剣鬼と黒猫   作:工場船

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番外話:黒猫のメモリー

 ――あなたの目の前に古びた日記がある。

 ――黒い装丁に猫の形の白いシルエットが描かれた物だ。

 ――あなたはこの日記の持ち主を思い出す。

 ――彼女が過去、何を考えどう行動していたのか気になったあなたは、静かに日記を開いた。

 

 

 

 ○月×日

 

 店に並んでいたこれを何となく買ってしまったから、せっかくなので日記を付けようと思う。

 面倒だし、文才なんかこれっぽちも無いから三日坊主になるかもしれないけど。

 

 (何を書こうか迷ったような消しゴムをかけた跡がある)

 

 今私が一緒にいる人間、修太郎について書こうと思う。

 御道修太郎。今は家を出て暮修太郎と名乗っている。歳は正確には分からないけど、多分私と同じくらいか少し下。

 背が高くて、目つきが鋭い。オオカミとかタカとかワシとか、そんな感じ。顔は一応かっこいい部類に入るとは思うけど、怖がる人も多いと思う。

 

 細いけど、脱ぐとすごい。筋肉ムキムキで、傷だらけなのはどこのヤクザかと。

 馬鹿みたいにデタラメな剣士で、人間やめてるんじゃないかってくらい強い。でもあれで正真正銘人間っていうんだから色々と頭がおかしい。

 

 だって普通人間は水の上を走ったり、垂直の壁を走ったりできない。「右足が沈む前に左足を出す」って、どこの子供の理論なのか。どう見ても軽気功の心得がある。教えてないのに闘気も扱えてるし天才なんだろう。

 

 そう、天才。剣も気も他の武術も、身体能力とかその手の感覚だよりになる技術に対して凄まじいまでのセンスを持ってる。

 一度見れば覚える。一度喰らえば次はかわせる。なにそれ漫画の住人なの? いつか第七感に目覚めたりしちゃうの?

 

 生憎と魔術とか理論めいた方面にはからっきしのようだけど、自分の肉体一つで上級悪魔を簡単にぶった切れるんだからやっぱり規格外だ。

 

 性格は、一言で言えば正直者。

 とにかく嘘は吐かない、というか吐けないみたいで、言葉では違うことを言っても簡単に嘘だとわかる。口より目で語るってこういうことだと初めて思った。

 そのせいかどうかはわからないけど、羞恥心にも欠けていて面と向かって真顔でキザなことも言えるから、時々ドキッとすることがある。本当にやめてほしい。

 

 基本無表情で落ち着いてるように見えるけど、性欲は普通にあるらしい。試しに誘惑してみたらやめろと言われた。子供を産むのは別にしても、性欲処理ぐらいならやってあげてもいいんだけど。

 

 そんな存在そのものがギャグっぽい男と出会ったのは、私が前の主を殺してお尋ね者になった後のことだ。

 後を追っていたのは中級悪魔の部隊。個人個人は雑魚だけど、連携が得意なのか相手をするのは面倒くさかった。

 一回逃げ切ったと思ったけど思いもよらない方法で森の中にいたところを見つかって、もう面倒くさいから森ごと焼き払おうとした時だった。

 

 突然横合いから飛び出てきて、リーダー悪魔の首を落としたのがあいつ。

 そのまま混乱する部隊に襲い掛かって、あっという間に全滅させた。それで、意気込んでいたところを邪魔されてムカついていた私は、無茶な要求突きつけた後に殺そうと思ったんだけど、気付いたら一緒に行動してた。

 

 なんでこうなったんだろう? なんて、何度思ったか知らないけど、あいつは律儀に約束を守って? っていうのはどうなんだろう。勝手について来ただけのようにも思えるし、まこうと思えば出来たと思うんだけど、それをしなかったのは何でなのか自分でもよくわからない。

 

 (書いては消してを繰り返したような跡がある)

 

 とにかく一緒に行動していくうちにあいつのデタラメっぷりに気付いて、なんやかんやの後に日本を出ることになった。っていうか多分あいつのせいだ。追いかけてくる剣士たちがあいつの名前を叫んでたから。

 

 それで、中国。

 須弥山の影響力が強い中国では天使も悪魔もあまりおおっぴらに活動できない。だから指名手配中の私もいろいろと行動しやすかった。

 

 とはいえ何かすることも無く暇だったから、気まぐれに各地を回ってたら梁山泊に行きついた。水滸伝のあれだ。

 何やらそこでは武術の達人百八人が頂点を決める戦いを始めようとしてたところで、祭りみたいに賑わっていた。そこで美味しい食べ物を適当に食べて満足してた私は、ふとあいつがいなくなったことに気付いた。

 

 まあいいや、だなんてその時は思ってたんだけど、また気付いたらそばにいて「大会に出ることになった」とか言い出した。

 無表情だったけど、珍しく張り切ってたように見えたから「そう、頑張れば」って言ってみたら、出会った時みたいに不器用に笑って「頑張ってみよう」って答えた。

 

 で、優勝した。

 他の参加者だって私から見てもかなり出来る武人たちだった中で、苦戦することも何度かあったとはいえ、見事なまでの全戦全勝。

 同行者として嬉しいと思うよりも、むしろ相手が可哀想だと思った。特に剣士の人たちは、出した技をことごとく自分以上の完成度で返されて、最後には悔しさと絶望をにじませたような顔をしていた。なんだろう、わざとやってるのなら評価を下方修正しなくちゃいけないと思ったけど、本人いわく「見たことが無かったから実際に使ってみて覚えようと考えた」とかなんとか。いや、せめて次の試合でやらない?

