――さて。
俺がSOS団なる集まりやそれを取り巻く環境について理解していくのは後々の話となる。
しかしながらさしあたって懸案事項が一つ存在していたのだ。
ここいらで課題と懸案事項の差について講釈しようではないか。
本質的にはどちらも同じ意味であるがニュアンスが少々異なるらしい。
課題も懸案事項も達成されるべきものなのだが、課題とは新たに与えられるものだ。
一方の懸案事項は引き継がれた末にやらなくてはならないといった後の人にとっては至極迷惑な代物である。
つまり"鍵さん"がやっておけばよかったのにおっ死んじまったせいで俺がやるはめになってしまったものがあったのだ。
「お察しかと思われますが、SOS団という部活動は公式に存在していません」
「……はあ?」
部室に到着した涼宮が朝比奈みくるを使って遊んでいる放課後。
女子が着替え中なので廊下に追い出された俺と古泉。
ともすれば古泉が今のようなことを切り出してきたわけだ。
「涼宮さんが文芸部部室を不法占拠して名乗りを上げているだけですからね」
「日本人らしいところがあいつにもあるんだな。昔の武将さんやらは合戦前に『やあやあ我こそは』とか長ったらしい名乗りがあったそうじゃあないか」
おかげでモンゴルに攻められた時に隙だらけなところをボコボコニ責められたとか。
戦場では情け無用って精神が日本に伝わったのは"元寇"の時期なんだろうな。
「いずれにせよいつまでも現状維持とはいかないでしょう。一段落したのですからこれを機に正式な部活動として申請してみてはいかがでしょうか」
「どうしてオレがやらねばならんのかね……」
「なにぶん僕はつい先日こちらにやって来たばかりの転校生でして。要するに新参者ですからあなたに一任した方が相応しいかと」
それをいうなら俺の方こそ先日どころか三日前に来た人種だぜ。
三三五五で部活動だか同好会だかをやるのは自由だ。
権利として生徒には認められているんだからな。
だが言い出しっぺの法則というものがあってだな、涼宮がやるのが一番いいだろ。
俺はこの集まりを説明できんぞ。
文芸部となにがどう違うんだ。
「僕が知るところの文芸部で言いますと読書、執筆、機関誌発行……俳句づくりだとかディベートだとかもありますね」
「現段階でオレは長門が読書してるところしか文芸部らしいのを見てないんだが」
「ええ。涼宮さんにとっては文芸部ではなくSOS団ですから。とにかくあなたの目に映るままを述べればきっと申請は通るはずですよ」
ジーザス。
どこの世界にコスプレしたりゲームしたりネットサーフィンしたりして時間を浪費する部活があるんだ。
ちくしょうが。
「ほのかちゃん……」
「おや。どちら様ですか?」
知らないなら知らなくていい。
この世界にプリキュアは実在しないんだからな。
俺をさっさとおうちに帰らせてくれないだろうか。
――思い立ったが吉日。
よってこの日のうちに俺は早速行動した。
明日は土曜日であり休みなんだから懸案事項などさっさと片づけるに限る。
メイド服が洗濯中だからとナース服を着せられた巨乳女子のことなど一切関係ない。
生徒会室へ出向いて必要書類を受け取るとひたすらそこに嘘を書き綴った。
ここにSOS団の概略を記す。
名称、生徒を大いに応援するための社会貢献団体、略してSOS団。
活動内容はボランティア部よりも積極的に動くというものであり社会奉仕の一文で全てゴリ押した。
今の涼宮には必要な要素だからいいんじゃないか。
文句を言われるよりもむしろしっかりした形で部活を正式に作ってやったんだから感謝を言われるべきだね。
ああ違いない。
「……活動場所は?」
生徒会長らしき恰幅のいい上級生男子が俺にそう質問した。
というか俺しかSOS団として出向いている奴がいないから俺にしか質問できないが。
で、この質問に対して俺は文芸部室を間借りしているとありのままを伝えた。
俺の返答に深く追求してこなかったのは謎の力がはたらいていたのだろうか。
確認する手段はない。
とにかくなんやかんやでSOS団が一応設立したというわけだ。
……正式名称ってなんなんだ?
