校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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α‐2

 

 

 結論から言おう。なんと驚くべきことにこのSOS団とかいう変人集団(俺を除く)に新しい団員がやって来ちまったんだな、これが。

 

 

「渡橋泰水です! あたしのことはヤスミと気軽にお呼びください、カタカナで呼び捨てちゃってください! ふつつか者ですがこれからよろしくお願いします!」

 

 いかにもスマイリーバカなテンションで一礼したその一年女子の風貌はというとくしゃっとしたショートヘアの左上にニコニコマークの髪留めをつけている。彼女の表情はハルヒとはまた違った方向性で天真爛漫といった感じ、正直なところ騙されてここに来たとしか思えん。

 どうしてこうなった、誰か教えてくれと俺が言ったところで誰も教えてくれなかった。古泉曰く渡橋泰水は害ある輩でない、なんでも『機関』は水面下で北高に入学した一年生全員の素性調査を行ったそうだがそれをどこまで信用すればいいんだかね。

 だが深く考える必要はないのかもしれない。ハルヒはただの人間に興味ないとかぬかした末に俺やら長門朝比奈古泉らを呼び寄せたわけだが、今回来た渡橋が普通の人間だってんなら何の問題があるよ。ハルヒだって自分の思い通りに現実を捻じ曲げることを一々するような奴じゃない。疑ってかかる方がよくないのさ。

 

 

「……」

 

 そんなハリキリガール2号――1号は誰かって言うまでもないだろ――の挨拶に対して宇宙人の長門有希は無言で眼鏡越しに視線を向けるだけという実にクールな対応。まあ、ここで長門が。

 

 

「わたしのことはゆきりんでいい」

 

 どうぞ親しみを込めて呼びなさい、みたいな感じのことを口にされたら冷や汗もんだ。願わくば長門のキャラが崩壊しないことを。だが長門はサイボーグかと思っちゃうぐらい徹底的な無機質人間なのでそれはそれで見物ではあるのだが。

 未来人である朝比奈みくるの反応はというと。

 

 

「は、はいっ。こちらこそよろしくお願いしますね」

 

 設定上は最年長の割りに眼をぱちくりさせどこか空回りした様子だ。いや、いつも通りなんだがな。

 

 

「どうも」

 

 こちらも平常運転、清々しいまでの営業スマイルを向けるのは超能力者こと古泉一樹。基本こいつは男女問わず誰に対してもこんな感じだな、一度でいいからこいつが谷口みたいにナンパしてる姿を見てみたいもんだ。もしそうなったら一生のネタにしてやるのに。

 そして最後。御大将の涼宮ハルヒはといえば何を言うでもなく得意げに口元を緩めながらただただうなずいている、お前はバブルヘッド人形か。

 昨日一昨日の二日ほどで行われたSOS団入団試験がどんなものだったかと訊ねられればさてどう答えたもんだか。手始めに行われた筆記試験の実態はアンケートだったしその次にやったことは練習中の野球部を追い出して校庭で耐久マラソンだ。まずアンケートと耳にすれば聞こえはいいもののなんせ作ったのがあのハルヒだ、ロクな質問じゃないのは火を見るよりも明らかで、好きな四字熟語とか聞いてどうするつもりだったんだろうな。

 だいたい耐久マラソンで一人に団員を絞れたからいいものの、本来ならハルヒが満足するまで試験はやる予定だったそうだから恐ろしい。俺は落とされた他の一年生たちに謝ってあげたいぐらい申し訳ない気分だが、その辺のフォローは古泉あたりがきっとやってくれているに違いない。そう信じておこう、うん。

 

 

「そう気張らなくても大丈夫だぞ……まあ、仲良くやろうな」

 

 我ながら自分らしくない発言であったが食ってかかる態度をとるよりはよっぽど正常な対応だと思うね。今年の俺の抱負はラブ&ピースなんだ。

 しかしこのヤスミはなんだってこうも笑顔でいられるのだろうか、SOS団入団などという地獄への片道切符を手にして何が楽しいのか、もっとも自分から入ってきた時点でお察しなわけであるが。

 そしてハルヒがヤスミの挨拶もそこそこに。

 

 

