Cannon†Girls   作:黒鉄大和

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第11話 命懸けの殿と涙の逃走劇

 エリア4。エリア3から直結する狭い山道を登った先にある台地。ここは入口が狭い為にランポスなどの小型モンスターも入る事はできず、一年を通してモンスターが現れる事は滅多にない。あるとすれば昼間はランゴスタ、夜は大雷光虫といった空を飛ぶモンスター程度。あとは、同じく空を飛ぶ事のできる飛竜くらいなものだ。

 そんな大型生物が滅多に足を踏み入れる事のないエリアに、二人の少女が倒れていた。

「うぅ……全身が痛いですぅ……」

「命があるだけありがたく思いなさいよぉ……」

 ぜぇぜぇと苦しげに荒い息を繰り返す二人は所々焦げついており、プスプスと煙を噴き上げている。泥と汗、涙に塗れてそのかわいらしい顔が台無しだ。しかし、それが彼女達の激戦の激しさを物語っているかのよう。

 二人は立ち上がる事もままらないまま匍匐(ほふく)前進のような体勢のまま岩壁に近づき、そこに背を掛けてようやく一息つくと道具袋(ポーチ)から回復薬を取り出して一気にそれを飲み干した。これで少しは体力も回復する。

「……マジで死ぬかと思ったわ」

「むしろ生きているのが不思議なくらいですよぉ……」

 二人ともすっかり疲れ切ったような表情のまま、弱々しく言葉を吐き出す。思い出すのも億劫な程疲れている二人。その原因は間違いなく今もこのエリアに隣接する(隣接すると言っても徒歩では十分も掛かるが)エリア3にいるリオレイアである。現在彼女の位置はレンが撃ったペイント弾のおかげで見失わないで済んでいる。

 先程まで二人はエリア3で雌火竜リオレイアと死闘を繰り広げていた。それはまさに死闘と言うにふさわしい大激戦であった。エリーゼの豊富な知識とリオレイア相手にしながらの冷静な判断力、そして今まで培ってきた実力、さらにはレンの見事な支援射撃や立ち回りが功を奏し、何とか互角とまではいかないもののそれなりに善戦はできた。特に、飛び上がろうとしたリオレイアをエリーゼが絶妙のタイミングで竜撃砲で撃墜。レンもまた徹甲榴弾LV2を見事な射撃で次々に頭に命中させてめまいを起こさせるなど、リオレイア相手に熟練ハンターでも難しい神業を次々に炸裂させている事は彼女達二人の実力がかなりのものという事を物語っていた。

 ……ただし、それもリオレイアが本気になるまでの事であった。

 レンとエリーゼの度重なるコンビネーション攻撃を受け続けたリオレイアはついに激怒。つまり怒り状態となってしまった。怒り状態とは文字通り怒り狂っている状態を指す。具体的に言うと執拗な敵の攻撃に対して己が身を守る為に自らのリミッターを解除した状態。この状態でのモンスターは生き残る事を最優先として敵の全力排除に全ての躊躇(ためら)いを金繰り捨ててしまう。その為攻撃力や俊敏さ、中には肉質まで変化させて必死に生きようとする。

 怒り状態のモンスターは無茶苦茶だ。自らの攻撃で自らが傷ついても構わない。敵の排除こそが最優先事項。人間に置き換えて言えば、腕の一本や二本折れてでも生き残るという強い生への執着。

 そんな怒り状態となったリオレイア相手に、通常時でも苦戦を強いられていた二人が勝てるはずもない。今までとは圧倒的にまで違う攻撃力や俊敏さに、殺されないようにするのが必死の防戦一方に形勢が逆転。何とかエリーゼが閃光玉を使って動きを封じてここまで逃げるのが精一杯であった。

 そして、必死に逃げた二人は今ここに至る。

「それにしても、思った以上に面倒な事になったわね……」

「そうですね、なけなしの閃光玉もなくなってしまいましたし」

 今回はある意味で緊急依頼であった。緊急依頼とは通常依頼と違って切羽詰った依頼の事を言い、なかなか準備が整わない状態のまま出発する事になってしまう。今回の場合もすぐに出発という形だった為、十分に道具が用意できなかったのだ。

 最近どうも光蟲が取れず価格が高騰しており、素材の値段が上がった事であまりお金に余裕があるとは言いがたい二人は閃光玉を満足に揃えられない状態が続いていた。そんな時に今回の緊急依頼。用意できたのは各自一発ずつの計二発。それも先程のリオレイア戦で全て使ってしまった。

