校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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帰還。


第五十六話

 

 

思うに日本人は横文字に弱い。これはきっと今に始まったことじゃないのだろう、勝手な予想だが。

だからこそフリーマーケットと称する中古市に暇人どもがたむろするわけだな。俺たちもそうだ。

ハルヒはよくわからんガラクタみたいなもんを漁り、めぼしい物があったら買う。荷物持ちは当然男の仕事。

それからいいだけ買い物をすると昼飯は海沿いにあるこじゃれた店で食べた。

ああ、その後は阪中佳実の家にも行ったっけ。ま、この話はべつにいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、そんなこんなで春休みが終わって新学期。俺は高校二年生になった。

だがそれを素直に喜べるかどうかと問われれば、否だ。何故ならこの北高は俺が望んで入学した場所ではないのだから。

いや、高校なんざどこに入ろうがどんぐりの背比べ程度の差しかなかろう。重要なのは何を成すかだ。

それでもどこか未練がましくなっちまうのは何故なんだろうな。

 

 

「……何か言った?」

 

「いいや、べつに」

 

「あっそ」

 

俺の呟きに後ろの奴が反応するのにも慣れたものだ。慣れってのはどうにも恐ろしい。

それもそのはずで、この世界に対して文句を言おうが変わりっこないのだ。凡人の俺は抵抗を放棄して受け入れる他なかろう。

ところで二年生に進級するにあたってクラス替えがあったわけなのだが、あろうことかクラスの面々はほぼほぼ一年の時と大差なかった。

つまり俺の後ろの座席には相変わらず涼宮ハルヒがいて、加えて言えばこのクラスには谷口も国木田も阪中も、おまけ程度に朝倉もいる。

なんてったって一年五組だったのが二年五組だぜ、作為的な何かを考えざるをえないね。

ハルヒは学校机に頬杖をつきながら溜息をはいて。

 

 

「まったく、一年経っても変わりゃしないのね。宇宙人にも出会えないなんて」

 

「そんなに宇宙人に会いたいんなら宇宙飛行士でも目指せよ。お前ならなれるかもしれんぞ」

 

「はあ? どうしてあたしの方から会いに行かなきゃいけないの、普通はあっちから来るもんでしょうが。それが礼儀ってもんよ」

 

宇宙人相手に地球人的礼儀を語ってもどうしようもないし、第一に来てもらえるような立場なのか、ハルヒは。

しかしただの電波女と侮るなかれ、現にこの女はそういう理由で宇宙人を呼び寄せちまってるわけだからな。

そういや進級の折にはホームルームで自己紹介の場が設けられた。そこでハルヒが何を語ったかといえば宇宙人やら奇怪な人物を求める呼びかけなどではなく、自分がSOS団の団長であるということを一言で述べただけに終わった。

俺はてっきり小一時間ほどはありがたいハルヒ論を聞かされると思っていたが、どうやら見当違いだったようだ。

で、そんな二年生始業式から数日開けた某日の休み時間の今日に、こうして与太話をしているわけだ。

 

 

「ハルヒ、お前は"シュム―"を知っているか?」

 

「なにそれ」

 

「お前が好きそうなミュータントさ」

 

確かアメリカの漫画に出てくるんだったっけ。

 

 

「見た目は白いひょうたん型のアザラシみたいな奴なんだがよ、そいつの肉は最高級のフィレ肉ぐらい美味しくて、骨格が存在しない。加工せずとも毛皮やヒゲ、目玉にさえ利用価値があって、人間が望めば全ての乳製品に化けることができちまう」

 

「お化けのQ太郎もびっくりじゃないの……」

 

「更に驚くべきことにシュム―はエサを必要としない上、十分ごとに卵を産む。ちょっとしたねずみ算だな」

 

「ふーん。面白そうね、一度見てみたいわ」

 

「冗談じゃあない。やめとけ」

 

「なんでよ」

 

自分から話を振っておいて否定するとは何事か、とハルヒの顔には書かれている。

確かにシュム―は夢のような生き物だ。要するにそいつがいれば生きるのに困らないわけだ。

 

 

「そんなもんの結末がロクでもないことぐらいわかんだろ。食いぶちに困らなかったら誰も働かなくていいんだからな、みんな対等になる。だからシュム―の増殖で経済基盤の破綻を恐れたお偉いさんどもによってシュム―は皆殺しにされちまったのさ」

 

「ばっかみたい。権力者が保身のために不思議生物ちゃんを殺すなんて」

 

「つまりオレが言いたいのはな、過ぎたるはなお及ばざるが如しってことだ。下手に宇宙人とかのテクノロジーが人間社会に浸透してみろ、どうなることやら」

 

「あたしはべつに特技ありきで宇宙人に会いたいってわけじゃないし」

 

でもUFOに乗りたいか否かで問われれば乗りたいんだろ、お前は。

こいつの行動原理が面白さに起因していることぐらいは俺にもわかるさ。

それなりな付き合いだからな。

 

