校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第四十二話

 

 

二月七日、その日の放課後のことだ。

この時俺はわけもわからぬ一週間あまりを体験させられるはめになろうとは思ってもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文芸部部室に入ると驚くべきことに誰もいなかった。いつもは誰かしらいるので本当に珍しい。

部室の鍵は昼休みに長門が開けたのだろうか、あるいは鍵だけ開けて長門がどこかへ行ったのか。

鞄を長机の上に置き、コートを椅子にかけて電気ストーブをつける。春はまだまだ先のことに感じられた。

 

 

「……ん」

 

元々の人員が少数の集団なのでたまにはこんなこともある。

最近でいえば担任教師との進路指導が放課後に行われるようになっており、俺も先日受けたし今日はハルヒが担任の岡部教諭と何かしらを話しているに違いない。

この前俺があいつに進学先について訊ねた時から一ヶ月近くが経過しているわけだが彼女にとっては昨日の今日で具体的な進路などほぼほぼ不透明なものだ。

かくいう俺とて特別に行きたい大学やらがなければ専門学校のようなところに行こうとも考えていないので無難な受け答えでお茶を濁して俺の面談は終了した。

進学先で気になるのはハルヒもそうだが彼女を監視している異端者三人――朝倉も入れてやっていい――だろう。

この学校に在籍している以上は彼らも進路指導を受けているはずなのだが担任とどんな話をしているのやら。

それに朝比奈は今年で三年生だからよほどのことがない限り卒業しちまうからな――

 

 

――ガタ、ゴト

 

俺がパイプ椅子にのんびり腰かけたその時、掃除用具箱の方から物音が聞こえた。

聞き間違えでなければ何かが動いた、あるいはぶつかったようなそんな音だ。

 

 

「……」

 

気のせいだろう。きっと中で立てかけていた自由ぼうきの柄がズレてスチール製の掃除用具箱の壁面にぶつかっただけだ。

などと呑気に構えはじめたら次は、カタ、と静かな音が再び同じ方向から聞こえてくる。まるでズレた何かを戻したかのような音。

 

 

「……おいおい」

 

ホラーやパニックのゲームなり映画なりで主人公がロッカーの中に隠れるなんてのはザラだがそれは外界に脅威がある時に限った話だろう。

俺の脳裏によぎったのはこのロッカーの中にこそ脅威となるような怪物的怪異的存在が潜んでいるのではないか、などといった谷口相手に口にしようものなら確実に笑われる荒唐無稽な想像。

しかし今更そんなことが起こっても不思議でもないような体験をしてきた俺は不安を払拭するために椅子から立ち上がり恐る恐る掃除用具箱へと近づいていく。

そして立てつけの悪い用具箱の扉を軋ませながら開けるとそこには。

 

 

「あ、お、……こんにちは」

 

制服姿の朝比奈――髪を右側にまとめてサイドテールにしている――が申し訳なさそうな表情を浮かべて中に入っていた。

 

 

「何やってんだ……?」

 

「えっと、その、あたしにもうまく説明できないんだけど……」

 

一体なんなんだろうか。隠れてドッキリを仕掛けようとしていた様子でもない。

掃除用具箱前で立ち往生していると次に部室の扉が叩かれた。すると朝比奈は慌てて。

 

 

「お、え、ちょっとごめんなさい」

 

ぐいっと俺の身体を自分の方向へと引っ張り、俺と一緒に掃除用具箱の中に入ると急いで扉を閉めた。

俺は何事かと声を出そうとしたが朝比奈の手に俺の口は塞がれてしまう。

 

 

「すみませんが静かにしててくださいね」

 

小声で俺に懇願する朝比奈だが俺には状況がさっぱり飲み込めない。悪ふざけにしては意味がわからない。

ともすれば部室の扉は開かれて中に誰かがやってきたらしい。

 

 

「……」

 

「……」

 

来たのは長門か古泉か。ハルヒが今の俺たちを見たらきっと何か勘違いしてしまいかねないような状況なのは確かで、何故ならば箱の中は狭く、朝比奈は俺の身体に密着しており要するにやわらかいものが俺の身体に当たっている。

しかしもっと意味がわからなくなるのはここからだった。

 

 

「うーん、誰もいませんね。……鞄とコードがかかってるからひょっとして荷物だけ置いて出かけてるみたい」

 

そんな朝比奈の声が掃除用具箱の"外から"聞こえた。

俺はどうにか首を動かして箱の扉に刻まれた細かいスリットから外部の様子を窺う。

俺の目が狂っていなければ制服姿の朝比奈が電気ストーブの前でしゃがみ込んでいる。

 

 

「……」

 

一方の朝比奈は俺と一緒に掃除用具箱の中で隠れている状態だ。

気がつけば外に居る方の朝比奈はメイド服を手に持ち着替えはじめているではないか。

見たくても見るわけにもいかなかったし、中に居る方の朝比奈の妨害によって俺は視線を無理矢理扉のスリットから外された。

それからしばらく無言の空間が繰り広げられた。外の朝比奈はもう着替え終わっているのかもしれない。

 

 

「……」

 

「……」

 

朝比奈が二人で乳は"二つ"あったッ。

いいや、この場合は"四つ"と言うべきか?