「本来は、卵の運搬中での足止めに使おうと思ってたんだけどねぇ……」

 もしも閃光玉が各自持ち込み限界数の五発ずつ、計十発を持っていたらリオレイアなど相手にはせず、遭遇するたびに閃光玉で動きを封じるという手も可能であった。しかし、その肝心の閃光玉が不足していた為、エリーゼは無茶を承知でリオレイアの動きを見極める為にあえて戦闘を行ったのだ。結果は閃光玉の全損失と手厳しいものだが、おかげでリオレイアの基本パターンを少しだけでも理解はできた。

 閃光玉が使えなくなったとなると、残る術はペイントの匂いで奴の位置はわかる。それを利用して遭遇しないようにしながら卵を運搬するしかない。そしてもし遭遇してしまったら、その時は護衛役が先程の戦闘での経験を生かしてリオレイアと一対一で奮戦。運搬役がエリア外に脱出する時間を稼ぐしかない。どちらも、かなり危険な役目だ。

「とりあえず、まずは巣に向かうわよ」

 そう言ってエリーゼは背後を指差す。その指が示す先には何とか登れそうな岩の段差があり、その向こうに洞窟へと繋がる小さな入口があった。あれが飛竜の巣であるエリア5へと繋がる道の入口。何だかんだで、二人は卵があるであろう飛竜の巣のすぐ近くにまで接近していたのだ。

「卵を確保した後、ペイントの匂いでリオレイアの動きを予測しながら拠点(ベースキャンプ)まで運ぶわよ」

「……あの、私が運搬役でエリーゼさんが護衛役、でいいんですよね?」

 レンは事前の打ち合わせで決めていた役割を再確認する。エリーゼの立てた方針はもしもリオレイアと遭遇した場合は防御力が高く肉薄できるガンランスの自分がリオレイアを引きつける。その間にレンが卵を持ったまま逃げるというものであった。その為、機動力が低いという弱点を持つガンランスを護衛役とする為にあんなに事前にランポスの排除という下準備をしておいたのだ。

 レンの問い掛けに対し、エリーゼはいつになく困ったような表情を浮かべていた。そして、エリーゼの考えている事はレンも気づいていた。

「正直、あたしの実力じゃリオレイアを押さえつける事は無理ね。さっきの戦いでそれを痛感したわ」

 そう言って、エリーゼは悔しそうに唇を噛むと拳を地面に叩き付けた。

 先程の戦いでリオレイアの攻撃パターンを理解したと同時に、リオレイアの常識外れの攻撃力の高さを痛感した。イャンクックなどとは比べ物にならない程の一撃の数々に、いくら盾でガードしていたとしてもスタミナは一気に削られてしまい、何度も連続して攻撃を受けたらきっと耐え切れない。何より、一撃一撃が重い為に盾を支える腕が悲鳴を上げる。正直、今だって盾を支える左腕には鈍痛が走っている。

 ガンランスは回避が不得意な武器である。その為、防御重視の戦い方になるのだが、その防御が追いつかない程リオレイアの攻撃力は桁外れに高いのだ。

「それじゃ、どうするんですか……?」

 レンは不安そうな瞳でエリーゼを見詰めている。そんなレンの視線を感じつつも、エリーゼはあえて無視して頭の中で様々な考えを巡らせていく。そして、一つの結論を導き出す。

「……仕方ない、作戦を変更するわ」

「作戦の変更、ですか?」

「そうよ。具体的にはまず二人の役割をチェンジするわ。つまり、あたしが運搬役であんたが護衛役ね」

「わ、私がエリーゼさんの護衛をするんですかッ!?」

 突然の役割変更。それも自分が護衛役、つまり卵を運搬するエリーゼを守る役目を任されたレンは瞳を大きく見開いて驚くとあわあわおろおろと狼狽する。そんなレンの姿に一抹の不安を感じつつも、今できる最善の策がこれしかない為エリーゼはため息を漏らす。だが、それはすぐに笑顔へと変わる。

「正直、あんたに守られるのってすっごく不安なんだけど……」

「うぅ……」

「――でもまぁ、あんたの実力はあたしが一番良く知ってるからね。一応頼りにしてるわよ」

 その言葉にレンはパァッと笑顔を華やかせる。エリーゼがこんな自分を頼りにしている。その事実に感謝感激しているのだ。一方、そんなレンの反応に対してエリーゼもまたカァッと顔を真っ赤にさせると、レンの笑顔を直視できずプイッとそっぽを向いてしまう。

「ご、誤解しないでよねッ! あたしはただ今の状況においての最善の策がこれしかないと思ったから、ものすごく不本意だけどあんたに護衛役を任せてるだけなんだからッ! べ、別にあんたの実力なんてこれっぽっちも期待してないわよッ!」

