校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第三十八話

 

 

一年の計は元旦にあり、という言葉をハルヒがどこまで真に受けているのかは甚だ不明だが一月三日のその日に初詣は予定通り実施されることとなった。

ハルヒ曰く元日から三日までの間に一年の計があるそうだ。だからさっさとお願いごとを済ませたいんだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

指定された時刻より二十分近くも早く俺は駅前に出向いたにも関わらずSOS団他四人は何が楽しいのか既にスタンバっていた。

 

 

「遅いわよ」

 

早速ハルヒから容赦ない指摘を受ける。これはもう駅前に引っ越すしかないのだろうかと思えてしょうがない。

だいたいからして遅刻ではないのだから何が問題あるのだろうか。この罰則制度自体がおかしい。

と、新年早々に文句の一つでも言ってやりたいところではあるが今日の俺は寛容な精神テンションだ。

見るがいい。ハルヒをはじめとする女子三人の衣装を。

 

 

「少し窮屈な感じもしますけど、この服はとてもいいですね」

 

「……」

 

窮屈なのはもしかしなくても自慢のバストのせいだろうに。しかし俺はそのようなことを言いたいわけではない。

"豪華絢爛"の四文字以外の何物でもない、煌びやかな振り袖一式を装備した三人の晴れ着姿。

着物に草履、足袋に帯、髪飾りに至るまで全てが安物とは思えない高級感を放ち続けている。

これら全てを無償でレンタルする鶴屋の肝っ玉は小市民には永遠に到達できない境地なのだろう。

ハルヒはへらへら笑いながら腕を組んで俺に向かって。

 

 

「どうよ」

 

似合ってるぞ、という安直な言葉を返すべきなのか。それとも何か気の利いた言葉でもかけてやるべきなのか。

古泉はすぐさま前者を採択したようで朝比奈からは謙遜されているが俺はというと。

 

 

「お前は何着ても可愛いんだ。すまんが今更かけてやれる言葉があるほどオレはウィットに富んじゃあいないぜ」

 

「ふん。素直に『惚れ直した』ぐらい言いなさいよ、学がないわね」

 

素直じゃないのはどっちなのやら。だがハルヒは衣装がよければ気分もよかったので特に舌戦を交える必要はないらしい。

ところで彼女らは鶴屋から振り袖一式を借用しているわけなのだが肝心の鶴屋は現在海外にフライト中であり不在だ。

合宿中、鶴屋は女子三人に対して。

 

 

「申し訳ないんだけどさー、あたし朝からいないんだよね。だから勝手にウチに上がってっていいよっ。ウチの人に話は通しておくからさっ」

 

などと親友相手でも中々できないような提案をあっさりした挙句、厚かましさのなんたるかを自覚していないハルヒはあっさりその提案に乗っかったのだ。

女子三人は先んじて鶴屋邸で振り袖一式を借り受けると女中さんに着付けをしてもらったのだとか。

男子はその辺を考慮しての時間差がある集合時間設定だったのだがハリキリボーイの古泉一樹が俺のビリをどうしても望んでいるらしいな。

あるいは俺も女子に同行して鶴屋邸に行っていたならば間違いなく古泉の一人負けだったろうさ。

そんな同行なぞハルヒに許してもらえるわけがないだろうがな。

 

 

「じゃ、こいつもやっと来たことだし参拝に行くわよ!」

 

お前らは一体どれぐらい俺を待っていたんだという突っ込みをどうにか飲み込んで渋々俺も初詣に向かうこととなった。

辞典によると初詣なるものには回数の規定は無いそうだが何も市内の寺や神社を堂々巡りする必要がどこにあろう。

かくしてコート姿の野郎二人と晴れ着の女子三人という温度差がある成人式みたいな連中は手始めに某神社から向かうことにした。

とはいえバニーガールやメイドやウェイトレスやその他諸々のコスチュームで往来を歩くよりはよっぽど健全であり、道中で特別に奇異な目線を浴びせられることはなかった。

それから数十分、ようやっと神社の門前まで辿り着いたかと思えば突然横の野郎が。

 

 

「いかがなされましたか?」

 

「どうもしてねえよ」

 

「僕に何か訊きたそうな表情をしていたように見受けられたので」

 

確かにちょいとばかり気になったことはあるがこいつの洞察力はなんなんだ。

忍者か何かかよ。

 

 

「いやな、これは興味本位で訊ねるんだがお前さんにお年玉があったのかどうかが気になった」

 

