校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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校内一の変人のせいで呼吸困難
第十八話


 

 

万有引力は互いに引きよせ合う孤独の力だ。

なんてことを言ったのがどこの誰だったかなど俺は忘れてしまっているが、どうやらこの言葉は正しい。

あの世界での俺は孤独だった。そして"キョン"が死んだ時、涼宮は孤独になった。

もし俺が漫画の主人公だとしたらきっとそれは"必然"の一言で片づけられてしまうのだろう。

本当にそうなのかは未だに不明だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光陰矢のごとしとはよく言ったもので、俺がSOS団いや北高なんぞに所属するようになってから約半年が経過した。

七月、八月とバタバタしていた分なのか九月はいたって平穏無事な学生生活であった。

それはまさに嵐の前の静けさに過ぎなかったのだが、そんなことを認識できるほど俺は変態でもなんでもない。

異世界から来た割りにぜんぜん普通の人間なのだ。

 

 

「……もう、つまんないわね。せっかく団長のあたしがバシっと決めようと思ってたのに有希のおかげで楽々一位になっちゃった」

 

十月には体育祭があった。

メインの競技間にクラブ対抗リレーがエキシビションとして実施されたのだが、運動系の部活でもなければ文科系の文芸部としてでもなくあくまでSOS団として俺たちはリレーに参加させられた。

もちろん涼宮が出ると言ったから巻き添えを食う形で俺含む団員四名も出ることになったのだ。

お遊びもいいとこの余興であり、こんなくだらないリレーなんぞの勝敗で世界が滅びはしないだろうにあろうことかSOS団は他の部活を置き去りにして一位を獲得してしまった。

赤のはっぴを身にまとい黄色のハチマキを巻いて背中には『SOS団』と黒字で書かれた黄色ののぼり旗。

これらお祭り衣装の全てをどこからともなく人数分用意してきた涼宮だが、このせいで完全に俺まで変人だと思われてしまったのではなかろうか。

で、日いづる国のお祭り女ことハルヒインティライミはリレーで朝比奈がこれでもかと後れをとった分を亜音速かと言わんばかりの完全独走で帳消しにした長門有希に対して呆れた表情で先ほどの台詞を発したのだ。

 

 

「さっきのはゼロシフト……」

 

「なるほど。流石は長門さんですね。第一走者ながら不甲斐なかった僕の分まで走ってくれるとは。それにしても素晴らしい走りでしたね」

 

「はぁ……はぁ…あたし……ほんと運動音痴で……すいません…」

 

夏は終わっているだろうにさんさんと照りつける太陽の下、北高の運動場の一角で無意味な一等賞を称えあう俺たち。

いや俺はべつに称えていないのでこの四人が勝手に盛り上がっているだけなのだが。

そして得意げな表情で胸をバンと張った涼宮は。

 

 

「あんなへなちょこ陸上部があたしたちに勝てるわけがないじゃないの。ほかの脳筋連中だってそう。リレーはね、ここを使うのよここを」

 

なんてことを右手人差し指で自分の頭をつつきながらそう言った。

しかしながらこいつも大概な脳筋思考だと思うのは俺だけかね。

それからさっさとはっぴを脱いで一年五組の待機所に戻ると谷口や国木田や更には朝倉涼子にまで煽られた気がしたが俺は聞かなかったことにした。

何かあるなら涼宮に言ってくれってことだな。

 

 

 

――と、まあ、なんやかんやつつがなく体育祭が終わった。

そして翌月こと十一月が訪れたわけだが体育祭のお次は文化祭である。

祭ってつけとけばいいのかってぐらいチャチな文化祭を提供するに違いない北高なわけだが、俺には至極どうでもいい話である。

というのも実行委員会や生徒会や教職員やその他出し物をする文化系の部活動などが忙しいのであって、暗黙の了解を得ているとはいえ公式に認可された集団ではないSOS団がやることなどないからだ。

