校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第五十二話

 

 

その日の放課後、早速俺はクラスの連中に冷やかしを受けることとなった。

マヌケ面のオールバックの男子生徒が変なキノコでも食ったような顔で俺を見て。

 

 

「おいおいどうしちまったんだ? お前があいつに声をかけるなんてよ」

 

今にも帰宅準備を整えて教室を後にせんとする俺を妨害するかの如く男はつっかかってきた。

相手が相手だとはいえわざわざ第三者にとやかく言われる必要性がどこにあるのだろう。

 

 

「しかも会話が成立してたみてえじゃねえか」

 

この男の中であの女の評価は共通言語を使用していない人種なのか。

クラスメートに話しかけたぐらいで何を大げさな。

男は馴れ馴れしく俺のわき腹をこつんと小突いてから。

 

 

「部活引退して暇なのはわかるがよ、女漁るにしてもちったあ相手を選ぶべきだと思うぜ」

 

「知るか。オレは世間話をしただけだ、他意はない」

 

なんならお前も話かけてみるといい、宇宙からの電波を受信できるかもしれない。

と冗談交じりに真顔で述べると男は顔を引き攣らせながら。

 

 

「あ、ああ、お前もそういう変なもんが好きなのかよ。ま、ほどほどにしとけ……」

 

自分から引き止めたくせにあっさりと立ち去ってしまった。

で、その翌日。俺にとっても一部にとっても意外なことに、例の女の髪型はストレートだった。

件の宇宙人対策の法則で行けば今日は水曜日なので髪の束を二つ作ってるはずなのだが。

 

 

「今日は宇宙人対策はお休みなのか」

 

「……さあね」

 

俺としてもストレートの方がまとめたりするよりか好きなので、よければこのままでいてくれるとありがたい。

加えてこの女子はけっこうなロングヘアの持ち主てあり、後ろ髪の長さは腰にまで届こうかというほどだ。

女子はいつも通りの仏頂面のまま。

 

 

「攻め方を変えることにしたの」

 

「なんだって……?」

 

「あんた言ってたでしょ、宇宙人は髪型で人間を判断しないって」

 

というか髪型を気にする生物など人間ぐらいなもので、宇宙人に限らずともイヌやネコだって人間のヘアスタイルなんかどうでもいいと思っているだろうさ。

しかしながらこの女は何故そこまで宇宙人に固執しているのか。俺にはまるで意味がわからんぞ。

 

 

「ところでちょっとした疑問なんだがよ、プレデターって宇宙人に入るのか?」

 

「宇宙からやってきてるんだから宇宙人だと思うけど」

 

「そうかい。ちなみにオレはプレデターよりターミネーターの方が好きなんだが」

 

「知らないわよ」

 

地獄で会おうぜ、ベイビー。とでも言わんばかりの打ち切られかたでこの日の会話はこれにて終了。

そんなこんなで気が付けば俺はこの校内一の変人と称される女子生徒と話すのが日課になっていた。

この時の俺は単純に退屈しのぎ程度に思われているのだろうと考えていた。事実そうだった。

とはいえ、性格にケチが付こうがこと容姿に関しては我が校でも屈指の端麗さを持ち合わせている女子生徒との会話に思うところがなかったのかと訊ねられれば「あった」と答えるに決まっている。

しょせんは俺もごく普通のどこにでもいるような男子中学生でしかなく、彼女が望むような奇想天外な世界の住人ではなかった。

 

 

 

と、なあなあに日々を送っているうちにさっくり九月は終了して十月に差し掛かった。

勉強という単語が耳タコなこの時期になれば変人も奇行は見られなくなり、この女にも落ち着きというものがあったのだという事実に俺は感心した。

だが落ち着いているというよりは、むしろやることがない手持無沙汰にも思える。

 

 

「そういやお前、進学先はどこなんだ?」

 

「んー。光陽園学院かしら」

 

あくる日の朝に質問した時、意外にも彼女から返って来た答えは俺の想像のやや斜め上方向のものであった。

光陽園学院というのはハイソなお嬢様たちが通う私立校で、この女が求めるところの非凡さとは無縁の花園に違いない。

いったいまたどうしてそんな場所を進学先にチョイスしたのだろうか。

 

 

「深い理由はないわよ。ここいらの公立の偏差値を考えてもどんぐりの背比べみたいなもんでしょ」

 

