校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第三話

 

 

人間はよく『やらなくて後悔するよりも、やって後悔するほうがいい』と言う。

つまり何事にも言い訳するなって事だ。

……最初に言いだした奴に言いたいが、これ暴論だよな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしながら俺はその言葉を頭の中で反芻しながら帰路についていた。

何故かと言われればそれは先ほどのメイド女子に似た巨乳女のせいである。

ぬおお、ぬかった。

土下座してでも胸を揉ませて下さいと言うべきであった。

人生で初めてあそこまで大きな乳を見たぞ俺は。

合意の上なら大丈夫なはずだ。

いや、確か学生は大学生以上といたすと犯罪になるとか聞いたような気がするが、ううむ。

揉むだけなら問題なかっただろいいかげんにしろ。

と本物の与太話とやらを自分相手に繰り広げていたところ気が付けば自宅に到着した。

違う。

正確には自宅前まで、だ。

門の前にハンサムマンがニタニタと気持ち悪い顔で突っ立っている。

近所迷惑という言葉を知らんのかこいつは。

 

 

「こんにちは」

 

「お前さんはついさっき『失礼します』とか言ってたが、オレの家に失礼するつもりなのか?」

 

「とんでもありません。いつぞやの約束を果たそうかと思いまして、帰りを待たせてもらっていたところですよ」

 

約束だと?

それはつまり果たされる為に交わされるものである。

決して破る為にあるのではない。

ともすれば俺はこのハンサムマンとの間に何か約束事があったと言う事だ

どんな約束だよ。

まさか将来を誓ったとか言うんじゃねえぞ。

俺はそんな覚えないしホモじゃない。

恋愛と言える恋愛は経験していないが女子の方がいいに決まっている。

妙な約束などこいつを蹴り殺してでも全力で破り捨ててやる。

 

 

「一、二時間程度お時間を頂いてもいいでしょうか。案内したいところがありまして」

 

「ちょっと待て。要件を明確にしろ」

 

出来れば俺に関わるな、と付け加えてやりたかったがすんでのところで我慢した。

この野郎も俺を取り巻く異変について何かしら知っているかもしれないからだ。

使えそうになければこちらから関わらなければいいだけの話だしな。

ハンサムマンは苦笑して。

 

 

「これは失礼しました。涼宮さんに関係する事でして……かつ、事態は急を要します」

 

「任意同行じゃあないのか?」

 

「無理にとは言いませんが、こちらと致しましてはなるべくあなたに同行をお願いしたいところですね」

 

「……はっ」

 

しょうがねえ。

別に、涼宮に関係するって所に俺が反応したわけではない。

情報社会がすぐそこだってのを俺は理解しているからだ。

一旦カバンを玄関に放り投げ、母さんと妹に小一時間ほど出かけてくる旨を伝えた。

愚妹は愚妹でアイスの一つでも買ってこいだの俺に要求するが無視だ無視。

家を出て国道に出るや否や黒塗りのタクシーが停車。

ハンサムマンはどうぞと言わんばかりに俺を車内へ押し入れるが料金はそっちが払うんだろうな。

一時間程度かかるような場所のタクシー往復に耐え得るほど俺の財布は潤ってないぞ。

 

 

「ご安心下さい。運賃は僕が持ちますので」

 

「当然だな」

 

行先は県外の某所。

ちょっとした地方都市になるがこれなら電車で行った方が早い。

よってこの馬鹿が金を支払うのは当然の帰結であろう。

俺なら間違いなく電車を使うね。

後部座席に野郎二人を乗せてタクシーは東へと走っていく。

で、約束とは何の事だ。

まずそこから説明しやがれ。

 

 

「超能力者ならその証拠を見せてみろ。あなたはそうおっしゃりました。ですので、これからその証拠をご覧に入れましょう」

 

「……はぁ?」

 

もしかしなくても俺の周りの連中は中二病か脳足りんなのか。

異世界人という単語が聞こえたと思いきや次は超能力者ときた。

しかもハンサムマンの口ぶりから我こそはエスパーだと言わんばかり。

馬鹿がマヌケが阿呆どもが、付き合ってられんね。

マジックショーならお前じゃなくて腕のいいマジシャンのを見せろ。

ラスベガスまでは二時間あろうがまるで足りないんだからな。

妹相手に見せてやってくれ。

きゃっきゃと笑いながら喜ぶだろうぜ。

 

 

「まだ信用してもらえませんか」

 

