校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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冬休みでも校内一
第三十四話


 

 

現代において人間は社会を形成して支え合って生きている以上誰とも関わらないなんてのは考えにくいことだ。

涼宮ハルヒも例外ではなく、数多くの方々が彼女の行動――時に奇行と称される――を目の当たりにしてきた。

彼女に関して各々様々と思うところがあるのは当然であるが、もし俺が思春期の彼女を一言で表すとしたら。

 

 

『素直が一周して反抗する女子高校生』

 

実際にハルヒが起こす問題行動が実害のあるものかどうかと言えばそれはごく一部――朝比奈とか俺とか――の話だ。

それでも彼女が"校内一の変人"と称されるのは人間が逸脱というものに対して抵抗を感じるからだろう。

もっといえば校内一煙たがられているというだけの話であり、校内中で嫌われているかといえばそうではない。

とにかく苦節三、四年の末に俺は涼宮ハルヒと付き合うことになったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰も見ていないとはいえ路上キスなんぞを人生初の彼女相手にかました俺なのだが、気がかりな点はある。

こういうのを後になって言うから女々しい男だとかなんとか言われるに違いないのだろう。

 

 

「返事を聞いておいて言うのもなんだが……オレでよかったのか?」

 

未だ俺の腕の中にいるハルヒに向けて聞かずにはいられなかった。

だが、言うまでもなくそれは愚問でしかない。

ハルヒは俺の右わき腹をぼすっと優しく殴ってから。

 

 

「何よ。あんたじゃ悪いっての?」

 

「自分で軽い女じゃあないって言うぐらいだ。今後の参考に伺いたいと思ったまでよ」

 

「……ふん」

 

するとハルヒは両手でぐいっと俺の胴を押してその場から離れた。

この時まで俺は彼女を抱いていたわけだが力は入れていなかったのであっさり離脱される。

べーと舌を出してハルヒは。

 

 

「あたしがそんなこと教えるわけないじゃない」

 

と言うや否や駆け出してしまった。

ほら、ご覧の通りの女なのだ。

 

 

「……そりゃあないぜ」

 

もう正直眠いし疲れている俺は二日前まで入院していたということすら忘れて彼女を追いかけた。

なんてやりとりをしたその翌日から冬休みなわけだが初日からSOS団で集まるというのだから休みという実感はまだない。

冬休み初日の午前中も早々に駅前に招集とは、どうしたもんか。

 

 

「で、何時からやるんだ?」

 

何故こんなことになっているかと言えばハルヒが勝手に取り付けた子供会のクリスマスイベントに俺たちがゲスト参加するからだ。

市内某所にある公民館を使ってそれは行われるらしい。

 

 

「午前十時から開始だそうです」

 

スケジュールを調べていたのか古泉が素早く俺の質問に答えてくれた。

現在は九時前なので時間に余裕があるというわけではないようだな。

もっともその分早く俺は自由になれるってわけだが。

 

 

「……」

 

それにしても長門はこの日も頑なに北高の制服姿だ。

カーディガンを羽織ってはいるがそんなもの気休めだろうに。

俺はいつも通り緑のモッズコートだがやはり寒い。

古泉は茶色のコートで朝比奈はピンクのコート。

白のダウンジャケットを着たハルヒ――手にはサンタ衣装が入った手提げ鞄を持っている――だが。

 

 

「じゃ、早速行こうと思うんだけど……」

 

「どうした?」

 

何やら彼女は改まった様子である。

クリスマスの朝の駅前に集まっているという事態の異質さを自覚してくれたのか。

おっほん、と前置きしてから。

 

 

「みんなに報告があるの」

 

「報告ですか?」

 

朝比奈は何事かとやや構え気味にハルヒへ聞き返す。

ハルヒが何を言うかは俺には察しがついていた。

なんてことなさそうに俺を指差して。

 

 

「あたし、こいつと付き合うことにしたから」

 

と、冬の気温が更に冷え込むようなことを言ってのけた。

俺からは何も言うことなどないので黙ってその場が流れればいい。

では異端者三人の反応はというと。

 

 

「……」

 

長門はじっと俺とハルヒを交互に見てから視線を正面に固定した。

宇宙人にとって他人の交際など特に思うところはないらしい。

古泉はわざとらしくオーバーリアクションしながら。

 

