校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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α‐3

 物語とは開始と同時に往々にして奇怪な設定を突きつけられるものだが、果たしてベタベタ後付けで設定を出されるのとどちらがマシなのだろうか。俺の体験談を物語でなぞらえるとすれば間違いなく終盤もいいところで、すなわちハッピーエンドをさくさくと迎えたいところではあるのだが、やっこさんはどうもそれが気に食わんらしい。

 

 

「……なにしてんの? あんた」

 

 以上、現実逃避終了。

 そりゃあこんな時間に来られたら文句の一つどころか出る所に突き出されて檻の中直行コースなのが妥当だ。が、ハルヒは怪訝な表情で制服姿の俺を睨むだけに留めてくれている。

 思い返せば小学校、中学校、高校と昔の俺の人生は空っぽそのものだった。サッカーに打ち込んでいたことなど所詮は凡人の域を出なかったし、勉強だって同じで結局のところは届かない山の上を見つめて無駄な徒労を繰り返していただけにすぎない。先のことを考えるのなど精々長くて一年。十年先を考えるほどの器など俺にはなく、風に吹かれて飛ばされちまうほどに薄っぺらい生き方をしていた。

 だがな。

 

 

「いや、な……ちょっと驚かせたかったんだ」

 

「はあ? っていうかさっさと離れなさいよ! いくら彼女相手だからって寝込みを襲おうだなんて信じらんない、あんたどうやって家に入ったのよ」 

 

 本当に本当に楽しい日々だった。思う所がないわけではないが今となっては長門や古泉、そして朝比奈に恨み言を言う気になんかなれるはずもない。感謝してもしきれないほどだ。 

 そして俺が真に感謝すべきはハルヒ、お前なんだ。ただのクラスメートでしかなかった俺を気にかけてくれ、あまつさえ俺を彼氏として付き合ってくれるなんて、俺には有り余る光栄だよ。

 だからな、夢から覚めなくちゃならない。

 

 

「んじゃあここをどけるかわりにオレからひとつ頼みがある」

 

 世界が誰かの思い通りになるなんてことはあってはならないんだ。例えそれがお前が俺のためにしていることだとしても、そのために何人もの人間を巻き込んでいるという事実から目を逸らして自己満足できるほど俺はよくできた主人公なんかじゃない。むしろ主人公の計算を狂わせる小物の三流悪党がいいとこだぜ。プリキュアでいうところのキリオくんポジションなんざ俺には十年早かったってことだな。

 俺はパジャマ姿で寝ていたハルヒの上からどいてベッドの横に座った。そしてまるで老人が昔語りをするかのように切り出すことにした。

 

 

「オレの話を聞いてくれ」

 

 他ならぬ終わりの始まりを――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 個人的な見解でしかないが自我というものの形成、いや完成にはそれなりの時間がかかる。なんせ体験した記憶をベースとして構築されていく。昔のことを思い出している時の自分と過去に生きる自分とは精神的に別人であり、ともすれば主義主張が百八十度異なっていてもわざわざ騒ぎ立てるほどのことでもないのだ。かといって単純に今の自分が優れていて過去の自分が劣っているとは言えないのだが、そんなことはどうでもいい。しょせん自我なんて記憶ありきな割にあやふやな存在でしかないのだからな。

 新年度も開始早々になんやかんやあって疲れはしたものの、金曜日になってようやく一段落したような気がする。後はヤスミがトラブルを持ちこんでこないことを願うばかりだ、やれ宇宙人だの未来人だのと言われたところで俺はどうしようもないんだからな。だったらせめて精神的に楽でいたいというものだ。 

 人間の慣れというか適応能力は実に素晴らしい。ともすれば崖の連続みたいな急こう配すぎる坂道を毎朝登校という名目で進んでいくという拷問じみた行為でさえ苦とは思わなくなるのだから現代社会が多数のマゾヒストで構成されているという理屈も頷ける。 

 てなわけで今日もさっくりと校門をくぐって生徒玄関にやってきたのである。

 

 

「よお」

 

 俺が下駄箱を後にしようとすると背後から肩を叩かれた。

 

 

「なんだ谷口か」

 

「なんだってなんだよ、もっと明るい顔しやがれってんだ」

 

 お前相手にそいつは無理な注文だ。

 

 

