アクセル・ワールド ――もうひとつの世界――   作:のみぞー

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第2話 決めろ! 必殺技!

 

 

 マサトにとって初めてのVR型対戦格闘ゲーム《ブレインバースト》

 今日始めたばかりのマサトと違い、幾度も勝ち星を拾ってきたラピスラズリ・スラッシャー。その強烈な攻撃を前にビビってしまうがアバターの性能差を利用した隙を作り出し、一撃カウンターを決めるマサトことプラチナム・ドラゴニュート。

 このままいけばスラッシャー相手に勝てるかもしれない。

 そう考えるドラゴニュートだったが――

 

 

 

 

 ――だがそんな高揚もすぐに打ち消されることとなる

 

「うおぉぉおお!!」

 

 地の底から聞こえてきそうな雄たけびと共に瓦礫の山からとび出てきたのは先ほどドラゴニュートの攻撃をモロに喰らってしまったラピスラズリ・スラッシャー。

 その体に身に着けている軽装の鎧にはいくつもの傷やヒビが走っているが、その手に持つ自慢の剣と頭を覆う兜には彼自身の闘争心がごとく傷ひとつ負っていなかった。

 

 瓦礫の上に立ちながら剣でドラゴニュートの方をつき指し、彼は落ち着き払った声でドラゴニュートに勝利を宣言し始める。

 

「さっきは油断した。まさかこの剣で切れないものがあるなんて。

 でも、もうお前の弱点を発見した。だからこの勝負はオレの勝ちだ」

 

 自信たっぷりのスラッシャーの宣言はかつて無く興奮していたドラゴニュートの逆鱗に触れ、ドラゴニュートの感情は怒りによって完全に暴走してしまった。

 

「そういうのをね! スラッシャー、負け惜しみって言うんだよ!」

 

 最初の立会いはスラッシャーが先手だったが、今度はドラゴニュートから攻撃を仕掛けるために銀色の体がドスドスと音をたてスラッシャーへと駆けて行く。

 途中道に転がっていた瓦礫はその大きな足で踏み抜き、粉々にしていった。こんなものは《メタルカラー》の彼にとって走行の邪魔にすらならないのだ。

 

 そしてスラッシャーへあと2歩と迫った時、ドラゴニュートは踏み出した左足を軸に後ろから近づいてくる右足を振り子のように弧を描かせながら思いっきりスラッシャーへと突き出した!

 

 通常技その2、《キック》である。足の筋肉は手の数倍はある。さらに走ってきた勢いものっているこの攻撃を喰らえばさっきのパンチ以上に彼は吹っ飛び、さしものスラッシャーでも残りのHPを全て持っていかれるに違いない。

 そう、彼が素直にその攻撃を喰らえば、の話ではあるが……。

 

 スラッシャーは左足を半歩、右後ろにズラす。ただそれだけの動作だけでドラゴニュートの渾身の蹴りをかわしてしまっていた。

 その一瞬が交差した後。残るのは、足を振り上げたまま固まる隙だらけのドラゴニュートと、剣を下段に構え、万全の体勢を取るスラッシャーの姿であった。

 

「ええぇいっ!」

 

 そのまま無拍子で雷光のような突きを放ってくるスラッシャー。

 ドラゴニュートは反射的に左手を持ち上げ、体を庇うことしか出来なかった。

 しかし、その行動もスラッシャーは読んでいた。

 むしろ彼はその曲げた左腕を狙っていたのだ。より詳しく言うのならば腕を曲げることで露出する肘間接部を……だ。

 

「う……グアあぁぁぁ!!!」

 

 一瞬の衝撃の後、体中を走る激痛にドラゴニュートは叫びながら肘より先の無くなった左腕を右手で抑えることしか出来なかった。

 

 そう、ドラゴニュートの弱点のひとつは両手両足の間接にあった。

 彼の体の中でこの間接部分だけが細くもろく出来ていた。

 彼自身が思いっきり振り回したり無茶な動きをしたりしてもそう簡単に壊れるものではない……だが、敵がその部分を攻撃してきた場合はその限りではなかった。

 

 

 

 

 ラピスラズリ・スラッシャーは叫び声を上げるプラチナム・ドラゴニュートをただジッと見つめるだけだった。

 彼は痛みにもがいている相手をさらに打ちのめすような非情の持ち主ではない。

 むしろその逆、毎回この瞬間だけは良心の呵責に黙って耐えるしかない。

 いくらゲームの設定で痛覚はある程度抑えられているとはいえ部位欠損の痛みは恐らく生半可な痛みではない。

 ましてや相手は自分と同年代の子供たち、その痛みに耐えられるわけがない。

 

