校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第二十二話

 

 

そんなこんなで文化祭当日、その初日となった。

前日のうちに校舎はすっかり装飾されている。

窓には張り紙。天井にはミニ横断幕。

だが、これらは文化祭が終わった途端に消えてしまうセミよりも儚い存在だ。

つまり北高は今日を入れて二日間だけのメイクアップだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は朝六時台。

こんな時間から学校の敷地内にいる生徒など間違いなく俺と涼宮ぐらいだろう。

お互い携帯電話で保護者には連絡したが。

 

 

「お前はよく許可が出たもんだな」

 

窓に向かってストレッチしている涼宮に言う。

普通であれば娘が帰って来ないなど親からすれば信じられないことなのではなかろうか。

しかも野郎が一人いるわけだしな。

上半身を捻りながら涼宮はあっけらかんとした様子で。

 

 

「べつに大したことじゃないわよ」

 

「そうかい」

 

俺の方に関して言えば問題ない。

なんて、親の心配子知らずというのは涼宮も俺もそうらしい。

もっとも俺が心配するとすれば愚妹に弄ばれているであろうシャミセンだ。

あの猫が愚妹の拷問の末にポロっと喋ってしまったら困るからな。

もっとも長門が言うには涼宮による現実世界の改変も終息を迎えつつあるとのこと。

シャミセンもそのうち普通の三毛猫になっているというわけだ。

 

 

「うーん……それにしてもお腹空いたわね」

 

晩御飯を抜いての強行軍だったが流石に俺も腹が減った。

北高の立地の悪さは今更言うまでもなく、近くに平日のみ営業している駄菓子屋があるだけ。

最寄りのコンビニは坂を下って十分以上かかるという体たらくで不便なこと極まりない。

そしてこんな時間に駄菓子屋が営業しているわけもないので必然的にメシにありつくにはコンビニまで出向く必要がある。

 

 

「……わかった。何を買ってくりゃあいいんだ?」

 

首をコキコキ鳴らすと俺はパイプ椅子から立ち上がり、涼宮に訊ねた。

パシられる前にパシる。中学一年の時にサッカー部で学んだことだ。

すると涼宮はきょとんとした表情で。

 

 

「え? なによ、一緒に行くんじゃないの?」

 

どうやらこいつは万年暴君ではないようだ。

そうして学生鞄を部室に置いて――どうせ中には教科書ぐらいしか入っていない。携帯と財布は持ち歩いている――腹ペコ二人で部室棟を後にした。

 

 

「身体の節々が痛いってのはこういうことを言うんだろうな」

 

「これくらいどうってことないじゃない」

 

「元気そうで羨ましい限りだな」

 

ずんずんと坂を下っていくセーラー服女の後姿を追いかけながらコンビニへ向かっていく。

さしあたって俺の不満は北高に引き返す際に恒例ともいえる登山が待ち受けていることだ。

早朝だから気温は落ち着いているものの、十一月も半ばにしてまだ暑い日々が続いていた。

残暑って言葉を最初に考えた奴はどこのどいつだ。

 

 

「羨ましいって言うんならあんたはあたしを見習うべきね」

 

「お前のどこを見習えばいいのかね。参考までに教えてほしいもんだ」

 

「まずあんたからは一日一日を大事に生きようっていう気概が感じられないの。だから待ち合わせてもいつもあんたが遅刻するのよ」

 

「おいおいお前は忘れたのか? 半年ぐらい前の不思議探索はお前の方がオレより遅かったじゃあないか」

 

「さあね」

 

どこか涼宮は上機嫌であった。

きっと映画が出来上がって満足しているに違いない。

だから俺はこいつに訊ねた。

 

 

「なあ……」

 

やはりお前は羨ましい人種だ。

夏休み最後の日は涼宮を煽るために思ってもいないことを口に出してしまったが、いつの間にかこいつは水に流していた。

 

 

「……楽しかったか?」

 

「当然よ」

 

月並みな言葉ですまないが、俺にはこの時の彼女をこの他に形容しようがない。

すなわち、太陽みたいな笑顔で涼宮は俺の質問に答えてくれたのさ。

 

 

 

それから数時間後、年中無休お祭り女が待ちに待ったイベントこと文化祭がいよいよスタートした。

焼き上がったDVDはケースに入れて映研に渡した。嫌々というか恐る恐るでDVDを受け取った彼らの表情から俺は何かを察したね。

でもってクラスには朝のうちだけ顔を出し、俺と涼宮は不良生徒さながらするっと抜け出したのだ。

 

 

「あんなアホ連中なんかにつきあってらんないっての」

 

とは彼女の言い分だ。

ならば。

 

 

「オレと一日文化祭をつきあうってのはどうだ?」

 

我ながら大胆な発言ではなかろうか。

言われた涼宮も廊下で足がぴたっと止まった。

廊下は既に学生が往来し始めている。

涼宮はぼーっとした表情を数秒続けて、それから我に返ったかのように慌てて。

 

 

「な、なに言ってんのよあんた。あたしは忙しいの」

 

「忙しいってお前は何かするのか?」

 