「さっそくだけどヤスミちゃん、あなたはこれからSOS団の新たなマスコットとして先輩であるみくるちゃんから様々な指導を受けてもらうことになるわ。手始めにお茶汲みからマスターしてちょうだい」

 

「ええっ!?」

 

 と驚いた反応を示したのはヤカンを火にかけている朝比奈だ。適任、なのだろうかね。少なくとも俺や古泉がマスコットキャラの心得について語れそうなことなんてのは夏休みに体験したバイトの折に着たカエル着ぐるみは尋常じゃないほど暑かったのでこれを生業としてる人は尊敬するほどだ、ってこれはマスコットキャラの意味合いが違うか。

 けれど朝比奈も流石に木偶の坊というほどではなく、すぐに状況を把握すると早速ヤスミとマンツーマンでお茶汲み講座が始まった。ヤスミは熱心にメモまでとっていて、ちょっとした新人研修である。

 

 

「いいですか? お茶は葉の種類によって美味しくなる淹れ方が変わってきます、まずはひとつひとつ覚えていきましょうね」

 

「はい! わかりました先輩!」

 

 人畜無害、どこからどう見てもヤスミは害のあるようには見えない。笑顔とは本来攻撃的な意味合いを持つらしいが、そうでないことの方が圧倒的に多いのは今の平和な世の中を生きていればわかることだ。朝倉涼子も一見すると無害そうだが、まあ、ああいう高嶺の花タイプには裏があるって相場が決まってるからな。俺には縁のない話だ。

 ところでホワイトデーのお返しにマシュマロを送ると相手に自分が嫌悪感を持っていることを伝えるとか伝えないとか、俺は美味しけりゃどうでもいいと思うんだがな。

 閑話休題。指導とか言ってヤスミを体よく朝比奈に押し付けたハルヒは早速団長席でネットサーフィンを開始、長門は人生の八割は読書に消費しているんじゃないかって思えるほどに今日も今日とて洋書にかじりついている、要するに俺の暇つぶし相手が古泉なのは新しい団員が来ても変わりそうにないということだ。

 その古泉が用意してきたのはこれまた見慣れぬボードゲームで、ともすれば将棋のような盤面の上に丸っこい駒が何個か乗っている。

 

 

「そりゃあなんだ、ハンタでいうところの軍議か?」

 

「いえ。これは中国象棋といいまして、日本でこそマイナーですが世界的な競技人口はチェスをも凌ぐそうです」

 

 こいつの引き出しの多さには毎度驚かせられるが、いったいその卓上遊戯に関する知識をどこで身に付けているのやら。ひょっとすると『機関』では研修の一環として各種ボードゲームに触れているのかもしれない、ほら、どこぞの大学では講習でコントラクトブリッジをやっているというじゃないか。

 古泉は唇の端をつり上げながら。 

 

 

「ルールをご存じないのであれば僕がお教えいたします、一局いかがですか?」

 

「いいぜ。精々お手柔らかに」

 

 といっても今回も最終的に俺が勝ち越しそうな気がする。根拠はないが過去の例が山ほどあるからな。

 それから古泉に基本的な駒の動かし方を教えてもらいつつ対局すること数十分、わかったことといえば中国象棋はそこそこ面白いということと。

 

 

「ヤスミちゃん」

 

「はいっ、なんでしょうか」

 

「あなたが淹れたお茶だけど悪くないわ。素質十分よ」

 

「ははあっ、ありがたきお言葉です!」

 

 ハルヒはヤスミのことをそれなりに気に入ってそうだということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ初日ということもあって信頼性にはやや欠けるが、俺の目から見ても渡橋泰水は優秀な人材であるのが窺えた。あまりの難解な注文ぶりに技術力が追い付かず俺が途中で投げたSOS団の仮設ウェブサイトをコンテンツプランナーも関心するようなレイアウトに仕上げたし、何よりヤスミは気が利くタイプだった。

 

 

「あたしの目に狂いはなかったわ」

 

 とはハルヒの弁。

 だがヤスミはべつにお前に引き抜かれたわけでもなければむしろ自分からSOS団に入りに来たんだが。人を見る目についてどうこう言われてもな。

 

 