 スラッシャーの攻撃により部位欠損が起きてしまうとその相手はほぼ全員その後満足に行動できなかった。ものの数十秒で落ち着きはするものの、それ以上戦う気力が湧いてこないのだ。

 

 恐らくこの銀色のアバターも同じに違いない。さっきの攻撃によりHPも逆転することが出来たし、このまま時間経過による判定勝ちにでもすれば……そう、スラッシャーが考えていた時だった。

 痛みに耐えているはずのドラゴニュートの声が段々と変化していくのをスラッシャーは感知した。

 

「あ、あぁぁ……ああ、はは……ハハハハハ!」

 

 笑っていた。

 

 今まで左腕が無くなった痛みに耐え、体を丸めていたドラゴニュートは一転。逆に背を逸らし、額に生えた角を天へと突き出して大声で笑っていたのだ!

 

「あー、こんなに楽しいゲームは初めて。待っていてくれてありがとう、スラッシャー。さあ、もう落ち着いたから続きをやろうよ……」

 

 そう言って傷ついた左腕を庇いながらドラゴニュートは構えだす。それは今までの素人丸出しの構えなんかではなかった。

 左足を半歩引き、右肩を前面に出した半身の構え。右腕はしっかりと脇を締め、拳は顎と同じ高さへ上げられている。

 

 その構えにラピスラズリ・スラッシャーはどこか見覚えがあった。

 それはまるで鏡写しのような……。

 そう、スラッシャーの考えはあっている。ドラゴニュートの構えは初手、スラッシャーがドラゴニュートに突進してくる前にしていた構えを真似したものであったのだから。

 

 ――コイツ……!

 

 スラッシャーが自分の構えを相手が真似しているとわかったとき、得体の知らない震えが全身を駆け巡っていった。

 

 ゲーム初心者が素早く上手くなるコツとは何か……

 それは上級者の動きを真似することである。

 

 その考えをさらに一歩進め、片手でも負担の無いような構えへとアレンジしてこの銀色アバターはそれを体現せしめたのである。

 

「あは……あはははは、はははははは!」

 

 ラピスラズリ・スラッシャーもまた笑い出してしまった。

 この相対する挑戦者が戦いの天才だったから絶望してしまった……訳ではない。

 

 ドラゴニュートが強かったからだ。精神的にも、身体的にも、自分と同じくらい強かったから面白かったのだ。

 スラッシャーはこのままドラゴニュートが戦う気も起きずに降参するようなら、この対戦が終わったあとにこの《ブレインバースト》をアンインストールするつもりでいた。

 なぜなら弱いものいじめをしているみたいで面白くなかったからだ。

 スラッシャーにとってゲームの面白さとは、同じようなレベルのプレイヤーと切磋琢磨しながら上達していくことだと考えていた。

 

 普段なら格闘ゲームの動画を見ることすら出来ないこの時代にこんなにリアルで白熱するような格闘ゲームを出来るということに始めは興奮していた……いたのだが。

 しかし、みんながみんなそうではなかったのだ。

 一発殴れば泣き出し、降参する。部位欠損のダメージを受けた奴は今日のマッチングリストに現れていなかった。

 こんなゲームはつまらない、だからもうやめよう……そう、思っていたのに!

 

 

「さあ! ゲームを始めようか!」

 

 ドラゴニュートの声を皮切りにラピスラズリ・スラッシャーは剣を再び右上段に構え、プラチナム・ドラゴニュートへと突撃していった。

 そう、まるで始めの場面の焼きまわしのように!

 

 

 

 

 ――このままじゃジリ貧だ!

 

 プラチナム・ドラゴニュートはラピスラズリ・スラッシャーの連続攻撃を耐えながらそう思った。

 相手の攻撃は素早いながらも決して見えないような速度ではない。弱点である間接狙いの攻撃はすこしズラして硬い金属面へと当てることが出来るし、スラッシャーの攻撃ではドラゴニュートの金属を切断することは出来ない。

 この勝負完全にドラゴニュートの優勢かと思われるが実はそうではない。

 

 ――攻撃が、当たらない!

