校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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ボーイミーツ校内一の変人
第十一話


 

 

時に世の中には『鶏が先か、卵が先か』というジレンマが存在する。

本来はパラドックス的意味合いのある話ではない。

むかしむかしに生物の根源を考えた際にたまたま鶏が例として挙がっただけだ。

ならばこの場合に相応しいのは『親殺しのパラドックス』だろうか。

死んだ奴の代わりが、俺なんだろ。

少なくとも"あの"涼宮にとっては俺だったのさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏といえばひたひた暑いものだが日本の夏は湿気もある。

俺の住んでいる地域は都市部と比べて比較的マシな部類だろう。

それでも梅雨明けから連日のように降り注ぐ灼熱によって亜熱帯を痛感した。

と、言ったところで毎年のことなのでこればかりはしょうがない。

なにかに熱中して生活でもしていればこんなくだらないことに気をとられずにすむだろう。

そういう意味では他の連中は少なくとも集中してまでわざわざ文芸部部室に出向いていたわけだ。

毎日ご苦労な奴らである。

 

 

「……なんだ?」

 

一時限目が終わり束の間の休息。

俺は特別休み時間に涼宮と会話をしているわけではないのだがあちらから用があれば別だ。

こちらがホットラインを通して提供できる情報があちらにとって有益とは限らんからな。

で、背中をペンでつんつんされたので後ろを向く。

無意味なちょっかいをかけるような女ではない。

用件があるらしい。

 

 

「あんた、今日が何の日か知ってる?」

 

涼宮の鼻息が荒いし表情はトランペットを眺める少年さながらだ。

しっかしこのタイミングでそれを訊いてくるかね。

もちろん存じている。

 

 

「ポニーテールの日だろ」

 

「……はあ? なにそれ」

 

「日本ポニーテール協会がそう定めたらしい」

 

「あのね、そんな事どうだっていいし、あたしが言いたい事は違うわよ」

 

「じゃ日本浴衣連合会が――」

 

「ゆかたの日でもないわ」

 

それはそうとこいつの浴衣姿を拝んでみたいもんだ。

くっそださい北高青ジャージも涼宮が着れば一枚画になる。

ここでリンゴ・スターの誕生日だとか去年はロンドンで地下鉄が爆破されたとか言っても正解には認定されないはずだ。

と、なれば。

 

 

「……七夕だろ」

 

「やっと気づいたようね。そう、今日は七月七日で、七夕なのよ!」

 

言われんでもわかってる。

敢えて避けただけだ。

 

 

「七夕は旧暦で言うと八月に当たる、とか気にしてる馬鹿なところもあるみたいだけど昔の七月なんだから同じ事ね」

 

「お前は今、色んな地方の方々を敵に回す発言をしたぞ」

 

「あんたしか聞いてないんだからいいでしょ。どうせそいつらには聞こえないんだし」

 

確かにそうだが節度ある発言の大切さを俺は説いているのだ。

自分はさておいて。

むふふ、と涼宮は握り拳を口に当てながら笑って。

 

 

「せっかくSOS団を結成したんだから七夕行事をしないと駄目ね」

「そんな事をしても宇宙人とかその辺の連中は寄ってこないと思うぞ」

 

「SOS団の仕事の一つはイベント事を楽しくやることなの。言わなかった?」

 

「オレは一度も聞いてない」

 

だとすれば本当に言ってなかっただけなんだろう。

いいからしっかりたっぷりやるからね、と念押しされた。

そんなこんなで放課後まで時間は移り変わる。

自称進学校の北高授業風景など観るだけ面白くもなんともないからな。

部室を目指し廊下を歩きながら俺は思い出す。

三年――体感時間にして四年――前の七月七日、俺は涼宮と初めての共同作業をした。

きっとあのまま過ごしていたら最初で最後になるはずだったに違いない。

星の巡り合わせか知らないが世界をまたいでまで俺は生きている。

一人の屍を踏んだその上に俺は立っている。

俺は悪くない。

悪いのは殺した奴だけだ。

朝倉涼子は涼宮ハルヒと対照的にクラスの中心人物。

彼女や俺や涼宮が在籍する一年五組内だけに限らず他クラスからも人気がある。

男子女子問わず。

文武両道。

容姿端麗。

そんなクラスの華がキラーサイコとは夢にも思わんだろうよ。

かくいう俺もここから暫くはその程度の認識だったんだからな。

舐めていた。

 

 

 

――そして現在に至る。

文芸部をジャックしている状況は鋭意継続中。

長門はいつもどおり眼鏡の奥に何を隠しているのかわからないガラスのような目で読書。

部屋の隅が大好きな座敷童と化している。

朝比奈は夏仕様メイド服で給仕係。

お茶のワザマエが上達しているのは認めるが何が楽しいのかはわからない。

そして最後に何故ここまでボードゲームが弱いのかわからない古泉。

木製のチェスを持参した彼とチェスで現在対戦中だ。

俺はついぞ将棋との差がキャスリングくらいしか知らずアンパッサンさえ最近ようやく知った素人。

一方の古泉はプロブレム集を見つめながら一人チェスをする程度にはやり込んでいるはずだが何故かいつも俺が勝つ。

手を抜いているのだろうか。

わからん。

 

