校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第二十三話

 

 

俺の心がいくら荒もうが文化祭はまだまだ終わりそうになかったし、誰も俺に他の世界の事は教えてくれなかった。

ああ、こういう時寝るのが一番だろうさ。ベッドにでも横になって目を閉じるんだ。

起きてて悪夢を見るくらいなんだから寝ている時ぐらいはいい夢が見られるはずなのさ。

でなけりゃ釣り合わないだろうよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしながら文化祭真っ只中な校内で安眠を確保できる場所などないようなものだ。

文芸部部室ならそれも可能だろうが一日に何度もあんな場所で寝ようとは思わん。

寝袋の一つでも用意しておけよ、なんて愚痴にもならない八つ当たりを向ける先は涼宮だ。

とうとうイカれちまったのか俺は気がつけば涼宮のことを考えるようになっていた。

それも、両方の涼宮だ。ここにいる髪を伸ばし始めた涼宮とどこかへ消えた髪が伸びきった涼宮。

俺は何を考えているんだかな。自分でもわからなくなってきた。

外の空気を吸ったところで微妙でしかなかったので俺は逃げるように校内をふらつくことにした。

模擬店でお茶を濁した我がクラスだが、この学校は模擬店くらいしか行くところがないんじゃないのかってぐらいに空元気な文化祭であった。

卓球部のピンポンアイス、三年三組のおでん、チョコレートをケチっているらしい二年五組のチョコバナナ、等々。

これらを食べ歩きするもいいんだろうが今の精神テンションでお腹に何かを詰める気にはなれなかった。

 

 

「……ん」

 

そんな中でプログラムに書かれていた項目で俺の目に留まったのはいたって普通などこの文化祭でもあるようなものだった。

バンド演奏大会。定番中の定番であり、シケた片田舎の文化祭に出る程度などたかが知れている、が気分転換にはなるかもしれない。

渡り廊下経由で講堂へ入っていくと館内の照明はステージ上だけになっており、外からの陽の光はカーテンによって遮断されている。

よって薄ら暗い館内で一人パイプ椅子に腰かけて大して面白みもない音楽鑑賞をし続けることになるのだが、ま、こんなもんがお似合いだろうさ。

客入りもまばらなあたりが北高らしさを窺える。文化祭ライブなんてもっと盛り上がるもんなはずなんだがな。

 

 

「ふぁぁぁ……」

 

あくびをしながらステージ上の連中を眺めたり、意識を失ったりを繰り返してからかなりの時間が経過したはずだ。

気がつくと館内には少し人が増えていた。というのも次の発表が軽音楽部によるものだからだろう。

一般参加の奴よりは腕が立ってくれると期待しているのか、はたまた北高は軽音楽部ぐらいは自慢できるのか。

 

 

「……んなわけあるか」

 

ENOZとかいうバンド名からして胡散臭い。

BECKとかHTTとかに勝てるとは思えない。

これを拝んだら別の場所に移動しよう、などとうつらうつら考えていたその時だった。

 

 

「あん?」

 

ステージ中央に移動する、一人、二人、そして三人目に涼宮ハルヒがいた。

戦うウェイトレス姿のリボンカチューシャ女が譜面スタンドとギターを抱えて登場。

更に涼宮の後を追うように出てきたのは魔女装束の眼鏡女子こと長門有希で彼女はエレキギターをひっさげていた。

で、なんなんだありゃ。

 

 

「……」

 

説明らしい説明は皆無で、やがて壇上の四人の準備が出来たのか暫くの沈黙の後にドラムが音を立てた。

すぐさま旋律が奏でられる。たまげた。最初からクライマックスと言わんばかりにぶつけられるアップテンポな曲。

ギターの神様が誰かなんてのは人それぞれに違いないがエリック・クラプトンが凄いお方だというのは誰でもわかる。

長門のギターさばきはクラプトンやエドワード・ヴァン・ヘイレンが称賛するに違いない次元のものであった。

涼宮に関しても素人とは思えない。よくも悪くもジミー・ペイジさながらである。

ドラムとベースの女子二人との連携はとれているようだがいつの間に練習していたんだか。

 

 

「何やってんだかあいつらは……」

 

SOS団の宣伝の一環とやらか?

