アクセル・ワールド ――もうひとつの世界――   作:のみぞー

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前回最初に書き忘れましたが、
感想にて設定についてのご指摘をいただいたため、ドラゴニュートの名前を《プラチナム・ドラゴニュート》に変更いたしました。


第20話 王の集い

「それじゃあ行ってきまーす!」

 

 マサトは自分の足ピッタリの運動靴を玄関で履きながら家の中にいる住人に声をかけた。

 そう、今マサトは病院ではなく普通の一軒家で生活しているのだ。

 

「はいは~い。マサトくん、ちゃんとハンカチ持った? お財布の中身は確認した?」

 

 心配そうに声をかけながら床の間から顔を出してきたのは木戸 ツバキ。カンナの母親である。

 ツバキがたまたまマサト家に居たわけではない、マサトが木戸家に厄介になっているのだ。

 

 マサトが木戸家に居候を始めたのはいつの頃だっただろうか……マサトの体力が外で生活できると医師に判断され、退院の許可が下りそうになった頃だ。折り悪くマサトの両親が海外に転勤することになってしまったのである。

 それならば子供であるマサトは選択権も無く両親のどちらかに付いていくしかない筈なのだが、転勤先の環境が悪かった。寒さが厳しい北国か、太陽照りつける南の地のどちらかなのである。

 

 海外に移るだけでも精神的に大きな負担だというのに、体力も一般人に劣るマサトがそのような土地で暮らせるわけが無い。かと言ってマサトの両親は親類もおらず、このままでは日本の施設に入れてしまうか、それとも海外で病院生活に逆戻りか……となったところで木戸家が介入してきたのだ。

 

 カンナのお節介、押しの強さは元来母親譲りのものであり、本家本元(ツバキ)はさらに搦め手、丸め手まで使う有様。

 そこまで迷惑をかけることは出来ない、というマサトの両親に対して、ジリジリと笑顔で迫るツバキにマサト家は終始押されてしまうこととなる。

 結局、両家で何度かの話し合いを隔て、マサトは木戸家の一員となることになり、そのまま日本で暮らすことになったのだ。

 

 マサトもなれない海外に赴くよりは日本に留まれることに安心したが、このままずっとツバキに甘えているわけにもいかないと考えており、中学を卒業し、働ける年齢となったら独り立ちしようと常々考えていた。

 ……が、小学6年生になったばかりのマサトには具体的な道筋は見えてこないし、焦っても仕方が無い。3年先の事ばかり考えるよりも、今目の前の生活をしっかりこなすことも大事だ、ともマサトは思っていた。

 

「はい、大丈夫です」

「そう? 今日も暑いしバイタルチェックには気をつけるのよ?

 ……それにしても夏休みに入ったからといってカンナはまだ寝ているのかしら……もう中学生なんだからしっかりして欲しいわね」

 

 心配そうにカンナの部屋がある2階を覗き込みながらツバキはポツリと小言を漏らす。だが、カンナが精神的に弱っていることを知っているマサトは同意することが出来なかった。

 未だにカンナは楓子との仲を持ち直していないらしい。先日、少しスッキリしたようだったが、どうやら空元気だったようだ。

 あのまま楓子の事は一旦外に置いておいて、気にしないようにする様な、もう少しカラッとしている性格だと思っていたのだが……、友情に関してはまた違うらしい。今日、楓子と繋がりがある人物と話して、何か進展させることが出来ればカンナも気持ちを持ち直すことが出来るだろうか。

 

「カンナなら大丈夫ですよ。ボクもいますから」

 

 もし、ずっと落ち込んでいるようだったら自分が元気付けてみせます。そういう意味で言った言葉だったがツバキは別の意味に捉えたようで、マサトの方に振り返る。いつもの2割り増しくらいの笑顔で――

 

「あらあら、それじゃあ今度からマサトくんにカンナを起こしてもらおうかしら。あの子、反抗期なのか私が部屋に入るとすっごく怒るから……。マサトくん、これからも(・・・・・)カンナをよろしくね?」

 

 と言ってきた。マサトは普段からツバキさんにお世話になっているし、カンナを起こすくらいなら自分でもできる。そう考え、マサトは元気よく返事をする。……が、今日のところはこれから用事があるからと、ツバキの見送る言葉を聞きながら木戸家を飛び出すのだった。