「どのみちあたしが凄いってことには変わりないでしょ」

 

「へいへい」

 

 いつの頃からかこいつと肩を並べて帰宅するのが俺の日常の一部と化していた。客観的に考えてうまくいってるのだろう。最近は嵐の前の静けさか何かなんじゃないかってくらい平穏無事そのもので、ハルヒとの付き合いもなんだかんだ継続していわけだしな。

 切り立った崖のような坂道を下り終えると県道だ。橋を渡り、しばらく突き進んでいく。

 夕方とはいえ昼間の暑さが尾を引いており、ともすれば一ヶ月ぐらい前まではまだ電気ストーブが恋しいほどの気温であったのにな。今となってはお役御免だが。 

 

 

「ねえ」

 

「なんだよ」

 

「あんたさ、後悔してない?」

 

 突然どうした、主語を言え主語を。 

 

 

「……SOS団に入ったことよ」

 

「はぁ、べつに後悔するほどのことでもないと思うんだが」

 

 だいたいからして俺の意思で入りたくて入ったわけではないというか、まあ、涼宮ハルヒに対して心残りがあったのは確かだ。何よりSOS団を通しての交流がなければハルヒと付き合うなんて結果は望み薄だろうし。

 するとハルヒにしては珍しいことに暗澹たる様子で。

 

 

「最近のあんたってなんかうわのそらっていうか、味の抜けたガムみたいな顔してるじゃない」

 

「顔を悪く言わんでくれ。こればかりはどうしようもねえ」

 

「それに楽しくなさそうだし」

 

 そうだろうか。ほどほどにしてほしいとは思うものの決して退屈はしないわけで、俺なりに充実した日々を送っているつもりだったんだが。いや。

 

 

「なんつーか、さ……オレにもよくわからねえんだが……不安なんだよ」

 

 特別何をしたわけでもないのに妙な焦燥感に駆られている、ひたひたと不安にさいなまれている。根拠などどこにもない。

 俺はただ天を見上げた先にある夕焼け雲のようにふわふわと、さっき通り過ぎた橋の下に流れる川の水面のようにゆらゆらと、そこそこ良くてそこそこ悪いの連続で幸と不幸のバランスが絶妙に釣り合う浮き沈みが激しくないフラットな一生を送られれば満足なんだ。

 だのに何故、何故俺が宇宙人だの未来人だの超能力者だのが繰り広げる奇妙奇天烈摩訶不思議な群像劇に巻き込まれなきゃいけないのか。一の天国のために十の地獄を味わいかねない世界だ。

 でもな、"それ"を今更拒もうだなんて考えるほど俺も呑気してるわけではない。俺は『機関』の連中と違って無神論者だが運命的なナニカに感謝せずにはいられない。こうしてハルヒと同じ学校に通い、同じ時間を共有する。素晴らしく充実した学生生活だ、俺の毎日のモチベーションは中学校時代の比じゃないくらい高いんだぜ。

 だからこそ俺はこの不安感が忌々しい。何に起因するかもわからぬままに精神だけがまるでサラミのように薄くスライスされていく感覚を味わっている。

 

 

「馬鹿ね」

 

 いいかげん自分をどうにかしたいんだがな。

 

 

「あたしもそうよ……不安なんだから。ここのところ夢で見るの、突然あんたがいなくなっちゃう夢」

 

 

 ハルヒが言うと縁起でもない夢だが一応聞いておこう。

 

 

「何が原因でオレがいなくなるって?」

 

「わかんない。経緯はどうあれ最終的に煙のように世界から消えちゃうのよ。みくるちゃんや古泉くんに聞いても『そんな人は北高にいませんよ。どうかしたんですか』って」

 

「馬鹿言え」

 

「だから言ったでしょ」

 

 そうだったっけ。

 

 

「あのな、宇宙人に誘拐でもされん限りそんな目には遭わんさ。それに今の所不登校になる予定もない。要するにお前のはただの杞憂だろ、オレのとは違う」

 

「だったら安心させて」

 

 するとハルヒにぐいっとブレザーの右袖後ろを引っ張られた。ハルヒの表情はその場に止まれと言わんばかりだ、お前は駄々っ子か。

 

 

