Cannon†Girls   作:黒鉄大和

6 / 14
第6話 防御こそ最大の攻撃

 翌朝、二人は早速武具を纏って部屋を出ると酒場へと向かった。

 朝早くだというのに、酒場にはそれなりに人がすでに朝食などを取っていた。こんな朝早くに開いている店もないのだろう、ハンターに混じって市場で働く人達もチラホラと見える。ハンターの中にはこれから狩りに行く為に腹を満たしている者もいれば、帰って来て動いて消耗した腹を満たす者もいる。帰り組の中にも豪華な飯でドンちゃん騒ぎをしている者もいれば近づくのすらためらわれるほどどよーんとした者もいる。勝者と敗者の違いだ。

 そんな意外と盛況な酒場の受付で朝早くから仕事をしているライザ。二人の姿を見つけると「おっはよぉ~」と昨日は深夜まで働いていたとは思えない程さわやかな笑顔で迎える。彼女の体力は飛竜もビックリなほど多いとでも言うのだろうか。

「っていうか、本当にいつ睡眠してるんですか?」

 ライザの人間離れした体力に感心しつつも大方呆れているエリーゼ。そんな彼女の問い掛けにライザはむふふと何やらイタズラを思いついたような意味深な笑みを浮かべると、エリーゼやレンでは到底敵わないような豊満な胸を突き出した。

「ふふふ。実は私には双子の姉がいて一日交代で働いているのよ」

「そ、そうなんですかッ!? はわわ、初めまして。レン・リフレインと申しますッ」

「ウソに決まってるでしょ、アホ」

 ライザの大胆な大ウソを真面目に信じるレンの頭を軽く小突き、エリーゼはため息を漏らす。昨日までのこの子の様子を見ている限り、純粋な子というよりはただのバカに思えてくる。

「それより、ポーンクラスの依頼を見せてもらえますか?」

「あら? これから狩りにでも行くの?」

「わかっているクセに……」

 とぼけるライザからポーンクラスの未受注依頼書が束ねられたファイルを奪うと、エリーゼは目を通す。その間、ライザはふとレンが背負っている武器(ティーガー)に気づいた。

「レンちゃん、それが昨日あなたが言っていた武器?」

「え? あ、はいです」

「ふーん、ちょっと見せてもらえる?」

「はい」

 レンは素直にティーガーをライザに渡す。興味深げにティーガーを見詰めていたライザだったが、使われている素材を見た途端表情が変わった。いつものふざけた表情は消え、怖いくらいに真剣な眼差しでティーガーを見詰める。

「これって確か、元々はあなたのお父さんの武器よね?」

「は、はいです」

「この武器について、お父さんは何か言っていた?」

「え? えぇっと、確か東方大陸に出向いて討伐した飛竜の素材を、東方大陸の鍛冶師に頼んで作ってもらった特注品だって自慢してましたけど……」

「東方大陸……」

 ライザもまた、東方大陸という単語に反応した。瞳は相変わらず真剣なまま、ティーガーを見詰めている。

「あ、あのライザさん?」

 いつになく真剣にティーガーを見詰めているライザが怖くなり、レンは慌てて声を掛ける。するとライザはやっとこっち側に戻って来てくれたらしく、いつもような屈託のない笑みを浮かべた。

「あははは、ごめんさいね~。う~ん、これは私にもよくわからないわね」

「そりゃそうでしょ。親方だって知らなかったものだったし」

「あら、親方さんがわからないんじゃ本当に謎な武器よね」

 ライザは改めてティーガーを見詰める。親方は武器の構造や形状に注目していたが、彼女が注目するのは使われている素材。鱗や甲殻などである。鍛冶師の親方とギルド関係者であるライザの着眼点の違いだ。

「うーん、やっぱりわかんないわね。こんな素材見た事ないわ」

 ライザは笑って誤魔化すが、さっきの様子から知らないという事はないだろう。だがあえてエリーゼは問わない事にした。気にならない訳ではないが、それはきっとギルドの極秘情報に接触するような事なのだろう。一介のハンターに過ぎない自分達が教えてもらえる訳はないし、そもそもそんな大層な事に関わるのはごめんであった。

 ライザはティーガーをレンに返すのと同時に、エリーゼが依頼書の一枚を取ってライザに提示した。

「今回はこの依頼にするわ」

 エリーゼが出したのはアルコリス地方という比較的温暖な気候にある《森丘》という狩場でのランポスの定期的な間引き依頼であった。依頼達成条件はランポス二〇匹討伐。数はあるが雑魚モンスターの掃討という事もあって報酬は少ない。しかし危険性も低い為、レンの実力を見極めるのにはちょうどいいくらいだ。