 

 

 

 

 

 マサトの目的は大レギオンのリーダー8人による小さな集まりだ。

 先日カンナに話したように彼ら8人はこの1ヶ月の間に全員レベル9に到達し、今日はそれに伴い発生した問題について話し合おう、ということだった。

 本来ならこれまでのレベルアップに伴った苦労話を共に肩を叩き、笑いながら語り合うような、そんな明るいパーティーになるはずだったのに……。

 

 レベル9……。

 レベル6に上がる頃から加速度的に増えていったレベルアップに必要なバーストポイントはレベル8となった時、ついに1万ポイントもの対価を求めてきた。

 どこにでもあるようなRPGならば、序盤で過ぎ去っていくはずのレベルでもBBプレイヤーにとっては険しくも厳しい道のりだったのだ。

 

 同レベル同士での対戦でようやく10貰えるそれを1千回、最低でもそれほどの回数を繰り返さなければいけなくなる。しかもレベル8(同レベル)ともなると大レギオンに2、3人、全体で見ると20人にも満たない数しかいないのだ。

 

 レベルの低いものに勝ってもレベル差ぶんポイントを引かれてしまうし、エネミー狩りは団体で無いと安定しない。10ポイント以上のリターン(経験値)があるエネミーは巨獣級以上のエネミーを倒すしかなく、それを安定して狩るには10数人の予定を合わせなければいけなくなるのだ。

 

 1人の時は小獣級や野獣級をチマチマと狩りつつ、たまに巨獣級を数日キャンプしながら大人数で倒していく。

 巨獣級以上のポイントをくれる神獣級エネミーなんかはしかし、数回死ぬことを前提に戦うのだから採算は決して合うものではない。それに下手をすれば神獣級の行動と場所によって《無限エネミーキル》の可能性もあるのだからなおさらだ。

 

 

 そんな中でマサトはよくレベル9までの道を歩めたものだと自分に感心する。いや、この道は1人で歩んできたものではない。色んな人の助け合ってこそのレベル9なのだ。

 

 マサトは今まで自分を助けてくれたみんなを思い浮かべていく。

 レギオンのメンバーや、迷っている時に相談に乗ってくれたカンナ、始めにレギオンを引っ張ってくれたドレイク。

 そしてここまで来るための決意を促してくれた――。

 

『次は、永田町、永田町です――』

 

 そこまで考えたところでマサトは顔を上げた。電車がそろそろ目的地に近づいて来たからだ。

 

 その場所とはなんと国会議事堂前。

 今日はみんなでそこに集まろうというのだから、彼らBBプレイヤーは恐れ知らずな連中ばかりである。

 おそらく派手好きの《イエロー・レディオ》あたりが提案したのだろう。しかし、好奇心に負けてその意見に反対しなかったマサトたちも実際、五十歩百歩といえる……。

 

 

 今回の集まりは《無制限中立フィールド》ではなく《通常対戦フィールド》の……それもバトルロイヤルモードで行なわれる。

 

 バトルロイヤルモードとは、挑戦者のいるエリア全域に存在しているプレイヤーの中でバトルロイヤルモード受付設定をONにしている全ての者と一斉に戦うことが可能となるモードで、いちいち《ギャラリー》に登録しあうよりも煩わしい手続きをしないで一堂に(かい)することが出来るので、今回はこの方法が採用された。

 

 なぜ《無制限中立フィールド》にしないのかといわれれば、《上》は常にエネミーの妨害を警戒する必要があるし、王の会話を盗み聞く者も現れる恐れがあるからだ。

 レベル上位者でないと話せないこと(心意など)もあるし、今回に限ってはレベル9以外の者には聞いてほしく無いルールを話し合うためである。なので、《通常対戦フィールド》にて集まり、ギャラリーが現れない《クローズドモード》で対戦を行なった方が安全なのだ。

 

 しかし、《ブレイン・バースト》の最高レベルの者たちが集まるその場所に、関係の無い第三者がバトルロイヤルモードをONにしてちょっかいをかけるような剛の者はいないだろうが、それでもリアルアタックの危険や、王たち相手にリアル割れの可能性がある。