「はいですッ!」

「何よその清々しいくらいに眩しい笑顔はッ! 絶対誤解してるでしょあんたッ! ち、違うったら違うんだからねッ!」

「はいですッ!」

「ムキーッ!」

 すっかりレンの天然に振り回されているエリーゼは顔を真っ赤にさせながら必死に言い訳を並び立てるが、すっかりエリーゼの言動及び行動パターンを理解しているレンはそれらをしっかりと脳内変換して笑顔を華やかせ続ける。

 息切れするまで叫びまくったエリーゼはそこで一度息を整えてから、改めて作戦方針をレンに伝える。

「役割が変わっただけで基本方針は変わらないわ。まずはエリア5の巣において飛竜の卵を採取。再びこのエリア4へ戻り、エリア3、エリア2、エリア1とさっき通った道を戻るだけね。本当はエリア6から一気にエリア2へ抜けたいんだけど、あそこはリオレイアと遭遇した場合完全に逃げ場を失うし、そもそもあんな崖を卵を持ったまま下るのはかなりのリスクを伴うから却下ね」

「あの、今更ですけどエリア3からエリア9、8を抜けてエリア1へ行く方法の方が安全じゃないですか? あそこならリオレイアの目から逃げられますから」

 珍しくレンが意見した事に対してエリーゼは驚いたように瞳を大きく見開く。そんな彼女の反応にレンは自分が突拍子もない事を言ったのだと思い慌てて謝る。

「ご、ごめんなさいですッ」

「あんたにしてはいい意見ね。確かにそっちの道は天井を木で覆われているからリオレイアの目を誤魔化せる。でもその代わり、あの辺はランポスやドスファンゴのねぐらになってる。木々や藪が多くて視界も悪い。藪の中から突然ドスファンゴが突進してきたら阻止するのは至難の業。あの道はリオレイアから逃げるのは適しているけど、遠回りだしランポスの群れとかに囲まれる可能性もある。だからあえて今回は最初にランポスを駆逐した表ルートを回るのよ。リオレイアに見つかる可能性は高いけど、それよりも私達のできる最短ルートで突っ切ってしまうのが私は得策と考えるわ」

「な、なるほど。わかりましたッ」

 やっぱりエリーゼは自分と違ってちゃんとそんな所まで考えてるんだなぁと改めて自分の相棒のすごさを再認識するレン。そんなレンのキラキラとした視線を受けて、エリーゼはフンッとそっぽを向けるがその頬は赤く染まっている。

「表ルートはすでにランポスは最初に駆逐してあるけど、別の群れが占拠してる可能性もある。その場合はあんたが片付けなさい」

「はいですッ」

 笑顔でうなずくレンを見て、ある意味ランポス相手では護衛役はレンの方が適任ねとエリーゼは思った。何せ機動力の低いガンランスよりも、機動力があり遠距離から攻撃できるボウガンの方が雑魚モンスターの掃討は適しているからだ。

 ただ問題は――

「問題はリオレイアと遭遇してしまった場合ね。この場合は、一応あたしの護衛をしながら相手を引きつけて。でも無理はしない事。卵の運搬も大切だけど、あたし達どちらかが死ぬような事は絶対に避けなければならないんだから。特にガンナーのあんたは防具も貧弱でガードもできない。一撃で即死する可能性もある事を頭に入れておきなさい」

「は、はいです……」

 一撃で死ぬ。それは決して冗談ではなく、リオレイア相手では本当にありえる事だ。それだけに、死ぬという単語を聞いた途端レンから笑顔が消えた。怯えている、そんな感じのレンを見てエリーゼは小さく笑みを浮かべた。

「安心なさい。あんたが無理だと判断したら、卵なんて捨ててあたしが援護に回るから。その場合、依頼達成はかなり厳しくなるけど、仕方がないわね。ハンターは依頼を絶対に成功させるなんて事はない。とにかく生き残る事が最優先事項なんだから。気楽に、でも決して手は抜かない事。いいわね?」

「は、はいですッ! がんばりますですッ!」

 グッと拳を握るレンを見て小さく微笑みながらも、この依頼の厳しさを改めて痛感するエリーゼ。本当なら角笛を吹いて自分がリオレイアを引きつけている間に卵を運ぶレンを逃がす算段だったのだが、役割が変わった為に不可能となる。エリーゼ自身、少しリオレイアを過小評価し過ぎていた。奴相手に、絶対なんて事はない。常に様々な可能性を視野に入れて作戦を立てなければならない。それが、狩りの奥深さであった。

