校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第三十七話

 

 

さて、正直俺は心身ともに疲れ切っているのでここからはダイジェスト風に語らせてもらおう。

ちなみに森さんを注視していた件に関してはしっかりハルヒに謝罪してあるのであしからず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バタバタしているうちに幕を閉じた十二月三十日だったが翌日の大晦日からはSOS団的ドタバタが開始された。

古泉いや『機関』スペシャルプレゼンツな推理ショー第二弾――第一弾の孤島編に関してはいつかお話しするかもしれない――はかねてより言われてた通りに猫が利用された。

よもやシャミセン二号なる雌猫が登場して我々をかく乱していたのだから反則というかなんというか。

 

 

「何よ、あんた気付かなかったっての?」

 

宇宙人未来人異世界人超能力者が実在することには気づかないくせにこういう妙なところで鋭さを発揮したハルヒ。

彼女の指示によってこの日は外での遊びが禁じられていた。前日の遭難で長門が高熱を出した、という夢を見たことを引きずってのことだ。

電力が通っている以上はテレビでも見るという選択肢もあっただろうに屋内で遊んで一日を消化した。

そもそもテレビが置かれていなかったというのもあるが、ハルヒの中では食う寝る遊ぶの三拍子ということもあり俺には昼寝の時間さえ与えられない。

 

 

「……」

 

俺はエレキギターも弾きこなす長門のことを万能型宇宙人かと思っていたが案外そうでもないらしく福笑いでは見事な変顔を形成してくれた。

あるいは長門なりのボケだったのかもしれないし、でなければ単純に彼女は福笑いのルールを知らないだけか。

まあ福笑いで完璧に顔を作るってのもそれはそれで笑いにはなるのかもしれないがこの場に関しては長門式モンタージュが失敗したのは正解だったと言えよう。

古泉の趣味なのかは知らないがいつも通りボードゲームもあった。にも関わらずハルヒはSOS団製の手作りスゴロクなるものを用意した。

全てのコマに罰ゲーム的指令が書かれており、一マス進むみたいなボーナスマスはなし。

俺が止まった『次に止まった人と野球拳をすること』のマスに見事に止まってくれた古泉との対決がきっとクライマックスだったに違いない。

 

 

「……オレと古泉の野球拳なんか誰に需要があるってんだ」

 

流石に野郎の全裸なぞ需要もないので一回ぽっきりで止めておいたがジャンケンまでも敗北する古泉はスゴロクが終了するまで上はシャツ一丁だった。

ところで合宿中の料理は全て執事の新川氏が作ってくれている。夏合宿の折もそうだったが白髪の老紳士のスキルは凄まじく出される品々どれも外れが無い。

でもって大晦日の夜と言えば言わずもがなな年越しそばであろう。

 

 

「皆様のお口に合えばよいのですが……」

 

などと謙遜しながら出されたそばはなんと新川氏が手打ちしたものだそうでしかも彼は蕎麦検定の四段なのだとか。

俺にはそば業界のことなどついぞ興味などないので不明なのだか結構凄いことらしい。

 

 

「流石に五段となるとなかなか厳しいですな。わたくしも幾度と挑戦してはおりますが、未だ修行中の身でございますゆえ」

 

このお方はそば職人が本業なのかと疑いたくなるがあくまで執事という設定らしい。

夏はクルーザーの運転に始まり和洋折衷な料理も振る舞い、森さんと一緒に家事なんかもこなしている。

本当に『機関』が謎でしょうがない。だいたいこんな六十は超えてそうな見た目の老紳士がうさんくさい組織で働いているのが謎だ。

年金生活よりも神聖視されているらしいハルヒの方に関心があるとでも言うのか。

とにかく、うん、汁も美味しかった。

 

 

「あったかい味です……おそばってこんなに美味しい食べ物だったんですね」

 

「ひぇぇぇ! やっぱり古泉くんが推薦した使用人なだけあるねっ。箸が止まらないよっ」

 

