校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第十四話

 

 

無茶どころか無理矢理だ。ああ、そうだとも。

あろうことか涼宮はニヤケ面の古泉ではなく俺に三人乗りというオーバーワークを押し付けてきた。

俺は涼宮と長門を乗せなければならないのに対して、古泉は朝比奈一人だけを荷台に乗っければいい。

天には今にも俺の身を焦がさんと夏色太陽がさんさん降り注いでいる。

暑いし汗も噴き出る。これはきつい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我が愛車"流星号"への負担を考えただけで俺は感涙せずにはいられない。

涙のかわりに汗をひたすら流しているが無理もない。

涼宮は俺に張り付くような形で搭乗し、長門は荷台に乗っかる。

総重量がいかほどかは不明であるが最大積載量を凌駕しているのは間違いない。

 

 

「もっと早く漕ぎなさいよ!」

 

と俺の耳元に愛すべき馬鹿女からの罵声が飛んで来るが、ならお前がやれとしか言いようがない。

スイスイと先行していく古泉の背中をピストルで撃ってやりたい。ライフル弾でもいい。

雨が降って濡れなくても愛車はメンテナンスしているのでまだまだ持つだろう、と思っていたのだが考えを改める必要がありそうだ。

タイヤはベコベコになってもおかしくないしチェーンだって歪んでしまう。

ここは車輪の唄でも歌ってやりたい気分だ。

 

 

 

そんな危険な状態で速度だけの安全運転を終えて到着した場所は案の定プールであった。

流石の俺もアップアップほどではないが到着時にはもう息が荒くなっていた。

部活引退から一年経ったかもわからんのにこの体たらく。スポーツジムでも通うべきだろうか。

施設の外に着くや否や自分だけさっさと自転車から降りて。

 

 

「キョン。あんた何疲れてんのよ。これから遊ぼうってのにそんなんでどうすんの? 休んでる暇はないの。さっさと自転車置いてきなさいよ」

 

どうしようもないだろ。

誰のせいでこうなったのか考えてくれんか。

なんて事を俺が言うよりも早くプールの館内へと歩いて行き。

 

 

「あたしたちは先に着替えてるからね」

 

長門と朝比奈を連れてさっさと行ってしまった。

顔を合わせる俺と古泉。

 

 

「……急ぎましょうか」

 

お前に言われなくてもわかっている。

で、市内某所にある屋外プールは夏休みということもあって大入り状態。小学生ばかりだがな。

設備としては50メートルプールと幼児プール。敷地内にはテニスコートもあるらしい。

遠出して別のプールにでも行った方がいいんじゃないのか。

プールサイドに仁王立ちする涼宮にそう言ってみると。

 

 

「べつに泳げりゃどこだっていいじゃない」

 

ビキニ姿のお前は魅力的なのだがこれでは遊泳さえままならないんだと言っている。

もっとも来てしまった以上はここで時間を潰すしかない。入場料も取られたことだしな。

手荷物をその辺にまとめて置くと既に女子は入水していた。

なんとも気の早い連中――涼宮だけだが――だな。温いプールがそんなに楽しいか。

俺は授業以外でプールに行くなんざそれこそ小坊の時以来だ。

異端者三人どもにオフがあるのかは知らないが自分だけの時間さえ削って涼宮につきあってるのなら難儀な連中だ。

間違いなくこの中で好きでやってるのは俺ぐらいだろう。

プールサイドから三人娘の姿を一望していると。

 

 

「ほらーっ、キョンも古泉くんもさっさと入りなさい!」

 

「……」

 

「わきゃっ!? す、涼宮さん。あたしに水をかけないでくださ……ひっ」

 

恒例の朝比奈いじりをプールに出張してまで開始した涼宮。

さっきから妙に急かされている気がしてならない。慌てなくてもプールは逃げない。

再び横に立つ水着野郎と顔を合わせると俺は落ち着いて入水した。

飛び込みは禁止だからな。

 

 

 

それからひとしきり俺たちはプールを堪能したはずだが女子三人はまだ遊んでいる。

いつしか知り合いになったのか小学生女子二名を従えてネットもないのに水中バレーをしていた。

俺は流石につきあってられないのでプールサイドに引き上げているが。

 