「とにかく、絶対に無理はしない事。これだけは約束しなさい」

「はいですッ。約束ですッ」

 卵を運ぶ間は一切攻撃も防御もできず、何より様々な動きを制限させれるエリーゼ。

 そんなエリーゼに一切の攻撃も向ける事なくランポス、さらにはリオレイアを相手にして戦わなければならないレン。

 どちらも、文字通り命懸けの役割だ。

 しかし、決して恐れなどはない。なぜなら、お互いにお互いを信頼しているから。これまでの経験や実力、何より絆を信じているから。だからこそ、今まで互いの背中を任せ合って来れたのだ。

 成功する可能性は極めて低いといっても過言ではない。でも決して諦めてなどいない。むしろ、成功すると確信している。

 自分を信じ、相棒を信じ、互いが互いの役目を全うする。それだけだ。

「それじゃ、約束の証として指きりですッ」

「……あんたって、ほんと子供よねぇ」

「子供じゃないですよぉッ!」

 子供と言われてムゥッと頬を膨らませてふて腐れるレン。そういう言動や反応が子供っぽいのだ。エリーゼは小さく笑いながらも、小指を差し出す。それを見てレンは笑顔を浮かべると、自らも小指を構える。

 エリーゼの陶磁器のように白くて細い美しい小指と、レンの柔らかくかわいらしい小指が――結ばれる。

「指切り竜撃砲、嘘ついたらバリスタ千本呑ます」

「何ですかそれッ!? 普通のより数段怖いですよッ!?」

「そう? あたしの地元はこれだけど」

「本当ですかッ!? 恐ろしい地方ですねそれッ!」

「まぁ、冗談だけど」

「……エリーゼさんの冗談って、笑えないです」

「何よそれ、あたしがスベってるとでも言いたい訳?」

「いや、スベるスベらない以前の問題です」

 そんなバカらしいやり取りを挟みつつ、二人は今度こそ指切りする。

「指切り拳万、嘘ついたら針千本呑~ます、指切ったですッ!」

「はい、指切った」

 そして、どちらからとなく二人は笑った。

 指切りを終えると、二人は再び真剣な面持ちとなって自分達が目指すエリア5へと繋がる入口を見詰める。エリア5はあの入口から入ったすぐの場所にある。。そこにあるであろうリオレイアが大切に育てている飛竜の卵を奪取し、無事に拠点(ベースキャンプ)まで運び、ドンドルマまで運搬するのが自分達の任務――そして、人の命が懸かった決して失敗の許されない任務でもある。

 だが、不安はない。

 隣を見れば、この世で最も大切で信頼できる相棒がいるのだから。

「行くわよレン。あたしにしっかりついて来なさいッ」

「はいですッ。エリーゼさんッ」

 拳を合わせ、二人は飛竜の巣があるエリア5へと向かって歩き出した。

 

 飛竜の巣ことエリア5は天井に空いた大穴から光が差し込む洞穴である。天井から降り注ぐ光だけが照らしている為、全体的に薄暗い。中は結構広くてリオレイアが全力疾走しても少し余るくらいの広さはある。地面には何かのモンスターの骨が無数に散乱しており、嫌な臭いが漂っている。

「待って」

 岩陰から出ようとしたレンをエリーゼが引き止める。見ると、洞穴の中には三匹のランポスが動き回っている。どうやらリオレイアが食べ残しを求めてこんな所にまでやって来たらしい。

「まずはあいつらを排除するわよ。あたしが先陣を切るから、あんたは適当に動き回りながら援護射撃をお願い」

「はいです」

 エリーゼはペイントの匂いでリオレイアの位置を確認する。まだ奴はエリア3から離れていないらしい。奴が来る前にランポスの排除及び卵の奪取をしなければならない。ここからは時間との戦いだ。

 エリーゼは三匹のランポス全てがこちらに背を向けた瞬間、岩陰から飛び出した。全速力で洞穴を駆け抜き、その足音にランポス達が振り返って威嚇の声を上げる。エリーゼはそれを無視してまず先頭のランポスに突きの一撃を入れる。

 エリーゼがランポスと交戦状態になると、遅れてレンも飛び出す。エリーゼが最初のランポスを片付けるのを一瞥し、レンは手前のランポスに突撃。向こうも反撃とばかりに突撃して来る。レンはティーガーを構え、走りながら目測で狙いを定めて引き金を引く。撃ち出された銃弾はランポスの体に突き刺さり血を迸らせる。

「ギャアッ!?」

 悲鳴を上げて仰け反るランポスに続けて二発同じように通常弾LV2を叩き込む。完全に動きを封じられたランポスの横を通り抜けて背後に回り込むと、振り返ろうとするランポスの頭を至近距離から撃ち抜く。その一撃でランポスは崩れ落ちる。

