校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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α‐1

 

 

 

「……スマンがもう一回言ってくれ」

 

 部室に飛び込んでいくなり臨時ミーティングを始めるとかぬかしたこの女の供述が俺には聞えなかった。

 いや、正確には耳に入ったものの、それを理解するための脳内処理がままならなかったと言うべきだろうか。

 

 

「はあ? あたしに二度同じことを言わせる気なの?」

 

 どっかの冒険譚第五部主人公みたいなことを言いやがって。俺だってスルーしてやりたいのは山々なんだが、他の連中に誰もツッコミ役がいないから渋々俺が訊ねてやっているんだぜ。そこんとこ把握してくれよな。

 とはいえ長門は読書を中断して、朝比奈はいつものようにメイド姿で眼をぱちくりさせ、古泉はリバーシの石を手で弄びながら、三者三様のスタイルでハルヒに注目している――いや、この場に限っては異端者三人以外にもハルヒを注視する輩は何名もいたのだがそのことはとりあえず置いといて――のは確かだが。

 

 

「オレの記憶違いでないならお前はただならぬことを言ったような気がする」

 

「ええ、たしかに一大事ではあるわね」

 

 認識の差というか見解の相違というか、こちらの胃を痛めつけるような出来事になってしまいかねないという心労をこいつは一切合財知らないからそんな発言ができるのだ。

 ハルヒはとっておきの駄目押しだといわんばかりにホワイトボードを引っ張り出してマジックペンで文字を殴り書いた。

 

 

「いい? 特別にもう一度だけ言ってあげる。この度あたしたちSOS団は新しい人材を迎え入れるべく北高新一年生対象の選抜試験を実施することにしたから、そこんとこよろしく」

 

 ホワイトボードには『新団員募集』の文字が俺を小馬鹿にしたように躍っている。

 要するにハルヒは新しい犠牲者を増やそうってハラらしい。まあ、春休みを削って撮ったわけのわからん映画の予告編を無駄にしないためにも――体のいいパシリができると更によいが――後輩ができるのはいいことなんだろうな。

 だがこの涼宮ハルヒはただの人間に興味がないという頭のネジが五、六本ほど欠損しているような女だ。後輩ができたとしても必然的に宇宙人とか未来人だのそういった常人ではない輩に決まっている。

 間違っても反対意見など出しそうにない三人を尻目に俺は挙手しながら意見を述べた。

 

 

「お前、ついこの前は新団員なんざ要らないみてえなことをぬかしてなかったか?」

 

「そう思ってたんだけど、ほら、何事もやってみなきゃわかんないじゃない。げんに人が来ちゃってるわけだし、門前払いするのもどうかと思うのよね」

 

 雑魚のパワーをいくら吸収したとて俺は伝説のスーパーサイヤ人には勝てないと思うがな。

 とにかくこの女はきっと当たるも八卦、当たらぬも八卦という気楽なおみくじ感覚で一年坊どもをふるいにかけようとしているわけか。で。

 

 

「……どうするんだよ、こいつらはよ」

 

 横に整列する若干十名前後の男女。それらは例外なくみな一年生であり、彼らが言うにはこのSOS団に入団希望とのことだ。

 なんだってこんな状況になったのか、俺はこの日の朝ごろから回想することにした――

 

 

「今年の一年は三百十五人いるわ」

 

 俺が教室に入って着席するなり後ろの席のハルヒは神妙な面持ちでそんなことをぬかした。

 

 

「そんぐらいいれば一人ぐらいおかしな奴がいてもいいと思うのよね」

 

 はぁ、自分が一番おかしな奴だということを重々承知していただきたいのだが。

 こちらの胸中いざ知らずのハルヒは怪訝そうな顔を浮かべて。

 

 

「あんたは興味ないわけ? 一年生」

 

 そりゃあ塵っカスぐらいの関心は抱かないわけではないが、べつに普通ならば関わる機会が皆無な連中のことなど特段気になりもしないだろう。なんでも谷口は一年女子のリサーチをしてたらしいが、俺には関係のない話だ。

 

 

「つまんないわね。もっと面白い意見のひとつでも述べたらどうなの」

 

