ペルソナ物語4~ポケットが真実でいっぱいいっぱい~   作:琥珀兎

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話が進むにつれて段々とちぐはぐになっていく主人公です。
でも、それが人間性です。


第二話:『呪い』の定義

 昨夜夢の中で起きた事件が原因で、大和の機嫌は最高に最悪だった。

 謎の存在によって付加された能力、それはその者からしても予想外の事だったらしく、結果的に大和がやりたい放題出来ないように『呪い』という形で制限をかけたのだ。

 あの時大和が感じ取った感覚ではかけられた制限というのは、『答えに辿り着けない』という制限。

 あの霧は『決して真実に辿り着けない』と言っていた。これが何を意味するのか、今ところは何もわからない。どういった意味で真実なのか、定義付けるには範囲が広すぎるのでそれはこれから試してみないと分からない。

 

 

 

 

 全くもって遺憾である、なんで俺がこんな目に遭わなくてはならないんだ。

 大体、アイツは勝手すぎる。いきなり俺の前に来ては訳もわからんままに勝手に力を押し付けて、都合が悪くなっては『やっぱり返して欲しいけど出来ないから呪うわ』みたいな事をのたまっては俺に嫌がらせをする。行動が完全に訪問販売の悪徳セールスじゃないか。

 絶対にぶん殴ってやる。おおきく振りかぶって殴ってやる。右ストレートでぶん殴る。

 

「……起きるか」

 

 このまま布団の中でウダウダ恨み言を言っていても仕方ない。

 今日から学校が始まるのだから、初日から遅刻なんかしてクラスから注目を浴びるなんてことは勘弁願いたい。

 俺は、そうと決まれば、なんて呟いて布団から一気に出て立ち上がる。暖かい布団の中から急に出たので、パンツ一枚の下半身はやはり寒い。でも、これでいい。でないと眠気が無くならないから。

 寝起きがあまりよろしくない俺はこうでもしないと、また寝たくなってしまうのだ。

 欲求には勝てないってわけだ。

 

 いつまでも半裸でいる趣味はないので、キャリーバッグの中から転校先である学校『八十神高校』の指定制服を取り出す。

 黒を基調とした学ランタイプで、詰襟の所がやけに長いのが特徴的である。その詰襟だけ色が違い、チェックになっている。それに縫い合わせの部分に、ミシンで縫った糸みたいな柄を意図的に白で目立つように施してある。

 ステッチって言うんだっけ、なかなかどうしてカッコイイ。

 手早く制服に身を包んだ俺は、居間に向かった。婆さんに朝の挨拶をしなくては。

 

「……おはよう」

「はいおはよう。……ってあらら、どうしたの大和くん? そんなしかめっ面して」

「ちょっと……夢見が悪くてね。気にしないでくれ、そのうち治るから」

 

 どうやら俺の顔は一目見てわかってしまうほどにあからさまらしい。一発で見抜かれてしまった。

 居間では婆さんが準備したのか、何とも美味しそうな料理が並んでいた。

 白米、鯖の煮付け、キュウリのぬか漬け、冷奴、豆腐の味噌汁。と、何とも俺の食欲を増大させるメニューである。                形状/四……ええいウザったい目だな本当に。

 

「おおー美味そうだな、見てるだけで腹が減ってくるよ」

「ふふ…そう言ってもらえると、こっちとしても嬉しい限りだねぇ。さあ、冷めないうちに食べちゃいなさい。今日から学校なんだから、力を付けなくちゃね」

 

ちゃぶ台に着き手を合わせる、食事に関するマナーはちゃんとしているつもりだ。

それでは。

 

「いただきます!」

「はい、召し上がれ」

 

 勢いよく、しかし礼儀正しく食べる。この相反する行為を体得するのに五年の歳月が、なんてことはなくごく普通に飯は頂いた。

 

 …………御馳走様でした。

 

「じゃあ、行ってきます。帰りは夕方になると思うから、その後店の事とか手伝うよ」

「はい、気をつけて行くんだよ。車に気をつけてね、お店は急がなくても大丈夫だから」

 