 そのためマサトは国会議事堂前駅ではなく、その手前の永田町で電車を降りるのだった。この場所でもバトルロイヤルモードの範囲内なのであとは約束の時間まで時間を潰すだけだ。

 

 とはいっても……永田町駅を降りたマサトはすこし後悔し始めた。永田町駅付近には、時間を潰せるような場所が全く無かったのである。周りはビル ビル ビルばかり。これなら赤坂見附駅の方から地上に出たほうが色々あったかもしれない。

 

 これから移動しようか……。一瞬そう考えるマサトだったが、いや、人がいないからこそリアル割れの可能性が減るんだ! と自分を奮い立たせて自分の欲求を跳ね除けた。

 しかし、話し合いが長くなるようなら移動しよう。などと気弱な考えも浮かべながらマサトは目に付いたファストフード店に入っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 午後12時ジャスト。

 ハンバーガーを食べ終わり、カップに残った飲み物をストローで吸い上げているところでマサトは加速世界に突入した。

 予定通りの加速だったので特に驚きはしなかったが今から30分後、飲み物を飲んでいることを覚えているだろうか……と一抹の不安を覚えるマサトだった。下手したら盛大にむせ返ってしまうかもしれない。

 

 

「ま、そんなことより移動しなくちゃ。みんなを待たせると悪いしね……」

 

 フィールドはおそらく《古城》ステージ。

 周りの壁は全て時を隔てた城壁のようなものとなり、地面はコンクリートではなく砂へと変わっていた。

 気温は高くも無く、低くも無い。雲がゆっくりと流れるいい天気のようだし会合にはピッタリのステージ選択だった。

 

 ドラゴニュートとなったマサトは城壁を一足に飛び越えながら目的地の国会議事堂前に進んでいく。

 

 

 

 

 ドラゴニュートが加速世界の国会議事堂に急いで駆けつけたつもりだったが、彼らはマサトより近い場所で加速したのだろう。

 すでにドラゴニュート以外の他の王たちは国会議事堂前に集結しているのだった。

 

 他の王――

 《白の王 ホワイト・コスモス》

 《青の王 ブルー・ナイト》

 《黄の王 イエロー・レディオ》

 《黒の王 ブラック・ロータス》

 《赤の王 レッド・ライダー》

 《緑の王 グリーン・グランデ》

 

 そして《紫の王 パープル・ソーン》

 

 彼女が一番新しい、王であり《純枠色(ピュア・カラーズ)》でもあるプレイヤーだろうか。

 今は家で塞ぎこんでいる《フレイム・ゲイレルル》の情報だが、ソーンはなんと《レッド・ライダー》の恋人らしい。

 

 その影響なのか、それともこの中で1番早くレベルを上げてきたからか、ソーンの性格は……なんと言うか、“スレ”ていない。

 一応は高レベルプレイヤー特有の……気配の“厚み”のようなものは感じるが、彼女の性格は天真爛漫で喜怒哀楽の表現が激しい……ドラゴニュートの苦手なタイプのものだった。

 しかし、小中学生しかいないBBプレイヤーに言うのも変ではあるが、ソーンの子供っぽい性格というのは本当に珍しい。

 

「あ、やっときた! 遅いよ!」

 

 そのソーンが近づいてきたドラゴニュートに気が付いて手を振り上げた。

 ソーンの仕草に顔を上げた他の王たちもそれぞれ声をかけてくる。ドラゴニュートもそれに返事をしながら7人の輪のなかに入った。

 

 ぐるりと様子を見渡すが、皆一様に浮かばない表情を浮かべている。これからの話し合いによってはもうこれから一同が集まることは無くなる可能性もあるのだから仕方ないのかもしれない。

 

 

「さて、早速で悪いが時間も無限じゃない。“例のルール”について話し合おうじゃないか」

 

 音頭を取ったのは《ブルー・ナイト》であった。

 王が集まる場合、大抵はナイトか、ライダーが議長のような立場になるので誰も文句は言わない。

 

「それじゃあまずルールの内容を確認しようか」

 