 

「涼宮さんが楽しそうで何よりです」

 

階段の壁面に背中を預けている俺にニヤニヤしながらでそう語りかけてきたのは古泉だ。

まるでこいつも女子につられて楽しくなっていると言わんばかりの態度である。

しかも俺の許可なく隣に座ってきた。気色悪い。

 

 

「実に平和的だと思いませんか。僕たちはどこからどう見ても普通の高校生集団ですよ」

 

「お前さんたちは異端だがオレは普通だ……」

 

「そういう事にしておきますよ」

 

普遍性の是非はお前の許可制なのか。

とはいえ平和的であるという部分だけは認めてやる。ここには変な巨人もカマドウマもいない。

世界が滅んでどっかに飛ばされるようにも思えなかった。

 

 

「お前さんは異変の方が好きだってのか?」

 

「普通かどうかではなく平和が一番だということです。この現状を見てわかるように、涼宮さんは普通の女子高生としての過ごし方を会得しつつあるようです」

 

今時の女子高校生は"いつものメンツ"などと称して男女混じった集団を形成しているのは確かだ。

それでもそいつらがこんな場所で油を売る暇人かと言えば間違いなく違う。

俺たちより青春しているはずだ。

 

 

「青春ですか。僕たちのそれはSOS団だと思いたいところですね」

 

「他にないのかよ」

 

「ではあなたが考える青春とはどういったものでしょうか。後学のためにお聞かせ願えませんか」

 

「そりゃ――」

 

何の苦労もなく日々を送る事だ。

生きることが一番の苦痛だとか甘い事ぬかしながら倦怠感にまみれて時間を消化していく。

その中でも遊ぶ時間だとかは尊重する。

ともすれば恋愛模様だとかも描いていく。

何気なく生きていくうちに時間を共有していけばそれでいいのさ。

俺の呪詛のような説明を耳に入れて苦笑した古泉は。

 

 

「なるほど。普通の学生生活ということですね」

 

「そうだな」

 

ああ、そうだとも。恋愛云々はさておき俺はそんな生活を送っていた。

同じ中学で同じクラスだった変人の事は記憶の外へ追いやってどうにかこうにか生きていた。

何がしたいとかのあてもなく日々教師の話をひたすら聞き入れていただけ。

俺がどんな趣味を持とうと仕事でやってる連中には関係ない。割りきろうとしていたさ。

 

 

「……単刀直入に伺います」

 

しばらく無言が続いてから不意に古泉が切り出した。

真剣、とでも言いたい、そんな雰囲気を醸し出しながら。

 

 

「あなたはSOS団を……いえ、涼宮さんをどう思いますか」

 

「前にも聞いた質問のような気がするんだが」

 

「時が経てば心変わりしてしまう。普通の人間であればそういうものですよ。僕は今のあなたの心持ちが知りたい」

 

「夢もへったくれもねえな」

 

どう思いますか、ね。

それをお前に言ったところで何が変わるんだ。

知るだけタダとは言わせないぜ。

 

 

「ただの興味本位ですよ」

 

「好奇心は猫を殺すって言うよな」

 

猫には何の罪もないのによ、その理屈で言えばいつも殺されている計算だ。

何匹もかわいそうだと思わんか。思わないだろうな。

それきり再び無言の空間になった俺と古泉とは相対的にプールは騒がしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほどなくしてお昼の時間となった。

朝比奈が持参してきたバスケットの中には人数分のお昼ごはんが入っていた。

彼女手作りだというサンドイッチとから揚げは大変見栄えがよく、腹が減っていたのもあって美味しく頂ける味だ。

 

 

「どうぞ、たくさん食べて下さいね」

 

笑顔でそう言う朝比奈。

俺が今、抱き合わせで飲んでいる紙コップに入れられた熱いお茶も彼女が用意したものだ。

未来がどれほど今より生活が便利になっているかは知らないが料理という文化は廃れていないらしい。

やはりうちの愚妹も他人を見習ってほしいもんだね。猫のようにぐーたらするのが仕事だと思ってやがる。

あいつが自立できるような日が早く来ることを兄としては願うばかりだ。

 

 

「今度オレの妹に料理の一つでも教えてくれんだろうか」

 