まだ俺はそれすら知らないままだった。
「あんた、どこぶらぶらしてたの?」
「モンシロチョウを素手で乱獲しに行ってた」
部室に戻ったがすぐに解散だろう。
常識のなさそうな連中だったが生活時間は比較的常識的だった。
深夜に起こされた上に学校敷地内で冒険ってのは常識の範囲外だがな。
ナース女子――長門が宇宙人ならば朝比奈みくるが消去法で未来人か――は服装がぱっつんぱっつん。
彼女が持ち合わせる胸のせいなわけだがなにも大きければいいってもんでもなかろう。
じーっと団長席でふんぞり返る涼宮を見つめる。
「……なによ」
俺の視線に気づいたそいつはそっけなく俺に訊ねた。
朝比奈みくるが淹れたお茶をすすり、パイプ椅子に腰かけ、長机に右手で頬杖しながら俺は。
「べつに」
「ならジロジロ見ないでよ。カネ取るわよ?」
有料会員アダルトサイトポップアップなみに理不尽な仕打ちである。
フィッシング詐欺が横行していたのも確かこの時期だったようなそうじゃなかったような。
俺が何を言いたいのかといえば涼宮は割かし胸があるということ。
着やせしてスレンダーな手足ばかりが栄えているが中学のプール授業で既に彼女の全貌を目撃している。
中二から爆発的に成長したのだ。
人体の神秘である。
「そういえばあんたがいなかった間に説明したけど、明日やるから」
なんだよ。
明日やろうっていうデキない人種の常套句か。
馬鹿野郎と呼ぶらしいぞ、そういうの。
「馬鹿野郎はあんたの方ね。休みの日は全員総出で市内を不思議探しするに決まってるじゃない」
どこの誰が決めたのか。
ここの涼宮ハルヒに他ならないっぽい。
なんと嘆かわしい。
休日さえ支配される子羊連中なのか俺たちは。
「来ないと死刑だから」
邪悪な笑みを浮かべる涼宮。
楽しそうでなによりだ、なあ。
「……」
「なるほど。……だ、そうですよ」
「明日は晴れるといいですねぇ」
沈黙の長門。
適当に右から左へ流す古泉。
涼宮と対照的に無垢な笑顔の朝比奈。
あてにならない連中であった。
あてにならないだけならよかった。
いまいち趣旨がわからない休日返上の集まりとはいえ遅刻するのは癪だ。
よっておよそ設定時間から一時間早く集合場所である駅前公園――公園だと? この敷地では広場だ――で佇んでいる。
しかしながら今回の対戦相手は俺対四ではなく一対一であった。
あてにならない異端者連中はどういうわけか三人揃って当日ドタキャン。
つまり俺対涼宮の待ち合わせバトルは俺の勝利に終わる。
かくして待ち続けること半刻。
朝の日差しが気持ちいいなんて感じるのは俺の気の迷いなのかね。
「……遅かったじゃあないか」
参加人数二人でパトロール。
あいつら異端者どもが妙な気を起こしたのはすぐにわかったさ。
作為的な状況以外のなんだっていうんだ。
向こうの駅北側出口からこちらに歩いてくる私服姿の涼宮ハルヒ。
だが赤信号なので途中で止まった。
俺は車の往来がやけにまどろっこしく感じた。
そのうち青信号になり、俺の目の前に涼宮は立った。
「よう」
「まさかあんたに先を越されるとはね。まだ三十分前よ?」
「らしいな」
俺の左手首に装着された腕時計が嘘をついてない限りはそうなんだろう。
そういや電波時計ってのがあるらしい。
一度見てみたが値段の高さに驚いた。
腕時計など俺には一万前後の安もんで充分なのさ。
むすっとした表情で涼宮は。
「一生の不覚だわ……」
「たかだかまだ十五年くらいの人生だろうが。んな大げさな」
「あたしは今、この瞬間が腹立たしいって言ってんの」
涼宮が気難しい奴に見えるか?
