ペルソナ物語4~ポケットが真実でいっぱいいっぱい~ 作:琥珀兎
これより始まる妄想物語に、しばしお付き合いください。
第一話:始まりは当たり前に終わりは盛大に
IFの噺をしよう。
もしも、もしかしたら、きっと、こうしていたら変わっていたかもしれない結末。
そんなIFの噺を――。
――――御伽噺のような噺をしよう。
五月一日(曇)
都会での特に印象にも残らないテンプレートな、よくある転校の挨拶をクラスメイトに告げ、これまたよくある別れの挨拶をありがたくも頂戴した俺は、一人新たな転校先であり住む場所である八十稲葉に向かう電車に乗っていた。
高校一年間とちょっとを過ごした学校では、悲しいかな友人と呼べる者は一人として居なかった。いや、一つ訂正しよう。悲しくはなかった。俺にとっての友人のハードルが少々高いだけで、別に放課後一緒に遊ぶ人もいたし、昼食を一人寂しく過ごしタコさんウィンナーをつまんでいたなんてことはなかった。
日々を無難に過ごして、クラスメイトとも分け隔てなく角が立つようなことはせずにやりとおしてきた。
単に俺にとっての友人が居なかっただけ。だから相手側がなんと思っていようともこれだけは変わらない。
俺に友達は居ない、一人も。
自慢するような事柄でもないか。
客観的に見てしまうと俺という人間がひどく矮小に見えてしまう。
やめよう、あそこでのことは記憶の片隅にでも追いやって、これからを考えよう。だから……。
これからの生活を始めるのに必要不可欠な物が詰まった大きなキャリーバッグを開ける。
ここが都会の電車の中だったら人の多さに不便するから開けようなんて考えないが、流石は田舎町行きの電車。乗車客が都会の五分の一も居ない。しかも俺が座っているのは四人掛けのボックス席だ、ここに一人で座っているからこそ出来る。
精神的な言い訳を反芻しながら、キャリーバッグの中から目的のブツを取り出す。
厚さ1cmにも満たない薄い正方形の代物。学校を去る時に担任の教師から頂いた別にありがたくもないが処分するのが非常に難しい紙切れと言うには厚い用紙。
随分もったいぶったが要はクラスメイト達が俺に向けたメッセージが書かれた色紙である。寄せ書きである。
改めて見てみると本当に他愛のない事ばかり書いてある。所々ウケを狙った言葉なども書いてあるが、概ねテンプレートな事ばかりである。
『今まで楽しかったよ! あっちに行っても忘れないでね!』
『たまにはコッチに戻ってこいよ、その時はまた一緒にバカやろうぜ!』
『携帯で連絡できるからこれが最後ってわけじゃないし、いいよな適当で。連絡するからメールちゃんと返せよ? 悪い寝てた、なんて定型文は受け付けないからな』
とまあ、特出するならこんな所だろう。
なんとも心に残らない言葉であろうか、この連中ともおそらくこの日を最後に連絡すら取らないだろうな。メールとか来てないし。来ても返さないし、永遠に寝てるから。
この色紙、本当は前の家においていこうと思ったが、前の家主に見られてうるさく言われ仕方なく持っていっただけだし。そこまで未練はないんだよな。さてどうしよう。
【まもなく八十稲葉~、八十稲葉~、お降りの際は左側のドアからお降り下さい~】
なんて考えてるうちに電車が目的地へのアナウンスをしていた。
仕方なく色紙を下の場所に戻して降りる準備をする……ちょっとだけ高揚している心情が顔に出ないように、ポーカーフェイスに勤めながら。
「うわー、ほんとに何にもねえんだ八十稲葉って」
まあ田舎町なんてこんなもんだろうと予想はしていたが、それを上回る過疎っぷりだな。
昼間だというのに駅に人の姿なんかまるで無いし、見渡す限りコンビニとかなんぞ見当たらんしゲームセンターもない。ゲーセンは当たり前かもしれないが、コンビニがないのは驚きだ。
代わりの商店街もなんだか活気に満ちてるワケじゃない。
まだ昼だからか? いや、しかし昼飯とか……もしかして夕方になれば賑やかになるかもしれない、うん。