 

「期末テストがすぐそこだというのにオレたちは呑気してていいのかよ……」

 

「心配ですか?」

 

そんなことはない。

古泉が特進クラス内でどれほどの地位かは知らないがこいつは心配じゃないんだろう。

長門も朝比奈も成績はいい部類らしい。

俺に関して言えば北高より一段二段レベルが上の、本物の進学校に通っていた人種だ。

頭がいいとは思わないが頭の使い方ぐらいは心得ている。

 

 

「オレが言いたいのは生産性に関してだ」

 

「内職でもすればよろしいかと。用意いたしましょうか?」

 

「遠慮するぜ。だいたいお前さんはこの集まりの内容が不定形すぎると思わんのか」

 

「僕としましては涼宮さんが不思議探しに本気を出さない現状がなによりですよ」

 

ううむ。

未だに俺はあいつが持つ"願望を実現する能力"とやらに対して懐疑的であった。

ドッキリで説明がつかないことが俺に何度も起こった。

ならばその原因は全てあいつにあるのか?

俺を呼び出したのが涼宮の仕業ならば俺の世界を終わらせたのもあいつなのか。

認めたくはなかった。

俺一人が消えるだけなら構わんだろうさ。

どこにいようが俺は俺だ。

中三でサッカー部を引退して以来、人生設計は堅実にいこうと決めたんだからな。

だが、他の連中はどうなったんだ。

いいやどうもこうもないのだろう。

消えたさ。

塵一つ残さず全て。

俺もそうなるはずだった。

 

 

「……」

 

黙読をしている長門の方を一瞥する。

彼女はおそらくこの部室の中で一番多く情報を持っている。

俺の世界については何ら知らないようであったが。

超能力者よりも超能力らしいことができる長門が涼宮になにかある、と言っているのだ。

実際にそうなんだろう。

俺もそこは認めている。

しかし涼宮のパワーが万能の願望器かどうかが疑問なのだ。

あいつの与り知らぬところで今も世界は絶えず動き続けている。

犯罪だって勃発してるだろうさ。

津々浦々に幸福が蔓延するわけがないんだからな。

全知ってのは本物の神でもない限り無理だ。

頭がパンクしちまうね。

なんてことを考えていたらこの日は割りと大人しめに部室の扉が開かれ。

 

 

「イヤッッホォォォオオォオウ!」

 

大人しくないテンションで涼宮がやってきた。

スカイダイビングでも堪能してそうな掛け声だが何が楽しいんだか。

今時七夕なんぞ小学生でも喜ばんだろうに。

 

 

「ごめんねごめんねー、ちょっち遅れてさー」

 

そう言う涼宮の右手は長い竹の幹を掴んでいた。

買ってきたのか? どこから用意したんだか。

パンダも笹食ってる場合じゃねえ。

どや顔で涼宮は全員の視線を一身に受け。

 

 

「今日は七夕だから短冊を書いてここに吊るしましょ」

 

「なるほど。これほどまでに青々と葉が茂っている立派な竹であれば願い事も叶うかもしれませんね」

 

願い事が叶うかどうかが竹の質に左右されるわけあるか。

まだ陽も明るいうちからベガとアルタイルについて講釈を始めた涼宮。

夜空を眺める趣味があるとはとうてい思えない。

恋愛を否定しちゃうぐらいロマンチストからは遠いんだからな。

素直すぎて捻くれてしまった女子だ。

やっかいな女に惚れてしまったもんだな。

これを自覚したのが七夕がきっかけなんだから。

いや、正確にはその翌日。

七夕の日、東中のグラウンドに描いた地上絵の犯人が自分だと名乗り出たその時。

あいつが間違いなく俺だけを見てくれた七月八日の一瞬の出来事だ。

いいな、って思っちまったのさ。

笑いたければどうぞ俺を笑ってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が知っている、というか世間一般における短冊は一人一つであり願い事も同様なはずだ。

実際にお天道様におられる彦星様と織姫様が本当に願いを叶えるかはさておき、幾つも注文するような欲深い奴のを叶えようと思えないのは確かだろ。

だのに涼宮は。

 

 

「いい? 短冊は二種類書くのよ。ベガ、アルタイル、それぞれに宛ててね」

 

その二つの恒星は地球からの距離がそれぞれだいたい二十五光年と十六光年らしい。

つまり願い事は二十五年後と十六年後――往復分はどうなってんだ――に叶うからその時の自分が喜ぶことを書けばいいらしい。

不純すぎるやつだ。

短冊は『二枚』あったッ。

 

 

「……あいつはさておきオレが願ったところでなんもないはずだが」

 

「そうとは限りませんよ」

 

俺の呟きに反応した古泉。

気持ち悪い顔して何を言いたいんだお前。

 

 

「あなたがどういった存在なのかはよくわかりません。朝比奈さんも、宇宙人の長門さんだってそうでしょう」

 