「ふーん、ランポスの討伐か。エリーゼにしてはランクの低い依頼のチョイスね」

「当然です。いきなりこんな実力不明な子をクック討伐なんかに連れていけません。武器はよくわかりませんが、防具に関して初心者中の初心者用の装備です。実力なんて高が知れています」

「あははは、相変わらず容赦ないわね」

 エリーゼの容赦のない言葉に少なからず傷ついて落ち込むレンの頭を優しく撫でながらライザは苦笑すると、依頼書の担当者欄に自分の名前を書いてから再びエリーゼに依頼書を渡す。

「それじゃ、受注者欄に二人の名前を書いてね」

 エリーゼは慣れた様子で受注責任者欄に自らの名前を書くと、レンに手渡す。だが、村ではこんな書類を書いた経験がないレンはどうすればいいかわからず右往左往。呆れたエリーゼは「ここに名前を書くのよ。さっさとしなさい」と助け舟を出してあげた。

 レンは指定された受注協力者欄に名前を書き、ライザに手渡す。記入漏れがない事を確認すると、ライザはにっこりと微笑んだ。

「承(うけたまわ)りました。がんばって来てね」

 ライザの笑顔に見送られた二人は酒場の裏口を通ってターミナルと呼ばれる竜車が集まる場所へと向かった。ギルドがハンターに貸し出す為の竜車が用意してあり、依頼を受けたハンターなら誰でも無料で使う事ができる。

 両側には竜小屋と呼ばれるアプトノスを飼育する区画があり、その横にはここでもランク分けされた竜車が控えている。ポーンクラスは幌があるだけのシンプルなものであり、ナイトクラスのものは木製のオシャレなもので、ドアがあり噂では中には飲み物もあるとか。ちなみにクイーンクラス以上の竜車は違う場所から出発するらしいが、底辺にいるエリーゼとレンはそんな事知らないし、知っても意味がない事だ。

 ここでのクラス分けはハンターのレベルではなく、依頼のレベルで分けられている。そりゃ、いくらナイトクラスのハンターでも依頼内容がポーンクラスでは竜車の使用料の採算が取れない。ハンターに提示される報酬は依頼人から提示されるものよりも安い。これはギルドが仲介料を得ているからであり、竜車の使用量もこれに含まれているのだ。

 エリーゼは用意されていたポーンクラスのボロ竜車に乗り込んだ。レンもそれに続いて乗り込む。用意していた荷物も詰め込み準備完了。

「行くわよ」

 そう言ってエリーゼは慣れた手つきで手綱を操作してアプトノスを歩かせる。それに続くように連結された竜車もゆっくりと動き始めた。ナイトクラスともなれば運転手もいるらしいが、それ以下は自分で運転しなければならないのだ。

 ターミナルから出るとそのまま裏口である通用門から外へ出る。一歩外へ出てしまえばもう速度制限なんてない自由な世界だ。エリーゼは少し速度を速める。

 目指すは、アルコリス地方――狩場《森丘》である。

 

 竜車に揺られる事数日、二人はアルコリス地方の狩場《森丘》に到着した。

 森丘の拠点(ベースキャンプ)は周りを囲むように生えている無数の木々の枝が空からその姿を隠すような場所であり、飛竜の目を誤魔化す事ができる。しかも周りを岩壁や無数に生える木々が邪魔しており人は通れてもモンスターの進入を防いでいる。まさに、ここは狩場において唯一安全な場所なのであった。ただし、自然の中では絶対という事もなく、拠点が飛竜に襲われた事が決してないという訳ではない。あくまで、比較的安全な場所というだけだ。

 そんな拠点(ベースキャンプ)に到着した二人は早速準備に取り掛かる。竜車に積んであった支給品をまず天幕(テント)横の道具箱に入れ、そこから必要なものだけを選んで取り出し、二人で分け合う。続いてそれぞれの道具の最終確認。

「準備いいわね?」

「は、はいですッ」

 道具の確認を終え、ティーガーに通常弾LV1を装填し終えたレンは緊張しているらしく表情がちょっと硬い。たかがランポス相手なのに緊張するレンの姿を見て、エリーゼは呆れと不安が入り混じったような表情を浮かべてため息を吐く。

