校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第十五話

 

 

違和感。

具体的にそれってなんなんだと訊ねられれば明確な答えを持ち合わせていないが確かに俺は微妙なズレを感じていた。

今回はそんな奇妙な感覚の中で、夏真っ盛りな八月の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気怠いが、いたって普通の夏休みを過ごしていた。

SOS団の夏期合宿とやらも夏休み開幕早々に実施され、多少のゴタゴタはあったものの今はこうして居間でくつろいでいる。

どこをどう考えても外は暑い。よって冷房をガンガン効かせている家に日中籠るのも当然の成り行きであった。

 

 

「お兄ちゃん」

 

「何だ」

 

「ひまー」

 

俺とソファに並んでちょこんと座る愚妹が唐突にそんなことを言い始めた。

大人しくオレンジジュースでも飲んで黙っていればいいものを何が不満なのだろうか。

俺はというと退屈な時間がかえって新鮮だったのでこれもいいと思っていた。

思い返せば俺が経験してきた夏休みは遊びやら暇やらとは無縁のものであった。

中学生のころは部活動で殆ど潰れていたし、空いたオフの日は宿題の消化。

北高ではない某高での高校一年生夏休みは山のような課題に追われながら予習復習もやっていたわけで、つまりは忙しかったわけだ。

よってこの愚妹の不満など贅沢以外のなにものでもない。

 

 

「お前のお友達のとこにでも行けばいいだろ」

 

「今日はみんなだめって言うの」

 

「じゃあ我慢しろ」

 

「えー」

 

こいつは甲子園のテレビ中継の何が面白いのかわからないだろうがこれぐらいしかテレビで観るもんはない。

かくいう俺も暇人であることには変わりないのだが。

 

 

「……ん」

 

何となく左横に置いてある携帯に視線が動く。

何となくだが俺は校内一の変人がよからぬことを企んでいるそんな気がしていた。

すると狙ったかのような見事なタイミングで携帯電話が鳴り響く。

手に取って発信主の名前を見るとそこには涼宮ハルヒの文字が躍り出た。

 

 

「でんわー?」

 

「らしいな」

 

妹に通話の邪魔をされないように静かにしろよと念を押してから俺は通話に応じる。

だが一番静かにしない奴は言うまでもなく涼宮である。

 

 

『今日あんたヒマでしょ!?』

 

「そうじゃあないって言ったらどうする」

 

『団長命令よ。あんたはヒマなの、わかった? 午後二時にいつもの駅前で集合だから』

 

「拒否権はないって言いたいのか?」

 

『しょうゆうこと』

 

こいつなりに寒いギャグで俺を涼ませようとしているのか。

得意げな顔を恐らくしているであろう涼宮ハルヒはその後まくしたてるように俺に水泳道具一式の持参と自転車で来るようにと命令した。

 

 

『以上。来なかったら針一万本呑ます、の刑だからね!』

 

そう言って奴は電話を切った。

八月十七日の昼間の出来事である。

 

 

 

――で、その日はプールで一日を潰した末に涼宮から夏休みにやらなきゃ駄目なことと称した強制実行プログラムが公開された。

日付も何も定まっておらずただ無計画に虱潰しで遊び通そうというのだから涼宮は真性のアホだ。

その翌朝早々に再び涼宮からかかってきた電話によると。

 

 

『昨日古泉くんが探しといてくれるって言ってた盆踊り大会なんだけど、なんと今日あるみたいなのよ! 早速行く事にしたから』

 

「そうかい」

 

縁日とセットらしいそれは本日陽が暮れてから開始らしく、場所は市内にある某運動場とのこと。

しかしながら慌てなくても盆踊りは逃げないだろうにこいつは朝から電話をかけなきゃ気が済まないのだろうか。

などと思っていると。

 

 

『浴衣よ浴衣。これから浴衣を買いに行くの』

 

「ああ、行けばいいさ」

 

『なに言ってんの? みんなで行くのよ。あんたも来なさい』

 

「一応言っておくがオレは着ないからな」

 

