校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第四十話

 

 

昼食をデパート内にあるレストランで適当に済ませると、今度はデパ地下に潜った。

実のところ俺たちは今まで地上のフロアを行き来していたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デパ地下といえば全国共通の認識といっても過言ではないほどにグルメ地帯と化しているのが常だろう。

ここも例外ではないようでスイーツからご当地品までそれなりな規模で店が展開されていた。

で、俺たちは現在食品売り場のレジ奥に位置する某お茶専門店の一角で休憩している。

なんでもこの店は喫茶店ではないものの店の奥には丸テーブルがそこここに置かれており、お茶や和菓子を注文して一息つけるスペースなのである。

ハルヒは遠慮なくお茶をガブガブ飲みながら。

 

 

「んっ、流石に店開いてるだけあってみくるちゃんが淹れるお茶よりワンランク上ね」

 

お口直しに頼んだのは喫茶店でコーヒーを頼んだ方が安上がりなぐらい上等なお茶とお団子。

こしあん派のハルヒとつぶあん派の俺とでの激戦が繰り広げられかけたがみたらしで妥協することでこの場は丸く収まった。

ずんだやごまだれも捨てがたいのだが、やはり王道のみたらし団子がベストだということだ。

 

 

「茶葉がいいんだろ茶葉が。オレにはよくわからんが世の中には50グラム程度で3000円近く取られるものもあるらしい」

 

「ふーん。あたしさ、高級品とかって全然よさがわかんないのよね。貧乏性ってわけでもないんだけど、こう、『高い物には理由がある』なんて言って値段を下げる努力をしてないだけじゃないかしら」

 

「同感だな」

 

庶民的感覚を充分持ち合わせているくせに平気で人にたかれる精神構造も俺には充分謎ではあるが。

何はともあれ急なルート変更を強いられた市内限定デートも今のところは大丈夫らしい。

ちらっと時計を見ると、時刻は指定された時間まであと一時間とちょっとであった。

 

 

「いい感じに腹も膨れたことだ、食後の散歩とでも行こうぜ」

 

我ながら無茶な提案ではあったものの市内探索を兼ねて外を歩くのもいいということでこの提案は受け入れられた。

外に出るなり再び容赦なく寒気が俺に襲い掛かる。とうとう気候はおかしくなったんじゃないだろうな、つい二ヶ月ぐらい前までは暑かったのに。

ところでこれは最早俺の勝手な自惚れかつ願望的思考に他ならないのだが聞いていただきたい。

つまりハルヒは俺と一緒ならどうでもいいんじゃないのか、という自分で言うようなことでもないがそういう考えだ。

世間話をしながら寒空の下俺たちはまた手を繋いでひたひた歩きを開始する。

 

 

「お前、進学先とか考えてるか?」

 

傍から見たら普通の男女二人なのだが、その実は異世界出身の野郎と神的扱いを受けている女子。

内情を知っている連中は俺たちをどう思っているのだろうか。古泉のような応援寄りのスタンスの奴は少ない気がする。

だが当のハルヒが不思議現象の数々から蚊帳の外なので勝手なことを言われても困るというのが俺の意見だ。

文句があるのなら俺だけではなく直に俺とハルヒのところへ来いということだ。

お団子が美味しかったようでご満悦な彼女は俺の言葉に呆れた声色で。

 

 

「随分と気が早いわね。あんたってそんなに意識が高いの?」

 

「ただの興味本位だ」

 

「まだ一年のこの時期に考えてる人の方が珍しいんじゃないかしら」

 

ごもっともな意見なのだがハルヒに常識をあてはめて考えるのには常識の方が対応しきれていないらしい。

大学サークルなんてそれこそなんでもありな無法地帯、荒野のウェスタン、二年後のこいつが常人と化している保障などどこにあるのか。

いずれにせよハルヒは頭がいいので自ずと自分の学力レベルに見合った進学先になるのだろう。

その旨を述べてみると。

 

 

「あんただってテストの点数はいいんじゃないの?」

 

「お前に勝ってる科目の方が少ないのは確かだろうぜ」

 

「でも谷口ほど悪くないはずよね」

 

