校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第二十三 点 五話

 

 

涼宮ハルヒは多くの因縁を抱えている。

彼女の傍若無人ぶりは敵を作っているようにも見えるだろう。

だが、なんやかんやであいつは真底から何かを憎むなんてことはしない。

つまりは敵なんかいないんだ。あいつにとっては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文化祭が明けて数日後、ようやく落ち着いた北高と涼宮だがそれもつかの間の話。

滅多に来ない文芸部部室にやってきた来訪者は二軒隣のコンピュータ研究部の面々らしかった。

聞けば、うちの団長席に置かれているパソコンは連中から涼宮がかっぱらったものらしい。

でもって今更それを返してほしいとか言って彼らが作成したPCゲームソフトでオンライン対戦をすることになった。

その対決が決定した日の帰り道。珍しくSOS団の団員は集団下校なんぞをした。

 

 

「なかなか面白そうではありませんか」

 

十一月も一週間と少しで終わりとなれば日が暮れるのもあっという間。

女子三人が先導して俺と古泉が間隔を空けて後を追う形で長ったらしい坂道を下っている。

横の万年スマイルマークマンは何が面白いと言いたいんだ。

 

 

「いい加減お前さんは学習しないのか? どうせ今回も勝たなきゃあいかんだろうぜ」

 

「あなたは負けることを考えているんですか?」

 

「涼宮に気を使う立場のお前さんが面白そうに思ってるのがわからんってことだ。やるからには勝つさ」

 

「僕自身も不思議なのですが、思いのほか僕はSOS団という集まりに対して好意的なようでして」

 

自己分析がままなってないのかエセ優等生。

理数系なんだからサバサバしていればいいのにこいつはギトギトしているような感じだ。

 

 

「突然だがクイズだ。オレが最近封印しようかと思っている言葉があるんだが、お前さんそれが何かわかるか?」

 

「正解すると景品はあるのでしょうか」

 

「ねえよ、んなもん」

 

ひとしきり横の野郎は口に手を当てて考えるポーズをした。

きっと他のことを考えているのかもしれなかった。

やがて古泉は白い歯を見せつけんばかりにハキハキした様子で。

 

 

「あえて挙げるとすれば『しょうがない』でしょうか」

 

「……正解だ」

 

「心中お察しいたしますよ。……それにしても先ほどのあなたの言葉。あなたは心にもないことを言ったように思えるのですが」

 

「なんだよ」

 

古泉のゲームセンスのなさがネットゲームでも適用されるんじゃないかってことか。

コンピ研の連中が来る前に部室で時間潰しにやっていた囲碁はやはり古泉の圧敗であった。

古泉はプレゼンでもするかのように手を動かして。

 

 

「『勝たなきゃいけない』……本当は、そう思ってないんじゃありませんか?」

 

「どうしてだ。涼宮が負けてイライラしたら閉鎖空間とやらが出来て光の巨人が大暴れするんだろ」

 

「本来であればね。もちろん僕もそう考えています。でも、あなたは違うはずだ」

 

見え透いているかのように語る古泉。

図星なことに俺は彼の言う通り、いや、実際には半分半分くらいだった。

勝たなきゃいけないという今までの結果を振り返る自分と、涼宮はいつまでもそんなことで世界を滅茶苦茶にはしないと思っている自分。

 

 

「涼宮さんへの信頼でしょう。信用に値するものがない時に人が人を信ずれば、それは信頼なのですよ」

 

「信用と信頼の違いぐらいお前さんに言われんでもわかってるぜ」

 

ただ、どうやら俺は百パーセントで涼宮を信頼することができていない。

何故ならば涼宮が俺をこの世界に呼んだから。つまり、あの世界を消したのも彼女なのかもしれないと心のどこかで未だに考えているからだ。

もし本当にそうだったら?