「……はあ。お年玉ですか」

 

ともすれば古泉は愛想笑いも立ち消え訝しげな表情へと変化してしまう。

こいつの顔色などどうでもいいが触れられたくない話題なのだろうか。

すると白い息を吐き出しながら古泉は。

 

 

「775,249」

 

「はあ……?」

 

何を言い出したのかこの男は。一体全体なんの数字だと言うのだろうか。

いやいやひょっとすると。

 

 

「このお正月で僕が頂戴したお年玉の合計」

 

なんとなく感付いてはいたが彼はどうやら鶴屋と同じく上流階級の人間らしい。

そうじゃなければ新川氏や森さんのような方々と知り合いなわけもあるまい。

彼らと古泉の繋がりは『機関』というだけには思えんぞ。

と人がそこそこ真剣に彼との対応を考えていると野郎はいつもの薄気味悪い笑みに戻り、肩をすくめながら。

 

 

「なんてね。……おや、恐ろしい顔をしていますね」

 

万が一にこいつと二人で初詣に行くというトチ狂った企画であったならばそれはこれにて終了していただろう。

古泉のスネに俺の蹴りが飛ばなかっただけ俺は慈悲深い男である。

 

 

「僕のお年玉の内訳など大したものでもありませんよ。あなたとさして変わりない金額でしょう」

 

「ならさっきの数字はなんだ。出任せにしちゃ端数があるじゃあねえか」

 

「特別に意味のある数字でもありませんよ。まして、僕以外の人間にとっては単なる記号に変わりありません」

 

そういうのらりくらりと中身のない話をするのが好きなのは構わないが話す相手を俺にするのはよしてほしい。

しかしながら現状で他に話し相手として候補になる女子三人はハルヒを先頭にずんずかと先導している。

女子と男子との間には少しばかり間隔がある。あえて詰める気にもなれないというわけだ。

 

 

「お前さんの大したことないお年玉をハルヒに還元してやったらどうだ?」

 

「必要とあらばそうするまでですが、その役割は僕よりもあなたの方が相応しいと思いますが」

 

「オレの資産は限りある上にいつも喫茶店で奢らされるからすぐにすっからかんになっちまう。たまにはお前さんが遅刻しやがれ」

 

「それは難しい注文ですね」

 

苦笑しながらつらっと述べる古泉。

たかが設定時刻に遅れるだけの何が難しいのか。

 

 

「実のところ僕が一番最後になるべく自主的に到着時間を遅らせたことがあります。一度や二度ではありませんよ」

 

「なんだって? 今日だってオレが最後だったろうが。自慢じゃあないがオレは急いでる方なんだぜ」

 

「承知しております。僕の方も設定時刻に遅れることに心血を注いでいる今日この頃なのです」

 

どのツラ下げて言っているんだニヤケ面が。心血を注ごうが結果が実を結んでいないではないか。

俺が言えることなのかどうかで言えばそれはまた別の問題だが。

 

 

「ですから、僕はある一つの仮説を立てたのですよ。『待ち合わせの際はあなたが必ず一番最後になる』と」

 

「暴論だ。意味がわからないし笑えない」

 

「しかしながらそうとしか思えないのです。どれほど回り道をしても、家を出る時間を遅らせても、まるで時空が歪んでいるとしか思えないように僕の方があなたよりも先に駅前に到着するのですよ。例えあなたより遅れて家を出たとしても」

 

この際古泉がどうして俺が家を出る時間なんてものを知り得ているかはスルーしておいてやる。

問題はそれが人為的なものだとしたら、それを実現できるのはハルヒしかいないってことだ。

 

 

「つまり、有り体に申し上げますと涼宮さんはあなたに遅れてきてほしいと望んでいるわけですね」

 

「ずいぶんと手の込んだカツアゲだな。閉鎖空間でのびのびやってる赤玉野郎にも金銭的苦痛を味わってほしいぐらいだぞ」

 

「ならばやり方を変えてみてはいかがでしょうか?」

 

「……なんだよ」

 

「あなたが涼宮さんと一緒に駅前まで来れば済む話ですよ。流石の涼宮さんも自分が不利になるようなことはしないはずです。自ずと他の誰かがビリをおっ被ることになるでしょう」

 

いい作戦だ、感動的だな。

だが無意味だ。

 

 

「ハルヒとオレのセットがビリになった場合、あいつはオレに支払いを任せる未来しか見えねえ」

 