 

 

「ふんふんふんふーん、あ」

 

ガチャリという音とともに外の朝比奈が反応する。どうやら更に誰か部室にやってきたらしい。

 

 

「長門さん、こんにちは」

 

「……」

 

「今着替え終わったところなんでこれからお茶の準備しますね」

 

会話から察するに長門が来たのだろうか。

未だに俺は視線をスリットに向けることを許されていない。

 

 

「朝比奈みくる」

 

「はい? なんですか?」

 

「……話がある。ここではできない話」

 

「えっ……? 部室でできないって、今はあたしたち以外誰も来てせんけど」

 

「いいからついてきてほしい」

 

よくわからないがきっと長門が助け舟を出してくれたに違いない。

このまま掃除用具箱にカンヅメだなんてのはごめんだ、ドアが閉まった音を耳にした俺はすぐにスリットから外の様子を確認。

 

 

「……なんだってんだよ」

 

なるべく物音を立てないようにスチール製の棺桶から朝比奈とともに這い出ると、目の前の朝比奈に向かって。

 

 

「何がどうなってるのか説明しやがれ。お前は本物の朝比奈なんだろうな」

 

「は、はいっ。さっき部室に来たのもあたしで、ここに居るのも本物……です」

 

「お前の方はどっかからタイムワープしてきたってことか?」

 

落ち着かない様子ではあるものの朝比奈は首をぶんぶん振って頷いて肯定の意を俺に伝えた。

しかしわざわざ自分にバレないように行動したってことは今の朝比奈よりも未来から来たのは確かだろう。

なら何故こんな場所に隠れていた。学校に用があるにしても俺を巻き込んでまでするほどの用件あるいは任務なのか。

すると朝比奈はおずおずとカーディガンのポケットから二つ折りされた洋封筒を取り出して。

 

 

「あたしも読んでないけど、とにかく詳しいことはそこに書いてあるみたい」

 

「オレを未来人の都合で巻き込まないで欲しいんだがな……」

 

渋々封を切って俺は中の便箋を確認することにした。

 

 

『拝啓、俺へ。

 簡潔に述べると、そこにいる彼女の面倒を八日間ばかり見てやってほしい。

 理由を説明してやれないのが残念で仕方ないが、とにかく俺の仕事だからな』

 

あとはわかるな、とでも言わんばかりの強引さが書面からひしひしと伝わり、思わずむせかえりたくなってしまった。

いつの俺からの手紙かは知らないが字の書き方はそこまで今の俺と変わっていないらしい。

俺は手紙を握りつぶさないようにどうにか自制しながら朝比奈に。

 

 

「これをオレが書いたってのか? ……オレがお前に手紙を渡した、と?」

 

未来人の命令に従うのならば今回は拒否していただろうが、あろうことか今回は俺自身が関係することだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あのまま部室でぐだぐだしていたらハルヒがやってきてしまっただろう。

ハルヒと朝比奈が遭遇するのは問題ないが、万が一ふたりの朝比奈とハルヒが出会ってしまっては収拾がつかなくなる。

 

 

「あら、みくるちゃんって双子だったの?」

 

となってくれれば一番いいがではどこの学校に通っているのかとなった時に二人して北高の制服を身にまとっていては言い逃れもできない。

ましてこの時代にいる朝比奈は更に先からやってきたサイドテール朝比奈のことを知らないらしいので、まず朝比奈同士で混乱が生じるだろう。

 

 

「それにドッペルゲンガーとか言い出した日には未来人どころの話じゃあなくなるだろうぜ」

 

「は、はは……」

 

苦笑しながら北高を後にする俺たち。とりあえずはあの場から早急に立ち去る必要があり、早い話が俺の家に一時避難という寸法だ。

しかし根本的な解決になるはずもない。朝比奈がこの時代で済んでいる住居にこの朝比奈が押し掛けるわけにもいかず、早い話が宿無し娘。

 

 

「そういえばそう……でしたね。あなたの家にあたしが泊まるわけにも……うん、いきませんよね」

 