 

「ところであんた、明日はわかってるわよね?」

 

明日何があるかといえばべつに大したことではない。

新入生への仮入部受付兼部活説明会があるってだけだ。

もちろん、SOS団は未だ存在していない非公式団体なのだが。

 

 

「あたしたちの存在を知らしめるいい機会よ」

 

ただし大っぴらにやっては生徒会に目を付けられる。

そこでハルヒは俺たち平団員には普通に文芸部の勧誘の手伝いをしているように見せかけ、隙を見てSOS団を宣伝するつもりらしい。

宣伝の材料はいつぞや撮影した映画の第二作の予告編。曰く。

 

 

「映画の面白さは本編に集約するべきなの、そして良い予告なくして良い映画は作れないわ。でも予告が面白いからって本編が面白いとは限んないのよね。いいとこだけ切抜きした総集編を予告と称して見せるなんて詐欺なんだから。あたしたちはまず面白い予告を撮って、そこから更に面白い本編を作るのよ」

 

普通は撮影が完了してからトレーラームービーの編集にかかると思うのだが、どうなんだろうな。

ちなみにその予告編とやらは貴重な春休みの何割かを割いて作成されたという代物。

俺にはついぞハルヒの言い分は理解できなかったが、残念なことにこの女に逆らえる奴がいるはずもない。

なんせ世界を滅ぼせる奴が相手だからな。そりゃあ自ずと好待遇になるってもんだ。

 

 

「ところでハルヒ。SOS団を宣伝するのはいいが、それからどうすんだよ」

 

「何が?」

 

「部活説明の場で新入生相手に宣伝するってことはだな、つまりは新団員を募集するってことじゃあないのか」

 

「うーん。新入りねえ……」

 

俺のもっともな疑問に対してハルヒはどうやら浮かない顔をしていた。

てっきり俺はまた新たな異端者がやってくるものだと思っていたぞ。

いや、現に怪しい奴は既に出て来ているが。

 

 

「イマイチぴんとこないのよねえ、あたしたちに後輩ができるってのが。だいたい雑用はあんた一人いれば充分だしね」

 

俺としては今のカースト最下位から脱却できるのであれば多少の変わり者ならウェルカムだ。

是が非でも俺の負担をおっかぶせてやりたいね。先輩特権だ。

 

 

「もちろん逸材がいたら引き抜くわよ。そこは期待してるけど」

 

なら比較的まともそうな奴にしてくれ。

俺を慕うような後輩なら言うことなしだ。

 

 

「はあ? 新入りができたとしてあんたのどこを慕ってくれるってのよ」

 

「色々あんだろ」

 

具体的にはわからんが、わかる人にはわかるんじゃないか。

すっかりハルヒは呆れた様子だが、マジに後輩が来た日には思い知らせてやるからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二年生になったとはいえ変わった実感などない、いつも通りに一日が終わった。

SOS団であることと文芸部であることの差が何かと問われれば、それはハルヒが自分だけの居場所を作れるかどうかに他ならないだろう。

俺がお茶を飲み、雑魚いウデにも関わらずボードゲームを楽しむ古泉と、制服よりもメイド服の方が自然にも思える朝比奈と、個人的に私服のレパートリーが気になる長門。

これはいつかどっかの誰かが言った言葉だ。

 

 

『我々はみな、運命に選ばれた兵士』

 

だがな、適材適所ってもんがあるだろうよ。俺にドンパチは無理だぜ、何でもありな異世界人だとしても無理だ。

仮にRPGの世界にぶっ飛んだとしたら魔法が使えない普通の戦士になる自信があるね。

要するに俺は、どうしようもないぐらいにどうしようもなかったわけだ。後の祭り。

 

 

「こんばんは。部活帰りかしら」

 

なんてことは頭の中にあろうはずもなく、俺が今夜の晩ご飯はなんなのだろうと考えながら県道沿いの交差点にある信号が青に切り替わるのを待っていると、ふいに後ろから聞き覚えのある女の声。

俺が振り向くまでもなく、頼みもしないのに制服姿のそいつは俺の横に立ち並んで信号待ちをしはじめた。

 

 

「あら、涼宮さんは一緒じゃないの?」

 

「真っ先に出る話題がハルヒかよ」

 

「あなた彼氏なんだから、ガードしてあげなきゃ駄目でしょ」

 

あいつが防御を必要とするようなステ振りの下に生まれたキャラクターだとは思えん。

例えるなら攻撃力252で防御力0みたいな奴だ。先手必勝、殴る以外の選択肢があいつにはない。

ハルヒは明日に備えて何か準備があるようで、いの一番にどっか行ったからな。行先は知らん。

というか、むしろ俺が魑魅魍魎どもからガードしてもらいたいぐらいだぞ。

 

 

「で、オレに何用だ」

 

