校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第三十五話

 

 

何やら夢のようなものを見ていた気がするが、そんなものは気のせいであり数日して合宿の当日が訪れた。

SOS団の冬合宿。雪山の山荘で年越しカウントダウンをするんだとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず何故俺たちが合宿をしなければならないのかというところから話は始まる。

これは夏の合宿の際にハルヒが言っていたのだが。

 

 

「合宿をするために行くのよ」

 

ん? んん? 俺にはまるでこいつの言った意味がわからなかったぞ。

つまり彼女は合宿をするために合宿に行くと言っているらしいのだ。

目的なんぞハナからろくに設定されていないのとほぼほぼ同義である。

前回の夏合宿では海水浴ぐらいしかしてなかったしな。目の保養だ。

雪山に行くというだけあってまさかここいらで合宿を実施できるはずもなく必然と遠出をすることになる。

そんなこんなで俺たちは現在早朝から例の駅前で集まっているというわけだ。

 

 

「ようやく来たわね」

 

と仁王立ちして俺と俺の妹の到着を待ち構えていたのはハルヒ。

身体中から早く合宿に行きたくてしょうがないという雰囲気が滲み出ている。

俺は自分の到着が一番最後になった原因である愚妹を見据えて。

 

 

「……じゃあな。お前とはここでお別れだ」

 

「えー。お兄ちゃんずるい! ハルにゃんたちと遊びに行くんでしよ!? あたしも行くもん」

 

自宅でも充分駄々をこねていたがここでも駄々をこね始めた。見苦しい。

こんなちんちくりんなど俺が連れて行くはずもなかろう。勝手についてきたのだ。

列車の乗車時間を考えるとここでぐだぐだやりたくないからご退場願いたいのだが。

古泉はぽんと俺の肩に手を置いて。

 

 

「まあまあ、いいではありませんか。それとも妹さんが増えて何か不都合な点でも?」

 

不都合しかない。こいつの世話もそうだし指し当たっての不都合は切符の料金が愚妹分増えるということだ。

子ども料金とはいえこんな奴に俺は金をかけたくない。

 

 

「しょうがないでしょ。ついてきちゃったんだもの、今更あんたの妹ちゃんを追い返すのも忍びないじゃない」

 

ハルヒは他人事だからか古泉の意見にあっさり便乗しやがった。

彼氏の肩を持つっていうことはないらしい。などと若干の閉塞感を感じていると。

 

 

「いやー、キミも大した男だとは思ってたけどとうとうハルにゃんとくっつくとはねぇ。あたしからも何か言った方がいいのかなっ?」

 

どこで聞きつけたのか――朝比奈あたりが喋ったのだろう――鶴屋が朗らかに俺の前に躍り出てそんなことを言った。

ちなみに彼女も妹の肩を持つようで早くも鶴屋は妹に攻略されていた。小学生の対話力は侮れない。

 

 

「……」

 

「ふふふ、妹さん久しぶりですね」

 

もはや立ちんぼな長門だけが俺の味方をしてくれそうだ。

鶴屋のところに朝比奈も加わって頭を撫でられ優しい言葉をかけられるなど妹はいいようにされている。

現在の合宿メンバは七人。うち妹含む五人は妹の合宿行に賛成組だ。

さて多数決の原則は少数意見の尊重だろと俺は現実逃避を始めることにでもするさ。

両親には愚妹に俺が合宿に行くことを教えないように言っておいた上に未だ七時台の早朝集合。

バレずに俺はさっさと行くつもりだった。だのに何故妹がついてきたかというとそれは俺の荷物に関係する。

 

 

「まったく……」

 

俺の手には猫用のキャリーバッグ。そして中にはもちろん猫が入っていて、入っているのは妹の愛猫であるシャミセンだ。

古泉曰く推理ショーに猫が必要だとかなんとか。おかげさまで朝からシャミセンを仕舞う一部始終をトイレのために部屋から出てきた妹に見られた。

黒猫は不幸を呼ぶと言われているが雄の三毛猫はどうなんだろうな。

 

 

「それじゃ、出発進行よ!」

 