両親に朝比奈を泊めるための言い訳など俺はうまいこと思いつくわけもないし億が一ハルヒの耳に入ろうものなら俺は磔刑に処されるに違いない。

北高の男子生徒連中は朝比奈と俺が並んで帰宅路をなぞっているのを羨ましく眺めていたが当の俺は自分から押し付けられた荷物の重さに早くも潰れかけていた。

まず『八日間』ってのが不明で、では八日後には何がどうなると言うのか。今すぐ未来に戻ってもらっては何が駄目なのか。

 

 

「お前は事情を知っているのか?」

 

「あたしの口から説明するとどうしても禁則がかかっちゃうから」

 

朝比奈にはいわゆるプロテクト的なものが仕掛けられているらしく、過去人にとって知られてはまずいことは「禁則事項」としか発声できないのだとか。

まるでトーキング・ヘッドさながらだ、とか思っていると我が家に到着。とりあえずここで今後の会議でもすることにしたのだ。

玄関に入るなり愚昧がとてとてとやってきて。

 

 

「お兄ちゃんおかえり! あっ、みくるちゃんもいる!」

 

早速こいつは朝比奈に飛びかかって膝元に抱き付いている。朝比奈の何が気に入ったのやらわからんが野球大会の時に彼女と知り合った時から愚昧は懐いている。

肝心の朝比奈が困った様子なのはお構いなしである。

 

 

「ごめんね、あ、うん、あたしはお兄ちゃんとお話ししなきゃいけないから離れてほしいな、って」

 

「えーっ。……ねえお兄ちゃん」

 

愚昧が年甲斐もなく駄々をこねるかと思いきやこんどはニヤニヤし始めてから。

 

 

「ハルにゃんからみくるちゃんに浮気?」

 

「なわけねえだろ。ちょっと相談事を引き受けただけだ」

 

「ふーん?」

 

「いいからお前はとっととどけてやれ。そしてオレの部屋には入って来るなよ」

 

こいつからハルヒの耳に朝比奈の来訪が伝わりかねないので一応の口止めをしておくと愚昧は居間へと引っ込んでいった。

朝比奈が靴を脱ぐと――ちなみに彼女は上履きで外を歩いていた。自分の外靴を使ってしまってはこの時代の朝比奈が困るから――さっさと俺の部屋へ移動。

ベッドの上の毛玉生物がじーっと朝比奈を見つめているが猫なりに普段とは違う何かを感じ取っているのだろうか。

 

 

「……それで? 一応言っておくがオレはお前の面倒を見きれないぜ」

 

「あたしのことよりもあなたにとっては重要なことがあるはずです」

 

はて、なんのことやらと思っていると突如としてポケットに入れていた携帯電話が鳴り響いた。

電話の主を確認するや否や俺は数分後の自分が味わう精神的疲労を考えて溜息を吐く。

 

 

「オーケイ。言われなくてもわかってると思うが静かにしてろよ」

 

ベッドに腰掛けてシャミセンを優しく撫でる朝比奈。

愚昧とは大違いだな、と気を紛らわせながら俺は電話に応じた。

 

 

『あんたどこ行ってんの?』

 

流石に無断欠勤となったがここはどうにか事後承諾してもらいたいものだ。

ハルヒの苛立ちが電話越しにひしひしと伝わるのが悲しく思えながら俺は素直に。

 

 

「ちょうど自分の部屋に居るところだ」

 

『へえ、あたしになんのことわりもなく団活をサボったってわけ。随分と偉くなったわね、あんたも』

 

「実を言うと山のように高くて海のように深い理由があったりなかったりするかもしれない」

 

『はあ? 言い訳するんならはっきり言いなさいよ』

 

とはいえ彼女相手に嘘はつきたくない。ここは平謝りする他なかろう。

 

 

「すまんな、この埋め合わせは必ずしてやる」

 

『ふん。べつにちょっとぐらいあんたがいなくたって活動に支障はないわ。一日ぐらい休もうが誰も気にしないから』

 

活動と呼べるような活動をしていたのか、俺たちは。

そしてハルヒは小声でぶつぶつ言うように。

 

 

『……あたしが気に入らないのは、勝手に一人であんたが帰ったことよ』

 

「オレは逃げも隠れもしねえよ。明日でもいつでもいいだろうぜ」

 

『とにかく今後はあんたの独断で動いちゃ駄目だからね。帰宅するならあたしの許可を得てからにしなさい』

 

「わかった」

 

『それから、明日も朝はあたしの家に来ること』

 

そうして一方的に通話を切り上げられてしまった。

なんやかんやで今回の無断帰宅は水に流してくれるらしい。

 

 

「で、どうしたもんかね……」

 

どうでもいいが帰宅にあいつの許可が必要なのは突っ込むべきところなんだろうな。

 

 


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