 店がある場所から家を出る。ほかにも裏に玄関があるんだが、こっちからの方が学校に行くには近いので利用させてもらう。

 出るときに婆さんが心配そうに俺を見ていた。そんなに危なっかしいのだろうか俺は。

 

 表に出ると同じように制服を着た学生がチラホラ歩いていた。

 その流れに乗るように、俺もまた学校に向かって歩き出す。

 

 

 

 

 

 学校に行くまでの道中、特に何もなく無事に到着する。

 なんだか学生が『マヨナカテレビ』なる噂話をしていたぐらいだ。

 内容は……、聞き入るまでもなく分かってしまった。つくづくこの力は労力というものが必要なくなる…便利といえば便利なのだが、なんだか模範解答を見ながらテストを説いている気分だ。

 現時点では答え自体は分かるから、『呪い』とやらもそこまでは干渉しないって事だろう。

 もしかしたら、そこまでキツイ縛りではないのかもしれない。

 

 ――――八十神高校――――

 

 校門を通り抜け、昇降口で他愛のない会話をしている生徒たちを横目に、俺は足早に職員室へと移動する。

 途中、なんだか複数の視線を感じたが気のせいだろう。そっとしておいてくれ。

 気を取り直して、職員室の扉に手を掛け開ける。

 

「失礼しまーす、転校生の霧城大和です」

 

 職員室の中はどこに行ってもやはり変わらない。

 教師の机の上は雑多で片付いていないし、冷め切った珈琲は放置してあるし、やはり土地が変わっても人は変わらないんだな。

 あ…誰かコッチに来る。なんか出っ歯で七三で嫌味ったらしい顔をしたおっさんだ。

 

「お前が転校生か? 名前は?」

 

 おいおい、今さっき俺が言った言葉は聞いてなかったのかよ。

 まあいいさ、俺は心が広い、今朝からすこぶる機嫌が悪いけどそれでも俺は優しいから一度は言うとおりにしてやろう。

 

「霧城大和です、今日からよろしくお願いします」

「…ふんっ、どうやら偽物ってわけじゃないようだな。良いだろう、私が貴様が入るクラスの担任である諸岡だ。せいぜい大人しく過ごすことだな、ここは爛れた都会とは違うからな」

「……肝に銘じておきます」

 

 不遜な態度のこの最悪な性格の教師はどうやら諸岡と言うらしい。

 生徒に対しての行き過ぎた横柄な態度、自分が正しいと主張してやまないタイプの人種だな。

 全くもってついていない。こんな奴が担任のクラスで過ごさなくてはいけないなんて。

 俺の返答にもなんだか気に入らなかったらしく、未だに不満そうな顔をしている。

 

「まあいい、着いてこい! これからHRを始めるから、その時にでも貴様を出す」

「…………」

 

 諸岡が先行して、乱暴に職員室を出る。

 もうこの男には何を言っても不満を垂らすのだろう。だったらこっちもそれ相応の態度を取らせてもらうか。

 ズンズンと進む諸岡の後を大人しくついていく――そういえば昨日ジュネスに居たあの男女の集団、あれも同じ学校の連中だったし、もしかしたらどこかで合うかもしれないな。

 服装は休日だったから私服だったけど、俺の眼はそんなの関係なしに見通してしまうからなあ。

 ……自分にとぼけても意味ないか、なにを小芝居してるのやら俺は。

 

 校舎中央の階段を上って右手に曲がったところにある教室『2-2』と書いてあるプレートから察するに二年の二組なんだろう。

 その扉の前で俺は現在つっ立っている。諸岡が教室についた時に「貴様はそこで立って待っておれ!」なんて言うから、待っているわけだが――。

 

「転校生その2! さっさと入って来い!」

 