では一般生徒が何をするかといえばそれはクラスでやる何かのために力を注ぐべきなんだろうが。

放課後、廊下を歩きながら俺は呟く。

 

 

「……模擬店、ね」

 

無難以外の何物でもない我がクラス一年五組の企画は喫茶店である。

だが馬鹿にしてはいけない。リーダーシップをとってくれた朝倉涼子がいなかったら意見の一つさえ出ずにホームルームの時間を消費し続けるだけだっただろう。

自主性もへったくてもない掃き溜めのような集まり、それが一年五組なのだから。

いずれにせよ俺が出る幕がないのは明らかである。

交代制で店員をやるにしてもそこまで多くの人数は必要ない。

当日ちょろっと客引きか何かをやれば俺の仕事はこれにて終了。

面倒なことは朝倉涼子に任せようではないか。そのための委員長なのだから。

でもって俺の呟きに反応したのはこれまた退屈そうな表情を浮かべたリボンカチューシャの女。

現在、並んで部室棟に向かっている最中である。

 

 

「つまんないと思わない?」

 

「普通だとは思うが何もやらないよりはマシで、クラス内で連帯感みたいなもんが生まれるんじゃあねえのか。オレは興味ないが」

 

「だからつまんないのよ。もっと面白い事やればいいのに」

 

「……例えば?」

 

「そうね……宇宙星獣を捕獲して展覧会とか」

 

どうやらこいつはクラスメートにそんな無理難題を強いることが面白いと考えているらしい。

なよ竹のかぐや姫に負けず劣らずな女である。

 

 

「ならそう言えばよかっただろ」

 

「あたしが意見する必要なんてないわ。まずクラス企画に参加するつもりがないし」

 

クラスの連中が命拾いしたとでも思うべきか。

校内一の変人が黙っている分には学校祭も安泰だろう。

お前は一人寂しく学校の隅っこにでもいればいいさ。

やる気のある連中からすれば何もやる気がない奴にうろちょろされても困るじゃないか。

 

 

「なに言ってんの? あたしは何もやらないとは一言も言ってないんだけど。それにやる気がないのはあんたの方でしょ」

 

「オレは何かをやるとも言われてねえんだがそこんとこどうなんだ」

 

「当り前じゃない。まだ発表してないんだからね」

 

肝心の発表とやらの中身が生産性のあるものかどうかも疑わしい。

だいたい誰に向けて公表するんだ。お前の一人会議の末の結論ごときで何ができるんだ。

曰くフードファイターの胃袋は宇宙らしいが、涼宮の脳みそは森羅万象よりも壮大なファンタジーが日夜繰り広げられているに違いない。

頼むから次に閉鎖空間とかいう場所に俺を飛ばすことがもしあったら神人じゃなくてプリキュアに出てくる怪物にしてくれ。で、古泉じゃなくてほのかちゃんが俺を助けにやって来るんだ。

いやまさか彼女一人なわけがない。なぎさちゃんやひかりちゃんもやってきてMax Heart状態で俺のパトスも燃えたぎる状態にだな――

 

 

「――ちょっと聞いてんの?」

 

ずいっと俺の前に顔をつき出して立ちふさがる涼宮。

申し訳ないがお前の話を途中から聞いてなかった。

 

 

「何だって?」

 

「だから、あたしたちでやるのよ」

 

気付かぬうちに俺が追加されている気がする。

さっきまでお前一人が何かやるみたいな話の流れだったよな。そうだったよな。

 

 

「年に一度しかない文化祭。それも高校一年生のなんて一生に一度なんだからね」

 

「……そうかもな」

 

「盛り上がらないでお祭りになると思う?」

 

「んな話は他の連中に言ってくれ。実行委員会に乗り込んで説教の一つでもすれば文化祭プログラムが改善されるかもしれんぞ」

 

「さっきからあたしはくだらない事に時間を使ってられないって言ってんのよ」

 

