフードコートだ。誰がすき好んでこんな雨でジメッとする休日にこんな場所へと来るだろうか。
こういう日は自室でゆっくりクーラーにでも当たりたい。というか天城、お前は何処までも突き進むんだな。そのブレーキの壊れた列車に乗ったまま、笑いの境地へと。
「いつも思うんスけど、天城先輩って笑いの沸点がおかしくないっスか?」
「諦めろ完二。考えてもこの謎は絶対に解けないから、始めからこういうもんだって割り切れば何とかなる」
「だって霧城先輩も見てくださいよ、あの人自分で発言した言葉でツボに入ってんスよ」
これは天城の病気であり個性なんだ。俺は個性を大事にする男だから、それを咎めるなんてとんでもない。
将来彼女と付き合う彼氏は、オカン級の寛容さとタフガイ並みの根気を持ち合わせた人間じゃないとやっていけないだろうが、きっと何とかなるだろう。多分、鳴上なんかが案外やってくれそうだその役。
いつか来るであろう将来に思いを馳せながら止む様子のない空から降る雨を眺めていると、俺の隣に陣取っていたりせが不意に腕を組んできた。代替品の存在しない不思議触感が、俺の腕に惜しまず押し付けられ男子高校生代表として歓喜の声を挙げそうになるのを鋼鉄の理性でもって押さえつける。
千枝には見られてないよな? よし、大丈夫だ。花村との言い争いでコッチには意識が向いていない。
「もーう完二はいちいち細かいのよ。大和先輩が諦めろって言ってるんだから、大人しく諦めればいいの。まったく、そんな見た目してんのになんでそんな細かいの? 裁縫とか編みぐるみとか」
りせ、余計なことを言うな、というか行動にもしないで欲しい。口に出して言いたい所だが、それじゃありせとは反対に隣席している千枝にばれてしまう。
俺のそんなささやかな願いは、しかし完二という男によって無残にも散ることになってしまう。
「んなっ、見た目はかんけーねえだろが! おめぇこそ、いつまで先輩にべったりくっ付いてんだ! さっさと離れやがれ!」
藪蛇ってのは藪を突くから出てくるのだろうか。こういった場合、俺はなんの手出しもしてないんだから藪から蛇は出てこない。ならば、今回は単に道を歩いていたら突然草むらから蛇が現れエンカウントしてしまったんだろう。
真正面のりせに痛い所を突かれて図星った見た目不良な完二は、身を乗り出して子供が見たらトラウマが心のスキマに住み着くような形相でりせに喰ってかかった。
なんつうか、お二人は仲が良いな。あれかな、年が近いってのがあるからだろうか、りせも言動に遠慮が無い。もともと素の状態では殆ど無いが、それにしても無さすぎる。こうも人と面向かってその人の弱点を批判するとは肝が据わっている。あの事件が彼女を変えたんだろうか。だとしたらせめて彼女自身が良い方向へ行っていると思う方へ進んで欲しい。自分勝手に巻き込んだ俺が安心したいだけの、独りよがりなんだがな。
これ以上二人を放任してたら勉強が進まないな。仕方ないから横やりを入れさせてもらおう……って思った矢先。
「あー! りせちゃん、どうしてそうベタベタ大和君にくっ付くのよ。夏なんだから暑いでしょ、離れなさい!」
「ち、千枝……さん?」
ばれちまったよおい。思わず敬語になってしまったじゃないか。
あっ、その視線冷たいっス。暑いのに凍死してしまいそうです。流石は凍りの魔法を使うペルソナを持つだけの事はある。ブフーラが籠った視線に、俺の心が凍結しそうだった。
これほど殺気だってる千枝に凄まれ、さらに完二までいるっていうのに当のアイドル様はそんな事は気にしないって感じに、より一層俺との肌接触の面積を増やしてきやがった。
「えぇー……りせ寒がりだから、いつでも先輩にくっ付いてないと寒くて凍えちゃうんです。ね、先輩?」
こいつ……実はあの時キスしたのを良いように勘違いしてるんじゃないのか? って邪推してしまう。
以前とは違って俺に依存しているわけではないってのは分かるが、何か違うものを拗らせてしまったのではないか、判断を誤った気がしてならない。
事実が明るみになった時、果たして俺は生き残れるのだろうか。