とにかくこれからお世話になる、食料その他を買うための場所を下見しておくか。
いつまでも駅前にとどまっているわけにもいかないので、まあまあ重いキャリーバッグをガラガラと音を立てながら引っ張って歩く。
歩きながらキョロキョロと周りを見渡しながら歩く姿は、都会に初めてやってきた田舎者の様でなんだか滑稽で笑える。
歩くこと約二十分。ようやくこれから住む住所に近づいてきた。
都会の目まぐるしい建物の密林に比べれば、こちらは目に優しい。過度に高い高層ビルなんて無いし、溢れんばかりの人ごみなんてもってのほか。ここまで来るのにすれ違った人なんて畑で作業をしていた老夫婦ぐらいだった。
ただ、道路舗装がちゃんとされてない所なんかもあったりしたので、キャリーバッグの車輪が少々デコボコになったぐらいである。
こっちの方は商店街とかが見えるからか、結構人も居た。と言うか普通に一杯居る。俺はちょっと田舎を馬鹿にしているのかも。考えを改めよう。
ふと、チリチリとふわふわとそれでいて何か粘着質なヌルヌルとした視線を感じた。
何か気持ち悪いので、偶然を装って視線の元を見やる。
――瞬間、俺の脳が思考を停止した。
――否、次元の違うモノを目の当たりにすると、人よりも更に、遥かに高位な思考についていけない様な停滞。
違和感と不可視で正体不明な『何か』を目の当たりにした、そんな不可解の二乗みたいな現象が俺を支配した。
視界が一気に広くなり、距離が定まらなくなって、時間さえわからない。今自分が何を視ているのかも視えない。
刹那を縦方向に際限なく伸ばしたような、そんな一瞬で過ぎ去る永遠。
『今』がわからなくなった現在、表現がおかしいとか、荒唐無稽だとかそこらへんの苦情は一切受け付けない。とにかく今こうやって居る俺が立ち尽くしてからおおよそ一分が経過した頃(体内時計)、金縛りから解放されたようにあっさりと、なんの違和感も残らずに俺は俺を取り戻した。
「ねえ君、大丈夫かい? 随分と顔色が悪いけど」
気がつけば目の前にはガソリンスタンドの制服を着、目深く帽子を被った青年が心配そうにこちらを見ていた。
帽子のせいか、あまり顔は見えない。印象に残らない感じの青年だった。
「あ、すいません。ちょっと物思いに耽ってて」
「あはは、君面白いね。普通君ぐらいの年の男が『物思いに耽って』なんて言い方しないよ」
青年はそう言いながら爽やかに笑った。
むう、そうなのか。なんだか揚げ足を取られたみたいで少し悔しい。悔しいのでちょっと言い返そう。
「そうですかね、俺ぐらいのとしなら普通ですよ? むしろ俺が前に住んでいた所では当たり前でした」
ちょっと苦しい言い訳になってしまった、完全に子供の言い分だ。
カッコ悪い、俺。
「そうなのかい? それは悪かった、ごめんごめん。それより……」
それよりって、いやまあそれよりなんだろうけど……。
「前に住んでたってことはこの町の人じゃないよね? 見ない顔だし。こっちには何しに? 引っ越してきたの?」
「ええ、まあそうですけど。それが何か?」
「いやー、ほらここらって遊ぶところなんて何もないじゃん? で、ウチはバイト募集をしてるんだけどどうかなーって。実際バイトぐらいしかすることないし」
さりげなくバイト勧誘をしてきたなコイツ。もうコイツは青年じゃなくてコイツでいいや。
とにかく、俺にこれからの生活を彩るためにもここでバイトをしようとそう言う事か。
まだ下宿先にも挨拶してないのにここで返事なんかできるわけがない。と言うことで……。
「すんませんが、ここにはまだ来たばかりなんですぐには返事できません。それと、これから行く所があるのでこれで」
「ああ、何か引き止めちゃったねごめん。それじゃあ最後に――」
スッと俺の前に差し出される右手。
明らかに握手を求めているのは分かるが、コイツつくづくクサイ男だな。ここの連中はみんなこうなのか?
