校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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Yes または

 

 

十二月二十四日。

火曜日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未だによくわからない俺の異世界冒険譚が幕を閉じてようやく一息ついたかと思えばすぐにこの日が訪れた。

なんせ退院したかと思えば月曜日は学校であり、そして今日に至るのだから俺の心中をお察し願いたい。

つつがなく二十二日のお昼過ぎには退院できたわけだが俺の不満は味気ない病院の食事だけではない。

 

 

「……くそが」

 

二十二日は日曜日だ。その日の朝は入院中。

つまり俺はプリキュアを見逃したことになる。

いやな、確かにSplash☆Starは最初つまんなかった。

だって大天使ほのかちゃんがいないしな。

前に比べてキャラデザインも微妙に思われた。

 

 

「……」

 

だが霧生薫ちゃんはなかなかいいと思ったね。

流石にほのかちゃんほどではないが高得点だ。

いやいやロングヘアってだけで俺は認めているわけではないからな。

そこんとこ誤解するなよ。

 

 

「……」

 

なんてことを思って過ごしていると始業式は終わり教室へと戻る。

谷口は今日のデートが楽しみなようで騒いでいるが、俺には関係のない話だ。

結局のところ朝倉涼子の話していた内容はさっぱりわからなかった。

 

 

「涼宮ハルヒの力の一部を利用したのよ。ゆくゆくはあの力そのものが私の手に落ちるはずだったんだけど」

 

情報統合思念体とやらはその行為を許可していないらしい。

何故か、といわれれば自律進化がどうこうという更にわからない話が関係してくる。

今あるハルヒの力は更に発展していく可能性があるそうなのだが、宇宙人がそれを手に入れたところで発展させることができないらしい。

 

 

「わたしたちはあなたたちのいうところの"感情"が理解できないのよ。涼宮さんの力は感情という不確定なものに強く結びついているみたい」

 

地球人にしか意味のない力らしい。

ならどうして朝倉はこんな事件を起こしたのだろうか。

 

 

「今の状態で涼宮さんの可能性が変化するとは思えなかった。理由はそれだけじゃないけど私が言えるのはそれだけね」

 

本当によくわからん。

それは朝倉も同じらしい。

 

 

「あなたが長門さんに余計なことを言ったから私はまだいるのよ」

 

「死にたかったのか?」

 

「うーん……さあね。わたしたちに生死の概念はないの。無か有かの二元論だけ。ふふっ、数字みたいでしょ」

 

人類は十進法を採用しているのでそんな話をされても困る。

宇宙人の生態系を知りたいとも思っていない。

 

 

「喜緑さんにのされたあと私は重い処分を受けたわ。緊急時の自衛以外で能力が使えなくなっちゃった。端末としての運動パフォーマンスも人類レベルまで低下。あなたを殺そうとしてもそうすることができないようにプログラムされてるってわけね。ま、あなたが死のうが生きようが今の私には関係ないけど」

 

「何か問題でも?」

 

「オミットされてるのと同じなのよ……これじゃ飼い殺しじゃない」

 

感情がないなら退屈ってのもわからないはずなんだがな。

俺はどうにも朝倉が宇宙人の中でも異質に思えた。

今のところ三人しか知らないけど。しかも全員北高の女子。

 

 

「ねえ。あなたはどうして私を殺すな、だなんて言ったの? 理由を教えてくれない?」

 

「……そうさな」

 

理由ね。

来年の文化祭の時また映画に出てもらう、ってのもあるが。

 

 

「わけなんざねえよ」

 

それでもあえて何か言うなら。

目の前にいる無知な宇宙人に何か言うとしたら。

 

 

「オレだけがそう言うわけじゃあない。ハルヒでもそう言うだろうぜ」

 

あいつは確かに普通の世界に不満を抱いている。

だが、それを壊そうとはしても壊しはしなかった。

五月の時の閉鎖空間で俺はそのことを証明した。

 

 

「あいつは神でも悪魔でもない。誰かを殺そうだなんてことはしない。オレとお前が生きている理由にしちゃ充分だろ」

 

「いいわ。そういうことにしておくわ」

 

呆れた様子でそう言うと朝倉はきびすを返した。

屋上から病院内へ戻る階段を目指して彼女は歩いて行く。

 

 

「でも、いつかこの借りは返してあげるから」

 

 

 

――とかいうやりとりをしたのも過去の話だ。

俺がこれからすべきはまさしく今からの話だろう。

馬鹿の巣窟あるいは腐っても進学校な北高の一年九組はしっかり存在している。

光陽園学院は共学ではなく女子校で、まさか古泉がその中にいるわけもない。

彼も間違いなく一年九組に戻っていた。昨日会ったんだから間違いない

俺は復帰早々クラスで煽られた――階段から転がり落ちて入院など連中からすれば笑い話にされる――かと思えば団活では復帰早々の労働。

モールの飾りつけだけは俺に残されていたのさ。

 