 ドラゴニュートはナイトに合いの手を入れる。全員が現状を把握しているのか、その確認なのだが、ドラゴニュートの言葉を横から笑うものが現れた。《イエロー・レディオ》である。

 

「そんなものこそ時間の無駄でしょう。この場に居る者で“かのルール”を覚えていない者がいればそれはただの愚者ですよ」

「そーかもねぇ、めんどくさい話はいらないからちゃっちゃと先に話を進めようよ」

 

 その言葉にソーンも賛成する。

 場の空気も不安と焦りでギスギスし始めてきていたのでドラゴニュートは肩を竦めながらソーンの言うとおり、ナイトに先を促した。

 

「みんなが必要ないって言うなら先に進めるか。じゃあとりあえずみんなの意見を聞こう。この先、俺たちはどうしていくのか、このままお互いに干渉しない和平か…………。

 

   それとも凄惨な殺し合いを行なうか」

 

 

 その言葉で場の空気が固まっていく。

 ナイト含めて誰も微動だにすることは無い。

 まるでこの場だけが《氷雪》ステージにでもなったように寒い。

 

 

 ドラゴニュートはナイトのあまりにも直接的な言葉を聞きながら、自分がレベル9に上がった時の事を思い出していくのだった。

 

 

 

 

 あれは先々週の領土戦の時間が終わった時だっただろうか、ドラゴニュートはついにレベル8から安全にレベルアップできるようなポイントを溜めることが出来たのだ。

 このときの喜びはひとしおで、現れるレベルアップボーナスを何にしようか思いを巡らせながら1万ポイントという膨大なポイントを消費してレベルを上げたのである。

 

 しかし、その浮かれた気持ちは、突然送られてきたシステムメッセージによって驚愕に上書きされてしまうのだった。

 そこにはこう書かれていたのである。

 

 

 『あなたが次のレベルに上がることができたのなら。あなたはこのゲームの製作者と出会うことが出来る。そしてブレインバーストの目的と、世界の真実を知ることでしょう』

 

 

 と、そして次のレベルに上がるための方法も……。

 

 それは今まで通り、途方も無いバーストポイントを消費すれば次の段階に上がれるような……そんな生温い方法なんかではなく、レベル9同士での潰しあい。レベル9同士が戦えば、それは自動的にどちらかの全損を賭けたサドンデスルールとなり、負けたほうは強制的に《ブレイン・バースト》をアンインストールされる……、という特殊サドンデスルールによる殺し合いそのものだった。

 

 それは《無制限中立フィールド》でも同様で、(とど)めさえレベル9のプレイヤーが行なえば、倒されてしまったレベル9は加速世界へ永久に立ち入ることが出来なくなってしまう。

 つまり、多対一で囲みをかけ、最後の一撃だけで安全に条件を満たすということが可能と言うことである。

 

 そして、それを5回……つまり5人のBBプレイヤーを加速世界から消し去らないと次のレベルには上がれないというのだ。

 

 

 

 

 ナイトは物騒な話に持っていきたいのか。それともわざと直接的な物言いをすることでみんなの忌避感を煽ろうとしているのか。

 誰もが度肝を抜かれている中、いち早く動き出したのは《レッド・ライダー》だった。こういうときにすぐ動き出せるライダーは皆にとってありがたられている。

 

「ま、待てよ!? そんな意見を聞く必要があるのか? この中で誰か1人でも殺し合いを望んでいる奴がいるって言うのかよ!!」

 

 ライダーの言葉はその場の全員の胸を打った。それほど真っ直ぐな信頼を表した言葉だった。

 ライダーは誰一人として戦いを望むはずが無いと信じているのだ。

 

「でも、ライダー。このレベルアップの方法はハッキリ言って異常だ。

 ここまで厳しい条件を考えるに、レベル10に上がる事こそ、この《ブレイン()バースト()》っていうゲームをクリアする方法なのかも知れないぞ?」

 

 レベル10になるとゲームのプログラマーと邂逅し、話すことが出来る。

 それはまさにゲームエンディングの後にあるオマケ要素そのもので、ナイトがそう考えるのはごく自然なものだった。

 

「しかし、もしこのBBをクリアしたとして、一体どうなるというのです。まさか、ちょろっとスタッフロールが流れて「はい、終わり」とBBが消えてしまうなんてことはありませんよね?」

