アクセル・ワールド ――もうひとつの世界――   作:のみぞー

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第15話 《スーパー・ヴォイド》

 

 

「もう様子見なんて言っている場合じゃないだろう! これだけの人数がいるんだ、前回のようにみんなで打ち倒せばいいじゃないか!」

 

 東京都と神奈川県の県境、多摩川の土手の上で異形の戦士たちが侃々諤々(かんかんがくがく )と話し合っている。

 巨大な両手剣を背負った剣士。

 ライフルのような銃を持つガンナー。

 他にも魔法使いのような杖を持つものや半獣のような姿のものもいる。

 

 現実味の無い光景。……真実ここは現実の多摩川ではなかった。

 

 『加速世界』

 

 未だ大人たちに気付かれていない子供たちだけの世界で彼らは平和のために話し合っているのだった。

 

「まあまあ、落ち着けって。今回もアイツはこっちに来る様子も無いんだ、時間はあるんだしもう少し慎重に結論を出そうじゃないか」

 

 先ほどから声を上げたている純粋な青ではない……だがそれに近い色を持つ剣士を(なだ)めるレッド・ライダー。

 大レギオンのトップに立つ彼はこの場で高い発言権を持っている。しかし、そんな彼の言葉も剣士の前では神経を逆なでするばかりであった。

 

「ライダー、お前3日前も同じような事言ってたよな。アイツが大人しくしているのが力を蓄えるためだったらどうする! ここにいる奴ら全員蹴散らして、それでも止まらなかった時、お前責任取れんのか!」

 

 及び腰な発言をするライダーに先ほどから食って掛かっているのは《スマルト・クリーン》

 暗い青系統の鎧に足元まで延びる長い銀髪が映える《ブルー・ナイト》と並び立つ剣士であり、豊島区の一部に領土を構えるレギオンのリーダーでもある。

 

 彼らは“かの鎧”がこの世界に現れるたびに現実世界で連絡を取り合い加速していた。

 前回現れたのは2日前であったが、基本的にライダーが唱える、あちらが襲い掛かってこなければこちらからも手を出さない、という発言に従ってはいたが、その時も彼らは数週間この場所に拘束されてしまうハメとなっていた。

 今回も大人しく待っていることに嫌気が差したのだろう、クリーンはいつにもまして過激な発言を繰り返している。

 

 クリーンの剣幕に押されるライダー。

 しかし彼の言葉に異論を唱えたのは横から出てきた《イエロー・レディオ》だった。

 

「ククク。異な事をいいますねぇクリーンさん。もしこの場にいる全員があの鎧に蹴散らされてしまった場合、それはつまりわたしたち全員が鎧にポイントを全損させられてるってことでしょう?

 それでしたら一体誰がライダーさんのことを覚えているというのです。それとも貴方、勝てないと分ればこの場から皆を置いて逃げ出し、無様にもひとり寂しくこの世界の終わりを待つというのですか?」

「あぁ! ……チッ! ポイント全損の時は記憶を失う? そんなのただの噂だろうが! ピエロ風情がやかましい。なます切りにすっぞ!」

「おぉ怖い怖い、やめておきましょう。この距離で“汚いアオ”と戦うのは無謀ですからねぇ……」

「コラてめぇ! ケンカ売ってんのか!」

 

 直情的なクリーンはレディオの毒舌に乗せられてどんどんヒートアップしていく。

 周りのプレイヤーたちも今は気持ちに余裕が無く、その場は2人の空気に当てられピリピリと張り詰められていった。

 

 

「やめないか……」

 

 爆発寸前、といったところで2人の諍いは《グリーン・グランデ》の静かなひと言で押さえつけられてしまう。

 

「グランデ」

「喋れたんですか、あなた……」

 

 初めて聞く知り合いの声に2人の怒気はどこかに飛んでいってしまった。

 その場にいる殆んどのプレイヤーも同じ理由で小さな騒ぎとなる。

 

「ここに我々が集ったのは彼奴と戦うか、それとも不干渉とするか、それを決めるためである。

 決して我々が争うためではない」

 

 グランデの深みある(いまし)めの声にレディオは降参とばかりに手を掲げその場を離れていく。

 しかし、クリーンの気はそれで治まらなかったようで、再びここに居るメンバーに向かって声高らかに叫びだした。

 

「だったらさっさと採決を取ろうじゃないか! もしかしたらこれも向こうの作戦なのかもしれないんだぜ。俺たちがあの《クロム・ディザスター》に気を取られているうちに《スーパー・ヴォイド》の連中が俺たちのレギオンを襲ってるかもしれないんだからなぁ!

