校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第五十一話

 

 

短い二月はまたたく間に過ぎ去っていき、いよいよ一年生過程が終了せんとする三月に入った。

とはいえ何がどう変化するでもなく、SOS団なる集団は年中無休で時間を無意味に浪費していく日々が続いていくもんだと思っていたわけだ。

まったくもって勘違い甚だしいことではあるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな三月頭のあくる日、なんというかこれまた面倒な厄介事が舞い込んできた。

通例となった昼休みに谷口と国木田の二人と中身のない会話をしながら弁当を咀嚼しているとあまり関わりたくないお方が俺のところに来て。

 

 

「ねえ、長門さんと古泉くんがあなたに話があるみたいよ。二人とも廊下で待ってるわ」

 

この伝令のためだけにわざわざご足労くださったのは朝倉涼子その人で、そういや俺はこいつにも何か義理チョコのお返しをしてやるべきなのだろうかと小一時間ほど悩んでいたこともあるのだが未だに結論は出ていない。

渋々言われるがままに教室から出ると、確かに二人が廊下に突っ立っていた。珍しい光景である。

俺はトラブルを持ちこまれることを危惧しつつ古泉に訊ねる。

 

 

「何用だ」

 

「端的に申し上げますと生徒会からの呼び出しがありまして、本日の放課後に生徒会室まで来ていただきたいのですよ」

 

「……オレがか?」

 

ちらりと横の長門を見てみるも微動だにしない。彼女の視線の先は俺よりもずっと後方の廊下だろう。

古泉は相変わらずの営業スマイルを浮かべながら頷いた。しかしまた何故俺なのか。

生徒会が俺たちに因縁をふっかけるとすればそれは現在進行形で続いている文芸部への寄生行為に他ならない。

学校の許可が認められていない以上SOS団があの部室に居座っていること自体が問題な上に、文化祭の時の部費横領や先月の中庭を勝手に使ってのアミダくじ大会や何かと風紀を乱しているお騒がせな連中だからな。

まず俺なんかよりもハルヒに話してやれよ。

 

 

「正確には文芸部部員である長門さんが部活動の実態について事情聴取を受ける形でして、あなたにはSOS団の代表として来てください。間違っても涼宮さんの耳に入ろうものなら、僕にはどうなってしまうか想像もつきませんね」

 

「ならそっちはなんなんだよ。生徒会から呼び出しに関する話を聞いたのは古泉なんじゃあねえのか? お前さんが行くべきだと思うが」

 

「確かに生徒会長から直々に仰せ言を承ったのは僕ですが、あいにくとSOS団の運営に関しては僕の仕事ではありませんからね」

 

副団長のくせにやけにドライな対応ではなかろうか。

まあ、仮に生徒会側の気持ちになってみると少なくともハルヒを呼ぼうとは思わんわな。面倒になるだけだ。

とはいえ俺だってSOS団の存続がどうこう言われても困る。その旨を述べると。

 

 

「おや、SOS団を涼宮さんに作るよう入れ知恵したのはあなたのはずですが」

 

嘘つけ。なんてったって俺が来た時には既にこのヘンテコ集団は存在したぞ。

だとしたら俺ではない俺の前任者とやらの仕業に違いない。そいつのせいだぞ。

なんてことをこいつに言ったところでSOS団に対する風当たりが良くなるわけでもない。

 

 

「かもな。しかしオレが行ったところでどうにかなるとも思えん」

 

「話の主題は文芸部ですからね。僕たちから何か言う必要はないといいますか、むしろ生徒会に口出しできる立場ではありませんので」

 

だったら猶更俺は不要だと思うが、長門だけで会話が成立するとも思えないというのもある。

いざという時は潔く文芸部部室を明け渡せばいい。ハルヒが生徒会と全面抗争すると言い出したらその時はその時だ。

では、と俺に召喚命令だけを伝えて古泉と長門は去って行った。もちろん今のところハルヒには内密にとのこと。

かくして放課後まで煮え切らない思いをしながら授業時間を過ごし、さっさと文句を言われるためだけに生徒会室へと向かった。

黙っているか生返事でもしていればすぐに終わるだろうと予想して、いざ生徒会室へ入らんとすると後ろから声をかけられた。

 

 

「おろ? 生徒会室に何か用でもあんのかなっ?」

 

ちらっと後方を窺うと鶴屋が色眼鏡をかけたような目線で俺と生徒会室の扉を見ていた。

俺が用があるわけではないのだが、とりあえずお茶を濁すことに。

 