 

 もし、このゲームがとある天才プログラマーによる盛大な“暇つぶし”だったとしたのなら、そういう可能性もあるだろう。

 このゲームは開発意図から、目的まで全て不明なのだ。これほどの技術を利用しながらもゲームの目的そのものが無いとも言い切れない。だとしたらひょんなことで《ブレイン・バースト》が終わってしまうというのも十分ありえる

 レディオはその危険性を提示した。そして、そんなことになるのは勘弁だと。

 

「えー、だったらわたしクリアしなくってもいいよ。ずっとこのゲームで遊んでたいし、加速世界にも来れなくなっちゃうんでしょ?」

 

 ソーンがレディオの意見に賛成する。バーストポイントを1ポイント消費するだけで、自分の意識が1000倍となった加速世界に降り立つことができ、現在の日本で死角が殆んど無いソーシャルカメラの映像を盗み見ることが出来るのだ。

 

 さらに体の動きそのものを加速することが出来る《フィジカル・バースト》と、その究極系、レベル9にのみ解禁された《フィジカル・フル・バースト》。

 

 それは加速した意識をそのままに、現実の体でさえも100倍の速さで動かすことが出来るというまさに夢のようなコマンドであった。

 その代償に保有ポイントの99パーセントを消費するのがネックであるが、小獣級なら単体で狩れるレベル9のプレイヤーならそれほど問題にはならない。

 

 ソーンはそのような他に類の見ない、自分だけの優位性を絶対に失いたくないと言う。おそらく、ここにいる以外のBBプレイヤーたちも声を同じくするだろう。加速世界を無くさないでくれと。

 

「そ、そんな理由かよ……。俺と一緒に居たいから、とか言えないのか?」

「もっちろん! そういうのもあるよ? 決まってるじゃん!」

 

 ソーンの都合のいい言葉にライダーは引きつった笑みを浮かべるが、我が意を得たりと、勢いよく他者の意見を聞いてきた。

 

「ナイト! お前はこんなルールに従うなんてことは無いよな!?」

「んん? そうだな。オレは反対だな」

「そうだろ! グランデ、お前はどうだ?」

「…………」

「ああ! お前ならそういってくれると思ってたぜ! いや、言葉は出して無いけど……。

 なあ、ドラゴニュートも反対だろう?」

 

 これで反対意見は4人。ライダーを含めれば半分以上の人間がレベル10到達を諦めたこととなる。

 あと一押しがあれば、なし崩し的にこれからの加速世界で初めての和平同盟が結ばれるだろう。ライダーはその最後の1人を比較的仲のいい《プラチナム・ドラゴニュート》を選んだのだった。

 

 

 ――ついにこの時が来たか……

 

 ライダーの問いかけに、ドラゴニュートはいつかの事を思い出す。

 

 

 ずっと、ずっと昔、親友だった《ラピスラズリ・スラッシャー》。しかし時が経った今でも思い出す、彼が言った“後戻り出来ない”その時が来たのだと。

 

 ドラゴニュートはいったいどの位この《ブレイン・バースト》で遊んだだろうか。

 100時間? 1000時間? そんな生温い数字じゃない。それこそ“数え切れない”ほどだ。

 

 なら現実ではどの位たった?

 

 たった(・・・)5年である。

 それは時間換算で4万3800時間。加速世界で過ごした時間と比べるとあまりにも少ない。

 

 では、その5年で学んだことはなんだろうか。

 算数の計算? 日本の歴史? もう学校には通うことができたし、みんなが言う学校の面倒臭さだって理解する事ができた。病院暮らしだったドラゴニュートにとってそれらは全て密なる事だったと言える。

 

 なら、加速世界で学んだことは?

 勉学のみで考えるなら多少の英語力が身に付いた程度だろうか。

 しかし、それ以外の、自分の考え方や、他人への思いやり、団体をまとめる経験や、他にも数え切れない物事をこの《ブレイン・バースト》を通して学んできたのだった。

 

 

 もう、マサトの半分以上はドラゴニュートで出来ている。

 もしも、レベル9サドンデスで負けてしまい《ブレイン・バースト》を失ってしまった時……つまり記憶を消されてしまった場合。

 現実世界に残ったマサトという人物は“マサト本人“だと言えるだろうか?