「用がなかったら話しかけちゃだめなの?」

 

何度目かはカウントしていないが、こんなやりとりから会話が始まるのが朝倉涼子であった。

俺としては比較的関わりたくない部類の人種だ。何故かって、そりゃ圧力外交の勉強が足りないからそう疑問に思うんだよ。

朝倉は隙さえあれば俺を抹殺せんと動くのではないか、などと一般人たる俺がおののくのも無理はなかろうて。

 

 

「知ってるはずよ。私はあなたに何も出来ないし、何かする必要もないもの。ちょっと世間話につきあってほしいだけ」

 

もうとっくに帰宅してるはずだと思っていたが、まさかその世間話とやらのためだけに外にいたのだろうか。

しかし世間話ね。宇宙人の言うところの世間ってのがスターウォーズ規模なら俺にはつきあいきれん。

朝倉は見え見えの愛想笑いを浮かべてから。

 

 

「よくさあ、『やらないで後悔するよりやってから後悔したほうがいい』って言うじゃない」

 

「らしいな」

 

「私は間違ってると思うのよ、それ」

 

信号が赤から青に。俺は無言で横断歩道へと踏み入る、朝倉もだ。

 

 

「だって何か行動する事で余計に事態を悪化させちゃったらしょうがないでしょう。ふふ、私がそうよ」

 

宇宙人の内情など知りたくもない。どうせなら長門の私服について語ってくれ。

俺は横断歩道を渡り切り、尚も無言で歩き続ける。

 

 

「結局は結果だけが重視される。涼宮さんだってどうなるかわからないわ。当面の間、情報統合思念体は彼女に価値を見出してるみたいだけど」

 

「……脅しのつもりか」

 

「とんでもない。事実だもの」

 

んなことはわかりきっている。要するにお前らのエゴであいつにまとわりついているだけだ。

宇宙人、未来人、超能力者、それとも神がどうした。ハルヒが頼んだことなのかよ。

朝倉は楽しげに。

 

 

「あなたが彼女と一緒にいたいのもエゴなんじゃないかしら」

 

「違えよ。オレのは"イド"だ、"エゴ"じゃあねえ」

 

詳しくはフロイト先生に聞け。

 

 

「ふうん、よくわかんないな。こういうの何て言うの? 温度差?」

 

「だとしたらお前ほど冷やかな奴もいないだろうぜ」

 

「本質的には私も長門さんも同じよ。あなたは長門さんが嫌い?」

 

「お前よりは好きだ」

 

もう付き纏うのは遠慮してほしいね。

今からでも遅くない、別のクラスに行ってくれ。

 

 

「そう……それは残念ね」

 

言葉の割りに朝倉はどこをどう見てもとても残念な表情には見えない。

四月の陽は冬よりかは長い、が、もうそろそろ没する時間だ。夕暮れ時さ。

ところでもうしばらくすれば俺の家だ、朝倉が住むのマンションとは逆方向もいいとこだぞ。

 

 

「わかってるわ。そろそろお別れみたい」

 

俺はついぞ朝倉涼子の目的がわからなかった。

単純に長門の仲間ってわけじゃないのか。

 

 

「違うわよ。私たちは群れることに意味なんてないし」

 

「そうかい」

 

まあ、聞いてもわからん世界の話なんだろうよ。

そして俺が三叉路の右へと向かおうとした瞬間。

 

 

「私の目的は――」

 

なんだ、と思うよりも早くそれは訪れた。

ゴン、と俺の身体の左側にものすごい衝撃が走る。

痛いだとか思う間もなく俺は一瞬で感覚を失った。

 

 

「……今回は早かったわね。じゃ、そういうことだから。次に期待してるわよ、キョンくん」

 

そんな朝倉の声が聞こえたかさえわからない。

俺は遥か彼方へ吹き飛ばされるかのような衝撃とともに意識を失った。

最後に聞く言葉だと理解するよりも早く、俺は死んだ。らしい。

死因、不明。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――オーケイ。話を整理しよう。

だいたいな、死人がぽんぽん黄泉帰っちまうようなのは許されざる世界観なわけだ。

男塾じゃあるまいし、殺されましょうの一言で死んじまったエアリスがかわいそうだろ。

そんなのはあえて言うまでもなく当り前のことだ。去ったものは戻らない。絶対的法則。

だが、それを変えちまえられる奴を俺は知っている。

 

 

「"朝比奈みくる"、か」

 

ハルヒ。お前は何をやらかしちまったんだ。

そして俺はどうすりゃいいんだ。

 

 

「時間だ」

 

俺はまだ何も知らない。

無知は罪だ。

 

 

「待っていてくれ、必ず僕が助けるから」

 

要するにこれから俺は知らなくちゃならない。

何があって、何をされたのかを。

 

 

「姉さん」

 

魂に刻み込まなくちゃならないわけだ。

 

 


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