 そうだろ!? どうにか言ったらどうなんだ、ディザスターが団長のレギオンに所属してる《フレイム・ゲイレルル》さんよぉ!?」

「ち、ちがっ……私たちはそんなこと考えてない!」

 

 急に話を振られたルルは動揺しながらもしっかりと否定する。

 だがそんな言葉だけじゃ周りのみんなの疑いが晴れることはない。必死に否定するルルだったが疑惑の視線は収まらずにいた。

 

「あぁん! 信じられるわけねぇだろ、災禍の鎧を隠し持ってたレギオンの奴の言葉なんてよぉ! それにもうひとりの副団長はどうした! 《プラチナム・ドラゴニュート》はレギオン襲撃の方に行ってるんじゃねぇのかぁオイ!?」

 

 《スーパー・ヴォイド》の連中に対する非難は誰も止めることがない。

 未だ疑いは晴れてないのだ。先ほど諍いを止めたグランデすらまだ静観を決め込んでいる。

 

 ライダーだけはヴォイドの連中が疑わしいとかそんなこと関係なく、女ひとりを威圧的に責め続けるその態度に不快感を感じ、クリーンを一喝しようとするが。仲間のひとりの大声によってそれは止められてしまった。

 

「おい! アレを見ろ。こっちに近づいてくるぞ!」

 

 その声を上げた者の指差す方向は神奈川の方ではなく自分たちの領土、東京の方向に向けられていた。

 その方向を見ればそれ以上“アレ”を探す必要は無くなった。こちらに近づくものは確認するまでも無く大きすぎたのだ。

 

 ジェット戦闘機でもすれ違ったかのように体を殴りつける爆風にある者は吹き飛び、ある者は転がり、たちどころにその場は騒然となってしまった。

 

「あ、ありがとう……」

「…………」

 

 そんな中、体の軽いルルは重厚なグランデの体の後ろに庇ってもらっていた。ルルの感謝の言葉を気まずそうに受け取るグランデ。どうやら先ほどの場でのことを気に病んでいるらしい。それが分るとルルはグランデに気にしてないと微笑みかけるのだった。

 

 BBプレイヤーたちの頭上を通り過ぎていった飛行体は彼らの遥か上空で優雅に反転し、ゆっくりと川の上へと降りてきて空中で停止した。

 グランデのお蔭で余裕が出来ていたルルは、空を高速でやって来たエネミーを注意深く観察していく。

 

 その体の大きさはあまりにも巨大で、広げている羽はさらに大きい。羽ばたく度に川の水が暴れ、砂塵が舞う。

 こちらを見下ろすその頭部には6、いや7本の角を持ち、艶やかな鱗はしなやかに動く尻尾の先まで生え揃っていた。

 

 

「おいおい! こりゃ何だ! なんで神獣(レジェンド)級エネミーがこの場に出てくるんだ」

 

 まだ数えられる程度しか確認されていない神獣(レジェンド)級エネミーの出現にプレイヤーたちは慌てふためいていく。

 その存在は確認されているものの未だ勝利を上げた者はいなかったからだ。

 戦うとすれば少なくともいまこの川辺にいるプレイヤーの数が倍いなければ話にもならないだろう。

 

 しかし、通常攻撃可能エリアに入ってしまったらエネミーは問答無用で襲い掛かってくるはずなのだが、今のところその様子が無い。一体何をしに現れたのか、なぜ攻撃してこないのか、疑問の数は増えていくばかりであった。

 

 一か八かで一斉に攻撃するか? 一触即発の空気がプレイヤーたちに伝染していったその時、ひとりの人物がエネミーの背中から地面に飛び降り、エネミーに感謝の声をかけ始めたではないか。

 

