校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第二十話

 

 

芸術は爆発だ、なんてのは誰が言ったか説明するまでもなく有名な言葉だ。

当然この涼宮ハルヒとてそんな言葉は知っているんだろうがきっとどこか勘違いしているに違いない。

彼女の行為は「何だ、これは」と他人に言わせたいがばかりに爆破テロをしているのと大差ない。

常識にとらわれないという意味合いでは素晴らしい。しかし、まさか常識の方からかけ離れていくとは思わないだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画を作ると言われて正直なところ俺も興味はあったわけだ。

そんな俺の頑張りのおかげもあって、涼宮の脳内設計図よりはいくらかマシな――それでも脚本とは呼べないが――脚本をノート数ページを犠牲にしてかき上げた。

こんな努力がはたして必要だったのかは未だにわからないが涼宮にはウケているのでいいだろうさ。

涼宮は大脱走マーチを歌いながらゆったり歩くぐらいに愉快だったんだ。これがそこら辺の女の子なら問題なかlったのかね。

なんてことを今更言ったところで仕方がない。

俺が女優二人にオファーを出した某日から数日後の昼休み。

 

 

「いったいお前らは何を始めようってんだ?」

 

望んだわけでもなしに俺の座席の向かい側に勝手に座り、時を同じくして昼飯を食べている谷口がそんなことを言い出した。

窓際の俺の席には左側という概念が存在せず、右側は国木田がこれまた勝手に誰かの椅子を拝借して陣取っている。

授業どころか食事にも集中できないらしい谷口は。

 

 

「ついこの前の朝はサンタクロースかってぐらいな大荷物だったじゃねえか」

 

「へぇ、そうなんだキョン。また涼宮さんが何か考えたの?」

 

そうだったらどうだと言うのか国木田よ。

一晩自宅で寝かせたデジタルハンディビデオカメラは早速涼宮が持ち運ぶようになっており、モデルガンは俺と古泉が弾入れやらガス入れやらを済ませてロールアウト。

オモチャといえどくれぐれも人に向けて発砲するようなもんでもないのに涼宮は平気で誰々にぶっ放せと悪魔のような注文をし続けている。

それが彼女のやり方とやららしい。

 

 

「しっかし朝倉涼子様様だよな。あいつがもし俺らのクラスにいなけりゃ今頃クラス企画もまとまってなかったに違いねえ」

 

谷口は何を偉そうに言っているのかしらんがこいつはリーダーシップどころか自主性がない。

考えているのは精々がスケベなことぐらいの万年脳内桃色男。誰が彼の相手をするというのか。

 

 

「谷口もさあ、朝倉さんに感謝するのはいいけどキョンみたいに何かしないんだったらその分文化祭の当日は精一杯働きなよ」

 

「……ってもよ、自分で言うのもなんだが、俺が店員のサ店なんて繁盛するとは思えねえのなんの」

 

アホにしては意外にも物分りがいいではないか。

そう、こういうのはまさしく適材適所であり、女子が前面に出ていればいいのだ。

野郎なんざ前準備や後片付けやらその他裏方仕事がお似合いなのさ。

 

 

「涼宮もツラだけはいいんだから朝倉と一緒にウェイトレスでもやってりゃそれなりに一年五組も評価されるのにな」

 

「そこんとこどうなのキョン?」

 

どう、ね。

映画と言われたところでこいつらの中にはどんな世界が広がるだろうか。

きっと怪獣映画とかその辺だろう。

生憎とSOS団は映画作りにおいて圧倒的な人手不足であり、もしかしなくても野球大会と同じくこいつらにも出演――やられ役で――してもらうつもりだ。

というか俺と涼宮が出ればもうちっとばかり幅が広がる気がしてならないんだけど誰かあいつを説得してくれんかね。

かくしてそれなりに順調に進んでいると思っていた映画撮影も、あいつの楽しみであるアクションシーンを撮るようになってから歯車が狂い始めた。

 

――さて、ここいらで今回の映画の簡単なストーリー説明をしたいと思う。

ざっくばらんに言えば朝比奈と鶴屋による戦うウェイトレスコンビが悪の魔女である長門と朝倉の二人と対決するというもんである。

ドラマパートは涼宮にとって興味が無いらしくほとんど俺に丸投げされたのだが、肝心のストーリーは実際に観に行って確認してほしい。

事実としてアクションシーンの撮影に入るまではなんら問題なかった。

この部分に関して言えば。

 

 

「いい? 映画は立ち回りが命なのよ。カメラワークを重視したいところだけどカメラが一台しかないんじゃ限界があるわ。だからその分みくるちゃんたちにはド派手に動いてもらうからね」

 

