校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第四十六話

 

 

ここであらかじめ述べておくが、俺は自分のことなどとうに気にしなくなっていた。

考えても何一つ結論が出ない上に何か知っていそうな奴は何も語ってくれないからだ。

しかしながらそれでよしとされなかったのがどうにも悩ましいところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宝が見つからなかった宝探しをしてからその翌日の土曜日。

市内の不思議探索ということで今日も今日とて朝も早くから駅前に駆り出されたわけだが案の定俺が最下位らしく。

 

 

「too late!」

 

駅前公園の一角で仁王立ちしたピーコート姿のハルヒに怒り散らされてしまうはめとなった。

どうせ文句を言うなら日本語で言いやがれと思うのだがどうなのやら。

 

 

「ベストは尽くさなかったがベターに行動したつもりだぜ」

 

「なんでベストを尽くさないのよ」

 

某大学教授さながらに俺に問いかけてくるハルヒ。どんと来い超常現象ってか。

なんでかと聞かれたら俺は自分の実力で遅刻を回避したいと思っているからに他ならない。

一度でいいから俺一人で遅刻回避ができたらそれ以降はハルヒと共に集合場所へ向かおうではないか。

 

 

「あんたは毎回あたしたちを待たせてるのよ、一度でいいからここに泊まり込んででも遅れないようにしようっていう気概を見せなさいよ」

 

「オレはお前らに待っててくれと頼んだ覚えは一度もねえんだが」

 

「寝言は寝てる間だけにしなさい」

 

どうしろってんだ。かくして本日も背負いたくもない咎を背負ってしまった俺はハルヒの命により手始めにいつもの喫茶店で人数分の飲み物を奢らされることとなった。

俺の金で頼んでいるホットブレンドを一滴たりともありがたみを感じさせずにすすっているハルヒが言うには。

 

 

「べつにお宝が見つかんなかったところでこの世の不思議が否定されたわけじゃないのよ。だから市内に一つぐらいあるに決まってるわ」

 

何があると具体的に言わないハルヒだが彼女が期待するところの不思議とやらが宇宙的未来的異世界的超能力的なそれであるのならば、それらはまさしくハルヒの眼前まで出揃ってきているというのに本人は知らないのが現状である。

総勢五人のSOS団における市内探索は通常、二手に分かれて行われるもので、多くはくじ引きによって二班に分けられる。

この日は喫茶店に置かれている爪楊枝の先に赤のボールペンで印を付けた二本と無印三本を使って分けた。

昨日はそれなりな労働を強いられたというのにやたら爽やかな古泉と、本格的に彼女の家のタンスの中が気になる制服姿の長門と、未来の自分が厄介ごとを持ち込んでいることなどあずかり知らぬ朝比奈の異端者三人組は無印を引いた。

 

 

「……つまり、オレはお前とってわけか」

 

喫茶店の支払いを終えて店外に出ると既に三人の姿は消え失せており、店先にはハルヒだけが突っ立っていた。

運命の赤いなんとやらというかなんというか、午前中の相手は俺と同じく赤い印入りの爪楊枝となったハルヒだ。

俺の呟きを耳に入れたハルヒは食ってかかってくるような表情で。

 

 

「何よ。あたしに不満でもあるっての」

 

不満などあろうはずもなかろうて。午前は半ば自由時間であり、俺の仕事は午後にやらなければならないらしい。

手紙に書かれていたこの日の仕事とは、夕方までに市内某所の歩道橋手前にある花壇に植えてあるパンジーの近くに落ちている小型の記憶媒体を拾って郵送しろ。

件の郵送先が当たり前のように県外なのがなんともいえないところだ。

午前午後の二回で行われる市内探索の午前の部は十二時まで。現在時刻は十時手前。

俺はハルヒの言葉にとくに弁明もせず。

 

 

「二時間限定の相乗りだがお手柔らかに頼む」

 

「言っておくけどね、これはデートじゃなくて探索なのよ。冷静に集中してかかること。いい?」

 

「あいよ」

 

ハルヒが探索と称して辿る経路はまさしくデタラメと呼ぶに相応しいものであり、来た道を引き返したかと思えばジグザグ走行やら三叉路を全部廻ったりしていた。

このまま市外まで行くのではないかと思われるほどの距離を徒歩移動させられたわけだが律儀にも市内から出ることはなかった。

そうこうしているうちにあっという間に中身のない時間は過ぎていき、気が付けば駅前まで戻るルートを二人で歩いている。

 

 

「これは純粋な疑問なんだがよ、オレとお前は一般的な男女交際をしている間柄なわけだ」

 

「うん。それが?」

 

「正直なところ、もっとこう、お前の女の子らしい面を見たいと思っているんだが」

 

「あんたの言う女の子らしいってのは何よ」

 