しかし本当に凄かったのはマイクスタンドの前に立つ涼宮が歌い始めてからだった。

いつもの調子が外れたような声なんかではなく、芯が通ったような落ち着いてそして力強さも兼ね備えた声。

宣伝のための弾き語りでも始まるのかと思えばそんなことはなく、バンド演奏だ。

とにかくどうしてこうなったのかは知らないが涼宮と長門がステージに立っていてSOSではなくENOZとして活動しているということだ。

なんて、サビのパワフルな曲調に圧倒されているうちに他の観客どもはすっかり盛り上がっていて、心なしか人数も更に増えている気がする。

俺も自然にパイプ椅子から立ちあがり、聴き入っていると一曲目はあっという間に完了してしまった。

最初のうちは黙っていた観客どももすっかり熱烈なラブコールを送っている。

きっとこういうのが本来の文化祭バンドなんだろう。さっきまでのが間違っていたのだ。

 

 

「いやはや、涼宮さんの演奏に脱帽いたしました」

 

なんて声が俺の右隣からぬっと聞こえた。

ギルデンスターンの恰好のまま古泉が俺の左横に立っていた。

 

 

「……脱帽とか言うんならその頭の頭巾を脱ぎやがれ」

 

「これは失礼。着替えるのもおっくうなものでしたので」

 

古泉はしゅるっと頭巾を脱ぐとすっかりいつもの調子だ。

娘を見守る父親のような雰囲気さえ感じられる。

 

 

「お前さんはどうしてあいつらが軽音楽部の連中と一緒にやってるか知らんのか?」

 

「ええ。知りませんよ。僕は噂を聞きつけて参上しただけですから」

 

もう噂になっているってか。

あり得ないだろ、長く見積もってもあいつが登場してから今までまだ六分も経過しちゃいない。

 

 

「これも涼宮が願った結果だと思うか?」

 

「どうでしょうね。その可能性は常にゼロではありません……ただ、間違いなく今回は誰にも迷惑がかかってないでしょう。僕から言えるのはそれだけですよ」

 

「……だな」

 

気鋼闘衣でも身にまとったかのような長門は物言わぬ表情で佇んでいるが、涼宮と他の女子二人は笑顔で顔を合わせている。

涼宮のことだからてっきり歯でギターを弾くんじゃないかとも思えたが要らぬ心配だったようだ。

彼女はどこか落ち着かない様子でマイクに向かって。

 

 

『みなさん。ENOZです――』

 

と話し始めた。

曰く本来のバンドメンバーは事情があって出られないらしく急きょ涼宮と長門がヘルプとして出ることになったらしい。

まさか軽音楽部の女子二人があいつらを指名したわけがない。涼宮が面白そうと思って出しゃばったに違いない。

妙に謙遜しながら自分のことは歌も代理がつとまっているか怪しいしギターは担いでいるだけと言う涼宮だが。

 

 

「何がギターは担いでいるだけ、だ。涼宮でああならオレは一生ギターを担ぐことすら許されねえだろうぜ」

 

「涼宮さんは多才なお方ですからね」

 

「んなこた知ってらあ」

 

そうさ。あいつは超人そのものかってぐらいになんでも出来る女だ。

勉強、スポーツときて楽器まで操るし歌だって上手。だから他の連中がひがんでしまうのさ。

そして昔からあいつはそんな連中を見るのが大嫌いだった。

 

 

『……じゃあ、次の曲。残念だけど時間がないからこれがラストソングになっちゃうけど、そんなの気にしないであたしの歌を聴いてほしいわ』

 