「ったく、どこにでもいるわねこいつらは」

 レンが一匹を片付けている間にさらにもう一匹を片付けたエリーゼがうんざりしたようにつぶやきながら近づいてきた。彼女の言うとおり、ランポスというのは本当にどこにでもいるらしい。

「そんな事より卵ね。まさか、こいつらが食ったなんてオチはないわよね」

「ない、と言い切れないのが怖いですよね」

 ランポス達肉食モンスターにとっても飛竜の卵というのは貴重な栄養源となる為に狙われる事が多い。ここまで来て卵が食べられていたなんてオチがあったら最悪だ。二人は祈るように段差の上にある飛竜の巣へと向かう。

「よっこいしょっと」

 エリーゼは自身の背丈程の高さの段差を上ると、そこには骨や砕かれた枝などで作られた飛竜の巣がある。飛竜の巣は想像していたよりもずいぶんと小さい。直径は二メートルほど。積まれた枝や骨の奥に何か、白いものが見える。

「あったわッ」

 エリーゼは急いで被せてある骨や枝を手で払いのける。すると、そこにあったのは白い球状のもの。間違いない、これが飛竜の卵だ。大きさは小タル爆弾より一回りくらい大きい。リオレイアの巨体に対して卵は若干小さく感じるが、それでも他のモンスターに比べれば桁違いの大きさだ。そんな巨大な卵が巣には全部で三つある。今回の依頼ではこのうちの一つを持ち帰る事だ。

「さぁ、持って帰るわよ」

 そう言ってエリーゼは軽く準備運動をする。ここから先、卵を持ってしまってはもう後戻りはできなくなる。飛竜の卵は見た目以上に重く、その重さはエリーゼが構える近衛隊正式銃槍の全重量に匹敵する程。その為、持つ場合は大きさや重さの関係から両手を塞ぐ形になる。当然武器などは構えられない。しかもこの重量を持ちながらではそれこそガンランスを構えている時のようなゆっくりとした足取りになる。さらに卵は岩石などと違い中身がまだハッキリとした形を形成していない為バランスが取り辛い為、それらの要因が重なって満足に走る事もできない。しかも飛竜の卵は見た目に反してものすごく脆い。その為、一度持ってしまえば途中戦闘などになった際にどこかに置いて、という事はできない。次に下ろす事ができるのは拠点(ベースキャンプ)に設置されている道具箱のみ。あの中には特殊な緩衝材が敷いてあるのだ。

「それじゃ、しっかり護衛頼むわよレン」

「は、はいですッ」

 緊張した様子で返事するレンを一瞥し、エリーゼは慎重に卵の下に手を入れる。それ程に脆いものなら力加減を間違えただけで壊れてしまうかもしれない。慎重に慎重を重ね、抱き締めるように卵を包む。すると、卵の温かさに少しだけ驚いた。無機質な感じの外見に反し、中にはしっかりと生命の息吹が宿っているのだ。そう思うと、その命を奪うという重さに少し後ろめたさを感じるが、これも依頼でありこっちも人命が懸かっている以上非情になるしかない。それがハンターだ。

 ゆっくりと持ち上げると、その重さに表情が険しくなった。教科書に書いてあった大剣やランス、ガンランスに匹敵する、もしくはそれ以上の重さというのは決して誇張ではなかったのだ。本当にかなり重い。正直、いつも使い慣れている近衛隊正式銃槍よりも重く感じる。しかも中身がしっかりとしていない為にバランスも取り辛い。これは本当に走るなんて無理だ。

 レンが見守る中、エリーゼは慎重に段差を降りる。衝撃が卵に伝わらないように膝を使って屈伸をするようにして衝撃を和らげる。卵が無事な事を確認すると、エリーゼはほっと安堵の息を漏らす。卵自体の重量が重い事に加え、失敗が許されない事や慎重に運ばなければならないという精神的な重さがかなり辛い。

「大丈夫ですか?」

 隣からレンが心配そうに声を掛けて来る。エリーゼの様子を見て、卵が見た目以上に重いものだと悟ったらしい。

「ちょっと重いけど問題ないわ。それより、こんな危険な場所はさっさと出るわよ」

「は、はいですッ」

 いよいよ始まるエリーゼの護衛任務に緊張した様子でレンはうなずくと、エリーゼを先導するように先頭を歩く。その後ろをゆっくりとした足取りでエリーゼが続く。慎重にゆっくりと歩く彼女の速度ではレンの速さに合わせるには早足になるしかない。自然と、レンの足取りがゆっくりとしたものになる。