 

「よくわからんがオレたちに言いたいことがあるんだとよ」

 

「ふーん。へーっ」

 

鶴屋はしばらく考え事をしてるかのように黙っていたかと思えばニカっと笑って俺の背中をバシバシ叩き。

 

 

「まっ、気張って行きなよ! 現生徒会がきな臭いってもっぱらのウササだけどキミなら大丈夫だっ!」

 

どうやら俺が生徒会に呼ばれたということである程度察してくれたらしい。

それから鶴屋は颯爽と去って行き、気を取り直して俺は生徒会室へ入ることに。

扉をノックして室内へ入ると。

 

 

「……来たようだな」

 

室内にいたのは入口ドア付近で並んでいる長門と古泉、そして窓際で立ち尽くす長身の眼鏡男が一人。

男には見覚えがあった。去年の草野球大会で助っ人として来てくれた二年の男子生徒だ。

古泉はこちらに会釈してから。

 

 

「会長、全員集まりましたのでさっそく始めてください」

 

「いいだろう」

 

いかにも自分は偉いというオーラを出しながら眼鏡男は古泉の言葉を耳に入れると長門を鋭い眼光で見据えた。

なるほど。彼と古泉との間には私的なつながりがあったみたいだから古泉が俺へのメッセンジャー役を引き受けたのも納得だ。

で、眼鏡男はどうやら現生徒会長か。俺はついぞ生徒役員の選挙なんぞに関心がなかったので知らないのも当然だろう。

さて、生徒会長氏の話は単純明快なもので、要約すると。

 

 

「あの部室から出て行きたまえ」

 

文芸部の活動が皆無な上に、部員でもない人間が好き勝手に立ち入りしていることや今までの行為の数々を踏まえると彼の宣告は当たり前だった。

とはいえ。

 

 

「かなりへヴィな要求だな」

 

「ふむ。何か意見があるのかね」

 

俺の言葉に反応してぴくりと眉毛をひそめる生徒会長。

これは俺の本意からくるものではないが。

 

 

「部員一人しかいねえ文芸部の活動にどうこう口出しするのはちっとばっか無茶じゃあねえのか」

 

「そうかね? 君たちが文芸部に居座っている方が無茶ではないか」

 

「だったらハルヒに言ってやれ。オレを呼ぶのがハナから間違ってるぜ」

 

「しかしSOS団の設立を前生徒会に要求したのは君だ。そんな組織の存在は最初から認められていないが、仮にSOS団の関係者を呼ぶとなれば君に当たるのが筋だろう」

 

古泉といい何だって俺に責任所在を押し付けたがるのだろうか。

もう帰っていいかと一人で思い始めていると、バァン、不意に俺の後ろから爆ぜたような音が室内にこだました。

次の瞬間に斜め右に突っ立っている古泉は苦笑して、前にいる生徒会長は表情をやや険しくする。

まさかと思って振り返ってみると。

 

 

「祭りの場所はここ? ただし喧嘩祭りだけど」

 

案の定、諸悪の根源のハルヒがどこから聞きつけたのか生徒会室へ飛び込んで来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんてやりとりがあったのはつい昨日のことなのだがいかんせん遠い昔のことのようになんなら忘却の彼方へと葬り去ってしまいたくもなってしまう。

現在、放課後の文芸部部室は異様な光景と化している。団員四人がノートパソコンを引っ張り出してキータイピング。

何をやっているのかといえば書式を原稿用紙に設定したワードエディタに文章を打ち込んでいる。

それは何故か。

 

 

「ほらほら、ちゃっちゃと書くのよ。締め切りはいつまでも待っててくれないんだから」

 

編集長と書かれた腕章をつけて無責任なことを言ってのけるハルヒ。

生徒会の命により、俺たちはSOS団の存続をかけた対決をしている。

曰く文芸部の機関誌を発行して、二百部きっちりさばけば見逃してもらえるんだと。

で、件の機関誌に掲載する小説を書かされているわけだ。

 

 

「おいハルヒ」

 

「なによ」

 

「小説のテーマの変更を所望する」

 

作業そっちのけで団長席でふんぞりかえる彼女に向かって言ってやったが、もちろんハルヒはキッパリと俺の意見を一蹴して。

 

 

「駄目ね。クジで決まったんだから大人しく従いなさい」

 