ひとしきり妹とじゃれ終わった長門除く女子連中はずかずかと駅の中へと入っていく。

俺と古泉がだらだらとその後を追う形である。女三人寄ればなんとやらだが現在女子は五人だ、うっとおしいぐらいだ。

ちなみに今回俺が一番最後に到着したというのも遅刻扱いらしい。なんたる不条理か。

 

 

「はぁ……」

 

「いかがなされましたか?」

 

「なんでもねえよ」

 

列車に乗り込んでも女子は女子で盛り上がっていた。愚妹は騒がしいぐらいだった。

もちろん、俺と古泉は別の座席で野郎二人の楽しくも盛り上がれもしない時間を過ごしている。

こいつとトランプをやったところでどういうわけか俺が勝つ――接待なのかはたまた古泉が馬鹿なのか――のでやる意味もない。

目的地の雪原まではしばらくかかるとか。

 

 

「オレは寝る。ついたら起こせ」

 

「承知しました」

 

ニヤニヤしている俺を舐めきったこいつの顔を拝んでも何も楽しくない。

まして社内でシャミセンを解放するわけにもいかず、俺は本当に現実逃避をすることにした。

 

 

 

――十二月二十九日。

俺たちが合宿に行く前日まで時は遡る。

 

 

「……」

 

真昼間だというのに俺は自分の部屋で三毛猫と並んで惰眠を貪っていた。

というのも翌日は合宿。つまり嫌でも体力を消費するようなことになると思われるので今のうちから英気を養っていたのだ。

この日は穏やかに過ごせるはずだった。そう、あいつが来るまでは。

 

 

「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」

 

「――ぬぉっ!?」

 

平気で人様の部屋に上り込んで強烈なボディプレスをかましてきた妹。

俺は何をされたのかもわからぬままに衝撃に襲われた。

 

 

「お、お前」

 

俺の睡眠の邪魔をするなときつく言っていたはずだが何なんだ。

お前も部屋で寝ていればいいだろうに。シャミセンが欲しいなら勝手に持って行け。

妹は悪びれもせずに。

 

 

「お兄ちゃんにお客さんだよ?」

 

「……オレに客だと?」

 

「うん」

 

「誰だよ」

 

「行けばわかるよ。あ、シャミもらうね」

 

ついでに三毛猫も妹の手で安眠を妨害されてしまうことに。

いや、そんなことよりお客とは何者だ。俺の知り合いか。

正直誰も呼んでいないのでさっさとお引き取り願うべく俺は寝巻き姿のまま玄関へと出向いた。

渋々ドアを開けるとそこには。

 

 

「ふん。来てやったわよ」

 

と白いダウンジャケットを着た私服姿のリボンカチューシャ女。

涼宮ハルヒが俺の家先にいた。

 

 

「……は?」

 

「何、その恰好。あんたもしかして寝てたの? 明日は合宿だってのに前日からその怠けっぷりだなんて信じらんない」

 

俺はお前がここに居るのが信じられないのだが。

ほのかちゃんも「ありえない」って言うぞ。

 

 

「案の定だったみたいね。あたしが喝を入れてやりに来たってわけよ」

 

いやいや、というかお前俺の家の場所を知っていたのか。

教えた覚えがないのだが。勘違いだろうか。

 

 

「……帰れ、と言っても聞かんだろうな」

 

「せっかく来た彼女を追いかえすわけ? あんたそれでも彼氏なの?」

 

よくよく思い返さなくても俺はまだこいつに彼氏がするようなことなど何一つしてはいない。

年が明けたらどこかデートに行くのもいいかもしれないが俺に面白さを求められても困る。

とにかく玄関で待ってもらい俺が手早く着替えるといつの間にか玄関まで出てきた妹とハルヒはお喋りしていた。

 

 

「へー。ハルにゃんってお兄ちゃんとつきあってるんだ」

 

「ついこの前からだけどね。あいつがどうしてもって泣いて土下座するからつきあってやってるのよ」

 

「ふーん」

 

彼女の脳内で盛大に悪意ある変換が行われていることへの突っ込みは遠慮しておいた。

俺は妹の首根っこをつかむように。

 

 

「いいか、お前は引っ込んでろ。でないと今後二度とお前の勉強を手伝ってやらんぞ」

 

「はーい」

 

この日は聞き分けの良かった妹はどたどたと引っこんでいった。

あいつがいなければ色々とチャンスがあったかもしれないと思うと残念だ。

ブーツを脱ぎ終えて上り込んできたハルヒは。

 