 

 そんなこんなで大体5分の1くらいの達人の心を折ったものだから、しかも他の人の代理っていうルール違反まで犯していたみたいで、当然管理委員会みたいな連中から追い掛け回された。

 関係のない私もいっしょにだ。相手も近接戦闘に限っては上級悪魔に匹敵するようなやつらばっかりだったし、さっき散々な目に遭った人たちをまた痛めつけるのも良心が痛んだから、仕方がないので脳筋どもの手の及ばないところ――仙境に潜った。

 

 これが間違いだった。

 まさか彼の孫悟空に見つかるだなんて誰が思っただろう。

 当然のようにガチバトる剣術バカとサル仙人。お前はあのチビザルが何なのか知らんのか。

 でも流石に空を飛べる相手には分が悪かったし、単純に体術で後れを取っていたらしい。らしいと言うのは動きがよく見えなかったからだけど、流石に人間では西遊記で名高い闘仙勝仏に勝つことはできなかった。何分かいい勝負した後にボッコボコにされてた。下半身だけを地面から突き出して沈黙する剣バカには笑いそうになったけど、ここが私にとって生きるか死ぬかの分水嶺。

 

 頭の中に愛すべき妹の顔を思い浮かべながら試しに「弟子になりに来ました」って言ったら「おっけー」って返されて、本当に弟子になった。

 何を言ってるかわからない? 私もよくわからなかった。その後は地獄だった。

 私は基本的に死ぬほど努力するとか頑張るとかそういうのは好きじゃない。必要に迫られたときは別だけど、ズルして楽していただきかしら~っていうのが理想だと思っている。

 

 隣で淡々と闘気を練る剣バカと、後で紹介された孫悟空の子孫だっていう下品なサルにイラつきながら、それでも仙術の才能にあふれる私はメキメキと力をつけていった。

 もちろんこんな場所にいつまでもいようとは思っていない。桃は美味いけどご飯は外の方が断然いい。それに私の目的は強くなることじゃない。戦うのは好きだけどね。

 

 逃げる算段を練り、ついでに宝物庫を探ってよさげな代物を探して、タイミングを待った。

 厳しい修行に耐えながら、そしてその時は来た。急に山の一角が崩落したのだ。

 驚いて飛び出していく闘仙勝仏と子孫のアホザル。私も着いて行くふりをしつつ宝物庫から目的の物を借りてきて(ここ重要!)、弟子が逃げ出さないよう張り巡らされてる結界の一部を切り取り出口を作った。

 流石私! とはしゃいでいれば、あいつがいないのに気付いた。

 

 思えばもうこの時の私はおかしくなっていたんだと思う。となりにあいつがいるのが自然になっていて、もうすぐ逃げきれるっていうのに気が進まなくなってしまった。

 迷っていた時間は一分か二分。でもそれだけあれば相手はあの闘仙勝仏、流石に気付かれる。

 筋斗雲でやってくる鬼師匠とついでにアホザル。アホザルだけならよかったのに、と現実逃避する私。

 そんな窮地を救うのは、もう本当に不本意だけども、やっぱりあいつしかいない訳で。

 

 なぜかアホザルの背後に相乗りしていたあいつは素早くアホを締め落とすと、刀を抜いて孫悟空に斬りかかった。

 まあ予想通りに防がれたけど、一体何が起こったのかあいつの剣は闘仙勝仏を弾き飛ばした。後で聞けば、勁術の応用だとかなんとからしい。

 驚いた私は、気付けばあいつに抱きかかえられて森の中を走っていた。つくづく森に縁があるなぁと思った。

 

 でも、気を探知すればすごい勢いで闘仙勝仏らしき大きく静かな気配が迫ってくる。それはあいつ――もう修太郎でいいや。修太郎もわかっていたみたいで、強く私を抱き込むと、おかしな気の動かし方をさせた。気配が希薄に、というより世界に紛れさせるこれは、仙術に近い技法。

 

 圏境、と修太郎は言った。拳法の奥義で、天地と呼吸を合わせてなんたらかんたらとかよく分からない技だった。

 とにかく俺に合わせろと言ったから、肌に触れて気の動きを同調させると、驚くことに闘仙勝仏の目を欺いてまんまと逃げ去ることができた。

 修太郎に対しては、感謝よりも驚きが勝って変な目で見てしまったが、とにかくよかった。おわびに笑顔で抱き着いて頬にキスまでしたのはやりすぎたかもしれなかったけど、まあいいだろう。

 とにかく晴れて自由、でも早々にこの国から去らないとまた捕まってしまいそうなので、さっそく出国することになった。

 

 どこに行こう? と迷っていると、修太郎から珍しく希望が。

 インド? なんで? と問うと、帝釈天がそこの神を目の敵にしているから興味がわいたとのこと。

 確かにそこなら闘仙勝仏の手も届かない。っていうか帝釈天に会ったの!?

 何はともあれ、よし、決まり!

 

 で、空港で今書いてるこの日記帳を買って今に至る。

 こうして書くと随分と長くなってしまった。ページまたいで何日分まとめて使っただろう。でも毎日は使わないだろうからまあいいや。

 今から本場インドのカレーが楽しみだ。

 

 

 

 

 ――あなたが次のページを開こうとした時、背後から音が聞こえてきた。

 ――どうやら持ち主が帰ってきたらしい。

 ――あなたは名残惜しげに日記をもとの場所に戻すと。

 ――何食わぬ顔で彼女を出迎えた。

 

 

 




日記形式。
過去編を兼ねた番外編。と言っても一日分だけですが。
まだ黒猫がデレてない頃。
色々と描写を飛ばせるからこういうのには便利かもしれないですね。

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