校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第五十九話

 

 

オーライ、オーケイ。

状況を整理させてくれ。

 

 

「お前がオレの弟だと?」

 

「そうだ、もっともこの時間軸の事ではない。全てはあんたが死んだ後の話なんだ。あんたが涼宮ハルヒの関心を引いていたばかりにこうなった、何もかもを巻き込んで」

 

中学卒業の時点でそんなことがあったとはやはり信じがたい。

何故ならハルヒと俺はそれまでロクに関わっていなかったからだ。

七夕に変な地上絵の手伝いを引き受けて、たったそれきりだぜ。

いや、俺のこの認識さえも間違っているのだろうか。疑えばキリがない。

 

 

「だったらなんだってんだ。他ならねえ家族の頼みだからどうにかしてハルヒに世界を滅ぼさないよう土下座しろってか」

 

「……あんたは根本的な勘違いをしている」

 

どういうことだよと未来人の男に問いただすよりも先にそいつの横の橘が。

 

 

「ねえ、あなたは本当にこのままでいいと思っているんですか? 涼宮さんを責めるつもりはないけど、彼女が危うい存在だということは事実なの。あなたやSOS団のみなさんだけの問題じゃないんですよ」

 

そんなこと言うなよ。悪いのは世界を滅ぼしちまえる力そのものじゃねえか。

考えてもみやがれ、ハルヒは確かに方々に迷惑をかけているかもしれねえが、全部よかれと思ってやっているんだ。間違ったことをしたら謝るぐらいの分別だってある。あいつだってただの人間なんだよ。

 

 

「だからお願いします。どうか涼宮さんの力を佐々木さんに――」

 

「はい、そこまで」

 

橘の声を断ち切るかのように突然冷やかな女の声が飛び込んで来たかと思えば次の瞬間、俺は驚愕した。

テーブルの向こう側にいた橘京子の首から上が一瞬のうちに"消失"していたからだ。

 

 

「これ以上は看過できないわ、全員妙な真似はしないでちょうだい。悪いけど彼女には黙ってもらったから」

 

どうやらそいつは俺の後ろに立っているらしい。未来人の男が忌々しそうに見ている。

しかも俺は声の主に聞き覚えがあった。間違いない、耳に入れただけで生理的に嫌な感じがするからな。

 

 

「……朝倉か」

 

「ふふっ、せーかい」

 

振り返ってやりたいところだが何をされるかわからないので動きようもない。

橘京子はというと、まるでフィギュアの頭部パーツを引っこ抜かれたかのような状態になっている。血が出ているわけではないが、その身体は――といっても首から下だけ――硬直しきっている。まさか死んでいるのか。

俺の声に出していない疑問に答えるかのように朝倉は。

 

 

「殺してないわよ。そこまでの権限は私にないもの」

 

「情報統合思念体の使いっ走りが……こんなとこまでご苦労様だ」

 

朝倉の言葉に対して未来人の男はそう吐き捨てた。

佐々木の様子を窺うも状況が呑みこめていないらしい。冷や汗を流している。

なるほど、少なくともこれはシナリオ通りではないってわけか。

俺の弟を自称する男は真底うんざりした様子で。

 

 

「今回はツイてなかっただけにすぎない。駄目元もいいとこだ。ふん、天蓋領域との接触に失敗したからな」

 

「説明する必要はないわね? 手を引いてくれるかしら」

 

「ああ、そうさせてもらうよ。こうなっては意味が無い。世界の終わりを高みの見物するがいい。バカバカしい」

 

そう言うと男は席から立ち上がり、すたすたと歩き始める。

高度な情報戦はうんざりだぜ。勝手に話したと思えば勝手に帰るとは。

そして男が俺の横を通り過ぎようとして、立ち止り一言。

 

 

「……また会おう」

 

誰に言ったのかもわからぬまま未来人の男は店を後にしていった。

で、いなくなった男の代わりと言わんばかりに朝倉涼子は。

 

 

「今日はお開きにしましょ」

 