しかし、これからを考えるとここは友好的に接したほうが良いだろう。
「ああ、では――」
曖昧な返事をしながら彼の手を握る。ナヨっとした体型に似合わず、意外とがっしりとした手。
男の手をいつまでも握る趣味もないので早々に手を離し、軽く礼をしてこの場を去ろうとした時。
「そういえば忘れてた。よかったら名前、教えてくれない?」
背中にかかる俺を呼び止める声。
それに対して首だけを彼に向けて応える。
「……霧城大和(きりたちやまと)です。それじゃあまた、ここらで……」
彼の顔もロクに確認せずに再び背を向け歩き出す。
アッチの名前も訪ねようかとも思ったが、なぜだか聞いてもはぐらかされる様な予感がしたのでやめた。なんだかわからないがそんな気がしたのだ。
にしても人の心の機微に敏感な男だった。最初は俺も余所行きの顔と態度を貫いていたのに、徐々にその『仮面』がはがされていくように素が出てしまった。
何かもう『仮面』を被るとか猫被るとか面倒くせえな。いいや、いつもの俺で。
ここには前の俺を知ってる人間なんて居やしないし、ありのままで良いだろう。別に誰を気遣っての事でもないんだし。
なんだか高校デビューを決意した新入生のようだ、そう考えてしまうとなんかみみっちいな。
その間も休まず歩を進めていると目的の家が見えた。家というか店とも言えるが。
昔からよくある一軒家と店が合体しているアレだ。……ああいうのって正式な名前とかあるのかな?
『マル久豆腐店』それが俺がこれからお世話になる家だ。
ここに引っ越してくる際、祖母から紹介されたのがここだったのだ。なんでも此処は年配の女性の一人暮らしらしく、年の所為か最近身体にガタがきてきたので人手が欲しがっていたところに、俺が転がり込んで来たってわけだ。
さて、とにかく挨拶してしまうか。
と、一歩踏み出した瞬間……。
――――ドクンッ
原因不明の目眩が俺の二歩目を邪魔した。
そのまま抵抗も出来ずに膝から崩れ落ちてしまった。
「うっ……、なんだ…? これ……」
視界がグルグル回る。気持ち悪い、吐き気がする。
何だかさっきから俺、踏んだり蹴ったりだな。なんだこれ呪われてんのか?
気合いを込めて足を踏ん張る。肺に溜まった空気を、悪いものでも吐き出すように残らず。
「ふうううぅぅぅー……!」
危なかった、こんなことは初めてだ。
今の恥ずかしい姿が見られていなかったかを確認するために左右を見渡す、問題なし。
気を取り直して姿勢を正しマル久豆腐店に足を入れる。外観は木造建築の普通の家で結構年季が入っている感じだ。
店先には人影が見えなかったので呼びかけてみる。
「すいませーん! ○○から来た霧城大和です、誰かいませんか?」
「はいはーい、ちょっと待っててちょうだいね、今行くから」
呼んで数秒後、穏やかそうな年配女性の声質が返って来る。
言われた通りにおとなしく待っている間、軽く店内を見渡してみる。
店内の内装はいたってシンプルで、売りものである豆腐を陳列する広い冷蔵庫みたいなヤツが左側に、形はこうなんというか魚屋にあるような感じのヤツとそっくりである。商品はざっと見で色々と揃っている印象。おからやがんもどきまである、流石は豆腐屋だ。少し腹が減ってきた。
正面にはレジと、その隣に豆乳などが入ったガラス製の冷蔵庫。壁には『まるきゅうのおからドーナッツ』や『豆乳フェア』と書かれたポスターが貼ってあった。
色々と観察していると、店の奥、住居区画につながる方から足音が聞こえてきた。
「ごめんなさいね、今ちょうどお昼を食べていたところだったから」
「いえ、タイミングが悪かっただけですから。お気になさらず」
謝罪しながら暖簾をくぐってきた年配の女性を見やる。
声質と同じく、その姿から穏やかな印象を受ける。いい人そうな感じだ。
「改めて、○○から来ました霧城大和です。どれぐらいの期間になるかわかりませんが、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ…よろしく。マル久豆腐の店主をやってる久慈川です。ちょうど人手が欲しかったから良かったわ、これからお願いね」