 

「……ああ」

 

ここは俺の世界ではない。

俺が選んだ世界だ。

 

 

「なによ」

 

「べつに」

 

あちらもこちらも俺は"キョン"と同じ存在。

ただ俺の後ろの席には涼宮ハルヒがいる。

それだけの差、なのかもしれない。

だけど俺は俺として存在するために必要な最後の要素を持っている。

ここでは剥奪されていない俺の名前だ。

 

 

「……」

 

担任の岡部に俺の名前が呼ばれて、俺は席から立ち上がる。

通知表を受け取るためだ。中身は上々。

 

 

「……」

 

では気分も上々、となるだろうか。

ならば最後にそれについて話そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あらかじめ述べておこう。

SOS団クリスマスパーティとは実のところ文芸部の部室だけで完結するものではなかった。

 

 

「ん、いやー、うまいよっ。あたしこんなメチャうまな鍋食べたの久しぶりだよっ」

 

日中のお昼ご飯に鍋を食すという全国的にも頭のネジが六本ぐらい外れてそうな連中の中に鶴屋がいた。

長机の中央に土鍋を置いてそれを囲むようにSOS団+鶴屋でつついているわけである。

どうして彼女が鍋パーティにお呼ばれしてるからと言えば。

 

 

「前にも言ってたと思うけどね、今年の冬は雪山に行くわよ」

 

ハルヒが自分で作った鍋を得意げに味わいながらそう言った。

右腕の腕章が『料理長』になっているのは突っ込んでやるな。

でもって雪山に行って何をするかと言えば冬季合宿であり、彼女の別荘の山荘を使わせてくれるらしい。

大晦日イブと大晦日、そして年明けと翌日の三泊四日のコースだという。

 

 

「今回も楽しい合宿になるといいですね」

 

白々しい声でそう俺に呼びかけてきたのは隣に座る古泉一樹。

これが僕のハンサム顔ですと言わんばかりに白い歯を見せつけてくれている。

 

 

「お前さんのおかげで前回は散々な目にあったんだが」

 

「ご安心を。今回は単純な推理ゲームですよ。どっきりではありませんので」

 

「どうだか」

 

俺はここにいることそのものがどっきりみたいな人種なんだぜ。

気楽なのか達観視しているのか。『機関』と関わりたくないのだけは確かだ。

 

 

「……」

 

「な、長門さん凄い食べっぷりですね……あたしはもうお腹いっぱいです」

 

ガツガツと箸を動かしていくフードファイター長門と彼女の様子を目を丸くして見るサンタクロース朝比奈。

女子らしく小食なのは朝比奈だけであり、ではどこからあの胸が来るのだろうか。

うちのちんちくりんもあれくらいとは言わないがもう少しばかり発育がよくてもいいのに。

かわいそうに思えて仕方ないのだが愚妹は自分の発育など気にしていない様子だ。

中学生になればそうもいかないだろうに。

 

 

「……ま」

 

今が楽しいってのは否定しないでおいてやるよ、古泉。

それからしばらくして鶴屋は家の用事で離脱。

 

 

「んじゃ次に会う時は合宿の時にょろ! さいならっ!」

 

残されたSOS団団員は盛大な部室の後片付けを二時間近くかけて行うはめになる。

でもって日が傾いたころにはハルヒが予約していた特大ホールケーキを取りにケーキ屋へ。

 

 

「クリスマスといえばね、ケーキなのよ! 美味しいケーキをたくさん食べて過ごすんだから!」

 

ハルヒは往来で飛び跳ねながらそんなことを言っていたな。

それから俺はケーキの箱を持たされSOS団は長門の家に行ってどんちゃん騒ぎをすることになった。

高級分譲マンションの壁は厚く、防音処理にも優れているので近所迷惑などなんのそのだ。

朝倉が来てもおかしくなかったが彼女は自主的に俺たちに関わってはいけないと命令されたそうだ。

つまりハルヒに巻き込まれるなら、やむなしってわけだ。

 

 

「……」

 

「……」

 

彼の私物かは不明だが古泉はたくさんゲームを持ってきてくれた。

なんやかんやしているうちにすっかり時間は経過してしまう。

あろうことかクリスマスイブも日付が変わるのではないかという現在時刻午後十一時台。

 

 

「……」

 

「……」

 