俺にはそうは思わんね。
こいつほど単純な奴もそういないんじゃないか。
他人にコスプレさせる割に自分は落ち着いたファッション。
きっと自分を落ち着かせるためにそんな恰好しているに違いない。
地味ってわけじゃない。
かわいいやつだ。
自意識過剰かもしれんがこれはデートだ。
つまり俺との逢引に心高ぶる気持ちを落ち着かせようとしているのさ。
そわそわしてる雰囲気だってことぐらいわかる人にはわかる。
俺はわかる。
「なあ涼宮よ」
世界ってのは何があるかわからん。
それだけ広いってことだ。
まだまだ見つかっていなかったり名前もなく図鑑にも載ってないような動植物が山ほどあるそうだ。
そんなのでも探す価値はあるんじゃないのか。
「あたしは博士になりたくてSOS団を作ったわけじゃないのよ? 不思議な連中と一緒に遊ぶのが目的なんだから」
そうかい。
とりあえずといった感じでまずは駅前の喫茶店に入る俺たち。
ストロングコーヒーを注文する俺。
涼宮は野菜ジュースを注文した。
対面に座す彼女。
「もしお前の願いが一つだけ叶うならなにがいい?」
「言ったでしょ。宇宙人未来人超能力者を探し出して遊ぶ事よ」
「……異世界人はどうした」
「ああそうね。異世界人も忘れちゃだめ」
涼宮ハルヒ。
容姿端麗。
文武両道。
性格は唯我独尊。
だが、破天荒なことばかりするが本質は年相応の少女だ。
無邪気の在り方をはき違えているだけでしかない。
よくも悪くもティーンエイジャー。
普通さ。
「無茶言うなよ。叶うわけないだろ」
「どうしてそんな事が言えるの? あんたは世界の全部を見て来たって言える?」
「いいや」
悪いが既に叶っちまってるから叶えようがない。
涼宮には神みたいな全能の力があるらしいが全知ではないそうだ。
だったら神じゃないだろ。
やがてウェイトレスがやってきてテーブルにオーダーが置かれる。
ごゆっくりしてほしいと思っているかさえ怪しいお決まりの台詞を吐いてそいつは消え失せる。
ウェイトレス、いや労働者のつらいところだな。
「あんたはいいわね……ヒマそうで……」
「オレの妹を見たらその台詞を二度とオレに吐けなくなると思うぞ」
「じゃあ妹ちゃんは馬鹿な兄貴に似ちゃったのね。かわいそう」
ずずっとストローを口につけて野菜ジュースを喉に通す涼宮。
一見して悩みがなさそうなこいつの悩みは世界が普通すぎること。
昔からそうだった。
三年前、あるいはもっと前からそうだった。
「重要な話がある」
「……なに」
「お前はその異端者連中と遊びたい。だからSOS団を結成したんだろ?」
「そう言ったでしょ。何度も言わせないでちょうだい、無駄だから」
「案外そーゆーのって身近にいたりするもんだ」
しあわせの青い鳥って話がある。
お前はそれを知らないのか。
「あんたそれ前にも言ってたわね。結局なにが言いたいのよ」
そうか?
と思ったところで俺は俺より前に別の誰かが俺の場所にいたということを思い出す。
だったらそいつの説明不足でしかない。
「ちゃんと読んだことあるか? 魔法使いのおばあさんのくだりとか、"思い出の国"のくだりとか」
「ええ読んだわ。抽象的な話のくせに最後だけ教訓に持ってこうとするなんてありきたりな話の方がマシじゃない」
「"灯台下暗し"じゃあなくて"急がば回れ"ってのがあの話の根幹だ」
「大差ないわよ。要するに無駄な努力ご苦労様ってオチなんだからね」
「ま、普通に考えたらそうだよな」
俺は違うね。
あの話の中で夢の世界に出てくる青い鳥は青い鳥として存在することが出来なかった。
色が黒くなったり、死んでしまったり。
そっちが本題だろ。
つかまえられなかった青い鳥を忘れずにいられるか。
「きっとチルチルもミチルも最後に気付いたのはそういう事だ」
「……はあ?」
「無駄を無駄で終わらせるかどうかは自分で決めろって事だよ」
「センコーが言いそうな事ね」
名作だからな。
誰でも知ってるだろ。
だいたい原作だったら現実世界の青い鳥も逃げちゃうし。
とにかく気持ちの問題だぜ。
しあわせってのはな。
「いいか。よーく聞いておけよ。オレがこれから話す内容を信じるかどうかはお前しだいだ」
「つまんない話ならあらかじめパスしておくわよ」
「そんな退屈そうな顔しないでくれないかね。可愛い顔が台無しだな」
「……な、なんなのよ…あんた……」
毒キノコを食べた奴を目撃したかのような表情に切り替わる涼宮。
ううむ。
笑ってくれるとありがたいんだがな。
恥ずかしがるお前も可愛いが。
というかこいつ無茶苦茶に可愛いだろ。
やる行為全部がいじらしい。
「宇宙人、未来人、超能力者。そして異世界人がお前の近くに実はいるんだぜ」
――なあ。
"お前"ならどうする?