いくらなんでもあいつを引き合いに出すのは勘弁してほしい。

北高の偏差値を下げている原因の一人なのは間違いないぞ。

 

 

「お前がどこに行こうが構わんが大学に行っても宇宙人とかには会えないと思うぞ」

 

「あんたはわかってないわ。あいつらは時に地球人に擬態だってするんだから」

 

いつぞやは長門や朝倉が宇宙人だと俺が説明してもばっさり切り捨てたくせに今日に限っては核心に迫る意見ではないか。

もっともハルヒはこのことに未だ気付いていないのだ。朝比奈が宇宙人だったり古泉が超能力者だったり、俺が違う世界の元住人だったり。

ま、そんなことなど知らなくてもこいつが生きていく上で何一つ不自由することはないだろうさ。

俺たちは某公園内の桜並木がある河川敷――そういや夏休み最後の日もハルヒと来たな――を抜けていき県道へと出ると線路沿いの道路を歩いて行く。

 

 

「次はどこに連れてこうってわけ?」

 

このまま北高に行くことも可能なルートなのだが、目的地は学校でもないし、まして行く理由もない。

いっそ徒歩で隣町まで行くのは無謀すぎる上にそもそも時間が中途半端なのでウィンドウショッピングにならざるを得ない。

手紙の文面を無視するのも考えたが長門があそこまで思わせぶりな態度をとっていた以上は無視できないと判断したのだ。

かくして道なりに進んでいき、ようやっと目的の踏切付近の十字路まで到達した。正面の信号は赤だ。

 

 

「……」

 

さて指定された時間はもうそろそろなのだがこんな場所に来てなんの意味があるのだろうか、と考えながら意味もなく信号を横断するために俺とハルヒは歩道で立ち止る。

とりあえず二、三分ほどここいらをうろついてみてみるかと不審者的思考回路に切り替わろうとした瞬間であった。

 

 

「……あれ」

 

俺たちの横をすっと小学生ほどの子どもが駆け出して行った。眼鏡をかけた坊主、少年だ。

ハルヒはその少年を顔見知りかのように見つめていた、が、そんなことなどどうでもよくなってしまった。

あらかじめ言っておくが瞬く間の出来事だった。

 

 

――キキィィ

 

と何かが擦れる音がした。それは多分、地面とタイヤが擦れるような音で、事実そうだった。

常識的に考えてそんな音が立つなんてことはドリフトでもしない限り聞き取れないだろう。

そうさ、とてつもないスピードで深緑色のワンボックスカーが線路を突っ切って十字路に侵入してきた。

スピードオーバーなだけだったら問題なかったんだろうが、問題はその車から見ての信号が赤であり、俺たちが渡ろうとしていた横断歩道を通過するだろうということ。

しかも何をトチ狂ったか車の軌跡はたった今現れた少年を吹き飛ばすであろう位置。

 

 

「ちっ……」

 

渋々、だとか言っている場合ではない。目の前で今にも即死コースなデッドコースターが少年の命を刈り取ろうとしているのだ。

何故かは知らないが俺はハルヒと繋いでいた手をすぐに振り払い、その場から俺の出せる最大限の瞬発力をもって駆け出す。

少年は暴走する車に気付いたが、対応出来ずに横断歩道のド真ん中で動きを止めている。このままでは、死。

 

 

俺の時みたいにさせるかってんだ。

 

自分でも何が自分を突き動かしたのかを理解できないままに俺は少年の首根っこをつかんで火事場の馬鹿力でもって後ろに手繰り寄せた。

その一、二秒後には眼前を車体横を見せつけながらあの世とこの世の間に線を引くかのように暴走者は通過していった。

 

 

「……っはあ」

 

呼吸が乱れる。間違いなく冷や汗をかいている俺の五体は満足で健在で、人身事故も発生しなかった。

ちらりと後ろを振り向くと何がなんだかさっぱりな表情の眼鏡坊主と唖然とした表情のハルヒ。

 

 

「ハルヒ! 車のナンバーを確認できたか!?」

 

「……あ、あんた……」

 