様々だろうよ。しかし基本的な部分としてハルヒには羞恥心なるものが欠如しているのは日の目を見るより明らかではないか。

したたかさはハルヒの美点であるが、いささか頑固なきらいがあるだけに女らしく思われないのは無理もない。

以上の旨を述べたところ失笑の後に彼女は語ってくれた。

 

 

「世間一般が言ってる女らしさってのはきっと他人にとって都合のいい在り方なのよ。あたしはあたしの好きなようにしてきたつもりだし、これからも変わろうだなんて思ってないから」

 

「だったらどうしてだ? 再三言わせてもらうが、お前は恋愛を精神病と言っちゃうぐらいアレだったのにオレと付き合ってくれてるじゃあないか」

 

ともすれば俺は恋愛対象として認識されていないのでは。と勘ぐってしまうのも仕方のないことなのだ。

それほど往年の涼宮ハルヒはエキセントリックガールだった。もちろん今もだが。

ハルヒは俺の言葉にすっかり白けた表情で。

 

 

「……あんた、あたしに女の子らしくしろって言うわりに女心がわかってないじゃない」

 

はたして俺は何か間違った主義思想理念を持っていると言えるのか。

突き詰めると俺の欲望など小市民的なものでしかなく、宇宙人やら未来人やらの類はどうでもいい。

俺はただハルヒとイチャイチャしたいだけだ。相手が悪いのは重々承知であるが。

 

 

「だったら余計なことなんて気にする必要ないわよ。あんたは黙ってあたしの下僕をやってればいいの」

 

「口先も可愛けりゃあ校内でのお前の評価は上がるはずなんだがな」

 

「周囲に気を配ったところで何が変わるわけでもないんだから、他人のものさしで付けられる評価なんて心底うっとおしいだけね」

 

ハルヒが俺の中で100点なのは揺るがぬ真実なのだが、どうせならいっそ100点より更に点数を上げてほしいものだ。

もし数年後のハルヒも直情的であれば、その時は俺がフォローしてやればいいさ。

なんやかんやで同じ高校を通っているわけだが大学まで同じになった日にはどうしたものか。

 

 

「ちょっとしたアドバイスだが、笑顔は高評価が付きやすくなるぞ」

 

「あたしのスマイルが0円だと思ったら大間違いよ?」

 

基本無料オンラインゲームのように有料コンテンツとでも言いたいらしい。

とはいえ最近のハルヒは中学時代よりも笑顔を見せているのは事実。

そして気に入ってくれたのか俺がプレゼントしたブーツはまだ履いてくれているようて、この日も当然ハルヒの足元はそれだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十二時きっかりに駅前には全員が再び集合し、お昼を食べてから午後の部となる。

せめて財布に優しいファストフード店にしてくれと思っていたが合流するなり古泉が。

 

 

「涼宮さん、言われた通り人数分予約しておきましたので」

  

「……待て、なんの話だ」

 

予約とは何事か。古泉とハルヒの間では知らぬ間に何かしらのやりとりがあったそうだが俺は一言も聞いていない。

あっけらかんとした表情で説明するハルヒによると近くに美味しいイタ飯屋が出来たからぜひ行こうとのこと。

ランチメニューの日替わりドリア定食は多少安上がりとはいえ人数分の負担は厳しいので半額だけ支払ったさ。

で、午後の班は俺と長門の二人と他三人の組に分かれることとなった。

 

 

「今日という今日は成果を上げるの、しっかりしなさいよ」

 

などと言ってハルヒが檄を飛ばしたかと思えばさっさと三人はイタ飯屋の前から失せていった。

その光景を立ちんぼで見ていた長門に向かってとりあえず俺は。

 

 

「んじゃ、手筈通りに頼む。すぐにオレも図書館に向かうと思うからな」

 

「……了解」

 

と切り出して図書館へ夢遊病の如くふらふらと向かっていく制服姿の眼鏡宇宙人と一旦別れた。

実のところ午後に長門と俺が同じ班になったのは長門の宇宙的インチキ細工のおかげであり、その方が行動しやすいと判断したからだ。

灯台下暗し。駅前公園へ今一度引き返すとそこに彼女は居た。

 

 

「こんにちは。あたしです」

 

「あ、ああ」

 

誰の仕業かは不明だがアナザー朝比奈は怪しすぎるまでの変装をしていた。

ベージュの中折れ帽にエージェントスミスが付けているようなサングラス、口元には立体マスク、そして帽子と同じ色のトレンチコートに黒のニ―ハイブーツ。

かなりタイトに仕上がっているが、そもそも不審者みたいな恰好である。

 

 

「さっそく行きましょう」

 

朝比奈の言葉通りに手早く行動した俺たちは数十分かけて目的地の歩道橋付近の花壇にやってきた。

どれがパンジーかもよくわからん俺なのだがパンジーに限らず様々な花が咲いていることだけはよくわかった。

 

 

「二月だってのに元気なもんだな」

 