「うふっ。いいですよ」

 

見ろ。

文句ひとつ言わないぐうの音も出ない聖人君子ぶりだ。

畜生の愚妹もこうなってくれればいいもんだ。胸の発育は期待しないが。

そうそう、胸と言えば。

 

 

「……」

 

あそこで体育座りしながら黙々とサンドイッチを口に運ぶ長門有希。

度が入っているらしい水中ゴーグルを頭にのっけた水着姿の彼女だが、意外にもまな板ではなかった。

SOS団夏合宿の際の海水浴の段階で判明したことなんだがな。着やせするのだろう。

もちろん、朝比奈とは比べ物にならないし涼宮よりも小さいが確かに胸がある。

ギリギリBには届かないってとこだろうか。まあ、Aカップの中でも差はあるからな。

などといった感じでのほほんとしていると。

 

 

「ちょっと、あんた何有希のことジロジロ見てんの」

 

目ざとい涼宮から俺のゲスな視線についてすぐに苦言を呈された。

こっちは目の保養に愉悦でも見出さないとやってられないというのにな。

手早く涼宮は昼食をとり終えると再びプールに飛び込んだ。

俺たちが市民プールを後にするのは陽が暮れてからの話となる。

 

 

 

帰りも帰りとて三人乗りを敢行された俺はそれ以上の仕打ちを受けるはめとなった。

 

 

「あんたのオゴリだから」

 

いつぞやこいつと二人きりで来店した駅前の某喫茶店に五人で押し入り、全員のオーダーが終わってからの涼宮の第一声がこれだ。

何の因縁で俺は財布を軽くしなければいけないのだろうか。義理で割り切るのは難しい。

とにかく疲れた俺を労ろうといった姿勢が涼宮からは見受けられなかったんだが俺はどうすればいい。

決まっている。支払いは俺に任せろ。

 

 

「いやあ、すみませんね」

 

お前には言ってねえよ古泉。

そして涼宮には腰を据えて落ち着くといった概念が存在しないらしく。

 

 

「もう夏休みも終わりじゃない?」

 

「まだ二週間あるぞ」

 

「たったの二週間しかないのよ!? あんたはその残りわずかな期間をだらだらと無意味に過ごすつもり?」

 

「無意味だったかはオレが決める事だろうぜ」

 

「だからあたしは考えて来たの」

 

そう言って得意げに涼宮がバッグからB5サイズの一枚の紙切れ取り出し喫茶店のテーブルに置いた。

すすっとこちらに手繰り寄せて眺めてみると、そこにはペンで文字が書かれていた。

 

 

「盆踊りに花火大会、アルバイト……?」

 

他にも合宿やプールなどとにかく書かれていた。

なんなんだこれは。

 

 

「上にしっかり書いてるじゃない」

 

「『夏休み中にしなきゃダメなこと』って書かれているが、これはオレたちがしなきゃ駄目って事を言いたいのか?」

 

「スケジュールよ」

 

日付もなんも刻まれていないのに予定表だと言いたいらしい。

涼宮曰く時間は有限なので失った時間は決して取り戻せないから今遊ぼう、だそうだ。

 

 

「あたしたちは高校一年生だけどみくるちゃんは来年もう三年生なの。受験を控えて遊びたくても集中できないかもしれないわね。じゃあいつ遊ぶの?」

 

今、って事か。

しょうがない女だ。

朝比奈みくるは未来人だからいつか未来に帰るんだろう。

下手したら受験は不要かもしれないから要らぬ心配だというのに。

 

 

「じゃ、そういう事だからわかったわね? 他にも何かやりたい事の意見があれば聞くわ。むしろじゃんじゃん言ってちょうだい」

 

朝比奈は金魚すくいをやりたいと希望を出し、あっさり涼宮に了承された。

古泉は花火大会や盆踊りの開催場所を調べて涼宮に報告します、と言った。

長門は無言。

ここで俺の希望としては。

 

 

「五人もいらないからお前と二人きりでいい」

 