「んなの嘘に決まってんだろ、つーか猫被ってんじゃねえよ、そうですよね先輩?」
「どっちなの大和君!? 答えによってはハッキリとさせたい所なんだけど………………それとも、女の子の温もりが欲しいなら、その……あ、あたしでも」
完二、お前はなんかちょっと恐いぞ。身の危険を感じる。もしかして林間学校の時も俺の事を……。
男の情念なんぞに意識を向けるのも嫌なので目線を逸らせば、千枝と目が合う。目と目が合う瞬間以前から、好きだとは気づいているがそれにしても膨れっ面が可愛い。頬を張りすぎて赤みがかったのがこれまたイイ。大丈夫、君が言いたい事はちゃんと聞こえているよ最後まで。
何秒か目で訴えてくる千枝と見つめあっていると、左腕の感じる触感が更に荒々しくなって己の存在を主張してきた。花村がなんか悶えるような声を上げているのが聴こえるが、この際それは無視させていただこう。
「おい鳴上ィ、見てみろよ。里中がりせちーに張り合ってるぞ」
「仁義無き、女の戰い……REC」
「千枝……頑張って。最近、霧城君じゃ……って思ってるけど、私は千枝の味方だからいつまでも応援するよ」
野次馬が俺達を肴にして盛り上がってきた。勉強はどうしたんだよお前ら、特に花村。
この企画はお前が立案だろ。雨が降っていた早朝、どうするかの連絡をしたら「どうせ昼には止むだろ、大丈夫大丈夫イケるって」とか無責任全開で集まったのに、全然進んでないじゃんか。だから千枝に説教されるんだお前は。
どこからか取り出したビデオカメラを掲げて鳴上がまたボケた事を言い、天城がさりげなく俺を貶すような事を言いつつ千枝に味方する。最近出来上がった構図だ。というか鳴上、後でそのビデオカメラ見せてみろ。中の動画が菜々子ばっかりだったら通報するぞ。
「ちょっと完二近づかないでよ、私と先輩の愛を裂こうっていうの? ていうか、マジで怪しいんだけど……もしかして先輩の事、狙ってるの?」
「なっ、ななななななに言ってんだお前! お、お俺が先輩とだなんて……シメんぞごるぁ!」
「なんで普通に自分が狙われるとは思わないのか、俺は問い詰めたい」
りせまでもが完二をアッチの趣味のお方だと疑っている。これはもう避けようがない事象なんだろうな。
「だってなんか完二が大和先輩を見るときの目って、アイドル時代に居た男のメイクさんが、お気に入りの男性アイドルにメイクするときと同じ目をしてるんだもん」
なんだよその具体的な例えは、ちょっとぞわっとするだろうが。
とはいえ、このまま完二を放置すると少々可愛そうな気もしないではない。こいつは単に俺を慕ってくれてるだけなんだから。
だけど、千枝をよろめきドラマに出てくるヒロインみたいな状態にもしてはいられない。その内みんなの前でとんでもないことを口走りそうだから。それにりせがくっ付いた状態をまだ解除出来ていないから、篝火が再燃されては困る。
収拾がつかなってきた。
りせは俺にべったり状態で完二と千枝を挑発してるし、それを処理出来ない二人は熱くなってるし、花村は馬鹿だし、天城はツボに入ったり俺に殺気を送ったり忙しそうだ。
唯一、楽しげに傍観者を気取っている鳴上を見やる。
相変わらずビデオカメラで思い出制作中の鳴上が、俺の視線に気が付いてこっちを向いた。
互いに目線を交わし瞬きの回数と表情でやり取りをし、合図の後取るべき行動の打ち合わせを終える。
「もういい加減に勉強を再開するぞ! このままじゃ花村と完二とりせの夏休みが無くなっちまうぞ!」
「天城は俺と一緒に完二とりせの勉強を見てくれ」
俺が声を上げ、即座に鳴上が天城に割り振りを打診する。
「花村は俺と千枝が何とかするから、そっちの一年組は任せたぞ鳴上、天城。ほらりせ離れろ、お前はアッチだ」
「えぇー!! なんで、先輩は私を見てくれるんじゃないの?」
「天城は一年からこの学校だし勉強も出来るから、一年生のテスト傾向を見るならそっちのが適任だ。鳴上も要領が良いからテンポよく勉強が出来るだろう。ほら、さっさと行かないと夏はお前だけ学校通いになっちまうぞ」
「ぶぅー、分かったけど……その代り夏休みはちゃんと私と遊んでよ?」