 周りのみんなは変わったマサトを受け入れてくれるだろうか。

 

 

 それを考えるとドラゴニュートは震えるほど怖くなる。

 絶対に《ブレイン・バースト》を、加速世界を失いたくない。

 脅迫概念にも近い感情がドラゴニュートに襲い掛かっていく。

 

 

 だから……。

 

「ボクは賛成だよライダー」

「おう! やっぱりな!」

「…………違う。レベル10に上がることに賛成だって言ったんだ」

 

 ……でも。すでにドラゴニュートは進んでいるのだ“修羅の道”を。5年前、あの月明かりが照らす思い出の場所で、その道を歩むと決意したのだ。

 ここで止まったら彼に申し訳ない。それに、約束もある。

 最強を目指すと、“天辺”を取るという約束が。

 

「……なに、言ってるんだ。お前……」

 

 ライダーが愕然としながらドラゴニュートを見ていた。

 よくわかる。ライダーの考えは十分に理解できている。きっとライダーは目の前の人物がどんな考えでサドンデスルールを受け入れたのかわからないのだろう。だってそれは友人を殺すことを“是”とする考えなのだから。

 しかしドラゴニュートはもう戻ることが出来ないのだ。

 

「加速世界から退場者を出す。そんなことはもうとっくにやってきたことなんだよライダー。キミだってレギオンの団長をやってるんだ、《断罪の一撃》を打ったことが無いなんて言わないよね?」

「それは、お前……あるけど、それは」

「それはこのゲームを楽しむため以外の、何らかの範疇を越えた者たちにやったから、それほど悩むことはなかった?」

 

 レギオンの団長にのみ許される特権。

 所属レギオンメンバーを強制的にアンインストールさせることが出来るその必殺技は、リアルアタックを行なったり、外部ツールなどによってブレインバースト内で“ズル”を行なったりと、行き過ぎた(おこな)いに対しての最終手段だ。

 それ以外で使用することは皆無といっていい。

 

 しかしライダーはそれ以外の方法で《退場者》を出したことは無かっただろう。ライダーが《ブレイン・バースト》を始めたころは次々に新しいBBプレイヤーが現れ、対戦者を選ぶに事欠かなかったのだから。

 ポイント全損間際のプレイヤーに当たれば引き分け申請を出しただろうし、もしかしたらわざと負けてあげた事もあったかもしれない。

 

 

「でも、ボクは……《第一世代(オリジネーター)》は違うんだよ。

 そんなの関係なしに、誰かを犠牲にしなくちゃここまで来ることができなかった。知ってる? ボクはこの手で親友を手にかけたことがあるんだ。

 ディザスターとなったドレイクじゃない。もっと初めの頃に、さ」

 

 突然の告白にライダー同様全員が驚愕していた。特にナイトは拳を強く握り締めている。

 ライダーは、もちろんドラゴニュートが《オリジネーター》ということは知っていたし、ここまで来るためにそれなりの代償を払ってきているだろうということも考えていた。

 

 だが、ライダーが思っている以上にそれは深く、重たいものだったのだ。それこそ目の前のドラゴニュートの悲しみがわかってしまうほどには……。

 

 ドラゴニュートが言葉を発するたびに辺りは暗く、停滞していくようだった。

 

「でも、ライダー。何もこの場所で、このメンツでやり合おうっていう訳じゃないんだ。これから先にもボクらに続いてレベル9は何人か現れるはずだろう? その中から5人選ぶことも出来るじゃないか。

 もし、この8人で何らかの同盟を結ぼうって言うのなら賛成するよ。急いでレベル10に上がるつもりも無いしね。

 でも、ボクは先に進むことを諦めない。絶対に……」

 

 無理やり、その言葉がピッタリなくらい明るい調子で話したと思ったら、最後は断固たる意思で決意を語るドラゴニュートの宣言に、ライダーは自分の気が遠くなるのを感じながら後ずさりしてしまった。

 頭の中は否定の言葉でいっぱいだ。

 

「こんな……こんな下らない目的のために俺たちは今まで戦ってきたのか!?