「……そうよ、こういう時にこそSOS団をアピールしないでどうするのよ!?」

 

言ってることがいつも以上に無茶苦茶な気がしてならない。

いつだってこいつは謎の集まりの知名度ばかりを気にしているではないか。

ホームページ作りだってその一環であった。

 

 

「だから、その、あたしは宣伝しなきゃなんないのよ。団長として」

 

「一日中やるってのか」

 

「やぶさかじゃないわ」

 

「ならオレも宣伝とやらに協力する。どうせ暇だしな。構わんだろう?」

 

「……しょうがないわね」

 

これまたいつの間にか涼宮は宣伝用のチラシなんぞを用意していたらしい。

そしてそれを校門で配ろうと言うのだ。極力関わりたくないなと思いつつもチラシ配り程度なら部活の宣伝と言い訳すればなんとかなるだろう。

問題は。

 

 

「これでバッチリよ」

 

部室棟は普段の放課後より人影が少なく、半ば控室と化している。

いや、そんなことはどうでもいいんだ。

問題はといえば文芸部部室内で得意げな表情で突っ立っている涼宮の恰好だ。

黒のワンウェイストレッチと網タイツ、リボンカチューシャを付けているのに付け耳も付けて襟には蝶ネクタイ。

きっとお尻にはしっぽもあるだろう涼宮のその恰好はまさしくバニーガール姿。

彼女は長机の上に置かれていたチラシを両手で抱え。

 

 

「さ、行くわよ」

 

「待て」

 

どこへ行こうと言うんだその恰好で。

暫く部室棟の廊下で待たされたと思えば扉から黒兎女が出てくるとは思わなかった。

 

 

「前にやった時は充分な成果を発揮できなかったから今回こそは成功させたいの」

 

しかも一度その恰好でのビラ配りをやっていたらしい。

後程谷口からそれとなく聞いたところによると、朝比奈を巻き込んで二人して春先にやっていたそうだ。

俺がここに来る前の話に違いない。

 

 

「悪いが流石にその恰好はアウトだ。他のにしろ」

 

「はあ?」

 

「お前のそんな姿を他の連中に見せたくないんでな」

 

それに少し、なんというか、興奮してしまうから直視できない。

朝比奈ほどではないものの充分自己主張している涼宮の胸と、グンバツな脚線に張り付く網タイツ。

犯罪だ。

 

 

「今後はオレの前だけにしてくれ」

 

なんてお願いを真剣に聞き受けてくれたかは知らないが、あえなく彼女は衣装チェンジ。

映画撮影の際に朝比奈が着ていたウェイトレス姿となった。

 

 

「映画の宣伝にもなっていいと思うぞ。似合ってるぜ」

 

「……ふん。やっぱあたし一人でやるから」

 

バニー姿でないことに不満はないようだが急に涼宮はつれなくなった。

結局俺はあいつと文化祭をともにすることはなかったのである。

ううむ。乙女心は何とやら、とは奥が深い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして俺は一日をどうにか消化しなければならなくなった。

帰って寝るのが建設的な気がするが、青春ポイントがマイナスになってしまう気もするから却下。

SOS団自主制作映画は視聴覚室で放映中だが何が悲しくて観に行かねばならんのか。

どうせなら古泉のクラスである一年九組の演劇でも観た方がマシだろう、ということで手始めに俺はそうした。

教室を丸々使ってやることが模擬店ではなく演劇なあたりが特進クラスの連中らしい。変人どもってことだ。

演劇の内容はハムレットらしかったのだが、どうやらローゼンクランツとギルデンスターンに途中で変更されたらしい。

古泉はといえば。

 

 

「貴公らによる数々の蛮行許し難し。このギルデンスターンと愛馬テグジュベールが――」

 

旅人のような恰好をしてそんな台詞を吐いていた。

一応こいつが主役格らしい。肝心の演技だがいつも通り彼はニコニコ顔なので世界観がよくわからん。

最初こそ時代に見合った設定で話が進んでいたのだがだんだんと雲行きが怪しくなり。

 

 

「ここに一枚のコインがあります。これを僕が投げて表になる確率は二分の一であり、裏になる確率も二分の一です。この世界において――」

 

ついには確率論を語り始めた。こんな話なのかハムレットは。

間違いなくこいつの演技が下手だってことしか言えない。

と、ちょっとした時間泥棒にでも会った気分を味わった俺が次いで向かったのは長門のクラス。

彼女が本物の魔女さながらに活躍しているらしい占い館は何故か大盛況であった。

長々と列が続いており、どうやら長門の隠れファンなる連中がこの学校には存在しているそうなので多分そいつらのせいである。

かといって他に時間を潰すアテもないので俺はひたすら待ち続けた。

ようやく俺の番になり、椅子に腰かけて魔女装束の長門と学校机越しに向き合った。

机の上にはそれらしい水晶玉が置かれている。

 

 

「よう」

 

「……占ってほしい?」

 

「まあな」

 

ところで長門は眼鏡が無い方がかわいいのだろうか。

やはりこの日も魔女装束+眼鏡であったが、ファンの連中の間ではどういった議論がなされているのか。

俺は、気になります。

 

