大多数の生徒にとっておそらくつまらない時間であっただろう授業が終了した。
帰りのホームルームも終わり、いざ下校。
だが俺は涼宮に確認しなければならない。
奴がどっか消えるよりも先に。
すぐに後ろを振り向き俺は質問する。
「朝言ってたよな。部活がどうしたって?」
「どうしたもこうしたも、あんたはさっさと部室に行ってなさい。あたしは今日掃除当番なの」
「肝心の部室とやらがわからんのだが」
「この時間まで寝ぼけてるの? 冗談にしては笑えないわね」
ここでぴしゃりと会話がシャットアウト。
結局ロクな解答さえ貰えずに俺は教室を後にする羽目になった。
ううむ困ったぞ。
俺が頼れそうなのは谷口とアシカ野郎と朝倉涼子ぐらいしかいないらしい。
昨日の眼鏡女子は同じクラスじゃなかった。
にも関わらず『また明日』という発言を彼女はしていた。
これは何かのヒントだろうか。
休み時間中に学生手帳を眺めていてわかった事だがこの学校には立派な部室棟があるらしい。
じゃまず文科系の部活からあたってみるとしよう。
あるいは図書局放送局のような外局も考えられるが先に部室棟を一気に廻ってみる方が効率いいだろ。
いずれにせよ谷口ら三人にこれ以上不審に思われるのは御免だ。
俺が不審に思う側のはずなんだけどな。
――そこからは拷問のような時間であった。
一階から各部活を虱潰しに当たっていく。
ノックしてから部室のドアを開けて数秒、中の様子を確認。
妙な空気が流れたら。
「すいません、間違えたみたいです」
とだけ言って即退散だ。
写真、ボランティア同好会、物理研究、英会話クラブ、生物、天文、漫画研究会、……エトセトラ。
だんだんこの学校に俺の居場所などなかったのではないかとも思えてきた。
これが盛大なドッキリなら大成功だからネタばらししてくれて構わんぞ。
俺はいつから北高生だと錯覚していた、とかそんな感じだ。
で、コンピュータ研究部――中の部員らは俺の顔を見るなり拒絶反応を見せていた――を後にしてそれからまた一つ部室を当たってからようやっと目的地に到着した。
ノックすると中から女子の声で。
「どうぞぉ」
と聞こえた。
ドアを開けて入ってみると奥には昨日の眼鏡女子が居た。
なるほど、ここは文芸部らしいから彼女の雰囲気にはぴったりだろう。
しかしながら相応しくなさそうな爽やかハンサムマンがあろうことか長机の上でムック片手に詰将棋。
彼よりもっと相応しくないであろうは笑顔でこちらを見るメイド服の女子だ。
メイド女子は栗色のウェーブがかったロングヘア、そして巨乳。
残念な事に昨日の眼鏡女子との差は歴然だ。
だから眼鏡女子は暗い雰囲気なのか。そりゃそうだよな。
多感な時期だし女子は男子より神経質なもんだろう。
女の子の日だってある。
こんな中、閉鎖的な部室で毎日毎日胸囲の差を見せつけられるんだ。
きっと本人も自分の胸をコンプレックスに思っているんだろうにかわいそうに。
と、いった与太話はさておき、だ。
……ここ、何の部活?
詰将棋にメイド服。
ここまではユニークだな、きっと創作活動に何らかの影響を与えるんだろうな、とかで済む。
だが部室をよく見ろ。
長机、パイプ椅子、本棚――ここまでは文芸部らしい――、様々なコスチュームがかけられている移動式ハンガーラック、給湯ポット、急須、湯呑、ラジカセ、冷蔵庫、カセットコンロ、土鍋、ヤカン、食器。
長机に隣接するように置かれた学校机にはパソコンが極めつけだと言わんばかりに置かれている。
頼むからもう一度言わせてくれないか、ここ、何の部活だ?