「とにかく一度お試し下さい。彼女の傾向を捉えるいい機会ですので」

 

「オレを実験台にする気かよ」

 

否定も肯定もせず、古泉は営業スマイルを浮かべて沈黙するだけであった。

ハルヒの後を追っているとほどなくして俺たちは朱色のでかでかとした鳥居をくぐった。

境内に出ると人の多さに俺は呆れかえることとなる。何が楽しくてこいつらは神社に来ているんだか。

 

 

「オレもだけどよ」

 

つい昨日まで雪原にいたとは思えないぐらいに雪のゆの字もないような景色なのだが、やはり寒い。

空が青々としてようが寒いもんは寒いのでしょうがないのだ。

 

 

「……はっ」

 

封印中ではあるが口に出さなきゃいいのさ。『しょうがない』って言葉はな。

参道には出店という出店がずらりと立ち並んではいるのだがハルヒは目もくれずに前進中。

確かにこんなところの出店にお世話になるのは馬鹿の所業以外の何物でもないだろうよ。

やたらと金を取られるだけだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水盤舎に到着した俺たちはそそくさと置かれている柄杓を取って手洗いうがい。

なんでもこれは清めの行為なんだとか。

 

 

「わきゃっ!? つ、冷たいですね……」

 

やたらオーバーなリアクションを見せてくれた朝比奈だが彼女の言う通りに水はキンキンに冷えていた。

ハルヒが水遊びしなかっただけ俺にはマシに思えた。いくら校内一の変人といえど最低限の常識はある。

 

 

「長門はどうだ。冷たくないか?」

 

「平気」

 

聞くまでもなかったがなんとなく訊ねてみた。溶鉱炉の中に突っこまれても彼女は顔色一つ変えそうにないな。

一連の所作として次は必然的に参拝となるのだが案の定拝殿含む本殿は混雑を極めていた。

この様子では他の寺や神社も混み合っているに違いない。今日は一日コースだな。

 

 

「ところで古泉」

 

「なんでしょう」

 

例によって行列の中、野郎と肩を付き合わせるはめになっちまった俺なのだが未だに釈然としていなかった。

先ほどの三十六万、いや、一万四千だかの数字についてだ。

 

 

「775249……この数字が気になるのですか?」

 

「思わせぶりに『どうぞ訊いて下さい』って書いたような顔されたらな、時間つぶしにはいいかと思っただけだ」

 

俺は神の存在証明なんぞに熱心な野郎の言動に興味はないが暇を持て余すよりはよっぽどマシだ。

それにしてもこの六桁の数字、何かの暗証番号ってわけでもないらしい。

 

 

「お前さんがわざわざ中途半端な数字、それも素数を口走るからには理由があるんだろうよ」

 

「なるほど。確かにこの数に至った理由は存在しますよ。あなたにとっては塵に等しきことだと思われますが」

 

「それを当てるクイズってわけだな」

 

「いいでしょう。なら僕から一つヒントを差し上げましょうか。この数字は、ある素数を三つ掛け合わせたものですよ。意味があるとすればそれら三つの素数の方でしょうか」

 

素数をかけて素数とはどこぞの天国大好き神父ならば喜んで考えそうなもんだがな。

ともあれ古泉からの挑戦状を俺は受け取った。

 

 

「オレが当てたら景品をくれてやってもいいんだぜ」

 

「わかりました、何か考えておきますよ。期限は今日中ということで」

 

気がつけばようやく俺たちは拝殿前へと到達していたらしい。

喫茶店で野郎の飲み物に浪費されるよりはマシな小銭を賽銭箱にブチ込んでやると垂らされた縄を掴んでしゃんしゃんとデカい鈴を鳴らす。

二拝二拍手一拝なるものを辛うじて記憶の隅に置いていた俺はどうにか形式通りにことを終えることができた。

 

 

「……末吉、ね」

 

それからおみくじを引いたわけなのだが、俺の結果は述べた通りだ。

ジーザス、凶なるものが出なかっただけよかったのか。

ちなみにハルヒと朝比奈は大吉で長門は中吉、古泉は吉だ。

 

 

「ここの神様は女好きなのか?」

 

「単純にあんたが冴えないだけじゃないの」

 

だとしたらますますハルヒは俺でOKしてくれたのだろうか。

古泉の素数云々よりもこっちの方が俺は気になるのだが。

ノーヒントだし。

 

 