 なんだよそのネーミング。

 普通に呼ぶこともできるというのに、つくづくこの男は……もういいや何か時間と体力の無駄な気がしてきた。

 俺は指示に従って教室の中に入る。

 まっすぐと進み諸岡の隣に立ち、教室内を一望する。

 男達はある二人を除いて興味なさそうな感じである。

 女達もある二人を除いて……なんか凄い見られてる。

 というか目線が、目力が凄い。視線に攻撃力があったら確実に俺を刺し殺すことができるだろうってレベルだ。

 女子連中の視線に気がついたらしい諸岡は、またも顔を歪めて俺にさっさとするように催促をする。

 

「名前を黒板に描いて、さっさと自己紹介しろ! 都会の落ち武者その2が!」

 

「……霧城大和です。ヨロシク」

 

 素早く黒板に名前を書き、簡潔に、わかりやすく、それでいてシンプルにテンプレートな自己紹介をした。

 やっぱり人間無難が一番だよな。ここで諸岡に仕返しがてらに言い返してもいいのだが、それで俺のクラスでの立ち位置が近寄りがたい人になってしまっては後々面倒になる。

 ――改めて教室を見渡す。

 

 花村陽介――こっちを驚いた顔をして見ている。田舎町に退屈して、刺激と、それに乗っかる大義名分に一度は心が負けた男。

 

 里中千枝――なんだか同情の念が篭った目で見られてる。自分より優秀な親友に嫉妬し、そんな親友が自分を頼りにしていることに優越感を感じてしまった女。

 

 天城雪子――なんだか自分の世界に入っている。あらかじめ決められた人生のレールに厭忌していたが、勇気がなく、いつまでも救ってくれる誰かを待っていた女。

 

 鳴上悠――何を考えているのか分からない顔でこっちを見ている。都会から来た転校生で、絆を何より大事にする男。

 

 パッと見で昨日のメンバーの情報を視取る。

 やはり、鳴上悠って男がこの中での実質的なリーダーなんだな。

 四人の観察をしていた俺を、諸岡は勘違いしたのか怒気混じりに責める。

 

「貴様ー! 今、女子をイヤラシイ目で見ていたな!?」

「……そんなことはありません」

「言い訳無用! 貴様の名前は腐ったミカン帳に刻んでおくからな! わかったか!?  わかったならさっさと席につけ!」

 

 なんという言いがかりだ。

 それに腐ったミカン帳って、なんだそのノートは。あれか? そのノートに名前を書かれると毎朝家のポストに腐ったみかんが届けられるのか?

 当の諸岡は立派な出っ歯を俺に向けながら、座席に指を指している。……立派な出っ歯て、なんかいい感じに韻を踏んでるな。

 どうせ何をしたって同じ事の繰り返しだ、達磨を倒すには破壊するしかないってぐらいに手段が限られてくる。

 大人しく俺は不満な顔をしながら指定された席に腰掛けた。

 となりには先の少女、里中千枝が座っている。そしてその奥には、鳴上悠が。

 

 里中は席について早々、俺に声をかけてきた。

 

「災難だったねー、アイツモロキンって言うんだけど、最悪でさー。君も気をつけた方がいいよ霧城君」

「なるほど…諸岡だからモロキンか、なかなか良いセンスだ」

「あー、もしかして君もちょっとずれた感じの人っだったりするのかな?」

 

 なんだか心配そうな表情の里中は、頬を軽く掻く仕草をしながらに言う。

 ワザとズレた返答をしてみたが、やはり里中はこういう系の人種は嫌いじゃないけど、これ以上増えたら面倒という感情がどこかにある。

 ここは――。

 

「…冗談だ、モロキンについては俺も気をつけるよ。余計な事して無駄に面倒な目には会いたくないからな。……それより、名前、聞き忘れてたな」

「あ、そっかコッチが知ってるのにソッチが知らないのはフェアじゃないよね? アタシは――――」

 

「――こらそこ! ホームルーム中は私語を慎め! 減点するぞ!」

 

「うわヤバ……!」

 

 こそこそと話していたのをバレた俺たちは、当然モロキンに咎められ怒られた。

 大人しくなったのを確認して話に戻るモロキンの目を盗んで、千枝がコッチに小さな紙切れを寄越した。

 何が書いてあるのか、それを開く前に当ててしまっては野暮ってもんだ。だから、俺はその紙に何が書いてあるのか気になって開いてみた。

 紙にはこう書かれていた。

 