「ここまで運んできてくれてありがとうございましたティアマトさん。お蔭で助かりました」

『礼は無用。我が自慢の角を折りしその武功に対しての褒美である。

 我らが領地を無用に荒らした所業は許しがたい。だが我を楽しませたお主の罪は放免としよう。

 このように愉快な気持ちになったのは幾年ぶりか、これからも精進せよ“小さき竜の者”よ……』

 

 エネミー“ティアマト”は2度3度強く羽ばたくと行きと同じように暴風を撒き散らしながら羽田へと帰っていく。

 あとに残ったのは銀白に輝く装甲を持つアバター《プラチナム・ドラゴニュート》だけだった。

 

 

「ドラゴニュート!」

 

 いち早く我に返りその場を駆け出したのはライダーだった。

 土手から駆け下り、川辺にいるドラゴニュートの元へと駆けつける。

 

「ライダー。ゴメン、苦労をかけた」

 

 この多摩川に集まるプレイヤーたちの数からまだディザスターの討伐を行なっていないだろうと判断し、それに伴ってきっと色んな苦労をしたであろうライダーに頭を下げるドラゴニュート。

 

「俺は大したことはしてねぇ。それよりホラ、俺より先に声をかける奴がいるだろう?」

 

 ライダーはそう言うと自分のほかにドラゴニュートに近づいてきた人へと背中を押しだした。

 他のプレイヤーよりは近く、しかしわずかに距離のある場所に《フレイム・ゲイレルル(カンナ)》の姿があった。

 

 ドラゴニュートはライダーに押された勢いそのままにゆっくりとルルに近づき、ついには手と手が触れ合える距離へと足を進めていく。

 

「マ……ドラゴ……」

 

 あの病院の一件のせいだろう。恐る恐る、そういった態度でルルが話しかけてくる。

 あの病院で突き放してしまった日からすでに3日が経っている。加速世界でその時をすごしていたドラゴニュートにとっては約7年前のことだ。

 しかし、それでもわかる。わかってしまった。ルルが今憔悴(しょうすい)しきっている事に。

 

 慣れないレギオンの統率、晴れない疑い、マサトとのすれ違い。それらは確実にルルの精神を削っていったのだ。

 

 ドラゴニュートは精一杯の感謝の気持ちと謝罪の意味を込めてルルの体をそっと抱きしめた。

 

「……! マ、マサト!?」

 

 ルルがドラゴニュートの胸の内で小さな驚きの声を上げる。

 この加速世界でルルの体は超高温だ、それに加え痛覚が通常対戦フィールドの2倍、VRゲームではありえない痛みを感じるこの無制限中立フィールドでルルを抱きしめるのは自傷行為に等しい。

 

「や、やだっ。マサト、離して……」

 

 ドラゴニュートの体が熱によって赤く染まっていくのに気が付いたルルはその拘束を外そうと身を(よじ)るが、ドラゴニュートはそれでもルルの体を離さなかった。

 

「ごめん……」

「えっ?」

「辛く当たってゴメン、手助けできなくてゴメン、守って上げられなくてゴメンね」

 

 始めは何を言っているのかわからなかった。しかし、それが今までの自分に対する謝罪だとわかるとルルは顔をドラゴニュートの胸に伏せ、しゃくり声を上げてしまう。

 

「……バカぁ、バカバカ。本当に心配してたんだからね」

「うん、ホントごめん」

 

 何度も胸を叩くルル。ドラゴニュートは黙ってそれを受け止めた。

 

 

 延々と続く2人の世界、しかし無粋な咳払いがその空間に割り込んでくる。

 

「うぉっほん、おほん。2人とも、感動の仲直りはあとでゆっくりやってくれ……みんな見ているぞ」

 

 ライダーの言葉で多くのプレイヤーが居たことを思い出したルルは普段の倍の速さでドラゴニュートから離れるのだった。

 

「さて、ドラゴニュート。何か作戦があるんだろう? それをみんなに話してくれ」

 

 ドラゴニュートはライダーに(うなが)され、この場にいる全員と向かい合う。

 想像以上に視線が冷たいのは今までなんの釈明もしなかったせいだ。そうに違いない。

 若干、怖気づきそうになりながらもドラゴニュートは今までの話をみんなに聞かせていく。

 

 心意の力、ディザスターの呪い、《マグネシウム・ドレイク》の決意。それら全てを。

 といっても心意の力以外ドラゴニュートの想像でしかない。当然その場にいる殆んどのプレイヤーが信じられないでいた。

 

