「俺はもう駄目なのかもしれん……」
ジオン国公国軍士官学校の寮。五つ並ぶ寮舎の内、三号棟と書かれた棟の一室で男が一人うなだれていた。他でもない冬彦である。
制服を脱ぐことすらせず、襟元だけをゆるめて、持ち込んだ私物の炬燵の天板にデコをつけて突っ伏している。ちなみに炬燵の他に畳が四畳と仕切もあるが、これは炬燵も含め一人部屋を与えられる監督生だからこそ許される特権である。
「もう駄目だ。ドズル校長にたてついたとかいよいよ駄目だ。ザクとか絶対乗れん」
めそめそと己の行いを嘆く冬彦。ドズルの言っていたように、戦車はやり過ぎだったのか? それでは万が一が有りえる。何せシャアがいるのだ。警備兵を蹴り倒して士官学校の敷地から脱出など冗談では無い。
もし仮に連邦駐留地への強襲を許していたらどうなっていたかを考えると、やはりまずいことになっていそうな分、これで良かったのかもという思いもある。
しかし、それでもやはり放っておくのが正解だったのではないか。その考えが捨てきれない。何せ、原作では彼らは怪我をすることもなく事を終えている。その後監督生や警備責任者がどうなったかの描写がないだけなのだ。となればやはり前者が……とネガティブな方へと思考が堂々巡りしている。
冬彦は前世が日本人であるせいか、ちょっとしたことでも後々まで気にする傾向があり、それが若白髪の原因であると同期に言われている。
「うあー、うあー、うぁー……」
もはや言葉もない。左右に揺れる頭と共に、上にずり上がった瓶底眼鏡のフレームが炬燵にあたりカツカツと音をたてるのみだ。
「今更気にしても始まらんぞ。少しはポジティブに考えたらどうだ」
「そうだよフユヒコ。これでも見て元気を出してくれ」
ぐすぐすと鼻をならす冬彦に、左右から声がかかった。実はこの時、冬彦以外にも部屋に人がいたのだ。
冬彦を挟んで炬燵の左右に陣取る男女。どちらも冬彦と同じ監督生である。監督生は各舎に一人ずついて計五名。今この場に居るのは、一号棟のドミニク・トニックと二号棟のアヤメ・イッシキである。
共に名家の生まれで、協調性を評価されて監督生になった冬彦と違い同期の主席と次席。
そんなエリートであるにも関わらず国の中枢たる一族の末子にけちをつけ、士官学校の校長にも睨まれた冬彦との交流を切ることもなく、励ましをくれる。頼もしい仲間達。
冬彦はそう思い顔を上げて。
『無いわー』
と太字のマジックで書かれたアヤメのスケッチブックを目にして、再び炬燵の天板へ崩れ落ちた。ごつり、と鈍い音がした。
もう言葉どころか声すら聞こえない。
その様子に、冬彦から見て左に座るドミニクがアヤメのことを窘める。
「アヤメ、だから流石にそれは止めておけと言ったのに」
「いや、つい面白くて」
心の中で評価を改めつつ、突っ伏したまま顔だけを前に向ける。その際、ずり上がったままの眼鏡をついと指で下に弾いてかけ直すのは忘れない。
「おのれー……一体何しに来やがったんだこんちくしょうめ」
「わざわざ励ましに来てあげたんじゃあないか。何が原因であんなことをやらかしたのか知らないけどさ。こんな旧世紀のネタでも、少なくともそうやって顔を上げることはできたろう?」
「全くだ。誇り高きジオン公国軍士官学校の監督生がいつまでもめそめそとしているのは褒められた物では無いからな」
「それにしたって荒療治がすぎやしませんかね」
「知らん」
「そうだよ。ほら、次は身体を起こすことだ。みかんが欲しいか? それとも僕のキス?」
「みかんで」
「……前から思ってたけど、時々出てくる容赦の無さはなんなのかな」
「“常識”って言うんだけど知らんか?」
言いながら、冬彦の頭の上にアヤメがみかんを器用に乗せる。それを右手で回収してから、冬彦は一度炬燵から出て立ち上がり、のびをしてから座り直した。
「おい」
「何かな」
「何だ」
「……足が伸ばせんのだけれど」
二人は顔を見合わせて
「そりゃあ」
「僕らが伸ばしたからね。今」
「出てけっ!」
「さて、フユヒコの背筋が伸びたところで、いい加減ことの詳細を話して貰おうか」
「猫背だけどね」
「茶化すな。ごまかそうとしても、今度ばかりは引き下がらんぞ。まっさか俺たちに隠し通せるとは思ってないだろうな?」