「あんたはあたしの後ろから適当に援護してればいいのよ。あんたが狙われないようあたしがうまく立ち回ってあげるから。安心しなさい」

「は、はいですッ」

「……行くわよ」

 エリーゼは心の中でレンの実力を見るという本来の目的を捨て、とりあえずレンが怪我しないように立ち回るという方針に切り替え、レンと共に拠点(ベースキャンプ)を出た。

 拠点(ベースキャンプ)から狩場に入るには岩壁を貫くトンネルを通る。そして、そのトンネルを抜けた向こうは川沿いの穏やかな狩場、エリア1が広がっている。ここにはアプトノスのエサ場であり、ランポスが大発生しない限りは基本的にいつもアプトノスが草を食べている光景が広がっている。

 だが今回はランポスが大発生している状態にある。比較的狭いエリア1にはすでに三匹の青い肉食竜、ランポスが我が物顔でそこに居座っていた。どうやら川の向こうにあるアプトノスの牧場を狙っているらしいが、川に阻まれてしまっている為にどうすればいいか考えあぐねているようだ。

 エリーゼは「あたしが先陣を切るから、あんたはあたしの後ろから適当に援護して」と言い残し、レンの返事を聞く事もなく岩陰から飛び出した。その途端、ランポス達がエリーゼの姿を見て威嚇の声を上げた。

「さぁ、掛かって来なさいッ」

 エリーゼは折り畳んで背負った討伐隊正式銃槍を引き抜き、すぐさま展開させて構える。日の光を浴びて先端にある刃が威圧的に煌く。

 堂々とランポス達と対峙するように飛び出したエリーゼの背後にはすでにレンがティーガーを構えていつでも撃てる体勢に入っていた。スコープでまずは一番正面にいるランポスに狙いを定めると、引き金を引く。

 ドォンッ! という銃声と同時に砲身から弾丸が飛び出した。それは狙い違わず正面で威嚇の声を上げていたランポスに命中。突然の一撃にランポスは驚きの声を上げて大きく後ろへ後退した。

「あ、当たりましたぁッ」

「バカッ! 勝手に撃つんじゃないわよッ! こっちの立ち回りも考えなさいよねッ!」

「へぇッ!? ご、ごめんなさいです~ッ」

 自分が撃った弾が命中した事に喜ぶレンを一喝するエリーゼ。確かに頑丈な盾を多用して正面から突っ込む戦法を使うエリーゼにとって今の援護射撃は不要どころか相手を警戒させるだけの邪魔でしかない。だがそれはあくまで方便であって、本当は無駄に弾を撃ってレンが狙われるのを防ぐ為でもあった。本人に問えば確実に全力否定するであろうが、エリーゼ・フォートレスというのはこういう子なのだ。

 エリーゼはガンランスを構えたままランポス達を威圧しながら一歩一歩ゆっくりと前進する。すると、そんなエリーゼの堂々とした進撃に、レンに一撃を入れられたランポスが考えもなしに突っ込んできた。それを見て、エリーゼはニヤリと勝利の笑みを浮かべる。

 突撃して来るランポスにエリーゼは腰を落とし、ガンランスの砲身を向けて砲撃加速装置の引き金を引いた。すると砲口が真っ赤に輝き出し、白い蒸気を噴出させる。その熱はさらに高まり、圧縮され、極限まで濃度を増していく。

 ランポスが異変に気づいた時には、すでに勝敗は確定していた。

 極端な熱源に空気の流れが変わり、風が吹く。その風はエリーゼのツインテールを勇ましく靡かせる。

「ファイアッ!」

 ドオオオォォォンッ!

 激しい爆音と共に圧縮されていた火炎が前方に向けてその威力を全て解放。まるで砲口で爆発が起きたかのような爆音と火炎の嵐に、レンは驚愕する。

 すさまじい威力に、重装備のはずのガンランスを構えたエリーゼは大きく後退した。

 そして、そんな威力全てが直撃したランポスは爆炎に吹き飛ばされて岩壁に激突。地面に落ちるとプスプスと煙を噴きながら息絶えた。それはまさに一瞬の出来事。

 これがガンランスだけが持つ一撃必殺の奥義、竜撃砲である。その一撃は火竜リオレウスの炎ブレスにも匹敵し、肉質無視で強烈な一撃をぶち込む事ができるまさに最強の一撃である。ただし、高威力の為に武器自体への負担が大きく、加速装置を冷却するのに時間が掛かるので連続して使う事できない事、先端に付けられた刃にその威力がほぼ直撃する為に切れ味が大きく落ちる事。まさに何もかもが桁外れの一撃なのだ。

