校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第四十四話

 

 

案の定ではあるもののそれから数日間俺は未来からの指令に奔走することとなった。

連日連日で俺の下駄箱には手紙が入っていて、朝比奈みくると行動しろだの書かれている。

はたして俺にとってなんの意味がある行為なのやらといったところだが、せめて事が済んだら大人朝比奈に問い詰めなければと思いながら放課後の時間を消費した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから朝比奈が掃除用具箱に入っていたあの日から三日が経過し、四日目となった。

俺がやったことと言えば、一昨日は地面に釘を突き刺して空き缶をそこに被せる作業。

昨日は山に行って――鶴屋家の私有している山らしいのだが事情を説明するわけにもいかず勝手に立ち入った――やたらデカい岩みたいな石を数メートルほど移動させる作業。

どちらも子供のイタズラ並みの行為であり本当に団活をサボる価値があるのかと思えるがでは団活に価値があったのだろうかと考えて俺は考えるのをやめた。

そして今日も俺の下駄箱には封筒に入れられた手紙があったわけだ。今度は三通。

 

 

「……古泉にやらせりゃあいいのによ」

 

過去に干渉するには現地民の協力が必要らしいのだがどうして俺なのだろうか。

谷口なら朝比奈からのお願いとくれば何も聞かずにホイホイ協力するに違いない。

さて俺は今日までどうやって団活をサボっていたかというとどうもやっていない。

つまりただただお茶を濁して休むという心苦しいことこの上ない心持ちであった。

今日という今日こそは愛想を尽かされるのではないかという疑念の中、教室の席について後ろの女の顔を伺うと。

 

 

「おはよ」

 

意外にも突っかかって来なかったハルヒはどこかテンションが高めな雰囲気であった。

とうとうこいつの脳内には先んじて春が訪れたのかもしれない。

 

 

「今日は全体ミーティングをするから休んじゃ駄目よ」

 

「ん、ああ、もう休まんだろうぜ……多分」

 

手紙の内容によると今日と明日は何もしなくていいそうで、やらなければならないことは土日にあるそうなのだが土日ならいくらでも時間を作れるだろう。

とはいえ八日目の火曜日は連休明けの平日なので何かする可能性がのこっているというわけだ。

俺の杞憂をよそにハルヒはムフフと笑いながら。

 

 

「あたしたちが後世に残るほど偉大になる日も近いわよ」

 

「どうしたよ、変なもんでも食べたのか?」

 

「そう言ってられるのも今のうちなんだから」

 

つくづくハルヒは気分がおかしな奴だとは思っていたが今日は一段と変だ。

昨日は俺の連日団活欠席によって終始微妙な表情を見せていただけにそう思えた。

校内一の馬鹿でもこれがなんらかの兆候であることは察しがつくだろう。

若干の不穏な空気を感じつつ放課後が訪れ、俺は席から立ち上がって教室を出ようとする。

 

 

「いや、今更だがおめえはマジにすげえよ」

 

そんな俺にかけなくてもいい声をかけてきたのは馬鹿の代表各こと谷口だった。

俺の胸中などいざ知らず谷口は馴れ馴れしく。

 

 

「まさか涼宮と本当に付き合っちまうとはな」

 

一応言っておくがハルヒも俺も校内に広めた覚えはないし、SOS団関係者とて言いふらしてはいないだろう。

だのにこいつはどこから情報を仕入れたのか休み明けには俺とハルヒの交際を知り得ていた。

俺はうっとおしいオールバック馬鹿に向かって鞄を投げつけたい気持ちを自制しながら。

 

 

「その台詞はもう聞き飽きたぜ」

 

「お前が涼宮をしっかりコントロールしてやれってこった。この前の豆まきだって呼び出しを喰らわなかったのが不思議なぐらいだ」

 

「いくらハルヒでも地上絵は流石に二度と描かんだろ」

 

「どうだかな」

 

今のところ俺が見た範囲で言えば中学時代よりは素行が幾分かマシになっているので俺がどうこうするまでもなさそうだ。

だいたい人のことをどうこう口出しする暇があるなら自分の方をどうにかすればいいのだ。

これまた来なくてもいいのに俺の方へ近づいてきた国木田も俺に同意見なようで。

 

 

「谷口もさあ、涼宮さんのことを常識外れだって言いたいならせめて彼女より勉強ができるようになりなよ」

 

「まったく不公平だよな。神様は俺よりあいつの脳みその出来をよくしちまったらしい。その分ネジが何本か抜けてるみたいだが」

 

知るか。頭の良し悪しってのは得てして先天的なものではないということだけは確かだろう。

野郎二人を無視して廊下に出ると今日も今日とて校内は冷えており、温度調節を生徒に丸投げする姿勢はいかがなものかと首をかしげざるを得ない。

などと現状を憂いでいると目の前に立ちふさがったのはチャイムが鳴って早々に教室を飛び出していたハルヒで。

 

 

「はい、さっさと行くわよ」

 