「《心意(インカーネイト)システム》? 《クロム・ディザスター》の呪い? そんな与太話、誰が信じるって言うんだ!」

 

 騙されないぞというクリーンの声にそうだそうだと同調の声が広まっていく。

 ドラゴニュートはその言葉を黙って受け止め、手を振り上げて、そして閃光と共に地面に振り下ろした。

 

 途端、沈黙が場を支配する。

 ドラゴニュートが手を振り下ろした先、地面がパックリとひび割れていたせいである。

 

 この加速世界で地面は基本、破壊不可能オブジェクトだ。今まで力自慢のアバターが拳を打ち付けても、大規模破壊効果を持つ必殺技が地面に直撃しても、ドリルを持つアバターだってハッキリと地面を傷付けることは出来なかった。

 それが十数センチは抉れているのだからもうドラゴニュートの話を疑うものはいなかった。

 

「これが《心意(インカーネイト)システム》の力です。《事象の上書き(オーバーライド)》、それによってこの地面を傷つける事が可能となり、鎧は意思を持ってしまった」

「マジかよ……心意……そんな力があれば……」

「この力を今のディザスターは使って来るでしょう。おそらく心意の攻撃は心意でしか防げない。この地面よりも防御力が高いアバターなんていないんですから。

 ボクはディザスターを、団長の暴走を止めるためにここに来ました。お願いです。ボクと団長を1対1で戦わせてください」

 

 頭を下げるドラゴニュートに反対意見を出すものはいなかった。心意攻撃を目の当たりにして腰が引けてしまった者も多い。

 そんな中、ひとり歩み出てドラゴニュートに意見するものがいた。

 

「ドラゴニュートさん、これからドレイクさんをひとりで倒せたとして、それで災禍の鎧の所有権が今度はあなたに移ったとき、それをどうするおつもりですか?」

 

 その人物に目を向けたドラゴニュートだったが、そのアバターは不思議なことに背中から光が照らされていて、逆光のせいでいまいちディティールがわからなくなっていた。しかしその特徴的な声には覚えがある。

 

「《ホワイト・コスモス》さん?」

「そうです。ディザスターの心意とやらがそれほど強力なものならば、ポイント全損による強化外装の所有権移動はほぼ100%起きてしまうでしょう。そうやって多くのプレイヤーをこのブレインバーストの世界から消し去るのが鎧の目的なのでしょうから」

「ほぼ100%……」

「もう一度問います。その心を蝕む恐るべき強化外装が貴方の手に移ったとき、貴方はどうしますか?」

 

 嘘を許さない力のある言葉にドラゴニュートはハッキリと答えを返した。

 

「そうなった場合、ボクはその鎧を破棄します。誰も手が出せないような、そんな場所に……」

「そんな場所がどこに……?」

「例えば《帝城》を囲む堀の中、とかですかね。あとは《四神》がいる橋の向こう側に投げ捨てるとか。そうすれば今のところ手が出せる人はいません。アイテムは地面に放って置けば時間経過と共に破砕しますからね」

 

 コスモスはその答えに満足したのだろうか、なるほどと呟いて再びみんなの輪の中に戻っていった。

 

「よし、もう意見がある奴はいないみたいだな。

 ドラゴニュート、俺たちはお前の戦いが終わるまで此処に居る。もしお前さんが失敗しても俺たちが全力で尻拭いしてやるから安心してどーんとぶつかって来い!」

「ライダー……ありがとう」

 

 ライダーの後押しを受け、川を飛び越えようとするドラゴニュートの後ろから声が掛かる。

 

「ドラゴ……!」

「ルル…………。いってきます」

「いってらっしゃい!」

 

 一瞬、ルルと瞳を合わせ、今度こそドラゴニュートは多摩川を飛び越え神奈川県へと渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 《マグネシウム・ドレイク》、いや《クロム・ディザスター》の姿は程なくして見つかった。

 隠れているつもりも無かっただろう。ただ瓦礫の山の中で悠然とその姿を現している。

 

「団長……」

「……ォォオオ」

 

 ドラゴニュートが一縷の望みをかけて呼びかけるが最早人間味のある返答は無い。

 ディザスターはやって来た獲物に対して敵意を振りまきながら大降りの両手剣を担ぎ上げる。

 