 竜撃砲を使った事で加熱した砲撃加速装置を冷却する為、放熱ハッチが開いて白い蒸気が噴き出す。このハッチが閉まるまでは次の竜撃砲は使う事ができない。

 エリーゼの放った竜撃砲にすっかり怯えてしまったのか、ランポス達は先程のような無謀な突進は仕掛けてこない。彼らには次なる竜撃砲を撃つにはまだまだ時間が掛かるという人間側の事情なんてわかるはずもない。

 エリーゼは一度ガンランスを畳んで背負うと、一気に走り出す。ガンランスは重い為、構えたままでは走る事はできない。その為距離を埋める為に走るには一度背負いな直さないといけないのだ。

 接近してくるエリーゼにどう対応すればいいのかわからず右往左往する二匹のランポス。エリーゼはそのうちの一匹に狙いを定めると、真正面でガンランスを引き抜き、その勢いを利用して一気に突き出す。鋭く放たれた重量級の一撃はランポスの胴体に突き刺さると、そのまま突き上げて吹き飛ばす。

 盛大に吹き飛ばされたランポスは地面に叩き落された。だが今回はさすがに一撃で倒す事はできず、ランポスは立ち上がると自分を吹き飛ばしたエリーゼを睨みつけながら怒りの声を上げる。しかしエリーゼはそんなランポスの怒気を鼻で笑って一蹴する。

 ランポスは余裕の態度を取るエリーゼに向かって反撃とばかりに突撃して来る。だが、それはエリーゼの思うつぼであった。ガンランスを構え、突撃して来るランポスに向かって砲口の照準を合わせ、引き金を引く。

 ドォンッドォンッ! と小さな爆音を立てて二度砲口が爆発した。その爆撃の直撃を受けたランポスは突然の逆襲に仰け反る。そこへ、黒煙の中からエリーゼが突撃。鋭く突き出された一撃はランポスの体を抉(えぐ)り、そのまま吹き飛ばす。

 地面に転がったランポスはそのまま弱々しい声を上げた後息絶えた。

「二匹目。ちょろいわね」

 エリーゼは余裕の表情を浮かべている。

 今の攻撃こそこの武器がガンランスと呼ばれる理由の一つ、砲撃である。竜撃砲にははるかに劣るものの、その一撃は硬い鱗や甲殻の鎧すらも無視して直接内部へとダメージを与える、非常に硬い装甲を持つモンスターを相手にする場合は重宝する攻撃。何より、装填された砲弾の数だけリロードすればほぼ無限に撃つ事ができる。詳しい内部構造はギルドが極秘にしているが、一回の狩猟なら弾切れになる事はまずない。

 ランスの刺突攻撃と、砲撃機能、そして竜撃砲。これら三種を組み合わせて戦うのが、ガンランスという武器である。重量級故に動きが制限されるが、それはリオレウスの炎ブレスすらも防ぎ切る強力な盾をうまく使えば問題はない。

 まさに、ガンランスとは攻守どちらにも優れた武器なのだ。

 残るランポスはエリーゼと戦う事を止め、先程から全く戦闘に参加していないレンの方へ駆け出す。だが、そうは問屋が卸さない。エリーゼはすぐにガンランスを背負うと走り出し、レンに突撃するランポスの横に向かって突きの一撃を放った。

「ギャァッ!?」

 突然の横からの一撃にランポスはバランスを崩して転倒する。そこへエリーゼは装填されている残る砲弾三発を叩き込み、さらに下からすくい上げるようにして突きの一撃を叩き込み、ランポスを吹き飛ばした。地面に転がったランポスはそのまま息絶える。

 エリーゼはあっという間にランポス三匹を片付けてしまった。ガンランスのような動きの制限を受ける武器は小型モンスターは不得意という常識を撃ち破るような見事な槍捌きである。

 結局、レンは通常弾LV1を一発撃っただけで戦闘にはほとんど参加する事はできなかった。エリーゼに邪魔するなと怒られたのもあるが、何よりエリーゼの見事な立ち回りにすっかり魅入られていた事が大きい。

「ほら、さっさと剥ぎ取っちゃうわよ」

 エリーゼの声にハッとなって、レンは慌ててティーガーを背負って一番近くのランポスの亡骸に駆け寄って剥ぎ取りをする。ランポスを始めとして肉食モンスターの大半は死ぬと溶解液を出して自らの体を跡形もなく消してしまう。これは効率良く土に栄養を与える為とも言われているが、詳しい事はわからない。わかる事と言えば、とにかく急いで剥ぎ取らないといけないという事だ。