「オレは朝から馬鹿野郎の顔を見て笑顔になりたかねえぜ」

 

 これっきり俺は谷口をスルーしさっさと教室に行こうとしたが谷口はしつこく廊下の先を行く俺に追いついて。

 

 

「んなことより聞いたぜ。涼宮んとこに一年が入ったんだろ? しかもかわいい女子だって言うじゃねえか」

 

 情報源がどこか甚だ疑問である。

 

 

「らしいな」

 

「かーっ、余裕そうなその態度、部室に女子が増えて喜んでるようにちっとも見えねえ。いいよなお前にゃ涼宮がいて」

 

 マセた発言だが谷口はいつだったかクリスマスの予定を埋めてくれる相手がいたとか言ってなかったか。その事を訊ねると疲れた様子で。

 

 

「はぁ、とっくに別れちった。ていうか付き合ってたかさえ怪しいなありゃあ」

 

「そうかい」

 

 なら深くは突っ込まないでおくとする。俺はこいつと違ってデリカシーがある人種だからな。

 それから聞きたくもない谷口の与太話を聞かされながら教室に到着、自分の席について後ろの席に座るハルヒとも世間話をし、ほどなくして担任岡部がやってきてSHRの時間となった。

 さて、ここでひとつ困ったことがある。結論から言えば俺の願い、すなわちヤスミがトラブルを持ち込まないでほしいというものはあっけなく打ち砕かれてしまった。

 

 

『午後六時、先輩ひとりで部室に来て下さい。お話ししたいことがあります』

 

 朝、そんな文面の手紙が俺の下駄箱に入っていた。差出人の名は。

 

 

『渡橋ヤスミより』

 

 思わず盛大に溜息を吐いてしまう。吉崎先生には申し訳ないが今日の数学を集中して取り組めるほど俺に余裕はなさそうだ。

 タフネスが売りのプロレスラーが体力を消費する最大の要因が緊張であるのと同様に俺の精神テンションはなかなかにダウナーである。

 いつも団活を終えて部室を出ていくのが午後五時前後、遅くとも三十分には解散となっている。冬ならもっと早い。いや、時間指定などどうでもいい、重要なのは何の用件でヤスミが俺を呼び出すかということだ。

 というか本当にヤスミからの呼び出しなのか、それすら俺には検証のしようがないのである。

 

 

「……」

 

 誰かに意見を聞きたいところである。ようは俺ひとりで行けばいいだけの話なんだからな、むしろ行かない方が悪い方に事態が転がりそうだとか考えちゃうあたり俺も相当に思考が異端者どもに毒されている。

 この場合のご意見番として使えそうなのは長門か古泉の二択。ハルヒはそれこそマズい展開になるのが目に見えているし、朝比奈は見ての通り頼りにならない。

 

 

「はぁ……」

 

 なんとかならないものをなんとかしようとするのは偽善ばかりでなく欺瞞である。俺ではどうにもならん。まずは神様仏様長門様に頼ってみることにする。

 つつがなく午前の授業が終わるや否や俺は教室を出て部室棟へ、今日ばかりは谷口や国木田と飯をのんびり食う余裕もない。

 なんでかは未だにわからないが長門は休み時間中部室にいることが多い。というか教室で授業をちゃんと受けているか怪しいぐらいだ。そして彼女はいつ昼飯を食べているのだろう、見た目によらず大喰らいだというのに。

 学食へ直行するハルヒとは反対方向の廊下を進んで校舎を移動する。そういや進級にあたって教室が部室棟により近い場所となったのだが、べつに早く部室に着いたからって特典があるわけでもないので至極どうでもいいことである。

 そんなこんなで文芸部室のドアを開けると――鍵がかかっていないという時点で誰かいるんだがな――当然のように長門が定位置で読書していた。

 

 

「…………」

 

 長門は俺が来ることなどあらかじめわかりきっていたかのようにノーリアクションで、ともすればこちらの言葉を待っているようにも見受けられる。

 部室に入りドアを閉めてから俺は立ったまま。

 

 

「長門、ちょっと聞きたいことがあるんだがいいか?」

 

「いい」

 

 あまりにも声色が機械的すぎて良いのか悪いのか判断がつきかねるほどだ。しかし、眼鏡越しに見られる長門の瞳から不快感は感じられなかった。大丈夫だろう、多分。

 