何言ってやがる、こちとらまだオーダーが届いてすらいないんだぞ。

というかお前のその恰好はなんだ。頭無し橘の横に座る朝倉はウェイトレスの恰好をしている、変装のつもりなのか。

深く息を吐いてから佐々木は朝倉を見据えて。

 

 

「キミは僕も橘さんのように"黙らせる"つもりかい?」

 

「そうしたいのは山々なんだけどあなたに手出しはできないわ、佐々木さん。あなたは特別だから」

 

少なくとも朝倉は俺を助けに来てくれたようではないらしい。

こちらとしてもこいつに来てもらうより長門が来る方が一億倍マシである。

 

 

「じゃあキミが来たとしても意味はないんじゃないのかな。僕が彼に事の顛末を話せばいいだけだ」

 

「ええ、そうね。でも余計なことを言われたくないのよ、橘京子のような組織に属する人間の主観的な意見なんて何の価値もないと思わない? 選択するのはキョンくんだから」

 

「くくっ……キョンか……」

 

俺のことを指して言っているみたいだが、言うまでもなく俺は別人だ。

ところで他の客がどうなっているのかと思って店内を見回してみるといつの間にか人の姿は失せていた。店員さえも。

まさかこのせいで注文の品が届いていないんじゃなかろうな。店を潰すような真似だけはするなよな。

 

 

「よしわかった。じゃあ今日はお終いにしようか。橘さんはもとに戻しておいてくれよ」

 

「ちゃんとやっておくから安心して帰ってちょうだい」

 

佐々木はすぐに席を立ちあがった。本当に帰るつもりなのか。だったら俺も帰るぞ、何が楽しくて朝倉の顔を拝まなきゃならんのだ。顔だけはまともだが肝心の中身がサイコだからなこの女は。

俺も店から出るべく立ち上がり、仮面みたいな笑顔を張り付けた宇宙人に向かい。

 

 

「おい朝倉、このままだとオレがおっ死んじまうどころか世界が滅ぶそうじゃあねえか。お前ら宇宙人のパワーでどうにかできんのか」

 

「あら、死ぬのが怖いの?」

 

唐突すぎる死の宣告ゆえに事態の深刻さは計り知れないが、怖いかどうかはさておき死にたくはない。

やたら喫茶店のエプロン姿がサマになっている朝倉は「ふーん」と前置きしてから。

 

 

「私には有機生命体の死の概念が理解できないのよ。何が怖いのかしら?」

 

「少なくとも無意味な死はごめんだ。オレにはまだやりたいことがたくさん残ってんだよ」

 

お冷もまともに飲めなかったことに若干の憤りを覚えつつ、こう吐き捨てると俺は佐々木の後を追うことにした。まだ聞くことは残っているのだ、あいつだって何かしらを知っているに違いない。

 

 

「そう。長生きできるといいわね」

 

そんな冷やかしとも取れる朝倉の言葉など意に介さず、俺は傘を取るとシャバ代も払わずに喫茶店を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨は未だに降り続けていた。それどころか勢いを増す一方にも思える、土砂降りだ。

そんな中、佐々木は店先で傘をさして突っ立っていた。

 

 

「僕はもう帰るよ。たまの休日だ、家でのんびりするのも悪くない」

 

「……送ってやろうか」

 

「ほう。でも僕の家はそれなりに遠いが」

 

「のんびりするのも悪くないんだろ」

 

違いない、と佐々木は漏らした。

水たまりをかわしつつ俺は歩き始める。

 

 

「お前、何だってオレがキョンと別人だってわかるんだ? 誰かの入れ知恵か」

 

「違うね。たしかにキョンがいなくなったことは未来人の彼から聞いたけど、正しくキミを認識しているかどうかについては別問題だろう。実際、橘さんはキミをキョンだと認識しているよ、疑う余地なく」

 

だったら何故。

 

 

「僕だってわからないさ。ただ会って確信しただけだよ、キミはキョンじゃないと」

 

「当り前だろうよ」

 

そういやツインテ女こと橘京子は佐々木こそが神にふさわしい、みたいなことをぬかしていたな。

てっきりただの妄言だと思っていたが宇宙人の朝倉涼子が動いたとなれば今日の語らいは何か重要な案件があったのではなかろうか。

未来人の言っていたことを一旦忘却の彼方へとどうにか追いやり、その旨を佐々木に伺うと。

 