「はい、俺に出来ることなら……」
その後、お互いに軽く雑談をしてあっという間に意気投合した俺と久慈川の婆さんは家の中に入り、俺がこれから住むことになる部屋に案内される。
「ここが大和くんが寝泊りする部屋ね。ちょっと古いけどそこは我慢してね」
「大丈夫、俺そういうの気にしないし結構好きだから」
「それは良かった。それと、学校の方は大丈夫かい? お店の手伝いは学校が落ち着いてからでもいいからね?」
「学校の転校手続きは済んでるし、登校も明日からだし大丈夫だよ。今日はもうすることないし、早速店を手伝うよ」
そうここに来た以上、もう俺の中では用は済んだ。
これ以上やる事もないし、それだったら店の手伝いでもした方がよっぽど有意義だ。
だけど俺の返答は、久慈川の婆さん的にはダメだったのか、
「まだこの町には来たばかりでしょう? だったら学校を見てきたり、そこらへんを見て回ったりして何がどこにあるのか知ってきなさいな」と一刀両断され、おとなしくその言葉に従いマル久豆腐店を後にする。
「とは言われたものの、どこから手を付ける……いや足を運ぼうか」
今日は日曜日だから学校はやっていない、せいぜい部活をやってる連中がいるくらいだろう。
腕時計の針はちょうど二時を指していた。それなら、明日の下見も兼ねて迷わないように学校にでも行くか。
そうと決めたら早速学校に向けて歩き出す、道すがら通り過ぎる店や神社などを見ながら。
唐突だが、環境というのは人類にとって……いや生命体にとっての圧倒的な優位性を誇る一種の現象とも思える。
生命体は、人間は環境には勝てない。それは太古から変わらぬ事だし、科学が発展した今をもってしても地震や台風、津波などの災害には太刀打ち出来ないのだから。環境は、気まぐれに俺たち人類に自然という手段を用いて手を下す。神のように。
また、それほど大げさにしなくても人は簡単に崩れる。変わらぬ日常に些細な変化をもたらすだけでいい、その変化は後に大きな災禍となり他でもない人類本人達が自らの手で破滅をもたらすのだから。
――――ふと、思考が覚醒して元に戻る。
なんだかわけのわからない事を考えてしまった。さっきからたまにコレだ。なんだか自分の中にもう一人、自分とそっくりなのに違うなんて矛盾を孕んだモノが居るみたいだ。
気がつけば目の前には学校が建っていた。随分と長い間考え事をしていたみたいだ。
学校は校門がしまっていて中には入れない、もしかしたら今日は部活もやっていないのかもしれない。人の気配もするにはするが、そこまでして中に入る気にもならない。第一明日また来ることになるのだ、ここで何をしたところで今日の所は徒労に終わるだろう。
学校までの通学路も確認できたし、とりあえずの収穫にはなった。
俺はそのまま回れ右して学校を後にする。
帰り道では特に自分に変な症状は起きず、順調に歩いていた。
「夕飯の準備、面倒ねー。今日はジュネスのお惣菜にしようかしら」
途中、主婦のため息混じりのそんな言葉を聞いた。
ジュネス? ここにそんな大型スーパーがあったのか。丁度いい、行ってみよう。
面倒くさそうに歩き出した主婦の後をつけるように俺も歩く。
ジュネスまでの道を知らない俺が行くにはこれしかないからだ。
そうやって順調に歩いていたら、案の定何の問題もなくジュネスに到着した。
その日、鳴上悠と花村陽介、そして里中千枝と天城雪子はジュネスのフードコートに集まっていた。
雪子を無事テレビの世界から救出した鳴上一行は、先日回復して学校に来た雪子を祝おうとあと放課後にカップ麺を食べてしまったお詫びも兼ね、ささやかながらの集まりを開いたのだ。
雪子と千枝の前にはビフテキが、悠と陽介の前にはドリンクが一つ寂しく置いてあるだけだった。
女性陣は笑顔、打って変わって男性陣の顔から笑顔は伺えない。
「いやー、本当はステーキのが良かったけど今回はこれで許してあげるよ」
「今回はって、まるで次があるみたいな言い方だな里中」