「……あたしを安心させなさいよ」

 

 知っての通り、俺は誰かに勇気ある言葉を易々と送れるほど語彙力が高いわけでもなければ、凡人が詰まる要求に対しウィットに富んだ切り返しをできるほど優れた人間でもない。精々がひいらぎ飾ろうを歌ってお茶を濁すくらいしかできない、ごくごく普通の、いたって平凡な男子高校生そのものなのだ。俺"自身"は。

 むしろ安心したいのは俺の方なのだが、ええい、無粋なことは言うまい。

 

 

「大丈夫だ」

 

 そう言ってから、とん、と左手をハルヒの頭に乗せる。

 

 

「お前一人残してどっか行っちまうほどオレは人情のない奴か?」

 

「さあね……」

 

 そこは嘘でもいいから「違う」と言ってほしいんだが。 

 

 

「それにオレだけじゃあねえ、長門も朝比奈も、古泉だってそうさ。お前が心底嫌だったらSOS団なんてもんはとっくに破綻してるだろうぜ」

 

「わかってるわよ……わかってるけど……」

 

「遅かれ早かれみんな死ぬんだ。だったら悪い方にばかり考えない方がいいだろ、お前らしくねえ」

 

 ちくしょうが。ハルヒの目は停電を起こしたかのようにいつもの爛々とした輝きが失せ、涙こそ流れていないがないているようにも思えた。

 完全に俺の過失である。我ながら性根が腐りきった根暗野郎だと内心忸怩たる思いだが、何も他人を巻き込む必要はなかろう。そりゃそうだ、暗い話題を振ったらその返し文句は空元気とともに送られる慰めか、あるいは暗い話題に賛同してくれるかの二択なのだ。

 そして俺は実にどうしようもないことを考えてしまう。もし涼宮ハルヒが神と崇め奉られるほどの何でもアリなトンデモ超自然能力など持たない普通の変人だったら、もしそうだったら俺はこんな思い煩う必要もないのではなかろうか。

 なんて考えたところで果たして誰がその考えを正しいと保証してくれよう。結局のところは俺もメランコリックに陥っているだけなんだろうとどうにか自己完結させることにする。

 

 

「オレでよけりゃあいつまでもお前の傍にいさせてくれ」

 

 気休めで言ったつもりだったが逆効果だっただろうか、ハルヒは肩をわなわな震わせ始め口元を手で隠した。なんというか何かを堪えているようだ。

 どうしたんだよと問いかけるよりも先にハルヒは大きく息を吸ってから笑い始めて。

 

 

「あ、あんた……ふふっ、笑かせてくれるわね。毎度毎度くっさい台詞をよくも真顔で言えるもんだわ」

 

 これでもかというぐらいゲラゲラ笑われた。向かいの歩道を歩いているおばあさんに何事かと見られた気がするが気のせいだと割り切っておこう。

 身体をよじらせながら大爆笑を続けたハルヒは目をセーラー服の袖でごしごしさせながら。

 

 

「笑いすぎて涙目になっちゃったわよ。あー馬鹿らしい、あたしが根拠のない不安感に苛まれるなんて、ちょっと疲れてるのね」

 

 昨日一時間以上も校庭をそこそこのスピードでぐるぐる走ってたからな、俺でもあれは付き合いきれないレベルだ。むしろあれに対抗できたヤスミを尊敬するね、ハルヒといい最近の女子高校生は化け物じみている。

 

 

「情けない、あんたもちょっとは運動したら?」

 

「オレはまだ本気を出していないだけだ」

 

「典型的なダメ人間の発言じゃないの」

 

 さて、過程はどうあれ暗い雰囲気を払拭することはできたらしい。やれやれって感じだ。

 なんだかんだ言ってもハルヒと一緒の時は俺も嫌な感じがしないわけで、これが惚れた弱みだとしたら相当な精神病だと思うよ、マジで。

 だがここで一つ俺が語りたいのは"やれやれ"という感嘆詞は物事が解決した時に使うからカッコいいのであって――承太郎とかのはこれだな――現状を憂いで使ったところで何の解決にもならないということだ。

 そうさ、何も解決などしちゃいなかったんだからな。しょうがないだろ。

 

 


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