 それともこれが正しい《ブレイン・バースト》の世界なのか? どんなに友情を深めようと、最後には殺し合いをしなければならない……こんな世界が?

 だとしても、俺は絶対認めない。この世界はもっと……もっと違う……“なにか”があるはずなんだ!! そうだろ、ロータス!?」

 

 ライダーの歯止めの利かない激情はハッキリとした言葉にすることが出来ず、その言葉を確かめようと今までだんまりだった《ブラック・ロータス》助けを求めた。

 

 しかし、ロータスもドラゴニュートの覚悟に気圧されてしまったのか、気の無い返事をライダーに返すだけ。その様子を見て、ライダーは再びドラゴニュートと対面する。

 

「俺たちはそれぞれレギオンを率いて戦ってきた。……けど、それは敵だからじゃな無いだろう? ライバルだから……切磋琢磨していく友人としてだからだろう?」

 

 溢れる感情のせいで今にも涙をこぼしそうなライダーにドラゴニュートはもちろんだと、肩を叩く。

 数分前と変わらないその気安さにライダーは縋り付きそうになるが、その儚い希望は打ち消されてしまう。どこまで行ってもこの話は平行線なのだ。

 

「もちろん、ライダーとの友情は感じてるし、ディザスターの時、ウチのレギオンのために一生懸命動いてくれたことは恩に感じてる。

 でも、ライダーわかってくれ。この話に妥協点なんて存在しない。お互い理解できても納得は出来ない事柄なんだよ」

 

 ライダーはドラゴニュートの考えは最後まで納得できるものじゃなかった。しかし、100数人のレギオンメンバーを統括しているうちに確かに意見が合わずに対立してしまった者も居たということを思い出していた。

 どれだけ言葉を交わしても分かり合えない者もいる。ライダーはそのことを1つ学ぶ。

 

 そして、ドラゴニュートと対峙するならば、自らも確固たる決意を持たなければいけないと、自分を奮い立たせるのだった。

 

 これから先、もしもドラゴニュートがレベル9を相手にサドンデスルールで戦うのならば、それより先に自分の所に来い。そして自分が責任を持ってドラゴニュートを止めてみせる。決してこの先、自分の友人に全損者は出さない。

 それがライダーの決意であり、最大限の譲歩。

 

 

 ドラゴニュートに負けを認めさせ、その上で対戦は引き分けとさせる。そんな事は今までにもよくあったことで、絶対条件に決して負けられないというルールが出来ただけ。そう考えれば少し自分の気持ちを落ち着かせる事ができたライダーだった。

 

「わかった。そのときは正々堂々ライダーに挑みに行くよ」

 

 ライダーの宣言を聞いてドラゴニュートも笑ってそのことを了承する。

 そして、形の変わってしまった友情を再び確かめるために、両者は熱いハグを交し合うのだった。

 

 

 

 

「ヒュゥー!」

「なんでここで感嘆したような口笛拭くのよ!」

 

 話が一段落したとわかったのだろう。レディオが(はや)すように口笛を吹き、ソーンがツッコミを入れた。他の者も一触即発だった空気が霧散したことでようやく肩の力を抜いていく。

 

 つい先ほど生涯の敵となった男と笑い合う自分の恋人であるライダーを見てソーンは思った。男の友情というのはよくわからない、と。

 しかし、男同士だというのになぜか恋人の自分でさえも入り込めない空間があるのだということを知ってソーンは少しヤキモキしてしまう。

 

 そして考える。もしもドラゴニュートがライダーを倒し、この加速世界からライダーを追い出してしまったのなら……その時はドラゴニュートの事を許せるだろうか?