「えっ? 無いの?」
「ねぇーよ! なんでそうなるかな! これでチャラだろ、カップ麺とステーキとか割に合わねえつーの!」
千枝と陽介が言い争っているのを横目に、悠が雪子を見る。
雪子はビフテキに手を出さずに、ただ見ているだけだった。それが気になった悠はしかめっ面の雪子にダメ元で声をかけてみる。
「……食べないのか?」
「脂身…苦手なの」
「あ、そうだった! 雪子ごめん、大丈夫? 食べられないならアタシが――」
「――ううん。悔しいから…食べる」
自分が大事に取っておいたお揚げを食べられた事が悔しかった雪子は、苦手な脂身も無視してビフテキを食べ始める。その姿は鬼気迫った感じで、悠としてもそっとしておこうと結論を出すことにした。
二人がビフテキを食べ終わるのを待つ間、男性陣は事件のことについて話し合っている。
「結局、犯人に関しての手がかりは無かったな」
「ああ、だが天城が助かっただけでもよかったじゃないか花村」
そう、これがもし間に合っていなかったら……考えるだけでも恐ろしい。そうなっていた場合もしかしたらここに雪子の姿はなく、こうして集まってすら二度となかったかもしれない。
霧が出る前に助けることができて良かったと心底安堵する悠と陽介であった。
犯人は捕まっていない。犯行手口はテレビの中。こんな手段、現実的ではないが実際にあるのだ。現にこの四人はテレビを介して中に入ることが出来るのだ。
その世界には『シャドウ』という正体不明の敵がおり、人間を襲う。これによって第一、第二の犯行が行われたと推測し、テレビの中に入った。悠の力によって。
悠自信、なぜこんなことが出来たのか実のところ分かっていない。しかし、これのおかげで三人を、友達を助けることが出来た。それは紛れもない真実なので良しとする悠であった。
『マヨナカテレビ』という、町に流れる噂話。雨の日の夜零時に消えたテレビを見ると運命の人が映るという、朝のニュースで流れる占い並みの信憑性。
――――それが切っ掛け、それが始まりだった。
「ふうー、食った食ったお腹いっぱい」
「よかったね、千枝」
「食い終わったか。それじゃあ昨日も話したと思うが、事件について振り返ってみよう。いいよな鳴上?」
「……ああ、忘れないうちに整理しよう。天城、いいか?」
「あ、うん大丈夫だよ。覚悟は決めたから」
食事が終わったのをきっかけに陽介が切り出し、悠が雪子に了解を得て話を始める。
雪子の瞳にはもう覚悟の火が点っていた。今はまだ火種に過ぎないそれが、いつの日か華となるであろう日を待って。
「それじゃあ始めよう。まず――――」
悠が話を始める。
それは始まりの山野アナの殺人事件。
悠が転校してきた初日に起きた始まりの事件。それによって連鎖する人の死。
初めてテレビに入り、シャドウを目の当たりにしそれによって覚醒した悠のペルソナ能力。己の仮面、心の力、無意識の帰結する自己原型。
覚醒した力は瞬く間にシャドウを一蹴し、陽介と千枝の中に非日常を植え込んだ。
やがて、第一発見者であった陽介の想い人『小西早紀』が第二の被害者として報道された。
衝撃の事実に陽介は打ちひしがれ。テレビの中へ再び入る。
そこには小西早紀の本音があった。陽介の本音があった、それが全てではないがそれゆえに真実であった陽介の本音(シャドウ)を本人は否定した。
【お前なんか、俺じゃない】と。
自己の否定は他者への変貌のトリガーだった。陽介じゃなくなったシャドウの呪縛は解き放たれ、その姿を変えた。
自分との戦いは苛烈を極めた。が、悠の奮闘と言葉に、最後は軍杯が上がり自体は収まった。
「あの時の俺、ほんと情けないったらなかったよなー」
「ど田舎暮らしに飽き飽きしてたって、ひどい奴だね花村は」
自分を受け入れた陽介のシャドウは心の鎧となって、ペルソナ『ジライヤ』に変わった。
ペルソナとは心を御する力。
その後、雪子がマヨナカテレビに映り千枝を加えた三人は再びテレビの中へ。
マヨナカテレビに映った雪子は、普段の印象とはかけ離れており別人なのではと思ってしまうほどであった。