で、夜中に道路を歩いている不良高校生が俺とハルヒの二人だ。

分譲マンションからの帰り道。いつぞやのように家まで送っているってわけだな。

こいつのことだから夜中にサンタを捕獲するとか言って俺が付き合わされてもおかしくなかったが、ご覧の様子。

張りつめた空気がよけいに俺の肌を刺激する。冷ややかだ。

 

 

「……なあ」

 

このままでは埒が明かないので俺は切り出すことにした。

俺の右に並んで歩く白のダウンジャケットを着た女に対して。

 

 

「先週オレが言ったことを覚えているか?」

 

「……なんのことかしら」

 

「お前に個人的な話があるってヤツだ」

 

「そういえばそんなこと言ってたわね。じゃ、あんたの方こそ覚えてるわけ?」

 

もちろんさ。

つまんない話をしたら許さない、だろ。

面白いかどうかはお前しだいなんだからな。

でも、まあ、わかりきっている話だ。

 

 

「いつそやお前はこう言っていたな。『恋愛感情なんて精神病でしかない、血迷ってる』と」

 

「ええ……。それが何?」

 

「それ、どうにかなんねえか?」

 

ぴたりと足を止める。

ハルヒも立ち止る。

 

 

「オレはその時こう言っていた。『好きな奴が居る』と」

 

「……だから」

 

ハルヒはこちらの方を向かずに前だけを見つめている。

さて、力技に出るべきなのか。

 

 

「もしオレが北高にいなかったら、こうはならなかっただろうぜ」

 

俺はハルヒの眼前に躍り出た。

後は簡単だ。だが、一番難しい。

何を言えばいいのか俺にはわからない。

何が正解かなど結果論であろう。

 

 

「ハルヒ」

 

「……うん」

 

「実はオレが好きな奴はな……お前だ」

 

「……」

 

もし俺が漫画の主人公だったとしたらこの場合どうしただろうか。

他に気の利いた言葉をすぐに紡いでいたに違いないさ。

『俺は一生お前の下僕だ』とか『俺の生きる意味をお前にさせてくれ』だとか。

なんて、小細工できるような男だったらここまで先延ばしにしないさ。

彼女の髪はそこそこ伸びているがな。

 

 

「オレはお前と、結婚を前提に付き合いたい」

 

「……」

 

「返事を聞かせてくれないか。できれば今すぐにでも」

 

「……」

 

まるで時が止まったみたいだ。

自分でもここまでスラスラ口が回るとは思わなかった。

案の定ひざがブルっちまうぐらいに緊張しているが。

やがて、ハルヒは俺と瞳をしっかり合わせて。

 

 

「……二十点」

 

「なんだ、そりゃ」

 

「あんた全っ然なってないわね。何よ今時『結婚を前提に』って。ドラマでも言わないわよ」

 

「悪いがオレは真剣だ。心臓だってばくばく律動を刻んでいるに違いねえ」

 

ずいぶんと手厳しい採点だ。

満点を取れる日が来るのか。

それは。

 

 

「今後のあんたしだいだから」

 

「そうか」

 

「言っておくけど、あたしを軽い女だとか思ってるならそれは大きな勘違いだからね。中学の時に相手してた野郎連中なんか手も繋がなかったわ」

 

「……で、答えはどうなんだ?」

 

――サンタクロースをいつまで信じていたか。

んなもん知るか。今日ぐらいは実在してもいいだろうさ。

年がら年中存在を否定されているんだ。今日だけは許してやれよ。

 

 

「いい? 一度しか言わないんだから」

 

その時、確かに聞こえた。

雪のように溶けてしまいそうな一言がハルヒの口から紡がれた。

やはり俺は最初にハルヒと関わったあの時から覚悟していた。

始まりを覚悟してあの時ハルヒに声をかけたんだ。

そして、今、始まりが終わる。

 

 

「……遅いわよ。馬鹿。もうイブが終わっちゃうじゃないの」

 

すまないが駆け込みセーフってことで勘弁してくれ。

今、まるで五月の再現のように、ハルヒと俺は身体を近づけていた。

 

 

「なあ、ハルヒ」

 

「まだ何かあるの?」

 

一応彼女へのクリスマスプレゼントは用意してある。

学習鞄の底に、教科書で隠すように沈めてある。

だがそれは後でいいだろう。いつかの話だ。

俺には先にやりたいことがあるんだ。

 

 

「キスしても、いいか?」

 

「馬鹿。本当に馬鹿なんだから。あんた男でしょ? こういう時はね、黙ってしなさいよ!」

 

「わかった。次からはそうするさ」

 

Ready?_

O.K.だぜ。もちろん。

 

 

 

 

 


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