 こいつを面白くさせるのはソハナ病患者を笑わせるのと同じくらい困難だと思うのだがどう思うよ。

 しかしながら個人的見解としてはこれ以上変な奴に来てほしくないというのが大半だ。ひょっとすると変人と変人は惹かれあうのかもしれないが、俺ばかりは常人であることを信じたいね。

 

 

「もう一年経つってのに、あんたは相変わらずのへっぽこ丸なんだから」

 

 などと勝手に呆れられたわけだが、俺としてはのんびり気ままに暮らせればそれが一番なのさ。宇宙人だの未来人だの超能力者だのと言われたところで俺にそいつらと張り合えるだけの何かがあるわけでもないし、今年の新入生の中にそんな異端者がいないことを願うばかりだ。

 しかもよくよく考えればハルヒがやる気を出そうと肝心の入団希望者がいなければ話にならないだろうよ。流石にハルヒの方から一年の教室に突撃して誰かを連れてくる、なんてことはしないよな、しないと信じたい。当の本人は先週の部活紹介で注目された――もちろん悪い意味――ので多少いい気になっているようだが、既に一年生の間にも校内一の変人の汚名は知れ渡っているに違いない。よってこの非公認団体に来る奴などいるはずがないのだ。

 なんてことを薄らぼんやり思いつつも昼休み。早速その辺を部外者に突っこまれた。

 

 

「そういやどうすんだ?」

 

 何についてかもわからないのに答えられるはずもないんだが。

 いつも通り昼飯としてドカ弁をかき込みながら谷口は先ほどの質問に付け加えるかのように。

 

 

「涼宮んとこの集まりだ。あれでも部活動なんだろ、この新一年生どもの中にはお前らの中に入りてえって命知らずが一人や二人いそうなもんだがよ」

 

「さあな、そんなバカな真似をしようなんざ命がいくらあっても足りないのは間違いねえよ」

 

「だが朝比奈さんとお近づきになれるっつー絶大なアドバンテージは正直魅力的だぜ、涼宮さえいなけりゃ俺もワンチャンスあったかもしれねえ」

 

「ま、お前にゃあ土台無理な話だわな」

 

 そうさ。いくらゆとり教育だの叫んだところでSOS団に入りたいなどと思う致命的なアホなど易々と見つかるまい。何より最終意思決定権は暴君ディオニスことハルヒが握っているんだから俺に訊ねられても困る。

 するとどこから聞きつけたのか国木田は。

 

 

「また涼宮さんやらかしたんでしょ? コスプレしてたって聞いたよ、チャイナ服だっけ」

 

 胃が痛くなるようなことを思い出させんでくれ。一応ことわっておくがプレイの一環じゃねえぞ。

 

 

「ほどほどにしとけよな、流石に停学になったら洒落になんねえ」

 

 谷口よ、ハルヒとてそれぐらいは言われんでもわかってるさ。公序良俗に反することはマズいからな。でも今思えばギリギリどころかぶっちぎりでアウトな行為が頻発してた気がするがそこは『機関』あたりがうまくもみ消してくれていると信じたいね。

 なんて俺がいくら願ったところでしょせんは血塗られた運命、いや、馬鹿は来るとでも言うべきか。授業を終えて放課後になり、おずおずと教室を後にしようとしたところ俺はハルヒに拘束された。

 掃除当番の連中を尻目にハルヒは俺をけん引して教卓の横に立つなり。

 

 

「まだ部室に行っちゃだめよ」

 

「どうしてだ」

 

「いまごろ入団希望の新入生が集まってると思うの、で、団長のあたしがこっ早く出てくるのも面白くないじゃない。真打は遅れて登場すると相場が決まってるわ」

 

 新入生がやってくるというハルヒの謎の自信もさることながら、そのハルヒ的通念に俺が付き合わなきゃならないのが解せないぞ。だいたいハルヒが遅れて登場するのは毎度毎度のことだから団員側としては普通だしな、だが待たされる側のことをたまには考えてやってはどうだろうか。

 

 

「遅刻常習犯のあんたには言われたくないんだけど」

 