といったものがあったがまさか口に出せるはずもない。

夢の中の話ではあるが、俺はこの北高一の変人女を待たせている状態なのだ。

彼氏でもなんでもないただのクラスメートが偉そうに意見できる相手ではないことぐらい過去のこいつを見ていればわかりきっていることだ。

なんなら中坊の涼宮にも叱られた過去がある。

サンタクロースにでも全てを任せてしまいたいもんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、あっという間の夏休み期間であった。

プール、盆踊り、虫取り、バイト、天体観測、バッティングセンターでホームラン対決をした。

花火大会にも行ったし遠出して川釣り大会に参加させられたり定番の肝試しを丑三つ時の墓地に出向いて実施。

まだあるぞ。やたら期待感を煽るくせに中身はお察しな大作映画のハシゴやシーズンオフなのに海水浴やら全員ストライクを出すまで帰れないボーリング大会やら高校生らしくカラオケボックスに足を運んだり。

 

 

「……うん、ま、こんなもんかしら」

 

まるで人生最後の二週間かってぐらいに濃い時間を過ごした。

間違いなくここまで遊び通した夏休みは俺の人生において初めてである。

涼宮が提示した予定表も達成項目には全てペケがつけられてしまった。もう終わりだ。

八月三十日のお昼時。

明後日こと九月一日からは学校生活。

例の駅前喫茶店でミーティングということで集まった俺たちだが、やる事はもうないんだろう。

涼宮は予定表とにらめっこしながら。

 

 

「本日をもって課題は一通り済んだわね……」

 

おいおい一通りも何もあるか。

来年にまたやるならさておき夏休みがもう終わりなんだから二通りなんてありゃしない。

時間が足りないだろ。精神と時の部屋にでも連れてってくれんのか。

 

 

「あたしが言いたいのはそういう事じゃないわよ。みんなはもういいのかって事。なんかやり残した事ないの?」

 

そう言う涼宮は微妙な表情である。

肝心のみんなであるが。

 

 

「……」

 

「いい思い出になりました、あたしはとっても楽しかったな。……疲れちゃったんでゆっくり寝たいですけど。うふふ」

 

「ええ。充分過ぎるほどに我々は青春を謳歌したと言えますよ。僕も特にやり残したと思える事はありません」

 

長門こそ口を開かなかったがきっと否定はしてないだろう。

グラスに注がれたアイスティーをじーっと眺めている。

異論は一切なかった。俺は満足感に包まれていた。

 

 

「……そ。じゃ、これでいいわね」

 

予定表を手でくしゃくしゃに丸めてしまう涼宮。

これで用済みだって事か。こいつらしいパフォーマンスだ。

 

 

「今日はもう終わり。明日はお休みでいいわ。明後日に備えてしっかり休んでおきなさい」

 

伝票を当然の所作で俺に差し出すと涼宮は席を立った。

他三人も俺に会釈してから涼宮の後に続いていく。

しょうがないので俺は注文したアイスコーヒーを数分かけてゆっくり堪能してからレジに向かい清算。

あっさりと家に引き返したのだった。

家に帰ると俺の帰宅をセンサーかなにかで検知してるんじゃないかってぐらいの速度で妹が部屋から玄関までやってきて。

 

 

「お兄ちゃんおかえり」

 

と、普段言わないような事を妙にそわそわした態度で言いやがった。

こういう時の愚妹は往々にして何かを俺におねだりしたがっているのだが。

 

 

「どうした、わざわざ出迎えて」

 

「ちょっと手伝ってほしいの……」

 

「何をだ」

 

「……算数の宿題」

 

自分でやれ、と言ったところで効果はなさそうだ。

渋々了承した俺は妹を先に部屋に戻した。

一旦落ち着かせてくれ、束の間の休息にようやく俺はつけるんだからな。

俺の宿題なんて遊びながらも手を付けていたからもう片付いている。

愚妹とは違うのだよ。

 

 

「……はあ」

 

ソファに身体を預けてひとしきり疲れを癒してから妹の部屋に入った。

言うまでもないと思うが俺は手伝うだけであり、答えは教えない。

こんな発育の悪いちんちくりんでもせめて考える力ぐらいは身に付けてほしいからだ。

かくして八月三十日は終わり、続く八月三十一日も家で一日を過ごしてから俺は就寝。

最後に思った事だが、八月三十二日はゲームの中だけだって事だと思うぜ。

多分。

 

 


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