 

「自分としても信じがたいことに、僕には涼宮さんと同じ資質があるらしい」

 

「どういうこった」

 

「橘さんが言っていただろう? 彼女の力は僕に宿るはずだったと。つまり僕は"器"なのさ」

 

器ね。だとしてもそれに中身が注がれるかどうかはまた別問題だ。

あいつの絶対的かつ非現実的なまでのスーパーパワーはあいつしか持ちえないからこそ宇宙人や未来人や超能力者から重要視されているんだぜ。

 

 

「そうでもない。キミが協力してくれればいともたやすく涼宮さんの力は僕のものとなる」

 

「んだと……」

 

思わず立ち止まる。自分でもどんな顔をしているか鏡があれば見てみたいが、間違いなく己の感情が負に蝕まれているのはわかる。

だが、だが、俺はこの女を完全に敵視しようにもできなかった。俺があまちゃんだってか。

佐々木も立ち止り、こちらを向いて。

 

 

「さっきも言ったように、僕はそんな力とは関わりたくない。得体が知れないし自我を保てる自信もない」

 

「って感じには見えねえがな」

 

「もし僕が神になれるのならば、ひとつだけやりたいことがある」

 

佐々木は口を閉ざしてその先を言わなかった。何だよ、とは言えなかった。俺にそれを聞く資格など無い、そんな感じがしたからだ。

結局のところ俺はしょせん何かを与えられただけの存在に過ぎない。

 

 

「我ながら未練がましいよ。だがキミと僕とは利害が一致するはずだ。キミたちが抱える問題をクリアにできる」

 

「はっ。どうするつもりだ」

 

「全部なかったことにするのさ。宇宙人も未来人も超能力者も、異世界人も、神に匹敵するほどの力も」

 

馬鹿なことを言うな。

 

 

「僕はキミほど涼宮さんを理解してなどいないが、客観的に考えて彼女を危険だと判断する人間は少なくないだろう。たった一人の少女が全てを決められるなど考えたくもない。そんな神など不要――」

 

――瞬間、何かが弾けた。

 

 

「……」

 

「やれやれ……」

 

気が付けば俺は佐々木の右肩に掴みかかっていた。

互いの傘は手元を離れ、雨にうたれる一方だ。

 

 

「キミは僕が思っているほど冷静な人間ではないらしい」

 

かもな。

 

 

「わかっているはずだよ。この均衡状態は永遠に続くとは限らない。SOS団だってそうさ、呉越同舟なんだ。現場の意向とは関係なしにある日突然敵対してしまうかもしれないね」

 

最悪の場合を想定したらそうなるかもしれねえさ。

 

 

「物事は常に最悪を想定しなくちゃ意味がないだろう? キミは怖がってるのさ」

 

「オレが……何を怖がってるって……?」

 

「くっくっくっ」

 

不気味だ。気持ち悪い。佐々木の眼はこちらを見透かしたような感じがする。

身体が濡れる不快感など感じさせぬほど淡々と佐々木は言葉をつむぐ。

 

 

「本当はキミも涼宮さんも心底では理解しているんだ、自分が普通じゃない存在だとね。だから停滞を望んでいる。一線を越えようとしない。周りは待ってくれないというのに」

 

「お前に何がわかるってんだ。器だか知らねえが能力のないお前はただの人間なんだろうが、違うのかよ」

 

「そうさ。だからキミを助けることも、ましてや世界の崩壊を防ぐこともできない、無能もいいとこだ。でもね」

 

俺の手を振り払い、ずいっと近寄る佐々木。

 

 

「僕に力があれば別だ。それにはキミの助けが必要なんだ、キミが了承さえしてくれれば涼宮さんの力は僕にシフトする。僕ならキミたちを助けられる」

 

「……はっ、その必要はねえ。オレがハルヒを説得すりゃあ済む話だ。あいつは簡単に全てを投げ出すような奴じゃあないからな。それに、オレの命なんざ高いもんでもねえ」

 