『誰があんたの浴衣姿なんか見たがるのよ』

 

聞けば涼宮含めたSOS団女子三人はまさか浴衣など持ち合わせていないらしい。そりゃそうか。

商店街で下駄と抱合せた浴衣セットがお手頃価格で売っていたから買いたいってのが本題だった。

昨日と同じ北口駅駅前公園での集合。

これまた長門は飽きもせずにセーラー服である。何着も持ってるのかもしれない。

駅の改札を通って私鉄に乗り込んで三駅分ほど移動するとでかいスーパーマーケットや商店街がある片田舎にしては賑わっている地域へ到着した。

件の商店街は近年大型ショッピングモールに押されつつあるという時代の流れにあえいでいるといった苦境真っ只中だ。

 

 

「あたしたちが今回買い物する事によって少しでも地元に貢献しようってわけ」

 

団員四名を従えてご満悦でそう言う涼宮だが女子三人がもたらす経済効果など雀の涙ほどでしかない。

それこそマイケル・ジャクソンぐらい大物スターがやって来れば話は別だが来るわけないしな。

涼宮は意気揚揚と婦人服量販店に入っていき、ぱぱっと自分の分どころか長門と朝比奈の分まで選ぶと有無を言わせず試着となった。

とはいえ今時の女子高校生が着付けの仕方を知るはずもなく――長門は自力でこなしていたが――女性店員のお世話になっていた。

小一時間ほど経過してようやく浴衣姿の女子三人が見られた。

涼宮は紺地に白と赤の花が描かれた大人な着物、朝比奈はオーソドックスなピンク色に桜の花びらが散りばめられたもの、長門は青色にアジサイが描かれたやつであった。

三者三様であるが、うむ、みんな似合っているぞ。

 

 

「……どうよ?」

 

どや顔でそんな事を言ってきた涼宮。

長門は服装が変わろうと何一つ表情を変えていない。

朝比奈はというとやはり慣れない着物姿のせいかそれとも胸が強調されているせいか少し顔を赤くしている。

 

 

「なかなか似合っているんじゃあないか」

 

「そうね。言われなくてもわかってるわ」

 

じゃ聞くなよ。

なんて呟くと隣の古泉が苦笑しながら小声で。

 

 

「涼宮さんはあなたに褒めてほしかったんですよ」

 

と余計なひと言を俺に頂戴してくれた。

言われんでもそれくらいはわかっている。

リボンカチューシャを外して髪を団子にして後ろに一纏めしている涼宮だが。

 

 

「あたしもそうだけど当然みんな完璧。だってあたしが選んだんですもの。特ににみくるちゃんなんて――」

 

最近、最初にこの世界でこいつを見た時よりも後ろ髪が伸びている。

流石に東中時代までの長さには程遠いが人間の髪なんざ半年もすれば約7cmは伸びる計算である。

きっと十二月くらいには、セミロングかそれ以上になっているだろう。

妥協点にしては充分というわけだが。

 

 

「どうしたもんかね……」

 

俺がこいつに告白するなどあまり考えたくない話であった。

人間は急に変われないと言い訳し続けてきて今や八月半ば。

こっちの世界を知ってから俺は三か月ほど経過しているにも関わらず少しも成長していないのではなかろうか。

それとも今の俺の精神テンションがよろしくないのは、昨日から感じている違和感のせいか。

浴衣姿の涼宮に素直に見とれるということができないのは確かであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

違和感のそれが既視感だと気付くのに時間はかからなかった。

盆踊り大会の時間まで駅前公園に戻って暇を潰してから開催場所の運動場まで向かったのだが、俺はどうにも奇妙な感覚に囚われていた。

盆踊りどころか縁日さえまともに来るのは何年ぶりだろうに俺はつい最近ここに来た気がしてならないのだ。

夜空の中に吊るされたちょうちんが輝いているあの光景も、中央にでかでかと陣取っているやぐらも、近くにあるフルーツ飴の屋台も。

 

 

「……なんだってんだ」

 