 

「早速あんたの部屋にお邪魔するわよ。どこ?」

 

と俺の許可とかお構いなしにずかずか二階へと上り込んで行った。

べつに俺の部屋に特別面白いものなどないのにハルヒは入るといの一番にベッドの下をのぞき込み始めた。

 

 

「おい」

 

「うーん、ここにはないみたいね。……ねえ、あんたはエロ本どこに隠してんの?」

 

「そんなものウチにはねえよ」

 

本棚を漁ろうが机を漁ろうが、タンスや押入れを漁ろうが出るわけもないのにハルヒはガサ入れを始めた。

仮にあったとしても何が楽しくていかがわしい本を彼女に見せなければならないのか。そんな決まりはない。

 

 

「……で、何の用だ?」

 

早くも俺のベッドを占領したハルヒに俺は問いかける。ダウンジャケットは俺の学習机の椅子にかけられていた。

こいつの来訪を手放しで喜んでやりたい気もするがハルヒから俺の家に来るなど未だに信じられん。

ハルヒはじとっとした表情で。

 

 

「さっき言った通りよ。せっかく付き合ってるのに何もしてこないなんて、あんた本当に付いてんの?」

 

「何を、とは聞かないでおいてやるからな」

 

「とにかくつまんないでしょうが」

 

スケベ心ありきで俺はこいつが好きなわけではない。いや、下心が皆無かと言えば別だが急ぐ必要もないだろ。

しかしながら俺の家に来たところでつまらなさが解消されるのかね。

 

 

「……あんたってホント馬鹿ね」

 

呆れられてしまった。俺はどうすりゃいいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お喋りするにしても何をすればいいのやら。

女性との付き合い方なぞ知らない俺はとりあえず。

 

 

「ゲームでもするか?」

 

どうにか場を持たせることにした。

テレビゲームでもやれば時間は潰せるだろうさ。

 

 

「いいわ。やるからには勝つわよ」

 

一人でやってろとは口が裂けても言えなかった。

彼女の中では俺と対決するという図式らしい。

普段はゲーム機を押し入れに仕舞ってあるので俺は面倒だが引っ張り出した。

 

 

「何がいい? ソフトはたくさんあるぞ」

 

「これ一世代前のハードじゃないの」

 

「いいだろべつに。名作が多いんだよ」

 

「……じゃあこれ」

 

籠の中に入れてある数多くのカセットの中からハルヒが選んだ一本のゲーム。

まさしくそれは名作と呼ぶに相応しい一作。

 

 

「ほう。【F-MEGA X】か」

 

「小手調べにはちょうどいいわよね」

 

そう、彼女がセレクトしたのはF-MEGA X!! 1998年発売!!

【F-MEGA X】は一対一の対戦型カーレースバトルゲーム。

1990年に世に出たあの伝説の名作の進化版とも呼べるこれまた名作だ。

ハルヒはコントローラーをぶんぶん振りまわしながら。

 

 

「勝った方が負けた方に一つだけなんでも命令できる権利を得られるの。どう?」

 

「いいのか? 言っておくがオレは強いぞ」

 

「弱い犬ほどよく吠えるって言うわ」

 

「はっ。ならお前の実力を見せてもらおうか」

 

ツープレイヤースロットにコントローラーを差し込むハルヒ。

カセットを差してゲーム機の電源を、オン。

 

 

「……」

 

「……」

 

この瞬間から勝負は始まった。

カーセレクトの時から気を抜いてはならないのだ。

 

 

「あら、流石に言うだけあってマシンは全台解放してあるのね」

 

「当り前だぜ」

 

Xでゲーム開始時に選択可能なマシンは6台のみ。

しかし、ゲームを進めていくことでプレイアブルマシンは最大30台まで増える。

更にこのゲームにはマシンの性能差がある上に、レース前にマシンの調整を行うことが出来るのだ。

 

 

「……へぇ」

 

「……ほぉ」

 

ハルヒと俺は互いの選択にニヤリとする。

彼女が選んだマシン"ヘルホーク"はトップスピードよりも加速力の高さに重きを置いたマシン。

一方の俺も加速重視のマシン"ナイトサンダー"だ。この二台はドリフト性能が高い。

そしてこのゲームはドリフトゲーと呼んでもいいぐらいな仕様が数多く存在する。

 