「是非も無しか……!」

「ルォォ……ォォオオオオ!!」

 

 構えをとるドラゴニュート。その闘気に当てられたディザスターも狂気の雄たけびを上げ始めた。

 ドラゴニュートは不動。ディザスターは餌を目の前にした獣のようにドラゴニュートへと飛び掛かり大剣を振るう。

 第二次《クロム・ディザスター》討伐が今、静かに始まった。

 

 

 

 

「こんっ、のぉお!」

 

 間一髪ディザスターの上段振りをかわしたドラゴニュートは身を捻り、後ろ回し蹴りを相手に叩き込む。

 しかし堪えた様子もないディザスターは再び大剣を振り回していく。プラチナの体でもディザスターの大降りの攻撃を受け止めるのはマズイ。ドラゴニュートは大きく後ろに跳んでその攻撃をかわす。

 

 ドラゴニュートの攻撃を省みず突進してくるディザスター。

 ディザスターの攻撃を警戒し、回避に徹するドラゴニュート。

 

 戦いが始まってから同じ展開が何度も繰り返されていた。

 

 

 埒が明かない。そう考えたドラゴニュートは自分のステータスを確認、ディザスターに向かって真っ直ぐ突っ込んでいく。

 

「ガァッッ!!」

 

 待ってましたと言わんばかりの横払い、轟音がドラゴニュートの体を完全に捕らえていた。このままでは上半身と下半身が泣き別れになってしまうだろう。

 嘲笑うディザスター。しかし、次の瞬間 標的の姿はディザスターの目から忽然と掻き消えてしまうのだった。

 標的を見失った剣は空だけを切り、虚しく風切り音だけが響く。

 

 ドラゴニュートはディザスターの攻撃を飛び越える高さまで跳躍、体全体のバネを使い空中で半回転捻り、尻尾の先をディザスターの顔側面に振り下ろしで叩き込む。

 これはかつて《スカイ・レイカー》にやられた技をアレンジした攻撃だった。

 頭を揺さぶられ体勢を崩されたディザスターにドラゴニュートはさらに追撃を選択。

 

「《エクステンドファング》!」

 

 止まらぬ回転をそのまま利用し、5つの銀閃を煌かせた。

 

「ルルル……ガァ!」

 

 確実に当たった。そう思ったドラゴニュートだったが、今度は自分がディザスターの姿を見失ってしまう。

 そんなはずは無い、ドラゴニュートの攻撃が当たる直前まで奴はその場にいた。しかしまるで蜃気楼のように体が薄れ、幻のように消えてしまったのだ。

 

 地面に着地したドラゴニュートは背後へと振り返る。

 そこには何事も無かったかのように立ち上がるディザスターの姿が……。

 

  《フラッシュ・ブリング》

 

 かつて《クロム・ファルコン》が使い、ディザスターとなってからもBBプレイヤーを苦しめた粒子テレポートの必殺技を《マグネシウム・ドレイク》から変化した今代のディザスターが使用し、ドラゴニュートの必殺技を回避したのだ。

 

 

「ルォォオオ……。ォォオオオオッ!!」

 

 突然のディザスターの雄たけびと共に彼の持つ剣がドス黒い過剰光に包まれていく。

 《心意》の輝き。その光は感情が負であればあるほど黒く濁ってしまう。なら目の前の使い手はどれほどの負の感情を溜め込んでいるのだろうか。

 剣を覆い尽くした黒い光は全てを押しつぶさんとするブラックホールのようにも見える。

 

「それでも……思いの強さなら!」

 

 ドラゴニュートの手も過剰光に包まれ、澄んだ銀白の輝きが辺りに広がっていく。

 待っている人がいる。彼女のことを考えるとその輝きが強くなっていく気がした。

 

 彼女はマサトの孤独な世界に差し込んだ《一条(希望)の光》。

 そして彼女の元に一秒でも早く駆けつける。これはそのための力。

 

「行くよ! 《無限加速(アンプリファイヤー)》!」

 

 

 加速世界で始めて心意攻撃がぶつかり合う戦闘が始まるのだった――

 

 

 

 

 

 

「アレが心意攻撃を使った戦い……」

 