「もしオレが超能力者なら他人に見せようだとかさえ思わんが」

 

知られてない方が有効活用出来るだろ。

エスパーかサイキッカーか何がか知らんがそうだろ。

だいたいからして涼宮とどう関係するんだ。

それこそ涼宮に見せてやれよ超能力。

あいつなら手放しで大歓迎だ。

 

 

「色々と事情がありまして……どこから説明すればよろしいのか僕としても困っているのですよ」

 

「長々と説明してくれるから移動手段がタクシーなんじゃあないのか? 最初から最後まで、何かあるんなら説明しろ。オレに何があった」

 

「……何があった、とは? 超能力がらみについての説明はさせて頂きますが、あなたの質問の意図がわかりかねます」

 

「お前さんは知らないのか。異世界人がどうしたキョンがどうしたとかって話を」

 

巨乳女の戯言だったのだろうか。

俺の言葉に対してハンサムマンは少し考えるポーズを見せた。

が、長くは続かず。

 

 

「いえ。皆目見当がつきませんね。差支えなければ先にあなたの方からお話を伺いたいところですが」

 

「オレも自分に何が起きたかさっぱりわからねえ。気が付いたらオレは北高に居た。オレは元々他校生で、しかも季節は冬の十二月を過ごしていたところだ。昨日までな」

 

「……なんと」

 

ハンサムマンは俺の話を真面目に受け取ってくれたらしい。

普通、こんな事を言われても信じるわけないぜ。

俺なら信じないね、ああ。

 

 

「涼宮の事は知ってる。同じ中学だったからな。だが、あいつも他校生だった。あいつは光陽園に通ってたはずだ」

 

「驚きとしか言えません」

 

「百歩譲って五月まで時間が戻ったのはよしとしよう。オレの精神がイカれていたで済むからな。学校はどう説明するんだ? オレは自分の部屋すら変わってたんだ。いや、世界が変わっちまったとしか考えられん」

 

「……なるほど。ええ。もうよろしいですよ」

 

僕にも考える事が出来たみたいです、と言って切り上げるハンサムマン。

で、俺はお前ら文芸部の連中の事を何も知らないわけだ。

名前の一つでも教えてくれると助かるんだが。

 

 

「僕の名前は古泉一樹です。……では、次に話をするのはこちらの番ですね」

 

何やら改まった様子のハンサムマン改め古泉一樹。

彼の口から語られたのはまさに荒唐無稽としか形容できない話であった。

いや、この程度でそう言っていてはこれから先の話など荒唐無稽では済まなくなってしまう。

とにかくもっともらしい説明をしてくれた最初の相手は古泉一樹だった。

俺の身に起こった事については何ら知らないようだったが。

 

 

「超能力者。実際にはちょっと異なりますが、僕の事はそれに近い存在と認識して下さい」

 

「はーん。超能力者ね。で、お前さんは何が出来るんだ?」

 

「解りやすい能力じゃないんですよ。そして普段の僕は何の力も使えない一般人と同じです。とある条件が重なった場合に限って、初めて超能力を行使出来るようになるんです。そのまたとない機会がたった今だという訳ですね」

 

「よくわからんな」

 

「原理を理解して頂く必要はありません。事実を確認して頂きたいだけですから」

 

「このタクシー移動もとある条件とやらの一つなのか?」

 

「ええ。正確にはこれから我々が行く場所が関係しますが」

 

地域限定のヒーローとでも言いたいのか。

涼宮はどう関係するんだ。

 

 

「彼女には"願望を実現する能力"がある」

 

……は?

何だそれ。

意味がわからん。

そんな事を真面目に古泉が言うもんだからどうやら信じてもらいたいらしい。

俺に確認させろ。

 

 

「……願望を実現、だあ? つまりそれは願いが絶対叶うって事か。あいつが願えば何でも実現する。そう言ってんのか?」

 

「ズバりその通りでございますよ」

 

「オレを馬鹿にしているんなら超能力云々で最後にするんだな」

 

「これが正解かは不確かであるものの、我々『機関』……『機関』とは僕も所属する超能力者とそれに関係する人材の集まりですが、このお偉方は僕たちが住まう世界をある存在が見る"夢"のようなものと考えています」

 

戯言だ。

俺は今すぐタクシーから降車して家に引き返すべきだろう。

だが、それをさせない不思議な説得力が古泉にはあった。

カリスマ。

こいつは何かを持っている。

そう俺に思わせた。

 

 

「夢、つまり幻想であり虚構です。実体をともなわない以上は夢を見ている存在にとっては自由です。何が起ころうが、何をしようがね」

 

「何が言いたい」

 

「世界がもし夢ならば全てはその存在にとってのさじ加減でしかない。絶対的な上位世界の存在。つまり、神」

 

「……イカれてやがる」

 

ジーザス。

皮肉にもそう言いたくなった。

 

 

「つまり、涼宮さんこそが神なのではないかと我々は考えています」

 

「安っぽい現人神だな。証拠はあんのか」

 

「その一端をこれからお見せするわけですから、追々と理解してくれればよろしいでしょう」

 

涼宮 is God.