 

 そう、スラッシャーの攻撃を防ぎ、そのあとの隙を狙ってもスラッシャーはドラゴニニュートの攻撃を後一歩というところで避けてしまうのであった。

 

 コレがプラチナム・ドラゴニュートの2つ目の弱点。

 体が重くスピードが出ないのである。

 

 プラチナは金属の中で3指に入るほどの比重を誇る金属であり、その重さは同じ大きさの鉄と比べてもプラチナの方が約2.6倍も重くなるといえばその数値の高さがわかっていただけるだろう。

 そして、アバターの速さを第一とするブレインバーストというゲームではその重さはとても致命的なものだった。

 

 さらにこのゲームの基本原則のひとつに同レベル同ポテンシャルの鉄則がある。

 いくら切断攻撃に強い《メタルカラー》のドラゴニュートでも相手は『スラッシャー』の名前の通り、最も得意とする剣の攻撃を喰らってノーダメージといくわけがない。

 少しづつ、少しづつHPバーを削られていき、何も出来ないまま負けて終わってしまう。このままそうなるのは時間の問題だった。

 

 ――せめて、せめて攻撃のリーチ差をなくすことができたなら!

 

 いくらドラゴニュートが遅いといっても相手の攻撃後の隙を着いてすら攻撃をかわされてしまうのは、スラッシャーが持つ剣とドラゴニュートの腕の長さの違いも大きい。

 

 もし後10センチ、いや5センチでもこの腕が長ければ掠りダメージくらいは与えられたのに。

 ああ、このままなす術もなく負けてしまうのか、こんな楽しいゲームをそんな形で終わらせてしまってもいいのか……。

 ドラゴニュートは必死に考える。一分一秒でも長くこのゲームを楽しむために、勝利という最高の結末でこのゲームを終わらせるために。

 

 

 ――いや! まだ手はある!

 

 

 ドラゴニュートはひとつの秘策を思いついた。思いついたが、しかしまだ足りない。もう少し、もう少し待たないと……。

 ドラゴニュートがちらりと見上げたドラムロール。その時間は刻一刻とその数値を減らしていくのだった。

 

 

 

 

 ――こいつ! この状況でまだ諦めていないのか!?

 

 スラッシャーはドラゴニュートが自分と同じくらいこのゲームを真剣に遊んでいると感じてから、一切の手加減なくドラゴニュートのことを追い詰めていた。

 スラッシャーは最初の一撃を喰らってからその攻撃がとても重く攻撃力の高いものだとその身で感じたが、決して避けられないものではないとも感じていた。

 それどころか、昨日戦ってきた相手がむちゃくちゃに振り回す駄々っ子パンチのそれよりも幾分か遅いとわかってしまったのだ。

 

 それがわかったのなら後は確実に相手に嫌悪されるだろう安全圏におけるヒット&アウェイの連続だった。

 この状態が続いてもいずれは相手のHPゲージがゼロとなる。もし痺れを切らして大降りの攻撃を仕掛けてくるなら、その隙に間接へと攻撃する。

 

 もうスラッシャーの勝ちは確定したといっても過言ではなかった。

 しかし、ちらりと顔を上げた相手の顔のバイザーの奥から見える光る目には諦めという感情はこれっぽっちも感じられないのであった。

 

 ――いったいお前がどんな手を考えていようとも、もう遅いぞ!

 

 もうドラゴニュートのHPは一割を切っている。

 さらにスラッシャーは今までの攻撃でたまりに溜まった必殺技ゲージを解き放つつもりでいた。

 

 ラピスラズリ・スラッシャーの必殺技《フォース・スラッシュ》

 その名の通り、目にも留まらぬ四連撃を相手に叩き込む、実際の対戦では一度も使ったことの無い技である。

 昨日、とあるアバターとの対戦後、誰もいなくなったフィールドで放ったあの技は誰も初見では対処できないだろうという自信がある!

 

「コレで終わりだ!

 《フォース・スラッシュ》!!」

 

 この技の初手は上段からの高速の袈裟切り、この一太刀だけでもドラゴニュートの残り少ないHPを全部持っていってしまうに違いない。

 必殺技の音声発動を確認し、スラッシャーの剣がライトエフェクトに包まれ、高速で振り下ろされそうになるその刹那!

 

「いいや! まだ終わっちゃいない!」

 

 ドラゴニュートも自分の持つ唯一の必殺技名を叫ぶ!

 

 次の瞬間――

 

 ――消えた!?

 

 今までスラッシャーの目の前でコレでもかというくらい自己主張していた銀色の体か突如として彼の眼前から消えてしまったのだ。

 アドレナリン過多による高速思考のなか、スラッシャーは自分の剣を振り下ろした後ようやくドラゴニュートの姿をその目に捉えることが出来た。

 彼はまるで大げさにお辞儀するかのように頭を下げ、スラッシャーの振り下ろしを回避していたのだ。

 

 ――ギリギリかわされたか! でもっ!