 ドラゴニュートとディザスターの戦いを遠めに伺っていた《レッド・ライダー》は信じられないと驚嘆の声がこぼれる。

 その場からでもわかる過剰光の(きらめ)き。衝突するたびに空気は揺れ、大地が砕け、フィールドは壊れていった。

 

「これはこれは、ドラゴニュートさんも隠したかったのがわかりますねぇ……。

 もはやこれは人の身で行なえる争いの域を超えてますよ」

 

 《イエロー・レディオ》もライダーに同調しため息を吐く。これは何らかの制約が必要ですね、と。

 

「制約?」

「そうです。あの《心意(インカーネイト)システム》はこの場に居るみなさんの心のうちに納め、我々BBプレイヤー相手には使用しない。などの厳しい制約を決めておくべきかと……。

 アレを見せられて反対しない人は居ないと思われますが……? アレじゃあまるでミサイル同士のぶつかり合いですよ」

 

 今一度、銀白の光と濁った黒の光がぶつかり合う。

 その衝撃は広範囲に駆け巡り、すぐこの場にもビリビリと伝わってくる。

 

 その様子を見てレディオの言葉に反するものは誰一人と現れなかった。

 

 

 

 

 

 

 加速に加速を重ねた両者の戦いは未だ終わることは無く、ドラゴニュートはどれほどの時間戦い続けてきたのか、それすらわからなくなってきていた。

 一撃を放っては弾かれ、遠ざかっては近づき、相対してはすれ違う。

 相手と交差するたびにチカチカと視界を遮るものはマグネシウムが燃焼している光だろうか……。

 

 そういえば団長とガチンコで殴り合いをすると目に悪すぎる、と見学者に不評だったことをドラゴニュートは思い出し、戦いの最中だというのについ笑ってしまう。

 

 繰り返す閃光はまるで大昔の映写機の用で……ドラゴニュートはその光の中に過去の風景を思い描いていくのだった。

 

 

 

 

「なあ、ドラゴニュート。なんで俺がレギオンの名前を《スーパー・ヴォイド》にしたか知ってるか?」

「さあ……? でも他の大レギオンも宇宙に関連する単語ですし、それにあやかったんですか?」

「ああ、それもあるな。あいつらカッコつけてインテリぶりやがって! だから俺もカッチョイイ名前を付けてやったのさ!」

 

 どうだ! といわんばかりに腰に手を当てて胸を張るドレイクをドラゴニュートは無視しながら話の続きを促した。

 

「たったそれだけなんですか?」

「それだけ、ってお前酷いなぁ。……じゃあお前、スーパーヴォイドがど言ういう意味だか知ってるか?」

「え? ええ、確か……宇宙の中でも何億光年にもわたって何も無い場所のことでしたっけ? 日本語だと超空洞って言うんですよね」

「そうだ。でもそれだけじゃあない。

 よく聞け? 俺たちの住む地球は太陽を中心に回ってるから太陽系、その太陽系みたいに星のいっぱいの集まりを銀河系って言う。

 さらに銀河系を集めればそれは銀河団だ。銀河団を集めれば超銀河団となる!

 しかーし! その超銀河団もたくさん存在していて、それらは超空洞の周りに作られてるって言われてるんだ」

 

 地球どころか日本の1都市からも出たことのないドラゴニュートにとってドレイクの広大すぎる宇宙の話は全く想像もつかない事柄だった。

 

「……それで? それがどうかしたんですか?」

「おいおい、まだわからないのか? 他の連中がつけてる《レオニーズ》とか、《グレート・ウォール》とかは全部銀河の中で起きてるんだ!」

「んん? そうですね?」

 

 ドラゴニュートは今の話と超空洞の話の繋がりがわからなかった。

 

「獅子座流星群も、銀河の連なる壁だって関係ない! それらは俺たち《スーパー・ヴォイド》を真ん中に起きてるって事! 全ての中心は俺たちってことさ!」

 

 両手を掲げ自慢げに叫ぶドレイクにドラゴニュートは思わず呆れてしまう。

 

「どうしてそうなるんですか……」

「それだけ大きなレギオンにしようって話だよ。補佐をしっかり頼むぜ副団長!」

 

 ドレイクはドラゴニュートの肩を叩きながら高笑いを上げるのだった。

 

 

 

 

 ――頼むぜ副団長、か……。補佐するべき団長が居なくなったらどうすればいいんですか。

 ――そりゃあオマエが引き続き団を引っ張っていくしかないな。

 ――えっ? 団長?