 腰に挿した剥ぎ取りナイフで鱗や皮を丁寧に剥ぎ取り、素材袋の中にしまう。その間にも溶解液で亡骸は解けていき、あまり剥ぎ取れないうちにランポスの亡骸はきれいに消えてしまった。

「まずは三匹ね」

 そう言ってエリーゼは考え始めた。このエリア1からはこのまま山を登って次の草原地帯であるエリア2に抜ける道と木々が密集する森林地帯であるエリア8へ抜ける道がある。どちらもランポスがよく出没する場所であり、どちらから回っても問題はない。

「とりあえず、順当にエリア2へ向かうわよ」

 しばらくは草原地帯で肩を慣らし、それから森林地帯に入る。例え簡単な依頼でも全力を尽くすのがエリーゼである。ランポス相手とはいえ油断はしないのだ。

 歩き出すエリーゼの後ろから、レンがとことこと続く。

「あ、あのエリーゼさん。私は何をすれば……」

 恐る恐るという具合にレンは気になっていた事を尋ねた。さっきは自分のタイミングで支援射撃をしたのだが、エリーゼに邪魔扱いされてしまった。支援射撃が支援にならないのでは、自分は一体何をすればいいのか。

 エリーゼはそんなレンを一瞥し、「あたしの邪魔をしない事、あたしの前に出ない事、あたしの許可なく独断行動はしない事さえ守ってくれれば何をやったって構わないわよ」と条件を提示した。だがそれは結局レンの自由には狩りができないという事だ。

「わ、わかりました」

 でもエリーゼは自分にとって現状保護者的な存在だ。その命令とあれば従わないといけないし、そもそも逆らう理由などない。レンはとりあえずエリーゼの邪魔をしない事を一番に考えて行動すると決めた。

 二人が次に到着したのはエリア1よりも山を登った高い場所に位置する小さな草原。小さいと言っても火竜リオレウスが十分突進できるほどの広さはある。ここもまた分岐地点であり、岩壁を登った先にある道は崖下となっているエリア6に。このまま直進すれば同じような地形のエリア3へと抜ける。

 だが、素通りはもちろんできなかった。エリアにはまるで二人を待ち構えるかのように四匹のランポスが陣取っていた。隠れるような場所がない為、二人はすぐに見つかった。

「ちゃっちゃと片付けるわよ」

 そう言ってエリーゼは討伐隊正式槍を構える。レンもエリーゼの背後でティーガーを構え、改めて通常弾LV1を装填して準備完了。スコープで狙いを定め、いつでも撃てる体勢になる。だが、引き金は引かなかった。エリーゼの言った《自分の邪魔はするな》という条件が、引き金に掛けた指を動かせないでいる。

 そんなレンの気持ちなど知りもせず、エリーゼは単身で突撃。無茶などではなく、これが彼女のソロでの戦い方であった。常に敵と肉薄し、しかし視界全体に必ず全てを捉え、盾で攻撃を防ぎながら反撃する。防御こそ最大の攻撃、それがエリーゼの戦い方であった。

「ギャアッ!」

「っと、そこッ!」

 襲い掛かってくるランポスの動きを見極めて寸前で横に回避。通り抜けざまにランポスの側面に砲撃して牽制。さらに連続でバックステップして距離を確保し、再び向かって来るランポスを砲撃して動きを止め、黒煙を貫いて刺突。まずは順当に一匹を片付けた。

「さぁ、どんどん掛かって来なさいッ」

 エリーゼを危険視したのか、残る三匹のランポスはそれぞれエリーゼを囲むように展開する。だが、エリーゼにとってはそんなの小細工でしかない。むしろ上等だと言いたげに口元に余裕の笑みすら浮かべる。

 これまでソロで戦って来たエリーゼ。仲間がいない分自分で全てを賄わなければならない為、ぶっちゃけソロハンターはチームハンターよりも高度な技術を要する。だが、エリーゼは長い修行期間の間にそれを見事に身に付けていた。

 仲間なんていらない。敵の攻撃は自分にのみ集中する――上等だ。むしろ自分しか狙わないというのならば、確実な守りと的確な反撃を繰り返せば勝てる。それがエリーゼの防御こそ最大の攻撃という戦い方であった。