と呟かずにはいられないほどに俺はどうかしていた。

きっと人の多さに戸惑っていたのだろうか。盆踊りの会場はゴキブリのようにたくさん這い出てきた市民で賑わっていたからな。

 

 

「わぁ……これがこの時代の風物詩ですか」

 

「……」

 

暇つぶしの間に駅前公園でポニーテールにさせられた朝比奈がきらきらした眼差しで辺りを見回す。

長門は無表情で棒立ちしているのだが、どこか、虚無感のようなものが彼女から感じられた。

いつも通りと言えばそれまでなのだが。

 

 

「さあ行くわよ。みくるちゃんのやりたがっていた金魚すくいもあるんだから!」

 

「は、はいっ」

 

涼宮はそう言って朝比奈の手を引くとさっさと金魚すくいの屋台目がけて走って行った。

どうやらこの場は自由行動らしく、長門も散策を始めていた。

残されたのは野郎二人。

 

 

「さて、僕たちはどうしましょうか」

 

「オレに聞くな」

 

「では物見遊山といきましょう」

 

それからひとしきり冷やかすだけ冷やかして屋台を一周した。

買い物という買い物といえば妹へのお土産として購入したりんごあめぐらいである。

お腹が空いていないわけではないのだが、いかんせん食欲が湧かなかった。

 

 

 

――ああ、間違いないね。

夏だったし、夏休みだった。

俺がついぞ会場で口にしたのは涼宮からもらったたこ焼き一個だけであるが、もう何もかも気にならなくなっていた。

夏休みボケ真っ只中だった。

朝比奈は金魚を獲得――涼宮が本当はすくったらしいが要らないから朝比奈にプレゼントしたらしい。朝比奈はてんで駄目だったとか――して、長門は光の巨人のお面を購入して頭に乗せていた。眼鏡を外せよ。

まあ、とにかく俺はこの浴衣三人のおかげで古泉というマイナス補正もどこか許容していた。

盆踊り会場を後にしてから涼宮が。

 

 

「そうだ。せっかくだから花火しない? 浴衣なんだからついでに今日やりましょ。夏を堪能するにはうってつけの格好なのよ」

 

花火大会とスケジュールにあったので、俺たちの小規模ながらの花火大会がその一言で決定された。

花火セットを大人買いして実用性が皆無らしい百円のミニライターも購入すると近くにある河原まで移動。

大躍進していると言わんばかりに涼宮が夜の往来を勇往邁進していく。

その後ろ姿は間違いなく普通の女の子であった。

あいつが一番嫌なはずの普通だ。あいつは俺の知らないところで変わっていたらしいな。

 

 

「……やれやれって感じだな」

 

一方の俺はどうなんだろうか。

花火大会の最中、燃え尽きる花火以下の存在にも自分が思えた。

ねずみ花火には圧敗だろう。俺はあんなのにも負けるほどの行動力だ。

体育会系だからってイコール考えなしの野郎みたいな発想はよしてほしいもんだ。

確かに中学時代は部活仲間で休みにも関わらず身体を動かして遊んだ日もあったが、今は違った。

 

 

「すごい綺麗です……」

 

ケミカルライトのように火花ばかりをただただ散らす花火を片手に朝比奈は楽しそうだ。

長門はといえば線香花火を我が子のように見守っていたがとうとう球が千切れ落ちてしまう。

しっかり機能するかも怪しい末端価格にして500円超えの打ち上げ花火なんかもやったりした。

本物に比べれば雲泥の差だが宙に浮いて弾けるそれを見ただけで心が躍った。

 

 

「こうやって友人と遊ぶ事など久しく忘れてました」

 

笑顔でそう言う古泉からは超能力だとか異空間でバトルしているとかそんな事は一切感じられない。

聞けば彼は中学一年の時に超能力者として覚醒し、以来『機関』だとかいう集団の一員として今日まで過ごしてきたそうだ。

自由な時間などなかったのかもしれない。

なんせ閉鎖空間を捨て置いたら世界が滅ぶのだから。一日たりともその宿命から逃れられなかったのだろう。

 

 