呆然自失とはまさにこのことだろうな。無理もない、ていうか動けた俺が我ながら不思議なぐらいだ。

眼鏡坊主に先に横断歩道を渡り切っておくようにと言いつけて俺はハルヒのもとへと戻る。

再び歩道までとんぼ返りということだ。

 

 

「やれやれって感じだな」

 

立ち尽くすハルヒにとりあえず俺は声をかけたが少ししてから俺を睨み付けるようにハルヒは。

 

 

「あんた何やってんのよ! あの状況で飛び出してくなんて正気!?」

 

「おいおい、落ち着けって。自分で言うのもなんだがオレは褒められるべき行動をとったはずだが」

 

「……信じらんない」

 

わなわなと身体を振るわせて激昂するハルヒ。この様子だとナンバーは確認できてなさそうだ。

きっと彼女は行き場のない怒りに身を震わせているのだろう。

 

 

「待ってろ、あの坊主と話してくる」

 

再び青信号に切り替わり、今度は左右確認をしっかりしつつ足早に俺は向かいの歩道へと駆けていく。

押しボタン式信号機の横にちょこんと立つ眼鏡の坊主。俺は彼に念押しするように。

 

 

「気を付けろよ、坊主。車は急に止まれないんだからな。次からは自分で逃げろ」

 

「うん。わかりました」

 

魂を持って行かれたような雰囲気の坊主だったが、本当にあの世に連れて行かれなかっただけ良かっただろう。

俺がいなかったらゴムマリのように彼の身体はアスファルトに叩き付けられていたに違いない。

眼鏡坊主はぺこりと一礼してから。

 

 

「危ないところを助けていただき、ありがとうございました。お姉ちゃんにもよろしく伝えておいてください」

 

すたすたっと彼は歩道を走り去って行った。きっとどこかへ遊びに行っていて家に帰る途中なのだろう。

日が暮れるにはまだ早いが門限に厳しい家庭ならばなんらおかしな話ではない、愚妹とは縁のなさそうな話だが。

青信号が点滅し始めた中、慌てて俺はハルヒの下へと戻って行く。すっかり物言わぬハルヒに対して俺は。

 

 

「あー、その、なんだ。段々とオレもムカっ腹が立ってきたぜ。あの坊主じゃあなくて暴走者のドライバーにだ。一歩間違えりゃあ――」

 

「……あんたが死んでた」

 

ぽつりと呟くハルヒ。その言葉と同時に吐き出された白い息はあっという間に霧散して行った。

俺はこんなどうしようもないような空気に対応できるほど人生経験が豊富ではない。

 

 

「わけ、わかんない……ほんと……なんなのよ」

 

「ハルヒ」

 

俺は彼女の名前を呼ぶとその身体を引いて俺の腕の中に入れた。

ハルヒは脱力しきった手で俺の腰を殴り続けている。

 

 

「大丈夫だ、死んでねえよ」

 

「……ばか。知らない」

 

おかげでこの日はデートどころじゃなかったのは今更語るまでもないだろう。

悪いが、ノーカウントと言ってもいいぐらいだ。後日仕切り直しするつもりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一息入れるべくやってきたのは恒例である駅前のSOS団御用達、某喫茶店。

ハルヒの知り合いらしい眼鏡坊主は彼女曰くたまに勉強を見てあげている仲の間柄なんだとか。

 

 

「あんたもそうだけどあの子も無事でよかったわ……ほんと……」

 

パンケーキとコーヒーを奢らせたハルヒが今まで見たこともないような表情でそう言った。

心ここにあらずというか、むしろ心をかき乱されているといった感じだ。

俺はテーブル越しの彼女に向かって。

 

 

「ま、お前も車にゃ気を付けろよ」

 

「何よ……もしあたしが弾かれそうになってたら、あんたが助けてくれたんじゃないの?」

 

当然だ。だが、俺がいつでもお前の近くに居てやれるとは限らないんだが。

ならば少しでも一緒に居てやるべきなんだろう。

 

 

「……オレからちょっとした提案がある」

 

結論から言うとハルヒが行きたかったらしい場所には行かずしてこの日は終わった。

俺はハルヒを家まで送り終えると夕暮れの住宅街の中、おもむろに携帯電話を取り出した。

すぐさま連絡先の中にある野郎に発信。コール音は三回目を鳴り終わる前に中断され。

 