雪子に嫉妬しつつも自分を頼りにしてくることで優位性を見出し、歪んだ友情を心の片隅に住まわせていた千枝。
囚われになっている雪子姫の城で、千枝もまた己と向き合い否定し、受け入れた。そうして千枝のペルソナ『トモエ』は生まれた。
「あの時のアタシったら、混乱しちゃって。今でも思い出すだけで恥ずかしい」
「恥ずかしさだったら私の方が……」
「ああー、天城の逆ナンはすごかったなー」
「それ以上言うと……燃やすよ?」
「……落ち着け」
雪子は人生のレールをしかれていた。天城屋旅館の一人娘として生まれた彼女は、将来を約束されていた。旅館の女将として生きなきゃいけない、それはひどく息苦しくて重圧を感じずにはいられなかった。
こんなのは嫌だ、そう言えたら楽になったかもしれない。でも、それだけの勇気を持ってなかった雪子は他人に助けを求めた。他力本願な願い、自分をここからどこか遠くに連れ出して欲しい。
板挟みにあった感情はやがてシャドウを生む。そうやってあの天城雪子は産まれた。
派手なドレスを身にまとい、自分を救ってもらう為の王子様を自分から探す。
鳥かごは空いているのに、飛び出せない。
千枝の本音が雪子の目を覚まさせ、弱さと向き合い受け入れた雪子はペルソナ『コノハナサクヤ』を手に入れた。
そして現在に至る。
「振り返ってはみたが、犯人につながる手がかりは見つからないな」
「なあ、よく考えたら共通する事があるじゃないか? ほら、みんな山野アナに関係してるだろ?」
悠の結論に陽介が意見を上げる。
被害者の共通点。山野アナに関連している。
二人目は第一発見者。雪子は山野アナが泊まっていた旅館の人間。
「確かに! でも、そう考えるとなんで旅館の関係者の中から雪子が狙われて…」
「…この際、そこは犯人の思考だからわからないが、辻褄が合うな。なら、次のマヨナカテレビを見逃さないように」
「うん……! 自分がなんで狙われたのか、これ以上被害者が出ないようにしなくちゃ」
こうして四人は改めて決意を固める。
絆が深まるのを感じた悠の中で、何かが弾けた気がした。
なんだか変な話をしている連中がいるな。
連続殺人事件? 山野アナ? シャドウ? ペルソナ? わけがわからん。劇の脚本でも作っているのか?
じゃなきゃイタい連中ってことになる。
あれからジュネスに到着した俺は、食品コーナーや家電コーナーなど様々な場所を巡った果に屋上のフードコートに来ていた。流石に歩き疲れたので休憩しようと飲み物を買ってテーブルに着いたら、後ろのテーブルから聞こえてきた男女四人の話を暇つぶしに盗み聞きしていたんだが。
そしたらコレだ。逆ナン? コッチがされてみてーわそんなの。
ジュースもなくなったので時間を確認すると、ちょうどいい時間だった。
コップを持ってテーブルを立つ。去り際に、横目でさっきの集団を見てみる。――ヤバッ、全員と目ェ合っちゃった。
知らんぷり知らんぷり。
サッサと帰って婆さんの手伝いをするか。
フードコートを去った帰り道、空を眺める。夕焼け色の空は朝とはまた違った眩しさを感じ、思わず瞼を細めてしまう。
あの集団……、どうしてか気になってしまう。
「さっきの人、こっち見てたけど聞かれちゃったかな? 今の話」
「どうだろう、でももしかしたら聞こえてたかもしれないね。距離、近かったし」
千枝と雪子が相談する。
おおっぴらに話していたわりには、警戒心が足りない二人である。
「まあ、大丈夫だろ? 聞こえててもどうせ信じられないだろうし」
「ああ、心配いらない。ただ……」
「……ただ?」
悠を除く三人が声を揃える。
何か気になる事でもあったのだろうか、もしかしたら犯人に繋がる何かが。
悠の二の句を固唾を飲んで待つ三人。
「--美形だったな」
「……はぁ?!」
またも揃う疑問の三重奏。
全く検討違いの答えに驚く三人。皆、悠の天然っぷりに度肝を抜かれていた。
「…ただいまー」
『マル久豆腐店』に帰ってきた俺は奥へ、居間のある方に向かう。