「難儀な奴だな。労いの言葉でもやろうか」

 

「ありがたく頂戴したいところではありますが、まだまだ予断を許さない状況には変わりません」

 

本当に難儀な奴である。

とはいえ流石の涼宮もこんな夏休みにまさか世界を滅ぼそうだとか、わけもわからぬ宇宙生物を呼び寄せたりだとかはしないだろ。

あいつは今、この残り二週間を切った夏休みをどう遊んで過ごすかってことしか考えちゃいない。

そういう不思議やら異変やらはお休み中なのさ。SOS団も普通の男女仲よし五人組だ。

いいじゃないか。

だが、あいつにとってはよくなかったらしい。

 

 

 

それから二日後の八月二十日のことだ。

前の日は北高の裏山まで出向いてセミ捕り大会なんぞをやったもんだ。

これでもかというぐらいの日本晴れの中で行われたセミ合戦は網を振れば誰でも捕まえられるんじゃないかってぐらいのヌルゲーだった。

しかしながら、やはりというか、優勝したのは。

 

 

「ふふん。13匹も捕まえちゃったわ」

 

涼宮だった。

首からぶらさげた虫かごの中にはセミが大量に入っている。

のろのろとしか動けない朝比奈でも1匹は捕獲できたのだから多分俺の愚妹でも楽勝で捕獲できるはずだ。

でもって数だけ競ってさっさとセミは山に返した。キャッチアンドリリースの精神とやらである。

そして今日はありがた迷惑にも涼宮から斡旋されたアルバイトに勤しんでいた。

 

 

「あ、暑い……」

 

地元スーパーのよくわからんセールの集客業務。

カエルの着ぐるみを着せられた涼宮除く団員四人は店先で風船配りを炎天下の中やっている。

この行為に意味はあるのか。ギャラはいかほどなのか。

そもそも涼宮が参加していない時点でどうなんだろうかと考えているうちに上がっていいと店長に言われ店内のバックヤードへ外の暑さから逃げるように入っていった。

パイプ椅子に腰掛け着ぐるみの頭部を脱ぎ捨てる。

 

 

「はぇ……つかれましたぁ……」

 

「……」

 

「いやあ、流石に骨が折れましたね」

 

沸騰したヤカンのように湯気が出てきそうな顔の朝比奈。

それに対して長門と古泉は涼しげな様子だ。こいつら本当に人間か。

古泉は複雑骨折でもしてしまえばいいものを。

 

 

「パージしたブラックサレナの気持ちがよくわかるぜ……」

 

あっけなく死んだガイさんもまさかアキト君が劇場版であんなことになっちまうとは思ってなかっただろうよ。

でもって肝心かなめの報酬なんだが、

 

 

「いやー、みんなご苦労様!」

 

苦労もしていない涼しそうな涼宮がソーダアイス片手に登場。

俺にもよこせ。

 

 

「嫌よ。これはあたしが貰ったんだから。欲しかったら自分で買いなさい」

 

「お前だけそんなもん貰ったのかよ。人に散々奢らせといてこの仕打ちか。……で、お代はいかほどいただけるんで?」

 

「それよ」

 

扇子を持った右手で示す先には机の上に置かれたカエル着ぐるみの頭が。

いや、それってどういうことだ。まさかこの着ぐるみがバイト代とかぬかすんじゃないだろうな。

 

 

「もちろん。実はあたし前からこれが欲しかったのよね。店長にお願いしたらみくるちゃんに免じて一つくれるそうよ!」

 

あんまりだ。

あんまりじゃなかろうか。

俺はたまらず机にふさぎ込んでしまった。

少しでも俺の財布の中身が厚くなると考えた俺の方が馬鹿だったのか、いや、違うはずだ。

 

 

 

――いずれにしても、この日までは本当に普通だったさ。

話がガラッと変わってしまうのは夜中になってからの事である。

俺はどうやら涼宮ハルヒという人間に振り回されるしかない運命らしいのだが、先に言わせてくれ。

無限ループって怖くね?

だって、同じことが繰り返されるんだぜ?

 

 


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