渋るりせを宥め約束を交わした。安易だなと思うが、彼女の頼みを断れない甘い俺が居るのを否定できなかった。以前は贖罪から生まれたが、今ではそれも変質し違う何かに変わっている。
気を取り直して俺は花村を呼び寄せ、千枝と二人でこの能天気男が夏を乗り切れるようにしなくてはならない。
そのためには……。
「さぁ! それじゃあクイズ大会を始めようか!」
「またかよ! 前回も同じだった気がするぞ」
「あはは……そういえばそんな事もあった、よね」
クイズ大会とは。
俺が転校したての頃に迎えたテスト対策の為に、図書室に集まったのをきっかけに生まれた勉強法である。
真面目に勉強を教えるのに飽きた俺が、楽しく、かつ為になる方法を考案した結果うまれたのがこれである。勉強嫌いな花村も、このゲーム形式のやり方を執ればなんとか赤点は回避できるだろう。
千枝はあの頃を思い出して何やら気まずそうに顔を赤くして俯いていた。図書室で暴れたのを思い出して気にしているのだろうか。
「文句はテストの結果が出て赤点だったら聞こう! 第一問!」
「横暴だー!」
「喧しい! あ、千枝も参加するんだぞ」
「えっあたしも!?」
「当然だ。全問正解したら、賞金として俺が一回だけ何でも叶えてやろう……出来る範囲で」
そう言った瞬間、千枝の圧というか、密度というか、重力場てき防壁のようなものが高まったような気がした。戦闘力を図るゴーグルとかあったら確実に上昇中だろう。
そんなに離れていない、というかとなりのグループに居るりせが「そんなのズルい!」とか言ってるが、一回ぐらい見逃してほしい。
「それ……本当、だよね? 嘘じゃないよね? ううん、大和君は本当の事を言うべきだよ、言いなさい、言って、言え……い・え」
ご、五段活用っ!?
なにが千枝をそんなにも奮い立たせるんだ。今の彼女からは“凄み”を感じるぜ。
縛鎖の視線から逃れようと花村の座る方へ視線をやると、彼は全力で首を明後日の方へとやって目を逸らしていた。そんなにも、いまの千枝は怖いですか分かるけど。
「ち、千枝? 俺は嘘は言ってないぞ、出来る範囲なら叶えてやるから……な? 落ち着け」
ポンと肩に手を当てて囁くと、風船の空気が抜けるように、彼女の中で蠢く欲望の渦が霧散していった。
未だりせが「それじゃあ万が一があったら確定しちゃう!」とか言ってるが無視。すまないりせ。後で存分に遊んでやるから、前にせがまれた悪いプロデューサーに騙されるかわいそうな美少女アイドルごっことかやってあげるから。
「ご、ごめん大和君……なんかいまあたし、ちょっとぼーっとしてたみたい」
「そうだな確かに
「うんっ! 任せて、絶対に全問正解するから」
「気は乗らないけど、これなら楽しめるし、もしかしたら全問行っちまうかもしんないな。オーケーバッチ来いや霧城」
やる気は充分あるようだ。
それでは俺が今回考案した問題を出題しよう。
「―――第一問!」
いつの間にか空に漂っていた雲が裂け、太陽の光が差し込んでいた。
花村の言った通り、少々時間はずれたものの晴れたようだ。まあ及第点だろう。テストなら赤点は回避できるだろう。
問題を口にしようとして、ふと熱い視線が突き刺さっているのに気が付いて見れば、りせが真剣な眼差しでこちらの問題を聞こうと聞き耳を立てていた。
天城はそれに気づかず、しっかりと完二に勉強を教えていた。
そして鳴上と目が合う。
秘密を出来る限り打ち明けた……俺が初めて友人と言える人物になった男。
何を考えているか分かんない時が多いし、ちょっと言動がクサかったり熱かったり、いろんな面を持つ俺とは真逆の人。なんでも持ってるからこそ惹かれたのか、何も持たない俺が妬んだ結果なのかは知らんが。
せめて終わりが来るまでは、友達として共に在ろうと思った。
だから、俺はそれまでやりたいようにやる。
例えば、こんな問題を言ってみたり―――。
「―――奈々子ちゃんが髪を縛る時につけてるリボンの色は!?」
「ピンクッ!」
四か月も更新が遅れた事をここでお詫びします。
予防線に不定期更新タグをつけておいて良かったと思ったり思わなかったり。
次も、すぐに更新できるかは分かりませんがお楽しみに。