 エリーゼの左側に展開したランポスがまず攻撃に転じた。すぐさまエリーゼは左腕の盾を構えてその一撃を防ごうとする。するとその背後から別のランポスが襲い掛かる。これにはレンも慌てて支援攻撃しようとするが、エリーゼはすぐさま右腕に備えた槍を向けて砲撃。何と二方向同時襲撃を見事に対処してしまった。

「す、すごいです……」

 盾で攻撃を防がれたランポスはバックステップで距離を取る。その間にエリーゼは砲撃で動きを強制停止させたランポスに続けざまに砲撃を加えて刺突。またしても一匹を片付けた。

 あっという間に仲間を二匹もやられた残る二匹のランポスは距離を取って警戒する。エリーゼはすっかり防御に徹し始めたランポス達を見て不敵な笑みを浮かべると、一歩一歩威圧しながら近づく。

 エリアの中央部まで移動するエリーゼ。レンはそんな彼女から少し離れた場所でティーガーを構えたまま動けずにいた。援護すべきか、それともこのまま彼女に任せるべきか。形勢は完全にエリーゼの軍配が上がっている。わざわざそこへ自分が介入し、もしも形勢が逆転するような事になればエリーゼを危険に陥れてしまう事になる。

 だが、だからと言ってこのまま何もしないというのも気が引ける。いつもは自信がなくておどおどとしているレンだが、彼女だってハンターに違いはないのだ。何より、せっかく整備して絶好調のティーガーに申し訳ない。

 どうすべきか悩むレン。その時ふとツタの葉が伸びてはしごのようになっている岩の段差の上に目を向けた時、一瞬何か青いものが動いたのをレンは見逃さなかった。ハッとなってエリーゼの方を見ると、横へ動くランポス二匹を追い込んで移動をしていた――違う、よく見ればランポス達に岩壁側へと誘導されているのだ。

 その瞬間、レンはランポス達の巧妙な連携による作戦を見抜いた。すぐさま装填されていた通常弾LV1を排出して別の弾を装填。スコープで照準を合わせ、岩壁の上をロックオン。引き金を引いた。

 ズドォンッ!

「な、何事ッ!?」

 突然の銃声にエリーゼが振り返ると、レンが自分の背後の岩壁に向かって砲撃していた。怒ろうとした時、撃ち出された弾丸がやけにゆっくりとした速度で岩壁の上に着弾。刹那、弾頭から爆薬が噴出して発火。まるで着弾地点周辺を絨毯(じゅうたん)状に爆撃した。

 ボウガンの放つ弾の中でも最強と言われる着弾と同時に周囲を爆破する特殊弾である拡散弾。レンが撃ったのはそのLV2であった。

 爆発と共に、何かが悲鳴を上げて岩壁かが落ちて来た。地面に倒れ、慌てて起き上がったのはランポス。それを見て、エリーゼは自分が彼らの策にハマり掛けていた事に気づいた。

 挟撃。前後を挟み込む形で相手を追い詰めたり、前方に敵の意識を集中させ、背後からの奇襲を行う戦法の事であり、今回はそのうちの後者であった。

 エリーゼはすぐさまバックステップで三匹のランポスから距離を取った。ランポス達は作戦が失敗して悔しいのか低い鳴き声を上げている。

「エリーゼさんッ」

 レンはティーガーの弾を再び通常弾LV1に切り替えてエリーゼに駆け寄る。レンはエリーゼの言葉を律儀に守って彼女の前や横に出る事はなく、背後に立つ。その為、エリーゼの表情は背中に阻まれて見る事はできない。

 余計な事だと、怒っているだろうか。もしかしたらあの奇襲すらも彼女の中では十分対処可能なものだったのではないか。また自分は、エリーゼの邪魔をしてしまったのではないか。そんな不安が、レンの中で膨らむ。

「……あ、ありがと。助かったわ」

「え?」

 それはとても小さくて、でもハッキリと聞き取れた。驚いてうつむいていた顔を上げると、少しだけエリーゼの横顔が見えた。その頬は、ほんのりと赤らんでいる。それを見て、レンの顔にパァッと笑顔が灯った。

「はいですッ」

 無邪気に笑うレンを見て、エリーゼは頬を赤らめながらも真剣な顔を崩さない。今は和んでいる暇などない。なぜなら、ここは常に死と隣り合わせである狩場なのだから。油断がすぐに死へと直結する。先程のような失態は二度と繰り返してはならないし、プライドがそれを許さない。