「あそこがパンジーの咲いているところ。他にはないみたいなんであの一角を探せば見つかると思います」

 

木枯らしが枯らすのは木の葉限定なのかは知らんが決して弱くもない冬の寒風に吹かれながらも懸命に咲いている花たちのもとへ俺は侵略しにかかることに。

目的のブツは記録媒体だそうで、今日も今日とてお宝探しを強いられている俺はトレジャーハンターと誰かに勘違いされている気がしてならない。

不審者みたいな恰好をした女と花壇を漁る不審行動をしている男の二人組がどう見られているのやら。人通りが皆無なのがせめてもの救いだった。

しかしながら俺がいくらパンジーの根元を探せどそれらしきものは見当たらず、手先が土まみれになる一方であった。

 

 

「ちくしょうが……」

 

二、三十分は経過しただろうか。そのうち記録媒体だかは地中に埋まっているのではなかろうかと疑い、かくなる上は花壇を掘り返すことも辞さない姿勢になりつつあったその時。

 

 

「――何を探しているんだ?」

 

後ろの方から聞きなれない男の声がした。高くもなく低くもないといった声のトーンだった。

振り返ると歩道の五メートルぐらい先におそらく俺たちと同世代な野郎が立っていた。

やはり知らない相手だが、何やらあちらはこちらを知っているような思わせぶりな態度で。

 

 

「白昼堂々と園芸に精を出すとはご苦労なことだな。あんたの探し物はこれじゃないのか?」

 

紺色のセーターのポケットから男が取り出したのはUSBメモリのような黒っぽい小さな長方形の物体。

男の人差し指よりもその物体の長さが短いのが見受けられた。

 

 

「あっ……」

 

男に気付いたアナザー朝比奈は一瞬戸惑った様子を見せ、次の瞬間には硬直してしまっている。

彼女の反応からしても目的の品は男が持っている物体のようだ。

俺はとりあえず手の汚れをはらってから謎の男と話をすることにした。

 

 

「探し物がそれだって言ったらどうするってんだ」

 

「さて、どうしたものか。これは僕が先に拾ったものだからな」

 

「だったら自分のものだって言いたいのか?」

 

「少なくともあんたのものではないさ」

 

ニヒルな笑みを浮かべた男。なんというか生理的に受け付けないタイプだ。

負のオーラを纏っているのが嫌でもわかる。人生楽しんでない人種だろ。

 

 

「あんたたちは半刻かけてこれを探していたみたいだが、実に無意味な行為だった。とはいえ僕があくびをしている間にすぐ過ぎた時間だったが」

 

「そいつは随分と盛大なあくびだな。不眠症か? なんならいい病院を紹介するぜ」

 

「ふっ、バカバカしい。一般人のくせに口先だけは達者なようだ」

 

なんてことを口にする男はお察しの通り異端者サイドの人間なのだろう。

この態度で自分は友好的だ、とか言われたら困るのだが。

 

 

「お前がオレの代わりに仕事をしてくれるってんなら任せようじゃあねえか」

 

「僕が好き勝手できるのならそうしたいところだが、生憎と僕も縛られた人間の一人だ。あんただって自覚しているだろう?」

 

「さあな、お前の心労なんてどうでもいいからよ、はっきり物を言いやがれ。お前は何者で、オレの何を知っている」

 

「それはあんたがよく知っているはずだ」

 

自分の胸に聞けと言わんばかりの男のポーズに俺は嫌気が差してきた。

どうでもいいからブツだけ置いて目の前から失せてくれ。

そんな俺の願いが通じたのか男は呆れたような吐息とともに手にしていた記録媒体を俺の方へと放り投げた。

スローモーに軌道を弧で描く記録媒体はすんなり俺の手が掴み取ることとなる。

 

 

「僕が来たのは単なる顔合わせに過ぎない。過程はどうあれ、それがあんたの手に渡ることは既定事項なのさ。今、この時から歴史的事実となる」

 

「やっぱりお前も未来人なんだな」

 

「未来人、か。……なら僕にとってあんたは過去人ということになるな。え? お前もそう思うだろう? 朝比奈みくる」

 

そう言って冷やかな視線を俺の横で微動だにしない朝比奈へと向ける。

少なくとも男の方は朝比奈のことを知っているみたいだ。

だのに味方に見えないってことは未来人も一枚岩ではないということか。

男は俺と朝比奈の顔を交互に見てから嘲笑し、きびすを返して歩きはじめた。

 

 

「『無知は罪なり』、過去人の言葉だ。あんたたち二人はその点でお似合いだ。無知同士で仲良くやってればいい……」

 

どんどんと男は遠ざかって行き、やがて男の姿は見られなくなった。

俺はここまでが壮絶な前フリであったことなど予想できるはずもなく、手の内の記録媒体を握りしめるぐらいしかこの時の俺にはできなかった。


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