 

「本当ですか? おめでとうございます」

 

こちらを見ながらニヤニヤしてそう言った。腹立たしい。

朝比奈は目をぱちくりさせ、右手を口に当てて。

 

 

「涼宮さんが……そっか……。うふふ、とても素敵だと思いますよ。あたしからもおめでとうございます」

 

なんだか会社で結婚報告をしたみたいなムードに包まれつつある。

妙にむず痒くてしょうがないぞ。

 

 

「べつに。今まで通りよ今まで通り。こいつに頼まれたから乗ってやっただけ」

 

ハルヒはこの期に及んでもどこかツンとしている態度だ。

しかし俺は彼女の方にも思う所があって俺と付き合ってくれているということを知っている。

彼女の態度など微笑ましいもんだろう。

 

 

「はい、この話はこれで終わり。……公民館に行くわよ!」

 

自分で言い出したくせに一方的に切り上げて大股で歩き出して行くハルヒ。

彼女の両足には俺がクリスマスプレゼントとして渡したばかりのブーツが履かれていた。

 

 

「……あいよ」

 

なるべく大事にしてくれるとありがたい。

結構な高い奴なんだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハルヒのサンタ衣装以外に見どころのないガキどものイベント内容は割愛させてもらおう。

で、それからは冬休みらしい穏やかな日々が送られることになった。

数日前の異世界冒険譚について思うところがないわけではないが、俺が考えたところで何かわかるわけもない。

考えるのをとっくにやめている。

 

 

「オーケイ。落ち着け。いいな?」

 

本日はクリスマスが明けて十二月二十六日である。

現在俺は部屋でシャミセンを袋のネズミさながらに壁際へと追い込んでいる。

 

 

「ウーノ、ドゥーエ、それ以上は待たないからな。大人しく降伏しろ」

 

「ふぎー」

 

シャミセンが俺の脇を抜けて脱出を試みるが、その動きなど俺も既に読んでいたぜ。

素早く左手で奴の首根っこを掴む。シャミセンを確保。

 

 

「悪く思うなよ」

 

「にゃあ」

 

三毛猫を抱えてベッドに腰掛けると俺は早速シャミセンの爪切りを開始する。

パチン、パチン、とカット。これを怠ったおかげ様で俺のジャンバーがズタボロにされたからだ。

妹がやるよりはマシなんだから大人しくすればいいものをしょせん猫なのか抵抗をする。

喋らなくなったと同時に知性も失われたのだろうか。

 

 

「お兄ちゃーん」

 

猫の爪切りを進めていると愛すべきちんちくりんが俺の部屋へと駆けこんできた。

昼寝の時間じゃなかったのか。愚妹は電話の子機を俺に付き出して。

 

 

「おともだちから電話だよ」

 

「友達だと? 古泉か?」

 

「ううん。あたしは知らないけど男の人みたい」

 

「そうか」

 

俺は電話に対応すべく三毛猫を解放した。

彼は自身の右手の牙が失われたことを理解しているのかどこかやるせない。

 

 

「ねえねえシャミの爪切りやっていい?」

 

「好きにしろ」

 

哀れな毛玉生物は爪切りを俺から受け取った愚妹にホールドされながら引きずられるように俺の部屋を後にした。

もちろん俺の部屋に俺がいることは当然のことであり、誰かさんの電話に応じるためにボタンを押して保留音を止めた。

 

 

「もしもし、どちらさんで?」

 

『おお。俺だ』

 

いや、誰だよ。

声色だけで暑苦しい人種なのが窺えた。

曰く中学の時の知り合いらしい。

東中のことではない。キョンの出身中学だ。

 

 

「……うーん、そうか、えーっと、お名前が、中山さんだったか?」

 

『中河だ』

 

「オーライ。那珂ちゃんね。思い出したぜ……多分」

 

その中村が言うにはなんでも北高に一目ぼれした女がいるとか。

しかもその女と俺が歩いている所を今年の五月ごろに見たそうだ。

 

 

「もしかしてその女はリボンカチューシャをつけていたか?」

 

『いや。髪は短くて……眼鏡をかけていた……セーラー服以外を着る様など想像できないまでにそれを着こなし、神々しいまでの後光が差していた』

 