「眼鏡で根暗っぽい長門有希なんだがな、あいつは宇宙人だそうだ」
つい最近知ったばかりなんだがな。
他の二人だってそうだ。
「ちなみに同じクラスの朝倉涼子も宇宙人だと」
「どう見ても人間でしょ。宇宙人ったらエイリアンみたいな化け物の事をいうのよ? あんた大丈夫?」
「さあな。……朝比奈みくるは多分未来人だ。よくわからんから説明しない。で、古泉一樹は『機関』とかいう組織の一員で超能力者だ。あいつはすげえぞ。赤く光った球に変身して空飛んだりしやがる」
「へぇ。だったら面白いかもね」
いいや違う。
世界はお前がしらない間に面白くなってたんだぜ。
それもお前のおかげでな。
俺にとっては最初からそうだ。
確信したのはあの時だ。
どこかミステリアスな雰囲気の少女と、中学校のグラウンドで馬鹿やった黒歴史。
この世界ではどうなってるんだか。
「で、最後だ。オレは実は異世界人でな」
「また大きく出たわね」
「そうか? 説明しろって言われても説明できないくらいにわけわからん存在だろ」
「あたしには未来人との差がよくわかんないもの」
じゃどうして異世界人に来いって言ったんだよ。
すると俺に言っても無駄なのにみたいな渋々とした様子で。
「……もう一度、会えるかもしれなかったから」
誰の話だよ。
高校入学当時のことを俺に言われてもな。
ともすれば目をギラつかせた涼宮はバンと机をてのひらで叩いて。
「あのね。簡単に見つかったら苦労しないの! だからあたしはこうして一生懸命やってんの!」
「偉い偉い」
「馬鹿があたしを馬鹿にしてんの?」
「馬鹿にも権利はあるだろ。それに"キョン"はシカだからな」
「どうでもいいわよそんなの」
マジに涼宮がそう願った末にこの世界からキョンという動物が消えないことを俺は願う。
生態系のバランスを崩すだけでも世界には大打撃なんだからな。
「適当に選んだ団員が宇宙人や未来人や異世界人や超能力者なわけないでしょうが!」
「……そうか。オレが悪かった」
ここのコーヒーに点数をつけるとしたら60点。
ギリギリ飲めるかなってレベルのもんを金を出してしまうのか俺は。
いや、コーヒーのぶんだけではなかった。
「あたし財布忘れちゃったからここの支払いはあんたに任せるわね」
「面白いジョークだな」
「はい」
伝票を俺に付きつける涼宮。
こればかりはマジな出来事であった。
しょうがねえな。
「前みたいに二手に分かれるわけにもいかないわね。二人で市内を隅々探すわよ」
「あいよ」
こんなに可愛い女の子と休日デート。
いや、ほのかちゃんには悪いけど涼宮が一番だ。
さらば二次元の嫁よフォーエバー。
「か、かかっ……かわいい……ですって…?」
あ。
悪いな。
どうやら声に出てたみたいだ。
さっきからなんなのよ、と睨まれる俺。
では、まずは――。
――ご機嫌取りから始めたいと思うのだがどうだろうな。