 

「渡橋泰水についてだ」

 

 単刀直入に言う。

 

 

「あいつはいったい何者なんだ?」

 

「何者、とは」

 

 俺はブレザーの内ポケットに忍ばせておいたカード状の手紙を取り出して長門に見せた。その手紙はもちろんヤスミから送られてきたと思われる品である。

 

 

「今日の朝、こんなもんがオレの下駄箱に入っていた。内容は見ての通りだ」

 

「……」

 

「お前や古泉、朝比奈とかを呼び出すならわかる。だがなんでオレなんだ?」

 

「あなたは自分の立場を客観的に考えるべき」

 

 というとあれか。ハルヒをダシに俺をゆする、あるいはその逆を考えているってことなのか。

 

 

「それはあくまで危険性の問題」

 

「だとしたらお前らはヤスミを放置してるってことなんじゃあないのか? あいつは何なんだ、宇宙人か未来人か超能力者か、異世界人かはたまたこの中に分類されない別の何かなのか」

 

「それは……」

 

 珍しく長門にしては逡巡しているようであった。わからないならわからないと答えてくれるだろうし長門が嘘をつくようなタイプでもない、とすれば単純に答えに詰まる理由があるわけなのだが俺にはわかるはずがない。

 さてどうしたものかと考え、次は古泉に当たってみるかと思った矢先。

 

 

「……あなたが一番知っている」

 

「なんだって?」

 

 どういう意味だそりゃあ。それは未来のあなた自身なのですってか。いずれわかるさいずれな、と言われて後々衝撃の事実を明かされても俺は困るんだが、管轄外だ。要するに俺はヤスミについてとやかく言われようが何も知らない。

 

 

「端的に言えば彼女の正体をわたしの口から述べたくない」

 

 それは長門なりの親切心だったのかもしれない。ただ言いたくないとだけ言えば済むところ、ヒントらしきものをくれたのだ。

 

 

「彼女はあなたの敵ではない。むしろあなたの助けになろうとしている」

 

 だがその正体は謎ときたもんだ。ヤスミがハガネみたいな筋肉を持つ宇宙海賊だとか言われた方がよっぽど安心できるというのに。

 

 

「手紙の内容に従うかどうか選ぶのはあなた。わたしの意見としては指定された時間にここに来ることを推奨する」

 

「いくらかわいい後輩相手だからってオフの時間を費やそうとは思わんぜ」

 

「わたしはあなたを信じている」

 

 そう言ってこちらを見つめる長門。ちくしょう、俺はそういう情に訴える作戦が一番嫌いなんだよ。

 

 

「わかったよ……オレもお前を信じてみることにするさ」

 

 逆に今更長門を疑うのもどうかしている。長門には何度も助けられたんだ、パソコン越しのアドバイス、野球大会、巨大カマドウマ、夏休み、映画撮影、異世界まで脱出装置を用意してくれたこともあった。

 喜緑さんはどうか知らないが宇宙人も朝倉みたいに悪い奴ばかりでもないというわけだな。

 

 

「そう」

 

 さてと、これから俺はどうすべきかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五、六時間目の授業も何事もなく終わった。どうせならこのまま何事もなく土日を迎えたいところではあるが、いかんせんヤスミが気がかりだ。

 しかも肝心のヤスミ本人が不在ときたもんだからな。結局昼飯は食いそびれちまったしよ。

 

 

「ま、無断欠席は言語道断だけど、ヤスミちゃんはあんたと違ってホウレンソウがなってるから」

 

 朝比奈が淹れたお茶を飲みながら団長席でハルヒがそう言う。なんでも昼休みにハルヒはヤスミから「どうしても外せない用事があるから今日は団活に出られない」と言われたらしい。

 

 

「そうは言うがな、だいたいオレは団活を欠席した覚えがねえぜ」

 

「あら、もう忘れたの?」

 

 何をだ。

 

 

「……不可抗力とはいえ、あんた入院して休んでたじゃないの」

 

 そういやそんなこともあったな。俺はてっきり朝倉にボコボコにされたケガ――にしては重症すぎる――が原因と思っていたが、実際は階段を転げ落ちたとかそんなんだと聞いた。

 まあ、ニュースでやってるような事故事件も明日は我が身というわけだ。だとしても我が身を盾にするのはごめんこうむるがね。

 