ふむ。ハルヒではないようだ。

俺の知る条件でその符号に合致するのは長門有希。

 

 

「で? 長門とオレが知り合いだからどうしたってんだ」

 

『伝言を頼みたい』

 

「知るか。断る。直接自分で話をしてやれ」

 

そこで俺は通話を切断してやった。

一階に降りた俺は電話回線をすぐに引っこ抜く。

 

 

「……ふぅ」

 

これで俺の平穏は守られた。

なんとなくだがそんな気がする。

もっとも明日には消える予感だが。

 

 

「昼寝するか……」

 

でもって翌日の昼過ぎには北高へと行くことになった。

何が悲しくて休み中にハイキング登校なんぞをしているかといえばミーティングのせいだ。

SOS団は少なくとも運動系の部活動ではないはずだが休み中に部活とは運動部さながらだ。

そのミーティングも単なる顔合わせであり、実際は大掃除をするのだとか。

部室内の煩雑さの原因はハルヒだということは言うまでもなかろう。

 

 

「……まったく」

 

渋々のろのろ坂道に逆らうこと十数分。北高の校舎にやってきた。

この日の俺は集合時間より一時間程度早く行動した。理由は簡単だ。

 

 

「よう」

 

「……」

 

部室の中でいつものようにパイプ椅子に座り読書をしている長門。

俺は彼女に訊きたいことがあった。もちろん、俺についてだ。

とりあえず電気ストーブをつけてコートとマフラーを脱いで長机に置く。

俺もパイプ椅子に座ると切り出すことにした。ちなみに他の団員はいない。

 

 

「長門よ。オレはお前と話がしたくて早々とここへ来たわけだ」

 

「知っている」

 

「この前、朝倉からよくわからない説明みたいなものが長々と語られたがあれはお前の差し金か?」

 

「わたしの指示ではない。喜緑江美里」

 

「そうか」

 

「そう」

 

会話にはなっているが長門は読書の手を休めてはいない。

文芸部の部室が煩雑化している原因の一つに彼女が読破した大量の本があるのは余談だ。

 

 

「オレはどうしてこの世界へ戻れたんだ? ホイホイと異世界間を移動しちまえるようなテクノロジーが宇宙人にあるのか」

 

「そのような技術体系は我々でも確立されていない。でも、あなたが回帰できた理由は簡単」

 

「なんだ」

 

「"彼女"のおかげ」

 

彼女。

 

 

「ハルヒか」

 

当然のように俺はそう思った。

だが長門はこちらを見てゆっくりと首を横に振った。

明確な否定だ。

 

 

「もしかして朝倉涼子じゃあないよな」

 

「あなたは既に彼女と会っている」

 

「誰だよ」

 

「……」

 

答えるつもりがないのか答えられないのか。

いずれにせよ長門は無言だった。

 

 

「朝倉の狙いだとかお前たちの望む進化がどうこうだとか、正直オレにはさっぱり。ちんぷんかんぷんだ」

 

「……」

 

「だがな、こんなオレでもわかることがある」

 

とても腹立たしいことだ。

一方的で、理不尽だ。

 

 

「朝倉はハルヒを狙ったんだろ?」

 

「……あなたの認識は正しい。彼女が涼宮ハルヒを狙って行動した。もし、一手でも遅れていたらわたしはここに存在していないだろう」

 

「どういうことなんだ」

 

「この世界の全てが消失する」

 

おいおいなんだって。

そんなのがあいつの狙いだったのか。

 

 

「なら何故オレはあっちへ飛ばされたんだ」

 

「正確に言えばこの世界が消失した後、違う世界を軸に朝倉涼子は手中に収めた涼宮ハルヒの力を発展させるつもりだった」

 

つまりやってることの内容はいつぞやのハルヒの再現ということか。

このくだらない世の中をブチ壊して新世界の創造、ね。

もっとも朝倉どころか宇宙人の考えが俺にはまずわからない。

 

 

「あなたは実験材料として天上の存在と化した後の朝倉涼子に観測されるはずだった」

 

「……マジかよ」

 

でも、そうならなかった。

本来ならば俺の認識は完全に"キョン"と同一化されていたのだ。

記憶も、人格さえも。

 

 