 しかし、正直驚いていた。レンがいた角度からだとこの背後の岩壁はほとんど何も見えないに等しい。ランポスが隠れていたとしても、見えるのは一瞬でしかもわずかな部分からしか確認できないはず。なのに、レンはそれを見事に見切って的確な射撃を行った。ただの素人だとすれば、信じられないようなビギナーズラックだ。

 そこまで考え、エリーゼはふと思った――これが、レンの実力なのではないか。

 だがレンが身に纏っているのは謎のライトボウガンを抜けば素人中の素人が装備するレザーライトシリーズ(足はグリーンジャージーだが)。今のが実力だとすれば、明らかに不釣合いな防具である。

 ――確かめなくてはいけない。

「レン、あたしが援護してあげるから、残る三匹はあなたが倒しなさい」

「ふえッ!? わ、私がですかッ?」

 突然の突撃命令にレンは驚く。確かに戦闘に参加できないのは気が引けてはいたが、まさかいきなり主力となって戦う事になるとは思ってもみなかったのだ。

 どうすればいいか迷うレンだが、エリーゼの中ではすでに決定事項である。

「さっさといきなさいッ。ちんたらしてると砲撃するわよッ」

「は、はいですぅッ!」

 半ば無理やり突撃させられたレン。だが、いざ戦闘となればレンだってハンターの端くれ。瞳は真剣なものに変わり、表情も凛としたものになる。

 スコープで狙いを定めたのは先頭にいるエリーゼを奇襲しようとして自分が爆撃したランポス。拡散弾LV2のダメージもあるだろうから、すぐに排除できると踏んでいた。

 レンは突撃しつつ正確にランポスを狙って引き金を引く。撃ち出された弾丸は全部で三発。それらは見事にランポスに命中し、そのうちの一発が致命傷となったのかランポスは倒れた。

 仲間の仇とばかりにランポスは二匹同時に突っ込んで来た。これにはさすがのエリーゼも武器を収納して走り出す。レンの前に立って攻撃を防ごうと考えたのだ。だが、それは杞憂に終わる。

 レンは姿勢を低くして冷静にまずは右側のランポスに向かって弾倉に残っている三発の通常弾LV1を集中砲火。この攻撃にランポスは足を止めて仰け反る。すぐさま空薬莢を排出して新しい弾丸を装填。しかしその時にはすでにもう一匹のランポスがすぐ傍まで迫っていた。

 だがレンは横へ転がるようにしてこの突撃を回避。しかも転がった先は狙っていたランポスの真横。驚くランポスの目の前でレンは至近距離から通常弾LV1を放ち、ランポスを射殺。すぐさま反転して再び迫ってくる残るランポスに向かって弾倉内の全五発を発射。うち二発は外れたが、三発はランポスに命中。あまりの激痛にランポスは仰け反る。その隙に再び装填し、膝をついてしっかりと自身と砲台のように固定して正確な一撃をランポスの頭部に放つ。それは狙い違わずにランポスの頭に命中し、勝敗は喫した。

 それはあっという間の出来事であった。先程までこちらに敵意を向けていたランポス達は、今は何も言わない骸(むくろ)と化している。

 三匹のランポスの死骸の中心に立つレン。奇妙な形のライトボウガンを右腕に構え、ロングバレルを装備した長い砲身からは今も小さな煙が噴き出ている。その横顔は、エリーゼが今まで見て来た頼りないドジッ子の屈託のない笑顔はなく、真剣なハンターのものであった。

「レン、あんた……」

 一瞬でランポス三匹を一掃したレンは弾倉の空薬莢を排出し、新しく通常弾LV1を装填してティーガーを背負うとエリーゼの方へ振り返る。その瞬間にはそこにはもういつもの彼女らしい屈託のない笑みがそこにあった。

「エリーゼさんッ。私やりましたよぉッ」

 無邪気に喜びながら駆け出し、ランポスの死骸に足を取られ――

「へッ? ひゃあああぁぁぁッ!?」

 ――顔面から地面に突っ込み見事過ぎる転げっぷりを披露した。それを見て、エリーゼは疲れたように大きな深いため息を吐いて頭を押さえる。

「あんた、すごいのかすごくないのかわからないわね……」

 そうは言うものの、正直レンの立ち回りには驚いているエリーゼ。あの平らな場所でも平気で転ぶという珍スキルを持つドジ×無限と表してもいいようなレンが、まさかここまでの実力者だとは思ってもみなかったのだ。明らかに防具と実力が釣り合っていない。