 それを言われてはぐうの音も出ないがお前は忘れたわけではあるまいな、つい先週の土曜日はSOS団市内探索の待ち合わせの折に俺が単独トップで駅前に到着していたという事実を。つまり人間というものは思いのほか伸びしろがあるもんであって、易々と悪いレッテルを張るのも考えものなのだ。校内一の変人だとか言われているお前にもいい意味で予想を裏切ってほしいもんだね。

 

 

「ふん、たった一度の偶然でいい気にならないことね。継続しなきゃ意味ないのよ」

 

「へいへい……」

 

 どのみち部室に行ったところで何をするでもないので長門ら異端者どもをいくら待たせようが俺は一向に構わんさ。なんなら行く必要さえないわけで。

 などとSOS団からのドロップアウトが叶わないだろうかとやや物思いにふけっていると、ふいにハルヒが。

 

 

「ところであんた、明日の数学の小テストは大丈夫なんでしょうね」

 

 ああ、そんなのもあったっけ。大丈夫かどうかと訊かれたらそんなことは神のみぞ知るといったところだろう。

 

 

「オレのテストの成否なんざお前に関係ねえだろ」

 

「馬鹿ね、誇り高きSOS団から成績不振者なんか間違っても出ちゃいけないのよ。そこんとこわかってる?」

 

「そういうもんかね」

 

「そういうわけで、これからあんたのためにあたしが講習を開いてあげる」

 

 なんてことを言いながら鞄から取り出した数学のテキストを教卓の上に展開していくハルヒ。かくいう俺は人様に教わるほど落ちぶれてはいないのだが、ま、どの道家でさらっと復習はする予定だったのでいい機会だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、いつも通りに部室にやってきたと思えばいつもの三人のみならず新一年生どもが大挙して押しかけていたというわけだ。以上、回想終わり。

 そいつらが単なる冷やかしならば問題ないのだが、どういうわけかこのSOS団に入りたがっているのだから困りものである。

 ひとしきり独自のコスプレ論を語り終えてから、ハルヒの言うことには。

 

 

「入団試験は明日から開始するわ。質問ある?」

 

 一年生を相手に言ったらしいが俺だって質問したいぞ。"から"とはどういうことだ、一日で終わりじゃないのか。終わりがないのが終わりとか言われたところでお前につきあってくれるような暇人はそうそういないということを承知しておいてほしいものだ。

 すると突っ立ってる一団の中の男子生徒一名がおずおずと挙手して。

 

 

「ここって何をするところなんすかね」

 

「あら、そんなことも知らないで来たの? 勉強不足も甚だしいわ、普通ならこの時点で不合格もいいとこなんだけど初回限定で特別に赦してあげましょう」

 

 勉強も何もあったものか、俺だって改めて問われれば返答に困るっつの。メイド姿の奴がいる時点で変態集団確定じゃねえか。

 

 

「SOS団の活動方針はね、宇宙人や未来人、超能力者を探していっしょに遊ぶことよ」

 

 誰も吹き出さなかったのが救いだ。ハルヒはギャグでこれを言ってるわけでもないし、ましてや現実の事となってしまっているのだから。

 は、はあ。と言って微妙な表情を浮かべた男子生徒の他に質問する輩はいなかった。下手なことを口に出すとハルヒに噛み付かれるということだけは周知の事実らしい。

 ほどなくしてハルヒにより一同解散が告げられ、後に残されたのはいつもの五人である。ようやく落ち着いたわ、と言いながら団長席にドスっと腰掛けるハルヒに対して俺は。

 

 

「おい、お前マジにあの中から団員を選ぶ気なのか?」

 

「その資質があればそうするつもりよ」

 

 お前に人を見る目があるのかと小一時間ほど問い詰めたいね。

 

 

「だいたい試験ってなんだよ。初耳だぜ、何をやらせる気なんだ」

 

「あんたには関係ないでしょ。どこから情報が漏れるともわからない時代だし、トップシークレットなんだからね」

 

「……訴えられることがないような範囲で頼むぞ」

 

「明日やるのは簡単なペーパーテスト、こんなんで訴えられるわけないわ。ちなみに今作ってるところだから覗いちゃだめよ」

 