何を隠そう各々が書く小説のテーマをクジで決めてしまったのだ。こいつは。

しかも俺はあろうことか恋愛小説を書けときたもんだからどうすりゃいいんだか。

そもそも俺に物を書く能力など皆無なわけで、餅は餅屋、できそうな奴にやらせればいいのに。

我がクラスにそういう作家志望な奴はきっといるに違いない。するとハルヒは。

 

 

「そりゃあたしたち以外にも誰か彼かに手伝ってもらうつもりでいるけど、あんたにはあんたの与えられた仕事があるんだから他人を気にしてもしょうがないでしょ」

 

暴論だ。横暴だ。よりによって恋愛小説はないだろ。推理小説の方がまだ書けそうな気がするぞ。

よもやこれもハルヒが望んだ結果だとか言い出すんじゃないだろうな、古泉よ。

その古泉は爽やかな笑みを浮かべながらカタカタキーボードを押している。

ハンサム野郎が一番最初に原稿を仕上げそうなのは誰が見ても確定的に明らかだ。

 

 

「ハルヒよ、お前は面白い作品をどうすれば書けるか知っているか?」

 

「さあ。知らないけど」

 

某変人漫画家が言うにはリアリティだそうだ。リアリティこそが作品に生命を吹き込むエネルギーだとかエンターテイメントだとか。

いずれにせよ恋愛経験と呼べる恋愛経験のない俺にとってはたとえ嘘っぱちだとしても恋愛小説なんざ書けない。

まして、ハルヒは面白い作品でなければ没といって切り捨ててしまうんだからな。

ともすれば一向に作業が進んでいない俺に対してハルヒは呆れきった様子で。

 

 

「屁理屈ならべる余裕があるんだったら一文字でも打ち込むことね」

 

自分は作業をしていないくせにやけに偉そうではないか。生徒会長と互角だ。

恋愛、恋愛ね。はてそれっぽいことはなかっただろうかと俺は適当に回想することにでもした。

 

 

 

――人類の祖先は魚類だった、なんて話を信用するかどうかはさておき、人間の胚が魚類に似たような形になっているのを見ると生命の神秘というか自分の身体のことも十全に理解していないんだろうと考えさせられたりなんかもする。

いや、そんなことはどうでもいい。俺が言いたいのはただの一つだけで、俺の精神テンションは水を得た魚のようになっているということだ。

何故か。決まっている。

 

 

「そこに海があるからな」

 

思わずそう言わずにはいられないほどの絶海が見渡す限りに広がっていた。

空と海の青の違いがこうもはっきりわかると気分もよくなるってもんである。

サマータイム制度など知ったことではないが、真昼間に照りつける太陽は意外にも本土にいる時より心なしか暑くない。

まあ、水着に着替えているせいってのもあるかもしれんが。

 

 

「いい天気ね。絶好の海水浴日和じゃないの!」

 

手を望遠鏡のようにしてビキニ姿のリボンカチューシャ女が言う。

俺たちが立っているその場所は某孤島の一角にある砂浜だ。

そんなところに水着姿で集まっていてすることといえば海水浴に他ならない。

入水前の準備運動を程よく済ませると意気揚々と愚妹含む女子四人は海へと入って行った。

 

 

「僕たちも参りましょうか」

 

などと太陽に負けじと白い歯を輝かせて言うハンサムマンだがどうやらこいつには目の保養は不要らしい。

俺は水泳など人並み程度にしかやれないが浅瀬で水遊びするぐらいなら構わんさ。

女子を見ろ。脱いだらスゴいとはまさにこれではないか。朝比奈のバストは弾けんばかりで――

 

 

「……って」

 

カタカタとキーボードを打ち始めたはいいがふと我に帰ってページを丸々削除した。

これでは単なる女の子と海水浴に行ったという自慢話でしかなく恋愛要素かといえば怪しいということに気付いたからだ。

それによくよく考えたら実際にあった出来事を小説にする必要などない。なんなら現在進行形で付き合っているわけだし。

となれば自分に都合のいい話でも考えるのが一番だろう。理想に妄想で万々歳、創作でいいのさ。

そうだな、書き出しはベタベタだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは俺が中学生のころの話である。時期で言えば三年のちょうど夏休み明けだったはずだ。

中学生に限ったことではないが進学学年ともなれば多少ならずともピリピリとした空気が流れているもので、俺もそろそろ進学先を固めなければならないと思っていた。

ともすれば頭のネジが緩くなっていたのかもしれないな。俺は同じクラスの女子に声なんぞをかけちまった。

 