発表時間にも限りがる。

フルで演奏すれば二曲ぐらいが尺の限界だった。

なんてことは彼女が言ったように気にならなくなったさ。

気がつけば俺は泣いていた。

 

 

「……そうか」

 

彼女が今歌っている二曲目の曲。

どうしようもなく俺はその歌詞に感情移入していたんだからな。

ああ、痺れたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――それから二日後の話だ。

あの後涼宮から聞かされた説明によると、軽音部の欠員二名は各々よんどころない事情があったそうな。

で、軽音楽部と実行委員がすったもんだしているとこを見かけた涼宮が代わりに出ようとしゃしゃり出たのだ。

占い館で営業中の長門も無理矢理涼宮に連行されたそうな。

 

 

「やれやれって感じだな……」

 

廊下を歩いて行くENOZのメンバーを見送って俺は呟く。

この日、休み時間中の教室に軽音楽部の四人が訪れた。

涼宮にお礼を言いに来たのだが、俺も横に立たせられた。

あろうことか俺を指差して四人のうちの一人が。

 

 

「ねえ、この人って涼宮さんのカレシ?」

 

なんてお決まりみたいな質問をぶつけてきたもんだから絶賛気まずい空気が俺と涼宮の間で漂いつつあるのだが。

おかげで涼宮は昼休みになるや否や逃げるように教室から消えてしまった。

俺は谷口のナンパ理論を聞く気にもなれず、どかどかと弁当を平らげると彼女を探すことにした。

俺の精神病も末期症状ってことだな。

いつぞや大人朝比奈に呼び止められた部室棟と本校舎を繋ぐ渡り廊下を逸れると中庭だ。

そこの大きな木の陰に隠れるように涼宮は寝そべっていた。

 

 

「……何やってんだ」

 

「べつに」

 

「昼飯は食べたのか」

 

「学食に行ったわ」

 

「さいですか」

 

無断で彼女の横にしゃがみこむ。

仏頂面ばかり得意になってこいつは何が楽しいんだかな。

 

 

「なあ涼宮よ」

 

「なによ」

 

「楽しかった文化祭が終わって落ち着かないのはわからんでもないが切り替えたらどうだ」

 

「……そんなんじゃないから」

 

「だったらどうしてソワソワしてるんだ」

 

「あんたには関係ないでしょ」

 

いつにも増して手厳しい。

ひょっとしなくてもおバカ四人組ことENOZが余計なひと言を残したせいではなかろうか。

もっと他に表現があっただろうに。例えばお友達とか。

 

 

「もうすぐ十二月だな」

 

「……それが?」

 

「クリスマスまで一ヶ月くらいか」

 

「……」

 

俺があの世界に居た最後の日はクリスマスではない。

十二月の中ごろだ。いつだったかは忘れた。

ただ、なんとなく俺はやはり十二月に何かあるという気がしてならない。

ひょっとするともう一度俺が消えてしまうような。

 

 

「お前、サンタクロースっていつまで信じていた?」

 

「……」

 

「そうか。オレは小学校四年生くらいまでだったんだがな。……ちなみに妹は小五だが未だに信じている。そりゃあ、あのちんちくりんだから無理もないな」

 

「……かわいい妹さんじゃないの」

 

「やかましいだけだ」

 

もしかしなくてもこいつは聞き下手とやらではないだろうか。

自分から一方的に話すのは得意というか好きなくせして一転して聞き手に回ると壁を作りやがる。

何がこいつをそうさせるのかね。

 

 

「それにしてもお前はぶっつけ本番にしちゃあ中々なウデマエだったぜ」

 

「……」

 

「だが十全じゃあないな。元々ENOZの二人は長門とお前と組んでいたわけでもないから微妙にズレが生じちまう」

 

「……ふん」

 

「だから――」

 

こいつはとんだ猛犬だ。

でも駄犬じゃないのが救いだ。

 

 

「――次はオレと、いや、SOS団でバンドをやるなんてどうだ?」

 

「はあ……?」

 

