校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第四十七話

 

なんと表現するのが適切なのだろう。

俺の乏しい語彙力をフル活用した末に導き出された一つの答えが。

 

 

『騙されたと思ってやってみろ』

 

という提案される側としては迷惑なことこの上ない話だ。

この時の俺はちょうどそんな感じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日曜日の市内探索そのものに特筆すべきことなどない。

ハルヒが求める不思議とはそこここの小坊が空を見て。

 

 

「お空ってなんで青いんだろ」

 

などと不思議そうに思うこととは別物で、要するに非科学的な話となる。

だいたいからして現代社会において非常識イコール非科学的あるいは非論理的と言い換えても構わないのだ。

もし理屈で説明できないことを不思議ととらえるのであればハルヒはまず身の回りを不思議に思うべきだろう。

SOS団などという実体のない団体が成立しているのは何故なのか、ということを。

 

 

「いっそあんたが奢るって決まりでもいい気がしてきたんだけど」

 

駅前に辿り着いたところで俺がビリなのは既に決定されているとでも言わんばかりの態度。

昨日と同じくピーコート姿のハルヒがこともなげに俺に対してそう言った。

俺はとりあえずの抵抗を暴君相手に試みる。

 

 

「向かい風が強くて遅れただけだ。オレは悪くない」

 

「今日の風は強くないわよ」

 

「オレの周りだけ強かったんだろ」

 

「あんたがいくら文句を言おうと全ては結果なの。大人しく負けを認めなさい」

 

俺はこいつらと競っているわけでもなければ待ち合わせなど勝ち負けの世界でもないはずだ。

遅刻していないのにビリだからという理由だけで連日財布の中身を削り取られているに過ぎない。

というわけで今日も喫茶店で飲み物を各人に献上するはめとなった。

 

 

「ホットブレンドひとつ」

 

「僕はレディグレイで」

 

「……ホットレモン」

 

「あたしはキャラメルカプチーノをお願いします」

 

ハルヒ古泉長門朝比奈の順に容赦なくウェイトレスに注文する四人。

こいつらの方が奢られるのに慣れている感が否めない。俺へのありがたみが感じられないのだ。

さて、ここいらで今日の仕事にして俺の最後の仕事を説明したいと思うのだが、手紙には。

 

 

『公園の河川敷にある桜並木の近くのベンチへ午前十時四十五分までに行き、川にカメを投げ込め』

 

ますます意味がわからないが、どうせ最後なんだし適当に終わらせればいいのだ。

亀の種類は俺に一任されていたが要するに亀を用意するところからしなければいけないわけで、昨日ホームセンターでケースや餌を含めて亀一式を買ってやったさ、ああ。

もちろん、俺にとって必要な行為らしいということは話半分に理解していたが、俺と未来人の関係性までは理解していなかった。

午前中は昨日と同じく長門に協力してもらい、長門と俺の二人と他三人という組み合わせになった。

店から出て三人の姿が見られなくなったのを確認してから。

 

 

「じゃあ、今日もまた後で図書館に向かうからよ」

 

「……」

 

こくりと頷いた長門と別れて俺は件の公園へと向かう。

愚かなことに文句は未来の俺に言えばいい、と、やや呑気に考えていたのだ。

だからこそぶっといハンマーで頭をブン殴られたような衝撃を味わう事態となったわけだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の不注意だった、で済めば話は簡単なのだが生憎とそうではなかった。

カメの放流を済ませ――とはいえ実際には一度川に入れてやっただけで、俺たちの様子を見ていた例の眼鏡坊主が物欲しそうにしていたので亀一式ともども彼にくれてやったさ。もちろん俺と朝比奈が一緒にいたことは内緒だ――朝比奈を分譲マンションまで関係者に見られずに帰すべくタクシーをつかまえようと思い、俺たちは県道に出た。

昨日の未来人の男との接触以降、朝比奈と俺との間にはやや気まずい空気が流れており少し間隔を空けて歩道の端に並んでいた。

だからだろうか。近くに通りがかったワンボックスカーが俺たちの前で突然停車して、スライドドアが開けられたかと思えば次の瞬間には朝比奈が車の中へ引きずり込まれていた。

 

 

「――なっ」

 

俺の思考がフラットになるよりも早く車は走り去って行ってしまう。

おい、今、何があった? 朝比奈が拉致、いや、誘拐された?