「お前どっか行ってたんじゃあないのか」

 

「今日はミーティングって言ったでしょ。あんたを逃がさないように廊下で張り込んでたってわけ」

 

ハルヒは相変わらずの怪力で俺の手首を掴むと俺をずるずる引っ張っていく。

階段でバランスを崩しかねないから離してくれ、もう階段に転げ落ちるのはごめんだ。

で、部室に着くとそこには異端者三人が既にいた。メイド服の朝比奈が俺とハルヒに気付き。

 

 

「あ、こんにちは」

 

と律儀に笑顔で対応する。こいつのせいで俺が苦労させられていることを自覚していないのが悩ましいところだ。

今のところ不自由もトラブルもなくサイドテール朝比奈は長門の部屋に仮住まいしているようで、意外なことに朝倉と打ち解けているらしい。

もっとも朝倉からすれば単なる擬似人格の行動をトレースしているだけなのかもしれないが。

 

 

「お二人ともお疲れ様です。そしてあなたとは久しぶりですね」

 

「……」

 

久しぶりとは口ばかりで実は古泉と俺は二日前にばったり外で会っている。なんでも野郎も朝比奈がこの時代に二人いることを知っているのだとか。

そんな古泉は団活がミーティングということを知ってか知らずか長机の上にボードゲームの類を置いていない。

いつも通り読書をしている長門はちらっと俺の顔を窺ったがそれも一瞬ですぐに手元のハードカバーへ視線を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そこまで重要には思えないハルヒの思いつきを一方的に聞かされるだけのミーティングの内容だが。

 

 

「宝探しに行くわよ!」

 

などと100ワット電球ぐらいの眩しさな笑顔で腕を組み高らかに宣言したハルヒ。

とうとう金に目がくらみ始めたのだろうか。だったらアルバイトでもすればいいだろう。

一週間近く飲んでいなかった朝比奈のお茶を飲みながら俺は一応の突っ込みを入れる。

 

 

「宝探しってな……お前、徳川埋蔵金でも狙うつもりか?」

 

でなければ昨日の夜あたりにグーニーズでも観たに違いない。

一体全体いつから俺たちはナショナルトレジャーと化したんだ。

 

 

「おしいわね。山に行くとこまではあってるけど今回あたしたちが行くのは赤城山なんかじゃないわ、もっと近くよ」

 

流石に四連休だからって初日から群馬まで行くのは勘弁してほしいからな。

とはいえ近くの山にまさか宝などあるはずもない。噂さえ聞いたことないぞ。

するとふいに部室の扉がノックされて、ハルヒは慌てて来客に対応した。

 

 

「はーい、呼ばれて来たよっ!」

 

来客はSOS団名誉顧問の鶴屋で昨日の今日で彼女の私有山に無断で立ち入った俺は視線をなるべく彼女から逸らすことにした。

バレなきゃ犯罪じゃないのだ、バレなきゃ。

 

 

「んじゃ鶴屋さんも来たことだし肝心のターゲットを教えるわ」

 

そう言ってハルヒは鞄から年季が入った古風な紙切れを取り出してホワイトボードにマグネットで張り付けた。

紙切れは日本の伝統、和紙であり筆で描いたらしい絵と仮名書きらしき数行の文字。

 

 

「……これのどこがお宝だって?」

 

「見てわかんないの、宝の地図じゃない」

 

「オレには山が描かれているだけにしか見えねえんだけどよ」

 

どうやらその地図には宝のありかが具体的に描かれていない地図と呼ぶのさえおこがましい代物であった。

で、いきなり出てきた鶴屋はなんなんだ。

 

 

「鶴屋さんがこの地図をあたしたちに提供してくれたの」

 

「そだよ。うちの蔵でたまたま見つけちゃってねえ。見ての通り宝がどこにあるかもわかんないから放っておいてたんだけど、せっかくだからキミたちにプレゼントだっ」

 

聞けばこの山は鶴屋家の私有山を描いたものらしく、もしかしなくても昨日俺と朝比奈が侵入していた山だ。

ともすれば石を動かしたのは宝探しに関連するのだろうか。俺にはまだなんとも言えないが。

 

 

「どうせイタズラ書きだろうぜ」

 

「そんなの探さなきゃわかんないわよ」

 

お茶請けに出されたエビせんをパリパリ食べながらまだ見ぬ宝に思いをはせるハルヒ。

仮に金目のもんが出たとしたら何かと洒落にならないのでどうか封印されていればいい。

ハルヒが大金持ちになったら戦闘機でも購入してそのままどっかの国に突撃しかねないぞ。

こんな時に願望を実現する能力を悪用しないでくれよ、俺は信じてるからな。

 

 

「なるほど、宝探しですか。ひょっとするとオーパーツが出てくるかもしれませんね」

 

古泉が余計なひと言を入れるおかげでハルヒはヒートアップしつつある。

火消し役が俺だからってハルヒ相手に歓待しすぎではなかろうか。

 