さらっと言ってくれるがお金の問題はないらしい。なんともお気楽ガールである。

進学校でいえば北高とかは悪くないと思うが。なんなら理数メインの特進クラスもあった気がする。

 

 

「で、そういうあんたはどこを考えてんの?」

 

今度は俺が第一志望を答える番で、俺が口にした某高校は隣町に位置する結構タイトな進学校だ。

ボーダーラインが市内のものと比較してワンランクぐらい上のとこで、我が校から行く人は限られたりしている。

女は俺の志望校を耳に入れるなり感心した様子で。

 

 

「ふーん。あんたって頭良かったのね」

 

自分ではあくまで凡才レベルだと評価しているがな。

むしろ俺は授業中に机に伏して寝るのが日常茶飯事なお前の方が気になる。

何故かこいつはそれで勉強ができるんだから世の中は理不尽だ。

 

 

「授業なんて聞くだけ無駄。だってあいつら教えるの下手なのよ、それに見合った対応をしてるまでね」

 

ずいぶんと偉そうな発言だがいったい彼女は何様のつもりなのだろうか。

ひょっとすると自分の中では生物界の頂点に位置しているのかもしれない。

俺が適当に相槌を打つと彼女はふいにおかしなことを口走り出した。

 

 

「ところであんた、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者の中だったらどれが好き?」

 

待て、質問の意図がさっぱり読めないぞ。俺の行間を読む能力は活字離れしてない若者と同程度ではあるものの、怪電波を受信するためのアンテナ設置までした覚えはない。

てっきり俺は宇宙人だか未来人だかの知り合いを教えてくれと言われるものだと思っていたが。

 

 

「なら前もって訊いておきたいんだけどよ、お前はどれが好きなんだ」

 

「質問したのはこっちでしょ。先にあんたが答えなさい」

 

かつて俺が読破したジュブナイルの数々に登場したエキセントリックな連中どもを回想するが、特にどのような存在が好きとかは決まっていない。

俺はひとしきり考えてから後ろの席の女に答えることにした。

 

 

「そうだな……超能力者、とでも答えるのがオレぐらいの年齢の野郎としちゃあ普通なんだろうが、あえて言うなら異世界人かもな」

 

「へえ。なんで異世界人なの?」

 

もっともらしい理由はない。単に俺が見てきた映画とかで宇宙人や未来人が登場するのはロクな目にあう話じゃないという先入観故の発言だったと思う。

 

 

「お前が言った四つの中だったら一番なんでもありかな、って思っただけだ。で、お前はどれが好きなんだよ」

 

「どれでもいいわ」

 

こいつが同性だったら俺は間違いなくグーパンチを飛ばしていたに違いない。

だって思わせぶりに引っ張っておいてそのオチはあんまりだからな。

 

 

「本当にどれでもいいのよ。未来人とか異世界人とか、それらに準じる何かならね。とにかく普通の人間でなければ男でも女でもあたしは構わないから」

 

何がどれでもいい、だ。大富豪の買い物じゃあるまいし。

加えて言うとお前が構う構わないの問題じゃないだろうに。

 

 

「どうしてそこまで普通じゃないことにこだわるんだ」

 

「決まってるでしょ」

 

愚問だと言わんばかりに俺を馬鹿にするような態度で彼女はこう述べた。

 

 

「そっちの方が面白いからよ。逆に言えば今のあたしの気分はつまんない状態ね。べつにあんたとの会話がどうこうってんじゃなくて、世界そのものがつまんない。ニュースでやってるのは知りたくもないどっかの誰かがてんやわんやしてるって情報ばっか、エンターテイメント性が欠けてるわ」

 

報道番組の不毛さには同調してやるが文句ばかり言ったところで変わってくれるわけでもないだろう。

だからこそ波風を立てずに生きていくべきなのだ。奇行によって宇宙人の招来を試みるのは俺たちの仕事ではない。

三歳児のようにおもちゃを振り回すだけではいつまで経っても成長できないぞ、ピーターパンシンドロームだ。

っと、ピーターパンシンドロームは女性には当てはまらないんだっけか。

なんてことはさておき、俺はこの変人がまた奇行を起こさないようになだめる意を込めて。

 

 