『アタシは里中千枝! これからよろしくっ』

 

 

 

 

 授業が始まって俺は再度思い知る、この能力に。

 授業内容が簡単過ぎるのだ、例えるならりんごを指差して「これはなんだ?」と聞かれて、当たり前に「りんご」と答えるほどの単純にして明快のように頭の中に浮かんでくるのだ。

 

 ――――だからこそ、わかっていた。

 

 マヨナカテレビとは人の願望で、望みであり、願いを形にした一種のシステムなのだ。

 誰かが誰かを、もっと見たいと知りたいという知識的欲求を限定的に叶える願望機器。

 実際にマヨナカテレビを見ていないから、確かな情報を取得出来ないが十中八九そうだろう。見なくても話を聞けばわかる、眼だけが俺の力ではないのだから。

 そうなると、この町で起きている一連の連続怪奇事件とマヨナカテレビは密接しているだろう。

 もしかしたら誕生日でもないのに『呪い』をプレゼントしてくれたアイツは、俺がこの事件を引っ掻き回すのを阻止したかったからなのかもしれない。

 【真実】に興味はないが、今まで出来た事が勝手な都合で急に出来なくなるっていうのは息苦しい。

 こうなったら意地でも、全貌は分からないが、この『呪い』解かせてもらう。

 そのためには、マヨナカテレビと恐らく一番近い位置にいるだろう里中達のグループに混じって探っていくしかないだろう。

 ちょうどあいつらは事件を探っているらしいし、それ関連でどうにかして仲良くならなくては。

 

 決意を新たに、一つの目的目指して進む。

 

 チャンスは意外と早く訪れた。

 授業が終わったあとの休み時間、席で手持ち無沙汰にしていた俺に隣から里中が話しかけてきたのだ。

 

「ねえ、霧城君って、ここにはいつ引っ越してきたの?」

「昨日だ。昼頃に下宿先で挨拶して、その後町の土地勘を掴むために色々見て回って居た」

「そっか、昨日来たばっかなんだね。それで、この町には慣れそう? 色々見て回ってたらしいけど、わからない所とか行きたい場所があったらアタシが教えてあげるよ?」

 

 笑顔で話す里中は、なんだか楽しそうだった。

 彼女が笑うと、まるでひまわりが咲いたような、そんなありもしないヴィジョンを幻視してしまう。

 内に潜む内面が一体化しているような、そんなありもしない事を考える。

 

 気を取り直そう。里中を起点に、全員との仲を進展させるんだ。

 

「それなら、ちょうど聞きたいことがあったんだいいか里中?」

「なになに? 勉強意外だったら大丈夫だよ。どんとこい」

「昨日、愛家って中華料理屋を通り過ぎたんだが、そこでなんとも良い肉の香りがしてな。もし行ったことがあるなら、参考までに味の感想なんか聞きたいんだが?」

 

 里中の目の色が変わった、見るからに好物だったんだなやっぱり。

 ジャージの裾のところに、肉汁の小さなシミが視えたんでどうだろうとは思っていたが、やはりか。                            付着回数/84…… 種類/――

 会話に身振り手振りが出始め、愛家の肉丼について語っている里中。

 

「あ、そうだ。そんなに気になるなら、今日の放課後に食べに行かない? なんだかアタシも肉の気分になっちゃったし。ついでに町の案内も出来るし」

 

「お、里中ーお前、早速転校生を口説いてんのか? やめとけやめとけ、天城ならともかく、お前が成功するわけが――――」

 

「うっさい花村ァ!」

 

「ゲェフウゥッッッッッッ!!」

 

 俺と里中が仲良さそうに、楽しく会話しているのを見ていた花村がからかうように里中をおちょくる。

 ヘラヘラとした態度だが、不快感を感じさせない気持ちのいい男だ。

 里中の逆鱗に触れた所為で、豪快に蹴り飛ばされたが。ご愁傷様。南無。

 教室の後ろの方に飛ばされた花村に、一部始終を見ていた鳴上が駆け寄る。というか花村とさっきまで雑談していた鳴上が、だ。

 