会話が噛み合わない。

やはり長門ではなくこいつが宇宙人なのではなかろうか。

かくして長ったらしい説教はあろうことか俺に向けられるようになってしまいキャンキャン吠える仔犬の相手がどんなに楽なのだろうかと思いつつ文芸部室まで到達したのである。

扉の先にはメイド服の朝比奈みくる。

 

 

「こんにちはぁ」

 

本物の給仕にでもなっているのか彼女は箒で部室の床を掃き掃除している。

そして部室にはもう一人、眼鏡をかけて飽きもせずに読書を続けている長門有希。

この日は窓際ではなく長机に本を置いてパイプ椅子に腰かけていた。

 

 

「……」

 

俺と涼宮の到着などこの女には気にする必要もないらしく、こちらも見ずに本に釘付けであった。

どうやら五人目の団員である古泉一樹の姿はないようだ。

長門を横目に彼女の右隣に席一つ分開けて俺も座る。涼宮はすぐに団長席にふんぞり返る。

ここ最近の俺はこんな光景に何も違和感を覚えなくなりつつある。

 

 

「だからみくるちゃん。あなたはドジっ娘メイドなんだから――」

 

とかなんとかわけのわからん発言をする涼宮と彼女の対応に追われている朝比奈を視界からシャットアウトして部室を見回す。

もう捨ててしまってもいいだろうに例の竹はまだ窓の端に立てかけられている。

朝比奈に着せるために置かれているらしいハンガーラックにかかっているコスチュームたちの中には夏休みのアルバイトで手に入れたカエルの着ぐるみが追加されていた。

あんなの着る機会がどこにあるのやら。

 

 

「ねえみくるちゃん。いい機会だからキョンを使いなさい」

 

「ふぇ?」

 

「アツアツのお茶を淹れた湯飲みを乗せたお盆を持ってあいつに近づくの。で、あいつの目の前でこけてばしゃっとやるのよ。ドジっ娘なら許してくれるわよ。ね?」

 

何言ってんだお前。

どこの世界に熱いお茶をかけられて喜ぶ野郎がいるんだ。

ご褒美でもなんでもないからな。朝比奈も間違ってもやらんでくれよ。

それから俺はお茶もかけられることなく長机に頬杖をつきながらうつらうつらしていると。

 

 

「どうもすみません。ホームルームが長引いたおかげで遅れてしまいました。なかなかクラス企画の意見がまとまらないものでして」

 

言い訳がましいことを述べながら頼みもしないのにやってきた古泉一樹が俺の眠りを妨げた。

いつぞやは俺に遅刻するなと言っていた涼宮はとくに古泉の重役出勤を気にしていない様子で。

 

 

「ようやく集まったわね。じゃ、さっさと始めましょ」

 

「……何を始めるって?」

 

「会議よ。さっき言ったようにあたしたちで文化祭を大いに盛り上げるの」

 

「オレはSOS団が文化祭で何をやるかを聞かされてないんだが」

 

「それを決めるためにこれから会議をするんでしょ。わかんない?」

 

なるほどノープランなのだろうか。

意気揚々と団長席から立ちあがった涼宮は何の意味があるのか異端者三人のクラス企画をそれぞれ訊ねた。

古泉は演劇、長門は占い――長門が占うらしいが誰が入るんだよ――朝比奈はヤキソバ喫茶だそうだ。

模擬店はやはり無難だな。

しかし他の連中のやることを訊いてどうすんだ。

全員のクラス企画を聞いて噛みしめるようにうなずいた涼宮は。

 

 

「ふふん。やっぱりどこも大した事はやらないみたいね」

 

「お前は大した事をしようって言いたいのか」

 

「もちろん。文化祭というスーパーイベントでスーパーな事をやらないでどうするの!?」

 

スーパードライバーだかなんだか知らないがとにかく涼宮の目は燃えていた。

もう冬なのだから鎮火しちまえばいいものを。

涼宮は置いてあるデスクトップを揺らすぐらいの力で団長机をバンと叩いて声高らかにここに宣言した。

 

 

「みんな、映画を作るわよ!」

 