 

 

「どうしたもんかね……」

 

結論から言うとSOS団は一週間後に控えていたコンピ研との対決に勝利した。

その際にノートパソコンを四台――涼宮のデスクトップと合わせて人数分のパソコンが部室にあることに――貰った。

私物化したいんだが駄目だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから更に数日が経ち、もういくつかで十二月となる某日。

伸びに伸びた残暑もすっかり消え失せようやくこの山の上にある寂れた学校にも冬が訪れた。

公立高校ということもあって北高には暖房設備など存在しない。

本校舎であればまだいいが壁の薄い部室棟では穴でも空いてるんじゃないかってぐらいに寒さが室内に侵入してくる。

放課後の文芸部部室も例外ではなかった。

 

 

「……では手札補充フェイズです」

 

長机の対面に座す古泉の言葉に従い、俺と古泉は互いにデッキからカードを引いていく。

紙製の公式プレイマットの上に並べられた見慣れないカードたち。

古泉が持ってきたこのカードゲームは【ドラゴン☆オールスターズ】というゲームで、俺も正直この日が初プレイだ。

どうせゲーム名に星マークをつけるなら【遊☆戯☆王】を持ってくればいいだろうに。

 

 

「……」

 

「……」

 

無言でゲームを進めていく俺と古泉。

無言なのは野郎二人だけではなく、パイプ椅子に座って読書をしている眼鏡女子と何やら編み物をしているメイド女子の二人もだ。

長門は夏服の時以外はいつもカーディガンを着ていたように思えたが、この時期ではカーディガンでも心もとない。

というか寒い。いくらなんでも寒すぎるぞ。

こんな時に限って暑くるしい涼宮はまだ来ていないんだからな。

外はすっかり暗いし正直もう帰りたい。

どうにか俺は暖をとるべく朝比奈が淹れたお茶を飲むべく湯飲みを口へ運ぶ。

 

 

「ん……はぁ……」

 

このままでは部室の吐息すら白く染まるかもしれない。

涼宮がいたら少しは気が紛れるのだろうか。もともと五人では持て余しているような部室だ。

 

 

「……」

 

何気なく俺は室内を見回した。

あいにくと古泉は長考中だからである。

団長席と刻まれた三角錐が置かれている学校机の上にはパソコンと涼宮が持ってきたらしい――あいつはこんなもん読むのか――女性誌。

左を向けば掃除用具箱とその上に積まれた段ボール箱。中には草野球大会の際の道具一式が入っている。

そこから更に左に視線をやれば、未だに窓の隅っこに安置されている七夕の竹とチェストの上に乗っている今時MDさえ対応していない年代物のラジカセ。

正面の小さな黒板は写真がマグネットで貼られている。あれは夏休みの時の合宿で撮影したもんだな。

普段は古泉の斜め後ろにある丸テーブルの上にノートパソコンは山積みされている。モデムも一緒だ。

でもって右側には朝比奈用の様々なコスチュームがかかっているハンガーラックとホワイトボード。

他にもなんやかんやがある。ここが文芸部らしいのは奥にある本棚くらいだ。

 

 

「どうしたものでしょうか……」

 

音らしい音を発しているのは手札を見つめて悩みながら呟く古泉だけ。

嵐の前のなんとやら、ってぐらいに静かだった。冬の虚無感が漂っていた。

とはいえ、こんな空気も一瞬で吹き飛ばすような奴を俺は一人知っている。

 

 

「――じゃーん! みんなよく聞きなさい! 嬉しい知らせが入ったわよ!」

 

いつも通りに突然部室の扉が開かれたと思えば曇り空な天気とは別に太陽が出ているんじゃないかってぐらいの満面の笑みで涼宮が登場した。

白のダウンジャケットを着た涼宮は登場するなり携帯電話を突きつけて何か言っていたがどんな嬉しい知らせなんだか。

異端者三人は涼宮の方こそ向いたが口を開こうとしない。俺が訊くしかないようだ。

 

 

「……何の話だって?」

 

「あたしの活躍によって世界が救われると言っても過言ではないわ」

 

「いつからお前はクラーク・ケントになったんだ」

 

「ふふん。今日からあんたはあたしに足を向けて寝れなくなっちゃうわよ。ついにこの部室に暖房器具が来るんだから!」

 