脚本だとかそんなもんお構いなし。強制的に涼宮の指示によって撮影が行われた。

土日返上の強行軍。だが、休みが消えたことの不満など消し飛んでしまうような異常事態になったのだ。

結論から先に言えば涼宮が持っているらしい"願望を実現する能力"とやらのせいで現実世界に悪影響が及ぼされた。

土曜日の夕方、あいつはこの日の撮影分を終えて大満足のうちに帰宅していく。

で、この時は残された団員四名+朝倉でしたくもない反省会をするはめになっていた。

 

 

「朝比奈さん。この小石を揉みしだくように握って頂けませんか?」

 

市内某所にある森林公園の一角。

"愛情の像"とかいう名称らしい銅像の付近で俺たちはピチピチウェイトレス姿の朝比奈を取り囲むように立ち尽くしていた。

そして古泉がどこにでも転がっているような小石を朝比奈に差し出し、朝比奈がそれを恐る恐る取ってから右手でぎゅっとする。

彼女の手が開かれる。小石の姿はそこにはなく、あったのはパラパラとした粉末状のものであった。

 

 

「なるほど。朝比奈さんの手によって通常では考えられないような負荷が小石にかけられたようですね。文字通り粉々になってしまいました」

 

「ひ、ひぇぇ……」

 

無言の俺と宇宙人二人。冷静に分析する古泉。自分の仕業にもかかわらずたじろぐ朝比奈。

どうやら現在の朝比奈みくるは常人の三十倍以上の力が発揮できる状態らしい。

涼宮の設定ではそうなっている。ウェイトレス姿の彼女はそうなのだ、と。

 

 

「まずいことになりましたね」

 

異変は朝比奈の怪力だけではない。

今日は家の都合があったらしく昼間のうちに涼宮よりも先に帰宅した鶴屋はもっと恐ろしい状態だった。

涼宮曰く。

 

 

「技の一号、力の二号って言うじゃない? みくるちゃんはパワータイプで鶴屋さんはスピードタイプよね」

 

などといいったトンデモ理論によってウェイトレス姿――朝比奈とは違う服であり、話によると文化祭の時に自分のクラスで使う衣装だそうだ――の鶴屋は腕を振るえば真空波を起こし、走ればそこには残像が生じるといった状況であった。

彼女を誤魔化すのに一苦労したのは言うまでもない。

そんなことを思い出しつつ俺は古泉に訊く。

 

 

「もしかしなくてもこれは涼宮の仕業なのか」

 

「他に誰が居ると思いますか?」

 

こいつなら知ってそうなもんだがな。

朝比奈や鶴屋の超人モードはウェイトレスに変身している間だけであり、他の服装ならばただの女子に戻れるから一安心ではあるものの。

 

 

「涼宮にしては随分と直線的な能力の使い方だぜ」

 

無意識下でしか作用しないと聞いていたが、今回のそれは目に見える形でしかもストレートに願望が現実として反映された。

現実世界とは違う異空間こと閉鎖空間はイライラの解消。終わらない夏休みは俺たちの記憶や経験をリセットしていたようだから目に見えてなかったのと同じだ。

やはり今回のは直線的ではないか。エスカレートしていると言ってもいい。

長門とお揃いのとんがり帽子を被った魔女装束の朝倉は溜息を吐いて。

 

 

「……涼宮さんは映画だから何でもあり、って思ってるのよ」

 

「それはどういうことでしょうか?」

 

と彼女に訊ねる古泉。

朝倉はくすくすと笑ってから。

 

 

「あなたはとっくに察しがついてるはずじゃない?」

 

「僕のは憶測の域を出ませんので。何分、平素は普通の男子高校生と変わりませんゆえ」

 

「ふーん。……今こうしているこの瞬間でさえ徐々に涼宮さんによってこの世界は改変されつつある。それとも浸食されてると言った方が正しいかしら?」

 

「それはつまり、彼女の妄想が現実を蝕み始めているということで間違いありませんか?」

 

「ええ」

 

高校生のしかも女子にも関わらず涼宮はとんだ中二病患者である。

だいたい常人の三十倍以上の力ってなんだよ。スプリガンかよ。

朝比奈はアーマードマッスルスーツでも着ているってか。

だがこちらの事情など気にしていないに違いない涼宮のせいで続く日曜日は更にエスカレートした。

 

 

「必殺技が欲しいわね。必殺技」

 

などと言い出した涼宮は青色のカラーコンタクトを朝比奈の左目だけに付けさせた。

彼女の脳内では必殺技を放つ時だけ左目の色が変化するのだとか。ギアスか。

 

 

「そうね……ビームもいいけどありきたりよね……」

 

ひとしきり涼宮は悩んだ末に。

 

 