わけがわからん。これも俺の仕事のうちなのか。いいかげんに説明が欲しい。

それから数秒して俺は今しがた朝比奈をさらっていった車に見覚えがあることに気付いた。

先月に眼鏡坊主をひき殺そうとした時に見た車と同じ、モスグリーンのワンボックス。

 

 

「しょうもねえぞ……!」

 

少なくともいいことが起ころうとはしていない。俺にでもそれぐらいはわかる。

半ば無意識のうちにコートのポケットから携帯電話を引っ張り出した俺は高速でキー入力を完了させて発信する。

二、三回ダイヤル音がしたかと思えば通話の相手は至極冷静な声色で。

 

 

『もしもし、古泉です』

 

俺が電話をかけた相手はハルヒでも長門でもなく古泉一樹であった。

もちろん警察に電話をかけるのが一番なのだろう。しかし、警察に任せようにもこの時代には朝比奈が二人いるのだ。

間違っても公になってしまうわけにはいかない。内情を知っている上に組織力もある古泉に俺が頼るのは当然の帰結といえよう。

 

 

「いいかよく聞け、朝比奈が」

 

『みなまで言う必要はありません、こちらでおおよそは把握しております。すぐに"足"が来るはずですよ」

 

ハルヒと朝比奈の二人と一緒に行動しているはずの古泉がどうやって何を把握したのか、なんてことは些末な疑問に過ぎなかった。

うねりを上げて何かが近づいてきたかと思えば全面が黒く塗装されたタクシー車が県道の左車線近くの歩道に立つ俺の眼前までやってきて急停車。

これまた何事かと思うよりも早くタクシーの後部ドアが勢いよく開かれ、後部座席に座る人物が俺の姿を確認するなり。

 

 

「事態は急を要します、まずは同乗して下さい」

 

夏冬と合宿でお世話になった美人メイドの森園生さんがただならぬ雰囲気で俺に呼びかけて車内へと手招きする。

古泉との通話を中断した俺はすぐさま車内へ駆け込む。やはり『機関』は何かを知っていたのだ。

ドライバーは紺のタクシーユニフォームを着込んだ老紳士の新川氏で、俺の乗車を確認するなり。

 

 

「シートベルトをお忘れなく。少々飛ばしますぞ」

 

と渋い声とともにベトナム帰還兵のような鋭い眼光をバックミラー越しに俺へ見せた。

彼の言葉通りに車は急発進し、法定速度なんのそのでスピードを出している。

きっとクラッチもオーバートップに違いない。俺は右横に座っている森さんに向かって。

 

 

「朝比奈がさらわれるや否やすぐにあなたたち『機関』が出てきた。……これは一体どういうことなんですか?」

 

まさしくドッキリだとしたら、これをハルヒに見せたらそれなりな反応があるだろうに。

メイド服姿というよりは大人朝比奈のようにOL風な格好をしている森さんは涼しげな表情で。

 

 

「我々も彼女が狙われているとは思いませんでした。後手に回ってばかりなのが辛いところですが、このような強硬策に打って出るなど彼らもいよいよ後がないのでしょう」

 

「彼らってのは誰のことですか?」

 

「我々の敵対組織の犯行ですよ。例の車をマークしていたら案の定、というわけですね」

 

連中を監視していたのだろうか。俺の脳裏には昨日現れた謎の未来人の顔がよぎる。

しかしマークをしているのならば未然に防ぐべく先んじて攻撃の一つや二つでも仕掛ければいいものを。

疑わしきは罰するの精神だ。

 

 

「もともと未来人は彼らと関わりがなかったはずですが、これを機に手を組むこととなったのでしょう。朝比奈さんの後ろ盾をゆする気かと」

 

「……妙な話だ。今しがた森さんはまるで予想外だったという口ぶりでしたが、それにしてはあなたたちの対応は迅速極まりない。嘘を言ってるわけじゃあねえと思いますがね、本当のことを一から十まで語ってくれてるわけでもないと思えるんですよ」

 

ただ、ようやくわかったことがある。

今までの未来からの仕事は俺一人でもできた。

だがアナザー朝比奈がいなかったら?