 

「そういうことはピリ・レイスの地図を持ってきてから言ってくれ。ま、小判の一枚でも出たら万々歳じゃあないか」

 

「小判なんか出ても面白くないでしょ。古泉くんが言うように歴史的な遺産が出るに違いないわ。それはきっと価値あるものなのよ。とにかく明日は一日がかりで山を捜索するから、動きやすくて汚れても平気な格好で来ること。いいわね?」

 

嫌だといったところで鶴屋山までひきずられていくだけなので抵抗はしない。

思い返せばハルヒの思いつきでなんらかの成果を得られた試しはないのでまさか水晶ドクロのようなSF的遺物が出ることもなかろう。

それに、何かあったら困るのは俺ではなく異端者どもなのだ。

 

 

「一日がかりですか……じゃあ、あたしは人数分のお弁当を作ってきますね」

 

ありがたい朝比奈の言葉ではあるが彼女に絶賛振り回されている最中なので手放しではありがたく思えない。

よくよく考えて何百年後かもわからぬ未来のために助力している俺はなんの義理があるのやら。

ギャラの一つでも貰わないと本当に割りに合わないんだがな。

 

 

「まず明日必要なものなんだけど、スコップに軍手に方位磁石に――」

 

と、まさしく無い物ねだりに違いない話し合いをひとしきりしてこの日の団活は終了となった。

珍しく集団下校を決めた俺たちだったが俺はというとハルヒを家まで送らずに自宅に帰ったフリをしてから分譲マンションへと向かうために道を引き返す。

それからオートロックを解除してもらい長門の部屋へと顔を出すのが日課と化しつつある。

 

 

「……ううむ」

 

ところで俺は付き合っている相手の家よりも長門の部屋に行ってる回数の方が多い気がしてならない。

なんならハルヒの部屋には未だ上り込んでいない。親のことを考えると気が引けるのが本音でもあるが。

エントランスを抜け、エレベータを乗り終えて廊下を突き進み708号室のドアホンを一押し。

 

 

「入って」

 

当然先に帰宅していた長門が応対してくれた。昨日一昨日は朝比奈しかいなかったので長門が俺の来訪を応じるのは初日以来だ。

ちなみに現在、長門の部屋の合鍵を朝比奈は預かっているわけであるがこの宇宙人はつくづく人がいい奴だなと思える。

異性だろうが同性だろうがすんなり赤の他人を宿泊させるなど俺に限らずとも普通の人間ならば無理な注文だろうよ。

俺はこの件が片付いたら長門に何かお礼でもしてやろうかと考えている。

 

 

「あ、こんにちは」

 

居間で読書――暇つぶしのために長門が持つ本を読んでいるそうだ。708号室には書斎もあるに違いない――していた朝比奈が俺に気づいて笑顔を向けてくれる。

そういえば朝比奈は手紙の内容をまだ知らないわけで、読書を中断すると。

 

 

「今日は何もしなくていいのかな?」

 

「らしいぜ。ついでに明日もオフだ」

 

一日の有効な使い方でも今のうちに考えておいた方がいいだろうよ。

もっとも朝比奈の存在がバレたらマズい相手が何人かいるのでおいそれと外出はできないが。

未来人は何かとしがらみがあったりしているような気がするのはなんでなのやら。

この朝比奈相手に明日のことを聞こうとも思ったが俺は聞かないことにした。

お茶を早速出してくれた宇宙人に向かって俺は今後について問いかけようとするが。

 

 

「長門は、その……」

 

はたして異端者三人はハルヒの能力が消え失せ、普通の女子高校生になったらどうなるのだろうか。

ある意味ではハルヒが光陽園に通っているあの世界はそれを体現していたのかもしれない。

長門はその辺をどう思っているのか聞きたかったが俺はついに聞けなかった。

 

 

「……いや、なんでもない」

 

「そう」

 

しょせんお茶を濁す程度の会話を繰り広げるのが俺の限界なのだ。

ただ、俺はここ最近で決断したことが一つだけある。

 

 

――いつかハルヒに全てを打ち明ける。

 

異端者三人のことも、あいつが持っている神様パワーのことも、もちろん俺のことも。

それで誰かに不都合が生じようが知ったことか。あいつが望んだのにあいつが知らないなんて一番の不公平じゃないか。

もっと言えば俺は俺のことさえ知ってもらえればいい。他は全部オマケだ。

 

 

「じゃあな、言った通り明日は何もしなくていいがまた来る」

 

明後日と明々後日にやるべきことを朝比奈に説明してお茶を飲み干すと俺は逃げるように長門の部屋を後にした。

はたして異端者三人は俺がハルヒに全てを打ち明けようとした時に味方でいてくれるのだろうか。

最悪、ハルヒの味方は俺一人だけになるかもしれないな。

 

 

しかし自分の行動が知らず知らずのうちに敵を作っていたとして、自分が責められるのは筋違いだろう?

 

 


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