「さ、他の神が待ってるからさっさと行くわよ」

 

なんて罰当たりなことを言っていたせいか、大吉ガールは本当に罰が当たったようだ。

第一に、いつの間にか俺とハルヒは異端者三人とはぐれていた――それだけ混み合っていた――。

第二に、不吉なものの前触れとして時代劇なんかでは度々見るあれ。

 

 

「困ったもんだな……」

 

「そうね」

 

ハルヒの下駄の緒が切れた。この際鶴屋には平謝りを決め込むとして、これでは移動がままならない。

立ち往生するにしても参道のど真ん中であり、いつまでもここに居てはまず迷惑である。

 

 

「オーライ。とりあえず脇道に逸れようぜ」

 

渋々頷いたハルヒを俺がどうにか支えながらのろのろと出店の裏側まで緊急脱出した。

とはいえこの神社を後にする必要があることを考えるとなんの解決にもならない。

 

 

「どうするよセンセ」

 

「……駄目みたい。直りそうもないわ」

 

見事なまでに断線しており、素人目から見てもこれはどうにもならないことが窺えた。

さて、このままでは千日手ではないだろうか。俺はとりあえずコートのポケットに手を突っ込んだ。

何故か。簡単だ。

 

 

『何かありましたか? あなたがたの姿が見られないのですが』

 

「簡潔に述べてやる。お前らとはぐれた上にハルヒの下駄の緒が切れて泣きっ面に蜂だ」

 

『それはそれは』

 

やる気があるのかわからない野郎だがこいつにとってはあくまで他人事。

ハルヒもこの程度の鬱憤で世界を滅ぼすほどイカレてはいないからな。

 

 

『要件は以上ですか?』

 

「なんだよ。どうにかしろよ」

 

『僕が出向いたところで何も変わりませんよ。あなたがどうにか涼宮さんと一緒にこちらまで来ていただきたい』

 

「いいだろう。なら次に集合した時のビリはお前さんにしてやる」

 

超能力者でなければ古泉にどんな価値があるのかと俺は真剣に考え始めていた。多分ない。

そんなこんなで俺は文字通りどうにかすることを強いられていた。

 

 

「ハルヒ」

 

俺は今にも神に喧嘩を売りに行きそうな顔をしている髪留め女に対して。

 

 

「ここからの脱出にはお前の協力が必要だ」

 

「何をしろって言うのよ」

 

「黙って落ち着いていろってこった」

 

そう言って俺はハルヒの傍まで近づき、腰を落とす。

ハルヒは俺の意図がわからないらしく微妙な表情だ。

 

 

「俺の首に手を回して、腰を俺の膝に乗せろ」

 

「あんたまさか」

 

「数分ぐらいは持つだろうぜ」

 

俺がとった手段は至ってシンプルかつ効率的な移動方法であった。

なるほど完璧な作戦ってわけだ。

 

 

「へヴィだ……へヴィすぎるぞ……」

 

「うっさいわね! 着物が重いのよ!」

 

瞬く間に他の参拝客の視線を浴びることとなってしまった俺とハルヒ。

俺は現在力を振り絞って彼女をお姫様抱っこして運搬している。

 

 

「さっさと行きなさいよ!」

 

「ぐ……お前は目の前の壁みてえな人を見ても行ける……と、思うのか」

 

悪いがお前の彼氏はシュワちゃんではない。それでも俺は敢闘した方だ。

最終的に生まれたての小鹿みたいにぷるぷるすることになったが鳥居を抜けて異端者三人と合流できたのだから。

最初から長門が来てくれれば解決だったに違いない。彼女の"応急処置"によって下駄はその機能を全うできるように戻ったのだ。

ハルヒは気持ちを切り替えるかのように朝比奈に絡み始めた。

 

 

「とんでもねえ仕打ちだった……」

 

「お疲れ様です」

 

「……古泉」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべて俺を労う野郎。

景品の用意、して貰おうじゃねえか。

俺の解答に対して古泉はあっさりと。

 

 

「お見事。正解ですよ」

 

「少しオレにも分けちゃあくれんかね」

 

「申し訳ありませんが、我々はそのような技術を持ち合わせておりませんので」

 

だろうな。

 

 

「この恨みをどうしてやろうかしらね。みんな、次のお願いは全員『ここの神様を滅ぼして下さい』にしなさいよ!」

 

神様とやら、もう一度この女に罰を下してやるのも悪くないのかもしれないぜ。

 

 

 


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