「朝倉涼子による改変が行われた際。ほんのわずかだけわたしが割り込む隙が生じた。朝倉涼子さえも気付かない誤差レベルのもの」

 

「そのおかげだってか。なら誰が隙を作ったってんだ?」

 

この時代のスパコンより凄いらしい長門や朝倉よりも上を往く存在。喜緑江美里でもない。

長門はようやく本を閉じて、こちらに向き直ってから静かに言う。

 

 

「それが、彼女のおかげ」

 

なるほど理に適っている。

確かに俺が俺だと知らなきゃ戻ろうともしないはずだ。

本当に心底そいつが気になる。

 

 

「……誰なんだか」

 

とにかく俺がわかっているのは長門が俺を助けたのも義務感によるものだということ。

朝倉の行動が情報統合思念体から認められた行為だったならば本当に世界は新世界と化していたかもしれない。

今でも後悔や心残りが皆無だとまでは言えない。俺の世界なのだから。

 

 

「これでいい」

 

どれ、自分でお茶でも淹れるとするか、と思い席を立つ。

すると部室の扉が勢いよく開かれて。

 

 

「あら。……有希とあんただけね」

 

「まだ三十分前だからな。どうだ、お前もオレが淹れるハーブティでも飲むか?」

 

「まさか。みくるちゃんが来るまで待つわよ」

 

餅は餅屋とは言うがならばコーヒーメーカーをこの部室に置くべきだと思うね。

俺はカフェインはカフェインでもコーヒー党の人間なのだ。

その旨をハルヒに伝えたところ。

 

 

「ふーん、用意したいんならあんたが勝手に持ってくればいいじゃない」

 

「気が向いたらそうするさ」

 

なんてやり取りをしながら待つこと数分間。

朝比奈、次いで古泉が到着して五人は集まった。

涼宮は待ってましたと言わんばかりに偉そうに。

 

 

「今年ここに来るのは今日が最後だからね。心を洗うように清らかに掃除するのよ」

 

掃き掃除、拭き掃除をしっかりやるのはいいことなのだが、物置化しつつあるこの部室をどうするか。

結論を言うとほとんどどうもしなかった。

 

 

「やれやれって感じだぜ……」

 

本棚の本はそのまま。ハルヒが持ちこんだものはそのまま。

他にこの部室に置かれているものなど古泉が持ちこんだテーブルゲーム各種。

 

 

「いやあ僕としましても感無量と言いますか。いつの日か、こういう日が来るとは思ってたんですがね」

 

彼は薄気味悪い笑みを浮かべながら俺に語りかけてきた。

雑誌の付録らしい紙のスゴロクをゴミ箱に突っこんでからのことだ。

この日処分したのはこれだけ。

 

 

「さあな、なんのこった」

 

「涼宮さんとあなたですよ」

 

「何か文句があるのか」

 

「滅相もない。僕の出る幕ではありませんからね。僕は僕のやるべきことをするだけです。差し当たっては数日後に控えた合宿の最終準備といったところでしょうか」

 

「難儀な奴だ」

 

まあ、彼なりに祝福しているのだろう。

それに――

 

 

「ねえみくるちゃん。あなた巫女さんに興味ないかしら?」

 

「ふぇっ? 巫女さんですか?」

 

「もちろんあるわよね、ね?」

 

「い、いきなり言われてもあたしなんのことだか」

 

「そうと決まれば用意しなきゃ!」

 

――俺も俺で、けっこういい気分なのさ。

三年以上待たせたとはいえ男の端くれだからな。

 

 

「一つお聞かせ願えませんか」

 

「聞いてから考えてやる」

 

「あなたは涼宮さんのどのようなところを好きになったのですか?」

 

うむ。

そうだな。

 

 

「敢えて言うなら、オレはハルヒより素直な女子を知らない。それだけだ」

 

かくしてこの日は大掃除とも呼べない掃除をして終わった。

冬休みに集まるだけ集まって何をするか、なんてのも行き当たりばったり。

ところでクリスマスイブといえば男女の営みばかりが取沙汰されている昨今。

俺はすっかりその期を逃してしまったようで、年内のABC達成とはならないようである。

恋愛感情とスケベ心の相違点とは何に由来するのだろうか。

とにかく平和と健康が何よりだろう。うん。

 

 

「……あんたヘタレね」

 

 


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