「なんでもいいから目から出してちょうだい。相手を倒せればそれでいいから」

 

まさか即死級の技になるとは思わなかったが詳細は実際の映像を見て確認してほしい。

魔術師オーフェンもびっくりな物質崩壊現象が発生したとだけここに記す。

鶴屋が発砲したモデルガンからはシャボン・カッターのようなものまで飛び出した。

世界崩壊というか世界が涼宮の脳内妄想に征服されかねない状況であったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、どうすんだ?」

 

学校祭当日から二週間を既に切っている某平日の放課後の文芸部室。

撮影はほぼ全て終わった。が、世界は確実におかしくなっていたらしい。

ある時に涼宮は。

 

 

「魔女といったらやっぱり使い魔よね? それらしい猫が欲しいわ」

 

才人君が呼ばれなかっただけマシと思いたいが、負けず劣らずのとんでも使い魔であった。

涼宮が猫捕獲に出向いた宇宙人二人が住まう分譲マンションの裏手は野良猫の溜まり場だったのだが、その中にいた三毛猫。

そいつがまた問題であった。

 

 

「この猫は喋る設定にしましょ。名前は……シャミセンね。あんた今日からシャミセンだから」

 

むんずと涼宮によって両手で掴まれた三毛猫ことシャミセンはなんと雄猫――涼宮はその貴重さを知らなかったが雄の三毛猫は千分の一程度の割合でしか出生しない――であった。

長門と朝倉の仲間で喋る猫。まさか宇宙人ならぬ宇宙猫かと思ったがそんなことはなかった。

彼が言うには自分はれっきとした地球猫だそうだ。

ああ、三毛猫シャミセンは喋ったさ。おじいさんのような声で理屈っぽいことをつらつらとな。

 

 

「さて、どうしたものか僕としても困り果てているところですよ」

 

俺は古泉からいつも同じような返答しかされていないような気がするのだが。

現在、部室の中には涼宮の姿はいない。完成した映画を文化祭当日に上映するために映画研究部の連中の所へ話をつけに行っている。

映研は視聴覚室を使って文化祭の時に何かしらを上映する予定であり、ようするに抱き合わせでSOS団のも流せという脅迫だ。

よって団長除く団員四名がお葬式ムードで文芸部部室の中に居るというわけだ。

 

 

「長門さんはどのようにお考えですか?」

 

笑顔で超能力者が宇宙人に丸投げしやがった。

確かにこの中で一番頼りになるのは眼鏡の文学少女なのが男として我ながら情けなく思える。

彼女はわずかに口を開き。

 

 

「この傾向が続いたところで我々にとって有益なことが起こるとは考えにくい」

 

「と、言いますと?」

 

「つまり涼宮ハルヒが想像するところの幻想世界に自律進化の可能性は存在しないと推測される。おそらくそれは閉鎖された世界」

 

「一理ありますね。もっとも僕には自律進化の何たるかなどわかりませんが」

 

異文化コミュニケーションに花を咲かすのはいいがな、シャミセンは現在俺の家に預けられているんだぞ。

雑用だからって何でも任せりゃいいと思いやがって。喋る猫なんてようは珍獣だぞ珍獣。

おかげでホームセンターでシャミセンのために手痛い出費をさせられた。トイレに猫缶だ。

 

 

「猫さんは涼宮さんのことどう思ってるんでしょうね……?」

 

悪夢のような撮影から九割がた解放されたせいか、朝比奈はぼけーっとそんなことを言い出した。

この巨乳には危機感が欠けている。

湯飲みに口をつけてお茶をすすってから古泉は。

 

 

「僕たちは涼宮さんを甘く見ていたようですね。たかが映画撮影で能力を使ってはこないだろうと」

 

「……オレには予定調和なようにも思えるんだがな」

 

「とんでもないことです。彼女の手によって現実と虚構の境界が非常に曖昧なものとなりつつあるのです。そうなってしまったが最後。常識が通用しないで終わるはずもなく、社会や秩序さえめちゃくちゃになってしまうことでしょう」

 

ジーザス。

神は死んだとか言う暇があるんなら神に祈るべきだ。

何か策はないのか。

 

 

「簡単なことですよ。涼宮さんにしょせん映画は映画だと……嘘っぱちな出来事に過ぎないのだと割り切らせればいいのです」

 

「簡単に言ってくれるなよ……」

 

それが、問題なんだからな。

いや。

 

 

「……なら"奥の手"を使うしかねえな」

 

勝ち誇ったような顔で涼宮が映研の部室から戻ってきたのはそれから数分後のことであった。

人を馬鹿にした彼女の態度を改善させようなど俺には無理だ。

よってこいつにも馬鹿の一員となってもらえばいい。至極簡単な話であった。

 

 


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