 

「いよお」

 

「……」

 

朝のチャイムが鳴る前の教室。ホームルームまでは数分ほど時間があった。

俺はほんの出来心で席替えの折に後ろの席になった女子に声をかけたのだが芳しい返事は得られなさそうだ。

それもそのはずで相手はいわゆるトラブルメーカーというか、問題児な人種で、会話が成立するかも怪しいというわけだな。

誰が呼んだか、その女に付いたあだ名が"校内一の変人"。事実として俺もそう認識していた。

しかしながら平素ならスルーされるはずが、どういうわけかこの日会話が成立してしまった。

その女は鬱陶しそうな視線で俺を見てから。

 

 

「何。なんか用でもあんの?」

 

「いやな、特別用事があるわけじゃあねえんだがよ」

 

「だったら話しかけないで、時間の無駄だから」

 

とはいえ彼女も時間を有効活用しているようには見られない、その辺は自分でどう考えているのだろう。

さて、この女は毎日の如く髪型を変えているわけだがクラスメートの誰も理由を知らない。俺も知らない。

本人に窺ったところで答える必要はないの一点張り。曰く普通の人間には興味がないそうだ。

で、この日の髪型は火曜日でサイドテールだった。月曜火曜ぐらいまでなら普通ではあるものの、金曜日ともなればタコ足のように髪を四本の束にしていた。

なんとなく、本当に魔が差したとしか言いようがないが俺は時間の無駄を惜しまずに会話をねばった。

 

 

「まるでアンテナだな」

 

「……はあ?」

 

「お前の髪の話だ。宇宙からの電波でも受信するアンテナっつーか、いや、発信源のつもりなのかもしれねえが」

 

彼女なりのアピールらしいのだが、功を奏している気配は今のところなかった。

もしこいつの前に宇宙人が出ようものなら学校そっちのけでアブダクションされているに違いないからだ。

すると彼女は学校机越しにずいっと身を乗り出して俺の耳元に顔を近づけ。

 

 

「どういうつもり?」

 

と言われても俺だって我ながら戯れ言を口走っていることは重々承知しているが、よもや反応らしい反応があると思っていなかったからこっちがどういうつもりなのか尋ねたいぐらいだ。

俺はやや身じろぎしながらもふと考えついた説を述べてみることにした。

 

 

「ひょっとすると毎日髪型を変えることで宇宙人とかから興味でも持たれようとしているんじゃあないか」

 

「ふーん。いつ気づいたのかしら」

 

ひょうたんから駒とはまさにこのこと。見事に校内一の変人クイズに正解した俺だが商品なんて出るはずもない。

確かこの女が髪型をコロコロ変え出したのは二年の終わりごろだったか。

今までストレートヘアだったのに突然まとめたもんだからクラス中から多少のリアクションがあった気がする。

 

 

「つい前日だ」

 

「そ。……もしかしてあんた宇宙人だったりする?」

 

残念ながら地球生まれの地球人だと正しく記憶している。

なぜわかりきっている質問をするのかこの女は。

 

 

「あたしの宇宙人対策に気付いたのはあんたが初めてよ」

 

きっと他にも似たようなことを考え付いた奴はいるはずだが、そもそもこの女に話しかける奴が皆無なだけだ。

ある朝に登校したら教室中の机と椅子が廊下に並べて出されてたりだとか、屋上の給水タンクに小石を投げつけたりだとかしている奇人に接するなど、暇人でもしないからな。

では俺はなんなのだろうかと自問自答でもしたくなったが結局のところは普通の一般人でしかない。

 

 

「そうかい。悪かったな、オレが宇宙人でなくてよ」

 

「べつに。簡単に見つかるとは思ってないし」

 

そりゃそうだ。ツチノコだって未だに発見されてないし、チュパカブラだって捕獲されてないんだからな。

ただ、自分で簡単に見つからないとわかっていて諦めずに宇宙人対策を続ける姿勢というか熱意は別の方面で活かすべきだと俺は思うね。

 

 

「もしオレが宇宙人だったら髪型で人を判断はしないな」

 

「知ったこっちゃないわよ、あんたの意見なんて」

 

女はぷいっとそっぽを向いてしまい、やがてチャイムが鳴り響き会話は終了した。

全ての始まりはこの日ではないが、この日、確かに俺はやらかしてしまったらしい。

 

 


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