 

『もしもし、古泉です』

 

「オレだ」

 

『なんとお言葉をかければよいのでしょうか。我々としましてはあなたが無事で何よりです』

 

やはり古泉はさっきの暴走車両について知っていた。

 

 

『再三言いますがあなたがたを四六時中監視しているわけではありませんよ。周辺を警戒しているだけですので』

 

「その割りには一歩踏み違えていたら死んでいたぐらいの状況だったんだが」

 

『なにぶんあまりにも突発的な出来事でしたので、それに我々が堂々と介入するわけにもいきませんからね。これは現場の人間はよくて始末書、あるいは何かしらの処分が下されてもおかしくないでしょう』

 

「んなこたどうでもいい。オレとしてはあんなトチ狂った運転をしやがった運転手に文句さえ言えりゃあ充分だぜ」

 

あわや命を落としかねないという状況下に置かれた故に俺はすっかり失念しつつあった。

古泉は電話越しに声のトーンを低くしながら。

 

 

『我々はすぐさま件の車両を追跡しようとしましたが、結論を言いますと失敗に終わりました。なんとも情けない話ですが』

 

「振り切られたってわけか」

 

『いえ……実は奇妙なことに運転手の姿を確認できなかったのですよ。こちらで検問を用意して取り締まろうとしたのですが、停車した車の中はもぬけの殻だったのです』

 

いったい検問なんてどこでやったんだよ、とかそんなことはきっと俺が気にするまでもない話なのだろう。

思い返せば俺があの場にいたのは朝比奈みくるからの手紙の文面に導かれた結果であり、彼女なりの意図があったに違いない。

異端者がらみで、俺みたいな一般人と大差ない野郎からすれば想像できないような手合いの者。

 

 

「……姿を消す程度、わけない」

 

『いずれにせよ我々の落ち度としか言いようがありません』

 

「よせ、未然に防げたら"人災"だなんて言わねえ」

 

『お心遣いありがとうございます』

 

何はともあれ、これが何かのきっかけだったのかもしれない。

最初から俺は無関係な人間ではなかったということなのだろうよ。

 

 

 

そして翌日の月曜日。

説明らしい説明がなければ安眠さえ出来なかっただろう。

もっとも、そんなことよりも大事なことがあったわけだ。

 

 

「よう」

 

「まさか本当に来るとは思わなかったわよ」

 

昨日俺がした提案とは、今までしていなかったのがある意味では不思議なことについて。

つまりは俺がハルヒを自宅と学校間送迎するということだ。

俺は家の門から出てきたハルヒと並んで朝の住宅街を歩き始める。

 

 

「悪いが毎朝はきつい。距離的にしんどいからな」

 

「べつに、あんたが勝手にやってるだけじゃないの」

 

「だったら残念そうな顔をしなくてもいいんだぜ」

 

「はあ? いつあたしがそんな顔したってのよ」

 

ハルヒはころころと気分が変わって飽きない奴である。

俺と彼女の家が極端に離れているわけでもなければ特別近くもなく、また北高へ登校する径路的には彼女の家に行ってからというのは完全な遠回りでしかない。

 

 

「にしても昨日は厄日だったわね。今度はしっかりした場所に行きなさいよ」

 

「オレの興味的には水族館が関の山なんだが」

 

「あんなとこ行くぐらいならネッシーを捕まえに行く方がマシね」

 

ところでネス湖にいるからネッシーなのだということをハルヒは充分に承知しているのだろうか。

だいたいあんなサイズのデカブツどうやって捕獲するというのだ。下手なクジラぐらいの大きさだぞ。

 

 

「とにかく、あんたはまだまだってことよ」

 

そしてやれやれ、未来人にとって俺の下駄箱は荷物を放置されたコインロッカーぐらいの認識らしい。

この日の俺の下駄箱には大人朝比奈からの言い訳がましい説明が書かれた手紙が入っており、まずハルヒにバレないように靴箱から取り出すのが大変だったとここに記す。

 

 


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