 

 ……きっと許せないに違いない。

 

 だとしたらきっと自分はドラゴニュートをどんな手を使ってでも殺しに行くだろう。そしたら今度は自分を恨むだろう人物が1人、心当たりがある。

 彼女もわたしを殺しに来て、彼女も殺されて、どんどん進んでいった先はどうなるのだろうか。

 

 やはり、このゲームの行き着く先は闘争でしか無いのか。

 それとも最初の1人目(わたし)で我慢すればライダーの願う平和な世界が訪れるのだろうか……。

 ソーンは何度も繰り返し考えるが、結局その場で答えが出る事はなかったのだった。

 

 

「ドラゴニュートとのことは残念だったが、俺はここにいる奴らが争う姿だけは見たくない! だから俺たちだけは絶対に争わないように同盟を結ぼうじゃないか。これ位ならいいんだろ? ドラゴニュート……」

「そうだね。ボクがライダーを倒すまで他のみんなには手が出せない。つまりライダーがいる限り争いは起きないよ」

 

 さっそくドラゴニュートのブラックジョークにライダーは若干引きつった笑いを浮かべるが、気を取り直して言葉を続ける。

 

「じゃあ俺たちが戦わないのは前提として、他に何か必要なルールはあるか? なるべく自分のレギオン地域から出ないとか、あとはたまに主催されるイベントに俺たちは参戦しないとか……」

「ライダー …………」

 

 しかし、再びライダーの言葉を遮る声が出た。

 ライダーの視線の先には、先ほど無茶な話を振ってしまったロータスの姿が。突然の呼びかけに首を(かし)げるライダー。

 

「ライダーは私にも友誼を感じていてくれるか?」

 

 両手を広げ、確認してくるロータスに一瞬の戸惑いを感じたが、ライダーはすぐに笑顔で答える。

 

「もちろん。決まってるじゃないか! ここに居る全員に感じているし、信じてる。もし現実(リアル)で出会っても仲良くなれるってな」

 

 ドラゴニュート同様ライダーはロータスにも抱擁で応えようとするがドラゴニュートとの時とは違いソーンの制止の声が掛かる。

 同姓同士ならまだしも異性と抱きつくのは恋人として許せないらしい。

 

「ちょっと! ライダー!?」

「おいおい、そうがなる(・・・)なよ。友情の確認だよ。ドラゴニュートにやったのと同じ意味だ」

 

 ロータスはこんな体だしな、と言いながら手足が刃状になっているロータスの体を抱き上げた。ソーンの非難の声を聞きながらロータスもゆっくりとその手をライダーの首に回していく。

 

 

 そして――

 

 

 ――すまない……

 

 その小さな声が聞こえたのはライダー本人と近くに居たドラゴニュートだけだっただろう。

 

 次の瞬間、ロータスの口から高らかに必殺技の名前が唱えられる。

 

「《デス・バイ・エンブレイジング》」

 

 

 

 静寂。

 

 

 次の瞬間、ドラゴニュートは目の前の《ブラック・ロータス》を蹴り飛ばす。

 ロータスの体が近くの城壁にぶつかるのとライダーの首が地面に落ちたのはほぼ同時であった。

 

 崩れ落ちるライダーの体。

 ロータスの極めて高い攻撃力を誇る必殺技を無防備に喰らってしまったライダーはその一撃でHPを全て失ってしまったのだった。

 

 徐々にみんなの意識が現実に戻ってくる。

 まずソーンの絶叫が聞こえ、ナイトの雄たけびが崩れた城壁に向かっていく。

 ドラゴニュートは消えていくライダーの体をただ黙って見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 今日、この日を(さかい)に王達は《領土不可侵条約》を結んでしまう。

 それはライダーの提唱した王たちの同士討ちを防ぐ同盟どころか、《領土戦》そのものを禁止にしてしまう条約だった。

 大規模戦闘が起こらなくなり、まとまったポイントを手に入れる機会を失ってしまった多くのプレイヤーは1つレベルを上げるのに多大な時間を要するようになり、現実の世界より1000倍もの速さで時を流れていた世界の歩みはついに完全に止まってしまう。

 

 こうして加速世界は長き間、停滞の時を迎えてしまうのだった。

 

 

 

 




これにて原作前の話は終わりです。
次回から3年後に時間が進み、原作開始と同じ時間軸となっていきます。

と、第一章?が終わったところで感想受付を非ログインユーザーさんにも書けるように設定しました。
ここまで読んでくれた方で、もしよければ、この話が面白かった、この話はつまらなかったなどの忌憚無い意見を聞かせてもらえばと思ってます。できれば、なぜそう思ったのか一言あればより糧になりますのでよろしくお願いします。

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