「キョンくん、どうかしましたか?」
俺に不思議そうな表情で問いかけてくるのはメイド女子。
どうかしてるのはあんたたちの方だ、とまでは言わないが近い事は言いたくなる。
認めたくないぞ、俺の部活とやらは文芸部にしてはクリエイティブすぎる所なのか。
何が楽しくて俺は文芸部なんぞに所属しているんだ。
これならば北高の弱小サッカー部で天下を取った方がマシだ。
「……いや、文芸部らしからぬ空間だなと思ったんだが」
「はあ。あたしもSOS団が何をするのかはよくわかりませんからね」
「SOS団……?」
また出てきやがったぞ謎の単語。
廊下にあったプレートにはここがしっかり文芸部だと書かれていたじゃないか。
SOSが何の略称かは知らないが部じゃなくて団とはこれいかに。
もう考えるのは面倒になってきた。
死にたい気分だ。倦怠感だ。
「お茶淹れますんで待ってて下さいね」
とてとてと小走りてお茶の用意を始めていくメイド女子。
手持無沙汰なのは確からしい俺はとりあえずパイプ椅子に座る事にした。
ハンサムマンとは斜め向かいの位置になる。
その彼はこちらを一瞥して。
「どうも」
の一言だけ。
こいつにとっても俺がこの場に居るのが当然のようである。
窓際で一人パイプ椅子に腰かけて何かの本を読んでいる眼鏡女子の方を見る。
文芸部らしいのは彼女ぐらいだな。
かくいう俺も文芸部の何たるかを知っているわけではないがゲーム倶楽部じゃないのはわかる。
まして、コスプレ倶楽部という際どいあれでもない。
学校的にはオッケーなのか、この集まり。
涼宮の姿も見当たらないしどうすればいいよ。
あそこのパソコンでネットサーフィンに興じるのもいいが、ハンサムマンに話を訊く方が有益そうだ。
「なあ。オレは何をすればいいんだ?」
「いつも通り特にする事はないかと思われますが……何か気になる事でもありましたか?」
全部だ全部。
お前に訊いて謎が解決するなら質問攻めだ。
そのうち拷問に変わっているかもしれないんだぜ。
部活でしっかりしろとか言われたところで肝心の涼宮がいないのはあいつが一番しっかりしていないんじゃないのか。
いやそもそもあいつが文芸部に所属しているのがおかしい。
文学少女とは程遠い女だぜ。
「いいや。自分の今後が気になっただけだ」
「そうですか」
ハンサムマンは何故か俺に敬語で対応している。
他人行儀な部活動なのだろうか。
涼宮と同じ部活動ってだけでそうなってしまうのも無理はないか。
やがてメイド女子からお茶を差し出されたので湯呑に口を付ける。
ずず、悪くない。
味など悪くないがこうも無意味に座るだけの時間を授業外でも味わうのか。
この三人がどのクラスかは知らないが高校生としてもう少し有意義な時間の使い方をしたらどうだ。
お茶を飲み干した頃には俺の精神が荒んでいた。
……帰っていいか?
俺が無意味な行為だったな、と思っていた丁度その時にようやくそいつは登場した。
部室のドアを勢いよく開けて。
「……お待たせ」
妙にテンションが低いというかダウナーというかイラついた様子の涼宮がやって来た。
部室に入るや否やずかずかと学校机――そこ、お前の席だったのか――に座ってふんぞり返る。
で、涼宮が来ようが各自の自由時間は続いた。
もう俺にはどうする事も出来ないので天上のシミでも数える事にした。
やはりしけた校舎だ。部室棟も年季が感じられる。
塗装のおかげか外観だけはまともな北高であるが誤魔化せないところはあるって事だな。
無駄に校舎を用意している感は否めないぜ。
部室なんざプレハブで充分だろうに。
やがて上を見つめながらそろそろ首が痛くなって来たななんて思っていると。
「駄目。だめだめだめだめだめだめだめ! 全っ然駄目じゃない!」
突然涼宮は癇癪を起した。
何だってんだと思うよりも早く席から立ち上がり。
「帰る」
と言って部室を後にしてしまった。
あいつが気難しい奴なのは知っていたが、今は誰もあいつに関わらなかったぞ。
何が駄目なんだよ。
バタリと眼鏡女子が本を閉じるとハンサムマンが。
「どうやら今日はここまでのようですね。……僕はお先に失礼します」
ハンサムマンも将棋盤を片してさっさと失せてしまった。
今日ここに俺が来たのは時間の浪費でしかなかったのか。
どうかしてるぜ、文芸部だかSOS団だか知らんがどうかしてる。
気が付くとメイド女子が申し訳なさそうにこちらを見つめて。
「……そのう……キョンくん」
「何だ」
「ひっ。あ、あの、あたし制服に着替えたい…んですけど……」
何故かビビられてしまった。
物腰柔らかじゃないといかんのか。
どうにもメイド女子はオドオドしている感じだ。
気に入らないな。