じゃあそうだとして、あいつが関係するのはその願望が実現する能力とやらなんだろうな。

普通じゃないのが好きだってのは口を酸っぱくして言っていた事だ。

超能力者と同じ部活なんて普通じゃない。

あいつは能力とかについて知っているのか。

 

 

「いえ。むしろ自覚してもらっては困ります。彼女は自分の能力を知らない。だからこそ、世界に常識が存在していると言えましょう。涼宮さんが消えてしまえと願えば一瞬で消える。彼女の能力はそんな事さえ可能にしてしまうのですよ」

 

「神が世界を壊すってか。自作自演だ……何よりあいつは常に世界に文句しか言ってないんだぜ。それで常識があるってのがおかしくないか。どう説明すんだ」

 

「無意識の作用でしか彼女は能力を行使しません。ああ見えて分別の付くお方なのですよ、彼女は」

 

「……嘘つけ」

 

要するに涼宮を神を崇めているハンサムマンに代表されるエスパーマンは涼宮のご機嫌取りをするのが仕事だとか。

難儀な連中だな。

俺なら辞めてやるよ。

 

 

「役割ですから。それに、僕に超能力が宿ったのもただの偶然であって誰でも良かったんですよ」

 

「通り魔の証言みたいだな」

 

「とまあ僕たちは各々非常識な存在なわけです。涼宮さん以外にも長門有希と朝比奈みくるだってそうですね」

 

誰だそいつら。

もしかして部室に居た二人の女子の事だろうか。

どっちがどっちだよ。

 

 

「このような状況に到ったのは涼宮さんの能力によるもの。もっと言えばあなたの責任、と言う事になってます」

 

「どういう事だか」

 

「つまりあなたがSOS団結成のきっかけを作ったという事ですよ」

 

「文芸部で時間を無意味に浪費するあの集まりをオレが結成しただと?」

 

「あなたの認識はさておき事実はそうです。僕もそのように認識しております」

 

ここいらでこの日の結論を先に述べておこう。

わけがわからなかった。

以上だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

車が停車して外に出ると大通りだった。

電車のターミナルだって連なっているしウィンドウショッピングには困らない程度に建造物がずらりと並んでいる。

 

――街。

東京に比べればその一角ぐらいにしかならないだろうが俺が住む片田舎からすれば充分だ。

この思考が既に田舎者なんだろうか。

料金を支払うも何も料金を受け取らずにタクシーは去って行った。

何なんだ。

運転手は古泉の顔見知りなのか。

 

 

「では参りましょう」

 

古泉に先導されてスクランブル交差点へ入っていく。

そこから先の事は正直愕然としていたから俺もよく覚えていない。

確か、古泉が。

 

 

「少しの間で構いません。目を閉じて頂けませんか」

 

まるで手品のタネを隠すかのようにそう言った。

従う俺の右手を野郎は握ったらしく、不満の声を上げるよりも先に俺は牽引されていく。

数歩ぶん歩いた後に止まって。

 

 

「けっこうですよ」

 

ああ。

驚いた。

驚天動地だ。

何もかもがグレーに染まっていた。

ビルも、地面も、空も。

周囲に沢山居たはずの人影は失せてしまい、無人。

否。

俺と古泉一樹だけが存在している。

不気味だ。

一体全体どうなっちまったんだ。

世界が滅んだのか。

 

 

「意味がわからねえ……」

 

もう何度そう言ったかもわからない。

何かを説明しながら歩いて行く古泉の後を亡霊のように俺はついて行った。

気が付くとどこかのビルの屋上まで出ていた。

高い所から見ようが何も変わらない。

人は居ない。

色があるのは俺と古泉だけ。

俺たちが異物だとでも世界が言っているようだった。

 

 

「あちらをご覧下さい」

 

指差す先。

俺の後方何十メートルもの先にナニカが居た。

青白く発光する巨人。

 

 

「……すぐに片付けますので」

 

慌てて振り向くと古泉の姿は無かった。

古泉が古泉として存在していなかった。

人間じゃねえ。

赤く輝く球体と化していた。

ふわりと宙に浮いている。

そしてそれは高速で巨人目がけて飛んで行った。

よく見ると他にも球体はあるらしく、巨人の周りをびゅんびゅん飛んでいる。

突撃だの何だのして攻撃している。

マジでどうなっちまったんだ。

涼宮が何だって?