なんと、それは本当か。

ところで忌々しいことに教室こそ暖房はないが職員室にはあるらしい。

俺たちもようやく小市民生活から脱却だ。

 

 

「それにしても『来る』ってのはどういうこった。まさかヒーターに足が生えるとか言うんじゃあないだろうな」

 

怪奇現象はごめんだ。

まして妖怪の類を相手にしたくはない。

俺の言葉に失笑しながら団長席に腰掛ける涼宮は。

 

 

「んなわけないでしょ。大森電器店の店長が電気ストーブをくれるって言ったのよ」

 

文化祭の映画撮影の際にお世話になった例の店だ。

ビデオカメラに続いて電器ストーブとは、いよいよ俺はあの商店街そのものが心配だ。

木枯らしで吹き飛ばされちまうんじゃないだろうか。

 

 

「良かったな。ストーブもここまで運んでもらえるんだろ」

 

「はあ? 何言ってんの? あの店は宅配サービスなんてやってないわよ。やってたとしても頼んでないし」

 

「……ん? お前はさっき暖房器具が『来る』って言ってたよな」

 

つまり手に入るだけなら来るとは言わないだろう。

こいつが単に言葉使いのおかしい女なだけか。

 

 

「うん。だからあんたに運んでもらうから。今、すぐに、行ってちょうだい」

 

あっけらかんとした表情で言い放った涼宮。

彼女は顎をしゃくって朝比奈にお茶を淹れるように命じた。

どこまでも偉そうな奴だ。

 

 

「……つまりお前からすれば黙ってたらストーブが勝手に来るってわけか?」

 

「まあね」

 

ジーザス。

今の俺はサンタクロースさえ殺してしまえそうな気分だ。

ほんの数日前に封印した台詞を早速使いたくなってきたんだが。

 

 

「あたしたち四人はあんたより偉いの。あんたは平団員で、しかもあたしの下僕でもあるんだからちょうどいいでしょ」

 

「団長のお前と副団長の古泉が偉いのは一億光年ほど譲ってやって認めたとしても朝比奈と長門は何故オレより立場が上なんだ」

 

「力仕事を女子に押し付けるつもりなの?」

 

はいそうですと即答してやりたいね。

かくして俺は一日を雑用で消費することが運命づけられてしまった。

椅子の背にかけておいたコートを羽織ると、俺は一人寂しく部室を後にする。

廊下に出ただけで気分が暗くなった。電気がなくて薄暗いからだ。

これで夜になったらと思うだけで更に気分は暗くなる一方だ。

 

 

「……行くとするか」

 

渡り廊下を歩いて部室棟を抜け、本校舎にある生徒玄関で外靴に履き替える。

それから外に出ればあっという間に校門を通り過ぎ、北高の敷地外に。

道路に学生の姿など見受けられない。どこまでも俺一人ってことなんだろうさ。

なくてもいい急こう配に定評がある坂道も下る分には問題ない。だが今回は往復だ。しかも電気ストーブなんぞを抱えての作業だという。

涼宮の命令じゃなきゃ文字通り蹴ってたに違いない。

 

 

「……はぁ……」

 

当然のように俺の吐息は白い。来月には手袋とマフラーを用意した方がいいな。

準備が遅いって言うなよ。ここ数日で一気に冷え込んだんだからな。土日で調達するとしよう。

天気は相変わらず曇ったままで今日はこのまま夜になるに違いない。

はたして俺が戻るまでにあいつらは部室にいてくれるのだろうか。

期待できないから期待しないでおくとしよう。

 

 

「……」

 

黙々と歩道を歩き続ける俺。

ようやく県道へ出たはいいもののここから駅前までは十分単位コースだ。

で、県道から駅前に至るまでの道に終わりがようやく訪れたと思えば風が強くなり始めた。

急いで俺は私鉄のターミナルへ駆け込む。僅かな間ではあるものの暖がとれるに越したことはない。

もちろん切符代も自腹であり、さてこのツケの領収書は誰に出せばいいんだろうかと考えながら俺はホームに立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が文芸部部室、及び北高を後にしてから既に一時間近くが経過していた。

涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、古泉一樹の三名は部室を出て体育館に行っている。

三人が何をしているのか。

 

 

「……」

 

間違いなく彼女には関係のないことだ。

涼宮ハルヒが自主制作映画のコマーシャルビデオを撮影したところで、何かが変化するわけではない。

沈黙のままに読書を続けていく。

部室に聞こえてくる音が何かあるとすれば演劇部だろうか。

発声練習を必死に続けているようだ。

 

 

「……」

 

この日の来客は二人。

一人目は。

 

 

「やっぽー! あたしだよっ。……んにゃ? 有希っこだけかぁ。へぇー、こんなこともあるんだねぇ」

 

涼宮ハルヒに負けず劣らずの勢いで扉を開いた女子生徒。

上履きの色は赤であり、彼女の上級生であることが窺える。

ベージュのコートを羽織った緑のロングヘアの来客は朝比奈みくるのクラスメート。友人の鶴屋。

鶴屋は困った表情を浮かべて。

 

 

「実はあたしみくる探してんだよねー。ちょろっと頼みごとしなきゃいけないんだけどさっ」

 

「……」

 

眼鏡のレンズが移す先を手元の本に固定したまま長門有希は片手を動かす。

動かした手が指差す先は窓の外にある本校舎。

 

 

「わお。あっちの方かいっ? ふーん。じゃ、あたしは行くから。サンキュー有希っこっ」

 

一分も滞在せずに鶴屋は部室を後にした。

彼女が朝比奈みくるに何を頼むのか。

それも、長門有希には関係のないこと。

 

 

「……」

 

動かない長門有希。

しかし、反応はする。

この日の二人目の来客に関してはとくにそうだろう。

 

 

「――こんにちは、長門さん」

 

「……」

 

「もう。あいさつぐらいできないのかしら?」

 

涼宮ハルヒと鶴屋の二人とは違い、静かに扉を開けて姿を見せたのは一年生の女子生徒。

血のような、深紅のコートを羽織った青い髪の女。

不敵な笑みを浮かべるのは朝倉涼子だ。

長門有希はページをめくる手を止めて、しかし視線は朝倉涼子に向けず。

 

 

「……なんの用」

 

「長門さんとお話ししようかと思って」

 

「……」

 

「彼はよくやってくれてるわよね」

 

「……」

 

「もしキョンくんが生きていたらこうはならなかったかもしれないわ」

 

カチリ、と何かが噛み合うような音がした。

実際にそのような音はない。だがこの場に他の人がもしいたならば、その音を耳にしただろう。

長門有希はようやく視線をドア付近に佇む朝倉涼子に向けて。

 

 

「涼宮ハルヒは変化している」

 

「ええ。彼のおかげで観察に飽きることはない。流石に八月のあれはまいっちゃったけど、結果オーライってとこかしら?」

 

「我々に介入の余地はない」

 

「ふふっ。それはあなたの立場よね? 涼宮さんの変化なんて実際には誤差の範囲内。ジリ貧であることには変わりないのよ」

 

「何を企んでいる」

 

「さあ?」

 

朝倉涼子は笑顔だった。

長門有希は無表情だった。

この差が二人の差なのかもしれない。

 

 

「そろそろ頃合いかな、と思ったのよ」

 

「あなたは彼に必要以上の干渉をしてはいけない。有事の際にわたしはあなたを排除する権利が認められている」

 

「物騒ねえ」

 

すると、ふいに朝倉涼子も無表情になった。

まるでさっきまでの顔が演技なように。

 

 

「まだ、長門さんは彼を忘れられないのね。キョンくんのことが」

 

「……」

 

「でも後悔しても遅いのよ。あなたは何もできなかったんだから」

 

「……」

 

「まるで今は違うって言いたそうな目」

 

朝倉涼子はきびすを返す。

そして、宣戦布告をするかのように。

 

 

「私は違うわ。やらないで後悔するような長門さんとはね……」

 

部室からその姿を消した。

最初から存在していなかったようにも見える、そんなふうに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――シベリア寒気団だかなんだか知らないが、はた迷惑な連中だ。