とは言え帰れるようなのでありがたく帰るとする。
明日はもう来る気がしないぞ。と言うか来ない。
涼宮が何と言おうが知らん。
暇なら暇なりに有意義に時間を活用する事ぐらい俺は考えつく。
思い返せばハンサムマンも何考えているのかわからない雰囲気であった。
要するに俺はわけわからん連中と一緒にされたくないいって事だ。
涼宮一人知っているだけで多すぎるくらいなのに後三人も追加しろってのか。
ここの部活は三三五五の集まりらしいし俺一人欠けても平気みたいだな。
「すまんな。直ぐに出ていく」
「明日はきっと涼宮さんの機嫌も良くなると思いますから」
そうかい。信じられんね。
朝あいつから感じた雰囲気も結局勘違いだったみたいだと俺は思うんだがな。
涼宮ハルヒはどこの世界でも涼宮ハルヒだったってわけだ。
それにしても髪をバッサリ切っていたのは残念だ。
中々長髪のあいつは良かったのに。
なんて下らない事を考えながら鞄を掴んでさっさと出ていく。
部室には眼鏡女子がまだ残っていた。
女子どうしだから着替えも気にならないんだろう。
野郎の俺はこのまま直帰だ……。
そうは問屋が卸さなかった。
渡り廊下を歩いてさあ帰ろうと思っていると、目の前に女が立っていた。
女はこっちを思わせぶりな表情で見ている。
何だ何だよ何なんだ。
俺はヌードモデルにでもなっちまっているのかってぐらい女性に見られている気がする。
気味悪いのでさっさと通り過ぎよう。
「待ってください」
しかし回り込まれた、とは今の俺の心情を表すには充分な表現である。
ここの教職員だろうか。
に、しては少々挑発的な服装だ。
白いブラウスはよしとしても下の黒いミニタイトスカートは思春期の男子生徒には辛かろう。
ん。
と言うかこの女、あのメイド女子に似ていないか?
身長こそこの女の方が高いが髪型はほぼ同じ。
胸がデカい――メイド女子より大きいぞ――のも同じだ。
血縁関係。
姉だろうか。
俺よりは年上だろう。
生徒って感じじゃない。
仕方なく足を止めてその女に応じる。
「最近オレってどうも物覚えが悪いみたいでして。以前からオレと知り合っていたとしたら、失礼を承知でこれは伺いますが……あんた誰です?」
その女に下した総合評価85点。
辛口の俺にしては高得点だ。
何よりメイド女子とは打って変わって気が強そうなのがいい。
減点要素は婚期を逃しかねないオーラを持っている点ともう少しナチュラルメイクにしてほしいって点だ。
歳の差次第では更に減点だぜ。
その女は神妙な面持ちで。
「時間がないので手短に言います。あなたは今、自分の置かれている状況に困惑している……そうですよね」
「……あん?」
何を言っているんだ。
この女、何か知っているって言いたいのか。
妙にスカした態度だった。
「あなたがこの世界に来てしまうかどうかは二つに一つ。来なかった場合はキョンくんが異世界人として存在してもらう必要がありました」
「世界? 異世界人? 何の事だ。さっぱりわからねえ」
「あなたはキョンくんの代わりとして呼ばれました。いえ、同じ事です。既にあなたがキョンくんですから」
キョンキョンキョンキョンうるさい奴らだ。
どこかのアイドル歌手かよ。
「あんた、オレについて何か知っているみたいだがもうちっとばっか解りやすく説明してくれないかね。オレに何が起こった? どうして十二月から五月に戻ってるんだ? 何故オレが北高に居る?」
「わたしも全部を説明したいけど、時間がありません。あなたに簡単に理解してもらえるほど事態は単純じゃないの」
キョンの次は時間がどうしたって事しか言わない。
じゃ何が起こったかって部分だけでいいから教えてくれ。
きっとそれが関係しているんだろ。
「どうしても"禁則"に引っかかっちゃう。今のわたしの権限でも限界があるから」
「もう喋るな。話が噛み合わねえ。あんたが理解できない人種だって事をオレは理解した」
「無理もありませんね。本当の"キョンくん"は、もう……」
同感だ。
無理にでも意味不明な事を知りたくはない。
十二月になれば何かわかるかもしれないんだからな。
気長に待つとするさ。
ようやく女の横を通り過ぎ、その場に女を置き去りにしていく。
すると後ろから。
「これだけは覚えていて下さい。"白雪姫"……あなたが抜き差しならない状況に置かれた時、この単語を思い出して」
なんて聞こえた気がする。
はっ、白雪姫がどうしたって。
願わくば毒リンゴを口にしてさっさと眠っちまいたいぐらいだ。
しかも現在進行形で俺は抜き差しならない状況なんだが。
――そう。
眠っていたのは俺のせいではなかったんだからな。
しかも腹立たしい事にこの日の話はまだ終わってくれない。
続きがあるって事だ。