じゃあ、俺は何だ。

俺に何について何の関係があるんだ。

誰か教えてくれ。

 

――やがて呆然自失の俺をあざ笑うかのように事が終わった。

いつの間にか世界は色を取り戻していた。

夕暮れ時。

雑居ビル屋上から見られるマジックアワーは大層なもんに違いない。

俺にはそれを感動して見る気力がなかった。

階段を降りてビルを出ると、再びタクシーが都合よく停車。

二人して乗り込む。

 

 

「いかがでしたか?」

 

「……クレイジーだ」

 

「僕の超能力はあの空間……我々が閉鎖空間と呼んでいる世界を察知検知して介入する能力。それとお見せしたように、光弾に変身する能力の二つになります」

 

どこが超能力なんだろうか。

聞けば『機関』内では別の名称があるらしいのだが俺に言っても理解出来ないという。

日本語でOKという事だ。

 

 

「先ほど現れた巨人は"神人"と呼んでいます。あれを超能力で討伐するのが我々の仕事ですよ」

 

「"ガンダム"ぐらい大きかったな……」

 

「18メートル以上あるかもしれませんね。計測した事はありませんが」

 

要するに全部涼宮の仕業らしい。

超能力が宿ったのもあいつが超能力者と遊びたいから。

つまりないんだったら作ってしまえという事だ。

 

 

「あの空間は放置すると時間経過につれ徐々に拡大していきます。さっきのは半径五キロといったところでしょうか。……比較的小規模だったと言っておきましょう」

 

涼宮の精神が安定していないとあの空間はこの世界のどこかに発生するらしい。

次元と次元の隙間。

そこに世界を存在させる。

まさしく神業だろうな。

あの巨人も涼宮によって造られた存在らしい。

いつの間にか倒されていたみたいだったが、あれが暴れる事によって涼宮はイライラ解消させているのだとか。

何故古泉ら超能力者が動かなければならないか。

 

 

「あれを放置するといずれ世界の全てを飲み込んでしまいます。人々がどうなるかは想像もつきませんが、文字通り世界の終焉でしょう。こちらの世界があちらの世界と逆転してしまう」

 

だそうだ。

光がない暗黒の時代。

その上終わりもないらしい。

俺が何か訊いたところで。

 

 

「わかってしまうんですよ、僕には。何故かね」

 

こいつら『機関』の連中はそうなんだとか。

さっき見えた他の光弾たちは他の超能力者で、古泉を含めても10人居るか居ないか。

他は支援とか何とか末端だとかの人材で構成されているのが『機関』。

ついて行けない。

勝手にやっててくれないか。

何となくだが俺に起こった出来事とは関係なさそうだし。

やがて辺りがすっかり暗くなったかという時間に俺の家の前に到着した。

ずっと外の風景を眺めていた俺の感情は憂鬱そのもの。

何の成果も得られなかったような一日だった。

最後に、俺が降りる直前に古泉が。

 

 

「お気をつけて下さい」

 

「……何に気をつけろって…?」

 

「何もかも、ですよ。先ほどの閉鎖空間発生は久方ぶりの事でした。落ち着いていたはずの涼宮さんの能力が動き出した。そういう事ですよ」

 

と、言われてもな。

俺に何が出来るって訳でもない。

サッカーも満足にやれなかったんだ。

勉強も頭が悪くはないだろうが俺より上なんざいくら殺してもキリがないくらいにいやがる。

どうだ。

大した事ねえだろ。

その通りだ。

 

――かくして俺はとりあえず帰宅する事に。

名前が判明したハンサムマンを乗せて消えていくタクシー。

あれを眺める気にもならず、すぐに俺は自宅に入った。

寝ても覚めても解決してくれそうにない。

それどころか勝手な事に状況は悪化する一方だったんだからな。

しょうがない話だ。

やけに長かった異世界二日目はこんな感じで幕を閉じていく。

 

 


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