クレイジー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はたしてどこに議論の余地があったのかさえ不明な会議というただの報告会の本題はそれだったらしい。

オーケイ、映画を作る、ね。それはつまり作った映画を上映するってことであって文化祭の日にたれ流そうというわけだな。

 

 

「だいたいさ、おかしいと思わない? 世の中にある映画とかドラマだとかの数々で意味もなくラストに主人公かヒロインが死ぬの。あれって必要かしら?」

 

「意味もなくっつーかストーリー上必要なんだから必要なんだろうが。どこがおかしいんだ」

 

「一つ二つならこういう作品もあるのかって事で済むわよ。あたしは多すぎるって言ってんの。しかもそんなの見せられて楽しい? あたしは全っ然つまんないと思うし大っ嫌い。きっと大多数の人間がそうね」

 

いつのまにか変人サイドに加えられた大多数の人間とやらには同情せざるを得ない。

こいつの言わんとしていることはわからんでもない。王道こそが一番だと言いたいんだろう。

【ソナチネ】でも観れば涼宮の価値観が変わるかもしれん。

すると涼宮は首を横に振って。

 

 

「ああ。あれも意味わかんないラストだったわね。せっかく助かったのに自殺する必要がどこにもないし」

 

「お前にはあの映画の良さがわからんのか」

 

「ちっとも」

 

どこまでもハッピーエンドがいいのか。

オチにしては普通すぎやしないか。

指をちっちっちっと振りながら涼宮は。

 

 

「……とある脚本家は言いました。『台本が同じでも同じ作品が出来上がるとは限らない』ってね。ようは普通の話でも面白くできるってわけよ。ウデ次第で」

 

「オレたちのどこにウデがあるんだ。映画作りのノウハウなんてあるわけねえぞ」

 

「やってみなきゃわかんないじゃないの」

 

ジーザス。やれるもんならやってみろ。

涼宮が言うには、この映画上映が成功して文化祭イベントの投票で一位を取れれば生徒会もSOS団の存在を認めてくれるだろうとのことだ。

しかしながらそもそも存在していない扱いのSOS団に投票を受ける権利があるわけがないし、映画を作る予算もない。

俺は一円たりとも出せないからな。

 

 

「カネならあるわ」

 

「どこに」

 

「有希よ」

 

なんと。

まさかあいつにカツアゲするのか、と思えばそうではないらしい。

早い話が横領であり文芸部にあてあられた予算を俺たちが使うというわけだ。

部長の長門が許可を出したからという免罪符もあるので言い逃れの準備も万全。

俺はどんどんと深みにはまってないだろうか?

映画に関しての詳しい話は明日するらしく、涼宮はいつも通り言いたいことだけ言って部室を後にしていった。

 

 

「……大丈夫なのか、あれで」

 

「何か問題でも?」

 

自分のクラスがまとまってないにも関わらず古泉はなんともにこやかな表情である。

あんな認識で大丈夫なわけがあるか。問題しかない。

 

 

「映画で世界が滅ぶとかは無しにしてくれよな」

 

「いくらなんでもあり得ないと思いますよ。それに、万が一の時が来ても大丈夫でしょう」

 

「オレに丸投げするつもりか」

 

「彼女はあなたを信用しています。僕はあなたを信頼していますから」

 

抽象的な意見を述べる古泉は言葉遊びも好きらしい。

ハンサムな顔立ちといい気に食わない野郎だ。

 

 

「楽しい文化祭になると思いますよ。なんなら賭けてもいいですが」

 

「お前さんに賭けるものなんてあるのか?」

 

「それもそうですね」

 

わざとらしく野郎は肩をすくめてみせた。

俺はいつまでもつきあってられないのでさっさと後にした。

映画の内容なんて俺にはどうでもいいからな。

しょせん、おままごとだろうぜ。

問題はそれがとてつもなくタチが悪いもんらしいってことだが、それも俺にはどうでもいい。

俺は涼宮の味方をするのが役割なのさ。

 

 


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