「レン、あんた何でそんな防具を着てるのよ」

 気になった事はきっちりかっちり解決しないと気になって仕方がない性格であり、回りくどい事が大嫌いなエリーゼは単刀直入に訊いてみた。するとレンは「え? これですか?」と自分が身に纏っているレザーライトシリーズ+グリーンジャージャーを見詰め、頬を赤らめて照れ笑いを浮かべる。

「これ、お父ちゃんと一緒に作った初めての防具なんです。私の宝物なんです」

 そう嬉しそうに言って無邪気に笑うレン。それを見てエリーゼはなるほどと納得した。

 つまり、レンは自分の実力に見合った防具を身に付けるのではなく、父親との思い出を重視してこんな防具を纏っているのだろう。確かによく見れば、素人ハンターが通過点としてしか使う事のない防具なのに、すごい使い込まれているのが見て取れる。鉄鉱石などでできた装甲は所々ヘコみ、布の部分は何度も切れては縫って切れては縫ってを繰り返してツギハギだらけ。きっと、ずっと補修したり防具の能力を高める際に使う鎧玉や上鎧玉で強化しながら今日までずっと使い続けていたのだろう。その防御能力はガンナーであっても今自分が身に纏っている剣士用のイーオスシリーズにも引けを取らないかもしれない。

 だが、所詮は通過点にしか過ぎない防具だ。いつまでもその防具を付け続ける訳にもいかない。飛竜などの前では例え強化したとしてもそんな防具簡単に壊されてしまう。そもそも、防具の耐久寿命がそこまで持つかどうかも怪しい。

「お節介かもしれないけど、一応言っておくわ。そんなボロボロの防具でいつまでもハンターは続けられない。ちょうどいい機会だし、今回の依頼で採取したランポスの素材を使ってランポスシリーズでも作ったら?」

 ランポスシリーズもまた通過点の防具ではあるが、鉄鉱石やマカライト鉱石を中心にした防具よりも軽量で頑丈な為、使い勝手はいい。それこそクックを討伐するまではこの防具でもうまく使えば全然問題ないほどだ。

 しかし、そんなエリーゼの提案に対しレンはフルフルと首を横に振った。

「私は、この防具が好きなんです。お父ちゃんとの思い出が詰まったこの防具だからこそ、私はここまで来れたんです。破れては自分で縫って、破損したら代用部品で補って。これには私自身の経験も詰まっているんです。これは、ただの防具なんかじゃないんです」

 そう言って、レンは無邪気に微笑んだ。

 人という生き物は思い出を力に変える事ができる特異な存在である。その思い出は人それぞれ千差万別ではあるが、どれもが大なり小なり人を突き動かす力となる。レンが纏う防具も、そんなものの一つなのだろう。

 エリーゼはそれ以上何を言う事はなく、「そう」とだけそっけなく返して再び歩みを再開する。その後を、レンが慌てて続く。

 人には人それぞれの験担(げんかつ)ぎがある。それをとやかく言う必要はないし、今のレベルなら強化されたレザーライトシリーズは問題ないだろいうという確信もあった。何より、自分もまたある思い出――自分の無力さを知った苦しい経験がここまで自分を突き進めてきたという実例がある。それだけ、心の力というのは良くも悪くもすさまじいのだ。

 エリーゼはふと自分の後をとことことついて来るレンに振り返った。

 どうしようもないドジで、すごく恥ずかしがり屋で控えめ、でも一度決めた事は決して曲げない頑固さと、世の中に悪いものなんてないと信じ切っているそのキラキラとした真っ直ぐな瞳。どれをとっても、あの子と同じであった。

 だからかもしれない――この子に対してどこか強く言えなくて、心配で放っておけないと思ってしまうのは。

 ふとレンは顔を上げると、前を歩くエリーゼが自分を凝視している事に気づいた。

「エリーゼさん?」

 名前を呼んでみると、エリーゼは慌てて正面を向くと「何でもないわ」と無愛想な声で答えた。レンは不思議そうに首を傾げるが、エリーゼが何でもないと言っているのだからそれ以上追及する事もなく、辺りを警戒しながら腹を満たすだけで味はうまくもまずくもない携帯食料を一つ食べて小腹を満たす。

 すでに八匹のランポスを片付けた二人。

 その後二人は残る十二匹を順当に討伐し、無事に依頼を達成した。元々エリーゼ一人でも余裕で可能な依頼だった上に、予想以上にレンがその後活躍した事もあって予定よりも早く終わり、二人はドンドルマへと帰還した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。