「返事はイエスかはいで頼む」

 

「……なにそれ。あたしに拒否権がないって言いたいの」

 

「たまにはオレにも命令させろ」

 

すると寝そべっていた涼宮は上体を起こして俺を睨み付ける。

なんだなんだ何が気に食わないのかこいつは俺の胸ぐらを掴んで。

 

 

「あんたは何を弾けるってのよ」

 

「何も弾けねえよ。楽器はからっきしだ」

 

「それでよくバンドやろうだなんて言えたわね」

 

「一年ありゃあどうにかなんだろ」

 

「……いっつもいっつも馬鹿みたいなことしか言わないんだから」

 

らしいな。

それが俺の仕事なんだろうさ。

 

 

「馬鹿で悪かったな。こんな馬鹿な団員の代わりなんていくらでもいるんじゃあないか。オレがある日消えても――」

 

「なに言ってんのよ」

 

彼女の眼つきは既に鋭くなかった。

それに声にも力がなかったが、俺はわかった。

こいつは怒っているのさ。俺に対して。

 

 

「馬鹿一人くらいいたってあたしにとってはなんてことないわ。重荷にもなりゃしないの」

 

「……」

 

「適当なこと言ってあたしから逃げようったってそうはいかないんだからね。あんたはあたしの下僕一号なのよ」

 

「……へヴィな初耳だぜ」

 

ぱっと俺の胸ぐらから手を放すと、涼宮は不敵な笑みで。

 

 

「あたしの許可なしにどこにも行かないこと。いいわね!?」

 

なんて無茶な要求をつきつけてきやがった。

流石に登下校ぐらいは勘弁してほしいもんだがね。

話半分頷く程度が俺の限界だったさ。

まして、俺とこんなことを言い合っていたあいつの方から消えてしまうなんて思わなかったんだからな。

 

 

 

文化祭の話はこれで終わりだが、そうそう、少しばかり付け加えさせてもらいたい。

軽音楽部のガールズバンドことENOZだが、涼宮のおかげで校内の知名度が一気に爆発した。

オリジナルメンバの演奏を聴きたいってのは当然だろう。

涼宮と長門が下手、とかじゃなくて音楽は人によって変わるもんなのさ。気の持ちようだ。

次にうちのクラスの喫茶店は朝倉涼子がウェイトレスとして最前線に立ち続ける事でそれなりの集客があったらしい。

いくら稼いだところで生徒に金が入るわけではないので赤字でも全然構わないがな。

 

 

「来年は涼宮さんと一緒に、あなたもクラスのために働いてほしいんだけど」

 

と朝倉に小言を言われたが残念ながら来年はその暇がない。

バンドもそうだが涼宮の中では自主制作映画の第二弾が既に頭にあった。

ちなみに商店街で貰ったデジタルハンディビデオカメラとモデルガンだが、あれは店の宣伝CMを映画上映と同時に流すということで譲り受けたものらしい。

視聴覚室には朝比奈、鶴屋、長門、朝倉のそれぞれのファンが押し入ったおかげで満室だったそうだが商店街の宣言効果のほどは怪しい。

でもって最後は一番の被害者いや被害猫かもしれないシャミセンだ。

彼は正式に我が家で飼育されることとなった。妹のいい遊び相手になっているからこれで俺へのちょっかいは減るに違いない。

 

 

「……お前はもう喋れないのか?」

 

居間のソファの上でうずくまっているシャミセンに声をかける。

すっかりこいつは喋らなくなっていて、むしろ喋れたのは夢でも見ていたのかと思えてしょうがない。

しょせんは涼宮の妄想の中だけの出来事に過ぎなかったのさ。

ほいほい現実がねじ曲がってしまってたまるかってんだ。

シャミセンはこちらを見つめて。

 

 

『にゃあ』

 

今日ぐらい、一度ぐらいは他の言葉を喋ってもいいんだぜ。

なんて言葉に対する返事はなかった。

 

 


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