 レンはエリーゼの様子を見守りながらリオレイアの位置を確認する。少し前にリオレイアは移動し、今はエリア9にいるらしい。あそこは飛竜の休憩場であり、木々が天井を覆ってトンネル状になっている狭い場所。あそこでリオレイアに遭遇したら大変な事になる。

 とにかく、周辺にリオレイアはいないという事だけは事実。今のうちに行ける所まで行った方がいいと、レンはエリーゼを置いて先にエリア4へと出る。そしてすぐに耳を澄ませた。しかし、風の音以外に何の音もしない。レンはほっと安堵の息を漏らした。ここはランゴスタがよく現れる場所なのだ。

 ランゴスタは特徴的な羽音をさせながら空中を縦横無尽に動くハチ型のモンスター。一撃一撃は大した事はないのだが、その針には神経性の麻痺毒があり、時たま針に刺されて痺れを起こして動けなくなる事もある。飛竜戦の際は厄介な存在だし、麻痺はしなくても卵の運搬中に刺されればバランスを崩して卵を落とすのは必至。ランポスと同じく運搬任務の際は優先的に排除しなければならない存在なのだ。

 レンがランゴスタがいない事を確認すると、エリーゼがゆっくりと洞窟から出て来る。転ばないように慎重にバランスを取りながら歩くエリーゼ。すでにその額には薄っすらと汗がにじんでいる。

「……確かここ、段差があるのよね」

 エリア5へと続く洞窟がある場所は段差を登った上にある。つまり、その段差を卵を持って下らないといけないのだ。早速の試練にエリーゼは苦しげに顔をしかめる。何せ最初の段差は先程巣から降りる際の段差に匹敵する高さ。あれだけの高さから重い卵を持って降りるのはかなり膝に負担が掛かる。もし、一瞬でもバランスを崩せばすぐに転倒し、卵は粉砕するだろう。そう思うと、いつもは何て事のない段差も恐るべき壁となる。

「エリーゼさん、大丈夫ですか?」

「も、問題ないわよこれくらい」

 レンの心配そうな問い掛けに対し、エリーゼはつい強がってしまう。それでもレンが心配そうに見詰めて来るので、「こんなの余裕よ」とさらに強がってしまい、エリーゼは引き返す事ができなくなってしまった。

 卵で下がよく見えない事に少し怯えながら、エリーゼは意を決して飛び降りる。重い卵を持っている為にいつもよりも若干早く、しかも衝撃も強く着地。足を開きながら膝で衝撃を吸収し、何とか堪える事ができたが、その姿は女の子がするにはあまりにも情けない格好となっている事に彼女は気づいていない。

 若干衝撃が強くて足が痺れたが、すぐに回復し残る高低差の少ない段差を降りてようやく一息。その横に身軽で一回で飛び降りて着地するレン。どうにも彼女は田舎出身の為か体力はないくせに運動神経がいいという滅茶苦茶な子なのだ。現に今だって軽々と人の背丈の倍近くはある段差を飛び降りてるし。

「あんたってすごいんだかすごくないんだかほんとわかんないわよね」

「あ、あははは……。本人を目の前にして容赦ないですねぇ……」

 慣れているとはいえ、今でもやっぱりエリーゼの時々煌く刃のように鋭いツッコミには軽く心を抉られる。彼女のツッコミにはきっと心眼スキルがついているのだろうと本気で思う今日この頃。

「ほら、さっさと行くわよ。あんたがしっかり護衛しないと、あたしがヤバくなるんだから」

 そう言ってエリーゼは一人で勝手に歩き始める。その後をレンも慌てて追い掛けるが、すぐに追いついてしまう。卵の運搬というのは本当に歩く速度が落ちるのだ。

 慎重に歩くエリーゼの後を、同じような速度でレンも続く。その背中を見詰め、レンは小さく苦笑した。

 まさか、いつも守ってばかりの自分がエリーゼを守る側になるとは予想もしていなかった。自分ではまだ頼りないはずなのに、でもエリーゼはそんな自分を信頼して護衛を任せた。言葉こそ素直ではなかったが、その奥にある自分に対する信頼の大きさに感動すると共に緊張もする。

 いつもいつも守ってもらってばかり。だから今回は、自分がエリーゼを守る番。そう心に深く刻み込む。

 ――刹那、二人の間を一陣の風が吹き抜ける。その瞬間、風に乗った嗅ぎ慣れた匂いに二人の表情が一変した。

 驚愕と共に二人は一斉に振り返り、どこまでも澄んだ青空の広がる空を見上げる。

 青空は時折白い雲を含みながらどこまでも続くようにそこに広がっていた。だが、その中に明らかに異質なものがある。深緑の鎧を身に纏った巨大な翼を持ちし竜。奴は、しっかりとその瞳に殺気の炎を燃やしながら、眼下にいる憎き《敵》を睨み付ける。