鍋パーティーの時もそうだったが鶴屋は長門ほどではないがハルヒと同じく大喰らいらしく、ズルズルと朝比奈の横で麺をすすっていた。

ギリギリ旬と言えなくもない桜えびと玉ねぎの天ぷらがまたサクサクで歯ごたえがよく、エビ天ばかりでなくたまにはこういうのもいいと思えたね。

晩御飯が終わってさて終身。

 

 

「はあ? 何、寝る気なの? 年越しカウントダウンするって言ってたでしょ」

 

「オレはそんなことを一言も言った覚えがないのだが」

 

「あたしが言ったのよ」

 

「だろうな」

 

部屋へ戻ろうとした俺はズルズルとハルヒに引きずられて結局年が明けるまで起きる破目になった。

シャミセンも丸くなりたいだろうに愚昧の手で睡眠を妨害され続けている。只今午後十一時台。

共有スペースでその時を待ち続けるだけの時間。まだ三十分以上は時間があるぞ、くそが。

朝比奈へのセクハラに夢中なハルヒを横目に俺は野郎に話しかけることにした。

 

 

「お前に訊いておきたいことがある」

 

「なんでしょうか?」

 

「昨日あいつが変わりつつあるとか言ってたな」

 

距離も離れているしハルヒには聞こえないとは思うが一応小声での会話だ。

俺は壁に寄りかかりながら古泉、いや『機関』に対して確認をとる。

 

 

「例えば突然あいつの力が消えちまったらどうするんだ? 天使でも悪魔でもなく、普通の女子高生に変わる……オレがハルヒをそうしようとしたらどうするんだ」

 

「……正直なところ、困りますよ。『機関』の見解としては今は現状維持が望ましい。むしろ変化させるのであれば彼女の力をより強力なものに、といった過激的な意見を持つ者だっているのが内情でしてね。お恥ずかしい限りですが」

 

「だったらどうしてお前さんはオレに変える権利があるみたいなことを言ったんだ?」

 

「これはオフレコでお願いします」

 

古泉は空元気のような笑いを浮かべてから自分の口に手を当て、内緒話をするかのようにしてから俺の右耳にこしょこしょと。

 

 

「僕個人の意見としましては彼女にはこのまま不自由のない平和な暮らしを謳歌してほしいと考えています。普通の女の子として」

 

「ハルヒのために集まったとかいう連中がハルヒのことを踏みにじるような意見を持っている……お前さんがさっき言ったのはそういうことなんだが」

 

「ええ、実に嘆かわしいことですよ。まったくもってね」

 

まず実態からして不透明な時点で『機関』を信用できるかといえば難しい注文である。

ハルヒのように恣意的な連中ではないらしいものの結局のところ彼らと俺とでは住む世界が違う。

ひょっとすると新川氏や森さんだって腹の内はハルヒを憎んでいるかもしれない。

少なくともハルヒがいなかったら彼らはこんな大晦日に山荘で油を売る必要はないのだから。

 

 

「オレはオレで勝手にやらせてもらうぜ」

 

「僕たちは今を楽しむべきですから、このような場に似つかわしい話題ではありません。我々についてのお話はまた後程ということにしましょう」

 

やがて、ごく自然な流れでその時が訪れ、一同はハルヒの指示により円を作るように並び共有スペースの床に正座する。

この場合の一同というのはSOS団五名と鶴屋と愚妹と三毛猫と新川氏と森さん、そしてこれまた『機関』の一員らしい大富豪という設定の多丸圭一氏と弟の裕氏。

総勢十一名と一匹での年越しとなったのだ。もちろん、お決まりのあの台詞も忘れずにな。

 

 

「あけましておめでとうございます!」

 

どうやら、まだしばらくはこんな生活が日常になるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、一月一日に関しては特筆すべきこともない。