「……大丈夫か、花村?」

「うぐっ、あの肉女……本気で……蹴りや…がっ……た…………」

 

「……そっとしておこう」

「いや、助けようぜそこは」

 

 あまりにもとぼけた事をいうので突っ込んでしまった。

 里中を見ると、怒りで興奮しているのか顔が赤い。なんだかこれはこれでいい表情だ。

 ハッとなって我に返った里中は、俺に向かって取り繕おうと何を言うべきかアタフタと悩んでいた。

 

「あ、あのね…さっきのはその。……花村の奴が勝手に、…あ、花村ってのはあそこで伸びてるアホの事ね。まったくいつも馬鹿なことしか言わないんだから、本当にもうっ」

「あー、今の口説いてるとかなんとかってやつか」

「違うから! 口説くとか、あ、アタシそういうのしないし…しても、無駄っていうか。……あはは、なにいってんだかアタシは――」

「――行こう。……放課後だな約束だぞ」

 

 ハッキリとそう里中に告げる。

 

「…えっ? あ、うん……おーけーじゃあ放課後をお楽しみに!」

「うむ、これにて一件落着だな」

「……って鳴上くん!? いつの間に」

「良いところから」

 

 鳴上の存在に気がついた里中が驚きに身を翻す。

 安心しきった所だったのでなおさらだろう。見る限り快活そうで男勝りに見えなくもないが、その実、本当は乙女なのかもしれない。

 そう言った【真実】にならたどり着ける。詭弁だが、悪くはないと思った。

 

「良いところからって……それはお前にとってのいいところか? それとも他の?」

「ノーコメントだな……そういえば自己紹介がまだだったな。俺は鳴上悠。お前と同じで、一ヶ月前に都会から転校してきたんだ。よろしく霧城」

「なるほど、やっとわかった、だから俺がその2と言われるわけだ。さっき自己紹介は済ませたが、霧城大和だ。よろしく鳴上」

 

 鳴上から差し出された手を握る。

 そういえば、この町に来た時も握手をしたな。

 思い出して少し吹き出してしまう俺に、鳴上が

 

「どうした? 花村の姿が面白かったのか?」

「いや、それはそれで面白いが、ちょっと思い出してなこの町に来て最初もガソ――――員と、――――――握――――              エラー/エラー/記憶中枢および末梢神経、その他声帯器官に重度のロックが掛かっています/

「……ん? 何を言っているんだ霧城?」

 

 ――――全身がブワッと総毛立った。

 

 ――――わかった。

 

 疑問の鎖が溶けた。コレだ! これが俺にかけられた呪いか!

 声に出せない字にすることもできない、これに関する行動に制限がかかる。

 ……要するに、アイツは自分の存在を俺が他の人間に知らせないようにしたのか。絶対とは言い切れないが、多分間接的に正体が知られてしまうという自体にも違った作用が起きるかもしれない。

 徹底的に自分の存在を隠蔽するつもりなんだ。

 これでアイツをぶん殴る目的に一つ近づいたぞ。

 霧の中を闇雲に歩くだけった所に一筋の光明がたった。

 

「いや、なんでもない…ちょっと立ちくらみにあっただけだ」

「そうか、体には気をつけたほうがいいぞ」

「本当に大丈夫なの霧城君? もし気分が悪いなら保健室まで案内するけど」

「大丈夫大丈夫。もうすっかり収まったし、気分も良い」

「それならいいけど、無理はダメだかんね」

 

 正直二人の言葉はあまり耳に入らなかった。

 わからないことがわかった。一歩近づいた興奮のほうが高かったから。

 

 花村はその後、普通に目を覚まし、授業に参加していた。 

 案外丈夫な男なのかも。

 天城もてっきり参加してくるかも、と思っていたが、どうやら所要で教室から離れていたのでこの出来事を知らない。

 

 

 

 

 

 