「まさか。涼宮さんが力を持つ限り全ては解決しない。遅かれ早かれキミは死ぬ。彼女が己の内なる力を自覚しようと、自分を制御できるかどうかは別問題だ、彼女は精神的に未熟すぎる。キミが死んだと同時に人類一斉心中だなんて僕はごめんだ。死というのは他人に与えられるものではない、と、僕は思うからね……え? 違うかい?」

 

佐々木が世界を滅ぼさない保証は何もないと言うのに。

この女がそうまでして果たしたい目的とはなんだ。

 

 

「覚えておくといい」

 

そう言うと佐々木は自分の傘を拾い上げ、きびすを返した。

 

 

「なんとかならないものをなんとかしようとするのは偽善ばかりだけでなく欺瞞なのさ」

 

すたすたと佐々木は先に行ってしまった。

俺は追う事ができなかった。何故だ。恐怖しているからか。

だとしたら何に恐怖しているんだ、俺は。

 

 

「くそっ……くそが……」

 

死にたくない。べつに死ぬのは怖くないさ。俺が嫌なのは無意味な死だ。

トラックに轢かれるだと。はっ、馬鹿馬鹿しい。何を成すでもなく、無駄に消されるぐらいなら最初から命など無い方がマシじゃないか。

俺はそうはならない。なってやるか。使えるものは使ってやる。

 

 

「……」

 

ともすれば天候は豪雨にとどまらず強い風をともなった嵐と化しつつある。

佐々木、橘京子、俺の弟を自称する男と俺の妹と他称される朝比奈、朝倉涼子。

正直なところ情報量が多い上に納得のいく回答が得られていないってのが本音だ。

だが、そんな諸々の問題なんてどうでもいい。ネズミのクソぐらいくだらない。

ハルヒの力は神どころか世界そのものだと? 馬鹿馬鹿しい、あいつはただの女子高校生だぞ。星の数ほどいる中の一人でしかない、俺にとっては特別でもなんでもない存在だ。

それでも何ものにも代えがたい、かけがえのない奴だってのは確かなんだ。

 

 

「もうちっとだけ時間をくれ。後はどうでもいいからよ」

 

誰に頼むでもなく呟くと、地面に転がっていた傘を拾い上げる。このまま放置していたら風で遠くへ吹き飛ばされていただろう。

これだけビショビショに濡れたとなれば携帯電話が水没していてもおかしくないが、ズボンのポケットから取り出したそれはまだ機能していた。

連絡帳を開き、選択。もちろん通話する相手は『涼宮ハルヒ』だ。

 

 

「もしもし」

 

『はい、何よ』

 

「急で悪いんだが会えねえか?」

 

『えっ。べつにいいけど、今あたし出かけてるから帰ってからね』

 

携帯電話越しにFMラジオの音声が微かに聞こえる。

名前は忘れたが聞き覚えのある声のディスクジョッキーだ。

行先は俺も知らないが、家族で車に乗って出かけてるのかね。

 

 

「帰るのは何時ぐらいになるんだ」

 

『んー、三時過ぎかしら』

 

未だ十二時前な現在時刻からすれば、それなりに先の話だった。

まあ、ずぶ濡れの恰好で行っても迷惑になるだけだから、俺も一旦帰宅するとしよう。

 

 

「わかったよ。んじゃそれぐらいに行くからな」

 

『そ、話はそれだけ? 切るわよ』

 

本当にあっさり切られた。こちらの用件などお構いなし、世間話が好きって奴じゃないからな、ハルヒは。

でもってハルヒの家に上り込んだ際に俺は色々なことを話してやりたいと思う。話の相手はハルヒだけでない、何なら親御さんを含めて家族会議という体でも構わない。

SOS団なる馬鹿げた団体をおたくの娘さんが文芸部をジャックして立ち上げている、クラスでは俺ぐらいとしかまともに話さない、将来的には彼女と結婚したいな、なんて話もいずれはしなくちゃならないんだろうさ。

しかし、今回話す事は決まっているのだ。遅かれ早かれ俺は話すつもりだったんだからな。

 

――そう、まずは異世界人について話してやろうと俺は思っている。

全部それからだ。

 

 


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