校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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校内一の直線的な変人
第五十話


 

 

つい先日に学年末考査が終了し、いよいよ一年生としての過程が終わりを迎えつつある二月後半の某日。

この日も放課後になると相変わらずに俺は文芸部部室へと赴いている。

まだまだ寒い日が続いている今日この頃ではあるのだが二月も残すところあと日で、ともすればあっというまに暖気が戻ってくるのが例年のことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教師が必死にマルやバツをつけて白黒に赤を交えた解答用紙が返却され一喜一憂する最中、ハルヒはというとこれまた相変わらず感情の起伏が激しい。

しかし昔のハルヒが悪い感情しか表に出さなかったのに対し、今や笑顔の彼女を見ている方が多い気がする。

さて俺はハルヒの笑顔にどれほど貢献しているのやらと思いつつ到達した部室の扉をノックして、それから扉を開いて中へ入っていく。

 

 

「どうも」

 

「古泉だけか」

 

椅子に座りながらこちらに笑顔を向ける古泉は手に持った十二面体のルービックキューブをカチャカチャと弄っていた。

いつも部室の隅っこや角っこで読書しているはずの長門はまだ来ていないらしい。

最近の彼女はコンピ研の方にお呼ばれすることが少なからずあるのでそっちに行ってるのかもしれない。

去年の秋ごろにあったネットゲーム対戦がきっかけで長門が連中にバトルプログラマー認定されてしまっているからだ。

ハルヒはハルヒでどこかをほっつき歩いているし朝比奈も彼女なりの用件があるのだろう。世の中は暇人ばかりでもない。

べつに他の三人を待ちたいわけでもないが、男二人で時間を潰して終わるのも味気ないのでせめて一人ぐらいは来てくれないだろうかと思いつつパイプ椅子の定位置に腰掛ける。

古泉はキューブの操作を続けながら朗らかな声色でもって。

 

 

「最近の涼宮さんの様子はどうでしょうか」

 

「どうって言われてもな。お前さんの方がよく知ってるはずだろ」

 

大方『機関』であいつの動向は逐一チェックしていると思っていたのだが。

俺はなるべく嫌味ったらしくその旨を述べると古泉は苦笑して。

 

 

「涼宮さんの何から何までを監視しているわけではありませんよ。それにプライバシーもあります」

 

「今更すぎやしねえか」

 

「いずれにせよ涼宮さんの心根は僕の知るところではないでしょう。しかしながら世界の平和を維持する上で彼女の精神状態はとても重要な情報です。これに関してはあなたの方がよくご存知かと思いましてね、伺った次第ですよ」

 

少々気にしすぎではなかろうか。誰しも大なり小なりイラ立つことなどあるわけで、ハルヒだってその辺は理解しているはずだ。

そして最近では閉鎖空間が実害のない閉鎖空間もどきにシフトしていったとか聞いた覚えがあるぞ。

 

 

「オレはあいつ専門のメンタリストじゃあない。あいつの心の底を理解できる奴がいたとしたらそいつは紙にでも詳細を書いてみてほしいもんだな、お前さんたちなら喉から手が出るほど欲しいだろ」

 

「もちろんです。ただ、今の僕が知りたいのはあなたの主観的な見解ですから」

 

と言われたところで俺は本当に一般人程度の感受性しか持ち合わせていないし俺程度の見解など『機関』の連中でも考えつくものに違いない。

まあ、なんというか。

 

 

「色々あったからな……」

 

思考を巡らせると真っ先に思い浮かんだのは忌むべき終わりなき八月の記憶、ではなくその一歩手前にあった夏期合宿のことだ。

まったくもって笑えない盛大なドッキリを思い出しながら、さて俺は古泉に何を言ってやろうかと考え始めた。

そう、ちょうどあの時もこんな風に考査が一段落したころだった気がする。

 

 

「今年の夏休みはみんなで孤島に行くわよ!」

 

盛夏の候、七月の某日。宇宙人と超能力者による巨大カマドウマとの死闘を特等席で見せられてから数日が経過した。

で、ハルヒが一番最後に部室にやってくるなりホワイトボードの前で仁王立ちしながらこんなことを言い出したのだ。

はて、何がどうなって孤島に行かねばならないのだろう。結論から言わないで順を追って話してくれないのかこいつは。

長門は動じずに読書をしているし、古泉も思わせぶりな笑みを浮かべて黙っているだけ。朝比奈に至ってはピンときていないので結局俺が渋々言葉を発する他ないのだ。

 