 

「  」

 

長門は水晶玉に手をかざして何か聞き取れない言葉を高速で呟いた。

すると一瞬だけ水晶玉が輝き。

 

 

「……あなたの未来を見通すことが出来なかった」

 

「何だって?」

 

「幸あれ」

 

占いとしては成立していないようなことを言われて俺の番が終わった。

ちなみに彼女の占いは本来なら予言レベルのものらしく、確実に的中したとのうわさ話で持ちきりとなるのは文化祭が終わってからの話だ。

時間泥棒その二を踏まえ、コンビニ飯で物足りなかったのか小腹が空いてきた俺は思い出したかのように二年生の教室へと足を進めた。

朝比奈のクラスは確か焼きそば喫茶なるものをやっていたはずだ。

しかしながらここでも長蛇の列。貧乏人のカスどもが、出来合いのものを食べていればいいものを。

 

 

「やっぽーキョンくん! 来てくれてありがとねっ」

 

俺に気付いたのか大声でこちらに声をかけてくれた鶴屋。

そのせいで他の連中から視線を一身に浴びてしまうはめに。

お嬢様だからかその辺慣れっこな鶴屋は何が楽しいのかハイテンションだ。

俺はウェイトレス姿の彼女に対して。

 

 

「なあ、今更な質問なんだがどうして焼きそば"喫茶"なんだ?」

 

「あたしが決めたわけじゃないんだけどねー。きっとメイド喫茶に対抗してるんじゃないかなっ?」

 

そんなもんがこの学校にあったとして、誰が行くというのだろうか。

メイド喫茶に入店したのを目撃されればそいつはクラスの笑いものにされるのがオチではないか。

 

 

「それにしてもこの衣装。めがっさ似合ってると思わないっ? ……って、キミは映画撮影の時に見慣れちゃってるもんねー」

 

"めがっさ"とはどういう効果だ、いつ発動する。

俺の推測だが彼女が今発言したそれは"めっさ"――めちゃという意味――と"メガ"を掛け合わせた造語だろう。

メガといえばメガレンジャーであり、百万倍の何かが鶴屋にはあるらしい。

ところでどうしてメガシルバーは弱体化したんだろうな?

追加キャラが弱体化される法則は理不尽なことこの上ないのではなかろうか。

インフレは男のロマンだろうに。

黙りこくった俺など意に介さず鶴屋は俺の背中をばしばし叩いて。

 

 

「みくるは中で食券のもぎり役やってるから声でもかけてやってねっ。店にはすぐに入れるから待っててほしいのさっ」

 

と言い残すと焼きそば喫茶と化した教室へと引っこんでいった。

だが、すぐにと言った割に三十分以上俺は待たされたのだが鶴屋の時間感覚が悪いのか、見通しが悪いのか、どちらなのだろうか。

 

 

「あっ。キョンくんいらっしゃあい」

 

鶴屋とお揃いの白を基調としたウェイトレス姿な朝比奈。

わざわざ説明するまでもないと思うが、コスプレの一種であり、こんなウェイトレスユニフォームは日本全国の喫茶店を回っても出会えないだろう。

それこそメイド喫茶なら別だがな。

ちなみに出された焼きそばについては特に言う事はない。ソースが絡んだ麺だ。それ以上でも以下でもないさ。

 

――こんなことをしてもまだまだ時間は残っていた。

谷口や国木田を捕まえるか。それとも嫌々自分のクラスの喫茶店に行って冷やかしでもするか。

どの道明日も文化祭はあるのだから初日でこれは流石にまずい。

明日ぐらいは俺もクラスの一員として仕事を全うすればいいのかもしれんが。

 

 

「なんてな……」

 

明日の心配をしていても精々一分も時間は経過してくれない。

こういう時こそ実行委員会が苦労して練り上げた文化祭プログラムでも眺めるべきだ。

校舎の外に出た俺は本館東側にあるグラウンドへ降りるために設けられた石階段に腰かける。

ポケットから折りたたまれていたプログラムを取り出すと、じーっとそれを眺めた。

こんなところに居ても文化祭ムードというものは伝わるようで、どこからか俺の耳には誰かの喧騒が届いた。

 

 

「……っ」

 

それを耳に入れた途端、俺は孤独感にさいなまれた。

忘れたわけではない。本来ならば俺はこの学校に、いやこの世界にさえ存在していない人間だ。

俺を俺として認識している人間がこの世界にいるのか?

宇宙人を人間としてカウントしていいなら長門と朝倉だろうな。

二人の仲間らしい喜緑って女もそうか。それで三人。

他の奴らはどうだ。"キョン"としか俺を呼ばない。今日だってそうだった。

そしておそらくこれからもそうなんだろう。

なら俺のことはどうでもいいから一つだけ教えてくれないか。

 

 

「……なあ」

 

後ろ髪が腰より先まで伸びていた、あの世界の涼宮ハルヒはどうなったんだ。

あいつには願望を叶えるとかいう凄い力が無かったってのか。

教えてくれ、彼女はどこへ行ったんだ。

 

 


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