 そう言うハルヒはパソコンのディスプレイを睨みながら定期的にキーボードの上に指を躍らせている。

 しっかし驚いた、これもハルヒの願望を実現させるとかいう能力のたまものなのだろうか。よもや部活動でさえない非公式団体に十人ぐらいも男女がやってくるとは。女子も一人や二人じゃなかったし、どうなってんだかね。

 ここいらで古泉に文句の一つでもたれたかったのだが、ハルヒの手前それも憚られる。まあいいさ、後で言えばいいことだし異端者がらみの問題があるのならば異端者の間でそれは解決しやがれってんだ。

 すると古泉が鞄から囲碁板を取り出して机の上に乗せた。

 

 

「どうです? 気分転換に一勝負」

 

「すまんがオレは囲碁がよくわからんのでな、遠慮するぜ」

 

「今回やろうと思っているのは囲碁ではなく連珠です。五目並べの改良版みたいなものです」

 

 聞けばそれは五目並べに新ルールを加えたような内容なのだという、白と黒でルールが違うとはこれいかに。

 

 

「んじゃあご教授願おうかね、古泉さんよ」

 

 五目並べに関してはやり方を知っていたのもあり、案外すんなりと連珠とやらについて理解することができた。というか気がつけば俺が勝っているのだから古泉の勝負弱さには脱帽せざるをえない。

 そんなこんなで長門が本を閉じたのを合図に団活の時間は終了。朝比奈の着替えの都合上男子が先に去るのもいつも通りのことだ。

 

 

「ところであんた、社会の選択科目はどうするつもり?」

 

 各々解散してから俺は予定も特にないのでハルヒを家まで送るという任務をこなしている下校道中、ふいにハルヒがそんなことを俺に訊ねた。

 選択科目ね、そんなものを決めなきゃならないんだっけか。北高に限らず高校というものは往々にして二年三年で選択科目とやらがあるらしい、確か一年生の時にはなかったことだ。

 俺がひとしきり考えてから結論を出そうとするよりも先にハルヒは有無を言わせず。

 

 

「あたしは世界史にするからあんたもそうしなさいよ」

 

「何故だ」

 

「その方が色々と楽でしょ」

 

 楽をしたいのはどっちの方だよ。おおかた課題が出た時は俺に負担させようというハラなんだろう。だいたい"色々"っていう表現は文学的でなくとも俺はどうかと思うね、具体的に示してくれ。と俺が述べると。

 

 

「わかったわよ、あたしはあんたと一緒がいいの! ……どうよ、これで満足かしら?」

 

 柄にもなく素直な意見をくれたハルヒ、だが言い終わるや否やそっぽを向くのはどうかと思うぞ。

 俺はというと、こんなことを言われて嫌な気持ちになるはずもなく、かといって露骨にニヤニヤするのも変なのでどうにかポーカーフェースを保ちながら横のリボンカチューシャ女に向かって。

 

 

「ところでハルヒ、オレはお前がまともに起きて授業を受けてる光景を見た覚えがねえんだが」

 

「失礼ね。っていうかあんた席ずっとあたしの前だったからそんなことわかんないじゃない」

 

 暗に同じ選択授業を受けたところでお前が寝ているなら俺がいることに大した意味はないぞと言いたかったのだが、その辺の解釈はなされていないようだ。ハルヒと俺がマンツーマンで予習復習だなんて考えられないしな。

 ともすれば中学の時のこいつを思い出しても机に伏していた光景以外が見つからんのは何故なんだろう。

 

 

「まあ、オレは日本史よか世界史の方がなんとなく楽そうだからそっちにするかね。ラスプーチン好きだしよ」

 

「そうしなさいそうしなさい」

 

 そういやハルヒはクラスでは世間話らしい世間話などまるでしていない――そもそも人と話すことに楽しさを見出すような女ではない――のだが、俺がハルヒとする会話などだいたいがたわいもないよもやま話である。いったいなんだって俺にばかり普通の一面を見せるのかねこいつは、大人しくしている分には美少女高校生なのは言うまでもないが。

 なんてことも考えつつハルヒを家まで送れば後は達成すべきクエストもない、家に帰るだけだ。他に考えることなど特にない。気が狂いそうな平凡この上ないサイクルをなぞっていくのが俺の日常なのさ。

 つまり、この日は特筆すべきことなどもうないというわけだ。 

 

 


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