 

 いつの間にか過去の景色も消え去って、何も無い真っ白な光の空間になっていた。

 ここはドラゴニュートの心象風景、つまり心の中だというのに、いつの間にかドレイクの姿も隣にあった。

 

 ――どうしてここに? というよりどうやって?

 ――心意と心意のぶつかり合いは心と心のぶつかり合い。こんなことも偶にはあるだろ。

   詳しいことは知らん!

 

 なんら変わりないドレイクの言い様にドラゴニュートは苦笑いを浮かべてしまった。

 まるでいつもの様にフィールドでバカをやっていた時の雰囲気……。

 しかしそれもすぐに霧散してしまう。

 

 ――どうして何も相談してくれなかったんですか……

 ――スマンな、こんなことおいそれと巻き込むわけにはいかないと思ったんだ。

 

 始めは災禍の鎧を表に出さなければそれでいいと考えていた。しかし、鎧に意思があることに気付き、対処法(心意)を覚えた時にはもう手遅れになってしまっていたのだ。

 あとは信頼できる人物に自分を倒すことが出来る技を教え、その時を待つのみ。

 

 ドレイクは自分の出来る最良の選択は取ったつもりだったと言う。

 

 ――でも、《帝城》の堀に投げ込むのは考え付かなかったな~。さすが副団長! やっぱり始めっから相談しとけばよかったぜ!

 ――…………。

 ――悪いな……。

 

 今までのこと、これからのこと。その謝罪には様々な意味がこもっていたように思える。

 その全てを感じ取れたとは言わないが、それらも含めてドラゴニュートはその謝罪を受け止めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ドラゴニュートが我に返った時、両者の体はボロボロであった。

 砂埃で装甲は曇り、ヒビ割れている。

 

 《心意》の過剰な利用のせいだろうか、無いはずの心臓がズキズキと痛むのをドラゴニュートは感じていた。

 少しでも痛みを和らげようと胸に手を当てるが、左腕の間接より先が無くなっている事に気付く。

 見ればディザスターの自慢の大剣も半ばから折れている。

 一体どうぶつかり合えばそうなるのか、ドラゴニュートは自分の無茶にあきれ返ってしまう。

 

 さて、まだまだポイントの続く限り終わらないであろうこの戦いを一旦終わらそうかと、ドラゴニュートはディザスターを睨みつけた。

 その時、ディザスターがドラゴニュートに向かってある物を投擲してくる。

 

「これは……」

 

 受け取った右腕で弄ぶカードにドラゴニュートは見覚えがあった。

 そのカードの表面には少なくない数字の羅列が記されている。

 

「もう、これで最後、ってことですか……団長」

 

 剣を担ぎ上げもせずじっとしているディザスターを見てドラゴニュートも覚悟を決めた。

 

 最後の一撃を――

 

 ドラゴニュートは1歩足を踏み出す。そして……。

 

「ガゥッ! ゥゥゥウウ……?」

 

 

 

 

 ――ディザスターの腹部から刃物が生えていた。

 

 

 

 

 ……おかしい。ボクはまだ何もしていない。団長? アレは何だ?

 混乱するドラゴニュートを置いていきながら事態は進行していく。

 ディザスターの腹部から飛び出ていた刃物は引き抜かれ、ディザスターが崩れ落ちるその前に胴体を両断した。

 

 ――どうしてボク以外が団長を攻撃しているんだ!

 

 ディザスターの体が電子のリボンとなり解けていく。

 《最終消失現象》、《クロム・ディザスター》となっていたその身だが解けていくリボンの色は見間違うことなく“マグネシウム”の輝きだった。

 

 ドラゴニュートは走った。団長の下へ、自分が手に掛けるはずだった友人の下へ。

 “走ったつもりだった”。しかし実際ドラゴニュートの体は少しもその場を動いてやしなかった。

 

 《零化現象(ゼロフィル)

 あまりにも突然の出来事に“マサト”の闘志は消え去り(ゼロとなり)、戦うために生み出されたアバターはその体を停止させた。

 

 待て、待ってよ、これで終わりなの? ボクの覚悟も、団長の最後の抵抗も、こんな終わりを迎えるためだったの?