 

「ついに炎天下で頭がやられちまったのか」

 

「はあ? あたしはいたって正常よ」

 

異常な奴は往々にして自分が異常だということを自覚していない。

だからハルヒは校内一の変人の座に居座り続けている。

とにかく情報を引き出してから判断してやるべきだろう。

 

 

「孤島に行って何をするってんだ」

 

「合宿よ。他に何があるの」

 

「……合宿?」

 

俺が知るところの合宿というのは運動系の部活連中が集団で訓練しに行くやつだ。

部によっては文化系でもやるそうだが俺たちみたいに中身のない団がやる合宿とはなんなのか。

仮にここが文芸部だったとしても本を読むために孤島まで行く必要がどこにある。

するとハルヒは舌をちっちっちと鳴らしながら。

 

 

「合宿をするために行くんでしょうが」

 

わけがわからん。説明になってない。

 

 

「ああ、もういい。べつにオレが孤島ツアーとやらに参加しなければならないわけじゃあねえんだろ」

 

「何言ってんの、SOS団の合宿なんだから団員は全員参加よ。これは決定事項だから」

 

「誰が、いつ、どこでオレの予定を勝手に決定したってんだ」

 

「あたしが今ここで決めたけど」

 

あっけらかんとした表情で屁理屈を言ってのけるハルヒ。ジーザス。

セリヌンティウス以下の立場な俺と、この暴君ハルヒとの間で話が噛み合うわけがない。

いざとなったら俺を引きずってでも連れて行くかもしれない。はたして地球上に逃げ場はあるのか。

俺はそんなことを思いつつ溜息を吐きながら。

 

 

「目的も怪しい合宿をしようってところまではいいがな、孤島ってなんだ。その辺の山じゃあ駄目なのかよ」

 

「あんたはいいと思わない? 孤島」

 

「どこがいいのかがわからんね」

 

「海に囲まれた孤島! そこは俗世間から隔離されてるのよ。新種の生命体が隠れるのにうってつけの秘境じゃない!」

 

などとトンデモ理論を語り始めたハルヒ。

楽しそうなのは何より、しかしだな。

 

 

「どの島に行くか知らんが段取りは決めてあるんだろうな」

 

「その辺は抜かりないわ。ね、古泉くん」

 

「はい、スケジューリングもばっちり済ませましたので」

 

ハルヒの呼びかけに対し即座に反応してみせた古泉。

いや、どうしてお前がここで出てくる。

 

 

「実は今回の合宿ですが、合宿場所は僕の遠い親戚のとある大富豪なお方が提供してくれるそうでして」

 

「……なんだって?」

 

曰く合宿場所となる孤島はその方の私有地らしく、あるのは申し訳程度の森林部と無人の砂浜ぐらいだと。人影は皆無。

なんというか、大富豪さんは見ず知らずの俺たちに合宿場所をわざわざ貸し出してくれるような人のいいお方なのか。

古泉が言うには孤島にはそれなりな規模の別荘があるようで。

 

 

「件の別荘が先日完成したばかりでして、親戚一同を集めて竣工式を行うつもりだったみたいですが、この時期に遠く離れた孤島まで来てくれる人がいなかったそうですね。かくして僕の方までお誘いの一報が巡って来た次第です」

 

「で、その別荘の竣工式にオレたちが出席するついでに合宿をしようってか」

 

「ええ。快諾してくれましたよ」

 

なまじ金があるから普通の感覚ってのが吹き飛んじまってるのかもしれないな。

いずれにせよハルヒにとっては好都合以外の何物でもなかろう。

 

 

「というわけだから、問題ないでしょ?」

 

正直なところ海に行くとでも思っておけばこれほど素晴らしいことはない。

ハルヒのスタイルは北高どころか同世代で言っても屈指のものがあり、そんな奴の水着姿が拝めるわけだ。

なんて、呑気に構えていたのも今思えば呆れるほどなのは確かだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで念押ししておかねばならないのは、俺は決して身体目当てでハルヒと付き合っているわけではないぞということの一点に尽きる。