 暴風を纏い、近づくもの全てを拒絶する凶悪なまでの殺気を吹き荒らしながら陸の女王、雌火竜リオレイアは威風堂々と舞い降りてくる。

 その異常な光景に身動きできない二人。リオレイアがあと数秒で着地する頃、ようやくレンが正気を取り戻して振り返る。未だにエリーゼは驚愕と恐怖の視線をリオレイアに向けたままだ。

「逃げてくださいエリーゼさんッ! ここは私が引き受けますッ!」

 そう言って、恐怖に強張る体に無理やりムチを打って動かし、背中に背負ったティーガーを構えるレン。その行動に、エリーゼも遅れて正気を取り戻す。だがしかし、リオレイアに立ち向かおうとするレンの姿に狼狽してしまう。

「あ、あんたバカじゃないのッ!? さっさと逃げるわよッ!」

「ダメですッ! ここで押さえないと狭い道を上空から狙われますッ! そんな事になったら、二人とも命はありませんッ!」

 レンの意見はもっともであった。これからエリア3へと戻るにも、普通の足で十分くらい。卵を持ったままならそれ以上の時間が掛かるだろう。対するリオレイアは空を飛べばそんな距離などあっという間。逃げ切る事など決してできない――誰かが、囮として奴を引き止めなければ。

「だ、だったらこんな卵を放棄よッ! そうすればまた二人で――」

「それもダメですッ! 時間は無限ではありません、もしもこれに失敗したらこの遅れを取り戻すのにまた時間を要しますッ! 私達には、そんな時間すら惜しい理由があるんですッ!」

 レンの必死な言葉に、エリーゼは悔しげに唇を噛んだ。

 そう、ギルド公認の依頼ならどんなものでも制限時間というものがある。これはハンターが無茶をして無意味に命を落とさない為の配慮なのだが、現場のハンターから見れば足枷以外の何ものでもない。そもそも、この依頼にはギルドが定めた制限時間以前に、急を要する依頼内容という制限時間がある。こうしている今も、一人の少女が命を落とすかもしれないのだ。薬の材料となる飛竜の卵は、一分一秒でも早く届けなければならない。

 この依頼は、自分達だけではなく卵を待つ少女の命も懸かっている重要な依頼なのだ。

 改めて自分達の受けた依頼の重さにエリーゼは苦しむ。さっきよりも、腕に抱える卵がずっと重い。物理的ではない、精神的な重さだ。

「早く行ってくださいッ!」

 もうリオレイアは着地する寸前だ。必死に叫ぶレンの声に、エリーゼの決心が鈍る。

「あ、あんた一人でリオレイアを相手になんかできないわよッ! 殺されるわよッ!?」

「エリーゼさんッ!」

「で、でも……ッ!」

 卵を運ぶには、レンが殿を務めるしかない。それが最善の策だと頭では理解している。でも、そんなの理屈の上での話だ。感情的な部分で、絶対にそれは認められない。

 レンを見捨てて、自分だけが安全地帯へ逃げる。そんなの、そんなの……ッ!

「――ここは私が死守します」

 その声に、エリーゼは顔を上げる――そこには、銃を構えて無邪気に微笑む大好きで大好きで、どうしようもないくらいに大好きな妹(レン)が、自分を守るように立ち塞がっていた。

「これは私の役目です。ならば、何が何でもやり通してみせます。だから、エリーゼさんはエリーゼさんの役目を果たしてください――信じてますから」

 その言葉に、エリーゼは無理やり決心を固める。まだ葛藤はあるし、この選択は正解であり間違いだ。でも、覚悟を決めなければならない。

 キッとレンを睨むように見詰め、苦しげに必死な願いをつぶやく。

「……死ぬんじゃないわよ」

「はいです」

 刹那、重々しい音と地響きと共にリオレイアが大地に降り立った。真の領域に身を置いたリオレイアはさらに激しい迫力と殺気を辺りに振りまく。それは風となり、リオレイアを中心に吹き荒れる。

 エリーゼはリオレイアと、そしてレンに背を向けてエリア3へと続く狭い道に駆け出す。そんな背中を見送ると、レンは振り返ってこちらを睨み殺すように殺気に満ちた瞳を向けて低く唸っているリオレイアを見据える。

 正直、生き残れる自信はない。自信はないけど、やらなければならないのだ。エリーゼと死なないと約束してしまった以上、その約束は果たさなければならない。そして、自分の責務も果たさなければならない。