二日も何かあったかといえば微妙なところではあるのだが。

 

 

「……はぁ」

 

「お疲れのようですね」

 

帰りの列車に揺られながら窓の外を眺めて盛大な溜息を吐く俺。

お疲れの原因の一端を古泉が担っていることを彼は自覚しているのだろうか。

前日の一日に何をしていたかと言えばスキーに凧揚げ、雪中羽根つきなんかもやった。

書初めも意味があるのかないのかわからん字ばかり書いてたし、とにかく遊んでいただけだ。

 

 

「明日はまた駅前集合だろ? お前さんはどうするんだ」

 

「あなたと同じですよ。頃合いを見計らって駅前に赴きます」

 

「だろうな」

 

俺の溜息の理由は異端者連中のゴタゴタ以外にももう一つあった。

合宿も終わって一段落かと思いきやハルヒは大晦日の日にこんなことを言い出していた。

 

 

「初詣に行くわよ」

 

シンプルかつ勝手に行ってろとしか言いようのないその命令はSOS団で実行されるらしい。

なんでも巫女装束もいいが朝比奈には振り袖を着せたいとのこと。で、それを聞きつけた鶴屋が。

 

 

「振り袖かいっ? じゃよかったらあたしのを貸すよ!」

 

日本庭園に住まうお嬢様というだけあって彼女の家にはれっきとした振り袖が何着かあるらしい。

彼女曰く父親は自分に着せたがるのだが自分は走り回れない恰好が苦手だからどうにもタンスの肥やしと化しているとか。

 

 

「だからさー、振り袖もハルにゃんたちに着てもらった方が喜ぶと思うのさっ」

 

流石のハルヒといえど振り袖一式を易々とは確保できまい。なんせレンタルでもそれなりな値段を取られるからな。

そこを友情パワーで鶴屋がタダで貸してくれるというのだから厚かましいを絵に描いたような女が断るはずもない。

しかしながら二日の今日に早速初詣、とも行かなかった。何故ならば。

 

 

「市内のお寺と神社を全部回りに行くわよ」

 

などと言い出したからだ。いや、どういう理由なのかは不明だがそれは最早ハルヒの中での使命感らしい。

異端者三人はそもそもハルヒに口出しできる権利が無いようで――正直言うと俺にもそんなもんあるかは怪しいが――俺はといえばハルヒの晴れ着に興味がないわけもなく折角ならば構わんだろうと肯定した。

それでも全部回りに行くとなるとやっぱり面倒だな意見すればよかったなと思い後悔して現在に至る。

俺の正面の座席に座る古泉は何が楽しいのか笑顔で。

 

 

「では、あなたは元旦も早々に宇宙人捕獲作戦やUMA探索ツアーを決行する方がよかったと思いますか?」

 

「まさか。冗談はよせ」

 

「涼宮さんが変化するのならば、それがいい方向であることを願うばかりですよ」

 

古泉の都合なんざ知るか。ちらっと右斜め前の座席の様子を俺は窺う。

ハルヒは帰りの列車だというのにテンションがやたら高めで鶴屋と愚妹もそれは同じだ。

朝比奈は古泉の次に弱そうにも関わらず女子連中のババ抜きに楽しそうに参加している。

長門は相変わらず何考えてるかよくわからん奴だが、あいつにもいつか普通の生活が待っているかもしれないな。

俺は、どうなのやら。

 

 

「古泉よ」

 

「なんでしょう」

 

「森さんの年齢を教えてくれないか」

 

「さあ。本人に直接伺ってみてはいかがでしょう」

 

そうしようにも『機関』の方々とは帰りの列車に乗る前に現地で別れたから今すぐにとはいかない。

俺は森さんの連絡先も知らなければこれは単なる興味本位以外の深い理由はないのである。

まして、好奇心猫を殺す。

 

 

「んなことした日には殺されるに決まってるだろうが」

 