 

「……」

 

「……」

 

コースはもちろんJACK CUPのシリンダーコースだ。

肩慣らしにはちょうどいいだろう。そしていよいよレース開始のカウントダウン。

べつに勝ってどうこうしようとは思っていないがこんな女ごときに負ける俺ではない。

発車前にも関わらずタタタタタタタ、とボタンを連打する俺とハルヒ。

スタートダッシュでターボを仕掛けるのはレースゲームの常識だ。

そしてカウントがゼロになったその瞬間――

 

 

「――なっ!?」

 

ガリガリガリガリガリ、ハルヒのマシンが思い切りサーキットの右端に突っこんでいく。

言うまでもなくマシンを壁にぶつけるという行為はスピードロスでしかない。

確かに加速寄りに調整したドリフトタイプのマシンならば壁に擦りながら行う壁ドリフトで直線でも加速することができる。

しかし、こいつはそうではない。わざと壁にぶつかり続けているのだ。

 

 

「行くわよ」

 

そしてあろうことかとうとうハルヒのマシンはコースアウトした。

否。最初から彼女はこれが狙い。

 

 

「と、飛んでやがる!」

 

"ACIDTD"と呼ばれるウルテク。

まさか、こいつ。

 

 

「ハルヒ、お前このゲームやり込んでいるな……!」

 

「あったりまえじゃないの。こんなの小学生の時に飽きるほどやったからね」

 

不覚にも舐めていた。

この瞬間にもカチカチと十字キーを動かして空中のマシンを急加速させていくハルヒ。

彼女のマシンは「バグかよ」ってぐらいありえない起動で宙を縦横無尽している。

デバッグの段階で気付いたそうだが仕様として残しておいたそうだ。

そんなこんなで50秒もせずに3周を終えたハルヒ。俺の敗北がここに決定された。

 

 

「くそが、油断してただけだ……こんなはずでは……」

 

「負けは負けよ。大人しく認めなさい」

 

運動しか能がなさそうな怪力女がゲームまでやれるとは誰が思うだろうか。

不意打ちみたいな真似なので認めたくなかった、が、彼女の言うことは正しい。

俺はあっさりとコントローラーを放り投げて両手をホールドアップした。

 

 

「いいだろう。オレの負けだ」

 

「さて、どうしてやりましょうかね」

 

いたずらを考える子どものような邪悪な笑みを浮かべるハルヒ。

無邪気とはとてもじゃないが思えんぞ。

 

 

「……うん。決まったわ」

 

「なんだよ」

 

「簡単なことだから安心していいわよ」

 

ハルヒの要求はシンプルなものであり、詳細はこうだった。

ゲームを一人でプレイする彼女を俺が後ろから抱っこするというもの。

かくして俺は自分との戦いを繰り広げながらなるべく画面を注視することにした。

少し下に頭をやるだけでそこにはハルヒの頭があり、そもそも彼女の身体を意識するだけで俺は、こう、辛いものがある。

 

 

「あんたがあたしに勝とうなんて百年早かったのよ」

 

「ああ」

 

「本当はもっとへヴィな要求も考えたけど、明日は合宿だから」

 

「ああ」

 

「今日はこれぐらいで勘弁してあげてるってわけ」

 

「そうだな」

 

ブラウン管の画面には人力TASみたいな理不尽な挙動をしつづけるハルヒのマシン。

右下には平均時速にして1500kmと表示されている。ちくしょう、かなわないな。

ううむ、耐えろ、耐えるのだ俺よ。俺の脳裏によぎっているのは愚妹の教育上よろしくない行為であるぞ。

しかしですよ女の子の身体と密着するという行為は想像以上にきつい。いい意味で。

それになんかわからんがいい匂いするし。

 

 

「もう、あんたからもなんか喋んなさいよ」

 

「……すまんな」

 

お前をデートにでも誘う時は何かしらの話題を提供できるように善処するさ。

その後、来なくてもいいのにしゃしゃり出てきた愚妹にぎゃあぎゃあ絡まれたりハルヒの精神攻撃が続いたり。

結局この日しっかり休めたかと言えば微妙なところであった。

 

 


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