「本当だよ。外出先から戻ってきたら校舎が半壊してるじゃないか」
足を伸ばせなくなったフユヒコがいっそのこととお茶を入れて戻ってから、監督生三人が頭をつき合わせる。
ドミニクとアヤメ、両名とも数少ない外出組であり、フユヒコがシャア達の鎮圧に動いたときには校内におらず、詳細に何が起きたのかは把握していない。もちろん、箝口令はとっくの昔に出ているため他の生徒も口を割らない。というか、一般の生徒ではそもそも何も知らない。
士官学校での異常事態。こんな爆ネタを、名家出身の二人が見逃すはずがないのだ。こういった誰かの醜聞に直結するような話は、使いどころを間違えなければ大きな力にもなる。それを誰より知るのは主席と次席であるこの二人に他ならない。
自然、ずいと頭が前に出る。
「いや、まあ。問題が起きそうだったからそれを鎮圧するのに必要な措置をとっただけというか」
「新型の、マゼラ・アイン空挺戦車も?」
「マゼラ・アイン空挺戦車も」
「学校付き警備兵の逐次投入も?」
「逐次投入も」
「……結局何が起きたのさ」
「……暴動?」
「はあ!?」
アヤメが急に立ち上がろうとして腿をしたたかに炬燵に打ち付け悶絶し、ドミニクは眉をしかめる。もちろん冬彦の口から出た言葉にではなく、お茶が湯飲みからこぼれた事に対してだ。
「暴動とは、穏やかじゃないぞ」
「穏やかじゃないさ。笑って済ませられるようなことなら、機甲課の連中に頭ごなしに戦車を出せ何て言えるわけがない」
「主犯は」
「……二期下の、中心にいる奴ら」
「あー、そういうことか。わかった。ほいほい言うわけにはいかないね」
二人にはこう言えば通じると踏んで、わざとぼかして言ってみたところ、果たして二人はその意図を読み取った。
ガルマ・ザビとシャア・アズナブル。二期下におり、おそらくこのまま行けば主席と次席を得るであろう二人。
シャアの名前を出さなかったのは、二人が近しい位置にいるためシャアの名を出せば芋づる式にガルマの名前も出てくると判断したからだ。
「なるほど。その悲観っぷりも理解した。わからんではない。かといって見逃せば首が飛ぶか」
「それにしたってマゼラ・アインはやっぱりやり過ぎ何じゃないかな? 暴動と言っても何を目的にしていたのさ。彼らなりの主張は? そこも把握しているんだろう?」
「主張の方はよくわからん。けど、やろうとしてたのは連邦軍の駐留地強襲」
「は?」
「連邦軍の、駐留地強襲」
アヤメは、脇においていたスケッチブックをもう一度机の上に置いた。
開いたのは同じ頁。内容はもちろん同じ。『無いわー』である。
「だろう?」
「マゼラ・アインを出した気持ちはわからんでもない。いやでもやはり戦車は……」
「けどどっからそんな情報掴んだんだ? 僕らでも知らなかったのに」
「匿名でタレコミ。いやぁ、人望があるってスバラシイ」
「黙れ若白髪」
「なんだとこの野郎」
お茶を拭き終わり、一息つく。多少の悪態はふざけ逢っているだけであって険悪になるような事もない。
冬彦もある程度抱えていた物を吐き出してすっきりしたのか、多少はマシな顔になっている。よくよく考えれば、多少出世が遅れるかも知れないが、ザクには乗れるかもしれない。冬彦としてはザクに乗れれば良いのだから、そう考えれば何とかなるような気がしてきたのだ。
「そういや二人は、もう配属先、決まったのか? 俺ドズル校長から一時的に先送りにされてるんだけど」
「うん? 総帥府だが」
「艦隊付き参謀見習いだよ」
冬彦は三度、崩れ落ちた。
ガンダムむつかしいよ。こんなでも大丈夫?寒いと思ったら迷うことなくブラウザバックをお願いします。
前回のネタが何なのかという感想があったのでぼかしてお答えします。
強運の人は結構マイナーです。あるガンダム漫画の登場人物なので、準公式?のキャラです。インタビューを受けてたり、ガンダムに友人の乗るザクを撃墜されたりしてます。
もう一人、一芸の人、提督です。こちらはもうあれです。ガンダム関係ないですけど、某超有スペースオペラの主人公の片方です。歴史学者になりたかったのに何だかんだで提督になってしまった。あのお方です。紅茶党だった気がする。
今回もご意見ご感想ご指摘その他ありましたらなんでもお願いします。