女性の年齢体重その他プロフィールを訊ねるのは死罪だとかいうではないか。

ところで俺が好きなのは徹頭徹尾涼宮ハルヒその人だけであり、浮気だとかを考えることもなければ実行する気にもなれない。

ま、べつに俺はモテるわけでもないのであらぬ仮定ではあるのだが身近な女子についてこうだったらいいのになと考えるぐらいはあるさ。

例えば朝倉涼子から言えば彼女は幼馴染の世話焼きタイプだ。うん、やはりハルヒに近いところはあるな。

しかし彼女の魅力を割りかし真剣に考察するのであれば自ずと一つの結論へと到達するに違いない。

 

 

「……」

 

眉毛、ではなく脚だ。具体的には腰から下にかけてと言い換えてもいいかもしれないな。

ハルヒの脚線美がサラブレットのそれだとすれば朝倉の脚はクォーターホース。軽量でも重量でもない。

スレンダーな割に出るとこが出ているハルヒに対して彼女は全身が凶器と言っても過言ではない。

と、これ以上朝倉涼子について語ってもしょうがない。平気で人を殺しに来るような女と付き合う奴など正気とは思えん。

SOS団でいえば宇宙人は長門だろ。長門は、そうだな、むしろ彼女くらい静かな奴の方が妹にはちょうどいいな。

うちの愚妹は騒がしすぎる。

 

 

「おや、そろそろ到着のようですね」

 

不意に古泉が口を開いた。そんなことお前さんに言われんでもわかってるさ。

シャミセンを車内に取り残さないように足元に置いておいた猫用キャリーを膝に乗せる。

そして数分もせずに地元に俺たちは帰還した。今日のところはこれにてお開きである。

いつもの駅前に躍り出るなりハルヒは夕焼け色の空を睨み付け。

 

 

「もう夕方なの? 列車って不便よね。こう、ぱーって光の速さで移動できないのかしら」

 

到着するなりハルヒが穏やかじゃないことを口にし始めた。どこでもドアじゃいかんのか。

彼女の脳内での物理法則が既存のコンピュータよりもよっぽどバグを起こしているのは言うまでもない。

第五の力とか言い出されても俺には何がなんやらだ。

 

 

「んじゃ、今日はこれで解散。言った通り明日は初詣だから女子は朝九時に集合よ。男子は十一時ごろでいいわ」

 

ちなみにこのメンバでそのまま初詣に行かない理由だが、愚妹はそもそも初詣に興味などなく鶴屋は明日から親戚一同が集まるスイスへ飛ぶのだとか。

ますます家柄が怪しく思える。聞けば海外にお城みたいな別荘まであるそうな。

 

 

「あの……妹さん、残念だけどもうお別れみたいです」

 

「えー。あたしまだみくるちゃんと一緒がいいもん」

 

などと駄々をこねて朝比奈にすがりつく愚妹を引きはがし、連行されるグレイ型のエイリアンさながらに引きずりながら俺たちは帰宅した。

こいつさえいなければ重い荷物を抱えながらもハルヒの家までハルヒと一緒に行こうと思っていたのだが。

俺はふくれっつらの愚妹に対して一応確認しておく。

 

 

「お前は初詣に来ないのか? お前の大好きな朝比奈にまた会えるぞ」

 

「……明日は遊びに行くからむり」

 

その愚妹の遊び相手は情けないことにボーイフレンドなどではない。

ちんちくりんの数年後、いや、高校時代の姿など今の俺には想像できなかったさ。

 

 

「そうかい……」

 

どうでもいいがな、お前の分、荷物も重くなっているんだから猫用キャリーぐらいお前が持てというに。

心身ともに給仕と化しつつある朝比奈なら喜んで俺の荷物も負担してくれるだろうな。

長門に限らず彼女が俺の妹でもいいかもしれん。もちろん、ハルヒが俺の妹だったらなんてことは想像すらしないぜ。

 

 


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