とはいえ健全な男子高校生諸君であれば多多困るような場面があったりなかったりするのがSOS団だ。

朝比奈はたまに際どいコスプレをさせられているとはいえ一応の羞恥心はあるし、長門は基本的にそういうのとは無縁だ。年中セーラー服だからな。

ではハルヒはどうなのかといえばこいつが多方面に渡って俺を困らせているのは言うまでもない。

 

 

「来てやったわよ」

 

「またか」

 

去年の夏の合宿に至るまでを思い浮かべていると、次に想起させられたのはここ最近のことである。

というのも二月に入ってから空いている土日やら休日やらは連日ハルヒが昼間に俺の家へと押しかけている。

ある時はそのまま出かけたりして、またある時は家に籠ったりなんかして過ごすわけだが。

 

 

「何よ、あたしが来たらマズい事情でもあんの?」

 

べつにそういうわけではないが、うむ、とにかく外に出かける分には問題ないのだ、何も。

とりあえず外で立ち往生させるわけにもいかないのでささっとハルヒを玄関へと入れる。

ちなみに愚妹がぽろっと喋ったようで両親には俺とハルヒの交際についてはかなり前に知られている。

で、ハルヒを俺の部屋に通すと珍しく起きていたシャミセンがハルヒの足元まで歩いて行きハルヒのくるぶしあたりに自分の頭をすりつけていた。

 

 

「ねえシャミセン。あなた今のところ元気そうだけど、こいつにイタズラされてたらあたしに報告していいのよ」

 

ハルヒが言うところのこいつとは俺で、猫に擦り寄られて満更でもなさそうな態度だった。

もしこの駄猫が人類の言語を口にしようものなら腹話術だのいって誤魔化す他ないのだが、幸いにもシャミセンは喉をゴロゴロと鳴らすだけだ。

猫がすりすりする理由はついぞ不明だが一説には自分の匂いをつけて安心したいと言われている。この猫も本能には抗えないのだろうか。

ひとしきりシャミセンがハルヒの両足を回ったのを確認してから俺はひょいっと猫の胴体を掴んで。

 

 

「ほれ、もう充分だろ、お前は妹に相手してもらえ」

 

無情にも猫を部屋から追い出した。何をするわけでもないが猫に居られるのもそれはそれで嫌だからな。

するとハルヒはドアを閉めた俺を見て意地の悪い笑みを浮かべながら。

 

 

「あんた、もしかして猫に嫉妬しちゃった?」

 

「……なんだよ」

 

「そんなにあたしの足にシャミセンがひっついてるのが気に入らなかったみたいね」

 

決してそんなことはないのだが反論らしい反論が思いつかなかったので沈黙しておいた。

さて、現在時刻は午後一時。これまた絶妙な時間帯で、ハルヒのさじ加減によっては遠出も可能だ。

先週はテスト前にも関わらず実際に県外まで出かけたりしたこともあったが今日は家でぐだぐだする方を選択したらしく、俺のベッドに腰掛けるなり。

 

 

「なんか甘い物もってきて」

 

「残念だったな。あいにくとヨーグルトも切らしてるぜ」

 

「なけりゃ買えばいいだけじゃない」

 

簡単に言ってくれるがその金が俺の財布から捻出されるということを踏まえての発言なんだろうな。

それに居座って早々に物を要求するなどあつかましいことこの上ないのではなかろうか。

 

 

「お前が金を出すんならお使いされるのもやぶさかではない」

 

「はあ? どうしてあたしが金を出さなきゃいけないの」

 

自分が欲しい物を自分の金で買うのは日本が資本主義社会である限りは不文律なのだが。

いずれにせよギブアンドテイクの精神からして俺がタダで使われるのは癪だ。

などといったことを明瞭かつ懇切丁寧に述べるとハルヒは。

 

 

「あたしがここにいるのよ。それ自体がこの上ない対価だと思うけど」

 

「正気か……?」

 

そんなこんなで俺は最寄りのコンビニエンスストアまでひとっ走りして無駄にいい値段がする生クリームプリンを買わされた。

我ながら無難なチョイスだと思ったが、差し出された品物を見てハルヒは難題に必死に答えようとする五人の貴公子を一蹴するかぐや姫がごとく。

 