「しょうがないだろ。今の社会がそういうふうにできちまってるんだからな」

 

「……ふん」

 

思い返せば今の今まで同じクラスだった割りにこの女子との関わりはほぼなかった。

放課後は部活動で消し飛んでた上に、前述の通りの変人なので俺に限らず関わる奴がまずいないのだが。

とにかく、こんな感じで俺は残り僅かな中学校生活を送っていたわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十月もあっという間に経過し、十一月が終わったかと思えば十二月の半ばには最後の冬休みとなる。

この年のクリスマスにあったことといえば通例の家族そろって居間でケーキをつついた――俺はチョコケーキがよかったのだが、愚妹がホワイトケーキでないと駄目だとわめいたせいで俺の要望は通らずにホワイトケーキだった――ことぐらいであり、残念ながらデートの相手はいなかったし、サンタクロースが俺の枕元に粗品を添えることもなかった。

年が明けて学校が再開すると生徒間では緊張感が漂い、教職員はピリピリする嫌な時期に差し掛かった。

だがこの変人はまるで他人事かのように校内の空気感をこう評した。

 

 

「ばっかみたい」

 

どういう意見を持とうがこいつの勝手さ。しかし私立に行く奴に言われたくない台詞なんだがな、それ。

定期的に実施される席替えによってお別れかと思われた彼女だが、どういう因果か未だに俺の後ろにいやがった。

おかげでこうしてまた話し相手をしているわけである。

 

 

「うだうだやってる暇があるんなら受かるための努力をしたほうが建設的じゃない」

 

ぐうの音も出ないほどに正論だ。もっとも他の連中がこの言葉を聞いたら怒り狂うのは目に見えているが。

ならば宇宙人たとかをはじめとする異端者連中と邂逅するための努力を彼女はしているのだろうか。

もしかしてその結果がいつぞやの白線引きだとか言うのではなかろうな。いや、言うに違いない。

彼女の将来を憂いながら俺は今後についてを訊ねた。

 

 

「お前は光陽園に行っても奇行をはたらくつもりなのか?」

 

「奇行だなんて失礼ね」

 

いかにも心外だといわんばかりの表情と発言だが、俺が言い出したわけではないし、俺だけがそう思っているわけでもない。

あくまで第三者的な評価としてであることを念頭に入れてほしいものだな。

その某変人女子生徒は俺の質問に呆れた態度で答えてくれた。

 

 

「ま、いいわ。あんたらどう思おうがあたしはあたしなんだし。必要とあれば色々やるつもりよ」

 

「高校生活をエンジョイしようだとかはねえのかよ」

 

「女子校に何を期待しろって言うのかしら」

 

「友達を好きなだけつくればいいじゃあないか。うまくいけばその中にお前が求めている異端者がいるかもわからないぜ」

 

下手な鉄砲も数を撃てば当たるとはよくぞいったものだが、彼女は不服なようだった。

多多問題行動を起こしてきた割りには短絡的な思考回路の持ち主らしく。

 

 

「あたしは友達が欲しいわけじゃないの。宇宙人や未来人や異世界人、そして超能力者と友達になりたいわけ。そいつらと遊ぶ、それだけがあたしの満足感よ」

 

「つまり普通の人間に興味はない、と」

 

「ええ、そういうことになるわね」

 

ではこいつのいうところの普通ではないというのは具体的にどういうものなのだろう。

単純に非科学的であればいいのか。遊びたいのなら自分の脳内にあるお花畑で好きなだけ遊ぶがいいさ。

俺のそんな思いなどいざ知らず、彼女は挑発的な悪い笑みを浮かべて。

 

 

「だからあたしは満足するまでは諦めないわよ。諦めたらそこで終わりって言うじゃない、誰かに指図されるなんてもってのほか」

 

こいつの頭の中にはドラグナーの前期オープニングテーマが常に流れ続けているんだろうな。

夢を持つのはいいことだが、夢を他人に押し付けるのだけはだめだと思うぞ。

 

 

「そうね……今年の七夕は久々にやろうかしら」

 

「なんの話だ」

 

七夕、というワードに対して即座に俺は若干の懸念を抱いたのだが、そのまさかだった。

彼女は何を言っているのかといわんばかりの表情で。

 

 

「地上絵よ」

 

「あれをまたやるってのか?」

 