 恐怖に震える足を気合で動くようにし、逃げようとする心をエリーゼとの絆で縛りつけ、泣きそうになる瞳に決意の炎を灯し、悲鳴を上げそうになるのを唇を噛んで押さえる。

 本能や理性に背き、レンはただエリーゼとの絆だけを頼りに女王(リオレイア)の前に立ち塞がる。

 相棒のティーガーを構え、レザーライトヘルムを深く被って瞳を隠す。次の瞬間、現れた瞳には一切の怯えは消えていた。その鋭い瞳はエリーゼそっくり。いつもの頼りなさも消えたその表情は、彼女の本気。

 銃口をリオレイアの頭部へピッタリと向け、レンは力の限り叫んだ。

「いざ尋常に勝負ですッ! リオレイアッ!」

「グギャアアアアアァァァァァオオオオオォォォォッ!!!!!」

 リオレイアの怒り狂う怒号が、狩場全体へと響き渡った。

 

 背後から聞こえた怒り狂うリオレイアの怒号にビクッを体を震わせるエリーゼ。でも振り返らないし、足も止めない。ひたすら前だけを見詰め、今の自分の全力で突っ走る。

 視界がぼやける。それが涙のせいだとわかるのにそう時間は掛からなかった。

 自分の無力さが、悔しくて仕方がない。今の自分にできる事は、レンを見捨てて逃げる事だけ。これも大切な役目だとは理性では理解してても、感情は理解なんて到底できない。妹を死地に残して、自分だけが安全な場所にいる事が許せない。

 でも、今は無様に走るしかないのだ。

 涙と鼻水できれいな顔はグチャグチャ。泣き叫びながら、エリーゼは走る。必死に走り、気がついたときにはエリア3へとついていた。するとそこには、先程駆逐したはずなのに三匹のランポスがいた。すぐにエリーゼを見つけ、警戒の声を上げる。

 獲物、しかもうまそうな卵を持っている。それだけでランポス達は興奮して突撃する。迫るランポスをエリーゼはギロリと睨み付ける。その恐るべき怒気と眼光に、ランポス達はビクッと震えて動きを止めた。

 エリーゼは一瞬動きを止めたランポスの間をすり抜けるようにして走る。慌ててランポス達が追いかけてくるのが背後で感じられた。

 地面を蹴る音、すると、背後すぐに着地した。きっと、飛びついて来ようとしたのだろう。

 いつもならそんな一撃大した事ではない。でも今はその一撃でもバランスを崩して卵が割れてしまう。

 レンと約束したんだ。お互い、役目を果たすと。レンはリオレイアを引きとめ、自分は卵を無事に運ぶと。だから、自分は決してこんな所で転んではいけない。

 すぐ背後でランポスの爪が振るわれる音がした。音どころか、実際に視界に爪の一部が見えて髪が数本切れた。いつもなら気にしないような一撃で冷や汗が出る。でも、決して走る事はやめない。

 フラフラになる足を無理やり走らせ、荒れる息を無視してさらに酸素を求め、必死になって走る――気がついたら、エリア2へと来ていた。そこで初めて後ろを振り返ると、そこにランポス達の姿はない。エリア2にも、ランポスの姿はなかった。その光景に、ほっと胸を撫で下ろす。

 ――その時、背後からズズゥン……と小さな爆音が響いた。その音を聞いて、エリーゼは再び走り出す。

 立ち止まってはいけない。レンは今も、リオレイアと死闘を繰り広げている。

 早く卵を運び、彼女を助けに行かなければならない。

 その頃には、レンは死んでいるかもしれない。そんな最悪の予想が頭に浮かび、必死になって否定する。

 レンは強い。確かにレンは頼りなくてどこでも転び、いつも無邪気に笑ってて警戒心がまるでないアホ丸出しのドジッ子だ。でも、彼女は強いのだ。

 悔しいけど……ハンターとしての素質は、彼女の方が秀でている。初めて彼女の動きを見た時、自分とは明らかに素質の差を感じた。まるで、磨けば美しく光る宝石の原石。それがレンというハンターであった。

 自分はそんなレンに嫉妬していた事もある。でも、無邪気に笑って慕ってくるレンを見ているうちに、そんなバカバカしい考えは消えてしまった。磨けば光るなら、自分が磨いてあげればいい。

 レンを、どこに出しても恥ずかしくない一人前のハンターにする。そう決めたのだ。そして、日々厳しい訓練を共にし、心身共に彼女を鍛えた。

 これは、そんな彼女に対する自分からの卒業を込めた最終試験。

 そして、彼女はきっと合格するだろう。

 何たって、レン・リフレインという子は……

「――すっごい天才(いもうと)なんだからッ!」


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