 午前の授業が終わって昼休みになった。

 教室内は様々な食べ物の匂いが立ち込めていた。

 俺はどこで食べようかどうしたもんか、と悩んでいたところに先の被害者である花村が鳴上と一緒に俺を昼飯に誘ってきた。

 

「いやー、さっきは悪かったな。俺、花村陽介。よろしくな霧城」

「よかったら一緒に、昼ご飯食べないか?」

「ちょうど良かった、これからどうしようか考えていたところだったんだ。よろしくな花村」

 

 鳴上達は他に里中や天城とも一緒に食べているらしく、二人に着いて行った先の屋上には、すでに女子里中と天城の姿があった。

 二人は仲良く同じ会社の製品、『緑の○○○』と『赤い○○○』を膝の上に置きながら談笑していた。弁当という選択肢は無かったのだろうか。

 

「お待たせ、お二人さん。そんなわけで、今日は新しい仲間を連れてきたぜ」

「何がそんなわけなんだよ花村。そんなわけでよろしく頼む二人共」

「誰かと思ったら霧城君かー、全然歓迎だよ。食べよ食べよ、ほら雪子、さっき話してた霧城君だよ…って雪子?」

 

 快く受け入れてくれた里中は、天城に同意を求めるように先導したが、当の本人は何やら口元を抑えてプルプルと小刻みに震えていた。

 

 「まさか……」と勘づいた様子の里中はおそるおそる天城の顔を改めて見てみる。

 

「くっ、ププッ……ぷはぁアハハハハ! そんなわけじゃないのに、そんなわけって……アハハ、アハハハハハッ!」

「始まったよ、雪子のバカ笑い。…初対面の霧城君がいるのに出てくるなんて」

「相変わらず、天城のツボはわかんねー」

「たが、それがいい」

 

 天城の笑いが収まる頃には、もう麺が伸びていた。

 落ち込んでも仕方ないので、里中は我慢して食べている。天城のも伸びてしまってビロビロだが、お揚げが好みらしくお揚げが無事ならいいらしい。

 こうやって五人で食べるというのも案外いいもんだ。

 花村は購買のパンを齧っている。鳴上は、弁当、しかも自分の手作り弁当だった。

 一番に食べ終わった天城が俺に話しかけてきた。

 

「千枝から話は聞いてたんだけど、…君が霧城君、だよね? ウチのクラスの転校生の」

「ああ、霧城大和だ。よろしく頼む」

「うん、私、天城雪子。よろしくね霧城君」

 

 自己紹介が終わったあとは、みんなでの雑談タイムになった。

 ここの店のこれが美味いとか、ここはあれがあるから危ないとか、主に来たばかりである俺に配慮された内容が多かった。たまに、花村がふざけたりするぐらいで、多方そんな感じであった。

 楽しい時間が過ぎていく、友達と呼べる人が一人も居なかった俺が、人と談笑しているだけでこんなにも楽しい気持ちになるなんて。

 

「そういえば、俺まだ霧城の電話番号とアドレス知らないや、教えてくれよ」

 

 花村のその提案で花村、鳴上、里中と連絡先を交換した。

 そして、天城にも……。

 

「あとは天城か、教えてくれ」

「おっおい霧城、聞いちゃうのか? 天城にそれを聞いちゃうのか?」

 

 なにかダメだったのだろうか。花村がそわそわし出す。

 

「なにか都合でも悪いのか? そうなのか天城」

「……へっ? え、ああうん良いよ。私、普段は旅館とかで忙しいから出られない時のが多いかもしれないけど」

「っておい! なんでお前は成功しちゃうんだよ羨ましい!」

「花村が不純な動機を持っているのが、わかっているからじゃないのか?」

「てか、花村はいやらしいんだよ、夜中に平気で下ネタ言ってくるし。あれやめてよねっ。その点、霧城君や鳴上君はいやらしく感じないから」

 

「くそぉ、なんでこいつらが良くて俺は……不公平だー」

「……そっとしておこう」

 

 天に向かって泣き叫ぶ男花村陽介。

 彼の背中にはいつだって不幸と哀愁が寄り添っている。

 