居間に繋がっている襖を空けると久慈川の婆さんが座布団に座ってテレビを見ていた。
俺に気がついたのか、婆さんは振り返って穏和な笑みを浮かべる。
「ああ、帰ってきたんだね。……おかえりなさい、どうだいこの町には慣れそうかい?」
「そうだな、都会に比べて何もかもが不便だけど、俺はそれが凄く気に入ったよ。やっぱり人間少しぐらい不便な方が良いのかもな」
「なに生意気言ってるの。高校生の内からそんなじゃ、禿げちゃいますよ?」
かんらかんらと笑う婆さん。それに釣られて俺も思わず笑ってしまう。
正方形のちゃぶ台を中央に対面するように座る。
その光景はまるで十年以上の付き合いなのでは、と錯覚するほど違和感が感じられない。
なんの番組を見ているのか気になった俺は、年季の入ったブラウン管型のテレビを見る。
ちょうどアイドルが歌を歌っているところだった。
癖っ毛ぽくウェーブがかかっており、赤みがかった茶髪をツインテールにした女の子が営業スマイルをしていた。歳は、俺と同じぐらいか。
名前は――――。
「へえー、このアイドルって最近売れてるのか。名前は……おっ、婆さん婆さん…この胡散臭い笑顔の子の名前も久慈川だってさ。居るもんだなーこんな珍しい名字」
「胡散臭いって大和くん、りせちゃんのこと知らなかったのかい?」
「俺あんまりアイドルとか興味ないから、婆さんは知ってたんだ?」
そう、俺は知らなかった、そういう事にしておかなくては。
だって普通そんな事思わないだろ?
だから俺も胡散臭いと思われても仕方ないぐらい、わざとらしいリアクションをしてしまった。
「だってこの子、私の孫ですから」
「…………へっ? は、はあああああぁぁぁぁぁ!?」
その後、取り乱した俺は婆さんにからかわれながら色々と話す婆さんの話しを聞いていた。
孫と言うのは本当らしい。
はあ、自分が情けない恥ずかしい。
自分の部屋に戻った俺は、その場にうずくまり悶々としていた。
別にアイドル久慈川りせのファンだからとかじゃない。あんなアイドル今日までよく知らなかったし、興味なんか微塵もない。ただあの婆さんに、自分の身近にアイドルの親族がいる事に驚いてしまっただけだ。
どうにも俺って奴はキャラが安定しないな。
当たり前か、人間なんてそんなもんだ。設定通りになんか行きはしないし、そんなの時間が経って付き合う人間と取り巻く環境で日々変化するもんだしな。
優しい人って評価はその批評した人にとって優しいだけで、余所では鬼畜かもしれない。
見える事だけが真実じゃないってことだ。
さて、今日は色々あって疲れた。主に移動時の体力消費だが。
床に布団を敷いて服を脱ぐ、Tシャツとパンツだけになるのが俺の寝巻き姿。正装だ。
五月といえどまだ夜は冷え込むから掛け布団は厚めの羽毛布団を使う。
布団に横になって今日までのことを振り返ってみる、夜目に慣れてきて薄暗い空間の中で木造の天井が見え、子供の頃はこういう暗闇に幽霊が出そうだなあなんて怖がっていたのを思い出した。
駅について人の少なさに驚いた。そういえば、あの畑の老夫婦は元気だろうか。
ここに来るまでの間にあったあの異常な現象は、一体何だったのだろう。本当に恐ろしかった、あれの所為で俺の……は…違う自分にされた感覚。
通常じゃなくて超常、正常ではなく異常、悟られまいと振舞っていた今日一日がとても長く感じていた。
俺の中で産まれた異常、おそらくだがまず知能がおかしいぐらいに跳ね上がった。
『あれ』以降、町を眺めているとき、脳内に流れ込んでくる情報量がおかしかった。例えば何の変哲もないサッカーボールを見るとしよう。普通の人ならば形は丸で、色は白と黒で、ついでに色の形は六角形……といったぐらいだろう。
一瞬で看破し、脳に入ってくる情報なんてそれぐらいだ。あくまでも俺の個人的主張だからな。
だが、俺が見ると……形状/楕円形 色彩情報/白 黒 状態/使用状態を鑑みるに購入から一年四ヶ月と十二日三時間二十分十五秒 所持者/○○ ○○ 副所持者/○○の友人、および両親 備考/その他