重荷を抱えて坂道を登るのは本当に嫌な作業だったな。

マジに体力が衰えつつあるからな。ランニングでも始めたいとこだがこの時期にやる気にはなれん。

 

 

「……やれやれって感じだぜ」

 

往復で一時間三十分以上が経過してからようやく俺は北高に舞い戻れた。

生徒玄関に入るとようやく電気ストーブが入った段ボールを置いて小休止。

そして上履きに履き替えていると。

 

 

「どもどもキョンくんっ」

 

鶴屋が俺に声をかけてきた。

やっぱり涼宮と同じ人種らしく、曇り空なんのそのなスマイルだ。

ともすれば外は雨が降り始めたぐらいで俺は少し濡れてしまっていた。

 

 

「なるほろー。どうやらお使いだったみたいだねっ」

 

「らしいな」

 

「これ使いなよっ」

 

すると鶴屋はベージュ色のコートのポケットから紫のハンカチを取り出して背を伸ばすと俺の頭に乗せた。

 

 

「風邪っぴきは困るからねっ。それはみくるに渡してくれたらいいからさっ」

 

じゃあねー、と言い残して鶴屋は帰って行った。

お嬢様は能天気で羨ましいって感じだ。

ハンカチで顔を拭くと俺は再び段ボールを抱えて歩きはじめる。

で、五分ぐらいかかってようやく部室へ到着した。

 

 

「……」

 

「長門だけか?」

 

「……」

 

ゆっくり頷く彼女。

 

 

「涼宮はもう帰ったのか?」

 

「……」

 

ゆっくり首を横に振る彼女。

どこをほっつき歩いているのやら。

 

 

「……ストーブでも付けるか」

 

箱から取り出し、コンセントを差し込む。

手はすっかり冷えてしまったから電気ストーブ程度でもありがたいもんだ。

暫くしてようやくストーブの中がオレンジ色に変色してきた。

じんじんする。

 

 

「……」

 

ふと後ろを向くと長門は本を閉じて席を立っていた。

沈黙のままに部室を後にした様子から察するに、帰宅か。

俺は手をひとしきり温め終わるとパイプ椅子に座った。

コートは再び椅子の背にかける。

 

 

「……疲れた」

 

やはり衰えつつある。

これでもサッカー部長だったのによ。弱小チームだったが――

 

 

 

 

「――起きなさいよ」

 

「ん……?」

 

視界が横だ。

気がつけば俺は長机に突っ伏していた。

顔を上げて声の主を探すとそれは間違いなく涼宮だった。

 

 

「……他の二人は?」

 

「とっくに帰ったわ。お寝坊さんと違ってね」

 

「起こせばよかったのに」

 

「……ふん」

 

窓の外は相変わらず雨。

部室に鍵をかけてとっとと出た方がいいな。

天気予報では確か降水確率10%だったのに。

涼宮は仏頂面で俺を見て。

 

 

「……それ」

 

「なんだ」

 

「カーディガン。返して」

 

何ぞやと思えば俺はいつの間にかカーディガンを羽織らされていた。

涼宮がかけてくれたらしい。脱いで手渡す。

 

 

「ありがとよ」

 

「……感謝されるほどのことでもないわ」

 

そりゃな。

一仕事終えた俺が感謝されるべきだろうさ。

とっくに下校時間なのでさっさと帰るとしよう。

部室に鍵をかけると二人して生徒玄関まで移動。

 

 

「さて、傘が余っていればいいんだがな」

 

置き忘れの傘を借用しようと俺が決意したその時。

こつん、と俺の腕に何かが当たる。

当てた張本人の涼宮の方を向くと彼女はそっぽを向いて。

 

 

「泥棒なんて駄目よ」

 

「……で、これは?」

 

「見てわかんないの」

 

傘だ。

お前が持つ傘が俺の右腕に当たった。

 

 

「あたしとあんた……二人で一本で充分じゃない?」

 

ああ、同感だぜ。

ハルヒ。

 

 


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