 

「プリンねえ……今日のあたしは和菓子気分だったわ」

 

「知るか。なら次からは具体的にあれを買ってこいと指示するんだな」

 

言っててお使いに次があるということを暗に自分で認めてしまっている気がしないでもなかったが、この程度の出費は実際問題として甲斐性以下の話でしかない。

ハルヒも妥協してくれたのかプラスチックのスプーンを袋から出して、いそいそとプリンを食べ始めた。

これで世界が平和になるというのなら安いもんだろう。しかしだな。

 

 

「んー、流石にコンビニの質よね。悪くないけど洋菓子店のには勝てるわけないか」

 

だらしなくうつ伏せに寝転んでプリンを食べていくハルヒ。

はっきり言おう、無防備だ。後ろに回り込めば苦労せずしてフレアスカートの中身が見られるに違いない。

こういう経緯で最近の俺は牙を折られたライオンのようなハルヒを相手に悶々としているわけだ。

俺の煩悩との格闘などいざ知らずハルヒはすっかりご満悦な表情で。

 

 

「ねえ、あんたも食べたい?」

 

「いいや遠慮するぜ」

 

「間接キスくらい気にしないわよ。むしろそっちが喜ぶべきでしょうが」

 

確かにそうだがこれ以上俺を刺激しないでくれるとありがたいね。

まだ冬なのだから部屋着も厚くて然るべきだと思うのだがハルヒはシャツ一丁。

加えてなまじ寝転んでいるものだから胸元に視線を飛ばさないようにするのが困難だ。

渋々俺は床にしゃがんでチェストの上に並べてあるスニーカーを死んだ目で見つめていると。

 

 

「もう! せっかくあたしが来てやってるんだから何かしなさいよ!」

 

理不尽な発言とともにあろうことかハルヒが俺の背中に飛びついてきた。

プリンはあっという間に胃に納められたようで、スプーンともども放り投げられている。

なんてことはどうでもいい。ゴミの始末まで俺がやるのか、など取るに足らない話だ。

 

 

「うおっ、よせ、離れろ」

 

「嫌よ。それに今日という今日こそはあたしの偉大さをあんたに知らしめる必要があるみたいね」

 

もはや意味不明だ。先ほどのシャミセンなど比ではない勢いで俺に接触し続けるハルヒ。

この背中に当たっている名状しがたき感触だけで俺はもう気が気でいられない。

そう、ハルヒは外出している時に関してはいつも通りなのだが、二人きりになると途端に無防備な体勢を見せたかと思えばやたらひっついてくるので最近の俺は困っているのだ。

 

 

――と、まあ、俺が言えることはといえば。

 

 

「ハルヒは相変わらずおてんばだが、ヒステリックは起こさなくなったみたいだな」

 

自分でもとりとめのないことばかり回想していると思うが、それほどまでに俺は今のハルヒを受け入れているということなんだろう。

我ながら厄介な女を好きになってしまったものだ。まして本人さえ制御していない超常的能力の持ち主など。

古泉はぴたりとルービックキューブを動かす手を止めて。

 

 

「まさしく大きな進歩ですよ。直情的であることは必ずしも悪いとは言い切れないのですが実害が出ないに越したことはありません。おかげさまで今日も世界は平和なようですから、あなたにはいくら感謝しても足りないほどですよ」

 

同情するなら金をくれという台詞を言いたくなったのは初めてだ。

俺が満足にお金を趣味に使えないのは誰のせいか古泉は理解していないのか。

すると意外そうな表情で古泉は。

 

 

「おや、あなたは涼宮さんが……」

 

こんな風に何かを途中で言いかけたのだが、すぐにいつもの見たくもないニヤケ面に戻して。

 

 

「失敬。これは僕が口にするのは憚られますね」

 

「畜生が、言いたいことがあるんならはっきり言いやがれ」

 

「後のお楽しみということで」

 

悪いが俺は楽しくない。野郎二人の会話に楽しみを見出そうとするほど俺は人肌恋しい人種ではないからだ。

誰でもいいからこいつとの空間から解放してくれないだろうかと思いつつ、時間の経過が遅いのは感覚的な問題らしいということを今しがた再確認していた。

外の景色から察するに、陽はまだ落ちてくれそうにない。

 

 


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