「オレの願いが叶うならお前をここから消して日本アニメ界が生んだ奇跡の天使ほのかちゃんを呼ぶぞ」

 

「僕が思うに、思いがけないからこそ奇跡と称すのではないでしょうか。願いが叶うから奇跡、とは思いませんね」

 

「知らんがな」

 

だったら涼宮は奇跡までは起こせないんだろう。

どんな人でも宇宙人とか異端者どもには奇跡的に遭遇できるかもしれない。

しかしながらそれは奇跡的であって、お好み焼きが広島風かどうかぐらい微妙なそれと似せた偽物である。

本物の奇跡ってのは例えば死んだ三日目に復活した某聖人とかそういう奴がやるあれだ。

流石の涼宮ハルヒといえど水をワインには変えられないだろ。

限界があるってこった。

無限じゃないだろ。

 

 

「みんな書けたかしら?」

 

小一時間ほど異端者三人どもは真剣に考えていた。

俺はといえばさらさらっと適当に思いついたことを書いておいた。

どっちが先とか考えるだけ無駄なのでマジに適当だ。

当の涼宮本人の願い事だが要約すると世界征服であった。

世界が自分中心になれ。

地球の自転は逆回転せよ。

念のためにこの女に俺は訊ねておこう。

 

 

「……お前、地球の自転がいきなり逆回転したらどうなるかわかってんのか?」

 

「どうなるってのよ」

 

大惨事だ。

団長席でふんぞり返るお前が生きていられなくなるぐらいのだ。

たしか地球の自転速度は音速より速いという。

俺たちがそんな球体の上にいられるのは引力のおかげである。

しかしながら力学的作用は引力だけではない。

この手の話に引っ張りだこの"慣性の法則"の話だ。

逆回転するためにはつまり逆の方向に力が働かなくてはならない。

今まで自転していた地球が逆回転するには一度停止もしくは自転が弱まらないとそもそも逆の力が作用してくれない。

とてつもないエネルギーだろう。

 

 

「んなことありえん。地球上のものが滅茶苦茶になってしまう。地面という地面は裂けてグチャグチャになるだろうしオレたちはあらぬ方向へ音速でふっとばされる」

 

「神様にお願いするんだからその辺は大丈夫なのよ」

 

「生態系になんらかの多大なる影響が及ぼされると思うのだが」

 

「そんなんで絶滅するほどヤワな生態系じゃないわ」

 

何を根拠に言ってるんだこいつは。

呆れた表情で、どこか切なげに言ってくれた。

ちなみに俺の願い事はこうだ。

 

 

『一国一城の主』

 

『健康でいてくれ』

 

上から十六年後と二十五年後である。

普通すぎて天の川の二人も無視するだろう。

べつに俺は叶うと思って書いてないからな。

再三言うが適当だ。

 

 

「……はぁ」

 

窓際に立てかけた全員分の短冊が吊るしてある竹を眺めて涼宮は溜息をついた。

やはりどこか切なげで、妙に印象的であった。

一連の作業を終えるとあいつは黙って窓から空を眺めていた。

部活が終るまでずっとだ。

星ぐらい家に帰ってから眺めればいいもんだがな。

かくして今日は終わり。

 

 

 

――とはいかなかった。

実をいうと、ついさっき第一の爆弾が俺に放たれた。

こっちを見ろと言わんばかりに朝比奈が余った短冊で俺に密書を送った。

部活が終わっても部室に残っていてほしい。

そのような旨が書かれていた。

で、文芸部室内には俺と朝比奈の二人が残された。

たちまち外は夕焼け一歩手前だ。

制服姿に着替え終わった彼女を見て。

 

 

「……さて、何の用でオレを残したんだ?」

 

「実はキョンくんに、あたしと一緒に行ってほしい場所があるんです」

 

「はあ」

 

デートかなにかか。

悪いがそれなら断らせてもらおう。

俺が三次元で愛するのは涼宮ハルヒで、二次元で愛するのは雪城ほのかちゃんだ。

あんたが四次元なら相手してやらんでもない。

少しおどおどした感じで彼女は。

 

 

「三年前、なんですけどぉ……」

 

「三年前……?」

 

「はい」

 

映画館でも行くかのようにさらっと言わないでくれないか。

そういやこの女は未来人とかいう設定だったっけ。

つまり未来からこの時代にやって来てるのであって、更に過去に戻るぐらいわけないのだ。

技術の進歩は日進月歩ということか。

 

 

「このオレが同行する意味があんのかね」

 

「とにかくついて来てほしいんです」

 

ですか。

ま、いいですとも。

貴重なタイムスリップ経験ではないか。

俺も晴れて未来人と名乗れる。

 

 

「じゃ、少し目をつむっててくださいね……」

 

古泉と同じでタネは見せられないってか。

しょうがねえ――。

 

 

 

――俺は本来存在したのかさえ怪しい存在のはずだった。

が、その未来が確定されたらどうなる?

"キョン"ってのは誰なんだ。

俺になったのが今から三年前のことらしい。

これから始めるし、これから始まるのにな。

矛盾だろ。

 

 


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