 

「健康管理も仕事のうちなんだからね。しっかりなさいよ」

 

 お前は俺の母親か。だいたいそう言っても俺の知らない間に起きた出来事だからな、気を付けられる範囲で気を付けるのが限界というものだ。

 で、団活中の出来事で特筆すべきものなどない。ヤスミが不在で寂しそうな朝比奈と、よくわからない洋書を読む長門、春先は雑務が多くて面倒だとか言い訳しながら遅れて部室にやってきた古泉とのセブンカード・スタッド、当然勝ち越したのが俺なのは言うまでもなかろう。

 そんなこんなで午後五時ごろに団活が終わり、ハルヒを家まで送ってから再び北高へとんぼ返りするころには指定された午後六時を迎えようとしていた。

 朝も登らされた坂道を登りながら考える。ヤスミについてではない、今後についてだ。

 ヤスミが害のある奴であろうとなかとうと今後も宇宙人や未来人といった異端な輩がハルヒに対し何らかの思惑を持って登場する可能性は高い。だがはたしてそれはハルヒにとっていいことなのだろうか。

 俺の記憶にある中学の頃のハルヒはこう言っていた。

 

 

『普通なんてつまんない、普通じゃない方が面白いに決まってるわ』

 

 確かに普通じゃないような連中と知り合えるのはハルヒの望むところなんだろう。

 しかし、だ、現実は映画みたいに甘い展開とは限らない。知り合った宇宙人がETよろしく友好的なら問題ないが実際は朝倉のように突如として襲ってくる奴もいる。そのうえフィクションならぬリアルの世界では宇宙人をはじめとする異端者サイドにも多少の社会性があるときた。いくらハルヒが宇宙人未来人超能力者異世界人と遊ぶことを希望したところで相手は思考停止してこちらに付き合ってくれる連中でないのだ。

 更に当のハルヒ本人がよくわからんスゴい力を自覚なしに持ち合わせていて、異端者どもがそれぞれハルヒの能力をめぐってあーだこーだしているもんだから始末が悪い。ともすればハルヒ本人に危険が及ばないのが信じられないほどなのだ。まるで下手に干渉すると爆発するニトログリセリン、それほどまでにハルヒの力が凄まじいということの裏付けに他ならないではないか。

 これはあくまで俺個人の見解でしかないが、ハルヒを取り巻く環境はいつか破綻してしまうと思っている。当然いつしかのようにハルヒが世界を終わらせるということも考えられるが、それ以上に宇宙人と未来人と超能力者がいつまでも仲良しこよしを続けているとは思えない。

 長門たちはどう考えているか知らないが彼女らはあくまで末端の人間だ、組織というものは実態がある限り個人にとっては脅威でしかない。つまりハルヒにとっても脅威となる可能性は常にあるのだ。

 

 

『普通の人間の相手している暇はないの!』

 

 だったら俺は? ハルヒが言うところの普通が世間一般のそれと全く同じかはわからないが俺には先天的な特異性などありゃしない。少なくともそう自覚しているしこれは揺るがないと信じている。

 だが後天的に考えた場合はどうだろうか。心あたりがあるとすれば間違いなくこの世界に居るということそのもの、すなわち俺はなんちゃって異世界人だろうということだ。

 確かに宇宙人や未来人そして超能力者ほどではないが異世界人だって立派に普通じゃない奴だろうさ、異世界のテクノロジーを引っさげてたら尚良しだ。主人公の設定としてはパンチがないような気がするがそれはそれでいい。

 しかしだな、ハルヒが俺をこの世界に呼び寄せたって考えたところでそれは単なる後付けでしかない。俺はどこぞのロープレよろしく剣と魔法の世界からやってきたわけでもなけりゃサイバーパンクな場所が出身地でもないのである。つまりはどうしようもないぐらい普通の野郎であって、ハルヒが興味を持つような輩とは正反対もいいとこだな。

  あるいは普通すぎて救いがないと判断されたから、なんて説もあるがそんなことはどうだっていい。さしあたっての懸念は謎の女ことヤスミだ。

 

 

「……信じてやるさ」

 

 これでまたナイフを持った女子高生に襲われるような事態に陥ったら俺は今後の人付き合いを改めようかと思うのだが、そうこうしているうちに俺は北高部室棟までたどり着いた。

 


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