と言った具合に何とも恥ずかしい文章が網膜に浮かび上がり、脳内に洪水の如く流れ込むのだ。ぶっちゃけいらない。視界に入るたびにこんなになってちゃたまらんわ、頭痛が起きそうだ。
ここが田舎町で良かった、都会だったら発狂死してたかもしれん。
それだけでなく単純に知識が広がり、あらゆる事に関して苦なく解する事が出来るだろう。
そして次に、身体能力の上昇。
上昇した知識を元に計算すると、以前の俺の三十倍は上がっている。
以前は百メートルを走るのに十三秒掛かったので、今ならトップスピードを出せば一秒も掛からない。ハッキリ言って化物の類だ。日常にはいらないだろこんなの。
身体能力というぐらいだからそれに耐えうる体にももちろんなっている。たぶん高層ビルから飛び降りても大丈夫だろう。
最後に、――――…………。 ここで俺の意識は深くに沈んでいく。
目が覚めるとそこは霧に包まれていた。
俺は普段着で立ち尽くしている、見る限りでは一本道だ。目が視てそう言っている。
《ようこそ、黄泉の坂道へ歓迎するよ》
「なんだお前? 人様の夢に勝手に出てんじゃねえよ。出演料取るぞコラ」
《荒れてるねえ、もっと穏やかにことは進めるべきだよ。そうこの霧の様に漂うように》
「上手くねえんだよ。待ってろよ、今そっちまで言ってやるからよ……【元凶】」
《へえ、やっぱり分かっ――――》
さっきから目には見えない何かが俺に語ってきた、まるで空間そのものが語りかけてくるように。
最後の返答も聞かず俺は走る、全力で。耳に風を切る音が聞こえ直後に音が消失する、それは音速を超えたからかもしれない。
「おら、待たせずに来てやったぜ」
結局、あっという間についてしまった。
知識としてわかっていただけで試してなかったから確信は持てなかったが、どうやら本当に俺は人間を辞めてしまったらしい。
《ふう、これほどとはね。君に関しては想定外だよ、他の三人はよかったが……これではバランスが崩れてしまう》
「さっきから訳わからんことを、一体お前はなんだよ?」
《わかっているくせに、なぜ敢えて無知の振りをする? 君にはもう分かっているはずだよ、すべてが》
答えに詰まる。図星を突かれるとこうなるのか。
確かに分かる。分かってはいるんだが、それじゃあ―――
「――それじゃあ面白くないじゃないか。これから盛り上がるんだから、ここで俺みたいな部外者が水を差したらせっかく灯った火種が消えちまう」
《なるほど、確かに。じゃあこうしよう……君に一つ呪いをプレゼントするよ》
「……呪い?」
直後、辺りに漂う霧が俺の眼前で一気に収束し始める。
それはみるみるうちに密度を高め、形を象っていった。その時点で分かってしまった。
これは『アレ』だ俺が昼に視た不可解なモノだ。 形状/規制中 情報/規制中 状態/規制中 エラーエラー
わからないはずのそれは、俺の頭を掴んだ気がした。 人体/危険水位突破 状態/呪言 備考/・ソ譁・ュ怜喧縺代@縺ヲ縺・∪縺・!!
《そう……呪いさ。君の力に干渉することはもう出来ないが、一つの制限を君に設けた》
「……一体なんだこれは! クソッさっきから視界が煩い!」
《君は決して真実に辿り着けない。そう言うハンデを背負ってもらうよ……それじゃあ“またここらで”》
「ふざけんなクソッタレ! 呪いとか言って誤魔化しやがって、結局は行動規制みたいなもんじゃねえか。俺に何もするなってことかよ」
いつの間にか奴は居なくなり、白い霧も薄れ、周りが暗くなって行く。
ゆっくりと黒が広がりそして、また中心から光が円形に広がっていく。
ああ、これは俺が目覚めるということか。
――――転校初日になるその日、五月二日。
――――始まりの朝にしては、ひどく目覚めの悪い、最悪のスタートだった。
とまあ、こんな具合になってしまいました。
序章でございますが、多分今後もこんな感じで急展開に次ぐ急展開だと思います。
一応原作にはある程度遵守するつもりですはい。
追記。
鳴上達がジュネスでビフテキを食べるのは4月30日でした、なので、そこらへんは深く考えずスルーしてください。