「そ。今回もあんたに手伝ってもらうかもね」

 

あまり声を大にして言わないでほしい、俺が共犯者だということは一般に知られてないんだからな。

三年前のあれは地方新聞に掲載されたり夕方のローカルニュース番組で報じられるほどの大事件だった。

幸いなことにこんな与太話を耳に入れている奴は教室内にいなかったようだが。

 

 

「お前な、下見に行ったはずだから重々承知だと思うが光陽園のセキュリティは厳重だぜ。流石は相当な授業料をふんだくるだけあるが、校門付近には警備員室、外回りには高いフェンスに有刺鉄線。在校生だろうが無理だな」

 

「わかってるわよ。その時までに綿密な計画を練っておくから安心して」

 

あっけらかんとした表情で言ってくれるが、いったい俺の説明の何を理解してくれたというのか。

自重すべき時は自重するものだろう。彼女はもう十五歳にもなるのに分別のなんたるかを知り得ていないようだ。

俺はせめてもの抵抗として。

 

 

「だいたいからして何故オレが意味不明な創作アートの補助をせねばならないんだ」

 

「前は手伝ってくれたでしょ」

 

「一度あることが二度あるとは思わないこった」

 

どうせ大がかりなことをするのなら世のため他人のためになるようなことをするべきだ。

人の価値とはその人が得たものではなく、その人が与えたもので測られる、とアインシュタイン先生も言っていた。

奉仕の精神はとても崇高だということを彼女を見るたびに再認識するのは何故なのかね。

冬なんだからせめて今だけでもナマズみたいに大人しくすることをお勧めしよう。

俺が平穏なる人生の素晴らしさに思いを馳せていると、溜息交じりに彼女が。

 

 

「……あんたもおかしな奴よね」

 

人聞きの悪いことを軽々しく言うでない。俺はいたって正気だ。

狂気ってのは同じことを繰り返しやるくせに違う結果を期待するさまだ。

 

 

「普通、人の髪型を宇宙から電波を受信するためのアンテナだ、なんて形容しないわよ」

 

「普通の人間は髪型を毎日規則通りに変えねえと思うぜ」

 

我ながら見事なまでの論破っぷりだと自負したが、屁理屈を並べることに関しても校内一の女子相手には一筋縄ではいかないようで。

 

 

「宇宙人対策だって考え付くのはなかなかないんじゃないかしら」

 

「つまり何が言いたいんだ」

 

「あんたもそれなりに変ってことよ」

 

俺はそれにどう反応すりゃいいのだろうか。ここ、笑うとこか?

変人が俺を変と呼ぶなど、まさしくお前が言うなというヤツで、とんだブーメラン発言ではないか。

 

 

「言うだけならタダだぜ。オレはお前ほど非日常的な存在に飢えちゃあいねえ」

 

「へえ。あんたはこの世界に満足してるっての?」

 

「そこそこかつほどほどって感じだな。大多数の人間がそうだと思うがね」

 

生き急ぐ必要もないのさ。宇宙人をはじめとする摩訶不思議な人種と遭わなかろうが何一つとして困らないのである。

結局のところ俺たち凡人は妥協点を追い求めていくしかないのであって、これも立派な自己満足だ。

彼女は学校机に頬杖をついて死んだような目で一言。

 

 

「つまんないの」

 

俺はお前のご機嫌取りではないからな、そして面白い話題を提供するためにいるわけでもない。

ま、もし自分が求めるところの異端者に遭遇できたら体験談のひとつでも教えてほしいが。

最後に俺はまともな返事が返ってくることはあまり期待せずに訊ねた。

 

 

「さっき言ってた地上絵なんだが、あれ、宇宙語か何かだったりするのか?」

 

「……さあね」

 

少なくとも何かしらの意味を込めて描かれたものなのは確からしい。

とはいえ、あの地上絵だか記号だかが宇宙人の言語だという話はなんの根拠もないのだが。

いぜん退屈そうな彼女から追いはぎするかの如く俺は日本語の意味を聞いたが。

 

 

「気が向いたら教えるかも」

 

ついには彼女もそっぽを向いて黙りこくってしまった。生産性のない会話だったかもしれない。

彼女がいい気になってくれる、そんな日は残り少ない中学校生活で多分来ないだろうな、と思いつつ会話は打ち切りとなった。

 

 


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