転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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第十九話  先を知るから

 冬彦がそれを聞いたのは、二月も半ばを過ぎた頃だった。

 

「統合整備計画?」

「はい。本国、グラナダ共に動きがあるようです」

 

 ぼちぼちと工廠の為のスペースが拡張し終わり、開発局の面々が機材などを設営していく中で、優先度が低いために未だアクイラの中に固定された冬彦の執務室(仮)にて上げられてきた改修案に目を通していた時のことだ。

 

 何度となく繰り返すが、冬彦は普通の士官である。頭に“特務”も“技術”もつかない。普通の将校である。

 独立戦隊の指揮官であり、MS隊の隊長である。あくまで開発局はソロモンに移転したのであり、彼らのトップは局長であるササイ大尉であり、その上に宇宙攻撃軍司令ドズルがいるのだ。

今はドズルが本国に居るため代理で艦隊司令コンスコン少将がソロモンの責任者だが、とにかく冬彦とは指揮系統が別れている。現状、彼らの報告はコンスコンに行ってしかるべきなのだ。

 しかし、コンスコンの方にも今なお拡張を続けるソロモン全体の案件や、宇宙攻撃軍の艦隊の運営など、仕事の種類は幅広く、また量も多い。

 そのために、本人の望む望まざるに関わらず、やはり技術士官のように冬彦は扱われ、開発局関係の書類は共にソロモンにやって来た彼の所に上がってくるのだった。

 

「今教授の“菫計画〈プロジェクト・バイオレット〉”の書類に眼を通すのに忙しいんだけど、どういう動き?」

 

 フランシェスカ中尉が持ってきたのは、また例の如くそれなりに厚みのあるファイルである。読み流すにしても、データメモリのようにスクロールしてツー……というわけにもいかず、一枚一枚精査するのが実に面倒くさい。

 そこで、冬彦は“菫計画”の方のファイルを開く手を止めず、持ち込んだフランシェスカに口頭で概要の説明を求めた。

 

「あー、うん。とりあえず概要だけ言ってみてくれるかな。後で見るから」

「あの、私が中身を見てもよろしいので?」

「いいよいいよ。どうせ俺にお鉢が回ってきた時点で君も半分巻き添えだから」

「……やはりご自身の目で確かめて見て下さい」

「いつか抗命罪で憲兵隊に引き渡してやるからな!絶対だからな!」

「前から思っていましたが、少佐は人の目がないと結構変なテンションですね」

「こうでもしないとフラストレーションが散らないんだよ。そのうち公文書でも技術士官て書かれやしないかとひやひやしてる」

 

 やむを得ず、“菫計画”のファイルを一旦閉じて机の上に置く。これも中々難航しているのだが、艦隊の損害に直轄するだけにそうそう妥協も許されない。

 新型の無人哨戒観測ポッドの開発。艦隊に先行して敵の発見に努めることを目的としているが、戦闘艦に先行できるだけの推力の確保とダウンサイジングの両立などを筆頭に、まだ解決していない問題が多い。

 

「さて、統合整備計画ね」

 

 受け取ったファイルを開き、一枚目から順に頁を捲っていく。ざっと目を通す。提唱者は、色々と有名なマ・クベ大佐である。ちなみに、彼はキシリア派だ。

 

「んー……」

「どんな内容でしたか?」

「ようは、部品や武装の規格や、操作におけるフォーマットの統一をして生産ラインを効率化しようということ、らしい」

 

 一見すると、何ら問題が無いように見える内容である。言っていることも尤もであるし、生産ラインが統一化されれば、その分空いたラインで新しい物も造れる。だが、冬彦の表情はいまいち優れない。

 

「まぁ、名目倒れにならなきゃいいけどね」

「え、なぜです?」

「わからんか?」

「はい」

 

 きょとんとした表情は目尻の下がった“たれ目”も相まって愛嬌があるが、これで冬彦の副官、MS隊次席の実力者である。何せ、初期の第六分艦隊で唯一ザクⅡが回されていたのがフランシェスカだ。

 これでもう少し開発関係の書類を捌いてくれれば嬉しいのだが、冬彦は彼女がグフに好意的な意見を示してからはそういった方面は諦めている。

 

「今から旗を振っても、ジオン、ツィマッドの次の新型にはまず間に合わん。両社独自の規格で造った奴を出してくだろうさ。規格の統一は新型も含めて現行機を順次改修していくのか、いっそ諦めて“次”からか」

「グフもですか?」

「グフもだろうな。……先に言っておくがアレの配備は絶対に認めんからな。あれは陸戦機であるからウチの隊にはいらん」

 

 フランシェスカがまるでショックを受けたかのように若干上体を後ろにそらしたが、事実である以上グフが配備される可能性は無い。というか地上に降下命令が来てもグフは断固として断るつもりの冬彦である。

 

「……もう一つ」

「あ、はい」

「武器の統一は今からでもできなくは無いと思う。部品の規格も、ある程度は。けど、はっきり言ってフォーマット関係は無理だろう、まだ」

 

 フランシェスカから、質問は上がらない。しかし、理解しているようにも見えない。しばらく見ていると、首がこてんと横に倒れた。もう少し説明する必要があるらしい。

 

「中尉、今我々が乗っている機体名を言ってみてくれ」

「ザクⅡです」

「型番まで含めて」

「MS06、ザクⅡです」

「Fが抜けてるぞ」

「そこもですか?」

「当然。そこが肝だよ」

 