 

 

「自分の身代わりは自分、か。万が一に朝比奈がハルヒの目の前であんな目にあっていたとしたら何人死人が出ることやら」

 

「我々の望みは現状維持です。涼宮ハルヒを下手に刺激されては困ります」

 

荒々しく昼間の県道を駆け抜けていく黒のタクシー。信号無視をしているだとかもこの場に限っては些末な問題にしか過ぎない。

見えないナニカが俺の周りを徐々に、しかし確実に取り囲んでいる。そんな奇妙な感覚にさいなまれつつあった。

『機関』の敵対組織もそうだが森さんたちも信用ならない。何故ならば超能力者たちにとって俺は対ハルヒにおいての起爆装置と同義だからだ。

俺はこの覚悟を古泉に問われていたんだ。ハルヒに手を出すのも死罪だが、よりによってその周囲から切り崩すなど言語道断だろうに。

 

 

「まもなく追いつきますな」

 

一介の執事とは思えないドライビングテクニックを披露しつつも余裕そうに口を開いた新川氏。

彼の言葉通りに数メートル先にはあの車の後姿が見えた。あの車のガラスにはブラックシートが張られていて様子を窺うことはできない。

やがて県道を抜けて山道に差し掛かろうとした時、ついにタクシーとワンボックスカーは併走することとなった。

道幅はとても狭く、ともすれば道から外れて崖を転げ落ちてしまうかもしれない。

 

 

「……これにて終了です」

 

森さんがそう言うと、新川氏が速度をがくんと落とす。どういうことだと森さんに問うよりも先にワンボックスカーの更に前方からパトカーが猛スピードで飛び出してきて壁となるように横列駐車。行く手を阻んだ。

警察に通報していたのか。それとも『機関』は警察ともコネがあるのか。いずれにせよワンボックスカーはパトカーとタクシーに挟まれる形となりあえなく停車。

ゆっくりとタクシーも停車し、森さんはガチャリとドアを半開きにしてから俺の方を見て。

 

 

「では参りましょう。新川はここで待機、いざという時は撥ねてしまっても構わないわ」

 

「承知しました」

 

年功序列とかないのか。森さんと新川氏の上下関係が気になりつつもそれどころではないので森さんの言葉に従って社外へ出た。

ここいらはつい先日訪れた山がある地帯で、人工的な建造物は見られない。逃げ道という逃げ道もなく、左手にはガードレールもない急な崖、右手には山のような斜面。

森さんは数歩ワンボックスカーの方へ近づいてから。

 

 

「観念なさい。あなたがたはもうどうすることもできません。朝比奈みくるさんを即時解放すること」

 

渋々といった様子がこちらにも伝わるほどゆっくりと例の車のスライドドアが開かれ、見知らぬ若い男が出てきた。

彼は自分のしでかした行為などどこ吹く風で、それどころか俺たちの方こそ悪者だと言わんばかりな眼光だった。

それから男に続いてツインテールの小柄な女性が朝比奈の肩を支えながらのろのろと降りてきた。薬物でも使ったのか、朝比奈の意識はないようだ。

男とツインテ女の二人とも中高生。誘拐犯だと言われてもとてもじゃないが信じられない年齢だ。

俺を庇うように前に出だ森さんは。

 

 

「いいですか? こちらの要求はとてもシンプルなものです。彼女を置いて、とっとと失せなさい」

 

でなけりゃお前たちの身の安全は保障しかねる。言外にそう伝わるほど森さんの言葉は冷酷で、鳥肌が立つほどの恐ろしさだった。

ツインテールの女はけらけら笑いながら森さんに向かって。

 

 

「失せろ、って言われても前も後ろも阻まれたこの状況ですよ? あたしたちはどの道を通ればいいのかな」

 

「徒歩でお帰り下さいませ。あるいはお望みの場所まで送迎いたしましょう」

 

戯れ言で、与太話だ。ツインテ女と男の二人が敵対組織の人員とやらだろうか。

ワンボックスカー内にいるはずのドライバーの姿までは見られなかった。

とりあえずアナザー朝比奈は男とツインテ女によってワンボックスカーの車体を背もたれにしゃがみ込むように安置され。

 

 

「他のみんなと一緒に先に帰ってて」

 

ツインテ女がそう言うと男はワンボックスの車内に何か声をかけ、それから車内からは更に俺たちと同世代ぐらいの男女が二、三人出てきた。

彼らは恨めしそうにこちらを見ながら俺と森さんの横を通り過ぎ、そのまま後方へと消え去ってしまった。徒歩を選んだということか。

俺はツインテ女に対して。

 

 