 

 《フォース・スラッシュ》の二撃目は高速の振り上げ、その崩れた体勢ではとてもかわせるものではない。

 スラッシャーはシステムどおりに動くその体に身を任せてしまう。

 しかし、ドラゴニューとの体はゆっくりと――いやこれは加速した思考が見せるスローモーション映像と同じようなもの、実際彼はスラッシャーが振り上げる剣と同じような速度でその体を回転させていく。

 

 チリッ! という音と共にスラッシャーの二撃目はドラゴニュートの脇腹を掠らせるだけで再びかわされてしまった。

 

 ――まだだ! もう二撃残っている!

 

 しかし、その残りの二撃は放たれなかった。

 なぜならドラゴニュートの太く逞しい光り輝く尻尾が剣を振り上げた姿勢の隙だらけの脇腹に吸い込まれるようにヒットしてしまったのだから。

 

 

 

 

 そう、ドラゴニュート唯一の必殺技は《TAIL(テール) ATTACK(アタック)》 その間抜けな技名とは裏腹に、重量のあるプラチナの塊が遠心力を伴って広い範囲の障害物をものともせずになぎ払うことが出来るその必殺技は恐らく現ブレインバースト内でも屈指の威力を誇る必殺技であろう。難点といえば必殺技ゲージの8割も消費しなければいけないことだろうか。

 そのせいでドラゴニュートは本当にギリギリまでスラッシャーの攻撃に耐えなければならなかったのだから。

 

 しかし、その必殺技をモロに喰らってしまったラピスラズリ・スラッシャーは残っていたゲージを大きく削られ、さらにいくつもの建物を貫通、その衝撃によりついにはHPをゼロにされてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 その後、マサトとスラッシャーはお互い満足した顔で再戦の約束をし、このゲームの世界から退場していった。

 現実世界へと帰るとマサトはゲームの世界に入る前と同じくベッドの上で上体を起こした姿のままであった。

 

 アレだけ激しい戦闘を行い、長い間VR空間に潜っていたんだ、体が倒れていたりしてもおかしくは無いのだけど……。そう考えたマサトがふとニューロリンカーによって表示された時計の数字を見てみると、あのゲームを開始してから時間が一分もたっていないことに気がつく。

 

 そんな馬鹿なと、テレビ、電波時計の時刻を確かめてもどれも同じ数値を示していた。

 

 どういうことかと考えていくうちにそういえばと、ひとつ思い当たることがあった。

 普通ならこの時間帯は子供は登校時間のはずだ、多分あの商店街もスラッシャーの通学路に違いない。そんな中、VRへ《完全ダイブ》しているために30分もその場でボーとしている小学生を周りの人が放っていくのか? ということだった。

 

 もしかして、これは対戦格闘ゲームなんてそんな枠に嵌められるものじゃなくて……もっと深くて大きな――

 

 

 そこまでマサトが考えた時だった。

 マサトがあの“魔法の呪文”を唱えた時と同じようにガラスが割れたような甲高い音がマサトの耳を打ち、再びあの全面青の不思議な世界へと誘った。

 

 しかし今回はペンギンのアバターへと変わらずに直接シルバーメタリックの巨漢になり、恐らく病院の正面玄関へと飛ばされてしまうのだった。

 恐らく、といったのは今回のステージがつい先ほどスラッシャーと戦った月の浮かぶあのステージではなく、病院自体が世界樹のような巨大な木となり、他にも建物が大人30人でも抱えきれなさそうな巨木へ次々に換わってしまったからだった。

 

 これはたぶん挑戦者が現れたときのシチュエーションなのだろう、恐らくスラッシャーもこのような現象に襲われたのだろう。

 そしてその挑戦者は――正面にいるあの色鮮やかなアバターの他にいない……。

 

 ドラゴニュートは再び30分間闘いの場へとその身をゆだねた。

 相手と自分の力を出し切った充実した30分を過ごした彼は現実世界で数秒前に考えた疑問なんてこれっぽっちも思い出せなくなっていたのだった。

 

 

 

 




 作者設定
 前話のものと一緒にやります。
 ・ゲーム起動最初に出てきた説明文。
  《親》もいなければ説明する人も居ない最初期のBBプレイヤーたち《オリジネーター》、さすがに何らかの説明文があったのではないのかと思い設定を捏造。

 ・100人の名前が出るマッチングリスト
  これも東京にいる100人の小学生が一斉にダイブしても同じ区画にいる人物なんて限られすぎると思い、最初期に限りBBプレイヤー全員とマッチングできるようになるという設定にしました。

 誤字、脱字、気になる点があれば報告お願いします。

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