 視界を(ゼロ)で覆いつくされながらもマサトは抗った。

 

 加速だ、加速しろ! 何のために力を手に入れたんだ! 大事な人がいる場所に一秒でも早くたどり着くためだろう!

 マサトは最後の力で《無限加速》を使用した。心臓が爆発するほど鼓動している。酷使された臓器は悲鳴を上げていたがマサトはそれを相手にしない。

 

 少しずつ、僅かに前に出てくれた足。ぎこちなく、サビ付いたロボットのように動く手。

 マサトは長い時間を掛けて銀のリボンを握り締めることが出来た。

 だがそれは手に留める事が出来ず、粒子となってマサトの手からあふれ出てしまうのだった。

 

「うわぁぁっっっああ!!!」

「ヒヒヒ! やた、やってやった! これで鎧の力は俺のものだ! ヒャーッハハハハ!!」

 

 誰がこんな事を! マサトは輝く銀の光の向こう、犯人の姿を一目見ようと試みた。

 しかし、暗闇に落ちるマサトの意識はトチ狂った笑いを聞かせ、視界の端に揺れる銀の糸を捕らえるだけに終わってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 ドタバタと、人が駆け回る音と怒鳴り声。

 

「……ルチェック! CTも撮るから部屋準備して!」

 

 大人の腕が乱暴にマサトの体を触っていく。

 

「親御さんに連絡は!? ……わかった。とにかく今はこの子を!」

 

 いつもより息がしづらく、マサトが口に手を当てるとそこには呼吸を補助してくれる機械が付いていた。

 

「……っ! マサト君、気が付いた!? この5分でキミの心拍数が急激に上昇してね、悪いけど危険だと判断してグローバルネットの接続は切らせてもらったよ。一体キミはネットで何をしていたんだい!?」

 

 心配そうに声をかける医師にマサトは応える事はできず、再び意識を失ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 心電図の音だけが聞こえる静かな病室。

 マサトが再び目を覚ました時、外はすでに暗くなっていた。

 

 辺りを見渡すと薄暗い病室の中マサトの母親がベッドの近くに腰掛けている。

 目を忙しなく左右に動かしながら時折指が空中を叩いていた。おそらく今出来る仕事を片付けているのだろう。もしかしたら無理やり仕事を切り上げてきてくれたのかもしれない。

 

「母さん……」

 

 マサトは呟くように母親を呼んだ。その声は小さく聞き取りづらかったが、この静かな病室の中なら相手の耳に届けることは十分に出来るようだった。

 

「ン……。今日はもう大人しく寝ていなさい」

 

 マサトの母親はチラリと子供の様子を伺っただけで再び視線を宙に戻してしまう。

 いつも通りの反応。今までのマサトだったらほんの少しの寂しさを抱えながらも、母親の言う通りにしただろう。

 しかし、今日のマサトは話を続けていくことを選択した。

 

「今日ね、病院の外に出たんだ……。いい天気だったから、日の光を浴びようって……そう、思ったんだ……」

 

 その言葉を聞いて母親は、一瞬、ほんの僅かな間、驚いた様子でマサトを見た。

 マサトはそれに気付かず、まぶたを閉じて今日のことをより鮮明に思い出す。

 温かい太陽の光を……そして、劣らぬ輝きを持った銀の光のことを。

 

 

「眩し、かったなぁ……」

「そう……」

 

 マサトの母親はひと言呟いてマサトの布団を掛けなおした。もう眠りについて欲しいということだろう。

 母親から掛けられた布団の中でマサトは“感じることをしなかった”優しさに包まれながら眠りにつくのだった。

 

 

 最後に、一筋流れ落ちた雫を拭われる感触を感じながら……。

 

 

 

 




 お待たせしました。これで第二次ディザスター編が終わりです。
 もう書く過去編のネタも無いのであと数話書いたらレベル9会議に行き、原作まで進めていこうと思います。

 ついでに、あんまり関係ないですけどあらすじ、あとがき、空行にスペースが入ってるとその行が省略されてしまっていた問題等細かいとこを修正しました。

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