 昼休みも終わりに近づいた時、俺はここだと言うタイミングでついに言いたかった質問をする。

 

「――――なあ、マヨナカテレビって知ってるか?」

 

 

 

 みんなの体が硬直した。

 確信をついたこの質問は、皆にとって鬼門だったらしい。

 どうやって説明していこうか、と悩んでいる様子だ。

 

「あー、今流行りの噂だよな」

「そうそう、テレビに関係した都市伝説みたいなやつだよね?」

「私、旅館の仕事が忙しいから、あまり知らないの」

 

「雨の夜十二時に消したテレビを見ていると、運命の人が見えるって噂だ」

 

「ちょっ……鳴上」

 

 説明に困窮して渋っていた三人を他所に、鳴上は丁寧に概要を説明してくれた。

 空気を読まない天然気質な発言に、三人もうろたえている様子。まだ鳴上の性格は掴みきれてないのだろう。

 

「なるほど、しかし運命の人か。ありきたりすぎて胡散臭いななんか」

「だ、だよなー……流すならもっとマシな噂を流せってんだよな全く」

 

 噂を信じきっていないと思った俺に、ホッと安堵のため息を漏らす三人。鳴上はどこ吹く風もいいところだった。しかし、俺の眼は鳴上こそがここ一番では外さない冷静沈着な男だと視ている。

 しかし、マヨナカテレビ……か。鳴上の説明は間違ってはいないが、全貌は語られていないのだろう。

 やはり、【真実】へ到達するにはマヨナカテレビに深く関わらなくてはならないようだ。

 

 そうと決まればこいつらが俺に話さなければならない、誤魔化すことが出来ない状況に飛び込むしかない。

 

 微妙な空気の中、昼休みの終わりを告げるチャイムが校内に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 何をしても何も成すことは出来ない。

 自分を持たない者には、なんの恩恵も得られない。

 鏡を覗いても映らない。居るはずなのに……ここにいるのに、誰の記憶にも留まらず霧の如く霧散する。

 虚ろな記憶は虚言を産み、月に嘆いては夜に吠ゆる。

 身に灯る生ける炎で身を焦がし、灼熱(ムスペルヘイム)の花を咲き散らす。

 炎に包まれ初めて鏡に己の姿が映し出される。

 

 ――――その姿は、既に慣れ親しみ見慣れた霧城大和、俺自身だった。

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた時、初めて夢なんだと安心できた。

 ジクジクと染み渡る熱が体を蝕む、ありもしない症状で体に影響を及ぼすだなんて。

 気がつけば授業が終わっている。

 自分が午後の授業をちゃんと受けていた記憶が無い、が現実に終わっているということは、早々に眠ってしまったのかもしれない。

 数分そのまま呆としていたが、里中との約束があるので、視線を左にやり声をかける。

 

「里中、どうする? もう行くか?」

 

 里中はもうすでに下校の準備を終えて居た。

 

「霧城君……その事なんだけど」

「ん? 何かあったのか」

「君に相談しようとしたら、寝てたから勝手に決まっちゃたけどいいよね? 雪子や鳴上君達も一緒で」

 

 えへへ、と悪気など全くない表情(かお)をしながら笑う千枝。

 俺が寝ているうちにそんな決まりが出来ていたのか。いや、責めまい。寝ている俺も悪かったし、何より人数が増えたところで不都合なんか何もないのだから。

 

「良いよ別に、飯食いに行くんだ…大勢居たほうが面白い」

「ほんと? 良かったー、…ねえー! 霧城君おーけーだって」

 

 了解を得た里中は、残りの三人に呼びかける。

 声に気がついた三人が、コッチに集まってくる。

 

 その間、いちいち思考が脱線しやすい俺は、案の定マヨナカテレビについて考えていた。

 雨の夜、十二時、点いていないテレビ。こればっかりは直接確かめるしかないようだ。雨の夜は忘れずにテレビを確認する。

 

 ……って、俺の部屋、テレビ無いじゃん。

 バイトでもするか……。


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