 用は済んだと言わんばかりに、ファイルを片手で勢いよく閉じ、机の隅に立てかける。

 代わりに卓上本棚から取り出したのは、また別のファイル。主にザクⅡではなくザクⅠの改修案をまとめてある、とびきり分厚い辞書並みの厚さのファイルだ

 

「中尉はさ、ザクⅠの改修案、最初どれだけ数があったか知ってるかい?」

「いえ……」

「草案の頃も入れると、五十近くあったのさ。内、実際にザクⅠに採用されたのは四つ。正面装甲と防盾の大型化、背部バーニアの追加、他機種用の武装配備、そして電装関係。俺の機体にはモノアイも一個追加されたけどね」

 

 ファイルの頁を、一枚一枚捲っていく。頁の中央には、オリジナルではないがデータの入ったメモリーディスクも納められている。他にも走り書きや、細々としたメモ、付箋、書類の一部なども。この一冊は、ザクⅠ黎明期のある時期を内包していると言っても良いだろう。

 懐かしさと共に、五十以上のファイルを精査した苦しみの記憶でもあるのがたまに傷だが。

 

「ザクだろうとグフだろうと、モビルスーツはまだ黎明期から脱していない。まだ縛りつける時期ではないと思うね。

軍として生産性や諸々の効率向上を目指すなら正しいんだろうけど……下手な矯正はない方が良い。というか矯正できないだろう。

ジオニックはジオニックでザクの後継機をいずれ出すだろうし、ツィマッドもその対抗馬を出してくる。

MIPは……わからないけど、モビルスーツには多様性がまだ足りなすぎる。創意工夫をこらす余地が幾らでもある。まだまだ多用な進化を模索する時期だと思うよ。

……まあ、後々一つの新フォーマットに統一できるよう、今からある程度の互換性を持たせる位で丁度良いよ。まだ」

「なんだか、私には難しくてよくわからないのですが……流石少佐ですね」

「……ま、いいさ。これはササイ大尉にでも渡しておくよ」

 

 “菫計画”と旧ザク改修没案のファイルを戻して、立ち上がる。背を伸ばし左右に振るとごきごきと音がした。時計を確認すると、随分と長く座りっぱなしだったようだ。

 

「さて、中尉。少し出るから付いてきてくれ」

「は。どちらへ」

 

 それまでの様子と打って変わり、すっと背筋を伸ばし、凛とした顔つきに戻ったフランシェスカ中尉に、行き先を告げる。

 手荷物は、卓上から取り出した、また別のファイル一冊で良い。

 

「司令部へ。コンスコン少将のお呼びだよ」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 ソロモン要塞司令部、会議室。広々とした室内の中央に配された長机。

 着席している者達は皆佐官以上であり、その中には冬彦の姿もある。連れられてきたフランシェスカなど、各各の副官である尉官達はそれぞれの上司の背後で佇んでいる。

 

 上座に座るのは、この場での最高位であり、ソロモン要塞司令代理、コンスコン少将である。

 

「それでは、会議を始める。……オイ」

「はっ」

 

 一人の佐官が端末を操作すると、長机の中に埋め込まれた大型モニターに光が灯り、地球を中心とした宙域図が映し出される。それと、地球上の世界地図も。

 

「さて、諸君らも聞いておるかもしれんが、先日、月のマスドライバー基地が連邦の残存部隊に破壊された。これを受け、いよいよ地球降下作戦の決行が決定された」

 

 おお、とどよめきに似た声が室内のそこらじゅうで漏れた。中には、何も口にせず、じっとしている者もいる。冬彦は、後者だ。

 

「降下部隊はグラナダの突撃機動軍の部隊で構成される。我々宇宙攻撃軍はその護衛を務めろ、というのが本国からの通達だ。今日来て貰ったのは、その編成の確認だ」

 

 ピッ、という軽い電子音と共に、何本かの光のラインが生まれる。ラインはソロモン、月のグラナダ、更に地球へと伸びていく。

 

「出発は六日後。編成が完了した後、グラナダで降下部隊を擁した突撃機動軍と合流。その後、地球へと向かう」

「コンスコン司令、ドズル閣下はどうなさるのですか?」

「ああ、閣下は……少し本国で片付けねば成らない案件があって、まだ戻られん」

 

 この時コンスコンが少し言葉を濁したのだが、この場に居る者の多くは佐官級であり、何かしらの問題が起きているのを察した。

そして、それを口にする者はいない。

 

「それと艦隊をグラナダで三つに分ける。本隊は降下部隊の護衛をそのまま務めるが、残りの二つにはそれぞれ別任務に就いて貰う。

この二つの部隊は別働隊であり、多くは裂けん。そこで、小規模艦隊を元から率いている貴官らにそれぞれ担当して貰う。ヒダカ少佐、それと――アズナブル少佐」

 

 

 

 




 どうも感想を見ていて、思っていたよりも私と感想をくださる読者諸兄で冬彦像に差があるなと思っていたら、その原因がわかりました。
 冬彦のガンオタレベルの認識がわたしと皆さんで違うんだと思います。結構ガンオタもわたしみたいなアニメよりも漫画主体な人間がいるみたいに、知識に差があると思うのさ。

 それはそうと、どうも風邪ひきかけっぽいので多分明日は更新無いかもです。

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