「解せねえな。ハルヒが狙いだってんなら正々堂々あいつの前に出てくりゃあいいのによ」

 

「うーん……それができたらどれだけ楽だと思いますか?」

 

知るか。もっともハルヒをお前らの好き勝手にはさせないがな。

正直なところ朝比奈がどうなろうが俺の知ったことではない。

ツインテ女は退屈そうな表情で。

 

 

「あたしたちの狙いは涼宮さんの能力であって、彼女そのものではないんですよ」

 

「ふざけんな。同じこったろうが」

 

「ぜーんぜん違いますよ。ま、"器"の話なんですけどね。今はまだ知らなくていいです」

 

間違いなく追い詰められているのに彼女からはひっ迫した様子が見受けられない。

それほどまでに余裕を裏打ちする何かがあるのか、あるいは現状を理解できない馬鹿なのか。

すると、問答を続けようと再び口を開きかけた俺よりも早くワンボックスカーの助手席が開かれる。

出てきたのは謎の未来人の男で、昨日と同じセーター姿だった。彼はツインテ女を横目に。

 

 

「ゲームオーバーだな。実にあっけない幕切れだった。お前たちに期待した僕が間違っていたとでも言うべきか?」

 

「昨日の今日では上手くいくものも上手くいきませんって。失敗したのはあたしたちのせいではなく、『機関』が単に無能じゃなかっただけのことです」

 

「いいさ、全ては結果だ。これも決まっていたことなんだ」

 

失敗するのがわかっていて何故こんなことをしたのか。

未来人ってのは非合理的な連中なのだろう。

 

 

「だが、ひとつだけ違うことがある。それがあんただ」

 

未来人の男はどうやら俺について言っているようで、森さんには一切顔を向けていない。

野郎に見つめられて喜ぶ趣味なんざ俺にはないんだが。彼は淡々と言葉を続けて。

 

 

「あんたは何も知らないらしいな」

 

「当り前だぜ。オレはお前らと違ってなんのスキルも持たない平凡な小市民だ」

 

「ふん。小市民如きが……。なら、涼宮ハルヒに気に入られただけでここまでしゃしゃり出る必要がどこにある? 朝比奈みくるに協力する理由は?」

 

「さあな、オレが知りたいぐらいって感じだ」

 

言えるのは未来の自分がアナザー朝比奈をこの時間軸に送るのに関係していたということだけ。

手紙の文面には涼宮ハルヒのすの字も出て来なかったというのに。

未来人の男はワンボックスカーのタイヤ付近によりかかって未だに眠っている朝比奈を一瞥してから。

 

 

「なら僕からのプレゼントだ。お姫様を奪還して褒美の一つもなかったのなら家にも帰れないだろうからな――」

 

次の瞬間。俺は何を言われたのか理解するまでにかなりの時間を要した。

そして言われた内容を反芻しようにも、肝心の意味が不明であったのだ。

彼は呆然としている俺を見て。

 

 

「理解できなかったか? それが、朝比奈みくるの本名だと言った」

 

「何、言ってやがる。わけわかんねえぞ。説明しやがれ」

 

「タイムアップだ。今日はここで打ち止めだ」

 

サッときびすを返して未来人の男は車内に駆け込み、ドアを閉める。

森さんが彼を追って車内を確認したもののもぬけの殻と化していたそうだ。

これは後から聞いた話だが。

 

 

「あたしも徒歩で帰りますから。車はそっちで処分しちゃって下さい」

 

「はい。できればあなたの顔を二度と見ることがないように祈っておきましょう」

 

「森さんは相変わらず手厳しいですねえ」

 

ツインテ女と森さんがそんな会話をしていたような気がするが、俺の記憶は定かではない。

未だに俺は思考停止中であり、なんなら電源が落ちているような状態だった。

辛うじて口を半開きにさせた俺は寝かしつけられている朝比奈の顔を視界に入れながら。

 

 

「……あ、さひな……?」

 

朝比奈みくるは偽名だった、なんて言われてもそもそも彼女がこの時代の人間でないのならばある意味当然とも言える。

わざわざこの時代に来てまで本名を使う理由はどこにもないのだから。

しかし、彼女は本名を使わないのではなく使えないのだとしたらどうだろうか。

野郎が朝比奈の本名として口にした苗字は、使い慣れた俺の苗字と同音。

 

 

――そしてその名前は、俺の愚妹と同じ名前だった。

 

 


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